前田昭雄公開講座 - 日本ピアノ教育連盟

東北支部主催
前田昭雄公開講座
(ウィーン大学名誉教授)
シューマン生誕200年
シューマンのピアノ曲に∼
―「新しい詩的な時代」と新しいピアノ教育への夢想―
前田昭雄先生には本連盟の研究大会で3回にわたり講演をしていただき、皆様にはすっかりお
な
じ
馴染みになられたことと思います。前田先生をお招きした東北支部主催の公開講座が、昨年12月
5日、ホテルベルエア仙台で行われましたので、その講演の一部をご紹介いたします。
パピヨン
(蝶々)作品2について
今日はこの曲の要因となった「わんぱく時代」または、「なまいき盛り」というジャン・パウル
の小説を、子供たちでもわかるように童話的に変えて解説していこうと思います。
シューマンは出発の時点から詩人であった、とよく言われています。このパピヨンは、双子の兄
弟、ヴァルトとヴルトの物語です。この兄弟2人が1人の女性(ヴィーナ)に、ともに恋心を抱く
設定で「彼女は僕らのどちらを愛しているのかなぁ?それは次の舞踏会で決めよう!!」というとこ
ろから曲がはじまっています。
序奏
?
?
この6小節の序奏は、そういう気持ちで弾かれると良いと思います。休符のところが、“?”マー
クになります。
さて、この2人は性格が全く正反対でした。ヴァルトは気の良いのんびりとした性格で、法律を
学んで代書屋として暮らしながら売れない詩を書くしろうと詩人。ヴルトは気性が激しく、大変フ
ルートが上手で、全国を旅する音楽師でした。シューマンは、こういうヴァルトとヴルトのうちに
自分自身を映し出す2人の半身をみたのです。後のシューマンが自分自身をフロレスタンとオウゼ
ビウスの2人に分けたのには(「謝肉祭」)、これが下地になっています。それはシューマンの心の
中にあるおとぎ話、詩的なフィクションだったのです。
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前田昭雄公開講座
第1曲 ヴァルトの性格描写
第2曲 ヴルトの性格描写
第1曲がヴァルトを表し、第2曲がヴルトを表しています。お互いの性格がよく表れていますね。
第3曲
ジャン・パウルの小説によると、第3曲は舞踏会の会場に入ると、大きな長靴が2つクルクル回っ
せんかい
は
ていました。お互いの間を旋回し、お互いがお互いを履いていた。(実にユニークな表現です)シ
ューマンは対位法という型でそれを表現しました。
そして2人は仮面舞踏会で仮装をつけて、ヴィーナに近づこうとします。
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第6曲 ヴァルトの踊り
鉱山夫
馬車を御する御者
第6曲はヴァルトの踊りを表しています。その仮装は前を向くと石炭を掘る鉱山夫、後ろを向く
ぎょしゃ
と馬車を御する御者、ヴルトはそれを見て「君の踊りはだめだよ!!」と言う。そして第8曲、自分
で達者に踊ってみせるのでした。
せま
第9曲、ヴルトはヴァルトのところへ行き、「仮装をお互いに取り替えよう!」と迫ります。ヴ
な ぜ
ァルトは何故かわからないまま、仮装を取り替えました。
第10曲
仮装を とりかえ 僕ヴァルトです ヴルトの登場
序奏からきている
第10曲
ヴルトのリズム
ヴァルトのリズム
僕は ヴァルトだ 26
ヴルトのリズム
ヴァルトのリズム
ヴルトは ヴァルトなんだ
前田昭雄公開講座
シューマンも2回の手直しでこのような型になった。
そして第10曲で、肝心のワルツが踊られます。ヴァルトの仮装を身につけて、「僕ヴァルトで
す!」とヴィーナの前に立ったのは、実はヴルトでした。「この踊り、僕にお願いします!」―
たく
き
ヴィーナはヴァルトだと思って、ヴルトと踊ります。ヴルトは巧みに踊りながら訊くのです。「僕
を愛してくださいますか?」― ヴィーナはしっとりと言葉を返します。「わたくしを愛してくだ
おど
さいますか?」この返事にヴルトは胸を躍らせ、2人は幸せに踊り続けます。しかしヴルトは突然
気がつきます。「僕ヴルトは、ヴァルトの仮装をしている!ヴァルトはヴルト!ヴィーナの返事は、
ヴァルトに行ったんだ!」
八分音符ふたつに四分音符ひとつ、それはヴルトのリズムです。
(第8曲)
四分音符ひとつに八分音符ふたつ、それはヴァルトのリズムです。
(第6曲)
いきどお
ジャン・パウルの小説では、こう気がついたヴルトは憤ります。「僕ではない!ヴァルトが勝っ
か
たんだ。もおっ!」彼は突如踊りを止め、ホールから駈け出してその場を去ります。しかし、それ
なら彼は何のために仮装を取り替えたのでしょうか。文学上のジャン・パウル解釈でもここにはい
ろいろ論争もありましたが、シューマンは「兄さん思いの弟」と言う解釈をとっています。ヴァル
トが踊りが下手だから、彼の仮装で代わりにうまく踊ってあげて、ヴィーナのイエスをとりつけて
あげたのです。シューマンもこのところは二度三度書きなおしていますが、結局は譜例にもあるよ
し
ゆず
うに、穏やかな諦めで踊りをおさめています。「いいんだ、これでいいんだ!!僕は彼に勝ちを譲るつ
もりで衣装を替えて、彼のために首尾よくイエスを勝ち取ってあげたんだから。
」
第11曲
第11曲は輝かしいポロネーズです。ヴルトは収まらない気持ちと情熱を、ここでぶちまけてい
るのでしょうか。ヴィーナはポーランドの将軍の令嬢でした!
第12曲
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第12曲は、夢の別れのフィナーレです。恋の勝ちを兄弟に譲ったヴルトは、ヴァルトに別れの
手紙を書きました。「僕はまた、旅に出るよ。春が僕を呼んでいる!」― その手紙をまだ知らず、
ヴァルトは寝ていて夢を見ています。フルートを手にして、ヴァルトのテーマ(第1曲)を吹きな
がら、ヴルトはだんだん遠のいてゆく。半分夢の中でそれを聴きながら、ヴァルトは知らなかった
のでした ― ヴルトと一緒に、自分自身が去っていくことを。
これで物語が終わっています。シューマンの音楽も終わります。若い作曲家はこういう意味のこ
とを書いています。― 「終わりに始めが帰って来た。舞台の劇は終わっても、幕がまだ下りてこ
ないようだった。この終わりは新しい始まりだった。
」
皆様いかがでしたか?シューマンのパピヨンの下敷きになっていたのは、こういうジャン・パウ
ルの小説だったのです。このピアノ曲を教えるとき、やはり参考にすべきことではないでしょうか。
そして子供のイマジネーションといっしょになって、若いシューマンの純粋なポエジーと夢とを感
じていただきたいと思うのです。
以上、前田昭雄先生のお話から、
「パピヨン作品2」についての一節を紹介させていただきました。
(編 広報部 田代幸弘)
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