日本刀に見る材料科学の原点と刀匠の技 島根大学大学院総合理工学研究科 大庭卓也 日本刀は硬くて曲がらずという武器としての性能と、美しい刃文や形状により美術品と しても扱われている。日本刀の科学的研究は明治から昭和の初期に俵国一博士が当時の最 先端のドイツから輸入した光学顕微鏡で研究が行われたのがはじまりであり、日本刀はマ ルテンサイトができているということはよく知られている。以来、分析技術は進歩し、材 料科学の進歩も著しい。しかし、俵国一以来、最新の材料科学の知識や分析技術を用いて 系統的な日本刀の研究は行われていない。本発表では鋼のマルテンサイトと、それが日本 刀にどのように活かされているのかの概略を述べ、日本刀作製の技術が現代科学を巧みに 利用していたことを示し、いまだに、解明されていないいくつかの点について述べる。 マルテンサイトは 19 世紀の終わりに鋼を急冷した際に現れる特徴的な組織に対して名 づけられたものであるが、近年では拡散を伴わない相変態をマルテンサイト変態とよび、 できたものをマルテンサイトと呼んでいる。近年では鋼だけではなく、非鉄金属にも対し ても使われ、形状記憶合金や超弾性の原因としても知られている。 鋼に現れるマルテンサイトは前述のように大変に長い歴史を持っているが、その組織の 細かさ、複雑さゆえに分類分けさえも行われていなかった。1970 年代になり分析技術の分 解能が高くなり、細かいマルテンサイトにも名前が付き、研究が行われるようになってき た。日本刀に現れているマルテンサイトは、まさにこの頃に名づけられたラスマルテンサ イトといわれるものである。ラスマルテンサイトは階層構造を持ち、その生成は炭素量に よって決まっている。日本刀のもう一つの特徴は折り返し鍛錬にある。この折り返し鍛錬 は結晶の粒を細かくするであろうことは容易に想像できるが、実はそれだけの役割ではな く、炭素量のコントロールという意味ももっている。つまり、ラスマルテンサイトを生成 するのに最適な炭素量を折り返し鍛錬によって得ているのである。さらに日本刀のそりは マルテンサイトの生成により、膨張することにより得られることもシミュレーションによ って確かめられている。現代科学により説明され、現在の材料開発で使われている技術を、 日本の刀匠たちは経験的に使いこなしていたといえる。 通常、日本刀はたたら製鉄で作られた玉鋼(たまはがね)を使って作られる。玉鋼を用 いて作られた日本刀の粒界は、現代鋼の同程度の炭素量を持つ粒界に比べ特徴的な違いを 持っているようである。ラスマルテンサイトは階層構造をもつことから、旧オーステナイ ト界面やパケット界面など、いくつかの界面を有している。それらの違いを定量的に表現 するため、日本刀の製法により玉鋼を用いて作製した小刀と、現代鋼を用いて作製した小 刀を、現代鋼に表れるそれらの粒界を定量的に表す探る試みを行ったので紹介をする。
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