講演抄録集 - 健康日本21

健康日本21推進全国連絡協議会
10周年記念フォーラム
「健康日本21の総括と展望」
講演抄録集
目次
1.フォーラム開催の趣旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
2.フォーラムの内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
3.フォーラムの様子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
4.基調講演・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
5.シンポジウム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
栄養・食生活分野・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
運動分野・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
タバコ分野・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52
保健分野・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63
質疑応答・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70
1.フォーラム開催の趣旨
平成12年4月からスタートした健康日本21は、平成22年で10年を
迎え、厚生労働省では22年度からその評価を行うこととなっている。
その間、平成19年4月に厚生労働省では中間評価を取りまとめ、「脂肪エ
ネルギー比率の減少」「運動習慣者の増加」などに改善傾向が課題として見
られる一方で「男性肥満者の増加」「歩数の減少」など悪化している項目も
見られた。また、「総花主義的でターゲットが不明確だった」、「目標達成
に向けた効果的なプログラムやツールの展開が不十分だった」、「政府全体
や産業界を含めた社会全体との取組が不十分だった」などが指摘された。
この中間評価では「今後の方向性」として、「代表目標項目を設定し、取
り組みやすいものにしていく」、「都道府県健康・栄養調査マニュアルに沿
った計画の内容を充実していく」、「新規目標の設定」、「効果的なプログ
ラムやツールを用意」、「メタボリックシンドロームに着目した運動習慣の
定着」、「食生活の改善に向けた普及啓発」などが示され、それにそって、
後半の活動が今日まで行われてきた。併せて中間評価では「運動期間の変更」
として、「医療費適正化計画など関連する他の計画との整合性を図るため、
平成22年度から最終評価を行い、その評価を平成25年度以降の次期の運
動の推進に反映させる」ことも行われた。
これらを背景に、健康日本21の10周年を迎え、次期健康づくり国民運
動に向け、改めてこの運動の趣旨等を関係者が再認識し、一層の「国民運動」
とするために、10周年記念フォーラムを開催する。
1
2.フォーラムの内容
開催日:平成 23 年 2 月 25 日(金)
場
所:大東京ビル 6階会議室
14:00~
港区東新橋2-6-10
プログラム
14:00~
15:00~
基調講演
辻 哲夫
東京大学高齢社会総合研究機構
教授
シンポジウム
座長:多田羅 浩三
財団法人 日本公衆衛生協会 理事長
放送大学 教授
1)迫
和子(栄養・食生活分野)
社団法人 日本栄養士会 専務理事
2)鶴見 幸子(運動分野)
社団法人 日本フィットネス協会
3)島尾 忠男(タバコ分野)
公益財団法人 結核予防会
4)大場 エミ(保健分野)
全国保健師長会 会長
2
顧問
理事長
3.フォーラムの様子
基調講演
辻
哲夫氏
座長
多田羅
浩三氏
3
各パネリスト
質疑
4
参加者
5
6
(図 1)
10 周年記念フォーラム
基調講演
○増田常務理事 本日は健康日本21 の
10 年間の総括と、今後 10 年の展望等に
ついてもお話しいただくということで、
私自身、現職中に健康づくりがもの
企画させていただきました。辻先生、
すごく大切だということを心から思い
よろしくお願いします。
まして、この分野にかなりの思い入れ
を持ってやってまいりました。今日は、
○辻先生 ご紹介いただきました辻で
これから高齢化の正念場がやってくる
ございます。多くの方が存じ上げてい
わけですけれど、その中でやはり予防
る方ですので、久しぶりにお会いでき
こそ本筋の仕事だということをお話し
て心から光栄に思っています。
させていただきたいと思います。
厚生労働省を辞めましてから、福祉
高齢化が進めば進むほど、予防が大
を学びたいという学生に会ってみたい
切である、予防に取り組む政策が大切
と思い、福祉系の大学の専任教員を 1
であると申し上げたいわけですが、そ
年間やりました。
れだけではなく高齢社会における我々
その後、ご縁があって東京大学に呼
の生き様ですね。どのようなライフス
んでいただき、現在いわゆるジェロン
タイルがよいのだろうという話も含め
トロジー研究と言うのでしょうか、高
て、医療も大きな変革が求められてい
齢化を研究する部門(図 1)におりまし
ます。
て、本日は健康づくりの関係でお話を
医療は今までどちらかというと治療
させていただくことになりました。
一辺倒だったのですが、
“支える医療”
と言うのでしょうか、あとでケアシス
テムの話も少しさせていただきますが、
7
治療中心の医療から“支える医療”へ
では老人という時代ではないと私は思
という非常に大きな医療の変容が求め
います。75 歳を超えてやっと高齢者か
られています。
というような、まさしくその世代の人
がこれから倍増します。そしてそれは
“人生 90 年社会”
。日本はもとより、
(図 2)
世界でも経験したことのない社会です。
“人生 90 年社会”で後期高齢者が大
きなウエイトを占める。そこへ一気に
向かう。これからどのように今後の 20
年を迎えるだろうかというのは、誰も
経験したことがないことです。
経験したことがないわけですけれど、
図 2 は私が前職の時から慄然として
私なりにこのようなことがポイントで
見ていた資料ですけれど、高齢化はこ
はないかということをまずお話したい
れからが勝負ですね。高齢化率とは総
と思います。
人口に対する 65 歳以上の人口割合で、
(図 3)
どんどん上がり続けているわけですけ
れど、それは子どもさんが減って上が
るという要素もありますが、お年寄り
が増えるのはこれから20 年が勝負です
ね。
2030 年にほぼピークになる。65 歳か
ら 74 歳人口はほぼ横ばいでして、増え
るのは75 歳以降ですね、
これから。
2005
年から一挙に倍増して、あとはほぼ横
これから20 年が勝負と申しましたが、
ばいになる。
もうひとつ非常に大きな、これから日
お年寄りらしいお年寄りは75 歳を超
本の高齢化を考える上でのポイントが
えてからですね。これからは、75 歳ま
あります。それは都市の高齢化です。
8
なります。
図 3 の 2005 年の黄色い色から 2025 年
までに増える65 歳以上人口が橙色です
都市部でこれから増えるのは高齢に
けれど、大都市で 75 歳以上の人口が激
なった人口です。悲観的な話をします
増します。75 歳以上と言いますが、
“人
と、行くところがなくて孤独死が激増
生 90 年”
の 75 歳以上ということです。
するか、地価の低い地方へお年寄りが
移されていく。そのようなことがあっ
地方はご覧いただくと分かりますが、
量としては峠を越えています。ですか
てよいのでしょうか。このような話が、
ら、日本の高齢化を考えるという観点
実はこれから日本全体として非常に大
で、国レベルから言うと、都市部の高
きなテーマになります。
齢化をどのように迎えるかというのが
(図 4)
非常に差し迫った問題ですね。高齢者
が増えるのは誠にめでたいことですが、
虚弱になった時にどのように受け入れ
るか。
地方は先に高齢化が進みました。地
方は何をどう対応したかというと、特
別養護老人ホーム、老人保健施設、療
養病床、こういう施設で受け止めてき
ました。
もうひとつ、日本の姿を考える上で
そのような箱物には、まず「土地」
非常に大きな問題は、死に場所です。
が必要です。介護保険も医療保険も建
暗い話ばかりして申し訳ないです。自
物の減価償却費までしか入っていない
宅で死ぬのが当たり前であった、そし
ため、土地がどこかから出てくるとい
て病院で死ぬのはほんの僅かであった
う前提でつくりますが、都市部は地価
終戦直後から一気に 80%まで病院死亡
が相対的に高いためなかなか土地が出
率が増えています(図 4)。これは何なの
てきません。今後 20 年の間に、これだ
かということですが、私なりの一刀両
けの量の施設を整備できないことも含
断の評価は、これは病院信仰の歴史だ
めまして、実は都市部の大きな問題に
ったということです。昭和 30 年台中盤
9
(図 5)
くらいから臓器別医療、すなわち高度
な手術などの治療方法ができ始めて、
病院がどんどん整備されていきました。
病院でできる限りのことをしてほしい。
あるいは病院に親を入院させて、でき
る限りのことをしてくださいという文
化の中で、一辺倒で病院に向かってい
った結果と言っていいと思います。
病院とは何か? これは今言いまし
このような点で、今後非常に大きな
たように、臓器別医療ですね。病気に
意識転換が起こると思います。具体的
は原因がある。病気を治すためにその
に言うと、死亡者数が年間 80 万くらい
原因と闘う。治すという概念の延長線
から一気に増えて、今 100 万を超えて
上において、死との闘いが繰り広げら
170 万人くらいまで増えていきます(図
れます。死を遠ざける。これが病院の
5)
。病院医療がものすごい勢いで伸び
医療です。したがって病院で亡くなっ
始めた昭和 40 年頃は、死亡者数のうち
た人は、死との闘いの敗北者ともいえ
75 歳以上人口は 3 分の 1。逆に言えば 3
ます。そして、裏口から出て行く。
分の 2 が俗に言う 75 歳未満の、今で言
これは病院を悪く言っているのでは
えば若死です。まさしく死との闘いが
ありません。病院の臓器別医療の本質
医療のメインコンセプトでした。
を言っているわけです。そういう意味
今は 75 歳未満の死亡者は 3 分の 1 で
で人生 90 年の長生き社会において、私
す。現代の日本人の死亡者の最も多い
たちは病院で亡くなるのは幸せなのだ
年齢は男性で 85 歳、
女性は 90 歳です。
ろうか? 実はこういうことも、これか
そのような時代における医療、そのよ
ら大きなテーマになっていくでしょう。
うな時代における我々の生き様はどう
なのか。多くの方が迎える“人生 90 年”
をどのように設計するのか。超高齢社
会を展望して予想しますと、2025 年に
おいて認知症の方が300 万人を超える。
10
65 歳、70 歳、75 歳、80 歳、85 歳とい
割強で、高齢者世帯のうち 7 割が一人
ったように 5 歳きざみで、私の記憶で
か二人。子など他の世代との同居はた
は発症率は年齢と共に 1%、3%、7%、
った 3 割、そういう社会です(図 6)
。弱
確か 14%、25%といったようにおおむ
ったら子どもの世話になるのが普通と
ね倍増して、年をとれば認知症になる
いう時代ではないということです。
日本の在宅介護は子ども、最近は実
のは誰にもあり得るということです
の娘に切り替わったそうですけれど、
(図 6)。
嫁から娘ですね。介護者が切り替わっ
ていますけれど、そういうような形で
(図 6)
世話になるというような形態は少なく
なります。今までの介護保険のモデル
は同居の方が一生懸命介護してくださ
い、それを応援します、もうクタクタ
になったら施設です、というような形
ですけれども、なかなか厳しいモデル
ですね。
そういう社会とはどのような社会だ
一人ないしは二人暮らしがメインに
ろう。このことをこれから社会全体と
なった時に、我々はどのような生き様
して考えていく必要があります。
をするのか。子どもたちとのかかわり
もうひとつは、超高齢社会がどのよ
は基本的に大切ですが、共働きが普通
うな社会かを予想する上で、大きな要
となった時代に介護を子どもに頼ると
素は高齢者世帯の変容です。日本は基
いうイメージは一般的には持てないで
本的には子どもとの同居が前提で、外
すね。そのような段階が今後やってき
国の人に「いいね」とよく言われたも
ます。
のですけれど、あっという間に子ども
との同居は例外になります。2025 年の
段階で高齢者世帯のうち一人暮らし世
帯が何と 4 割近く。夫婦だけの世帯は 3
11
ウンしていきます。このように、3 つの
(図 7)
集団に整理されることが分かりました。
(図 8)
個人の自立度から見てみます。図 7
は私の東京大学の同僚の秋山先生がミ
シガン大学でジェロントロジーを研究
されまして、ミシガン大学時代から 20
図 8 は女性ですが、これは心身の自
年間、日本の高齢者を継続的に調査さ
立で見ていますので、女性は骨粗しょ
れたデータです。私は非常にこの資料
う症などで足腰やひざを痛められるよ
は意義深いものだと思います。
うで、パッと正座できない人は自立の
縦軸が自立、これは病気ではありま
線に入りません。一方、女性は男性の
せん。心身の自立度で見ています。縦
半分強ほどが急激に自立が低下する集
軸の 3 は完全自立ですね。電車に乗っ
団であり、大部分の人は徐々に徐々に
て買い物をして帰って来られるという
下がっていきます。このような集団に
ような完全自立。下に向かって、要介
分けられることが分かりました。非常
護、最後は死亡というように自立度が
に興味深いです。
落ちていきます。これは年齢が 60 から
厚生労働省が公表した要介護度別原
90 歳です。男性で言いますと、男性の
因疾病分類のデータがあります。男性
1 割が 90 歳まで完全自立に近い状態を
は脳血管性障害で要介護3 以上が多い。
維持しています。
女性は関節症や足腰から弱った人で、
一方、2 割弱の人が急激に自立度が落
要支援や要介護度の低い人が多い。上
ちて、重い要介護となります。残りの 7
記男女のデータとほぼ合致しています。
割くらいの人が徐々に徐々にレベルダ
これが我々の老いの姿だということで
12
私が主張したいのは、生活習慣病予防、
す。
この 2 つの資料を見て、急激に生活
介護予防という予防政策こそ、やはり
の質を落とす典型は血管障害です。生
21 世紀の大政策として展開されなけれ
活習慣病で血管がやられて麻痺を起こ
ばならない。我々の幸せのために何を
すと、急激に自立度が落ちてしまいま
するべきかということについて、私は
す。
このデータを見て確信いたします。
徐々に徐々に下がるのは、足腰から
予防政策の重要性とあわせてもうひ
弱る人や認知症の人です。通常の老い
とつ重要なことがあります。今の現代
の姿です。2 つの資料が意味しているの
医療の水準、医療の実態からいうと、
は、生活習慣病の予防政策の優先度が
大部分の人が大なり小なり虚弱な期間
ものすごく高いということです。私は
を経て最期は死にいたる。要するに、
この政策を重視してまいりましたけれ
虚弱な期間を経ることも、ある程度避
ど、この資料を見て再度確信いたしま
けられないということです。
したがって虚弱な期間の生活の質を
した。
どうするかということが非常に大きな
急激に自立度が落ちるのはつらいこ
とです。重い要介護 3、4、5 の状態で
問題となります。弱ったらおしまいだ、
すね。これはやはり防がなければなら
我慢してよ、では、たまらないですよ
ない。生活習慣病の予防は、高齢期の
ね。みんなそこに向かっていくのです
自立という観点から見ても、これをと
から。私は、本当に弱った時の生活の
もかく防ぐという政策の優先度が非常
質をどう考えるのか、このことについ
に高いものだと思います。
てもっとしっかりした考え方を持った
次に言えることは、徐々に自立度が
社会をつくる必要があると思います。
下がる集団の下がるカーブをできる限
虚弱になったとしても笑顔のある生活
り横の方に出していく介護予防の重要
にするにはどうしたらよいか、こうい
性です。
う社会を目指していく必要があると思
“人生 90 年”時代の人が激増する日本
います。
を予想した時に、結局、高齢期という
ものを日本はどのように展望するのか。
13
た。
(図 9)
その共通項が特定できた。それが内
臓脂肪症候群だったということです。
それ以外何も着目しなくていいという
意味ではなく、例えば塩分をコントロ
ールしなくてはいけないなど、大切な
ことはいっぱいありますけれど、この
大きな流れの共通項が分かった。
まず、生活習慣病対策についてお話
要するに内臓脂肪から分泌される特
をしたいと思います。生活習慣病につ
定物質が悪さをして、血管内の代謝、
いてはメタボリックシンドローム、日
いろいろなものを転換していく代謝の
本語では内臓脂肪症候群と訳されてい
過程を阻害して血管が傷んで詰まった
ますけれど、この概念が明らかにされ
り破れてしまったりするということで
たのは、政策的には非常に貴重なこと
すから、内臓脂肪をコントロールすれ
ですね。
ば、図 9 の下の2つ目の箱へ行くのを
コントロールできます。
前から糖尿病対策、高血圧症対策と
いった病気ごとの対策があって、今後
今まではどちらかというと病気を発
も病気ごとの対策も必要ですが、共通
見して、その病気の進行を薬物治療に
項は最後は血管をやられているという
よってコントロールする。二次予防と
ことですね。
いうそうですけれど、図 9 の 2 つ目の
箱から3 つ目の箱に向かうのを止める。
最後にこの病気の行き着くところは
心臓の血管に行って虚血性心疾患か、
すなわち病気発見、増悪防止が政策の
脳の血管へ行って脳卒中か、目に行っ
メインであったのが、もっと手前から
て失明か、腎臓の毛細血管で人工透析
コントロールしよう、すなわち内臓脂
に至るか。こういう経過で、みんな同
肪をコントロールすればよいというこ
じような流れになっている。私が保険
とで、病気になる前に、あるいは病気
局の審議官の時に勉強した時は、この
になってもよりよい状態へ戻す。
病気の一歩手前で止める、手前へ戻
流れをシンドローム X と言っていまし
14
すという政策。俗に一次予防というそ
よって血管内の代謝がよくなるんだそ
うですが、これがメインになる。そう
うですね。
すると要介護にもなるリスクから遠ざ
ということは、筋肉を動かせば代謝
かる。ガタンと落ちるのをもっと手前
がストレートによくなり、なおかつ内
で抑える一次予防です。
臓脂肪も減って、その結果また代謝が
よくなるというからダブルの効果で、
「1 に運動 2 に適正なダイエット し
(図 10)
っかり禁煙 最後にクスリ」
。
「最後にクスリ」というのは非常に
意味がありまして、高血圧、高血糖な
どにはいろいろな薬がありますが、症
状をコントロールするだけで、根っこ
になる血管内の代謝が不調になること
について、今の薬は作用できないのだ
そうです。
これらを論理化したことが、非常に
大きなポイントだったのです。論理化
内臓脂肪をコントロールし、代謝を
したことを、言わば処方箋にする。
「1
ストレートによくする図 10 の「1 に運
に運動 2 に食事 しっかり禁煙 最
動 2 に食事」という、この処方箋なん
後にクスリ」
。禁煙も大事ですよ。たば
ですね。この処方箋だけが有効で、図
こによって生活習慣病がさらに悪くな
10 の氷山を小さくできる。発病すると
りますから。
薬を飲むのですが痛くもかゆくもない
入口の代謝の不調、血管の代謝が進
ものだからやめてしまうことがしょっ
まないことを予防する処方箋について
ちゅうあり、氷山が解消していないか
は、厚生労働省内部で大議論をしまし
らある時期に急性増悪するわけです。
て「1 に運動 2 に食事」とした。なぜ
氷山を小さくするのは、この処方箋
かと言うと、運動は歩けばカロリーを
しかない。逆に言えば病気になっても
消費しますので内臓脂肪は減ります。
この処方箋を適用しながら薬を飲めば、
それだけでなく、筋肉を動かすことに
結果としてさらに効くという状態です
15
健診でハイリスクグループを見つけ
ね。
太ももの筋肉が一番太いので歩くの
て「もっとダイエットしようね」
「歩こ
が一番効果が高いため、歩くのが一番
うね」と促すのが特定健診・特定保健
よいということですけれども。この処
指導ですが、その手前のポピュレーシ
方箋は薬とは別の独自の処方箋です。
ョンアプローチ、地域を啓発するのが
私は“世紀の新薬”と言っております。
大事です。ポピュレーションアプロー
これ自身が今ある薬にはできない機能
チによって集団をより健康にする。ハ
を果たしている。しかもこの処方は、
イリスクアプローチによって、集団の
誰でもできる。
うちハイリスクの人を健康にする。
したがって、これをいかに社会に適
これをダブルにしたら一番効果が高
応するかということが、この国を元気
いというグラフはよく見られますけれ
にする。そして急激に自立度が落ちる
ど、この 2 つのアプローチを同時にや
のを防ぐ。私は、これは本当に大切な
ったら効果があがるということについ
戦略原理だと思います。これを徹底的
てもっとリアルな証明をしたいと思い
にやろうじゃないか。これが究極の介
ます。それは基本的には「1 に運動 2
護予防でもある。もちろん、禁煙もす
に食事」という処方箋は、人間の行動
ごく大事です。
変容を求めるという処方箋ですね。
まだ発症していない境界領域で見つ
「運動しましょう」
、
「食事を適正に
け出して健康な状態に戻そう。そして
しましょう」
、
「正しいダイエットをし
「1 に運動 2 に食事」という処方箋を
ましょう」
。この行動変容を促すという
適用しようということが特定健診・特
処方箋です。
定保健指導ですが、私がここで一番強
行動変容は、一人でやるのはなかな
調したいのは、みなさまがここにお出
か難しい。したがって環境を変えるこ
でになることと深く関連するのですが、
とが大事です。
ポピュレーションアプローチ。言って
私も10 年くらい前に肥満が問題だと
みれば集団へのアプローチ、地域啓発
聞き、
「えっ?」と思いました。当時は
ということです。地域に対する啓発が
その程度にしか肥満の怖さを知りませ
ものすごく大事だということです。
んでした。
16
そこで、例えば学校で、子どもに「肥
やまない。このことは職域でも同じよ
満は本当に健康によくない状態なん
うに言えます。あまり安易に頼っては
だ」ということをもっと教える。そし
いけませんが、例えば社長が自ら率先
て子どもが家に帰って、太っているお
垂範することですね。
「本当にこれは大
父さんに「お父さん、肥満って怖いら
事だ」と理解して、社員が健康である
しいよ」と。
「詳しいことは分からなか
ことは、社員の幸せであり会社の繁栄
ったけれど、怖いらしいよ」と伝える。
であると確信して、
「私はこうする。み
一番確実なのは奥さまがこういうこ
んなもしようじゃないか」と言えば特
とを知って、
「これは大変だ」と。
「ダ
定健診、特定保健指導もだいぶ動くの
イエットしないと大変なことになる」
ではないでしょうか。
というような環境を作ることです。普
そういうことで、知識の普及と言い
通は保健師さんに特定健診で「気をつ
ますか、みんなが理解している環境を
けないと危ないですよ。境界領域を越
つくる。その中で取り組む人を一人二
えてますよ」と言われても、御主人は
人増やして、その影響を増やしていく。
痛くもかゆくもないわけです。まして
このような総合戦略が大事だというこ
や友だちが「いいじゃないか。今日も
とを確信していただきたいと思います。
飲みに行こう」と。そんな雰囲気にな
ポピュレーションアプローチの例は
りがちです。ところが、家へ帰って子
たくさんあるのですが、私が一番気に
どもに「太っているのは怖いらしいよ」
入っている例は長野県のある市の話で
と注意される。奥さまに「食事療法で
す。毎年、体育の日に町の中心の小高
毎日気をつけるから、あなたも気をつ
い丘にみんなが集まって、イベントを
けよう」と言われる。やはりずい分違
やって健康づくりの勉強会をやったり
いますよ。人間ってそういうものです。
する。その時に各自治会単位に小高い
したがって私が言いたいのは、生活
丘まで歩く道を“健康の道”と名付け
習慣病予防は、ポピュレーションアプ
て、次の年のイベントで累積何回歩い
ローチとハイリスクアプローチを組み
たかを競おうじゃないかということを
合わせるという総合的な戦略を行わな
やっています。
それから、ダイエットでは、千葉県
ければならない。これを私は強調して
17
のある野菜が国内出荷で一番の市の話
い。行動変容が起こるまで、全体とし
です。そこはその野菜を誇りにしてい
てどういう仕掛けをつくっていくのか。
ますから、そのレシピを市内のあらゆ
これを考え抜き実践する力です。
マーケティングの専門家は、いろい
るところでPR しているわけですけれど、
レシピをPR する過程で生活習慣病のこ
ろな商品の売れ方を研究しています。
とを必ずみんなが学ぶ。
記憶が不確かですが、対象消費者のた
要するに、地域の文化に合わせてポ
しか11%か18%くらいを超えると一挙
ピュレーションアプローチを仕組んで
に売れるそうです。11%か 18%くらい
いく。地域のみんなが一番関心を持つ
までの人が買うと「いいね!」と言う
ところで、こういうことを知識として
人が一定以上になり、あちこちから「い
埋め込んでいく。そういう中で本当に
いね」という情報が伝わってくる。そ
特定健診の受診率と特定保健指導の効
うなると普通の人も「私も!」となる。
ものの言い方としては、
「太ってはい
果が上がっていくわけです。
特定健診も特定保健指導も、どうい
けない」といったような結果として人
う方法が一番歩留まりが高いか。特定
を差別することにつながるような言い
保健指導はまだアウトソースが少ない
方ではなくて「よく歩いて健康になっ
でしょうけれど、要するにどれだけ住
て気持ちがよい。それは幸せなことな
民の行動変容が起こるかを評価する力
のだ」
。楽しいことだからみんなでやろ
を持ってアウトソースしないと、お金
うじゃないかという参加型の呼びかけ
をかけても成果が上がらない。それは
を、みんなが共通して理解をしていけ
やはり、ポピュレーションアプローチ
ば、行動変容は広がっていく。
とハイリスクアプローチをどう組み合
私が非常に心配しておりますのは、
わせるかを考えながらやらないと進ま
保健師さんが今、弱ってきている。弱
ない。全体を企画管理できる専門職が
ってきているという言い方は適切では
必ず必要だということですね。
ないのですが。私は厚生労働省を辞め
ですから予防政策はひとつの専門的
てから各地を回り、たくさんの保健師
な戦略だということです。ただ単にパ
さんから話を聞いているのですが、と
ンフレットをまいたらよいものではな
もかくものすごい勢いで仕事が増えて
18
いる。これは私どもにも責任がありま
アプローチをどのように戦略的に進め
す、生活習慣病予防を義務づけたわけ
るか。その進め方についての力量は何
ですから。
なのかということを、これからもっと
もっと本気でやっていかなくてはなら
保健師さんの仕事が増えて、今や介
ないと私は思います。
護予防も重要です。もちろん増員をし
あとで介護予防についてもお話しま
ているけれども、
「あれもこれもあれも
すけれども、介護予防と生活習慣病予
これもで大変だ」という話です。
防は一応別の体系になっているけれど、
したがって、保健師さんをいかに有
効に活用するか。それから、今言った
原理は同じですね。ポピュレーション
21 世紀の予防の大切さを考えれば、こ
アプローチとハイリスクアプローチと
のような分野に人的資源を重点的に配
いうことで、予防政策のロジックの組
分しなくてはいけない。
み合わせは共通点が多いと思います。
それからもうひとつは、保健師さん
たばこを吸わないようにする。あるい
の仕事の仕方についても、きちっとし
は減塩食にするといったいろいろな目
たキャリアパスをつくって、教育シス
標に向かっての戦略についての基本パ
テムをつくる必要があります。かつて
ターン、方法論は相当類似性が高いの
私は滋賀県に務めていましたが、県に
ではないでしょうか。
保健師養成の学校があり、そこで養成
健康日本21 の中間見直しに私はコミ
して、そのあとも県がコミットして県
ットしたのですが、その時に重点方式
と市町村の保健師が一緒に学ぶシステ
に変えたわけです。重点方式では、生
ムがありました。このシステムがくず
活習慣病の予防を相当前に出していこ
れてきました。県の保健師さんと市町
うとしたはずです。それは、ほかの政
村の保健師さんが交流し、専門性を育
策はもういいということではありませ
てていく文化が弱くなり、こんなに仕
ん。
要するに、まずひとつ突破する。生
事が重要になっているのに、体力は弱
活習慣病の予防を通して、ポピュレー
っている。
この問題をしっかりと考えて、ポピ
ションアプローチとハイリスクアプロ
ュレーションアプローチとハイリスク
ーチという基本的な、普遍的なと言っ
19
(図 11)
ていいでしょう、予防政策の方法論を
ブレイクスルーすれば、では、次はた
ばこで行こうじゃないか、その次はこ
れで行こうと言えば、次々戦略的に動
かせる。
そして生活習慣病は全国共通事項だ
けれど、各県ごとに課題は少しずつ違
います。特にここの県はこれもやらな
ければいけない。というふうに、あと
次に、図 11 は医療費適正化について
は各県レベルで各種の戦略のバランス
のモデルです。下の実線は例えば血糖
を取っていけばよいのです。
値がだんだん上がっていって発症して、
生活習慣病予防は全国共通で超高齢
薬を飲んで上の実線のように医療費が
社会に向けての基本戦略としてやろう
増えて、さらに急性増悪して医療費が
ということですので、共通必須メニュ
急激に上がる。このようなモデルです。
ーと理解いただいて、それぞれたばこ
これを下へシフトさせて下の実線の
も、あるいは減塩も、子どもの健康づ
ように血糖値が全体として下がれば、
くりも、それぞれのジャンルにおける
投薬を行わない状態が長く続く。ずっ
戦略に展開していけばいいわけです。
と続いてほしい。発症したとしても重
それが健康日本21 の中間見直しの論理
症化が遅れて、あるいは急性増悪する
だったんですね。そのことをもう一度
人が減っていく。
私は申し上げたいと思います。
私はこれにつきまして、確か 1 年間
ほどこの情報を公開して、意見があっ
たらしてほしいと話しましたが、この
グラフそのものを否定する意見はなか
ったように思います。
ただ、批判で 2 つ記憶しています。
これ自身を否定する批判ではなくて、
要するに人間の自由に対してコミット
20
し過ぎだという意見がありました。し
それが事実であるかどうか疑わしい
かし、私はそうは考えません。そこを
と私は思いますが、もっと大事なこと
潔癖に言い始めたら、道徳教育もやっ
があるのではないか。それは、生活習
てはいけないことになります。人が幸
慣病の発症が防げる、ないしは遅れる
せになるために願いを語ることも人の
ことによって、幸せが増えるというこ
自由を侵害するとなったら、これは少
とです。
予防は人々の幸せのためにやるので
し危ない話です。
「人を殺してはならない」とは言っ
あって、医療費を下げるのはその結果
てもよいが、
「1 に運動 2 に食事、み
で、人が健康になってほしいから予防
んな健康になろうね」と言ったら人に
をやるわけです。その結果、医療費は
対する言い過ぎだというのは、私は同
減るはずです。私は減ると確信してい
意できません。
ます。
そういうことで、この予防政策の要
更に言うと、特定健診・特定保健指
導は、保険者に義務づけたものです。
諦は、人を幸せにするということです。
保険者は加入員がしっかり頑張ってく
ここをしっかりと理解する必要があり
ださらないと保険料がかかってみんな
ます。
が迷惑するわけです。したがって保険
尼崎に野口さんというスーパー保健
者こそ「頑張ってね」と言えるという
師さんがいて、彼女は今回の政策に非
のが、もうひとつ保険者に義務づけた
常に深い影響を与えた方ですけれど、
背景なのです。
データをきちっと取った人ですね。
もうひとつ、批判があったのは、
「い
彼女に聞いて、私たちの仮説は、最
やいや、こういうことで予防が進むか
初は医療費が増えるかもしれないと思
もしれないけど、最期に大きな医療費
いました。なぜならばリスクを持った
がかかる」と。先ほど言いました、最
人を発見して、受診させなければなら
期は虚弱になって死ぬということです
ないから医療費が増える。しかし、そ
ね。
「長生きした結果、トータルとして
の先に行くのを遅らせる、ないしは行
は医療費は減らないんじゃないか」と、
かないで止めることができる。そして
そういう批判もありました。
その次の段階として内臓脂肪症候群の
21
人がだんだん減って有病者が減れば、
たのが、まったく健診へ行かなくて血
最終的には医療費が適正化されるとい
糖値がすごい人がいるのです。それを
うことなのです。
発見して「今は何ともないように見え
したがって、最初に増えることを恐
ますが、放っておくと透析でこうなっ
れてはならない。恐れるのは途中で取
て、こうなってしまうんですよ」と説
り組みを下りることだと、生活習慣病
明したところ、ご夫婦で一生懸命に取
予防はやりぬかないとダメだというこ
り組んで、数値が下がりました。後日、
とです。
その保健師さんのところにお礼に来ら
ですから最初の 5 年は医療費が増え
れたそうです。保健師さんは「達成感
たとしても、少なくとも 10 年目 15 年
があった」と言っていました。それは
目が勝負です。そういう戦略です。
人を幸せにする喜びですよ。
制度改革の後に野口さんのところに
そのような意味で、予防をして医療
私は行きました。国保の受診率を上げ
費が減るのは正しいことです。例えば
た結果、今言った私の予想を超えて最
医療費を見ながら医者にかかってもら
初から医療費の適正化効果がでている
って、行動変容をしてもらって健康に
そうです。外来も入院も減ったそうで
なり、その結果医療費を減らすという
す。
のが正しい道筋です。
減ったというのは、つまり医療費平
医療費はより危険に近い人がたくさ
均単価が落ちたということです。尼崎
ん使う。したがって危険に近い人から
では、危険に接近したグループの生活
救う。そして次に発症していない人に
指導を優先したのです。徹底的に戦略
予防してもらう。そういうふうに考え
的に指導したのです。
てよいのではないかと私は思います。
当然、たとえば人工透析が減る。あ
このようなことを論理化して、各地で
るいは入院が減った。しかし外来まで
予防が行われることを期待しておりま
減るというのは効果が出るのが早すぎ
す。
るのではないかとも思いますので、継
予防は途中で萎えてはダメ。私がこ
続的に観察が必要です。そこで保健師
うしてみなさんの前で言うのは、私に
さんの話を聞いて、非常に胸を打たれ
確信があるからです。
22
(図 12)
私がいつも言うのは、コロンブスの
例ですね。コロンブスは、
「地球は丸い。
インド大陸へ行けるはずだ」と出航し
た。しかし、行っても行っても陸が見
えない。船員たちは不安がっている。
船員たちが騒ぎ始めた。その時にコロ
ンブスは言った。
「地球は必ず丸いから、
たどり着く。戻ったらもう食糧が足ら
ない。行くしかないし、行ける」と言
図 12 は人口と年齢で見たもので、外
った、と本には書いてあります。
来に行っている人と入院している人の
そこを揺らいだら、コロンブスは殺
人口、要支援・要介護の人の人口をま
されてましたよ。殺した船員も食糧事
とめています。年齢が上がるとやはり
情で、途中で死んでますよ。この生き
要支援・要介護は年齢と共にどんどん
死にの話は不適切だけど、確信という
ウエイトが増えてきます。人は年齢と
ものが行動を決めるということを私は
共に虚弱になっていく。ここをどうす
言いたいと思います。
るか。それが介護予防です。
したがって予防は、本当に確信して
図 13 の介護予防については、私は一
続けることです。私は生活習慣病につ
刀両断に「食べる」
「動く」
、できる限
いては、こうして叫ぶだけのことがあ
り「歩く」と考えています。
「食べる」
ると思っています。みなさんと共に進
をやめたら、あっという間に人間は弱
みたいと思います。
ります。食べてるから生きているわけ
です。
脳卒中から介護が必要になることは
もちろんありますが、要介護になるも
うひとつの大きな引き金は、一人暮ら
しの高齢者が食の手抜きをした場合が
あります。閉じこもって面倒くさくな
って、食の手抜きが続いているのを見
23
(図 13)
過ごしたら虚弱になってしまう。閉じ
こもると足から弱るという面もありま
す。ですから、しっかり食べる、外へ
出る、人と交わるという生活ができる
地域社会をつくるということですね。
食べることについては、若い時は一般
的にはダイエットで、年をとったらし
っかり食べる。やはり動くことと食の
コントロールは、人間の健康自立のた
もうひとつ重要なことを言いますと、
めの基本的な営みだということですね。
図 13 の「地域包括ケア体制」は介護保
ここの行動変容を押さえる。
険が進めようとしていることですが、
どのような年齢でも必要な共通項は
これは正しい。時間が限られているの
歩くということです。歩くのは、楽し
で簡単に申しますけれど、日本でも、
いから歩く。目的があるから歩くわけ
これまでの社会的な経験からあるべき
ですね。あの人に会いたい、だから出
ケアの方向性が分かってきたのです。
かける。単に歩くというのはしんどい
ケアの歴史では特記すべきことなの
ですよ。したがって、仕掛けを地域で
ですが、6 人部屋など集団で処遇してい
考える。これからは、歩きたい街にす
る特別養護老人ホームから、ユニット
ることが大切ですね。木陰の少ない街
ケアすなわち個室があり、日中は居間
は、なかなか歩く気がしません。木陰
へ行ってみんなで食事をする、人に会
がある、歩道と車道がわかれている、
いたい時にはそこで話をするという処
たくさんベンチがある、友だちが呼び
遇へと、集団から個室へ移すという前
に来る。我々がつくらなければならな
後のタイムスタディを外山 義さんと
いのは、このような社会です。本気で
いう優れた学者がしました。その結果、
つくらなければ、超高齢社会はよい社
多床室では窓際のベッドの人は窓際を
会にならないのではないかと考えてお
向いて座っているか、上を向いて寝て
ります。
いる。廊下側のベッドの人は、廊下側
を見てるか上を向いている。もちろん
24
真ん中の人は上を向いて寝ている時間
り楽しいから続けるわけです。そこの
が長いことが分かりました。
ところを文化として地域に定着させる。
やはりポピュレーションアプローチは
それを個室にしたら、歩数も会話数
大事だということです。
も自立度も上がった、増えた。考えて
したがって、今日ご参集のみなさま
みれば、それは当然のことだったわけ
が、各団体の運動論として、いかに今
ですね。
要するに何が言いたいかというと、
まで述べた予防の基本ロジックを理解
認知症を含めてその人がその人の生活
した上で団体の特性に応じて言い続け
習慣を続けられることが自立を支える
るか、仕掛け続けるかということです。
ことであり、それを支援する。これが
そのために大事なのは、ネットワー
ケアの着地点ということがほぼ分かり
ク化することです。言うなら、みんな
ました。人は、それまでの生活の継続
が同じことを言う。言葉は同じじゃな
性の中で自立を維持できるのだという
くていいですよ。同じ質のことを言う。
当たり前のことが分かったのです。
そうすれば、地域の人はここでも言わ
れた、あそこでも言われた、だからこ
そういうふうに見ていきますと結局、
最低限、齢をとっても外へ出て歩く、
うするという行動変容が起こる。そう
動く、人と交わる。最終的にはこのよ
いうようなことを私は強調したいと思
うなコミュニティをつくれば、健康で
います。
21 世紀、これから超高齢社会に動く
温かい社会になる。こういうことです。
健康づくり、生活習慣病予防は「1
わけですけれど、やはり明るく温かい
に運動 2 にダイエット」ということで
社会をつくりたいですね。弱っても笑
すが、その行き着くところが地域に健
顔があればいい。それは孤立しない社
康づくりの文化があるということです。
会をつくるということです。今日は多
ですから、
「太っちゃダメ」というよう
く言いませんけれど、私が最後に述べ
なことではなく、
「こうしたら幸せです
たいことは、生活の場で生活者たり続
よ」ということを、地域で学ぶ文化を
けるために在宅医療が必要だというこ
つくらなければいけない。人はなかな
とです。
病院へ行けば、朝から晩まで病人で
か“脅し”では動かないですね。やは
25
す。みんな「これは仮の姿」と思いな
ことだということです。病気になった
がら、病院で死ぬって悲しいことです。
のを確認してからそれをコントロール
在宅だと、ペットが足下をウロウロし
するよりも、その手前で健康を維持で
ている。私、鍋が好きなんですけど、
きるようにするのがより深い愛情だと
匂いが立ち込める鍋も食べられる。病
思います。そのような気持ちで頑張っ
院では食べられない。それから体調が
ていただければと思います。
ご清聴ありがとうございました。
許せばビールも飲める。誰も怒らない。
「痛い、痛い、痛い」という時にだけ
病人ですよ。それで医者が来てコント
○司会 辻先生、ありがとうございま
ロールをしてくれたら、ニッコリ笑っ
した。今後の我々の活動に示唆をいた
て V サインですよ。そういう社会をつ
だけたと思います。
せっかくの機会ですので、ご質問を
くろう、ということですよね。
そういう意味では、在宅に対するケ
されたい方がおられましたら、1 名ある
アシステムは、在宅医療を含めて絶対
いは 2 名ほど受けたいと思います。ど
に必要です。そして、自分の馴染みの
なたか、いらっしゃいますでしょう
ある空間に生き続ける。そしてできる
か?
限り歩き続ける。そういうような社会
○女性 A 大変貴重なご意見ありがと
をつくりたいと思います。
うございました。
そういうイメージを共有しながら、
今日は生活習慣病を中心にお話しまし
ひとつだけ伺いたいのですが、これ
た。私が言いたかったのは、ひとつ目
から認知症が増える。そこで認知症の
は、予防政策の方法論の原点は同じだ
予防活動についてひと言ご助言いただ
ということですね。
けたらありがたいと思います。
もうひとつは市町村のコーディネー
ターといいますか、専門職が重要だと
○辻先生 認知症については私は十分
いうことです。3つ目はそれらのこと
勉強できていないのですが、基本的に
を含めて、健康づくり・予防政策こそ
は身体の自立度が落ちると認知症も共
ヒューマニズムだと、人を愛している
に発症しやすいというデータがあるよ
26
○司会 どうもありがとうございます。
うですね。ですから、身体の自立をき
っちりと維持していく。身体のアクテ
ィビティが落ちると認知症が発症しや
○男性 A 先生がおっしゃっているよ
すいらしい。したがって、ひと言でい
うに、予防と健康づくりは、個人にし
うと外へ出る、人と交わり、自立を保
ろ地域にしろ自立的にやっていくこと
つというのが基本的な認知症の予防法
が基本になってくると思います。
そういう中で、先生が国にいらっし
であると聞いております。
友だちや趣味が多いことも認知症予
ゃったのでお聞きしたいのですが、国
防に関係が深いと聞いております。基
の役割はどういうことになっていくの
本的には人と人が触れ合う。齢をとっ
でしょうか。先生は国の役割をどのよ
ても触れ合うし、充実感を維持する、
うにお考えになっているのか、教えて
閉じこもらないというのが基本的な方
いただければと思います。
法で、高齢期の健康のベースはそこに
あるのではないかと思います。色々な
○辻先生 全国共通のきちっとした知
予防の方法はもっといろいろあってよ
見を出すとか、それからガイドライン
いと思いますが、基本はそこだと思い
をつくるとか物の考え方の標準をつく
ます。
るのは国の大きな役割です。あとは自
治体がしっかりしていて、心ある人が
あと、やはり認知症は発症した時に、
BPSD ですか、そのような周辺症状が起
いれば動くわけです。ですから、ここ
きないような環境をつくる。認知症高
をしっかりやるということ。
齢者を受け入れて、そのお年寄りの笑
それから、みなさんの団体でも多く
顔ができるような環境を共につくると
は地方組織があります。県内部にもま
いうことが大切です。認知症に関して
た地方組織があります。このようなシ
は予防に限度もあるようですので、そ
ステムを通して有り様論について、き
の両面をきちっと我々が学ぶ必要があ
ちっとした情報が伝わることが大切で
ると思います。お答えになってないか
す。その司令塔は、民間団体でも国レ
もしれませんけれど。
ベルできちっとやるべきだと。それは
上位下達ではなくて、思いを伝えてい
27
くというシステムです。
そしてもうひとつ極めて重要なこと
は、人材養成ですね。人材の確保と養
成システムをしっかりと国が形づくる。
地方分権は当然の方向ですが、今の
日本においては、人材養成は国及び国
レベルの団体が相当頑張って旗を振ら
ないといけないのではないかと私は思
います。どうぞよろしくお願いします。
○司会 ありがとうございました。
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