被害は、帰宅途中。すぐ目の前が自宅だというのに、逃げることもできなかった。彼女 は事件を、自分のこととして受け止められずにいた。大したことではなかった、と無理矢 理自分を納得させようとしているような供述。「こんな被害調書で犯人を逮捕できるの か?被害者の心の声を引き出せ!」上司の叱咤激励が飛んだ。言葉に言い表せない彼女の 心と向き合う闘いであった。 女性ならばわかる。 「自宅に逃げても追いかけられ、自宅も知られる。怒らせてはまず い。」全身に走る恐怖。絶望。身を守るため男の言いなりになるしかなかったあの時。あ まりの忌まわしさ故に、感情を心の底に沈めようとしている。私は彼女と共に真実の叫び を探し出し、少しずつ言葉に置き換えて供述調書を作成していった。そして、彼女自身も 事件に立ち向かう決心を固めていったのである。 (中略) 犯人逮捕。事件発生から約一ヶ月後。 この朗報を伝えると、彼女もほっとした表情で来署した。 しかし、被疑者確認のため男を見た瞬間、彼女は凍りつき 言葉を失った。彼女が受けた深い心の傷がぱっくりと口を 開いた気がした。だが、彼女は確かに強さを身につけてい た。犯人逮捕を実感したように泣きじゃくりながら「あり がとうございました」を繰り返した。 事故車両から救出された被害者は、上半身は真っ赤に流血で染まり、顔の造作は窺い知 ることはできず、体躯は真ん中で「くの字」に曲がるようにしなり・・(中略) 「これが生前の娘の写真です。 」 写真を差し出したのは、手当ての甲斐もなく20年の短い生涯を終えた被害者の両親だ った。「娘は親の口から言うのもなんですが、こんなに可愛かったんです。」私の目の前に いるのは最愛の娘のことを、目にいっぱいの涙をためて、からだをせり出しながら話をす る両親だった。私は、「少しでも娘さんの無念さを代弁できればと思います。事件処理を するにあたっては、時間に限りがありますが、その限られた時間を最大限に使うつもりで す。」と伝え、とにかく2人の話を聞いた。(中略) 判決は執行猶予付の禁固10か月。私は 両親から「とても納得いく裁判ではない」 と言われるのを覚悟で呼び止めた。両親は 毅然とした態度で「私たちの中で一つの区 切りができました。本当にいろいろありが とうございました。」といい終えると、裁 判所を後にした。
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