第13話 Deja-vu 地中海、トルコ沖合。 あれから、マグレブ島をお手製のライド・モービルで発ったウルディム達は、 陸地をすぐそこに捉 えながら、足止めをくっていた。 「…な? 念を入れといて良かっ たろォ?」 「ふっ…やれやれだな。 お前と付き合っていると、たまにいつ死んでもおかし くない様な羽目にあう。 …そうだな、命があと3つくらい余計に欲しいものだ」 そこで交わされる、ウルとアレックスの物騒な会話。 そう、ウルディム達のライド・モービルは、案 の定戦闘に巻き込まれていたのである。 相手は、ディムファーと似たり寄ったりなカタチをした、ド ギツい色使いの、赤いMW。 そのMWが、サルベージ船を襲っているところに、たまたま通りがか ってしまったのだ。 ちなみに、ウルディム達のライド・モービルに、最新の計器類は搭載されてい ないし、無論、通信 機も付いていない。 そんなわけで、モニターと、操縦に必要なコンピュータ 以外は、ほぼアナログであるから、すぐ目 と鼻の先で行われている、小規模の戦闘に気付かな かったのである。 「…ウルディムさん、次、来ます!」 ウルに、隣の座席に座っている冰巫から声がかかる。 見れば、敵の両肩が、此方に向けて、高 出力プラズマ兵器チャージの際特有の光を放っている ではないか。 やがて、放たれる2発のプラズマ弾。 「よっ…と!」 ウルは、ライド・ビークルを横転させるようにして、それを避けた。 プラズマ 弾が海面に着水し、ウルが元いた場所に、高く水しぶきが上がる。 さすがの 出力…まともに食らったら2発でオダブツだ。 「しかし、サルベージ船にMWで仕掛けるとはねェ…」 それを回避し終えたウルが、呆れた様に言う。 「あの船には余程のモノが積まれていると考えるのが妥当な線だな」 「でも、それなら一機で仕掛けるなんておかしくありませんか?」 その発言に、後部座席のアレックス、助手席の冰巫も続いた。 その会話を遮断するように鳴り響く、敵のバルカンの発射音。 降り注ぐ実弾を、ウルは逃げる様にかわしていく。 「…事を公にしたくないんじゃないのォ? モノがモノなら、さ。 たまたま通りがかった俺達を優先して消しにくるなんざァ、それに違いないんじゃねェのか?」 やがてバルカンの音が鳴り止むと、ウルはライド・モービルの盾を構え、敵のMWへと体勢を向け 直し、続きを話し始めた。 「しかし、見たところ、船の方は何の準備もしていなかったようだな」 「…サルベージ船ですし、拾い物がまずかったのではないでしょうか?」 二人もまた、それに続く。 「通信機があれば事情を聞けるんだけどなァ…」 そう吐き捨てるように言うと、ウルは頭を抱えた。 それもそうだ…なにも、はなから通信機を付 ける予定が無かった、というわけではない。 ただ、ライド・モービルに元から付いていた通信機は、 壊れていて使い物にならなかったし、マグ レブ島に流れつくMWの通信機はどれもこれも塩水 につかってイカれていただけなのだ。 …だから、結果的に付けられなかったわけなのだが…そのツケが、こんなところでまわってくると は。 「事情を聞こうにも聞けない、逃げようにも逃げられない、倒そうなんてもってのほか、か。 …そうこうしているうちに新手が来たぞ、ウル」 アレックスに言われ、ウルが横にチラリと目をやると、グレーを基調にしたスマートなフォルムの 胴体に、やたらと大きなクロー付きの左腕を持ったMWが、トルコ側から迫ってきているのがわ かった。 「敵が増えて、2対1か…それとも三つ巴の、1対1対1か…。 どっちに転んでも不利には変わりないなァ。 しかもあの機体、イ ヤな予感が…」 その機体を見た瞬間、ウルは何か既視感の様なものを感じる。 「アレは…ウルディムさん! あの機体、私の知り 合いのです! どうにかすればわかってくれるかも しれません!」 冰巫もまた、その機体に見覚えがあった。 「どうにかとは具体的にどうするんだ?」 少しでも状況を好転させようと、必死で声を張る冰巫に、冷静な意見を放つアレックス。 そうこ う話している間に、また敵の両肩が例の光を放ちはじめた。 ウルはとっさにかわそうと操縦悍を 執るが、向こうがさっきより早めのタイミングで撃ってきたの で、動作が一瞬遅れる。 …今からシールドを構えようにも、これでは…。 そのときだった。 ウル達と敵の間に、冰巫の知 り合いのモノらしい機体が割って入り、ウル達の盾となったではな いか。 続いて、そのグレーの MWは、敵に向かって左腕のクローを突き刺すと、敵のブ厚い装甲を、い とも簡単に引き千切った。 その衝撃で体勢を崩し、水柱を立て、海に沈んでゆく赤いMW。 ウルは、次の瞬間、グレーのM Wが、次はお前だ、とばかりに襲いかかってくるのでは、と身構え たが、その様子もない。 「…いやァ、これまた…。 どうやら、どうにかしなくてもわかってく れたのかもしれねェなァ」 「素晴らしく都合が良いな。 さて、今のうちにサルベージ船に取り付くぞ」 その様子をうけて、アレックスがそう言うと、ウルはニヤリと笑いながら頷き、それに従った。 「え? 逃げるんじゃないんですか?」 冰巫は、二人が何をしたいのかわからないといった様子で、そう尋ねる。 「事情を聞いて、手数料をいただく。 巻き込まれたのだから、 それぐらいはしても罪にはなるまい」 アレックスから返ってきた、そんな答えに、唖然とする冰巫。 「…悪役抜け切れてねえなァ、アレックスよォ」 そんな二人のやり取りを見てウルはそう言うと、少し大袈裟に笑ってみせた。 ……。 ウル達が戦線から離脱し、しばらくトルコの方向へと海面を走ると、いつの間にか退避し ていた らしい、サルベージ船が見えてくる。 ウルは、ライド・モービルで船の脇につけ、海面を蹴 り上げると、高く跳び上がり、空中で足下か らホイールを出し、その船の甲板に、火花を散らし ながら、ド派手に着地した。 三人が、ハッチを開け、狭いコクピットから身を乗り出すと、早速出 迎えがやって来る。 「動くな!」 その出迎えは、髪を茶に染めた、日本人の青年だった。 もちろん、歓迎ムード などあるはずもない。 その青年は、実弾式の機関銃を慣れた手付きで構え、こ ちらを威嚇している。 しょうがない、といった感じで、セオリー通り、三人は両手 を上げた。 「…あの…こちらに戦闘の意思は…」 「ア、アレ? …もしかして冰巫?」 冰巫が途中まで言い掛けたとき、それを遮るように青年が声をあげる。 どうやら、先程のMWの所有者と同じく、こちらも冰巫の知り合いらしい。 警戒を解いたのか、彼の銃口は最早、下に向けて下げられていた。 「靜…! そうです、私です!で すから…」 普段の冰巫なら、ここで一気に接近戦に持ち込むところだが、彼女は青年…靜にそれをしよう とはしない。 暴力を振るいたくないところから察するに…知り合いというより、友人関係なのだ ろう、とウル は考えた。 「いや、俺だって傭兵の端くれだ、知り合いだからって、そんな怪しいオヤジを二人従えてくるよ うなヤツなんか、簡単に信用するわけにはいかないな」 しかし、そんな冰巫の優しさが裏目に出る。 靜は、再び銃口をこちらに向けてきたのだ。 「オヤジだってさァ、アレックス」 「嗚呼、再会を果たす前に、私は年老いてしまったよ、メイファ…」 少しでも注意を反らそうと、ウルとアレックスは演技をしてみせるが、靜が動じる素振りはない。 冰巫もそうだが、彼も相当場数を踏んできているようである。 「…まったく、小煩いオヤジ共だな。 冰巫、どうせ、キネ・オケウス絡み でヤバイ仕事でも請け負ったんだろ」 「コレ、仕事…ですか?」 そんな靜の言葉に、きょとんとする冰巫。 何だか話がすれ違いまくっている。 「いや、ボランティアじゃない?」 ウルは、もうどうでもよくなって、適当に、そんな助けにならない助け船を出した。 …そうして会話が滞っているうちに、船室からもう一人の船員が、同じ銃を構えて出て来る。 こちらは、おおよそ普段着とは思えない、作業服の様な服を着た女性だった。 外見は、髪型 と眼を除けば、靜に酷似している。 その女性は、ずかずかと靜の隣までやって来た。 「もう!靜兄ッ! …そうやって高圧的に出てたら、全然話が進まないじゃない!」 さらに、靜の銃を腕ごとグイと捻り、銃口を下に向けさせる。 「いって!」 それをやられて、靜はいかにも痛そうな声を出した。 「とりあえず…冰巫、簡単に事情を説明して」 「話せば長くなるんですが…」 女性に促され、今までのことを簡単にまとめて話す冰巫。 それにその女性は、ときに 頷き、ときに微笑みながら、懐かしそうに聞き入っていた。 「へえ、そうなんだ。 こっちは、この辺の近海を中心に、この間の戦闘で流れついたゴミを、除去 する仕事をやってる んだ。 そこで見付けた使えないパーツは売ってお金に、使えそうなパーツは いただいて私物にすれば、 一石三鳥、ってわけ」 その女性は、聞かせてもらったかわりに、というように自分達の近況を話す。 「傭兵がゴミ掃除、ねェ…」 「うるせえなぁ…この間の戦闘でMWが壊れちまって…そうでもしないと食いぶちが無いんだよ」 それに対してウルが呟いた言葉に、靜は八つ当たりにも近い感情をぶつけた。 「それはともかく、なんであんな物騒なのに襲われていたんだ?」 「海底で見付けたMWを引き揚げたら、いきなり…」 「それは大変でしたね。 …と、いうことは…そのMWに何らかの原因がありそうです。 MWを見せてもらって、 構いませんか?」 ウルと靜が、そんな些細な口喧嘩をしている間に、話はどんどん先へと進んでゆく。 「…その前に、だァ。 とりあえず自己紹介と行こうぜェ。 冰巫 はともかく、俺達は向こうの二人と面識がねえからなァ。 正直、 会話に付いて行けん」 その、ウルの提案に反論する者はいなかった。 まずは、靜か ら自己紹介を始める。 「俺は、イスタンブールの傭兵部隊、ビザンティウム団所属の駿河靜だ。 …で、こっちが妹の眞柚。 これで良いか?」 「ああ、充分だ。 さて…俺はウルディム・ガブリヴィス・ ヴォルガロウテ。 そんで彼は、友人のアレックス・ブラ ンフォード。 事情はさっき冰巫から聞いた通りだ。 短 い間だとは思うが、よろしくなァ」 続いてウルはそう言うと、靜に握手を求めた。 「どうやら怪しいヤツじゃないみたいだな。 訂正させてもらうよ。 ま、困ったときゃ御 互い様だ。 よろしく頼むぜ」 靜は、少し思案したのちにそう言って、その手をとる。 …かくして五人は、そのMWが保管されている、貨物室へと向かうことになった。 クリムゾン・ディムファー …その頃、荒沢刄は、夢の中にいた。 やけに現実感のある、奇妙な夢。 「やあ、君が荒沢刄君かい?」 夢の中、科学者の様な風貌の男がしゃがみこみ、刄に話し掛けてくる。 刄は、ボーッと見上 げる様にしてその男を見ていたが、途中でハッと重要なことに気付いた。 それは、自分の背 丈が、今に比べて極端に低いことだ。 辺りの景色を見てみると、それはもっと、ありありとわ かる。 自分より背の高い観葉植物、自分より背の高いデスク、自分より背の高い…全て。 刄 は、その景色を見ていて思い出す。 …これは、自分が過去に行ったことがある場所だということを。 いや、むしろこれは彼の、過去の記憶そのものであった。 そうだ …知りもしないことは、ここで学んだ。 そう、体験したはずのな いことも、ここで…。 やがて、刄の前にしゃがみこんでいた男が、いかにも困ったという表情で首を傾げ、立ち上がる。 刄は、その表情を見ていて、質問の返答をしていないことに気付いた。 …だが、どうにもならない。 これは、変え ようのない過去なのだから。 …と、なると次は…。 刄は身構えた。 バ ン! コツ! 予定通り、刄の後ろの扉が勢いよく開き、後頭部に軽い衝撃 が走る。 …後ろから来たらしい誰かに軽く殴られたのだ。 おそるおそる刄が振り向くと、そこには金髪の、自分より少し背の高い少女が立っていた。 「ちょっと!何ボサッとしてんのよ! 次は私 の番なんだから、早くしてよねっ!」 コツ! そう言って、再び刄を殴りつける、金髪の少女。 それを見ていた科学者風の 男は、二人の間に入って、場を収めようとする。 「やれやれ、困ったものですね…。 貴方の順番はまだですよ、キ チンと順番は守って頂かないと…」 「そんなのわかってるわよ! それに、そこにいるソイツのせいで、私の順番が回ってこないっての もね! ボサッとしてて、頭の回転が遅い役立たずだって、ソイツ、有名じゃない」 だが、科学者風の男が最後まで物言いを終える前に、金髪の少女は、男の声を潰さんとするか のごとき大声で、刄に巻くし立てた。 刄に浴びせられる、悪口の嵐。 …たしかに、当時の刄は、頭の回転が悪いだの、役立たずだの言われるのが日常茶飯事であ ったし、それが事実であったので、彼自身、反論することもなかった。 しかし、さすがの刄も、見 も知らずの女性に、初対面でこうも言われれば頭にくる。 「…な、何だよお前! いきなり入ってきて悪口ばっか り…。 それにな!俺はソイツじゃない! 荒沢刄って れっきとした名前があるんだ! 良い加減にしろよな、 お前!」 刄は精一杯に吼えた。 だが、その女性の方は、まっ たく動じる気配がない。 「私だってお前なんて名前じゃないわよ。 私の名前はミルファレーゼ・ベルカラント。 覚えておくのね」 逆に彼女は刄にそう言い返すと、ふん、と鼻にかけたような笑みを浮かべた。 しかし、得意気な表情をした彼女の表情は、一瞬にして苦笑いへと変わる。 「ミ…ミル…」 目の前で、自分の名前を覚え切れず、頭を抱える刄を目にしたからだ。 「ホンット、頭の回転が遅いのね。 わかったわ、友達以外にはこう呼ばせないことにして いるんだけど…良いわ、ミルハよ。 ミルハで良いわ。 …その替わり」 「か、替わり?」 刄は、これ以上何を言われるのかと、ハラハラしながらミルハに問い掛けた。 「アンタを私の友達にふさわしい人間になるまで、徹底的にしごいてやるわ! 覚悟しておくことね!」 言ってミルハは、びしっと右手の人差し指を刄に向ける。 「…う、うん…」 対し、気圧されるような形で、それに頷く、刄。 これが、荒沢刄と、 ミルファレーゼ・ベルカラントの出会いであった。 …そこで一旦、夢はプツリと途切れ、別な場所へと舞台が移る。 そこでは、刄の背丈が、ミルハの一回り以上大きくなっていた。 …と、いうことは、時間的にはさっきよりも後の出来事ということになる。 刄は、いつの出来事かを把握するため、辺りの状況を確認した。 目の前 には、バルファーS型…。 天井には、それがいつでも発進できるように、 扉が付いている。 …どうやら、格納庫のようだが、刄には、ここが何処なのか見当もつかなかった。 刄が、必死に 思い出そうとその景色を観察していると、やがて、言い様の無い恐怖感が彼を襲 う。 …この先を見てはいけない。 彼の中の何かが、彼自身にそう語りかけるが、夢は止ま ることを知らず、回り続ける。 「無茶だよ、バルファーを一人で動かすなんて…」 刄は、早歩きで先を歩くミルハに、小走りで追い付くと、そう言って、彼女の左手を引いた。 「無茶じゃないわよ! 道理を引っ込ませるくらいの無茶をすれば、何でも乗り越えられるって、ゴ ンヴァハーンでも言っ てたじゃない」 その手を振り払い、ミルハはそう言うと、力こぶを作ってみせる。 ちなみに、ゴンヴァハーンとは、 彼女が幼少から好きだった、長寿ロボットアニメのことで、彼女 の中ではそれが一種のバイブル だった。 その影響で、バルファーは、ゴンヴァハーンの主人公機と同じ、トリコロール・カラーに彩 られてい る。 「でも、現実はそうとは限らないよ」 そんな彼女とは正反対に、当時の刄は極端なほど現実主義だった。 実際、バルファーを一人で 動かすことは、設計者も不可能だと言っていたし、刄はミルハがその 不可能を成し遂げられる とは到底思えなかったのだ。 「現実がなんだって言うのよ! …所詮、作り話だって現実にいる人が作ったものでしょ? なら現実と同じ様な物よ! …それとも何? 私の腕前を舐め てるってわけ?」 「そういうわけじゃないよ…。 ただ、俺は…ミルハの事が心配で…」 何かにつけてバルファーを一人で動かそうと躍起になるミルハに、刄は本音を告げた。 「心配!? …それが舐めてるっていうのよ! 良いわ、アンタが舐めてるこの私が、どれだけ出来るかを、そ こでしっかり見ておくことね!」 だが、その言葉は、反対にミルハの気持ちを、煽ってしまい…結局、バルファーに乗り込んでし まう、ミルハ。 …その結果は、凄惨なものだった。 高速移動中に変形しようとした機体は空中分解、 そして乗っていた彼女は…。 刄は、その光景を直接目の当たりにし、ショックで部屋か ら出られなくなってしまった。 …あのとき、もっとうまい言葉をかけてやれたなら。 あれから三日が経ったが… 刄の心には、後悔と自責の念しか浮かんでこない。 ピンポーン そんなとき、彼の部屋の扉のインターホ ンが鳴る。 彼のもとに、誰かが訪ねてきたのだ。 「誰だよ…」 何をやる気も失せた、そんな声で、インターホンに応える、刄。 そんな彼にも追い返してやる気だけなら幾等でもあった。 「失礼します」 「え…?」 しかし、刄のそんな考えは、扉を開け、部屋に入ってきた人物を見た途端、空白に染まる。 彼 がそんな風になるのも無理はない。 何せ、訪ねてきたその女性は、彼が一番訪ねてきてほし いと思っていた女性だったのだから。 「すみません、心配をかけてしまって…。 これからも、 よろしくお願いしますね、刄さん」 そう、彼女の名は…ミルファレーゼ・ベルカラント。 彼女は、この日、刄のもとへと帰ってきたのだった。 …たしかに、これは見てはいけないものだ。 認めたくはないし、嘘だと思いたい。 けれども、たしかに彼女は…。 ……。 …。 「ミルハ!」 ガバッ! 刄が夢から目を覚ますと、そこは、医務室の様な場所で、刄の体は、ベッドに寝かされているよ うだった。 刄の傍らには、ウェーブがかった茶色いショートヘアが特徴的な女性がおり、彼女は 刄が起きる やいなや、彼の顔の前に、2本の指を突き出してみせる。 精神が錯乱していないか 確かめる、定番のアレだ。 「はい、これは何本?」 「…2本、だろ」 彼女の質問に刄は正答してみせると、むっくりと上体を起き上がらせた。 その瞬間、刄の足側にある扉が、静かに開く。 「よう、目を覚ましたみてェだなァ、刄」 そこから部屋に現れたのは、刄がよく知っている人物だった。 「ウル!」 それは、ウルディム・ガブリヴィス・ヴォルガロウテ。 刄は、自分が置かれている状況を把握する のにもってこいな人物が現れたことによる歓喜にう ち震え、ベッドから身を乗り出す。 「はぶッ!?」 ドガシャ! しかし、久々に動かした刄の体は、その気持ちについていけず、バランスを崩した刄は、そのま まベッドの横に落下した。 それを見て、ウルはおろか、傍らの女性までも呆れた表情を浮かべる 始末。 「ま、まァ…気持ちはわからんでもないが、落ち着こうぜェ」 「あ、ああ…」 パン、パン 刄は、ウルの言葉に頷くと、すっくと立ち上がり、ベッドから落ちたせいで付いた、埃を払う。 「さて、それじゃあ…」 ギュイィーン! ウルが何かを言いかけたそのとき、建物の外で何かが着陸してくるような音がして、それは遮ら れた。 「ウルディムさん、ちょっと見てきますね」 「おう…頼む」 ウルの返事を聞く前に、たっと部屋の外へ駆け出す、茶髪の女性。 「はあ…いい加減、何が何だか…」 一方の刄は、寝起きなのもあって、めまぐるしく変化する状況に、ついていけずにいた。 そんな刄に、ウルはこれまでのいきさつを、簡単に説明する。 …戦闘のあと、離れ島に流れ着いたことや、そこから出る途中でMWと戦闘になったこと。 そし て、結果的に助けるカタチになったサルベージ船の積み荷の中に、刄が居たことを。 そんな説明 を聞き、刄が自分の置かれている状況を完璧に把握しきる頃には、すっかり日も落 ちてしまっ ていた。 ちなみに、刄が今いるこの場所は、そのサルベージ船の乗組員が所属している、傭兵 団の宿舎 らしい。 「…ということは、俺はさっきの彼女に拾われた、ってワケか…」 一通りの説明を聞き終え、噛み締める様にそう言う、刄。 「そうだ。 それに加えて、彼女はとんだ災難に遭ったんだ からなァ。 礼と詫びのひとつもしておいた方が良いんじゃ ねェか?」 対してウルは、刄にそんな言葉を投げ掛けた。 礼はすれ ども、何故詫びねばならないのか。 これには、れっきとし た理由がある。 さっきの説明で聞いた、ウルが島を出る際に乗ってきた、ライド・モービルと交戦したらしい、M W。 なんでも、そのMWは、彼女が刄の乗るディムファーを引き上げた直後に襲ってきたらしいの だ。 しかも、そのMWが、刄のディムファーと酷似している点が多々見受けられたらしい。 刄は、 そういった点から考えて、自分に非があることを否定する気になれず、ウルの言葉に、素 直に頷 いた。 「だけど…その前に…」 刄がその顔を上げ、そう言うと、ぐう、と誰もが一度は耳にするであろうあの音が、部屋に響く。 そう、刄の腹の虫が鳴ったのだ。 「全く…まァ、腹が減ってたら気の利いた言葉のひとつも出てこないかもな。 先に夕食と行こう ぜェ」 ウルは、刄のそんな態度に溜め息をつきながらも、宿舎の食堂へと案内した。 自分もここ数日 ろくな夕食をとっていなかったので、それに少し共感できるとこらがあったのだ。 二人が、段々と食堂に近付くにつれ、独特のスパイシーな香りが、二人の鼻に強烈にアピール しだす。 それは、紛うことなきカレーの香り。 空腹感と食欲を更に引き立 てるその香りに、二人の心は躍る。 食堂に着くと、三人がそれぞれ向かい 合うようにして食卓を囲んでいた。 …その中に、さっきまでいなかった男が一人。 「いやぁ、久しぶりに顔を出してみたら、懐かしいメンツが揃いぶみってんで、驚いたぜ」 そう言って微笑んでみせるその男はジェニス・エルスト。 一時はネクストルーラーにいたのだが、 先のアンシーン戦や地球防衛連合内部の問題で慌ただ しくなってきたドサクサに紛れて、脱走 してきたらしい。 さっきの何かが着陸する音は、彼のスティングレイ・カスタムが、宿舎裏の空き 地に着陸した音 のようだ。 やがて席についた二人へ、そこら辺の説明をジェニスがしている間 に、出来上がったシーフード カレーを持って、台所から冰巫が現れた。 「えーと…面識がないのは私だけなんですか? 何だか、仲間外れにされたような気分ですね…」 手にしたカレーを配り終えると、冰巫はそう言って、残念そうな表情を浮かべる。 そんな冰巫に、 ジェニスが自己紹介をし終える頃には、全員が食事を終えていた。 ウル達客人4人は、夕食を御 馳走になって、何もしないでいるのは悪い、ということで、食器洗 いを買って出る。 まあ、冰巫に 関しては夕食を作った本人であるので、客人といえども、ここまでする必要がない ようなものだ が、何もやることがないということなので、片付けまで手伝ってもらうことになった。 「あれ? そういえば、アレックスさんは?」 そうやって食器洗いをしているウルに、食卓で一休みしている靜から質問がとんだ。 「ああ、アイツなら、妹に会いに病院に行ったぜ」 ウルは、カレー皿を乾拭きしながら、それに答える。 「へえ、アレックスさんって、本当に妹が大事なんだな。 さっき海の向こうから来たばっか りだってのに、疲れなんて知らないって感じじゃないか」 「兄も眞柚をそのぐらい大事にすると良いよ」 その答えをタネに、アレックスの話題で盛り上がる、靜と眞柚。 …表向きには、ただの妹想いの兄貴に見えるアレックスは、同じ境遇である駿河兄妹の間では 高評価らしい。 その話を聞いていたウルは、この調子で、靜がアレックスの様になってしまうの ではないかと若 干不安になったのであった。 …ほどなくして、ウルにもうひとつの不安要素が首をもたげる。 …ジェニスだ。 「しかし、冰巫ちゃんって料理が上手いんだね。 それに、聞くところによる と、MWの操縦もかなりの腕前だとか。 才色兼備、ってヤツだね」 ジェニスは、皿を洗いつつそう言うと、じりじりと冰巫に間合いを詰めた。 「そ、それほどでもないと思いますが…」 対し、必要以上に場所を取られ、迷惑そうにする冰巫。 どうやら、彼女 は自分がナンパされていることに気付いていないようだ。 ウルは、それを 見逃さない。 「なあ、冰巫、少し外、出てこないか?」 ウルはそう言うと、今のうちがチャンスだ、とばかりに冰巫を自分側に引き寄せる。 「え、あ…はい」 洗い物もほとんど終わっていたので、冰巫にも断る理由はない。 こうしてウルは、 冰巫からジェニスをうまく引き剥がすことに成功したのであった。 …それからウルが冰巫を連れてきた場所は、人気が無く、漁り火が綺麗に見える、港の先端。 「全く…無防備過ぎるんだよ、冰巫は…」 先端の崖に足を延べ、漁り火を眺める冰巫を少し後ろから見守りながら、ウルは溜め息混じり に、ぼそりと呟く。 「お前もな」 すると、後ろの誰もいないはずの暗闇から、ウルに返事がかえってきたではないか。 聞き覚え のある、その女性の声にウルが振り返ると、そこには予想通りの人物が立っていた。 「カ…カレン!」 長い髪を紫色に染め、整った容貌と体躯を持っている、その女性の名は…カレン・クラウゼン。 「久しぶりだな。 …こんなところで殺り合うほど、私は無粋ではない。 そう身構える な、ウルディム。 それにそもそも、私とお前の間に、戦う理由など ないはずだが?」 言って、くすりと微笑む、カレン。 ウルには、キネ・オケウス時代、彼女の所属する特殊部隊、パープルスター隊に幾度となく苦し められた過去がある。 そのためウルは、気付いたときには体が勝手にファイティング・ポーズをと っていたのである。 「…そうだな。 なんか、クセみたいなもんで、お前を見ると、どうも身 構えちまうぜ」 やれやれ、といった感じで、ウルは、その構えを解いた。 「…確かに、お前の言うこともわからんでもない。 …私も、ルンヴェルトと対峙すれば、同じ様なものだからな」 そう言って、懐かしそうに遠い目をする、カレン。 「ルンヴェルト? …リアーナ・ルンヴェルトのことかァ?」 「ああ、そうだ」 カレンは、ウルの問い掛けに頷くと、クラウゼンとルンヴェルトという特殊な家系の歴史を話し始 めた。 なんでも、両家は西暦の時代からある騎士の家柄で、クラウゼン家は、ルンヴェルト家 の分家 なのだそうだ。 騎士を棄て、様々な事業に手をつけたルンヴェルト家と、一筋に騎士 道を追い掛けたクラウゼ ン家には確執が生まれ、それは第2宇宙暦の今となっても、変わらな いらしい。 それが色濃く表れたのがネクストルーラーとしてリヴァリスが独立した際で、ルンヴェ ルト家に関 わる人間の多くがネクストルーラーにつくなか、ただ、クラウゼン家のみが地球防衛 連合に残っ たのだという。 「随分と今日は饒舌だなァ、カレン」 ウルは、そんな過去を話したカレンに、皮肉混じりにそう言った。 それは今まで、会えば戦闘を 仕掛けられる、というカレンに対するイメージが、ウルの中にあった からだ。 カレンも、そんなイ メージが自分自身にもあったのか、それを聞いて、ふう、と深い息をつく。 「彼女の変化を目にして、私も変わらねばと思った。 そして、気付けば目の前に、見知った男がいた。 た だ、それだけのことだ。 …彼女は広い世界を目にして、自分の正義を見付けたのだろう。 私もこの世界の激動を 機に、他人のために尽くすだけでなく、何かを見付けようと思った。 それが、いけなかった のかもしれんがな」 カレンはそう言って、寂しげに口元を吊り上げた。 ウルは思う。 …カレンの言う彼女とは、リアーナのことだろう。 ならばカレンは、リアーナの心境が変化したせ いで、対抗意識を燃やすものを失い、道に迷って いるのではないだろうか、と。 「…そうだ、アンタに紹介しておきたい人がいる。 …神城冰巫だ」 そう考えたウルは、冰巫を紹介することに決めた。 後ろから急に声をかけられた冰巫は、振り向 けばそこに見知らぬ顔が増えていることに気付き、 何者か疑ってかかるような表情をする。 「えっ、どなたですか?」 「ほう…お前が冰美稀の生き別れの妹か…。 生きる道を違えただけで、こうも変わるものとはな」 「お姉ちゃんを知っているんですか!?」 姉の名前が出た瞬間、藁をも掴む様な態度をみせる冰巫。 「ああ、知っているとも。 私の部下だからな…まあ、今は別任務に就いているが。 今度会うこと があったら、妹に会ったと伝えておこう」 実際に掴みかかられたカレンは、自己紹介もする前にそんなことになり、少々調子を崩しつつ も、質問にそう答えた。 …一方の冰巫も、カレンが困惑気味にしているのを見て、手を離すと、一息ついて冷静さを取 り戻す。 「よろしくお願いします。 それと…これを」 冰巫は、しゅるっと首飾りを外すと、カレンに手渡した。 「これは?」 「私が世界を転々としているときに、お姉ちゃんが、地球防衛連合のエリート部隊に入隊したっ て話を聞いたんです。 その御祝いに買ったんですけど…」 言いづらそうにしている冰巫の様子から、意図をくみとったカレンは、ひとつ頷く。 「そういうことか…。 ふむ、なら ば渡しておこう。 では、私も任 務があるのでな。 これで失礼 する」 首飾りを腰ポケットにしまうと、踵を返して立ち去ろうとする、カレン。 「カレン、最後に言っておく」 それを、ウルが引き留めた。 「何だ?」 言って、カレンは足を止める。 「誰かに言われたから、いけなかった…じゃねェ。 何がいけないか、何 が正しいかは、自分で決めるんだ」 そのウルの言葉に、カレンは一度振り返ると、今度は星空に目を移す。 「ふむ…そうだな…。 それに今回は、お前達を見ていて、 いい勉強になった。 …心に留めておくぞ」 そう言って、カレンはこちらに微笑みを向けると、再び踵を返し、二人の元から去っていったの だった。 シシリー・K・デュース 駿河瀞 駿河眞柚 カーストファントム
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