特許冒認出願と「発明者取戻権」

特許冒認出願と「発明者取戻権」
特許法上、冒認出願は無効事由の一つとされるが、真の権利者が名義移転の請求を為す
権利、いわゆる「発明者取戻権」は認められていない。有体物との対比で考えれば、所有
者が盗まれた物の返還請求を為し得るのに、発明を盗まれた真の権利者は返還請求を為し
得ないということになる。
これが制度設計として果たして好ましいものであるのかどうかという問題意識から、本
稿では、法と経済学の手法により、発明インセンティブ等の観点から発明者取戻権を認め
ることの是否を検討し、導入することが社会的に好ましい状況を達成することを示し、基
本的な方向としては発明者取戻権を認めるべきであるという論を展開した。
さらに、これまで蓄積された法学的な議論において指摘されている問題点を抽出し、個々
の論点について検討を加え、発明者取戻権の具体的な制度設計についてもアレンジを加え、
できる限り詳細に提示することを試みた。
なお、特許法の解釈論として名義移転を認める道を模索する議論は過去に多く展開され
ているが、本稿は、立法論としての位置付けで論を進めたものであることを付記しておく。
政策研究大学院大学
知財プログラム修士課程
竹井 一(MJI07045)
目
次
はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
第1章
2
冒認出願に対する真の権利者保護を巡って ・・・・・・・・・
1
「発明者主義」と「発明者取戻権」・・・・・・・・・・・・・・・
2
2
学説の状況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
3
冒認を巡る実際の処理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
(1)特許法の規定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
(2)冒認に関する判例等 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
(3)実務上の処理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
第2章
経済モデルを用いた検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
発明完成前の段階 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
発明完成後の段階 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
3
まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第3章
8
9
発明者取戻権を巡る問題点等 ・・・・・・・・・・・・・・・19
1
真の権利者自らが出願をなすことは必要か ・・・・・・・・・・・19
2
特許権取得のための手続コストを誰が負担すべきか ・・・・・・・20
3
第三者保護の問題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
(1)特許権が譲渡された場合 ・・・・・・・・・・・・・・・・22
(2)特許権に実施権が設定された場合 ・・・・・・・・・・・・23
(3)権利行使期間に制限を設けるべきか ・・・・・・・・・・・23
4
取り戻しできる範囲 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
5
後願との関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
第4章
他制度の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
1
新規性喪失の例外の適用可能期間延長 ・・・・・・・・・・・・・28
2
出願日遡及制度 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
3
諸外国の制度 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
(1)ドイツ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
(2)フランス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
(3)イギリス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
第5章 結語 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
◆はじめに
企業の研究室に出入りしていた者が研究データを持ち出し、それを入手したライバル企
業が自社より先に特許出願してしまった、試作品作成のため設計図面を業者に渡したらそ
のアイデアを盗まれ特許出願されてしまった、学生の発明を教授が勝手に自分のものとし
て大学に届け出て大学が特許出願してしまった、こういったことが現実に起こっている又
はこれから頻繁に起こりうると危惧されていると言う。
このように他人の発明を勝手に特許出願することを講学上「冒認出願」と呼ぶ。特許制
度は発明に対する人々のインセンティブを高めることを意図した制度である
1)という前提
に立つならば、本来的には発明を為した者(もしくはその承継人)にのみ特許権は帰属す
べきであり、他人の発明を盗んで出願したような者に帰属させる根拠はなく、冒認出願は
許されるべきではない。
では、冒認出願されてしまった際に、発明者としてはどういう行動を取ろうとするだろ
うか。有体物であれば、誰かに盗まれたら所有権に基づいて返還請求ができるという感覚
からすれば、その特許出願又は特許権の名義を自分に移転せよ、という主張をするという
のも一つの選択肢として浮かぶのではないだろうか。しかし、特許法は名義移転を求める
権利までは明文で認めていない。なぜか。
特許権は発明をしただけでは当然に付与される権利ではなく、出願という行為を契機と
して審査を経て付与される権利である。発明を為しただけの段階では、特許を受ける権利
が生じるのみであり、これだけでは排他的独占権として機能しない。排他的独占権として
機能しうる可能性が生じるのは出願行為があってからのことであり、発明したという事実
と特許出願や特許権の間には大きな隔たりがあると言える。したがって、発明が盗まれた
ことに対する手当として、特許出願や特許権の名義移転を求める権利までを認めるという
ことは、当然のこととして導かれるわけではない。
それではどの程度の保護を発明者に与えるべきなのか。それは自明ではない。例えば発
明者に特許出願や特許権の名義移転を求める権利を認めることもできるし、認めないとす
ることもできる。いずれを選択しても特許法の諸原則には抵触しないだろう。実際に我が
国では条文上は認めていないが、外国に目を向けるとドイツなどのようにそのような権利
を認めている国もある。結局はどこまで発明者を保護するのかという問題は、発明は為し
たが、出願をしなかったり、秘密管理もきちんとできなかったという発明者側の事情をど
の程度評価し非難するのかといういわば「さじ加減」の問題と言える 2)。その「さじ加減」
の問題をインセンティブの観点から見直せば、そこには、事後的に権利を回復できるとい
うような発明者側にとって有利な制度を設ければ、出願も秘密管理も怠るインセンティブ
が働く一方で、発明者側にとって不利な制度を設けるならばそもそも発明に対するインセ
ンティブが働かなくなるであろう、というトレードオフの問題が内在しているものと考え
ることができる。では、発明が盗まれた際に返還請求ができないという現在の我が国の制
度は果たして「さじ加減」の最適な解と言えるのだろうか。
この問題について考察するため、本稿では、冒認出願における発明者保護、特に「発明
者取戻権」と呼ばれる権利について、従来から積み重ねられてきた法律論に加え、さらに、
社会的に好ましい状況を達成するという観点から法と経済学の手法も用いて分析・検討し
ていきたいと思う。
1) 田村(2006) 10~14 頁・170 頁、福井(2007) 182 頁~を参考
2) 田村(2006)「発明をなしたにも拘わらず、それを出願せず、秘密管理も十分ではなかった発明者
に関しては、たまたま冒認があったからといって、それを理由に公知の技術に対して特許を付与
するまでのこともないと特許法は判断している」(305 頁)とする。
第 1 章 冒認出願に対する真の権利者保護を巡って
1 「発明者主義」と「発明者取戻権」
具体的な検討に入る前に、特許法がどのような思想の下に、どのような制度を用意し
ているのかを見ておこう。
我が国の特許法は発明者主義を採用しているとされる。発明者主義とは簡単に言えば
「発明者または発明者から特許を受ける権利を承継した者だけが特許権の主体となる
ことができる」とする原則のことである 3)。この原則を具現化する規定として、特許法
は発明をした者が特許を受けることができると定め(特許法 29 条 1 項柱書)、特許を受
ける権利を承継しない発明者以外の者の出願は拒絶理由となり(同 49 条 7 号)、仮に特
許査定がなされた場合でも無効審判理由となる(同 123 条 1 項 6 号)旨定める。これら
の規定が効力を発揮し、発明者主義の存在が顕在化する場面が、最初に述べたような「冒
認出願」と呼ばれる事案である。
冒認出願とは「発明者でも発明者から特許を受ける権利を承継した者でもない者が特
許を出願すること」をいう 4)。発明者主義の要請からすれば、特許を受ける権利を有し
ない者の手による出願を是認することはできないが、その手当は必ずしも一様なもので
はなく、どの程度の手当を用意するかはバリエーションがあると言われる 5)。そして我
が国の特許法を見るならば、発明者主義を採用するとは言え、冒認出願による特許は無
効とするという手当を用意するのみであり、必ずしも十分に手厚いと言えるわけではな
い 6)。
それでは、冒認出願に対して無効事由とする以外にどのような手当が考えられるのか
と言えば、最も強い保護を与えるものとして考えられるものに「発明者取戻権」と呼ば
れるものがある。発明者取戻権とは、その権利の及ぶ人的及び物的範囲にはさまざまな
バリエーションが想定され、その権利内容が一義的に定まるものではないと思われるが、
ここでは発明者取戻権を、「特許を受ける権利を正当に有する者(真の権利者)から冒
認出願により特許庁に係属中となっている特許出願又は既に成立して存続している特
許権の名義人に対して、当該特許出願又は特許権の名義移転を請求する権利」として定
義しておく。我が国の特許法は冒認出願を認めないという立場を取るが、冒認出願は特
許の無効事由でしかない。このことからすれば、名義移転請求権を認めるというこの制
度は、真の権利者にとっては相当強力な保護手段であると言える。
真の権利者保護のため、この発明者取戻権を認めるか否かについては従来から議論が
あるところであるが、次項で詳述するように、学説上は解釈論として一般的に認めるこ
とについては否定的な見解が多数である。しかし、現行の特許法の文言はとりあえず別
に置くとして、そもそも制度論として発明者取戻権を認めるべきか否かという議論にな
ると、そのあたりは必ずしも十分に展開されているとは言い難い状況にあると思われる。
このように、発明者主義という原則があり、それを実現するための手段の一つとして
発明者取戻権が存在する。我が国特許法では発明者主義を採ると言われるものの、発明
者取戻権のように積極的に真の権利者を保護するような制度は用意していない。それで
は、敢えて発明者主義の要請に強く応えるこの制度を導入しない合理的な理由はあるの
だろうか。それが本稿の問題意識の出発点である。
3) 高林(2006) 65 頁~、玉井(1994) 1594 頁を参考
4) 冒認出願の定義については、発明者自らが特許を受ける権利を第三者に譲渡した後に出願するケ
ースを含むか含まないかについても議論があるようであるが、ここでは特許法の文言から判断し
て、発明者自らが出願するケースは冒認出願の定義から除外する。高林(2006) 70 頁、田村(2006)
304 頁、玉井(1994) 1595 頁が同様の定義を採用していると思われる。発明者自身の出願について
も冒認となるとする説もある(中山(1981) 4 頁・井関(2002) 1667 頁~)。
5) 玉井(1994)によれば、発明者主義に含まれるべき要素として「①冒認が出願拒絶や異議申立・無
効の事由となっていること ②出願日遡及制度 ③発明者取戻権」の 3 つが挙げられている(1661
頁)。
6) 玉井(1994)は、我が国の特許法には「冒認が出願拒絶や異議申立・無効の事由になっていること」
という要素は含まれているが、「出願日遡及制度」ないし「発明者取戻権」がなく、
「発明者によ
る特許権の取得を積極的に保障する」ものではないことから、ドイツ-ヨーロッパで言われてい
るところの発明者主義ではないとする(1663~1664 頁)。
2
学説の状況
発明者取戻権を巡る学説の状況については、一般に認めることについては否定説が多
数を占めていると言われる 7)。確かに、特許法上に発明者取戻権の規定がない以上、解
釈論として一般に認めるというのは難しいだろう 8)。一般的な民法上の制度(不当利得
返還請求や占有回収の訴えの準用など)を用いて救済を図るべきとする説もあるが、有
力説とはなっていないようである 9)。
しかし、発明者取戻権を一般に認めることについて否定的な立場も、いかなる場合に
ついても認めないとする極端な立場を貫くわけではない
10)。次章で紹介するが、判例
でも取戻を認めた事例が存在しており、学説は冒認出願事例を誰が当初出願行為を為し
たのか(真の権利者か冒認者か)、いつ権利を主張したのか(特許登録以前か以後か)、
という視点から 4 つのパターンに分けて
11)、一部の場合については現行制度を活用す
ることにより取戻を認めるのが妥当としている。どこまで認めるのかについては諸説あ
り、割り切ることは難しい面もあるが、思い切ってその議論を整理すれば、概ね次のよ
うなものとなると考えられる。
当初出願人
権利主張の時期
特許登録以前
特許登録以後
真の権利者
冒認者
○12)
△14)
○13)
×15)
この表から明らかなように、冒認出願によるとは言え、一度特許権として成立してし
まうと取戻を認めることには消極的な立場がとられていると言える。特許法に明文で規
定のない以上、ここまでの扱いが限界であろうと思われる。筆者も解釈論として学説の
このような状況に対してこの場で異議を唱えるつもりはない。
しかし、学説の中にも発明者取戻権について解釈論として一般に認めることは難しい
が、立法論としてはありうるという趣旨を述べるものもある
16)。しかし、立法的解決
に触れる見解においても、問題が多いと指摘するに留まり、実際に立法論として踏み込
んだ議論を展開するものはあまりないと思われる。
そこで本稿では、立法論という立場から、発明者取戻権を導入すべきかどうか、導入
するとして問題点はどのようにクリアしていくべきかということを順次論じていく。ま
ず、法と経済学の手法により経済モデルを用いて発明者取戻権導入の是否について論じ、
次に導入するとした場合に考えられる問題について、これまでの議論において指摘され
ている点を踏まえながら一つずつ検討を加えていくこととする。
検討に入る前にまず、簡単に実際に冒認が問題とされる事例において、どのような処
理がなされているのかを眺めておくこととしたい。
7) 例えば、判解 534 頁、中山編(2001)などは否定説が多数と述べる。
8) 例えば、中山編(2001)は「取戻請求権の規定がない以上、わが国特許法の解釈として、特に登録
後の特許権の取戻請求権を認めることは困難である」(321 頁)とする。
9) 川口(1969)が積極的に認めようという議論を展開するが、判解では「少数説にとどまる」(530 頁)
とされている。
10) 中山編(2001)「取戻請求権を否定するという結論を徹底させることはあまりに不当な結果とな
る」(321 頁)と述べる。
11) 例えば、高林(2002) 203 頁にはこの分類が明確に示されている。
12) 中山編(2001)「真の権利者は、確認判決を添付して、特許庁へ名義変更届を出せば足り、特許
庁はこれを受理すべきである」(322 頁)として特許を受ける権利を有することの確認判決さえ取
ればよいとする。また高林(2002)「名義変更を許さないとする者はいない」(203 頁)。
13) 中山編(2001)「真の権利者である旨の確認判決を添付した名義変更届」により真の権利者への
名義変更を認めればよいとする(322 頁)。高林(2002) もそのような扱いに同調。否定的な立場
として井関(2002)は出願行為の重要性を説き「正当権利者が当初の出願をしていない場合は、
設定登録後はもちろん、出願係属中であっても、出願人名義変更届は認めるべきではない」と
しつつ「冒認行為がなければ、当該冒認出願が真の権利者の出願であったと確実に言える」事
情のある場合には認めてよいとする(22 頁)。
14) 次項で紹介する判例(最判平 13・6・12 民集 55・4・793(「生ゴミ処理装置事件」))において
は、特許登録以後の取戻を認めた。学説でこの判例の結論に反対するものは筆者の調べた限り
見当たらない。しかし、この事件においては、真の権利者は特許登録以前から自らに特許を受
ける権利があることの確認を求める訴訟を提起しており、特許登録以前からの訴訟の延長上に
取戻が認められたという事例なので、特許登録以後に初めて権利主張をした場合にも取戻が認
められるとする先例となるかは不明である。特許登録後に一般に取戻が認められるか否かの見
解としては、中山編(2001)は「特許権は設定の登録により、登録名義人に対して生ずるもので
あるから・・・冒認者に対し、特許権の移転登録手続を請求することはできない」と述べ、さ
らに「わが国特許法の解釈として、特に登録後の特許権の取り戻し請求権を認めることは困難
である」として、出願人が誰であるかを区別せず特許登録以後の取戻は否定する(320~321 頁)。
高林(2002)も真の権利者が出願していた場合においても「真の権利者から冒認出願人に対する
特許権の返還請求あるいは設定登録の移転登録請求はできないとするのが通説」(204 頁)と指摘
する。竹田(1981)は特許登録後の救済について、準事務管理、不法行為、準占有、不当利得の
各理論から検討し、いずれも否定されると解すべきとする(6~8 頁)。一方、川口(1969)は不当利
得、準占有の理論から発明者の返還請求を認めるべきとする。井関(2002)は「当初出願が真の
権利者によりなされていた場合は、原則として返還請求を認めてよいと解する」(23 頁)とし、
肯定的な立場をとっている。
15) 高林(2002)「真正冒認出願(※当初出願人が冒認者である場合)であって、冒認出願人名義で
いったん権利の登録がされてしまった場合には、後発冒認出願(※当初出願人が真の権利者で
ある場合)の場合以上に真の権利者からの冒認出願人に対する特許権の返還請求あるいは設定
登録の移転登録請求は困難と解されてきた」(204 頁)(※括弧内は筆者注)と一般論を述べる。
17) 例えば、中山(1981)「将来は、冒認特許は一律に無効であるという考え方を捨て、まず真の権
利者からの取戻請求権を何らかの形で認め・・・」(4 頁)、中山編(2001)「ただ、真の権利者に
は無効審判を請求する以外に方法はないということは不当であり、立法論としては、将来何ら
かの措置を講ずる必要があるかもしれない」(321 頁)、青山(1990-b)「真の発明者に対しては、
例えば西ドイツ特許法のような特許の返還請求権を認めるなどして、真の発明者の権利を定め
た法制をとるのが望ましいといえよう」(6 頁) など。
3
冒認を巡る実際の処理
(1) 特許法の規定
先ほども述べたが、もう一度簡単に特許法のルールを眺めておく。
冒認出願については、拒絶査定理由とされ(特許法 49 条 7 号)、仮に特許査定が
なされた場合でも無効審判理由とされる(特許法 123 条 1 項 6 号)。また、先願と
しての地位も与えられない(特許法 39 条 6 項)ため、真の権利者が冒認出願に遅
れて出願した場合でも、真の権利者が特許権を得ることとなる。しかし、冒認出願
に気付かず、1 年半が経過すると出願公開されるため、その時点で当該発明は公知
となる。これに対しては新規性喪失の例外(特許法 30 条 2 項)を適用することがで
きるが、公開後 6 ヶ月以内に出願しなくてはならないため、6 ヶ月を徒過した場合
には真の権利者と言えども特許を得ることはできなくなり、無効審判を請求して冒
認出願による特許を無効にすることしかできなくなる。
このように特許法は冒認者に特許権が帰属することがないようにするという点で
はその要請に応える制度を提供しているが、最終的に権利の帰属が真の権利者にな
るようには設計されていない。その意味では、発明者主義の最低限の要請に応えて
はいるとは言えるが 18)、より積極的に真の権利者に特許権が帰属することを手助け
しているわけではないのである。
18) 玉井(1994)は「冒認が出願拒絶や異議申立・無効の事由となっていること」を「発明者主
義の最低限の要請」と位置付けている(1661 頁)。
(2) 冒認に関する判例等
冒認が実際に争われ、事実上発明者取戻権と同様の効果が認められたと評価でき
る事例として、最判平 13・6・12 民集 55・4・793(「生ゴミ処理装置事件」)19)が
ある。事案を簡単に説明すれば、
X と Z が共同で出願した特許について、Y が X の持分を Y に移転する譲渡証書
を偽造して、最終的に Y と Z の共有特許として登録された事案につき、X が Y
の持分を X に移転するよう請求した。
というものである。この事案につき、最高裁は X の請求を認容したが、その理由と
しては「被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが、最も簡
明かつ直接的であるということができる」と述べており、法律構成は判決文内では
明らかとなっていない。この判決の法的根拠として不当利得請求権という法律構成
を採用したのだろうとする考え方がある 20)。たしかに特許法に持分移転請求権の根
拠を求めることはできない以上、民事の一般法理によって処理するということにつ
いて筆者も特に異論はない。ここでは法律構成の細かい議論を展開することを目的
とはしないので、事実上発明者取戻権と同じ効果を認めた判例が存在するというこ
とに注目するに留めておきたい。
一方で、特許権移転を認めなかった事例もある(東京地判平 14・7・17 判時 1799・
155(「ブラジャー事件」
)21))。この事案をごく簡単に説明すれば、
発明者 X に無断で、Y が A 及び B を発明者として出願し、特許登録された事案
につき、X が Y の持分を X に移転するよう請求した。
というものである。この事案につき、東京地裁は X の請求を棄却した。判決文の中
において「特許法の構造に鑑みると、特許法は、冒認出願をして特許権の設定登録
を受けた場合に、当然には、発明者等から冒認出願者に対する特許権の移転登録手
続を求める権利を認めているわけではないと解するのが相当」と述べており、特許
法が発明者取戻権を認めていないことを確認している。
これら二つの事案で結論が分かれたことの主な原因は、発明者が自ら出願してい
たかどうかということに求められると思われる 22)。出願を行ったのかどうかで区別
する必要があるのかについては、後ほど詳述するが、これら二つの判決の理解とし
ては、ブラジャー事件判決で述べられているとおり、発明者取戻権は一般には認め
られておらず、生ゴミ処理装置事件のように、ごく限られた事案においては例外的
に認められると理解するのが、特許法の文言との整合性も考えると、適切であろう
と思われる。
19) 百選 23 事件
20) 百選 23 事件解説(飯村敏明)
21) 百選 24 事件
22) 東京地裁の判決文でもその相違点は指摘されている。
(3) 実務上の処理
実務としては、特許権成立前であれば、学説が述べるように、真の権利者が自ら
に特許を受ける権利が帰属していることの確認判決を添付して出願人名義変更届を
提出すればよいという扱いが特許庁の実務として採用されている
23)。したがって、
特許権成立までの間であれば、真の権利者は特許を受ける権利の確認訴訟によって、
特許庁に係属中の特許出願の名義の移転を受けることができるのであり、事実上発
明者取戻権を認めたのと同様の扱いがなされていると言える。
特許権成立後については、特許法の規定上、法的手段によって真の権利者に権利
移転をすることはできない。したがって、真の権利者は(新規性喪失の例外を適用
できる場合を除けば)無効審判を提起する以外に何もできないこととなる。おそら
く実務上は、無効審判を利用するよりは、冒認者と交渉して特許権を移転してもら
うことができればそれがより好ましい解決であろうから、真の権利者と冒認者との
間で交渉が行われ、特許権を移転するということで対処しているものと予想される
24)。実際に筆者が聞くところでは、冒認出願事例においては、無効審判という形で
表沙汰になると冒認者としても評判に関わることでもあり、なるべく水面下で処理
したいという考えから、特許権の移転の交渉に応じることもままあるそうである。
実務上は、このように無効審判ではなく和解で解決されている事例が多いのではな
かろうかと思われる。
参考までに、実際に冒認出願事例というのはどの程度観察できるのかを見ておき
たい。手掛かりとして、冒認が主張された無効審判の請求件数を見てみることとし
た。筆者の調査によれば、2000 年以降次の表のように推移している。
2000 2001 2002 2003 2004 2005
年
2006
件数(冒認)
4
2
3
1
2
3
2
件数(全体)
296
283
260
254
358
343
273
割合(冒認/全体) 1.4%
0.7%
1.2%
0.4%
0.6%
0.9%
0.7%
これを見る限り、必ずしも冒認出願事例というのは多くないと言うことができる。
しかし、現行法においては、冒認出願事例においては、一部の例外を除いては無効
審判を請求し、当該特許権を無効とすることができるのみであり、真の権利者にお
いてそこまでするメリットがある事例というのはごく限られるものと思われる。そ
うだとするならば、ここで挙がっている件数というのは冒認出願事例すべてをカバ
ーしているとは到底考えがたく、あくまでごく一部の表面化したケースでしかない
と言える。実務上、和解によって解決される事例があると言われることからしても、
あくまで筆者の推測の域を出るものではないが、実は水面下に眠る事例が相当数あ
るのではないだろうかと考える。そのように水面下に眠る事例は観察できるもので
はなく、無効審判の請求件数は手掛かりにはなろうが、冒認出願の実態を把握する
ことは困難である。
和解により全ての事案が解決されるのであれば、特に真の権利者の保護を論じる
必要もないのかもしれないが、交渉が成立するかどうかは当事者の自発的意思によ
る以外に頼るものがなく、すべての事案が和解で解決されているとは考えがたい。
和解による解決もなされているだろうが、冒認者が交渉に応じずに和解が成立せず、
残された道は無効審判しかないとなってしまい、真の権利者としてもそこまでする
メリットがなく、泣き寝入りしているという事例も大いにあり得ると考えられる。
23) 特許庁方式審査便覧 45.25(中間手続-16)
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/kijun/kijun2/binran_mokuji.htm
24) 判解「できるだけ無権利者との話合いにより解決を図るのが実情とされる」(528 頁)。
以上、この項では、特許法の規定を再確認し、冒認を巡る実務の様子を簡単に俯瞰し
てきた。実務上、特許成立前であれば、確認訴訟を通じて名義移転を行うことが可能と
なるので発明者取戻権を認めるのと同様の扱いが為されているとも言えるが、特許権成
立後となると、生ゴミ処理装置事件のように、限られた事案において発明者取戻権が認
められたと言える事例もあるが、特許法上の根拠はなく、ブラジャー事件のように一般
論としては発明者取戻権は認められていないというのが現状であると言える。特許法の
解釈論としてはこれが限界だろう。ただし、訴訟まで発展するケースというのは稀であ
り、無効審判も全ての事案をカバーしているとは考えがたく、実際の冒認出願事例件数
というのは観察できるよりは多く存在すると予想され、そのような事例の一部は実務上、
和解で解決されていると考えられる。これが冒認を巡る実務の現状と言える。
それでは現状把握はこの程度としておき、次章から、発明者取戻権について具体的に
検討を加えていきたい。まず、そもそも発明者取戻権を認めることが好ましいのかどう
かについて、経済モデルを用いて検討を行う。
第 2 章 経済モデルを用いた検討
では、冒認出願事例における発明者取戻権の効果について簡単なモデルを使って考え
てみたいと思う。発明完成前と発明完成後に分けて、それぞれの段階で発明者取戻権が
どのような効果を発揮するのかを分析する。まず、モデルの前提となる仮定を次のよう
に設定する。(ここでは、特許を受ける権利の譲渡は行われておらず、発明者に帰属し
ているものとする。よって、本章では真の権利者と発明者は同義であるものとして扱
う。)
【仮定】
・ ある発明の成功確率は P であり、P は発明者において任意に選ぶことができる。
・ 発明を行うのにかかるコストは、成功確率 P が大きくなるにつれて逓増する関数
C(P)とする。
・ 発明の社会的価値は V とする。
・ 発明を独占することで得られる利益はπV とする。
1 発明完成前の段階
(1) 冒認リスクが 0 である場合
冒認リスクが 0 であるとした場合は、図 1 に示すように、発明にかかるコスト C(P)
と期待利得πVP の差が最大になるような P である P*が選ばれる。P*の条件は
C’(P)=πV
を満たす P である。ただし、図 2 のようにπV>C(1)となっている場合は、P*=1 と
なる。
(2) 冒認リスクが存在し、発明者の取りうる行動が無効審判のみである場合
次に冒認リスクが存在する場合を考え、発明者の取りうる行動が無効審判のみで
ある場合を考えてみる。検討のため、上記仮定に加え、さらに次のような仮定を加
える。
【仮定】
・ 発明が完成した後、冒認出願される確率を Q(0<Q<1、外生的に定まる)とする。
この場合、発明者において無効審判を請求した場合には、当該発明により生じた
マーケットを独占する根拠である特許権が消滅することとなり、誰の独占にもなら
なくなるため自由競争となって終局的に利益は 0 となるまで競争が促進されること
となる。そのため、無効審判によっては独占することによって得られる利益πV を
回復することはできず、発明者がコストをかけてまで敢えて無効審判を請求するメ
リットは相当乏しいものと言える。したがって、発明者が起こすことのできる行動
は無効審判のみとした場合には、実際には発明者において無効審判を請求すること
はないものと考えても問題はないものと考える(2 章で見たように、冒認を理由と
した無効審判件数が微小であることもその傍証と言えよう)。よって図 1 をアレンジ
した次のようなモデルが考えられる。
図 3 のように、冒認リスクがある場合は、得られる利益は冒認された場合には 0
となることから、冒認リスクがない場合の期待利得πVP のうち、さらに冒認がな
されなかった場合のみに発明者に利益が帰属する。冒認されない確率は 1-Q で表さ
れることから、この場合の期待利得はπVP(1-Q)となり、図 3 のようなグラフで表
すことができる。
このケースにおいて、発明者は冒認リスクがある場合の期待利得πVP(1-Q)と発
明にかかるコスト C(P)の差を最大にするような P を選択し、その条件は
πV(1-Q)=C’(P)
を満たす P であり、図 3 において P**で示された P である。冒認リスクのない場
合と比較するならば、0<Q<1 よりπV>πV(1-Q)であり、かつ、C(P)は P が大きく
なるにつれて逓増する関数であることから、P**<P*となることがグラフからも読み
とれる。これはすなわち、冒認リスクが存在し、無効審判という手続のみでは発明
者に何らメリットを及ぼさず、無効審判がなされない場合には発明の成功確率がよ
り低く選択される効果があるということを意味している。
(3) 新規性喪失の例外を適用できるとした場合
特許法では、無効審判に付すことができるのみではなく、公知となってから 6 ヶ
月以内であれば、新規性喪失の例外(特許法 30 条 2 項)を適用し、発明者が新た
に出願をすることで特許権を取得する道が開かれている。この場合、仮に第三者に
よる同内容の発明がなされており、発明者の出願よりも先に出願されていたならば、
発明者は先願たる第三者の出願により新規性を喪失して拒絶されるリスクはある。
また、発明者が出願公開もしくは特許公報に登載された事実に気が付かずに 6 ヶ月
を徒過してしまう可能性もある。したがって、これまでの仮定に加え、次のような
仮定を設定する。
【仮定】
・ 第三者が発明者よりも先に出願する確率を E(0<E<1)とする。
・ 発明者が公開後 6 ヶ月以内に冒認出願に気が付き、自ら出願を為す確率を F
(0<F<1)とする。
このような仮定の下で考えると、次のようなモデルが考えられる。
この場合、発明者の期待利得は、発明が成功し、かつ、冒認がなされなかった場
合の期待利得πVP(1-Q)と、冒認がなされ、第三者の出願がなされず、なおかつ 6
ヶ月以内に冒認出願に気が付いた場合の期待利得πVPQ(1-E)F を合計した
πVP(1-Q+(QF-QEF))
となる。0<E<1、0<F<1 であることより 0<QF-QEF<Q となるため、発明者の期
待利得は図 3 のグラフのように表現することができる。このとき、発明者が選択す
るPは
πV(-Q+(QF-QEF))=C’(P)
を満たす P***(P**<P***<P*)となる。これは、グラフで考えるならば(2)の状
況に比べ、期待利得が上昇することにより期待利得を示す直線の傾きが大きくなる
ためである。
このように、特許法が用意する手当には、完全ではないものの、冒認が及ぼす発
明インセンティブへの影響を緩和する効果が認められると言うことができる。
(4) 和解を考慮した場合
ここまでは、あくまで法的な処理についてのみ考えてきたが、先にも少し触れた
ように冒認のケースにおいては、当事者間での交渉により和解で解決されるケース
も水面下ではそれなりにあるものと推測される。特に新規性喪失の例外を適用でき
る事案は公開後 6 ヶ月に限定されるため、その期間を徒過した場合、権利を回復す
るためには和解交渉によるしかない。よって、次に和解も考慮したモデルを考えて
みたい。その際、次のような仮定を加えて考える。
【仮定】
・ 発明者と冒認者の間での交渉により、独占利益を発明者と冒認者の間で折半する
ものとする。
・ その際の交渉コストは 0 とする。
このように仮定するのは、発明者としても、無効審判で特許を無効として誰も利
益を得ることのない状態にするよりは、わずかでも独占利益を回復する方が得であ
ろうし、冒認者としても無効審判を請求され独占利益を完全に失うリスクがあるの
であれば、その一部を手放してでも特許を維持する方が得であろうと考えられるか
らである。利益の配分割合は 1:1 である必要はないが、ここでは便宜上そのように
仮定しておく。
この設定においては、発明者の期待利得は発明が成功し、かつ、冒認がなされな
かった場合の期待利得πVP(1-Q)に加え、冒認がなされた場合に交渉により利得の
半分 1/2πVPQ が取り戻せることとなるので、全体として期待利得は
πVP(1-Q)+1/2πVPQ=πVP(1-Q/2)
となる。和解を考慮した場合は、和解を考慮しない場合に比して直線の傾きが大
きくなる(1-Q→1-Q/2)ので、発明の成功確率 P は P****(P**<P****<P*)が
選択されることになり、和解交渉が成立する見込みがあることは発明インセンティ
ブの低下を抑える効果があるものと言える。
もし、和解の交渉コストを考慮するならば、当該コストがあまりに大きな場合は、
期待利得が和解を考慮しない場合に比して小さくなる可能性もある。その場合は、
和解は選択されることはない。こういったケースも想定されうるが、ここでは和解
の交渉コストが小さいとするならば、事後的に和解交渉が成立する見込みがあるこ
とには発明のインセンティブにプラスの影響を及ぼす効果があることに注目したい。
(5) 発明者取戻権が認められている場合
では、次に発明者取戻権を認めた場合を考えてみたい。発明者取戻権を認めるな
らば、発明者の出願より前に第三者が出願するというリスクを考慮する必要がなく
なり、少なくともその分は新規性喪失の例外を適用する場合に比べて強い権利であ
ると言える。権利行使の期間について限定を設けるかどうかは別途考慮すべき事項
ではあるが、ここではとりあえず期間に制限はないものとし、検討のためさらに次
のような仮定を置いて考える。
【仮定】
・ 発明者は冒認がなされた場合は、裁判コスト e をかけて発明者取戻権を行使する
ことができる。
このときのモデルは次のように考えることができる。
期待利得は、発明に成功し、かつ、冒認がなかった場合の期待利得πVP(1-Q)及
び冒認がなされ裁判を起こして発明者取戻権を行使した場合の期待利得(πVP-e)Q
の合計となるので、これを計算すると
πVP-eQ
となる。したがって、裁判コストを考慮した期待利得は、図 5 で表すように冒認リ
スクが 0 とした場合の期待利得πVP を eQ だけ下方に平行移動した直線として表現
することができる。この場合、期待利得を示す直線の傾きが変わらないため、利益
X を最大化する P の条件は 3-(1)で述べたものと同じように
C’(P)=πV
であり、P*が選択されることとなる。つまり、事後的に発明者取戻権の行使により
独占利益を回復することが可能となるならば、発明の成功確率は冒認リスクのない
場合と同じレベルが維持されるということが分かる。
確かに、裁判コスト e が大きく、利益 X があまりに小さくなってしまうと、冒認
されたとしても、裁判を起こさず、和解交渉をしたり、さらにその交渉コストも大
きな場合は何も行動しないという道が選択される可能性は残っている。しかし、裁
判コストが利益 X をさほど圧迫することがないのであれば、発明者取戻権を行使す
ることを前提として発明の成功確率 P*が選択される可能性もまた残されるのであ
る。
つまりは、発明者取戻権を認めたからといって、すべての事例においてこの権利
が行使されるということは想定できないが、オプションの 1 つとして用意しておく
ことで、この権利を行使することが適切な事例においては行使され、発明のインセ
ンティブを維持することができるケースも存在する可能性は大いにありうると考え
られるのである。
以上は、発明が完成する前の状況を考慮し、発明インセンティブに対する影響と
いう観点から分析を行ってきたものである。実態は(3)や(4)の状態にあるものと考え
られるが、ここまでの検討結果から、現行ルールの下では、少なくとも社会的に好
ましい発明成功確率であると言える P*を実現するのは難しいものと考えられる。そ
こで、より強く発明者を保護する制度であると言える発明者取戻権を考えると、必
ずしも全ての事案において実現されるわけではないが、P*が実現される可能性が出
てくる。よって、発明インセンティブを好ましい水準に保つという観点から、発明
者取戻権は正当化されるものと考える。
それでは次に、発明が完成した後の状況をこれまでの議論とパラレルに考えてみ
たい。
2 発明完成後の段階
ここまでの検討においては、発明が完成した後、冒認される確率を外生的に定ま
る Q として設定していたが、これを発明者側において冒認防止コストをかけること
でコントロールできる変数であるとする。このように想定するのは、実際は、発明
が盗まれないようパソコン等のアクセス制限、研究室への入退室管理、防犯カメラ
の設置等さまざまな手段で冒認防止のためのコストがかけられており、コストをか
けることで冒認リスクをコントロールしているものと考えられるからである。
モデルを用いて検討する際に、ここまでで設定した仮定に加え、次のような仮定
を置いて考えることとする(以下の検討ではここまでで設定した仮定を用いる場合
は特に明示しない)。
なお、ここでは既に発明は完成したものという前提で検討を進めるので、発明の
成功確率 P は特に考慮しない(P=1 と理解することもできる)。
【仮定】
・ 冒認防止コストは、冒認確率 Q が高くなるに従い逓減する関数 R(Q)とする。
(6) 発明者が取りうる行動が無効審判のみの場合
この場合、発明は既に完成しており、期待利得は冒認がなされない場合にのみ利
益が生じることとなるので、
πV(1-Q)
となる。冒認防止コストは R(Q)で表される。期待利得と冒認防止コストの差が最大
になるような Q である Q*が選択されることとなり、その条件は
-πV=R’(Q)
である。このとき、冒認防止コストは R(Q*)だけ投じられることになる。
(7) 新規性喪失の例外を適用できるとした場合
この場合、発明者の期待利得は冒認がなされなかった場合の期待利得πV(1-Q)と
冒認がなされ、第三者の出願がなされず、なおかつ 6 ヶ月以内に冒認出願に気が付
いた場合の期待利得πVQ(1-E)F を合計した
πV(1-Q(1-(1-E)F)
となる。0<Q<1、0<E<1、0<F<1 であることから 1-Q(1-(1-E)F>1-Q となり、
図 8 に示すように、(6)で検討したような冒認に対して実質的に何も行動を起こすこ
とをしない場合の期待利得に比してその直線の傾きが緩やかになることになる。こ
の場合に発明者において選択される Q は
-πV(1-(1-E)F)=R’(Q)
を満たす Q**となる。このとき負担される冒認防止コスト R(Q**)は(6)で検討した
コスト R(Q*)よりも小さなものとなる。つまり、新規性喪失の例外という手当が用
意されていることは冒認防止コストを抑制する効果があると言える。
(8) 和解を考慮した場合
和解を考慮した場合、冒認がなされても独占利益の半分は取り戻せることとなる
ので、冒認がない場合の期待利得πV(1-Q)に冒認がなされ和解で半分取り戻した場
合の期待利得πVQ/2 を合計した
πV-πVQ/2
が発明者の期待利得となる。これは図 7 の和解を考慮した期待利得とした直線で表
現でき、和解を考慮しなかった場合の期待利得の直線に比して傾きが緩やかになっ
たものとして確認できる。この場合に発明者が選択する Q は
-πV/2=R’(Q)
を満たす Q***となる。これもまた、(7)での検討と同様に冒認防止コストを抑制す
る効果があるものと言える。
(9) 発明者取戻権が認められている場合
この場合は、発明者側の期待利得は、冒認がなされなかった場合の期待利得
πV(1-Q)と冒認がなされ発明者取戻権を行使した場合の期待利得(πV-e)Q の合計、
πV-eQ
となる。したがって、モデルは図 8 のようになり、期待利得は裁判コスト e の大き
さにより傾きが決定される直線として表現される。仮に裁判コストが微小であるな
らば、モデルは図 8 のように期待利得がごく緩やか傾きを持った直線として表現で
きることになり、傾きが小さいことから最適な Q の水準は 1 に近い値(場合によっ
ては 1)が選択され、発明者において冒認防止コストはほとんどかけられないとい
うことになる。もし、e が大きな値を示すとした場合は、和解に頼るか、何もしな
いかのどちらかになることも想定される。
裁判コストが相対的に大きなウェイトを占めるかどうかは、当該プロジェクトの
性質に左右される問題であり、モデルを一つに固定することはできない。しかし、
裁判コストが相対的に小さいものであるならば、発明者取戻権が認められているこ
とは新規性喪失の例外を適用することや和解による解決に頼るよりも、冒認防止の
ためのコストを抑制する効果をもたらす可能性はあるということは示唆されている
と言ってもよいであろう。冒認防止コストは社会的に見れば何も生み出していない
余計なコストと評価でき、これを抑制することは社会的余剰を増加させる上で意味
があると考える。
3 まとめ
一連の検討から、発明者取戻権には裁判コストが比較的微小なケースにおいては、
発明完成前の段階において発明インセンティブを好ましい水準に維持する効果があ
り、発明完成後の段階において冒認防止コストを抑制する効果が認められるという
ことを明らかにしてきた。この観点から、発明者取戻権を認めるべきではなかろう
かと考える。
ただし、発明者取戻権を認めたからといって、実際に発明者取戻権行使のための
裁判件数が増加するかどうかは定かではない。なぜならば、発明者取戻権を認める
ということは、仮に和解交渉が決裂した際には最終的に裁判コストさえかければ真
の権利者に権利が移転させることができるということであり、いわば交渉決裂の際
の期待利得が、発明者取戻権を認めない場合には真の権利者・冒認者のいずれも 0
であった(むしろ裁判コスト e の分だけマイナスが生じる)ものが、発明者取戻権
を認めることで真の権利者に独占利益πV(-e)の期待利得が生じ、冒認者も和解
交渉を拒否し続けていれば最終的には裁判を起こされてしまう可能性が高まるため、
真の権利者側の交渉力が増すことになり、和解交渉が促進される効果があると予想
されるからである。すなわち、最終手段として発明者取戻権を認めることで、裁判
の前段階として和解交渉がスムーズに進むのではないだろうかと考えられるのであ
り、即座に観察される裁判数が増加することにつながるというわけではないと予想
できる。
少し観点は変わるが、その一方で、項目 B で考慮してきた発明完成後のモデルで
も明らかなように、新規性喪失の例外や和解、発明者取戻権といった何らかの形で
事後的に発明者に独占利益が帰属する仕組みを考えると、発明者側で冒認をある程
度許容することになる(ガードが甘くなる)ということが予想される。それはすな
わち、発明者側のガードが甘くなる反射的作用として、冒認そのものは増加する可
能性があるということでもある。
発明者主義という観点からは、そもそも冒認を抑制するということが一つの要請
であると言うこともできる。その価値判断に基づいて考えるならば、冒認を助長す
る可能性がある制度には否定的な評価が下されるべきである。しかし、発明者取戻
権を認め、冒認しても事後的に取り戻されてしまうというルールになれば、冒認者
が冒認を行うインセンティブ自体にマイナスの影響を及ぼすであろうことを考慮す
ると、冒認そのものを増加させる影響というのは必ずしも大きなものになるとは限
らない。むしろ、冒認防止コストを抑制することができ、なおかつ、冒認そのもの
がそれほど増えないということになる可能性も十分あると思われる。発明者主義の
要請は冒認抑止という点ももちろん含むのであろうが、冒認防止にどこまでコスト
をかけさせ、どこまで冒認を受忍するのかはトレードオフの関係にあり、最適な点
は必ずしも冒認を完全に封じるところにあるのではないと考えられる。その意味で、
発明者取戻権は冒認を助長する可能性は秘めているが、ここに述べたとおり、冒認
者の冒認に対するインセンティブを阻害する効果が期待でき、一部事案においては
冒認防止コストを確実に抑制するであろう効果を考えるならば、より社会的厚生を
高める効果があるものと評価できるのではなかろうか。
以上の検討から、発明者取戻権を認め、現行制度からより強く発明者(真の権利
者)を保護することは社会的により好ましい結果をもたらすものと考えられるので
あり、発明者取戻権を導入すべきという結論が導かれる。
第 3 章 発明者取戻権を巡る問題点等
さて以上の検討から、基本的な方向としては発明者取戻権は認められるべきであると
いうのが筆者の主張であるが、学説上も実際に導入するには解決すべき問題が多いと指
摘するように、検討しておくべき課題がある。本章では、問題点として考えられるもの
を一つずつ取り上げ、各論点について筆者の見解を述べていきたいと思う。
1
真の権利者自らが出願をなすことは必要か
まず一点目として、出願行為の主体が誰であるのかという点、すなわち真の権利者自
らが出願を為す必要があるのかどうかという点について検討を加えておく。最初にも述
べたが、特許権は発明を為したからといって当然に付与される権利ではなく、出願とい
う行為を契機として審査を経て付与される権利である。したがって、出願行為は特許権
付与の大きな根拠を成す行為であり、その行為の評価は先の判例(「ブラジャー事件」)
によっても指摘されるように冒認出願事例を考える上でも大きな考慮事項となってい
るのである。
先ほどの経済モデルを用いた分析においては、出願人が誰なのかという点は特に考慮
事項に含めずに検討してきた。そこで、出願行為を誰がしたのか、という視点について
考えたい。
この点につき、先行研究
25)はインセンティブ論からの考察を展開している。その論
は、「ファーストランナーの利益とセカンドランナーとの利益とを、産業の発達という
観点から」考慮し、特許法は産業の発達という目的のため、ファーストランナーに対し
て発明の開示のインセンティブとなる排他権を与えるものであると理解する。そして
「インセンティブは、産業の発達という法目的を達成するために最適な者に付与すべき
である」として、出願をしなかった発明者に対しては、排他権が発明開示のインセンテ
ィブとして機能しなかった以上、特許権を事後的に取り戻すことを認めることには消極
的な立場をとる。そのような理解の上に立ち、先に紹介した二つの判例のうち、
「生ゴ
ミ処理装置事件」は出願行為を行っていた発明者が保護され、「ブラジャー事件」にお
いては出願行為を行っていなかった発明者の保護が否定された、という結論を支持して
いる。
確かに、特許制度は一定期間の排他権を付与することで、発明を公開するインセンテ
ィブを提供するという効果もあるだろう。発明完成後の段階においては発明が公開され
ることが社会的には好ましいと言える。しかし、発明完成前の段階において、発明がそ
もそもなされるかどうかという問題もある。出願のみならず発明に対するインセンティ
ブを提供することもまた特許制度の趣旨であると理解される。その観点から考えれば、
第 2 章で検討したように、冒認者に対する事後的な取戻権を認めることは、発明完成前
の段階において、発明インセンティブを維持する効果があるものと考えられるため、出
願行為を発明者自ら為していなくとも保護すべきではなかろうかと考える。
また、発明完成後の段階において考えるならば、同先行研究も「特許を受ける権利と
は特許を受けない権利でもあり」と認めるように、秘匿するか公開するかは発明者自身
の選択に委ねられている。その選択の自由が侵害された場合のセーフティネットとして
発明者取戻権を認めるのがよいのか、それとも保護されたければ自ら公開せよとしてお
き、出願のインセンティブを高める方がよいのかについては、筆者は冒認防止コスト抑
制という観点から、真の権利者が出願しなくとも発明者取戻権を認める方がよいのでは
ないかと考える。確かに、出願の意図を持っていたにもかかわらず冒認されてしまった
という場合は別として、出願の意図はなく秘匿するという選択を行った真の権利者につ
いては、発明を公開することで産業の発達に寄与するという意思は持たず、専ら自己を
利することのみを考えたのであるから保護に値しないとの見解もあり得る。しかし、発
明者主義という建前からして、冒認出願は本来は抑制されるべきことであり、公開はし
たとは言え、冒認出願が擁護されるべき理由はない。また、仮に真の権利者を出願せず
とも保護するとした場合に、出願インセンティブが本当に阻害されるかどうかは疑問で
もある。自らが出願をしないうちに、独自に同一内容の発明を行った第三者によって出
願される可能性もある。また、冒認者が出願したクレームが真の権利者の望む内容とな
っているかはわからない。さらには、冒認者の手続進行が拙く出願拒絶されて特許権が
成立しないかもしれない。その意味で、真の権利者が自ら出願をなすインセンティブは
相当程度残るのであり、発明者取戻権を認めることが直ちに出願インセンティブを阻害
すると理解するのは早計であろう。
もし特許制度の趣旨を出願のインセンティブを高めることを第一として考えるので
あれば、先使用権(特許法 79 条)のような制度はむしろ出願のインセンティブを阻害
する効果を及ぼすものであり、認めるべきではないということにもなる。しかし、特許
を受けない自由もまた特許法の認めるところであり、先使用権もそのような観点から支
持される制度と言えるだろう。このように、特許制度は発明の公開のみを突き詰めた制
度ではない。したがって、出願インセンティブが低くなる可能性があるとしても、それ
以外の理由のために、出願していなくとも保護されるとすることが、直ちに特許制度の
要請に背くということにはならないと考えられる。
以上から、発明者取戻権行使の要件として、真の権利者が出願を為すことを求める必
要はないと考える 26)。
25) 吉田(2006) 80~82 頁
26) 工藤(2006)も結論として「発明者本人が出願しなかったことをもって移転請求権をアプリオ
リに否定することは行き過ぎであると考える」(56 頁)と述べ、真の権利者の出願を不要とす
る考えを採る。
2
特許権取得のための手続コストを誰が負担すべきか
発明者取戻権を認めると、たとえ冒認であったとはいえ、冒認者が自ら積極的に出願
から特許権成立に向けての一連の手続コストを負担してきたのであり、それを真の権利
者が事後的に全て奪い取ることについては不当の利得を得るのではないかという問題
もある。このコストを最終的に誰が負担すべきなのかについて考慮しなければならない
27)。
手続コストに対して冒認者に何の補償もなく取り戻しが可能となるのであれば、真の
権利者が手続コストを節約するため、わざと冒認させておいて、冒認者の努力において
特許権が成立したら、発明者取戻権を行使して取り戻す、ということも理論上は可能と
なる。しかし、真の権利者としても、特許権の成立過程を冒認者に任せておくことには
クレームが自らの望むとおりになっているかどうかも分からない上に、出願が拒絶され
てしまうリスクがあるため、わざと冒認されるがままに任せるケースというのは多く起
こりうるとは考えがたい。さらに、発明者取戻権を行使する場合には真の権利者から冒
認者に対して、コストを補償せよという仕組みにしておくならば、冒認者においては仮
に裁判で争われたとしてもコストを回収することができ、何も争いにならなかったなら
ばそのまま冒認により取得した特許権を維持できる、ということになり冒認することに
対してリスクが低く、その点では冒認のインセンティブは阻害されないことになる。先
に述べたように、発明者主義の趣旨から考えれば、冒認は極力抑制されるべきであり、
冒認者の負担したコストは何ら補償されず真の権利者に取られてしまうという一種の
ペナルティを課しておけば、冒認のインセンティブを低下させることは可能である。し
たがって、冒認者に対しては負担した手続コストが没収されるというペナルティを与え
るという意味で、発明者取戻権の行使に当たり、真の権利者から冒認者に対する補償は
不要ではなかろうかと考える。
確かに、冒認者の負担した手続コストを真の権利者が奪うのは不当な利得と言うこと
もできるが、冒認者により自ら出願するかしないかという選択の機会及び自らクレーム
を書いて特許権の範囲を決定する機会を奪われた真の権利者には機会逸失という損害
が生じていると言えるのであって、やや乱暴な議論かもしれないが、実際にその損害に
ついて評価をするのは難しいであろうから、冒認者が負担した手続コストを真の権利者
に利得として移転することで損害が補填されたと擬制するとしてもよいのではなかろ
うかと考える。
また、善意の第三者が発明内容を冒認者から知得し(外見上、特許を受ける権利の譲
渡であるかのような行為が為され)出願を行ったような場合や、同じく善意の第三者が
冒認者により出願の出願人名義の移転を受けたような場合など、当該第三者が特許権成
立までの手続コストを負担したような場合については、当該第三者の負担した手続コス
トをペナルティとして取り上げる理由はないことになる。しかし、そのコストについて
は、冒認者が完全な形(冒認という瑕疵のない形)で当該第三者に権利を引き渡しでき
なかったということで、この二者間の債務不履行の問題として処理すればよく、真の権
利者からの補償は特に必要ないものと解する。
27) 高林(2002)「冒認出願人が出願人となっている間に支払った必要経費は、事務管理者の費用償
還請求(民法 702 条)あるいは不当利得(同 703 条)として金銭的に評価して冒認出願人に返
還すべき場合もあろうが」(205 頁)と述べる。
3
第三者保護の問題
特許を受ける権利や特許権の譲渡を受けたり、特許権の実施権を設定を受ける第三者
にとって、当該権利が冒認の上に成立しているものであるのか否かは外見上明らかでは
なく、とりあえずは取引相手が正当な権利者であるという外観を信頼して取引関係に入
ることとなる。したがって、発明者取戻権を認めるとした場合には、取引安全の観点か
ら、発明者取戻権行使までに取引関係に入った第三者保護について検討を加えておかね
ばならない。発明者取戻権が誰にまで及ぶのか、またそれに加え、いつまで権利行使が
可能なのかという問題についてここで扱う。
(1) 特許を受ける権利又は特許権が譲渡された場合
今、仮に冒認者が特許権取得後、第三者に当該特許権を譲渡したとする。そのとき、
真の権利者はその時点で特許権者である第三者に対して発明者取戻権を行使するこ
とができるとすべきだろうか。
筆者はこの点について、行使可能とすべきと考える。なぜならば、そもそも当該特
許権は冒認行為の上に成立したものであり、現行の特許法の枠組みにおいては無効事
由を内包した特許権である。無効審判はいつでも請求できる(特許法 123 条 3 項は特
許権消滅後であっても請求できるとしている)ため、真の権利者が無効審判を請求す
る可能性は常に存在するのであり、仮に無効審判が請求された場合には当該特許権は
冒認を理由に無効とされてしまうこととなる。すなわち、第三者にとって、譲渡され
た特許権は常に無効リスクに晒されているのであり、発明者取戻権を行使される可能
性が不当に大きなリスクを付加するとは評価しがたい。無効にされてしまおうが、取
り戻されてしまおうが、結局は自らの手中にあった特許権がなくなるという点におい
ては何ら変わりがない。その意味においては、発明者取戻権を第三者にまで及ぼすこ
とが不当であるとは考えられない。
第三者にとって、無効審判を請求されることと発明者取戻権を行使されることとの
相違点は、当該特許権の発明内容を爾後自由に実施することができるかどうかという
ところにあると考えられる。すなわち、無効審判を請求され当該特許権が無効とされ
た場合には、独占はできなくなるが誰でも実施できることとなるので、自己が実施す
ることについては否定されない。一方で発明者取戻権を行使された場合には、当該特
許権は生き残ったまま真の権利者に移転することになるので、自己が実施するために
は特許権者から実施権を設定してもらわなければならないということになる。この点
について、第三者への発明者取戻権行使を認める上では、当該特許権の譲渡を受けた
第三者には通常実施権を認めるということで解決を図ればよいのではないだろうか
と考える。第三者にとっては、もともと無効となるべき特許権に基づいて取得した技
術を独占できる地位であり、無効審判を請求されれば独占の地位は剥奪されてしまう
運命にあったわけで、発明者取戻権を行使され自らの手から特許権がなくなったとし
ても、通常実施権を認められ実施が可能となれば、独占はできないが当該発明内容の
実施権を真の権利者(及びその他実施権設定を受けた者)との間のみでシェアするこ
とができることになるのであるから、無効にされてしまう場合に比して、むしろ状況
は改善していると言ってもよいであろう。
なお、通常実施権を認める場合には、第三者が善意であることを要求すべきである
と考える。仮に特許権の譲渡を受けた第三者が当該特許権が冒認の上に成立したもの
であることを知っているのであれば、発明者取戻権の行使のリスクは予想されるので
あり、そのリスクを承知の上で特許権の譲渡を受けた以上、真の権利者に取り戻され
てしまったとしても不慮の事態とは言えないからである。また、善意を要求すること
で、冒認者が第三者と通謀して特許権を当該第三者に名義上移転し、仮に発明者取戻
権を行使されても通常実施権は確保できるというリスクマネジメントを行うことを
防止することもできると考えられる。
また、善意の第三者が発明内容を冒認者から知得し(外見上、特許を受ける権利の
譲渡であるかのような行為が為され)出願を行ったような場合や、同じく善意の第三
者が冒認者により出願の出願人名義の移転を受けたような場合などについても考え
ると、発明者取戻権の行使が特許権成立の前であるか後であるかを問わず、当該出願
が無効事由を内包している以上、当該第三者には特許権成立後に通常実施権を留保す
ることで真の権利者の取戻を認めればよいものと解する。この点、現在の実務からす
れば、真の権利者は特許を受ける権利が自らに帰属することの確認訴訟を通じて、出
願人名義変更届を特許庁に提出すれば名義変更は認められることとなっており、何ら
負担のない形での取戻が可能となるものと解されるが、筆者は上述のように善意の第
三者については通常実施権を留保すべきであると考える。その点は現時点における扱
いよりも真の権利者にとって不利になる部分である。(ただし、そもそも第三者が出
願人となっているような場合に、当該第三者が発明内容を冒認者から知得したことを
真の権利者が証明するのは極めて困難であろうことが予想され、実際に第三者が出願
人となっている場合に発明者取戻権が行使される事例というのはごく稀であろうか
ら、事実上真の権利者の扱いが現時点より不利になることはほとんどないと言うこと
もできる。)
(2) 特許権に実施権が設定された場合
では、次に冒認者から第三者に対して専用実施権又は通常実施権が設定されていた
場合について考える。これも前段の特許権が譲渡された場合とパラレルに考えること
ができる。この場合は、特許権は冒認者の手元にあるので、発明者取戻権行使の相手
方は冒認者本人に対して為されることとなるという点が相違するものの、その他の状
況は特に変わりないものと思われる。実施権者たる第三者は、無効リスクを常に負っ
ており、発明者取戻権が行使されたとしても通常実施権さえ認められていれば、無効
とされる場合に比して状況は改善されていると言える。前段において、譲渡された場
合においても通常実施権さえ認めておけばよいと考えたこととのバランス上、設定さ
れた実施権が専用実施権であれ通常実施権であれ、通常実施権のみを認めるというこ
とで問題ないと考える。なお、この場合も第三者に善意を要求する点は前段と同じで
ある。
(3) 権利行使期間に制限を設けるべきか
第三者保護を考慮する場合に、発明者取戻権の権利行使期間に制限を設けることも
考えられる手法の一つである。長期にわたって権利関係が確定しないのでは、特許権
の存続に対する信用が揺らぎ、せっかくの優れた技術が実施されないということにも
なりかねないので、そういった不都合を回避するために、一定の期間を経過した後は、
発明者取戻権を行使し得ないとするのも手段としては考え得る。外国の例を見れば、
原則として、ドイツでは特許付与の公表後 2 年、フランスでは権利付与の公告後 3 年
と制限されている。ただし、いずれにおいても、悪意の特許権者に対してはこの期間
制限は適用されないとされている。
確かに、権利行使期間に制限を設ければ、当該期間が経過すれば第三者はもはや発
明者取戻権を行使されるリスクから解放されることにはなる。しかし発明者取戻権の
行使に期間制限を設けようとも、あくまで冒認行為の上に成立した特許権である以上、
いつまでも無効審判を請求されるリスクからは解放されないのであって、第三者にと
ってはリスクが完全に消滅することにはならない。つまり、権利行使期間の制限がさ
ほど手厚い保護を与えるものとは考えがたい。上述のように、譲渡か実施権設定かを
問わず、通常実施権を善意の第三者に留保することを条件として、発明者取戻権を認
めるとしておけば、特に権利行使期間に制限を設けなくとも第三者保護は十分ではな
かろうか。
したがって、発明者取戻権の権利行使期間には特に制限を設ける必要はないものと
考える。ただし、取戻の対象となる特許出願や特許権が消滅した場合(出願の取り下
げ、特許期間の満了、特許料納付をせず効力が失われた場合など)には、権利行使の
対象がなくなったものとして、発明者取戻権は行使できないものと解される。その点
は、無効審判が特許権消滅後も請求できるとされることとは相違する。その場合、発
明者取戻権を行使された特許出願人又は特許権者が、真の権利者に取り戻されること
を防止するため、訴訟継続中に出願を取り下げたり、特許料の納付をせず特許権を消
滅させるということなども考えられることから、訴訟係属中は出願の取り下げを禁止
したり、特許料の納付を真の権利者が行うことを認めたり、特許料の納付を猶予する
など、何らかの手当は必要であろう。
以上から、第三者保護の問題は、善意の第三者については発明者取戻権行使後も通
常実施権を認めるということで解決が図ることができ、権利行使期間に制限を加える
必要もないものと考えられる。真の権利者からすれば、善意の第三者が登場した場合
には、発明者取戻権を行使しても完全な形で特許権を回復することはできず、通常実
施権という負担付きでしか回復できないこととなるため、先の経済モデルを用いた検
討のところで述べた真の権利者の期待利得が負担のない完全な形での回復を認める
場合に比して若干減少することになる。発明インセンティブを維持し、冒認防止コス
トを抑制するという観点からすれば、発明者取戻権に制限を加えるべきではないとい
うことになるが、第三者の保護を確保せずに発明者取戻権を認めることとなると、特
許権の流通が阻害される可能性が高く、取引安全との間でトレードオフの関係があり、
発明者取戻権に一定の制限を加えておく必要はあるものと考えられる。
4
取り戻しできる範囲
冒認によるとは言え、出願行為から特許権成立までの一連の手続きを冒認者が為すと
なると、真の権利者が自ら出願していたならば成立していたであろう権利内容と同じ内
容の特許出願が為されているとは限らない。冒認者の出願内容が発明内容の一部でしか
ない場合や、冒認者独自の発明思想が反映している場合も十分考えられる。発明者取戻
権はどこまで及ぶのかということも考慮されなければならない。
この点について、冒認者の出願内容において押さえられていない部分及び冒認者独自
の発明に係る部分について、発明者取戻権の対象とはすべきでない旨の主張がある 28)。
筆者も基本的にはこの趣旨に賛同する。
真の権利者が特許を受ける権利を有している発明内容のうち、冒認出願により押さえ
られていない部分については、そもそも当該部分について特許出願が存在しない以上、
発明者取戻権の対象が存在しない。また、冒認者独自の発明に係る部分についての特許
を受ける権利を有するのは冒認者側であり、その部分に関しては真の権利者側に発明者
取戻権が生じる根拠である特許を受ける権利が存在しない。したがって、発明者取戻権
を行使できる対象は、特許出願の範囲内であり、かつ、真の権利者が特許を受ける権利
を有していた部分に限る、とするのが理論的にも整合的であり、また真の権利者を不当
に利することもなく妥当な結論と考えられる。
しかし、理論上はこのような結論が妥当だとしても、そのとおり運用するには問題が
考えられる。例えば、特許出願の内容に含まれる真の権利者の発明内容と冒認者の発明
内容の区別が判断可能かという疑問がある
29)。特許権成立に至るまでの一連の手続の
中において、出願内容は徐々に変容していくのであり、その途上で冒認者によりさまざ
まな手が加えられる可能性は高いことは先にも指摘したとおりである。そのため特許出
願に表示されている内容が、真の権利者が特許を受ける権利を有している発明内容のみ
でなく冒認者独自の発明内容まで含むものである可能性は十分にあり得る。これを明確
に区別することには困難が伴うかもしれない。このような問題に対処するために、出願
が冒認出願であると認められた場合には、とりあえず出願の内容すべてが真の権利者の
発明内容によるものと推定し、特に冒認者側において、冒認者独自の発明内容であるこ
とが証明できるものについては、冒認者側の発明内容と認定するという手順を置くのが
一つの案として考えられる。
また、真の権利者の寄与分と冒認者の寄与分が明らかにできたとしても、その後それ
をどのように帰属させるかが問題となる。出願を分割(特許法 44 条)できる期間内で
あれば、分割により対応することも考えられるが、クレームの書き方によって分割にな
じまないケースも想定され(一つのクレーム内に真の権利者と冒認者双方の発明思想が
反映しているケース)、分割による対応には制約が多く伴うものと考えられる。また、
特許出願の分割ができる期間を経過した場合にも対応できなくなる。
そこで、出願内容すべてが真の権利者の発明思想ではなく、一部は冒認者独自の発明
思想であり、分割が不可能な場合には、双方が連絡を取り合って完成させたものではな
いので本来的意味においては共同とは言えないかもしれないが、共同発明とみなして真
の権利者と冒認者の共有とし、寄与分に応じた持分を定め、真の権利者は発明者取戻権
の行使により持分の移転を請求するということで処理するのが妥当な結論であると考
えられる
30)。冒認出願である以上、真の権利者のみに特許権は帰属されるべきとも思
われるが、冒認者独自の発明思想が反映しているようなケースにおいてまで、真の権利
者にすべての権利を帰属させるとするのは適切ではない。確かに発明インセンティブの
観点からは、真の権利者の保護を強化することが求められようが、冒認者独自の発明思
想が存在する場合には、冒認者も発明者として扱われるべきであり、冒認者側の発明イ
ンセンティブも同様に考慮されるべきである。したがって、単純に真の権利者に特許権
を帰属させるという仕組みは採用できず、共有という結論が妥当と思われる。
ただし、共有に係る特許権には制約があり(特許法 73 条)、真の権利者と冒認者とい
う決して友好的とは言えない関係にある二者間での共有において、円滑に第三者へのラ
イセンス等への合意が形成できるかは甚だ疑問であり、特許権の有効な活用が阻害され
る可能性もある。また、当事者も共有となることを望んではいないということも予想さ
れる。そのことから、共有による処理にも弊害はあると考えられる。
分割ができないものを、二当事者間で分配する場合には、どちらかの独占か共有かと
いう選択があり、理論的には寄与分に応じた持分を定めた共有とすることが実態に近く
適切なのであろうが、共有による弊害を考慮するならば、次善の策としてもう一つの選
択肢としてどちらか一方に帰属させるということも考えられる。
この点についての筆者の私見として、民法の加工の規定(民法 246 条~248 条)の考
え方を準用する案も提示しておきたい。すなわち、真の権利者の持つ発明内容(=材料)
から、冒認者が特許出願を行い審査を経て(=加工)、特許権(=加工物)が生じたと
考えれば、加工の規定とほぼ同列に議論はできると思われる。この理論を使えば、原則
として「加工物の所有権は、材料の所有者に帰属する」(民法 246 条 1 項柱書)ことか
ら、特許権は真の権利者に帰属することが原則となる。しかし、「工作によって生じた
価格が材料の価格を著しく超えるときは、加工者がその加工物の所有権を取得する」
(民法 246 条但書)とされることから、冒認者の寄与が著しく大きく、特許権の価値が
真の権利者の発明の価値を大きく超えるときは、冒認者に特許権が帰属することとなる。
この場合、「損失を受けた者」は「その償金を請求することができる」
(民法 248 条)
とあることから、冒認出願にもこれを当てはめ、特許権を得ることができなかった当事
者には償金請求権が発生するとすればバランスは保てると考えられる。ただし、真の権
利者に帰属するという結論になった場合には、冒認者の寄与はなかったかそれほど大き
くなかったと言うことができ、手続コストに関して検討を行ったように、一定のペナル
ティ及び損害の補填として冒認者の寄与分をそのまま真の権利者に移転することとし、
それに対する補償は特に必要ないものとすべきである。このように解するならば、償金
が発生するのは、冒認者の寄与が大きく、冒認者に特許権が帰属するという結論に至っ
たときのみであり、冒認行為は本来許されるべきではないという価値観を明示するとい
う点でも、冒認者に若干不利な制度設計にしておくことは意味があるものと考えられる。
28) 田村(2006) 306 頁
29) 中山編(2001)「真の権利者の分と冒認者の分との明確な区別が困難な場合も多いであろう。」
(321 頁)と述べる。
30) 工藤(2006)「冒認者がもとの発明の内容を大きく変更した場合には、真の権利者と無権利者
との共同発明として取扱い、真の権利者には共有持分の移転請求を認めるべきものと解する」
(58 頁)とする。
5
後願との関係
冒認出願から出願公開までになされた第三者の出願を考えた場合、冒認出願は先願と
しての地位を持たない(特許法 39 条 6 項)ことから、第三者の出願の方に特許権が付
与される仕組みとなっている(そもそも先願が冒認出願であることを第三者が証明でき
るのかどうかという問題があるが、その点はとりあえず無視するとして)。しかし、発
明者取戻権が行使され冒認者から真の権利者に名義が移転されると、冒認という無効事
由が消滅し先願の地位が回復することになると考えた場合には、真の権利者が手に入れ
た特許出願の地位は、出願時期が第三者の出願より早かったことになるため、第三者の
出願は後願として排除されることとなる。冒認出願に後れた第三者の出願との関係で、
発明者取戻権を行使することは冒認という無効事由を解消し、冒認出願が先願たる地位
を回復するのかどうかという論点についても触れておかなければならない。
発明者取戻権の行使により、冒認出願の先願の地位を回復させることについては否定
的な見解が見られる
31)。確かに、特許権は出願行為を為した者に対して付与される権
利である(特許法 36 条 1 項)以上、出願行為は特許権付与の重要な根拠であり 32)、自
ら出願を為した第三者の犠牲において、自ら出願を為していない被冒認者たる真の権利
者を保護することは公平性に欠けると言うこともできる。また、真の権利者自らが出願
していなくとも保護は図るべきであるが、後願との関係では道を譲るべきとする見解も
ある 33)。
思うに、自ら出願を為さなかった真の権利者にとって、たまたま冒認者が出願したこ
とにより、発明者取戻権を行使して第三者の出願に優先することができるのは予期せぬ
幸運であると言うことができるのは確かである。しかし一方で、たまたま先願が冒認出
願であったから、後れて出願した自己が優先するということも、第三者にとっては予期
せぬ幸運であるとも言えるのであって、その意味においては真の権利者を保護しても第
三者を保護してもどちらかが予期せぬ幸運を享受することになるのである。仮に先願で
ある冒認出願がそのまま放置されていた場合には、第三者は冒認行為に関して当事者で
はない以上、当該出願が冒認であるか否かは外形上判別がつくとは考えにくく、結局冒
認出願による先願が特許権として成立して自己の出願は拒絶されることになっても思
わぬ不利益を被ったとは言い難い。そう考えると、たとえ先願が冒認出願であろうとも、
後願を為した第三者は誰かの出願に後れたという事実には変わりがないのであって、そ
の意味では強く保護されるべき積極的理由があるとは言えない。発明者取戻権の行使に
より先願の瑕疵が治癒されて、後願として排除されることになったとしても、第三者に
とって思わぬ不利益であるとは評価しがたいのである。
また、社会的厚生という視点から考えた場合、この論点は単なる権利帰属のみの問題
であり、誰に権利が帰属していようとも、特許権に含まれた発明内容が誰かの独占に帰
している以上は社会的厚生には変化を及ぼさない。特許制度は発明インセンティブを維
持するために、独占の弊害を必要な限りにおいて受け入れた制度であるという考え方 34)
からすれば、社会的には、発明インセンティブを後退させない限り、早く当該発明内容
が誰の独占にもならない自由実施可能な状況となることが望まれるのであって、その意
味では発明者取戻権を行使することにより冒認出願に先願の地位を回復させたとして
も、後願を為した第三者の発明インセンティブに影響するとは考えられず、また、先願
の出願日を基準に特許権の存続年数を計算する方が、後願を基準として計算するよりも
望ましいと言えることから、冒認出願の先願の地位を回復させる方が好ましいと言える。
以上から、後願を為した第三者の保護の必要性がさほど強いとは考えられず、また社
会的厚生の観点からは早期に技術の独占を解除すべきという要請があることを加味す
ると、真の権利者自らが出願を為していないとは言え、発明者取戻権に後願排除効を認
めてもよいものと解される。
31) 仙元(2000)「出願を怠った被冒認者の保護に手厚く、上記第三者の出願を不当に害し、かえ
って不公正な結果となる」(149 頁)
32) 例えば井関(2002)、吉田(2006)も出願行為の重要性について説く。判解も「自ら出願しなかっ
た真の権利者が特許権者となることを認める理由はない」(530 頁)と述べる。
33) 高林(2002)「冒認出願に先願たる地位を回復させて後願者の地位を覆滅することはできず、
右後願との相対的関係での無効事由を解消することはできないと解される」(205 頁)と述べる
34) 福井(2007) 182 頁~、田村(2006) 13~14 頁を参考
問題点と思われる事項の検討は以上のとおりである。ここで述べてきた見解の根底に
は一つの判断基準がある。すなわち、真の権利者の期待利得を冒認出願により減少させ
ないことが社会的に好ましい状況を達成する、という先の経済モデルを用いた検討にお
ける結論から、発明者取戻権を認めるにあたって、弊害を生じない限りはなるべく期待
利得を高く維持するように真の権利者を保護するべきであるという基準である。これま
での蓄積されてきた議論の中で指摘されてきた問題点を考慮するに際し、最終的な判断
はこの基準によったという点が本章のエッセンスでもあるので、その点は明示しておき
たい。
第4章
他制度の検討
これまで発明者取戻権を取り上げて論じてきたが、第 2 章で論じた経済モデルを用い
た検討の過程において特徴的なことは、発明者側に有利になるようにすればするほど
(無効審判→新規性喪失の例外→発明者取戻権)、発明者の期待利得が上昇し、発明イ
ンセンティブ及び冒認防止コストに対して好ましい効果をもたらすということである。
要するに、発明者の権利をより強くすればより好ましい効果が得られるということを示
していると言える。
そこで考えてみると、冒認出願から真の権利者を保護する手段は、発明者取戻権に限
られるわけではない。実際に特許法は新規性喪失の例外として公知となった日から 6 ヶ
月以内であれば、新規性は喪失しないものとし(特許法 30 条 2 項)、一定の保護は図っ
ているのである。先の経済モデルを用いた検討から、これだけでは不十分ではなかろう
かということを述べたのだが、発明者取戻権が他に考えられる唯一の救済手段であるか
と言えばそうではない。例えば、冒認出願については、現行制度でもある新規性喪失の
例外適用可能期間を引き延ばすという方策も考えられる。また、我が国では過去に出願
日遡及制度(旧法 10 条、11 条)というものが存在し、真の権利者の保護を図っていた
という経緯もある。こういった制度も真の権利者の権利強化のための一つの方策である。
そこで本章では、発明者取戻権以外に考えられる制度にも目を向け、検討を加えておき
たいと思う。
1
新規性喪失の例外の適用可能期間延長
現在の制度では、冒認出願がなされた場合においても、公知となった(出願公開や
特許公報への掲載)日から 6 ヶ月以内に真の権利者が出願をしなければ新規性喪失の
例外は適用されず、その期間を徒過すれば真の権利者といえども、出願を為しても新
規性がないことを理由に出願を拒絶されることとなる。6 ヶ月という期間を設けてい
る趣旨としては、公に知られた発明に突然特許権を主張されるという混乱を防止する
ためと説明される 35)。その趣旨からすれば、冒認出願の際は、冒認者の手中に特許権
(もしくは出願中の状態)は確保されているのであり、その主体が変わったからと言
って、自由に利用できた発明が突然誰かの独占になるということにはならないことか
ら、新規性喪失の例外を適用できる期間に制限を設けることに必然性はないと考えら
れる。
そう考えると、新規性喪失の例外を適用できる期間をさらに伸ばす、究極的には無
期にする(厳密には上記制度趣旨に照らせば、冒認者が特許出願又は特許権を確保し
ている限りにおいて、という限定は必要であろう。仮に冒認者が出願を取り下げたり、
特許料の納付を怠るなどして特許出願又は特許権が消滅した場合にはもはや新規性
喪失の例外を適用できないとしておかないと上述のような不都合が生じる。)ことで
真の権利者の保護を図ることも可能と言える。
このようにした場合には、真の権利者は公知になってから 6 ヶ月という期間にとら
われず、自ら出願を為すことで特許権を取得することができるようにはなるが、出願
日が冒認者の出願日になるわけではないので、冒認者の出願後、第三者が同一内容の
出願を為していた場合には、真の権利者の出願は後願となって拒絶されることとなる
36)ので、その点の保護は弱い。
またその場合、真の権利者の出願日が特許権の存続期間の計算の起算点となるため、
冒認者が独占していた期間と真の権利者が出願してから特許権が消滅するまでを合
算した期間、場合によっては相当長期にわたって、権利が独占されることとなるとい
う批判もあり得る。その点については、真の権利者が出願したことで取得できる特許
権の存続期間は、冒認者の出願日を基準として計算した期間までに限るというアレン
ジで対処することも可能かと思われる。
以上より、新規性喪失の例外を適用できる期間を延長するということで対処するこ
とについては、制度的に工夫すれば可能ではあろうが、真の権利者の保護という点に
ついて見るならば、後願排除効が認められないため、その分の保護が手薄であると言
える。
35) 田村(2006) 188 頁
36) 田村(2006) 188 頁
2
出願日遡及制度
過去に我が国の特許法(大正十年法律第九十六号。以下「旧法」という。)におい
ては、出願日遡及制度が採用されていたという経過がある(旧法 10 条、11 条 37))。
この制度は、冒認出願のケースにおいて、冒認者の出願が冒認を理由に拒絶されたり、
成立した特許権が無効とされた場合には、その後一定期間内に真の権利者が出願を為
せば、出願日が冒認者の出願日まで遡るとしたものであり 38)、真の権利者に特許権を
取得する道を開き、さらには冒認出願後に為された第三者の出願を排除することもで
きるという特徴を備えている。上述の新規性喪失の例外を適用できる期間を延長する
場合とは後願排除効において大きな差があり、強力に保護が図られていたと言うこと
ができる。しかし、この規定は、昭和 35 年から施行された現行特許法においては引
き継がれることがなかった 39)。削除された理由としては、まさに出願日遡及制度の特
徴とも言える後願排除効が問題になり、冒認出願に後れて為された第三者の後願を保
護するためであったと説明されている 40)。
この出願日遡及制度と発明者取戻権については、後願を為した第三者の存在の有無
に関わらず、真の権利者が特許権者となる道を開くことにおいては共通している。相
違する点と言えば、旧法下で出願日遡及制度の適用に一定の期間制限が設けられてい
たという点をとりあえず除けば、真の権利者が改めて出願を為す必要があるかどうか
という点が挙げられる。出願日遡及制度においては、真の権利者が改めて出願を為さ
なければならないが、結局同一発明について、冒認者と真の権利者と二度の出願が為
される結果となるのであって、発明者取戻権によって冒認者の出願名義をそのまま真
の権利者に移転することの方がより直接的であると考えられる
41)
。この点から言え
ば、発明者取戻権は真の権利者による再出願の手間を省略し、また、特許審査という
公共の資源を同一発明で二度消費することを抑制することもできるので、コストの節
約という点では発明者取戻権の方が好ましいと評価することができるだろう。
しかし一方で、出願日遡及制度の場合は、真の権利者に再度出願する機会が付与さ
れるので、自らの望むクレームを書くことができるという利点がある。もちろん、真
の権利者が再度出願を為す際に、冒認者による当初の出願に含まれていない新規事項
の追加まで許すとなると、真の権利者が再度出願を為した時点で公知となっている技
術に対して後から特許権を主張されることになる可能性があるので、あくまで真の権
利者ができるのは出願の補正の範囲内と評価できることまでであり、新規事項の追加
はできないと解すべきである
42)。このように真の権利者が再度出願を為すにあたり、
出願可能な権利範囲には一定の限界があるものとは考えられるが、実務的な面はさて
おき、理論上は発明者取戻権を行使して冒認者から特許権をそのまま取り戻すよりは、
補正と呼べる限度において権利範囲が若干拡大する可能性はあり、その意味では、出
願日遡及制度の方が真の権利者の保護において優れていると評価することができる。
このように、一概にどちらの制度が好ましいかということについては結論が下し難
い。できることならば出願日遡及制度と発明者取戻権の双方を用意しておき、真の権
利者において状況によって好ましい方を選択させるというのがベストなのだろう。
37)特許法(大正 10 年法律第 96 号)
第 10 条
特許出願カ特許ヲ受クルノ権利ノ承継人ニ非サル者又ハ特許ヲ受クルノ権利ヲ冒認シタル
者ノ為シタルモノナルニ因リ特許ヲ受クルコト能ワサルニ至リタル場合ニ於テ其ノ特許出願
ノ後ニ為シタル正当権利者ノ出願ハ其ノ特許ヲ受クルコト能ワサルニ至リタル特許出願ノ時
ニ於テ之ヲ為シタルモノト看做ス但シ特許ヲ受クルコト能ハサルニ至リタル日ヨリ三十日ヲ、
出願公告アリタル場合ニ於テハ出願公告ノ日ヨリ三十日ヲ経過シタル後ノ出願ニ係ルトキハ
此ノ限ニ在ラス
第 11 条
特許カ特許ヲ受クルノ権利ノ承継人ニ非サル者又ハ特許ヲ受クルノ権利ヲ冒認シタル者ノ
受ケタルモノナルニ因リ其ノ特許ヲ無効トスル審決確定シ又ハ判決アリタル場合ニ於テ其ノ
特許ノ出願ノ後ニ為シタル正当権利者ノ出願ハ其ノ無効ト為リタル特許ノ出願ノ時ニ於テ之
ヲ為シタルモノト看做ス但シ其ノ特許ノ出願公告ノ日ヨリ五年ヲ経過シタル後ノ出願又ハ其
ノ審決確定シ若ハ判決アリタル日ヨリ三十日ヲ経過シタル後ノ出願ニ係ルトキハ此ノ限ニ在
ラス
38) 旧法における出願日遡及制度の説明として、例えば、判解「冒認出願が拒絶され又は冒認出
願による特許が無効とされた場合に、真の権利者が一定期間内に特許出願をしたときは、こ
の出願は冒認出願の時になされたとみなす旨の規定があった」(540 頁)、玉井(1994)「特許出
願が『特許ヲ受クルコト能ワサルニ至リタル場合』または『特許ヲ無効トスル審決確定シ又
ハ判決アリタル場合』には『正当権利者ノ出願』を、冒認者等の『出願ノ時ニ於テ之ヲ為シ
タルモノト看做ス』とした。冒認者が出願した時点まで出願基準時が繰り上がることとし
て・・・」(1631 頁)、中山(2001)「旧法では冒認出願により特許を受けることができなくな
った場合は、その特許出願の後になした正当権利者の出願はその特許を受けることができな
くなった特許出願時(すなわち冒認出願時)まで遡るとされており(11 条)、又冒認特許が
無効とされた場合も同様であるとされ(12 条)
・・・」(320 頁)(※条文番号についてはママ)
などがある。
39) この改正についての評価として、染野(1987)「発明者の救済は大正 10 年法よりも後退した。
冒認出願後にした正当発明者は特許権取得の道が封じられたからである。」(40 頁)、青山
(1990-a)「真の発明者が特許出願しても、大正 10 年法のように出願日が遡及する訳ではない
から、真の発明者に対する保護は薄くなったと言わざるをえない。」(5 頁)といったものがあ
る。
40) 例えば、判解 540 頁、玉井(1994) 1638 頁、竹田(1981) 2 頁、仙元(2000) 149 頁などに記述
が見られる。
41) 玉井(1994) 1662 頁
42) 英国特許法においては、真の権利者が再度出願を為すにあたり、新規事項の追加を禁止する
(英国特許法 76 条 1 項)。
以上から、冒認出願における真の権利者の保護手段について他の制度との比較も行っ
てみると、先の経済モデルで言うところの発明者の期待利得を最も高くするという点で
は、アレンジ次第で発明者取戻権と出願日遡及制度は相当似通った制度となり、このい
ずれも効果的であると言うことができる。この両者について、その優劣は決しがたいが、
それぞれに特長があるので、どちらの制度も用意しておき真の権利者の選択に任せると
いうのがベストであろうと考える。
3
諸外国の制度
ここまでの検討でも、必要に応じて触れてきたが、諸外国の制度も参考になろうか
と思う。ごく簡単にはなるが、ドイツ・フランス・イギリスの制度について少しまと
めておきたいと思う 43)。
43) 各国の特許法については特許庁ホームページ
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
に掲載されている日本語訳を参照しながら制度内容を調べたが、ここにある日本語訳は参
考仮訳として掲載されているものであることを断っておく。
(1)ドイツ 44)
ドイツにおいては、特許付与の公表後 2 年までの期間であれば(悪意の特許権
者に対しては期間の限定なく)、真の権利者は特許を受ける権利又は特許を特許権
者に対して請求することができるとされる(ドイツ特許法 8 条)。この制度により、
発明者取戻権を認めていると評価することができる。
また、冒認出願は特許の取消原因とされ(ドイツ特許法 21 条)、真の権利者は
特許付与の公表後 3 ヶ月以内に異議を申し立てることができる(ドイツ特許法 59
条)。この際、真の権利者は、特許が取消又は放棄された場合について、その通知
後 1 ヶ月以内であれば冒認出願の出願日を自らの出願日とした出願を為すことが
できる(ドイツ特許法 7 条 2 項)。この制度は、出願日を遡及して自ら再度出願を
為すことを可能とするものであり、出願日遡及制度であると理解できる。
さらに、冒認出願は無効事由ともされ(ドイツ特許法 22 条)、訴えにより無効
とすることが可能である(ドイツ特許法 81 条)。特許無効の訴えについては、特
に権利行使期間に限定は設けられていない。
ドイツではこのような制度になっており、我が国と比較するならば、かなり真
の権利者の保護に手厚いと言うことができる。また、期間の制限はあるものの、
善意の特許権者への追及も可能としている点、発明者取戻権及び出願日遡及制度
の双方が整備されている点も注目に値する。
44) ドイツの制度については、クリストファー・ヒース(1996) 58 頁にまとめられているもの
を参考としている。また、W.シュトックマイヤー・安井(1996) 108~109 頁も参照。
(2)フランス 45)
フランスにおいては、権利付与の公告から 3 年までの期間であれば(特許権者
が特許権を付与されたとき又は特許権を譲受したときに悪意であれば、特許権の
存続期間を満了してから 3 年まで)
、真の権利者は特許出願又は付与された権利に
ついて返還請求をすることができる(フランス知的財産法 L611 条 8)。この制度
により、フランスにおいてもドイツと同様に発明者取戻権を認めていると評価す
ることができる。
なお、フランスにおいては、出願日遡及制度は規定されておらず、この点はド
イツとは異なる。
45) フランスの制度については、井関(2002)が触れている。
(3)イギリス 46)
イギリスにおいては、特許付与の前後で規定が分かれており、特許付与前の段
階であれば、真の権利者は特許庁長官に対して問題を付託することができ、問題
を付託された特許庁長官は、真の権利者へ名義を移転すること、特許付与の拒絶、
特許出願の補正等を命じることができることとされる(英国特許法 8 条 1 項・2
項)。名義移転を認める道を開くことから、イギリスにおいても発明者取戻権に相
当する制度があるものと評価できる。
また、そのように命じる場合、特許出願が拒絶、取り下げをされた場合には、
特許庁長官は真の権利者に新しい特許出願をするよう命じることもできる。なお、
その際の出願日は当初出願が為された日を出願日とみなす旨を命じることができ
る(英国特許法 8 条 3 項)。ただし、新規事項の追加は許されない(英国特許法
76 条)。この制度は出願日遡及制度に相当するものと理解できる。
この場合、善意の原出願人や実施権者は、イギリス国内において発明の実施も
しくは実施の準備をしていた場合には、新出願人(=真の権利者)に対して請求
することで、
(非排他的)ライセンスが認められることとされており、第三者保護
にも配慮がなされている(英国特許法 11 条)。
特許付与後の段階においても、同様の規定が置かれ、真の権利者が特許庁長官
に対して問題を付託することで、特許庁長官が名義移転を命じるか、新たな出願
を為すことを命じることになる(英国特許法 37 条 2 項・4 項)。ただし、特許付
与の日から 2 年が過ぎると、名義移転も再度の出願も認められないが、悪意の特
許権者に対してはその限りではない(英国特許法 37 条 5 項)。
また、旧特許権者から付与されたライセンスその他の権利は原則として失効す
るが(英国特許法 38 条 2 項)、善意の旧特許権者や実施権者は、イギリス国内に
おいて発明の実施もしくは実施の準備をしていた場合には、新特許権者(権利が
移転された場合)又は新出願人(新たな出願が為された場合)に対して請求する
ことで、(非排他的)ライセンス又は実施する資格を得ることができる(英国特許
法 38 条 3 項)とされる。
また、冒認出願は取消原因とされ(英国特許法 72 条 1 項)、特許権者が善意で
ある場合は特許付与から 2 年、悪意である場合は期間の限定なく、真の権利者の
請求により当該特許権は取り消される(英国特許法 72 条 2 項)。
このようにイギリスにおいては、発明者取戻権と出願日遡及制度が併存してお
り、また、第三者の保護については善意の場合について実施する道を開く(既に
実施しているか実施の準備をしているかということが要件とはなるが)ことで調
整を図っていることが特徴的であると言える。
46) イギリスの制度については、工藤(2006)にも概説がある。
以上、簡単ではあるが、諸外国の規定の状況を見てみると、我が国に比していずれ
も真の権利者の保護に手厚いと評価することができるだろう。特にドイツ・イギリス
において発明者取戻権と出願日遡及制度が併存している点、イギリスにおいては実施
する権利を留保することで第三者保護を図ろうとする点は、筆者の主張とも重なる部
分でもある。本稿は比較法による検討を主眼とするわけではないので、ここではごく
簡単に触れるに留めておくが、真の権利者保護を立法的に図ろうとする場合には、こ
れら諸外国の取扱いも大変参考になろうかと思う。
第5章
結語
以上のとおり、現在の日本の法制度上、冒認出願に対する手当は必ずしも十分に提供さ
れているとは言えず、発明者取戻権を一般的に認め、より真の権利者の利益を保護するよ
うに制度が構築されるべきであるというのが筆者の主張である。その際、真の権利者と冒
認者以外の第三者の保護の問題など、さまざまな問題があり得るが、社会的な効率を阻害
しない限りはできるだけ真の権利者の利益を優先させるべきであるというのも、筆者の論
の根幹的な部分である。
第 1 章でも触れたが、
実際に冒認出願が表面的に争いとなるケースは決して多くはない。
この事実を見ると、冒認出願は大きな問題としては取り上げられにくく、発明者取戻権を
立法的に認めようという機運に欠け、直ちに法改正を行うということにはなりにくいだろ
うと思う。旧法において出願日遡及制度によって保護していたものが、現行法においては
引き継がれなかったという法改正の歴史も、真の権利者をより強く保護する改正について
消極的にさせる要素かもしれない。しかし、ここで検討してきたように、冒認出願が発明
のインセンティブを阻害し、また、真の権利者に冒認を防止するための不要なコスト負担
を課すということは、社会的に好ましいこととは考えられず、より効率的な制度を目指す
という意味で、発明者取戻権を認めることは一考に値するものと考える。また、冒認出願
事例は今後、国内だけの問題に留まらず、国境を越えた問題となりうる可能性はますます
高まると指摘する声もあり、いずれは国際的なルールの構築が必要となってくるものと予
想される。その際、我が国の技術を守るという意味でも発明者取戻権は大きな役割を演じ
るものと考えられ、国際的ルール構築の準備段階として、まず国内において発明者取戻権
を明文で整備しておくということにも意義があると考える。
本稿では、これまであまり具体的に踏み込まれてこなかった発明者取戻権の立法論を展
開することを試みた。制度導入の是否については法と経済学の手法により検討し、制度設
計の細かな内容については、これまでの法学的な議論の積み重ねから論点を抽出し、でき
るだけ詳細に検討を加えたつもりである。本稿が発明者取戻権を立法的に議論する際の一
助となることを願いながら、自由に論を展開させていただいたが、議論の精密さに欠いた
部分もあるのではないかと憂慮する部分もある。当然のことながら、筆者の見解に対する
御批判も多くあろうかと思う。今後、さらに議論が展開され、本稿で述べた趣旨が僅かで
あっても参考としていただけるのであれば、筆者としてはこの上なく喜ばしいことである。
末筆になったが、本稿を完成させるにあたり、玉井克哉客員教授(主査)、日高賢治教授
(副査)、紋谷暢男客員教授、安藤至大客員准教授(副査)、安田太助教授(副査)の各先
生方には、お忙しい中いろいろと御指導いただいた。また、知財プログラムに在籍する学
生諸氏からも、多くのアドバイスをいただいた。この場を借りて感謝申しあげたい。
【参考文献】※文中に挙げた参考文献については、対応する略記を記した。
1.玉井(1994):玉井克哉「特許法における発明者主義(一)
」法学協会雑誌 111 巻 11
号 1593-1665 頁 < http://www.ip.rcast.u-tokyo.ac.jp/tamai/files/pdf/B6.pdf >
2.玉井克哉「特許法における発明者主義(二)
」法学協会雑誌 111 巻 12 号 1824-1886
頁 < http://www.ip.rcast.u-tokyo.ac.jp/tamai/files/pdf/B7.pdf >
3.高林(2002):高林龍・判例評論(最判平 13・6・12 民集 55・4・793)判例時報 1776
号 201-207 頁
4.井関(2002):井関涼子「冒認出願に対する真の権利者の救済」同志社法学 53 巻 5
号 1665-1707 頁
5.吉田(2006):吉田広志「冒認に関する考察~特に平成 13 年最高裁判決と平成 14
年東京地裁判決の関係をめぐって~」知的財産法政策学研究 10 号 67-102 頁
< http://www.juris.hokudai.ac.jp/coe/pressinfo/journal/vol_10/10_3.pdf >
6.竹田(1981):竹田和彦「特許を受ける権利の返還請求について」
:パテント 34 巻 7
号 2-9 頁
7.川口(1969):川口博也「『特許を受ける権利』の冒認と発明者返還請求権」商大論
集 21 巻 4 号 29-44 頁
8.中山(1981):中山信弘「発明者の特許出願権」特許ニュース 5700 号 1-5 頁
9.青山(1990-a):青山待子「冒認について<上>」特許ニュース 7813 号 1-6 頁
10.青山(1990-b):青山待子「冒認について<下>」特許ニュース 7814 号 1-6 頁
11.染野(1987):染野義信「立法過程にみる発明者の権利保障」特許研究 3 号 34-40
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12.判解:最高裁判所判例解説(最判平 13・6・12 民集 55・4・793)521-548 頁
13.クリストファー・ヒース(1996):クリストファー・ヒース「日本における発明者
権と冒認」知的財産と競争法の理論 F.K.バイヤー教授古稀記念日本版論文集(マ
ックス・プランク知的財産・競争法研究所編)45-72 頁
14.工藤(2006):工藤敏隆「発明者の認定基準、及び発明者の認定に関する紛争処理
手続」特許庁委託平成 17 年度産業財産権研究推進事業報告書(財団法人知的財産
研究所)
15.田村(2006):田村善之「知的財産法 第 4 版」(有斐閣)
16.高林(2006):高林龍「標準特許法(第 2 版)」(有斐閣)
17.仙元(2000):仙元隆一郎「特許法講義(第三版)」(悠々社)
18.紋谷暢男「知的財産権法概論」(有斐閣、2006)
19.中山編(2001):中山信弘編「注解特許法(第三版)
」(青林書院)
20.百選:別冊ジュリスト「特許判例百選(第三版)」
(有斐閣)
21.W.シュトックマイヤー・安井(1996):W.シュトックマイヤー・安井幸一「ドイツ
知的所有権制度の解説」
(社団法人発明協会)
22.内田貴「民法Ⅰ」
(東京大学出版会、1997)
23.福井(2007):福井秀夫「ケースからはじめよう 法と経済学」(日本評論社)
24.法令全書大正十年第四号(印刷局)