仙台市下水道事業のアセットマネジメントを俯瞰する~導入戦略は実現

水坤
寄稿
■1.はじめに
仙台市下水道事業の
アセットマネジメントを俯瞰する
~導入戦略は実現されたか?~
水谷哲也
仙台市/建設局/下水道経営部/
経営企画課/経営戦略室/室長 容が実現されたのかについて振り返ってみたい。
ところで、以前の「水坤」をお持ちの方は 2010 年
仙台市下水道事業では平成25年度よりアセット
の新春号を参照していただきたい。本稿の内容は
マネジメント(AM)システムの本格的な運用を
当時の仙台市で進行中であった取組みと比較して
開始した。平成18年度よりアセットマネジメント
ご覧戴くとわかりやすい。
導入のためのワーキンググループ(WG)を開始
してからは7年、平成 20 年度に資産管理戦略室
(現経営戦略室)を設置しAM導入戦略を策定して
■2.導入戦略について
からは5年かかって、ようやく AM システムの全
仙台市では AM を実施するに当たり導入戦略を
貌が姿を現したことになる。この間、15 の個別戦
策定した。この導入戦略の策定に当たっては支援
略(システムに関する戦略を除く)について分科
業者について公募型プロポーザルを行い、千代田
会を立ち上げ、多いときは 100 人近い職員が AM
アドバンスト・ソリューションズ(当時、現千代
システムの検討に携わった。
田化工建設)を選定した。策定された導入戦略(下
本格運用とは言っても開始されたばかりであ
表)は、目標管理、リスクマネジメント、そして
り、今後整備の必要な業務プロセスやシステムも
業務プロセスの整備など包括的な内容となった。
多いが、この機会に導入戦略で実現を目指した内
これらの個別戦略は平成21年度より開始された
戦略テーマ
個別戦略
1-1 下水道事業のサービスレベルを設定しそれを含む経営管理指標を体系的に整備する
1. 計画・予算
1-2 管路・施設共通のリスク評価項目とその採点方法を整備し、維持管理単位ごとのリスク評価の仕組みを整備する
1-3 RCM手法に基づく維持・更新コストのシミュレーション・モデルを活用した予算計画・執行管理プロセスを整備する
1-4 投資評価基準を整備し、投資の意思決定プロセスと進捗モニタリングプロセスを設計する
2-1 既存の組織を成功事例に基づいて再編するとともに、部署間の所掌区分の再定義を行う
2-2 管路管理課と下水道管理センターを中心とする管路およびその付帯施設の維持管理・苦情処理プロセスを整備する
2. 業務・組織
2-3 設備管理センターと南蒲生浄化センターを中心とする処理場やポンプ場施設の運転・維持管理の業務プロセスを整備する
2-4 組織階層ごとに責任者・担当者の役割・責任を再定義し、それらの業績を管理・評価する仕組みを整備する
2-5サービスレベルアグリーメント(SLA)の手法を取り入れ、性能発注の基準を整備する
2-6 アセットマネジメント定着化のための教育・訓練プログラムを体系的に整備し実施する
3-1プロセスベンチマーキングを実施し、業務プロセスや技術・手法に関する優良事例を把握する
3-2 アセットマネジメントの必須要素であるリスクの考え方を導入するため、管路の網羅的な現状把握調査を実施する
3. 調査・開発 3-3 施設の管理に係わる情報管理基準の作成と既存情報の収集・整理を行う
3-4 RCMなどのリスクに基づく管理手法や状態監視技術などの施設の信頼性向上手法の検討を行い、施設管理方針の確立を図る
3-5 苦情の効果的な処理に必要な管路付帯施設の情報整備を行う
表ー1 仙台市下水道事業 AM 導入戦略
26
が、職員に参加意識を持ってもらうために、個別
「管路」「設備」「地震」「浸水」の4つのリスクを
戦略ごとに分科会を設置し、リーダーについても
特定し、それぞれの施設や地域ごとに評価を完了
戦略室以外の職員にも担当してもらった。さらに
している。
AM に関する意思決定の場として次長や部長、一
戦略1‒3はコストシミュレーションに関するシス
部の課長からなる AM 導入運営委員会を設置し、
テムを整備するもので、これについては現在保全
AM 導入がスタートした。
カレンダーという名称のシステムが導入され、毎
年の予算策定と長期費用予測に利用されている。
■3.個別戦略の経過と実現状況
戦略 1‒4 は投資判断のための基準を設定し、併
戦略のうち、最初に掲げたのは計画や予算に関
ある。これについてはリスクとコストを用いて投
するものである。
資案件ごとに評価を実施する仕組みを策定した。
戦略 1‒1 はサービスレベルの設定と経営管理指
併せて計画策定のための業務プロセスを整備し、
標を策定するものである。当時仙台市では新たな
今年度からそのプロセスに従って予算策定を開始
ビジョンの必要性に迫られていたため、バランス
している。
スコアカード手法を活用して下水道のビジョンと
次に計画や予算を作成し、管理するために必要
上位指標を策定した。その後その上位指標を支え
な業務や組織についての戦略である。
る業務指標について、部署ごとにヒアリングを実
戦略 2‒1 は AM に資する組織の改変と役割の再
施し、現在では32の上位指標と93の業務指標の体
定義である。AM 導入において担当組織を明確化
系が整備されている。しかし未だ目標設定にはい
する効果は大きい。戦略とは前後するが、仙台市
たっていないため、今後設定する必要がある。ま
では経営企画課の設置、資産管理戦略室の設置、
た指標値については毎年市長に報告することとし
下水道経営部の設置、保全計画係の設置などを相
せて投資案件を評価する仕組みを整備する戦略で
ている。
戦略 1‒2 はリスクマネジメントに関する内容で
ある。リスクについては検討を重ね、現時点では
リスク
市民の観点
評価
市民の観点
下水道サービ
スの維持向上
ビジョン
戦略テーマ
流下機能の
維持
最上位指標
汚水溢水
事故回数
単位
回
戦略
災害時
機能維持
上位指標
耐震化率
単位
%
保全
カレンダー
施策
BCP
訓練の実施
耐震化の推
進
災害時
の燃料確保
保全
の立
業務指標
BCP
訓練回数
耐震化工事
進捗率
燃料備蓄率
保全
策定
単位
回
%
%
全課
管路・施設
建設課
設管C
図ー1 仙台市 AM システムにおける指標体系
投資判断
%
設管
図ー2 リスク評価から投資判断への流れ
27
業務フロー図
用を開始しているところである。
戦略 2‒4 は職員の責任分担を再定義し、評価す
管路維持台帳システム画面
調査結果を入力して・・・
る仕組みをつくるものである。この戦略について
は当初自治体で行うことの困難さが懸念された
次は班長に回して・・・
動させた。今年度からは AM において必要な職員
お、調査が終わったな。
どれどれ・・・
確認が終わったら
次はGIS入力に送付!
が、昨年度より戦略 1‒1 で定めた業務指標と全庁
的に実施している課長職以上の業績評価制度を連
入力完了後ボタンをプッシュ!
未決箱
(業務フロー待ち受け画面)
図ー3 管路維持台帳と業務フローシステム
の力量を明確化したが、担当者の役割の明確化に
ついては、なお今後の課題である。
戦略 2‒5 については性能発注の基準を定めるも
のであるが、維持管理業務の委託の是非を判断す
るため、
下水道事業におけるコア業務の再定義を試
みた。実際には仙台市において未だ性能発注は実
現していない。これは既に処理場等の維持管理業
務について複数年契約を実施しており、
性能発注へ
の移行のメリットが少なかったことに起因する。
戦略 2‒6 について AM に関する研修体系を整備
するもので、これについてはコミュニケーション
プランと下水道CPD制度を設けることで、研修の
体系化及び促進の仕組みが整ったといえる。
図ー4 仙台市中心部における陥没履歴と多発区域
(黒い地区が 7 年間に 10 件以上の陥没が発生)
最後に AM を支える調査と開発についてであ
る。
戦略 3‒1 はオーストラリアとのプロセスベンチ
次いで行い、導入戦略や AM を実施する体制を整
マーキングに関するもので、これについては実際
えた。
にベンチマーキングを行い、平成21年当時の下水
戦略 2‒2 は管路系の維持管理プロセスを整備す
道事業の AM のレベルを把握した。この結果は今
るもので、AM 導入において現在のところ最も効
年度行った AM システムの成熟度評価に際しても
果を発揮している部分である。
まず戦略策定直後、
利用した。
AM 導入の効果を職員に実感してもらうため、管
戦略 3‒2 は管きょの網羅的カメラ調査に関する
路の維持管理を担当する下水道管理センター(当
ものである。これは3年間で270kmのサンプリン
時)において改善試行を実施した。これは作業負
グ調査を行うことにより、管きょの劣化傾向を把
荷の大きいセンターの業務プロセスを整備し、情
握しリスク策定の基礎資料とするもので、震災に
報収集と業務改善を同時に実現しようというもの
である。センターの業務改善はこの試行を皮切り
備、仕事の着実な遂行を支援する業務フローシス
テムの導入と続き、下水道管理センターは仙台市
下水道事業 AM のトップランナーに躍り出た。
戦略 2‒3 はポンプ場・処理場の業務プロセスを
整備するもので、こちらは東日本大震災で南蒲生
浄化センターが大きな被害を受けたこともあり業
務プロセスの適用が1年遅れたが、今年度から運
28
30
A判定有スパン率(%)
に維持情報を記録するための管路維持台帳の整
20
10
0
設置年度(西暦)
図ー5 網羅的カメラ調査により判明した陶管の劣化傾向
■4.今後の展開
ここまで AM システムを整備しても、なお仙台
市下水道事業の AM は緒に就いたばかりであると
いえる。この仕組みを使って、何度も何度もPDCA
サイクルをまわすことによりより一層 AM の成果
が現れてくるからである。そうであっても全国の
図-6 振動法による状態監視保全
自治体の皆さんには AM システムの導入を逡巡し
ないで欲しい。導入の過程で下水道事業における
さまざまな課題が明らかになり、問題が解決され
より1年間遅れたものの今年度で調査を完了す
るからである。我々にはこれらの成果を皆さんと
る。判明した管種別の劣化傾向を用いて、リスク
共有する準備はできている。本稿を読まれて何か
評価が行われている。
の戦略に興味をもたれた人は、是非仙台市にお問
戦略 3‒3 では施設管理のための情報管理基準を
い合わせいただきたい。そして是非足を運んでシ
定めた。ポンプ等の設備の健全度等を部位ごとに
ステムを見ていただきたい。AM はそのような情
把握するために、設備台帳の分類を行ったほか、
報交換を経て、さらに向上が期待されるからであ
各種点検項目の再整備等を行った。
る。
戦略 3‒4 は設備の保全手法を定めるために信頼
仙台市では AM システムをさらに向上させる仕
性重視保全(RCM)の実施手法を確立し、併せて
組みとして、AM 内部監査を導入しようと格闘し
状態監視の手法を定めるものである。この中では
ており、それはISO55001の試行認証へとつながっ
RCM手法の手引きを策定し、職員による保全手法
ていく。また AM から得られたデータを使って新
の選択を可能にしたほか、振動や AE を用いた状
たな維持管理の取組みを準備するとともに、平成
態監視の共同研究を行ってこれらの技術の適用方
28年度からの開始を予定する新たなマスタープラ
針を確立した。
ンと中期経営計画により一層効率的、効果的な下
戦略3‒5は戦略2‒2に関連して管路情報整備の基
水道事業の執行を目指している。そして、下水道
準を策定するもので、ここで定められた基準によ
の「トップランナー」を目指し取組みを継続して
り管路維持台帳の入力項目が決定され、この項目
いるのである。
に基づいて入力された情報により苦情の原因分析
等が可能になっている。
ここまでざっと個別戦略を見てきたが、振り返
ってみても大半の戦略が目標を達成したことがわ
かっていただけたと思う。
〈参考文献〉
1)渋谷 昭三:仙台市下水道事業におけるアセットマネジメ
ントの取組み,水坤 vol.39(2010)
2)小松 孝輝:仙台市におけるアセットマネジメントとICT
導入,下水道協会誌 vol.50, No.613(2013)
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