2 運動方程式、運動量、運動エネルギー、仕事 この章では、力学の最も基本的な方程式である運動方程式から高校時代にならったいろいろ な法則を導こう。ポイントは全ては運動方程式から導かれるということである。 2.1 運動方程式 ニュートンが発見したことは、物体が加速を受ける原因は力であるということである。力が 働かないと、運動に変化はない。物体が静止していれば、静止したままであるし、動いていれ ばその速度が維持されたままである。床の上を進む物体が減速されるのは、摩擦力が働いてい るせいである。 日常生活で実感するように、同じ力を加えても、物体が重ければ動きにくく、加速されにく いのに対して、軽ければ動きやすく、加速されやすい。質量 m の物体に力 F が働けば、運動 方程式は ma = F (2.1) である。しかし時々刻々F の大きさが変わる場合はこの表現よりも、 m d2 r(t) =F dt2 (2.2) の方が適切である。ここで r(t) は時刻 t での物体の位置である。今後は運動方程式は (2.1) で はなく、(2.2) で表すことにしよう。 2.2 等速度運動 (2.2) に v(t) = dr(t) dt を代入すれば、 m dv(t) =F dt (2.3) である。 もし物体に力が働かなければ、 dv(t) = 0. dt この式が意味することは、v(t) は時間によらず一定であるということである。すなわち力が働か なければ、物体は等速度運動を続けるということであり、これをニュートンの第一法則と呼ぶ。 m 1 2.3 運動量 ある物体が動いていてそれを手で止めるとしよう。そのためには物体に運動と反対方向に力 F を加えなければならない。その力を手が及ぼす。と同時にそれと同じ大きさの力を手が受け ることになる。物体を受け止めるときに手が衝撃を受けるのはそのためである。その物体の速 度が大きなほど、質量が大きなほど手の受ける衝撃は大きいであろう。したがってその衝撃の 大きさを測る量として物体の質量と速度を掛け合わせた量が便利であろう。そのような量を運 動量と呼ぶ: p = mv. (2.4) 運動量を用いれば、運動方程式 (2.3) は dp =F dt (2.5) とも書ける。すなわち運動量の変化の割合が力に等しい。力が加わると運動量が増す。(2.3) か ら (2.5) を導く際に、m は時間に依らないと仮定している。この仮定は相対論では正しくない が、速度が光速よりずっと小さな古典論では正しい。(相対論は後期に触れる。) 問題 1。1N の力が1秒間物体に加わると、その物体の運動量はどれだけ増えるか。 2.4 運動量保存則、作用ー反作用の法則 物体1と物体2の衝突を考えよう。物体1と物体2の運動方程式は各々 dp1 = F 1←2 , dt dp2 = F 2←1 dt (2.6) である。ここで p1 は物体1の運動量であり、p2 は物体2の運動量である。F 1←2 は物体1に (物体2から)働く力であり、F 2←1 は物体2に(物体1から)働く力である。(2.6) の両式を たすと、 d (p + p2 ) = F 1←2 + F 2←1 . (2.7) dt 1 ニュートンの第3法則である作用ー反作用の法則によると、二つの物体が力を及ぼしあう場合、 物体1に働く力と物体2に働く力は大きさは同じで、方向は反対である。したがって (2.8) の 右辺はゼロとなり、 d (p + p2 ) = 0. (2.8) dt 1 したがって2個の物体の運動量は衝突の前後で不変である。これを運動量保存則と呼ぶ。上の 議論では2個の物体に限ったが、任意の個数のシステムに対して応用できる。 問題 2。3個の物体の運動に対して議論し、全運動量は保存されることを示しなさい。 2 2.5 衝突に伴う撃力 物体同士が衝突するとき、物体が受ける力は衝突の瞬間だけ大きな力がかかる。そのような 場合は (2.5) を解くのは難しい。しかし衝突が時刻 t = 0 で瞬間的に起きる性質を利用し、衝突 の前後での運動量の変化、あるいは速度の変化量ならば簡単に計算できる。そのために衝突の 少し前から、少し後にわたって (2.5) を積分する: 0+ 0− dp = 0+ 0− F (t)dt. ここで 0− は衝突時刻 t = 0 のほんの僅か前の時刻を表し、0+ はほんの僅か後の時刻を表す。 右辺の積分はその間に受ける力の総和を表し、それを衝突の間に物体が受けた力積と呼び、S で表すことにすると、 p(0+ ) − p(0− ) = S, v(0+ ) − v(0− ) = S/m (2.9) となり、衝突の前後で運動量と速度が急に変わり、それ以後は一定の運動量、速度で運動を続 ける。 弾丸を壁に向かって発射し、弾丸は壁の中に止まる場合を考える。弾丸の初期の運動量を p0 とする。(2.9) で p(0+ ) = 0 とすれば、 S = −p0 である。壁が受ける力積は −S であるので、壁が受ける衝撃は −S = p0 となり、当然ながら衝突まえの弾丸の持っていた運動量に他ならない。壁がほとんど動かない 理由は、壁の質量が圧倒的に大きなために速度が極めて小さいからである。軽い壁だと物体が 衝突すると動くことは、日常に経験する。 2.6 運動エネルギー、仕事 物体に力を及ぼせば速度が増し、運動エネルギーが増加する。質量 m の物体が速度 v を持て ば、運動エネルギー K は 1 K = mv 2 (2.10) 2 である。ピタゴラスの定理によると、 v 2 = v12 + v22 + v32 = i vi2 である。ここで v1 はベクトル v の x 成分、v2 は y 成分、v3 は z 成分のことである。 運動エネルギーの時間変化を求めよう: 1 d 2 d d K= m v = vi mvi dt 2 dt i dt i i 3 (2.11) である。この式に運動方程式の i 成分 d mvi = Fi dt を代入すると、 d K= vi Fi . dt i Appendix のベクトルの内積の定義を用いれば、 d K = v · F. dt (2.12) dK = vdt · F = dr · F (2.13) 両辺に dt を掛けると、 である。dr だけ動いたときは、物体には F · dr だけの運動エネルギーの増加がある。これが高 校で習った仕事の定義:物体に力 F が掛かって、dr だけ動いたときに、物体になされる仕事は F dr cos θ (θは F と dr がなす角度) であるとの定義と一致する。(2.12) によれば、v · F は単位時間に物体がされる仕事であり、仕 事率と呼んでもよい。 問題 3。エネルギーの単位はジュール [J] である。体重 60kg の人が 1m/s の速度で動いている。 運動エネルギーはいくらか。 2.7 エネルギー保存則 高校時代にはエネルギー保存則を学んだ。それ によると、運動エネルギーとポテンシャルエネル ギーの和は時間によらず一定であった。そのよう な法則が (2.12) から導かれるか。導かれるとした らどのような力 F に対しても成り立つか。成り立 つような場合を想定しよう。(2.13) の左辺は物体 が点 r から r + dr へ移動したときの運動エネル ギーの変化量である。したがって dK = K(r + dr) − K(r) 図 2.1: 1サイクルの間に保存力によりな される仕事 である。仕事はポテンシャルエネルギーの開放だとすれば、(2.13) の右辺がポテンシャルエネ ルギー U (r) を用いて、 F · dr = U (r) − U (r + dr) (2.14) 4 と書けて、(2.13) は K(r + dr) − K(r) = U (r) − U (r + dr) → K(r + dr) + U (r + dr) = K(r) + U (r) (2.15) であり、K + U は物体の位置に依らず一定である。これをエネルギー保存則と呼ぶ。 エネルギー保存則が成り立つ条件は、物体に働く力 F による仕事が (2.14) のように書けるこ とである。この条件は次のようなことを要求する。ある点から始まり、また元へ返ってくるサ イクル運動を考えよう。すると運動の道筋は図 2.1 のように P から出発して、また P に返って くる仮定を考える。この経路 C を微小要素に分割する。すると一周したときの仕事は [U (r 0 ) − U (r 0 + dr)] + · · · [U (r) − U (r + dr)] + · · · [U (r 0 − dr) − U (r 0 )] のようになるが、全ての項はキャンセルする相手があり、全体としてゼロになる。すなわちポ テンシャルで表される力は、どのような経路でも一周してくると仕事はゼロになる。 そのうちに詳しく述べるが、重力エネルギー、バネのエネルギー等はポテンシャルエネルギー に分類できるが、摩擦力などはポテンシャルエネルギーとしては書けない。 問題 4。摩擦力はポテンシャルエネルギーの形ではかけないことどうして分かるか。 2.8 衝突に伴うエネルギー保存 まず 2 個の粒子を考えよう。系全体の運動エネルギーは K = m1 v 21 /2 + m2 v 22 /2 であるので、 dK = (v 1 − v 2 ) · F 1←2 dt となるが、右辺がゼロとなるかどうかは分からない。詳しい計算は後ほど行うが、運動エネル ギーが保存されることもあるし、保存されないこともある。その理由はエネルギーにはいろい ろの形態があり、運動エネルギーが全てではないからである。玉突きの球が静止球と衝突する としよう。正面衝突すれば、球 1 は止まり、球2は衝突前の球1と同じ速度で動き出すので、 系全体のエネルギーは保存されていると考えられる。しかし詳細にみれば、衝突の際に音が出 るので、音波の形でエネルギーの一部が失われ、運動エネルギーは保存されていない。しかし 音波のエネルギーを考慮すれば全体のエネルギーは保存される。運動量の形態は一つしかない ので系全体の運動量は保存されるが、エネルギーには様々な形態があるので運動エネルギーだ けに限ることができないので、運動エネルギー保存則は一般には成り立たない。 2.9 様々なエネルギーの形態 エネルギーには様々な形態があっても、それらは同一のものであることがジュールによって 発見された。全ての形態のエネルギーの総和は保存されるが、ある限られたエネルギーの枠内 では保存されない。 5 2.9.1 運動エネルギー 速度 v[m/s] で動く質量 m[kg] の物体のもつ運動エネルギーは K = (1/2)mv 2 [J] である。 2.9.2 熱エネルギー 熱エネルギーも原子、分子などが持つ運動エネルギーであるが、巨視的な運動エネルギーと 比べて微視的なのであらわには見えない。原子、分子が発見される以前にはそれらは熱と呼ば れたが、ジュールの実験により熱はエネルギーと同じものであることが確かめられた。彼による と、1cal=4.2J である。 (摩擦力により、物体の運動エネルギーは熱エネルギーに変換される。) 1948年の国際度量衡会議ではできるだけ cal は用いない、用いる場合は J の値を付記す る決議がなされた。比熱との関連で、1kg の物体を温度1度上げるのに必要な熱量を Q[J] とす れば、比熱は Q [J/kg ◦ C] であるが、以前はよく cal が用いられた。 2.9.3 カロリーエネルギー しかし食べ物では Cal=1kcal の単位がよく用いられる。一日の成人の標準摂取量は 1800kcal であるというように。 2.9.4 電気的エネルギー 家庭電器では、1kW の電熱器は、毎秒 1kJ の電気エネルギーが消費され、これだけの熱が発 生する。 問題 5。発生した熱はどこに行くのか。 2.9.5 ポテンシャルエネルギー 1kg の水を 1m だけ持ち上げると、水は mgh = 9.8J のポテンシャルエネルギーをえたこと (効 になる。逆にその水を 1m 落下させると、9.8J の電気エネルギー、熱エネルギーに変わる。 率が問題にはなるが。) A ベクトルの内積と外積 詳しい説明は、香取、中野の「物理数学の基礎」を見てもらうことにして、簡単な要約を掲 げておく。 6 A.1 ベクトルの内積(スカラー積) ベクトル A と B の内積の定義は A · B = AB cos θ である。ここで θ は両ベクトルのなす角度である。 問題 6。A · B = A1 B1 + A2 B2 + A3 B3 であることを示しなさい。 A.2 ベクトルの外積(ベクトル積) ベクトル A と B の外積は A × B と書かれ、ベクトルである。大きさは AB sin θ であり、方 向は A と B が作る面に垂直で、向きは A から B へねじった時に右ねじが進む向きである。 問題 7。A × B = (A2 B3 − A3 B2 , A3 B1 − A1 B3 , A1 B2 − A2 B1 ) であることを示しなさい。 7
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