全文 - 東芝ソリューション株式会社

IT 技術研究所 研究開発担当
主任 牧野 恭子
< 不適切表現を発見しリスクを低減する, 業務文書のチェックシステム >
企業活動においては, 毎日大量の業務文書が作成さ
れ保管されています。 これらの文書には, 個人情報保
護やコンプライアンス (法令遵守 ), 社外からの信用維持
の観点で, 常にリスクがあります。 リスク低減のために,
日々の業務で作成・ 保管・ 活用される業務文書を早い段
階でチェックし, リスクにつながる不適切な表現を発見・
修正することが必要です。
当社では, 日々の業務ルーチンのなかで容易にリスク
を低減できるように業務文書チェックシステムを開発し,
クする作業もありますが, 多くの場合, 表記上のミスなど
の定型的なチェック事項の確認に追われ, 多大な時間を
要してしまいます。 2. 文書作成ツールのチェック機能では不十分
このような定型的な事項のチェックは, ソフトウェアで行
うことにより, 労力と工数を削減し, チェック漏れを防ぐこ
とができます。
一般のワードプロセッサーや文書作成支援ツールにも,
スペルチェックや簡単な文法チェックの機能を搭載したも
のがあり, これらの機能を利用して日本語の文章として間
違いの少ない表現にすることはできます。
しかし,
・ 文書の目的に即した表現が使われているか
・ 問題を生じるようなあいまいな部分が残っていないか
・ 求められる内容が記載されているか
・ 文書内の記載に内容的な不整合はないか
・ 社内で使用が禁じられている表現が使われていないか
のような, 業務知識を必要としたり, 文書中の記述から内
容を判断したりするチェックはできません。
プロトタイプによる評価を行っています。
1. 文書内容のチェック作業は重労働
企業経営は,様々なリスクに取り巻かれています。経済 ・
社会環境リスク, 災害リスクなどとともに, 最近は個人情
報保護やコンプライアンスに関するリスクも大きな話題と
なっています。
求められている業務を正確に遂行し, 個人情報保護や
コンプライアンスに関するリスクを低減するには, 業務の結
果として作成 ・ 保管 ・ 活用される業務文書を正しく作成し,
残していくことが重要です [1]。 そのためには, 日々の業務
ルーチンのなかで業務文書の内容をチェックし, リスク要
因となる記述があれば適切に修正することが必要です。
3. 業務文書チェックで不適切表現を排除
上記のような, より高度な文書チェックを実現するため,
当社は, 業務文書の内容を関連法規, 社内規程, 業務
ノウハウなどを基準としてチェックし, 不適切な表現の指
摘やリスク要因の抽出を行う業務文書チェックシステムを開
発し, プロトタイプによる評価を実施しています。
日々の活動で業務文書に潜むリスクには, 例えば, 次
のものが挙げられます。
・ 開発仕様書の記述があいまいで, 仕様が製造部門に
誤解される
・ 報告書に注記なく独自略語を使用し, 書き手と読み手
で判断が異なる
・ 社外向け文書で誇大な性能評価や表記間違いを残し,
クレームにつながる
“不適切な表現” には, どの部署や業務でも不適切で
ある “日本語として不適切” な表現から, 部署や業務に
固有の不適切表現まで多岐にわたります。 ある部署や業
務で問題にならない表現が, 他の部署や業務では不適
切である場合もあります。 例えば, 図 1 に示すように,
システム仕様書作成では誤解を避ける目的からあいまいな
表現を排除することがチェックポイントになりますが, 社外
通常はこのチェック作業は人手で実施されています。 も
ちろん内容の本質的な部分についての記述可否をチェッ
事業部Aのシステム仕様書にとって不適切
事業部Aでは不適切
例) 未定義略語
ERM: Enterprise
Risk Management
事業部Bでは不適切
顧客C
では
不適切
例) 未定義略語
ERM: Enterprise
Resource Management
システム仕様書として不適切
向けの案内文などでは表現のあいまい性よりも相
手に失礼となる表現の有無が重要なチェックポイ
ントとなります。
・・・
このような不適切表現をチェックする業務文書
社外向け文書として不適切
例1)あいまいな指示語(こそあど言葉)
例2)長文(80文字以上)
日本語として不適切
顧客D
では
不適切
例1)社名の誤り
例2)長文(60文字以上)
・・・
例1)「てにをは」の誤り
例2)誤字・脱字
例3)文法上の誤り
図 1. 業務文書中の不適切表現
“不適切な表現” は, どの部署や業務でも不適切な表現である “日本語として不適切” と,
部署や業務に固有の不適切表現で構成されます。
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チェックシステムの処理概要は図 2 のとおりです。
例えば, 業務文書として, 社外に送付する商品
リリース案内を考えます。 社外向け案内の場合,
・ 顧客向け文書として失礼な内容がある, ある
いは失礼な表現をしている
・ 商品の性能などに関して誤解を招く表現を
している
といった企業の信用失墜につながるリスク要因が
「東芝ソリューション テクニカルニュース」2006年(冬季号)
<正しい文書を残す>
作成・修正
担当者
業務
文書
<リスクに早期に対応する>
表記上の
不備指摘
リスク要因を
抽出・通知
経
経営者
業務文書
チェック
<ルールの例>
・あいまい表現チェック
・用語使用法チェック
・内容整合性チェック
ルールの抽出
4. 開発仕様書,RCM などのリスク低減例
当社は, 上記のような業務文書チェックの応用として, 様々
な分野への適用についても研究開発を進めています。
<業務ノウハウ>
<社内規程>
<法律>
・会社法,下請法,
日本版SOX法 …
とも可能です。 このような表現チェックを用いることで, リ
スクの少ない業務文書の作成を支援します。 なお, 発見
したリスクが重大である場合は経営者に通知する機能を備
えることも可能です。
・ビジネスマネジメント
基本規程
・調達管理規程
・研究開発基本規程 …
・契約書の書き方
・仕様書・設計書の書き方
・専門用語・社内用語知識
・調達処理時の留意点 …
図 2. 業務文書チェックシステムの処理概要
法律 ・ 社内規程 ・ 業務ノウハウからチェックルールを抽出することにより, 業
務文書をチェックして, 発見したリスクを文書作成者 ・ 経営者に通知します。
潜む虞 (おそれ) があります。 そこで, 業務ノウハウなど
を基に, 社外向け文書の不適切表現を判定するためのルー
ルを整理し, システムへセットすることにより, 社外のお客
様へ提出する文書の表現のチェックを実現します。 なお,
基本的なチェックルールはシステム内に用意されているもの
から選ぶことができ, カスタマイズすべきルールについて表
現を追加していくことでチェックルールを構築します。
図 3 は,リスクになり得る表現を含む,社外向け商品リリー
ス案内に対して業務文書チェックシステムを活用する例で
す。 文書の記述内容を日本語処理技術で解析し, あらか
じめ構築したチェックルールと照合することにより, 文書中
の不適切表現にアラームを表示させることができます。
例えば, 一般文書の日本語表現のチェックルールを設
定することで漢字の” 等” に対して “ひらがな表現 (など)
が適切です。” (コメント [m3]) とアラームを表示させたり,
文中の “コンプライアンスリスクを完全になくすことも可能で
す。” という表現に対して “完全になくす” という強い言葉
が誇大表現になり得る (コメント [m7]) と表示したりするこ
例えば, 開発仕様書の内容にあいまいな部分がある場
合, その仕様書に従って作成 ・ 納品される開発物の仕様
が要求と違ってしまうリスクがあります。 そのようなリスクを
低減するため, 当社社内で仕様書のあいまい記述チェッ
クシステムを試作し, 評価を行っています。
日本版 SOX 法 (注 1) の施行に向けて, 各企業とも準備
を急ピッチで進めている状況ですが, 内部統制の有効性
を示すために作成される RCM (Risk Control Matrix)
においては, 具体性の乏しい記載や整合性のない記載
は認められません。 そこで, 大量に作成される RCM に
対していくつかの観点で自動的にチェックできるチェックシ
ステムを開発しています。
文書中に, 他の情報ソースから引用した数値情報 (売
上や費用などの金額, 薬品や食品の成分量など) を記
載する場合も多数あります。 このような, 誤記の影響が大
きい情報について, 文書中から抽出した結果を添付表や
データベースと比較して, 誤記や添付ミスのリスクを指摘
する技術開発も行っています。
また, 医療現場で作成されるレポートのチェック [2] など,
様々な業種, 業務, 分野での業務文書チェックの適用を
試みています。
5. 業務文書チェックの適用範囲拡大と
製品化を目指す
業務文書チェックは, 上記のように,
様々な分野で適用を試みています。 今
後は, 更に多くの分野で活用できるソ
リューションに向けて開発を進め, 容易
に導入可能となるような製品化を目指し
ます。
(注 1) 日本版 SOX 法 : 正式名称は 「金融商品
取引法」
【特許】
* 本稿に記載の製品は, 出願中の特許で保護さ
れております。
【参考文献】
図 3. 業務文書チェック結果例
一般文書としての日本語表記のチェックのほか, ビジネスマナーのチェック, リスクにつながる性能評
価表現のチェックなどに対応できます。
「東芝ソリューション テクニカルニュース」2006年(冬季号)
[1] 岩田誠司,“企業経営におけるコンプライアンス
のための業務文書チェック”, 東芝レビュー
Vol.60 No.12,2005 年 12 月, (オンライン),
入手先
<http://www.toshiba.co.jp/tech/review/2005/12/
60_12pdf/f04.pdf> (参照 2006-11-30)
[2] 牧野恭子,“医療分野向けテキストマイニング
技術”, 東芝レビュー Vol.60 No.9,2005 年
9 月, (オンライン) , 入手先
<http://www.toshiba.co.jp/tech/review/200
5/09/60_09pdf/rd03.pdf> (参照 2006-11-30) 13