杉浦光夫 ヒルベルトの問題から見た20世紀数学

ヒル ベル トの問題か ら見た 20世 紀 数学
杉 浦 光夫 (津 田塾 大 )
はじめに
20世 紀数学は、勿論 19世 紀数学 を受継 いで発展 して来たのであるが、 この 1∞
年の間に、自か ら19世 紀
数学 と異なる特色を備えるに至つた。 この発展の相を、 1900年 に発 表 された ヒルベ ル トの23の
問題の内の
い くつ かについて、具体的に明 らかに したい とい うのが本稿の
である。
目標
時間の制約か ら、 ここで は第
1、 2、 5、 9問 題のみ を取上げる。
第 5問 題
ヒルベ ル トの提出 した第 5間 超は、
① リーのAL続 変換:Iの Jll論 を、1年 のわ(":1,び に作用を定義する関数の微分可能性または解析性の
仮
定な しで、連続性のみ を仮定 して展,Hす ることができるか」とい うものであった。
これに対し、フォン・ノイマンは、 1933年 に、実数の加法群が平面に、連続ではあるが
微分可能でな
い仕方で作用 し得ることを示 して、上の形の第 5問 題は否定的に解決されたのである。
して
そ
それ と同時
にフォン・ノイマンは当時導入されたばか りの位相辞の概念を用いて第 5問 題を次のよ
うに新 しく定式化
した。
② 位相リー群G(位 相多様体である位相群)は 、傷 析的)リ ー群か」
そ してGが コンパ ク トである とき、この問題に肯定的な答を出 した。 ポン トリャーギン、シュヴァレー
は、Gが アーベル群、口
T解 群の ときも肯定的であることを示 した。
後1948∼ 49年 頃岩澤拠古とグリースンは、視野を広げ、局所 コンパク ト群全体の中での リー群の位置 と
特徴付けを求める‖
‖題として第 5‖ 1題 をとらえ直した。彼等の立てた問題は、次の形の ものであ つた。
③ 局所 コンパ ク トlFFCで 、小さい (jr規 )部 分群を合まないものは リー群である。」
④ 任意の局所 コンパク ト群 Gは 、 リーlrの 射影極限となる開部分群を合むか」
③、④は1952∼ 53に グリースンと山辺英彦によつて肯定的に解決された。
② は③の一部と他の結果を合わせて、モンゴメリー・ジピンによつて52年 に解決 した。
③に関し、 リー祥と対躊的な位置 にあるのが、 p進 体 のよ うな完全不連結な局所 コンパ ク ト群で、単
位元の任意の近傍 は、bll正 規部分 群を合む。1964年 にセールは、任意の完備付値体k上 の解析的 リー群 の
理論を作 り、このよ うなlrに もリー環が定義され、 リー理論が成 り立つことを示 した。
これは、アルキメデス付111と 非アルキメデス付値に共通なリー群論が存在することを示 したものであ り、
第 5問 題におけるリーirの 41F徴 付けとは別の視点を示 した点において注目に値する。
第 9問 題
第 9問 題は、 「代数体において、高次犠剰余相互法則を証明せよJと い う問題である。これはガ ウス以
来19世紀の代数的整数論の発展を推進 した問題であつた。それは適当に纂剰 余記号を定義すれば、平方剰
余相互法則 と類似の形で高次幕剰余相互法則が成 り立つ ことを予想するものである。ヒルベル トは、代数
体kの 絶対類体 (最 大不分岐アーベ ル拡大体)Kの 存在を示 し、その基本的性質 を証明する ことによつて
相互法貝1が 証明されることを予想 した。そ してこの路線に沿つて、フル トヴェングラーは、任意の奇素数
pに 対し、1の p乗 根を合む代数体 kに おいて、 p零 濶除 相互法11の 証明に成功 したのであ つた (1909● )。
一方高木貞治は分岐する場合を も合む代数体の、アーベル拡大の一般論を、類体論とい う形で建設 した
(1920年 )。 高本は類体の基本性質の一つ として次の同型定理をとらえていた。
代数体 kの 有限アーベル拡大体 Kの ガ ロア群G=Gal(Klk)は 、 Kに 対応する合同イデアル類群 Hと 同型
この │]型 定理‖
を フ ロベニ ウス ト̀劇 典を jllい 具 1/r的 に 与えた のが 、 ア ルテ イ ンの 一 般 相互 法員1
(1∞ 7年 )で あ り、それ か ら任意 の 自然数 nに 対す る n幕 剰 余相 互法11が 直 ちに導かれる。 こ うして歴 史
である」
的経緯 か ら重要視 されて来た幕千」
余相 互法則 は、アルテインの 手に よつて構造的な一 般相 互法則 の形に定
ベ
ー
ル
のア
拡大 の]!論 機 i体 諭 )の 基本定理 とな った。 さらに類体論は、有限体上 の 一
式化 され、代数体
変数代数函数体 で も成 り立つ ことが1930年 代に知 られ た。
一 方アルテインは、 代数体kの 任意 のガ ロア拡大体 Kと 、ガ ロア群 G=Gal(K/k)の 表現 fに 対 してアル
ティ ンの L函 数 L(s、 K/k、 3を 定義 した。 K/kが アー ベ ル 拡大の とき、 Gの 既 約表現 χは1次 元 で、 G
の指標に他 な らな い。 一般相 互法則1に よ り、/は kに 対応す る合同イデアル 類群 Hの 指標 と見 な される の
で この場合には、 アルテ ィン 函数 1(s、 K/k、 χ)は 、kに おけるヘ ッケの L函 数に等 しい。 これが 一般
I´
相 互法則の解析的な表現である。
K/kが アー ベ ル拡 大でな い ときの、ア ルテ ィン L函 数 の これに対 応す る解析的 表現を求 める こ とは、
1960年 後半 か ら、 ラン グランゾによる広大な研究 プ ログ ラムの 中で研究 されて いる。 こ うして ヒルベ ル ト
の第 9問 題は、 ヒルベ ル トの予想 した枠を越 えて発展 した。
第 1、 2問 題
第 1問 題は、カ ン トールの集合論が残 した 」1つ の
「 り地、川lち 「連続体仮説」 と 「整列可能問題」 の解 決
を問 題 とす る。
1904年 ツェル メ ロは、選択公 メ‖ (∧
(`
)を 導入 して、任意の集合が整 列可能な ことを証明 した。逆に 整
列集合では、選択函数が 直ちに構成 で きるか ら、整列¬r能 定 ■11と 選択公理は同値な命題である。 1908年 集
合論 の公 ■u系 が ツェル メ ロに よ つて 導人 され の ち フレンケル に よ つて 置換公理が補われ、 ツ ェル メ ロ、
フレンクル
い う。
(Z FC)集 合 論の公理系が成 立 した。 以下 では ZFCか
らACを 除いた もの を ZF集 合論 と
1940年 ゲ ーデル は 「ZF集 合論が 無矛盾 な らば、それ は選択公理 また は一 般連続 体仮説
(GCH)を 添
「
コーエ
加 した体系 も無矛盾である」 ことを証りlし た。 さらに1964年 に、
ンは ZF集 合論に対 し、 AC及
び GCHは 独立 である」 こ とを強制法によ つて証明 した。 こ うして連続 体仮説 の正 否 は、 ZF集 合論 を 越
えた問題である ことが 明 らか にな り、以後集合論 の新 しい公■
lの 探求が盛んにな つた 。
「
第 2「 1題 は、 突数論 の 無矛llFl‖ :を 出[り lせ よ」 とい う問題 である。 ヒルベ ル トは、数学の各部門が公 理
系に よつて基 礎付 けられ る と考え、そ の公理系 の 無矛盾性 を、 いわゆる有限 の立場に基 いて証明す るこ と
に よ つて、数学の磁 密なり
It礎 付 けがで きる と信 じていた。
これに対 し、1931年 ゲーデルは、不完全性定劇!「 自然数論を合 むよ うな昴納的公理系 Tが 無矛盾な らば、
Tに おける閉論理式 1)で あ って、 Pも Pの 否定 もT内 では証明不可能であるよ うな ものが存在す る」こ と
を証明 した。 これ は誰 も予想 しなか つた意外 な結果であ つた。 これか ら導かれ る第二不完全性定理は、 無
ll的 制約を訪tす ものであ る。不完全性定理は公理化された数学の性格に対する深
矛盾性の証明に大きな原」
い洞察に基づ くもので、数学本礎論に大きな形響 を与えた。
まとめ
以上のJllで もわか るよ うに、 ヒルベ ル トのF響 題には、11:題 者の意図を越えた新 しい展開を示 した ものが
何題 もある。 これは2()1世 紀にな つて新たに発ル(し た新 しい分lF・ (例 えば位相幾何学、多変数関数論、非線
型問題、確率過程論、大llt解 析学、Ⅲ
l純 祥の分野i問 題等等 )と 共に、20世 紀数学が、いかに19世 紀数学 か
ら離れて きたか を具体
lr・
lに
示 しているのである。