8.3 IS‐LMモデル 1.貨幣の役割 経済学概論 第8章 マクロ市場(2) • 古典派:貨幣(名目変数)は生産量や雇用量(実 質変数、ここでは財市場、労働市場で決定される 数値(変数)の意)に影響与えないと仮定。(貨幣 の中立性) 吉川卓也 • ケインズ経済学:貨幣は中立的ではなく、実質変 数に影響を与えると仮定。 • したがって、ケインズ経済学では財市場と貨幣市 場の同時決定モデルが標準モデルとなっている。 (IS‐LMモデル) 2 貨幣需要(5.1、pp.119‐121を参照) 1.貨幣の取引需要 • 資産として、貨幣と債券(債券、株式などの証券類をはじ めとした貨幣以外の資産が含まれる)の2種類しかないと 仮定する。 • 貨幣需要を、取引需要と資産需要に分けて考える。 • 貨幣の取引需要とは、市場取引で使用される貨幣に対す る需要である。 • 取引量は、経済全体の生産活動の大きさに対応して変化 するので、貨幣の取引需要は国内総生産(=国民所得) に依存して変化する。 • すなわち、貨幣の取引需要は国民所得の増加関数と考え られる。 • また、貨幣を保有すると、債券で保有していた場合の利子 収益を得られないという(機会)費用が発生する。 • したがって、貨幣の取引需要は利子率の減少関数である。 2.貨幣の資産需要 • 利子収入は利子率が高いと多く、低いと少ない ので、債券の需要は利子率が高いと増加し、利 子率が低いと減少する。 • したがって、資産としての貨幣の需要(貨幣の資 産需要)は、利子率が高いと減少し、利子率が低 いと増加する。 • すなわち、貨幣の資産需要は利子率の減少関数 と考えられる。 • 貨幣の取引需要、資産需要を合わせた貨幣需要 は、国民所得の増加関数、利子率の減少関数で ある。 3 4 図8.3 貨幣市場の均衡 1.貨幣の役割(続き)(図による説明) • 貨幣市場で需給を均衡させるのは、利子率による調整である。 • 縦軸に利子率、横軸に貨幣需要をとると、貨幣需要曲線は利 子率の減少関数なので、右下がりのMM線として表される。(図 8.3) • MM線は流動性選好表と呼ばれる。 • 一方、貨幣供給は政策変数(日本銀行の金融政策によって市 場の外部で決定される値)であり、一定と考える。(政策の変更 により数値が変化する) • したがって、利子率に関係なく一定の値をとるので、横軸から の垂直線で表される。 • 貨幣市場の均衡は、両曲線の交点Eとなる。 • 均衡利子率rEより利子率が高いと貨幣の超過供給、低いと貨 幣の超過需要の状態となる。 5 利子率r SS E rE MM O M 貨幣需要、貨幣供給 6 1 表8.6 IS‐LM分析 2.IS‐LM分析 • 「国民所得の決定」では、財市場が均衡するよう に国民所得が決まることを説明した。(このとき、 利子率が一定であることを暗黙に前提してい た。) IS曲線 LM曲線 市場 財市場 貨幣市場 定義 財市場を均衡させるYと 貨幣市場を均衡させるY rの組合せ とrの組合せ 均衡条件式 Y=C(Y)+I(r)+G 傾き 右下がり シフト・パラメータ G • 次に、貨幣市場で需給が一致するように利子率 が決まることを説明した。 内生変数 • ここで、国民所得と利子率が同時に決定される理 論的枠組みであるIS‐LM分析を説明する。 M=L(Y,r)=L1(Y)+L2(r) 右上がり M Yとrの同時決定 Y:国民所得、r:利子率、C:消費(需要)、I:投資(需要)、G: 政府支出、M:貨幣供給、L:貨幣需要、 L1(Y):国民所得(国内総生産)で決まる貨幣需要(取引需要)、 L2(r):利子率で決まる貨幣需要(資産需要) 7 8 図2.2 消費関数 3.IS曲線 • IS曲線(投資I=貯蓄Sが成立している)とは、財市場が均 衡する国民所得と利子率の組合せを示している。 • 財市場の均衡条件である総供給(=国内総生産=国民所 得Y)=総需要から、 (総供給) Y=C(Y)+I(r)+G (総需要) である。 • C(Y)は消費関数であり、 C=c0+c1Y ここでc0は基礎消費、c1は限界消費性向である。(図2.2) • 限界消費性向とは、所得がΔY円増加したとき、所得の増 加により増加した消費の大きさΔCとすると、消費の増加分 を所得の増加分で割った比率ΔC/ΔY= c1のことである。 • 所得の増加分をすべて消費の増加に回さないと仮定でき るので、0< c1 <1である。 消費C 消費関数C= c0+c1Y C1 C0 所得Y O 9 10 図3.7 資本需要の決定 • I(r)は投資関数であり、利子率rの減少関数である。 • 理由は以下の通り。 • 資本の限界メリットは、1単位の資本投入の増加によ る生産拡大で増加する利潤の大きさ(=資本の限界 生産×財の価格) • 資本の限界デメリットは、1単位の資本投入にかかる 費用の大きさ(=利子率) • 両者が等しいところで最適な生産がおこなわれる。 (図3.7) • 利子率が上昇すると、資本のコストが割高になり、資 本ストックの需要は減少する。(K→K’) • 投資は、今期の資本ストックと前期の資本ストックと の差である。 • したがって、投資は利子率の減少関数となる。 11 限界デメリット 限界メリット E’ r’ BB’(利子率) E r BB(利子率) AA(資本の限界生産) O K’ K 資本投入(資本ストック) 12 2 図8.4 投資関数 • IS曲線は、縦軸に利子率、横軸に国民所得をとると、右下 がりのグラフとして表される。 • 利子率の上昇→投資需要の減少→総需要の減少→超過 供給の発生→総供給(生産=国民所得)の減少、というプ ロセスで利子率の上昇は国民所得の減少をもたらすので、 財市場を均衡させる利子率と国民所得の組合せであるIS 曲線は右下がりとなる。 3.1投資の利子弾力性 • 利子率が1%低下したとき投資が何%増加するかを投資 の利子弾力性という。 • 投資の利子弾力性が低いと、利子率の変化に対して投資 はあまり変化しないので、不均衡はあまり大きくならず、国 民所得の変化は小さく、IS曲線の傾きは急になる。 • 投資の利子弾力性が高いと、利子率のわずかな変化に対 して投資が大きく変化するので、不均衡が大きく、国民所 得の変化は大きくなり、 IS曲線の傾きは水平になる。 利子率r r’ r I(r)(投資関数) I’ O I 投資I 13 14 図8.5 IS曲線 IS曲線の数値例 海外部門が存在しない閉鎖経済を考える。消費関数 がC=30+0.6Y、投資関数がI=150-6rと表されるとす る。総需要Aは、 A=C+I+G=(30+0.6Y)+(150-6r)+G となる。一方、総供給YSは生産=国民所得Yに等しく、 YS =Yとなる。財市場の均衡条件は、総供給=総需要 である。よって、 YS =Y=A=(30+0.6Y)+(150-6r)+G すなわち、 Y=(30+0.6Y)+(150-6r)+G である。これより、 0.4Y+6r=180+G を得る。 利子率r IS O 国民所得Y 15 16 図8A1 IS曲線の数値例 IS曲線のシフト (1)政府支出G=60のとき 0.4Y+6r=180+60=240 ∴r=-(1/15)Y+40 r=0のとき、Y=40×15=600 (2)政府支出が増加してG=120となったとすると、 0.4Y+6r=180+120=300 ∴r=-(1/15)Y+50 r=0のとき、Y=50×15=750 このように、IS曲線はGの増加によりシフトする。 利子率r 50 40 O 17 600 750 国民所得Y 18 3 図8A2 貯蓄関数 (2)貯蓄関数 貯蓄は国民所得から消費を差し引いたものである。 S=Y-C 消費関数C=c0+c1Yを代入すると、 S=Y-( c0+c1Y ) =(1-c1)Y-c0 貯蓄S 貯蓄関数S= (1-c1)Y-c0 O 所得Y (1-c1) -c0 19 20 財市場の均衡:貯蓄=投資 図8A3 IS曲線の導出 • 財市場を均衡させる利子率と国民所得の組合せ がIS曲線と呼ばれるのは、総需要と総供給の均 衡条件が貯蓄Sと投資Iとが等しくなる条件と同じ だからである。 • 貯蓄S=YーC ∴Y=C+S • 閉鎖経済の財市場の均衡条件Y=C+I+G • よって、C+S=C+I+G ∴S=I+G • 投資Iと政府支出Gを経済全体の投資と考えると、 総貯蓄S=総投資Iが成り立っている。 • この関係を利用して、IS曲線を描くことができる。 21 利子率r 利子率r IS曲線 投資関数 O 投資I+G 貯蓄S I=S O 貯蓄S 所得Y 貯蓄関数 45° O 投資I+G O 所得Y 22 IS曲線の一般形 4.貨幣市場の均衡 • LM曲線は、貨幣市場を均衡させる国民所得Yと利子率rの 組合せである。 M=L(Y,r) ここで、Mは貨幣供給、Lは貨幣需要を表している。 • 貨幣需要Lは取引需要と資産需要の合計で、国民所得の 増加関数、利子率の減少関数である。 • Yが増加すると、取引需要が増加するので、貨幣需要関数 MM曲線は上方シフトする。 • その結果、貨幣市場での均衡を維持するには、rも上昇す ることになる。 • したがって、貨幣市場の均衡は、Yが増加するとrも増加す ることで達成される。 • この関係を図示したのがLM曲線である。 Y=C+I+G C=c0+c1Y I=i0-i1r ∴Y= c0+c1Y+ i0-i1r+G (1-c1)Y+ i1r= c0+ i0+G ∴r よってIS曲線の傾きは 切片は 23 24 4 図8.3A MM曲線のシフトと貨幣市場の均衡 • 利子率の上昇→貨幣需要の減少→貨幣市場の超過供給 →貨幣供給は一定なので、均衡を回復するため国民所得 の増大による貨幣の取引需要の増加、というプロセスで利 子率の上昇は国民所得の増大をもたらすので、貨幣市場 を均衡させる利子率と国民所得の組合せであるLM曲線は 右上がりとなる。 4.1 貨幣の利子弾力性 • 利子率が1%低下したとき貨幣需要が何%増加するかを 貨幣の利子弾力性という。 • 貨幣の利子弾力性が低いと、利子率の変化に対して貨幣 需要はあまり変化しないので、利子率が大きく変化しない と貨幣市場の均衡を回復できないから、LM曲線の傾きは 急になる。 • 貨幣の利子弾力性が高いと、利子率のわずかな変化に対 して貨幣需要が大きく変化するので、利子率が少し変化す れば貨幣市場の均衡が回復するから、LM曲線の傾きは 水平になる。 利子率r SS rE’ E’ rE E MM MM’ O M 貨幣需要、貨幣供給 25 26 図8.6 LM曲線 LM曲線の数値例 貨幣需要関数Lを取引需要L1(Y)と資産需要L2(r)の和 と考える。 L= L1(Y)+L2(r) 取引需要L1(Y)はYの増加関数、資産需要L2(r)はrの 減少関数である。 貨幣市場の均衡は、貨幣供給をMとすると、 M=L= L1(Y)+L2(r) となる。Lを L=Y-40r+200 とする。M=800のとき、 800=Y-40r+200 ∴Y-40r=600 ∴r=(1/40)Y-15 ∴r=0のとき、Y=600 利子率r LM曲線 O 国民所得Y 27 28 図8A4 LM曲線の数値例 • 貨幣供給が変化すると、LM曲線はシフトする。 貨幣供給量M=600のとき、 600=Y-40r+200 ∴Y-40r=400 ∴r=(1/40)Y-10 ∴r=0のとき、Y=400 利子率r O 400 600 国民所得Y -10 -15 29 30 5 図8A5 LM曲線の導出 • 貨幣市場を均衡させる利子率と国民所得の組合 せがLM曲線と呼ばれるのは、貨幣需要L=貨幣 供給Mとなる利子率と国民所得の組合せ表して いるからである。 • 貨幣市場の均衡条件は、貨幣需要を取引需要と 資産需要に分けて表すと、両者の和が一定の貨 幣供給量に等しくなるという条件である。 • これを図示して、LM曲線を描くことができる。 利子率r 利子率r LM曲線 資産需要 O O L2 L1 M 所得Y L1 取引需要 M=L1+L2 45° O M L2 O 所得Y 31 32 図8.7 IS‐LMモデル 5 一般均衡モデル • IS曲線は財市場の均衡、LM曲線は貨幣市場の均衡を表してい る。 • 両者の交点Eでは、財市場と貨幣市場を同時に均衡させるよう に、国民所得と利子率が決定される。 • それに応じて、均衡での消費、投資、貨幣需要などのマクロ変 数が決定される。 • 労働者を完全雇用して生産されるGDPを完全雇用GDPという。 • IS曲線とLM曲線の交点で求められる均衡GDPが、完全雇用 GDPに一致する保障はない。 • 不況期には、均衡GDP<完全雇用GDPとなる。 • そのギャップに相当する労働者数が、働く意欲があるのに雇用 されない非自発的失業者である。 • ケインズ経済学の主要な関心は、総需要を管理(政策などでコ ントロール)して、完全雇用GDPを実現して、非自発的失業者を 解消することにある。 利子率r LM rE IS O 33 章末問題2 次のうち正しいのはどれか。 (イ)YはIS曲線上で決定されるから、LM曲線がシ フトしても変化しない。 (ロ)YはLM曲線上で決定されるから、IS曲線がシ フトしても変化しない。 (ハ)rはIS曲線上で決定されるから、LM曲線がシ フトしても変化しない。 (ニ)rはLM曲線上で決定されるから、IS曲線がシ フトしても変化しない。 (ホ)YとrとはLM、IS両曲線の交点で決まるから、 それ以外のIS、LM曲線の点は均衡としての 経済的意味はない。 35 YE 国民所得Y 34 正解(ホ) 36 6 章末問題3 正解(ア) Y=C+I+G、C=c0+c1Y、I=i0-i1rとすると、 1 r 限界消費性向が上昇すると、IS曲線はどう影響さ れるか。 (ア)IS曲線の傾きが緩やかになる。 (イ)IS曲線は変化しない。 (ウ)IS曲線の傾きが急になる。 よって、IS曲線の傾きは (エ)IS曲線の傾きが変化するが、どう変化するか は不確定である。 となる。 限界消費性向c1が上昇すると、傾きは小さく(緩や かに)なる。 37 章末問題4 38 4解答 次のようなモデルを想定する。 40 5 15 0.2 95 85 0.2 10 ここで、Iは投資、rは利子率、Sは貯蓄、Yは所得、 Mは貨幣供給、Lは貨幣需要である。 (ア)IS曲線を求めよ。 (イ)LM曲線を求めよ。 (ウ)均衡での所得と利子率を求めよ。 39 (ア)財市場の均衡条件(I=S)より、 40 5 15 0.2 ∴ 0.2 5 55 ∴ 25 275 ⋯ ⋯ 1 (イ)貨幣市場の均衡条件(L=M)より、 85 0.2 10 95 ∴ 0.2 10 10 ∴ 50 50 ⋯ ⋯ 2 (ウ)(1)式と(2)式より、 25 275 50 50 ∴ 75 225 ∴ 3 (2)式より、 50 3 50 200 40 練習問題8.2 1. 次のようなマクロモデルを想定する。 0.82 4 0.1 2 2 10 400 200 (1)IS曲線を求めよ。 (2)LM曲線を求めよ。 (3)均衡国民所得、均衡利子率を求めよ。 41 7
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