老人に起こりやすい「立ちくらみ」の話

筑波大学
基礎看護学
川口孝泰
老人に起こりやすい「立ちくらみ」の話
【講義内容】
1.「立ちくらみ」って何?
「立ちくらみ」は、急に立ち上がった直後に、気分が悪くなる、頭がふらふらする、
ぐるぐる眼が回る、目の前が暗くなり時には失神したりという症状です。
◆「立ちくらみ」はなぜ起きるのか。
日常生活の中では血圧が上下することは比較的よく見られる現象です。この調整には
自律神経が非常に深くかかわっています。この働きが安定していれば血圧の変動幅も小
さく、極端に血圧が低下することはありません。しかし自律神経が不安定になると、ち
ょっとしたきっかけで血圧が大きく変動し、特に、急に立ち上がった時などに血圧が極
端に低下する場合があります。その変動が許容範囲内(通常 60mmHg 以上)であれば、
脳内の血流量は極めて安定しているため問題は起きません。もし許容範囲以下の血圧低
下が起きると、たとえ一瞬であっても脳血流量の低下を来し、脳の機能に何らかの影響
を与え、その結果、気分不良や浮動感、めまい、失神といった、立ちくらみ様の症状が
出現してきます。
立ちくらみとは「起立時に血圧が許容範囲を超えて低下したための脳血流量の低下を
来した状態」であり、医学的には起立性低血圧症あるいは起立性血圧調節障害とも呼ん
でいます。
2.貧血と脳貧血(起立性低血圧 orthostatic hypotention)
貧血は「血が貧しい」と書きますが、血液の量そのものが少ないのではありません。
人間の血液の量はほぼ一定ですから、状態としては「血が薄い」ということです。血液
中の赤血球や、赤血球に含まれるヘモグロビン(血色素)の量が、正常値よりも少なく
なり、ヘモグロビンが足りなくなった状態を貧血といいます。
ヘモグロビンは、血流にのってからだのすみずみに酸素を運ぶ大切な役割をもってい
ます。これが減少すると、血液の酸素運搬機能が低下し、からだ中の筋肉や臓器が酸欠
状態に陥ってしまいます。そのため、疲労や動悸、息切れなどの症状があらわれるよう
になります。貧血には、原因によっていくつかの種類がありますが、大部分は「鉄欠乏
性貧血」です。赤血球がつくられるときには、ヘモグロビンの主成分である鉄分が大量
に必要とされます。食事で摂取する鉄分が不足したり、何らかの原因で体内の鉄分が不
足すると、十分な数の赤血球が生産されず、赤血球に含まれるヘモグロビンの量も減少
-1-
してしまいます。鉄欠乏性貧血の次に多いのが「出血性貧血」です。過多月経や出血性
胃炎、痔など、慢性の出血性疾患によって起こる貧血です。出血によってヘモグロビン
の中の鉄分が大量に失われるので、出血性貧血は、最終的には鉄欠乏性貧血に移行しま
す。このほか、まれに見られる貧血として 、「鉄芽球性貧血 」、「巨赤芽球性貧血(悪性
貧血)」、「再生不良性貧血」、「溶血性貧血」などがあります。
急に立ち上がったり、長時間立ったままでいたときに、立ちくらみやめまいがするこ
とがありますね。これを、「脳貧血(起立性低血圧 )」と言います。脳貧血は、一時的に
血圧が低下し、脳に流れる血液が少なくなって酸欠状態となったもので、貧血とはメカ
ニズムがまったく違い、ほとんどの場合、しばらく休んでいれば回復します。
3.起立性低血圧のメカニズム
立っている姿勢のとき、血圧は重力の影響で上半身から減少し下半身に増加する傾向
がありますが,健康な人では,自立神経の作用で下半身の血管を収縮させ,循環する血
液量の配分を調節します。しかし、この血液の循環を調節する機構のどかに障害が生じ
ると、血圧が低下する事があります。起立時の最高血圧が20ミリ以上低下した場合に
起立性低血圧と診断されます。
起立時の循環調節
圧受容体反射
調節機能
動脈圧受容体
内臓・腎臓の血管収縮
延髄心血管中枢
胸腔内静脈血の
約0.5∼0.7リットルが下方変位
静脈環流20%減少
骨格筋床の血管収縮
末梢血管抵抗の増大
(約40%)
心拍数の増加
(約20%)
交感神経
骨格筋ポンプ作用
心拍出量40%減少
骨格筋収縮によって血液の下方変位を抑える。
起立
腹腔血流の動員準備
見込み制御
高次中枢系
交感神経
(主体的意思)
平均血圧が60mmHg以下
になると脳の自動調節能
が働かなくなる。
血圧低下
-2-
腎血流の低下
心拍数の増加
脳血流低下
起立性低血圧
4.起立時の脳貧血を予防する手だては!
起立介助の方法を、研究結果から考えてみよう!
起立介助椅子の実験風景
5分間座位
3分間立位
sitting
sitting
半介助起立
standing
全介助起立
standing
介助椅子起立
-1∼-3min
1∼3min
-0.5∼-2.5min
0∼-2min
3min
0.5∼2.5min
0∼2min
3min
RRインターバルのsampling
-3-
◆起立前後3分間の心拍変動
半介助起立
【起立前】
RR.Ave
RR.Sd
CV-RR%
879** ± 77
60 ± 28
6
±3
Blood pressure
Systolic
Diastolic
Mean
LF / HF
【起立後】
RR.Ave
RR.Sd
CV-RR%
起立前
vs.
介助椅子
874** ± 87
45 ± 5
5 ± 0.3
916** ± 65
44 ± 9
5 ±1
112
67
79
69
± 4
± 3
± 2
± 32
111
64
78
91
± 4
± 5
± 2
± 40
106
65
78
86
±9
±7
±4
± 38
814
61
7
± 99
± 13
± 1
808
59
7
± 84
± 16
±1
822
57
7
± 70
± 10
±1
109
65
82
158
± 5
± 5
± 3
± 110
111
63
82
154
± 4
± 4
± 1
± 111
113
64
85
346
±6
±6
±4
± 167
Blood pressure
Systolic
Diastolic
Mean
LF / HF
全介助起立
起立後
収縮期
拡張期
平均血圧
交感神経
収縮期
拡張期
平均血圧
交感神経
** p < 0.01,* p < 0.05
◆起立直後の脳血流の変化
全介助起立
concentration change (arbitrary unit)
半介助起立
介助椅子起立
20
20
20
10
10
10
0
0
0
Y- 1
-10
-10
-20
-20
Y- 2
-10
Y- 3
Y- 4
Y- 5
-20
Y- 6
-30
-40
-30
-30
-40
-40
-50
-50
2
6
10
14 18
sec
22
26
2 6 10 14 18 22 26
sec
-4-
-50
2
6
10
14 18
sec
22
26
◆20cmの椅子から立ち上がる前後の変化(若者のデータ)
20cm 予告あり
HR
A
80
80
40
40
0
Blood Pressure(mmHg)
B
SBP
MBP
DBP
0
Blood Pressure(mmHg)
80
T -H b
OX Y -H b
dOX Y -H b
concentration(AU)
T -H b
0
0
-0. 04
-0. 04
-0. 08
-0. 08
HF(msec/√ Hz)
HF(msec/√Hz)
10
10
5
5
0
0
SBP-LF(mmHg/√Hz)
SBP-LF(mmHg/√Hz)
2
2
0
-60 -45 -30 -15
起立前
A:心拍数
DBP
0. 04
0. 04
E
MBP
0
OX Y -H b
dOX Y -H b
concentration(AU)
D
SBP
80
0
C
20cm 予告なし
HR
B:血圧
0
15
30
45
60
起立後
C:脳血流
0
-60 -45 -30 -15
起立前
D:副交感神経活動
-5-
0
15
30
45
起立後
E:交感神経活動
60