現代の科学技術の価値を問う「地球温暖化」問題 地球科学系教授 安成哲三 CO2、メタンなど、温室効果ガスとよばれている大気の微量成分は、とくに 19 世紀の後 半以降、人間活動によって確実に増えている。その結果、地球気候の温暖化が引き起こさ れているのではないか、その温暖化によって、海面水位上昇、生態系への影響などが現れ、 ひいては人類の生存にも大きな脅威を与えるのではないか、という問題群が、現在の「地 球温暖化」問題である。その「温暖化」抑制のために、温室効果の最も大きな割合を占め ているとされる二酸化炭素の排出量を地球全体で規制するための合意づくりをめざす気候 変動枠組条約政府間会議(COP3)が、今年の 12 月、京都で開かれる。 一見問題は単純そうだが、実はこの「温暖化」問題は、非常に複雑で不確定な要素を抱 えている。CO2 濃度は、産業革命が始まった 18 世紀後半以降、300PPM レベルから現在 の 360PPM と、確実に増加しており、それが工業活動や自動車の排気ガスなどの人間活動、 特に化石燃料など人間のエネルギー消費に因っていることも、ほぼ確定している。しかし、 果たしてこの温室効果ガスの増加によって「温暖化」が起こっているのか、起こりつつあ るのかという問題になると、まだ大きな不確定性が存在している。確かに、例えば過去 100 年間で地球全体の年平均気温は、約 0.5℃の上昇傾向を示しており、 「地球温暖化」が確実 に起こりつつあることを示唆している。この二つのあいだの因果関係は、温室効果ガスの 増加に対し、地球の気候システムがどう応答するかという問題として、スーパーコンピュ ータを用いた気候モデルで研究が進められている。二酸化炭素が現在の 2 倍、4 倍になれば、 気温がどの程度上昇するか、このまま増加すれば、2050 年には、地球の気温はどの程度上 昇するかといったこれらのモデル計算の結果が、今回の京都会議の政治的な議論の重要な 前提ともなっている。 しかし、モデルそのものも、気候をつくる複雑なプロセスを、まだまだ不完全なかたち でしか再現していないことに加え、気候システムに内在する非線形性のために、温室効果 ガスの増加によってどのようなことが起こるか、予測不能な部分があるとも指摘しておき たい。特に、気温以上に払たちの生活にとって重要な気象要素である雨、降水の予測は、 今のところ、まったくお手上げ状態である。例えば、雨が少ない関東平野で、日本全体の 約 3 分の 1 の人々が水に困らずに生活できているのは、利根川の水資源に依ることろが大 きいが、この利根川の水資源は上越国境の山岳域の冬の積雪に大きく依存している。した がって「温暖化」によって、この地域の積雪が増えるか減るかとということは、関東圏に 住む私たちにとって大きな問題になるが、残念ながら、現在の気候モデルはこのような地 域的な降水・積雪の変動を精確に予測するまでには至っていない。 「温暖化」問題のもうひとつの大きな、しかもより根源的な側面は、私たちがこれまで良 しとしてきた価値観の是非を問いかけていることである。18 世紀の産業革命以降、都市を 中心とする大量消費社会の便利さ、快適さを追求してきた、いわばその結果として、私た ちはこの問題に直面しており、この間題は、何らかの意味での払たちの良しとしてきた価 値観の変革を求めていることである。今回の京都会議で、CO2 削減目標を 0%(要するに なんとか現状維持)とする米国と、マイナス 15%とする欧州連合(EU)の大きな遠いは、 実は単なる政治的対立というより、これまでの大量消費社会を基本的に良しとする価値観 と、それを何らかのかたちで変革せねばならぬという価値観の相克と見ることができる。 日本は前者を代表する通産省と後者の立場に近い環境省の妥協の産物として、可能ならば マイナス5%という数字を出している。この間題のさらに大きな意味は、いわゆる先進国 と発展途上園のあいだの「南北」問題をも、抱えていることである。確かにこれまで一人 あたりの CO2 排出量は、米国をはじめとする先進国で圧倒的に大きく、先進国の責任は重 大である。しかし、現在一人当たりの排出量は非常に少ない中国やインドなどが、米国の ような大量エネルギー消費社会を、もしこのまま目指していけば、大変なことになるのは 明らかである。このような問題の解決には、人類全体を念頭においた、何らかの価値観の 変革と、「南北格差」解消の方策の必要が迫られている。その是非はともかく、温室効果ガ スの排出量に応じて課する「炭素税」やあらかじめ設定された排出権に基づく「排出権」 というような考えは、具体的な提案の一端でもあろう。 「地球温暖化」問題は、産業革命以来、「南北」格差を助長し拡げながら発展してきた現在 の地球の「文明」と、それを支えてきた科学技術のあり方そのものにも変革を迫っている のである。
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