No.25「民間化政策の流れと指定管理者制度」

政策を見る眼
民間化政策の流れと指定管理者制度
No.25 < 2016. 8. 25 >
宮脇 淳
北海道大学大学院法学研究科教授
指定管理者制度をめぐっては、制度導入から 10 年
自治体が住民等とネットワークを形成し、公共サービ
以上が経過する中で、事業の種類を問わず、その制
スや財政等も含め広範な意思決定を行うことを重視
度的利点とともに課題についても改めて検証すること
するガバナンス議論の一類型である。つまり地方自治
が必要となっている。問題の根幹は、コスト削減や人
体等は民主的政策決定を重視し、住民参加など官民
的資源のスリム化を重視した指定管理者制度の活用
協働のネットワーク機能をもとに集団的繋がりにおいて
という現状にあって、指定管理を採用する目的を官民
意思決定等を行うパートナーシップの仕組みである。
ともに改めて問い直し、共有することである。
こうした流れを踏まえ、図書館等の指定管理でも、
指定管理者制度について検証する際には 1980 年
まず目的は何かを地方自治体と指定管理者とで明確
代以降に日本で進められて来た民間化政策の流れを
に共有し、図書館等の機能を利用者だけでなく地域
押えておく必要がある。以下、この流れを概観する。
住民とともに考えるプロセスを形成することが重要とな
右肩上がり経済が続いた 1970 年代までは、政治・
る。それには、地域での図書館の機能を利用者だけで
行政の枠組みの中で、既存制度や前例を重視し統治
なく住民に「見える化」する必要がある。見える化とは、
する管理型の体系が中心を占めてきた。しかし、管理
図書館に関心のない住民に対しても、まずは図書館
型統治体系が経済社会の成熟化とともに硬直化を進
の機能を認識してもらう工夫をすることであり、「可視
め、公共サービスの質の劣化と財政赤字の拡大等の
化」とは異なる。ここでポイントとなるのは、図書館の機
歪みをもたらしたことは周知のとおりである。
能について、「理解」ではなく、「認識」してもらうことに
そして、先進諸国における「大きな政府」への反省と
財政危機の深刻化から、80 年代以降は「NPM(New
重点をおいて情報共有を進める点である。
ただし、指定管理を導入する主たる目的を、行政の
Public Management)」理論を国・地方自治体の統治
人的スリム化やコスト削減等とすれば、NPM と同様の
体系として重視する流れが強まった。新自由主義・市
課題を抱える恐れがある。指定管理をめぐる NPM 的
場主義の下で、成果主義、市場メカニズム、顧客主
課題としては、①導入に際し予算や職員の削減など
義等に基づいて、民間化政策とともに「小さな政府」を
行政改革の面が実質的に強調されやすいこと、②弾
目指す流れである。
力性や柔軟性のある施設運営が期待されるものの、
その後、市場主義を民主的手続きへと戻そうとする
地方自治体の条例・施行規則、従来からの管理型思
動きが、新公共サービス「NPS(New Public Service)」
考等により硬直的になってしまう実態があること、③地
理論として強まりを見せた。住民、地縁団体、NPO な
方自治体と指定管理者との情報共有など連携が不
ど多様な主体が、様々な利害や価値観の下に参加し
十分な場合、公の施設を通じたサービス提供の質に
意思決定する仕組みの重視である。
影響を与え、同時に当該サービスを支える人的資源
その中で、2000 年頃からはコスト主義の過熱やセ
ーフティネットの劣化等の問題が浮上、これを克服し
の育成も不十分となること、などが挙げられる。
指定管理者制度など民間化政策は、公共サービス
ながら、市場のみならず住民参加など民主的手続き
を完全に民間企業に委ねる民営化とは異なる。公共
を組み込み、国・地方自治体の政策や公共サービス
サービスとして位置づけながら、その提供を民間法人
を形成し展開する流れが生じている。この NPM から一
等に委ねる仕組みであり、最終的に公共サービスの
段階進んだ民間化とその後の官民パートナーシップを
提供責任は地方自治体にある。指定管理を導入す
NPG(New Public Governance)と称している。NPG では、
ればスリム化が実現すると考えるのは適切ではなく、
市場原理ではなく、民主主義の観点から住民への奉
新たな制度の質と持続性を確保する上でも、NPG の
仕者としての役割を重視し、事業モデル等を形成する
視点から住民そして民間企業との十分な意思疎通と
ことが基本となる。NPG は、NPS を一歩進め、国・地方
それを踏まえた意思決定を行うことが不可欠となる。
「政策を見る眼」No.25 <2016.8.25>
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