WACC

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ファイナンス応用研究
第12回 2014年9月20日
畠田
2
資本構成-その1-
文献
BMA 第9章,第17章,第18章,第19章
Berk, Jonathan and DeMarzo, Peter, 2013, Corporate Finance,
Third Edition, Pearson, Chapter 14,15,16 (久保田,芹田,竹原,徳永,
山内訳,「コーポレートファイナンス:入門編」,第14章,第15章,第16章,
丸善,2014年)
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12.1 はじめに
• 企業の純負債,株主資本の相対的な割合を企業の資本構成という。
• 企業は投資家から資金を調達するとき,企業はどのような形態で調達する
かを考えなくてはならない。
• ここでは,自己資本による資金調達と負債と自己資本の組み合わせによ
る資金調達に限定し,企業の資金調達の決定問題(最適な資本構成の問
題)について議論する。
• 我々は,資金調達と企業の資産(営業)価値との間にどのような関係があ
るに注目して,企業の資金調達の決定問題について議論する。
すなわち,
「企業の資産価値を最も大きくする資金調達(資本構成)は存在するのか?」
「借金経営は悪であるのか? 」
という主張について議論する。
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12.2 アンレバード企業とレバード企業
①アンレバード企業(Unlevered firm)
資産の価値 𝑽𝑼 = 株主資本の価値 𝑼
貸借対照表
𝑟𝑉𝑈
資産(𝑉𝑈 )
株主資本 (𝑈)
𝑟𝐸𝑈
• アンレバード企業の資産の資本コストを𝑟𝑉𝑈 ,株主資本の資本コストを𝑟𝐸𝑈 とす
ると,次式が成立する。
(1) 𝑟𝑉𝑈 = 𝑟𝐸𝑈
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12.2 アンレバード企業とレバード企業
純負債
=負債合計-現金
②レバード企業(Levered firm)
資産の価値 𝑽𝑳 = 純負債の価値 𝑫 +株主資本の価値 𝑬
貸借対照表
𝑟𝑉𝐿
資産(𝑉𝐿 )
純負債(𝐷)
株主資本(𝐸)
𝑟𝑊 =
𝐷
𝐸
𝑟𝐷 + 𝑟𝐸𝐿
𝑉𝐿
𝑉𝐿
• レバード企業の資産の資本コストを𝑟𝑉𝐿 ,株主資本の資本コストを𝑟𝐸𝐿 ,負債の
資本コストを𝑟𝐷 とする。加重平均資本コスト(WACC)を𝑟𝑊 で表すと,次式が
成立する。
(2) 𝑟𝑉𝐿 = 𝑟𝑊 =
𝐷
𝑟
𝑉𝐿 𝐷
+
𝐸 𝐿
𝑟
𝑉𝐿 𝐸
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12.3 Modigiliani and Miller(MM)の命題
以下の条件(完全資本市場)が成り立っている。
1. 証券が取引される市場は競争的,あるいは,裁定機会が存在しない。
2. 証券の取引において,税金,取引費用(例:証券の発行費用)は存在し
ない。
3. 企業の資金調達の意思決定は,企業の実物投資から得られるFCFを
変えず,またそれについての新しい情報も提供しない。
MM命題
• 完全資本市場では,企業が保有する資産の価値は,その資産が生み出す
将来のFCFの現在価値に等しく,企業の資本構成の選択に影響されない。
同様に,資産の資本コストも企業の資本構成の選択に影響されない。
• レバード企業の株主資本の資本コストは,レバレッジとともに増加する。
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12.4 支払い利息の税控除
完全資本市場の仮定が成立しないとき,MM定理の主張はどうなるのか?
まず,税金が存在する状況での主要な帰結をあらかじめ示す。
• 税の存在は,投資家が受け取るFCFを減少させる効果をもつので,企業
の資産価値(営業価値)を低下させる。
• 税の存在を考慮した場合,株主資本による資金調達と異なり,負債による
資金調達には節税効果が存在する。
• 節税効果が存在するとき,MM定理は成立しない。すなわち,資金調達手
段で企業の資産価値(営業価値)が異なる。
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12.4 支払い利息の税控除
法人税率:𝑡,税引き前利益:𝑋,減価償却費:𝐷𝐸𝑃とする。このとき,株主資
本による資金調達を行う企業:アンレバード企業(Unlevered Firm)と負債に
よる資金調達も行う企業:レバード企業(Levered Firm)の税引後FCFを比
較する。
• アンレバード企業の税引後FCF: FCF𝑈
(3) 𝐹𝐶𝐹𝑈 = 1 − 𝑡 𝑋 + 𝐷𝐸𝑃
• レバード企業の税引後FCF: FCF𝐿
(4) 𝐹𝐶𝐹𝐿 = 1 − 𝑡 𝑋 − 𝑟𝐷 𝐷 + 𝐷𝐸𝑃 + 𝑟𝐷 𝐷
= 𝐹𝐶𝐹𝑈 +𝑡𝑟𝐷 𝐷
𝑡𝑟𝐷 𝐷: 負債による税金の支払い控除額
(節税効果)
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12.4 支払い利息の税控除
例1:セーフウェイ社の利子支払前,税引き前利益(EBIT)は18億5000万ドル,
支払利息は3億5000万ドルであった。法人税率を35%と仮定すると,レバレッ
ジによるセーフウェイ社の利益への効果を考えよう。
法人税率
35%
レバード企業
利子支払前,税引前利益 (EBIT)
支払利息
税引前利益
税金
純利益
すべての投資家にとって利用可能な総利益額
支払利息節税枠 (節税効果 )
アンレバード企業
1850
-350
1500
-525
975
1325
123 = 1325 - 1202
1850
0
1850
-648
1202
1202
• すべての投資家(株主・債権者)が受け取る総利益額は,レバード企業にお
いて13億2500万ドル,アンレバード企業において12億300万ドルであり,1
億2300万ドル[支払利息節税枠 𝑡𝑟𝐷 𝐷 =法人税率 𝑡 ×支払利息 𝑟𝐷 𝐷 ]の
節税効果が存在する。
• 減価償却費を戻し入れたFCFで考えても,節税効果分だけFCFは増加する。
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12.4 支払い利息の税控除
レバード企業の資産の価値とアンレバード企業の資産の価値について,(4)
式と同様の関係式が成立する。
(5) 𝑉𝐿 = 𝑉𝑈 +PV of 支払利息節税枠[𝑡𝑟𝐷 𝐷]
𝑉𝐿 : レバード企業のFCFの現在価値
(レバード企業の資産価値)
𝑉𝑈 : アンレバード企業のFCFの現在価値
(アンレバード企業の資産価値)
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12.4 支払い利息の税控除
• 一定の負債額の下での支払い利息節税枠
ここで,企業が一定の負債額(𝐷)を維持すると仮定する(古い社債と借入は
満期を迎えると借り換えを行う)。このとき,負債にリスクがなく,無リスク利子
率を𝑟𝐷 とすると,毎年,かつ,確実に𝑡𝑟𝐷 𝐷の支払利息節税枠が永久に発生
するので, PV of 支払利息節税枠は
(6) PV of 支払利息節税枠 =
である。また,負債の価値は
𝑡𝑟𝐷 𝐷
𝑟𝐷
= 𝑡𝐷
毎期発生する支払利息の節税分= 𝑡𝑟𝐷 𝐷
𝑡𝑟𝐷 𝐷
𝑡𝑟 𝐷
PV of 支払利息節税枠 = 1+𝑟
+ 1+𝑟𝐷 2 + ⋯
𝐷
=
(7) 負債の価値= 𝐷
毎期発生する支払利息= 𝑟𝐷 𝐷
負債の価値 = PV of 支払利息
𝑟𝐷 𝐷
𝑟𝐷 𝐷
= 1+𝑟
+ 1+𝑟
2 +⋯
𝐷
=
𝑟𝐷 𝐷
𝑟𝐷
=𝐷
𝐷
𝑡𝑟𝐷 𝐷
𝑟𝐷
𝐷
= 𝑡𝐷
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12.5 税が存在する下での最適資本構成
• 税引き後WACC
税を考慮すると,負債権者が要求する資本コストは, 1 − 𝑡 𝑟𝐷 である。
株主資本の資本コストを𝑟𝐸 ,負債の税引き前資本コストを𝑟𝐷 ,法人税率を𝑡と
すると,税引き後WACC(𝑟𝐴,𝑊 )は,次式で表される。
(8) 𝑟𝐴,𝑊 =
𝐷
𝑉𝐿
1 − 𝑡 𝑟𝐷 +
𝑫:負債の価値
𝑬:株主資本の市場価値
𝑉𝐿 = 𝑬 + 𝑫
𝐸
𝑟
𝑉𝐿 𝐸
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12.5 税が存在する下での最適資本構成
• MM命題(完全資本市場): 企業の資産価値を決めるのは投資政策であり,
資本構成は企業の資産価値に影響しない。
税の存在
• 税は,Levered firmに利息の支払いがFCFに節税効果をもたらす。
𝐹𝐶𝐹𝐿 = 𝐹𝐶𝐹𝑈 +𝑡𝑟𝐷 𝐷
• 税は,Levered firmに資産の資本コストの低下をもたらす。
𝑟𝑊 =
𝐷
𝑉𝐿
1 − 𝑡 𝑟𝐷 +
𝐸
𝑟
𝑉𝐿 𝐸
• 負債の増加とともに,レバード企業の資産価値は上昇する。
𝑉𝐿 = 𝑉𝑈 +PV of 支払利息節税枠[𝑡𝑟𝐷 𝐷]
⇔ 𝑉𝐿 ≥ 𝑉𝑈
 企業は資金調達する際,負債調達が株式調達よりも優先される。
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12.5 税が存在する下での最適資本構成
企業の資産価値 𝑉𝐿
図12.1
𝑉𝐿 = 𝑉𝑈 + PV of 支払利息節税枠
𝑉𝑈
0
𝐷
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12.5 税が存在する下での最適資本構成
• 実際に企業は負債による資金調達を優先しているか?
 外部資金を調達するとき,株式による資金調達より負債による資金調
達を好む傾向があるが,すべての投資が外部から調達されているわけ
ではない。
 現実においては,むしろ投資の多くの部分において,留保利益(内部留
保)のように,内部で生み出された資金を利用している。
 留保利益,株式はともに株主資本である。
• なぜ?
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12.6 財務的危機
• 負債による資金調達には,企業に負債の利息や元金の支払い義務が課さ
れている。
• 企業が負債の利息や元金を支払うことができないことを 財務的危機
(Financial distress)の状態に陥っているという。
• 財務的危機の状態に陥っている企業は,倒産手続き(破産法,会社更生
法,民事再生法)の適用について考慮することになる。
• 企業が倒産した後,債権者は企業の資産に対して一定の権利を取得する。
• 極端のケースでは,「破産」の手続きを経ることで,株主から債権者は企業の資
産の法的な所有権を取得する。
• 倒産とは,債権者が企業の資産の法的な所有権を取得している状態をさ
す。
• FCFの配分は財務的危機の状態にあっても,倒産しても同じである。それ
故,以下では,財務危機=倒産と考える。
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12.6 財務的危機
完全市場における財務危機の影響
例2:アーミン社[Berk, and DeMarzo, 2013, Corporate Finance, 16.1]
留意点:財務的危機の状態に伴う追加的な費用=0。
単位:100万ドル
Unlevered Firms
成功(50%) 失敗(50%)
負債のFV(将来価値)
150
80
株主資本のFV
150
80
資産のFV
Levered Firms
成功(50%)
失敗(50%)
100
80
50
0
150
80
• 資産のFVは,アンレバード企業とレバード企業で変化しない。
⇒ 財務的危機の事象は,レバード企業において起こりうる。
⇒ FVの減少は,財務的危機によって発生するのではない。
⇒ 負債による資金調達は,資産のFVの減少をもたらすわけではない。
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12.6 財務的危機
完全市場における財務的危機の影響
例2において,無リスク利子率が5%,アーミン社のFVは景気循環と無関係
である,そして,財務的危機の状態に伴う追加的な費用が発生しないとする。
このとき,アンレバード企業の資産価値[営業価値](𝑉𝑈 )とレバード企業の資
産価値[営業価値] (𝑉𝐿 )は?
• アンレバード企業の資産価値
(9) 𝑉𝑈 =
1
1
∙150+ ∙80
2
2
1.05
= 109.5
• レバード企業の資産価値
負債価値: 𝐷 =
1
1
∙100+
∙80
2
2
1.05
= 85.7,株主資本の価値: 𝐸 =
(10) 𝑉𝐿 = 85.7 + 23.8 = 109.5
(11) 𝑉𝑈 = 𝑉𝐿
⇔ MM命題が成立
1
1
∙50+
∙0
2
2
1.05
= 23.8
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12.6 財務的危機
• 完全資本市場においては,財務的危機の可能性は負債を用いるデメリット
とはならない。
⇒ 企業の資産の価値は変化しない(MM命題)。
しかしながら,…
• 現実の世界では,財務的危機には,様々な追加的な費用(財務的危機費
用:Distress costsと呼ぶ)がかかる。1つは,倒産手続き(破産法,会社更
生法,民事再生法の手続き)に直接かかわる法律コストや管理コストであり,
もう1つは,倒産手続きと直接的に関係ない間接的費用である。
 直接費用:法律や会計などの外部専門家に対する手数料や時間費用
 間接費用:顧客や納入業者の信用の喪失,従業員の損失。資産の投売
りなど。間接費用は直接費用をはるかに超えると考えられている。
⇩
摩擦が存在する資本市場(不完全資本市場)では,負債による資金調達には
財務的危機費用(Distress costs)が発生する。
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12.6 財務的危機
不完全市場における財務的危機の影響
例3: アーミン社[Berk, and DeMarzo, 2013, Corporate Finance, 16.1]
留意点:財務的危機の状態に陥ると,財務的危機費用の将来価値として,
2,000万ドル発生する。
単位:100万ドル
アンレバード企業
成功(50%) 失敗(50%)
負債のFV(将来価値)
150
80
株主資本のFV
150
80
資産のFV
レバード企業
成功(50%)
失敗(50%)
100
60
50
0
150
60
• レバード企業のFVは,アンレバード企業のそれより少ない。
⇒ FVの減少の一部(2,000万ドル)は,財務的危機によって発生する。
⇒ 負債による資金調達は,資産のFVの減少をもたらす。
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12.6 財務的危機
不完全市場における倒産の影響
例3において,無リスク利子率が5%,アーミン社のFVは景気循環と無関係
である。このとき,アンレバード企業の資産価値[営業価値](𝑉𝑈 )とレバード企
業の資産価値[営業価値](𝑉𝐿 )は?
• アンレバード企業の資産価値
(12) 𝑉𝑈 =
1
1
∙150+ ∙80
2
2
1.05
= 109.5
• レバード企業の資産価値
負債価値: 𝐷 =
1
1
∙100+ ∙60
2
2
1.05
= 76.2,株主資本の価値: 𝐸 =
1
1
∙50+ ∙0
2
2
1.05
(13) 𝑉𝐿 = 85.7 + 23.8 = 100.0
• 財務的危機に関する費用の価値(PV of 財務的危機費用)は
(14) PV of 財務的危機費用 = 𝑉𝑈 −𝑉𝐿 = 9.5
= 23.8
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12.6 財務的危機
• 財務的危機費用(DC)が存在する下でのレバード企業の資産価値:
(15) 𝑉𝐿 = 𝑉𝑈 − PV of 財務的危機費用
PV of 財務的危機費用の決定要因:
①財務危機の発生確率:
企業の負債額 (+)
企業が生み出すFCFや資産価値のリスク (+)
②企業が財務的危機状況に陥ったときの費用(Distress costs)の大きさ:
業種(例えば,人的資本,非流動的な資産に依存している産業)
顧客,納入業者,従業員の損失による影響 (+)
③危機費用に対する資本コスト
高ベータ企業ほど低い資本コスト⇒ PV of 財務的危機費用↑
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12.6 財務的危機
企業の価値 𝑉𝐿
図12.2
𝑉𝐿 = 𝑉𝑈 + PV of 支払利息節税枠
𝑉𝑈
0
𝑉𝐿 = 𝑉𝑈 − PV of 財務的危機費用
𝐷
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PV of 財務的危機費用の大きさに依存
大きくなるほど左にシフト(最適負債は
小さくなる)。
12.7 最適資本構成:トレードオフ理論
• 税の存在と財務的危機費用が存在する下で,レバード企業の資産価値:
(16) 𝑉𝐿 = 𝑉𝑈 + PV of 利払利息節税枠 − PV of 財務的危機費用
最適負債水準