10. 危機管理・リスクマネジメント

10 危機管理・リスクマネジメント
事例10−1 日本人出張者が風土病にかかる
関連情報
1.企
業
の
業
種
製造業
2.問 題 の あ っ た 時 期
2002 年 10 月〜2005 年 2 月頃
3.場所(州又は都市名)
バンガロール西南近郊
4.体験の際の職種・職務
副社長
5.資
合弁
本
6.従 業 員 数
形
態
イ ン ド
301 人以上
日本本社
A.困難事例の概要
インドは日本よりも感染症が多く、日本からの出張者は、種々の病気にかかる
ことがある。コレラ、マラリヤ、狂犬病など様々で、また、持病が悪化する場合
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もある。
日本の常識とは異なりインドの飲食業では、食中毒があっても日本と違って閉
店にならないこともあるという。市内のある食堂で、日本人出張者も被害を受け
た。
また、私が駐在した 2 年半の間に、水あたり、風邪、マラリヤ、コレラ、アメ
ーバ性食中毒、マドラス眼病と他にも異常を訴える出張者は多く、病名が分かる
までに苦労があった。
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10 危機管理・リスクマネジメント
B.対処概要
インドに出向する際には、結核、A 型肝炎、B 型肝炎、狂犬病、ポリオ、破傷
風などの予防接種を勧められる。予防接種は 2 回または 3 回受けるのが一般的で
長期にわたり注射を打ちに通うことになる。
病気にかかった場合に備え、
1.日本食レストランを日本から呼んだ産業医に専門家の目で見てもらった。
2.
「アメーバ性食中毒を予防するために、生水は飲まず硬水のミネラルウオー
タを飲む」
、
「水あたりは、疲れた体につらい。カレーに硬水を合わせるのが問
題」など、インドの生活に関するマニュアルを充実させた。
C.教訓、知っておくべき情報・知識など
1.暑さなどにより病気が悪化する危険があるので、持病がある場合は日本を出
る前に対処方法を知っておく。例えばぜんそくの場合は、デカン高原上に位置
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する都市(バンガロール、プネ、ハイデラバードなど)では、空気はきれいで
も湿度が低く、その上高度が高いために気圧も低いのでぜんそくを悪化させる
恐れがある。
2.救急車は当てにならない場合もあるので、自家用車やタクシーなどで病院へ
行くことも考慮に入れる。
3.都市部の近代的な病院では、病気を特定する解析能力は日本よりインドの方
が優れていることもある。
4.病気の症状は、微妙な表現で伝えなければいけない。シクシクなのか、キリ
キリなのかでは対処が全く違う。日本語が話せる医者か看護師がいる病院が近
くにあれば安心である。
140
10 危機管理・リスクマネジメント
事例10−2 構内の草木から自然発火
関連情報
1.企
業
の
業
種
製造業
2.問 題 の あ っ た 時 期
2002 年 10 月〜2003 年 2 月頃
3.場所(州又は都市名)
バンガロール西南近郊
4.体験の際の職種・職務
副社長
5.資
合弁
本
6.従 業 員 数
形
態
イ ン ド
301 人以上
日本本社
A.困難事例の概要
デリー市の夏は、盆地の京都の比ではなく、しかも盆地の真ん中にガンジス河
が流れているので湿気は日本人にもつらい。4〜5 月が乾燥した極暑期で、その後
モンスーンが到来、7〜8 月頃は暑く湿気のある過ごしにくい季節になる。もっと
も冬は霜も降り、三つ揃いの背広を着たインド人ビジネスマンを見かける。しか
し、デカン高原を登れば話は違う。バンガロールのように 900〜1,000mの高地
では、季節は雨季と乾季の二つである。雨季はご存知、モンスーンで、日本に運
ばれて梅雨となる。乾季は、9 月頃から 3 月頃までである。
その乾季で、一度、自然発火を目にした。将来の発展のために買い置いた構内
の草木が、ある日、燃えているという電話が隣の会社からあった。
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10
10 危機管理・リスクマネジメント
B.対処概要
近くの会社の応援で消防車を要請した。消防車が行けないところは人海戦術で
消した。その後、野火が工場外に出ているかもしれないので見に行くと、塀越し
に飛び火して、収穫の終わったトウモロコシ畑を焼いていた。乾季で水はあまり
なかったが、たまたまその辺りに浄化された水や雨水を貯める池を作っておいた
ことが鎮火作業には役立った。
なぜ、自然発火したのか専門家に聞くと、湿度が極端に低いデカン高原上では、
ユーカリのように揮発成分の多い樹木も少なくなく、摩擦熱で発火してしまうと
いうことであった。
それにしても、隣の工場からの一報がなかったら、近所の会社と消防車の応
援体制がなかったら、収穫前の畑だったら、などと考えると今でも幸運に感謝
したい。
C.教訓、知っておくべき情報・知識など
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1.デカン高原の上では、乾季に、樹木や草木の摩擦熱で発火してしまうことが
ある。
2.風が強い、乾燥した暑い日は、要注意である。豪州のように、野火注意予報
がでる国柄ではないので、自分たちで注意しなければならない。そのための監
視体制を整えておくとよい。
3.近所の会社と消防車の応援体制を構築しておく。
4.隣の工場や会社や近隣の住民との日ごろの付き合いが大切である。
5.火は、折からの風にあおられて、塀を越えて、飛んでゆく。
6.浄化後の水の貯水池は有効だった。Rain Harvest(雨水などを貯めて植物へ
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10 危機管理・リスクマネジメント
の灌水に利用)としても使えるようにしたい。
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事例10−3 港湾ストライキの影響
関連情報
1.企
業
の
業
種
世界中に完成品を輸出する部品
製造業
2.問 題 の あ っ た 時 期
2003 年 3 月〜2004 年 3 月頃
3.場所(州又は都市名)
バンガロール南西近郊
4.体験の際の職種・職務
副社長
5.資
合弁
本
6.従 業 員 数
形
態
イ ン ド
301 人以上
日本本社
A.困難事例の概要
毎年、2 月末の最終営業日にインド政府は、次年度の予算方針とその基本とな
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る税務体系を発表し、国会審議を経て 4 月から実施する。2003 年 2 月にも同じ
ように発表があった。
その内容が、港湾関係者とトラック協会の陸運業者の反感を呼び、全国一斉の
ストライキを起こすことになった。
インドの現地合弁会社では、日本からの支給部品の遅配が心配された。また、
製造した完成品を 2004 年から世界の 6 カ国の自動車組立工場に配送するが、日
本からの支給部品の配送日程がストライキによって遅延し、さらにそこから 50
余の国々に輸出する日程が狂い、お客様に届ける日程に穴をあける恐れが出てき
た。2004 年までに対策をする必要があった。
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10 危機管理・リスクマネジメント
B.対処概要
港湾ストライキについては、全国一斉ストライキでないことが分かり、最寄り
のチェンナイ港はストライキの対象となるが、他の港湾では同調しない中小港湾
があると分かった。チェンナイ港湾を回避して日本支給部品を陸揚げする港を見
つけた。また、チェンナイ港湾の陸揚げ業者も官立の業者ではなく私立の業者を
選んだ。官立よりも私立はストライキの際には融通が利くからである。
トラック協会の陸運業者については、州ごとで協会が違い、チェンナイから陸
揚げされた部品が運ばれるルートを、2 案用意し、現地現物で調査した上で、そ
の折々にストライキのない州を通るように決定した。
インドでは、官立・私立を問わず、企業がストライキをする 2 週間前には、政
府に「ストライキ」を予告しなければならない。したがって、予告されてからの
2 週間で「細かな対策」を立てることができるが、基本的なリスクマネジメント
方策を定めておくとよい。
C.教訓、知っておくべき情報・知識など
冷戦時代には中国・パキスタン連合に対抗し、ソ連と密接であったインドは、
共産党の支持者が少なくなく、また、1947 年の独立に際し社会主義的混合経済
という体制を採ったため、労働者重視の労働政策が施行されており、ストライキ
による労働者の権利主張が前面に出てくるお国柄である。
ストライキ実施の 2 週間前に、政府に対し「予告」しなければならないが、
「予
告」なしの山猫ストはありうる。そのため、港湾業者や陸運業者が「予告ストラ
イキ」や「山猫ストライキ」を実施しても困らないように、リスクマネジメント
を事前に計画しておく必要がある。
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10 危機管理・リスクマネジメント
トラックの大きさ・重さ・最低地上高によっては、通れないカーブや橋や路面
干渉があるため、その計画も実地に調査しておく必要がある。今は少なくなった
が、場合によっては、追いはぎ・盗賊の餌食になるかもしれないということを認
識しておく。
リスクマネジメントとして、空路や鉄道路も検討しておきたい。また、輸出先
とも相談し、輸出先の在庫の適正案も作成し、実施することが望ましい。
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10 危機管理・リスクマネジメント
事例10−4 大使館からの緊急避難勧告
関連情報
1.企
業
の
業
種
2.問 題 の あ っ た 時 期
2002 年 6 月
3.場所(州又は都市名)
デリー
4.体験の際の職種・職務
5.資
本
6.従 業 員 数
形
態
イ ン ド
日本本社
A.困難事例の概要
インド・パキスタン間の緊張が高まり、日本大使館より緊急避難するように勧
告が出された。避難勧告が出されても日系企業各社は避難する飛行機の手配に踏
ん切りがつかなかった。いつが一番危険なのか、いつまでに避難しなければなら
ないのか見極めが難しく、避難する飛行機の予約がどのようにできるのかも分か
らなかった。
B.対処概要
当時、日本航空がデリーと日本の直行便を週 2 便、シンガポール航空がシンガ
ポールとバンコクに毎日飛行機を運航していたが、家族を含めた全員の座席を確
保する必要があり、また、インドの他地域での日本人避難もどのように対応して
いるのか把握しなければならなかった。デリーは核ミサイル射程圏内にあり非常
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10 危機管理・リスクマネジメント
に緊迫していて、毎日のように大使館から何人避難したかとの問い合わせがあっ
たが、その他の地域は核ミサイルの射程圏外であるため、デリーとその他の地域
とでは温度差があった。
飛行機の座席が確保できない場合は車で避難すればよいと考えていたが、イン
ド人が避難する手段は車しかなく、そうなった場合道路は大渋滞で避難はできな
い。国外退去は無理でも、最悪飛行機でデリーを離れなければならなかった。
日本航空の場合、定期便の最終となったフライトの 1 週間前から座席の予約は
日本航空の支店長がすべてコントロールを行うとの通達があった。それまではイ
ンドの旅行代理店で日本航空の端末に予約を入れることができた。当社では、そ
の前日までに仮の日程で日本人社員とその家族全員の座席の予約を終えていた。
幹部社員 2 名は最終便で帰国する予定であったため、最終便となったフライトと
もう 1 日後の便をダブルブッキングしていた。ターゲットの日を 1 日読み違えて
いたが、ダブルブッキングのおかげで避難することができた。幹部社員は社員と
分散して帰国する予定であったが最終便に固まって搭乗することになり、リスク
管理上は避けるべきであるが緊急時でやむを得ないとの理由で本社から了解を
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取った。
C.教訓、知っておくべき情報・知識など
日本本社は現地の判断に任せると言うが、情報を集めて情勢を読み、どの便に
予約を入れるかは非常に悩むところである。仕事を放棄してよいのであればすぐ
に帰国できるがそういう訳にはいかず、情報分析をしながらフライトの予約を入
れるのでなかなか希望の便は取れない。
また、日本人全員が退去した後も事務所は開いているため現地従業員には仕事
をしてもらわなければならず、現金管理等の留守中の事務の指示や東京からコン
トロールする方法等の体制をあらかじめ作る必要がある。
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