17G-02 作品を「自己完結的美的宇宙」ととらえた場合の「文学の構図」(その3) ――「③表層(表現様態)」について 岩垣 守彦 梗概 作家は,読者を論理的・心理的に納得させるだけでなく,感覚的にも納得させるために 技巧を凝らす.しかし,作家が発信に使う「内的資源(集合イメージ+符牒+感覚情報(文 化・個人)」と読者が受信に使う「内的資源(集合イメージ+符牒+感覚情報(文化・個人)」 は異なるので,作品は共通する言葉の運用ルールによって創られていても,正しく伝わる とは限らない.それはまさに異言語との変換みたいなものである.たとえば,英語圏の人 が「君のことは忘れない=さようなら」と伝えるつもりで I love you forever.と言ったら, 日本語圏の人が「僕は永遠にあなたを愛します」と理解して嬉しく感じるというようなも のである.このような現象は同一言語内でも起きる.言葉にこめた作家の意図・気持ちは 必ずしも正しく伝わるとは限らない.なぜならば,「読む」という行為は「作家語」で書か れたものを「読者語」に変換することだからである.したがって,作品は「有機的統一体」 として,作者にも読者にも所属しない「自己完結的美的宇宙」とらえざるを得ない.する と,作家も読者も頼りにできるのは「言葉に対する自分の感性・知識・想像力」しかない. 「自己完結的美的宇宙」を中にして作家と読者が対峙するというような観点の立った場合, 「物語」の表現様態の違いである小説,劇,詩,歌,俳句などを包括する「文学の構図」 はどのように描くことができるであろうか.①「内的資源(言葉・感性・知識・想像力, など)」,②「深層(発信者と受信者の共通基盤)」,③「表層(表現様態)」,④「評価(発 信者の技巧と受信者の感性)」の内,③について考察する はじめに コンピュータの導入を前提として,言葉というものを「言葉の誕生から文学まで」一貫 して捕らえ直し始めた.コンピュータを利用するには,言葉・感性を,またこの二つの要 素からできている文学を,表面下で支えている論理の論理,感性の論理を見いだして,何 らかの明示的な論理的ルールの中に押さえ込まなければならないし,コンピュータの創っ たものを文学と認める読者側の「文学」を解明しなければならないと思ったからである. それで,「言葉の誕生から文学まで」を考察するにあたって,最初に全体を次のように予想 した. -1- 言葉の社会的機能 言葉の文学的機能 informative function 音(声)の塊\ + expressive function /時間(声・移動・動詞)\ /共通基盤\ 言葉(集合イメージ) イメージ / \空間(形・名詞) → + 創作的翻訳=作品-----文学 / \表現様態/ ↓ ↑ ↑ ↑ ↑ ↓ ↑ ↑ ↑ ↑ ↓ ↑ 言語の発生 ↑ ↑ 解釈的翻訳 評価 ↑ ↑ ↑ ↓ ↑ ↑ 言語運用規則-------------------修辞------------------→論理的納得→共感 ↑ (心的文法) ↑ (イメージ化事例)--------------------感動 ↑ ↑ ↑ (普遍文法)---------------------(原初イメージ) 論理的納得規則 普遍的生得的音塊 イメージ処理規則 これを「受信者(読者)」の観点か見ると,「内的資源(言葉・感性・知識・想像力,な ど)」「深層(発信者と受信者の共通基盤)」「表層(表現様態)」「評価(発信者の技巧と受 信者の感性) 」の関係を次のように図示して説明することができる. ① 「内的資源(言葉・感性・知識・想像力,など)」 ∥ 「言葉(集合イメージ+符牒+感覚情報(文化・個人)」 + 「感性+知識+想像力」 ② 「深層(発信者と受信者の共通基盤)」 「物語」 ↓ 物語原型+情動・衝動による原初的事象展開→表現様態 ↓ 小説 劇 -2- 詩 歌 俳句 ③ 「表層(表現様態) 」 イ.論理情報の伝達 「A(と)は何か?」 「A(と)はB(のこと)である」 (「Aは(BがCするように)Cする」) ↓ 「名詞+動詞」→「主語+述部」=「主題+事例」 ロ.感覚情報の伝達 (表現様態) 「(名詞)+(動詞)」 ↓ 「主部+述部」→事象列――――→小説・劇 ↓ 「主部+述部」→「主題=イメージ喚起事例」→詩・歌 ↓ 「主題×イメージ喚起事例」→俳句 ④ 「評価(発信者の技巧と受信者の感性)」 (極く少数(tiny minority)) 原神話(物語原型) ↑ ↑ ↑ 予定調和 (圧倒的多数(overwhelming majority)) ↑ 派神話(個々の作品) 物語のレベル 受信者のレベル なお,①「内的資源(言葉・感性・知識・想像力,など)」,②「深層(発信者と受信者 の共通基盤) 」に関しては,すでに幾度か説明済みであるので,ここでは③「表層(表現様 態)」について説明する. 2. 「③ 表層」について 「情報」は, 「伝達」の観点から「論理情報の伝達」と「感覚情報の伝達」の二つに大別 -3- することができる. イ.論理情報の伝達 「A(と)は何か?」 「A(と)はB(のこと)である」 (「Aは(Bがするように)Cする」) ↓ 「名詞+動詞」→「主語+述部」=「主題=事例」 「知識・知恵の伝達」には,昔から「問いと答え」(対話・問答)と「言い換え」が使わ れてきた. プラトン(「私とあなたがたと,どちらが正しいのでしょうか」(『ソクラテスの弁明』) 聖書(「何よりもまず,神の国と神の義を求めなさい」マタイによる福音書 6.33,新共 同訳) 仏典(舎利子よ,色即是空,空即是色,であるぞ) 「あなたの教えとは何ですか」「わたしの教えとは,苦と,苦の終焉です」 「優しさとは?」「困っている人に手をさしのべること」 「赤くて丸くておいしいものはなあに?」「リンゴ」 「哲学者とは?」「哲学者(と)は考える人(のこと)である」 これらは,文法的には「名詞」と「動詞」の組み合わせで, 「主部+述部」の関係である. 「名詞」と「動詞」が使われるのは, 「名詞」は「空間・形の表象+感覚情報」 「動詞」は「時間・移動・声の表象+感覚情報」 だからである.この二つを組み合わせると 「(名詞)+(動詞)」→「(主部)+(述部)」→「事象」 となる. これは,文法的には 「名詞+動詞」→「主部+述部」 であり,情報的には 「未知なる主題(topic)」=「既知なる具体的な事例(example)」 の関係である. -4- ロ.感覚情報の伝達 (表現様態) 「(名詞)+(動詞)」 ↓ 「主部+述部」→事象列―――――→小説・劇 ↓ 「主部+述部」→「主題=イメージ喚起事例」→詩・歌 ↓ 「主題×イメージ喚起事例」→俳句 3.事象による感覚情報の伝達 「事象(名詞+動詞)列」は,「物語原型+原初的事象展開」を潜ませると,「感覚情報」 を含む「事象列(物語) 」になり得る.それは「名詞」には「感覚情報」が含まれているか らで,たとえば, 太陽が天から降りて,地上のインディアンの娘と交わって去った.娘は男の子を生んだ. という物語は 「存在が存在と交わり,その存在は次世代の存在を生む」 という「物語原型+原初的事象展開」に (美しくたくましい)男が(若くて美しい)女と交わって去った.女は(元気な玉のよ うな)男の子を産んだ. という「感覚情報」を含ませたものである. そして,この物語が「物語原型」の一つであり,筋立てが「原初的事象展開」であるこ とから,言語を超越した普遍性を持つ.英語で書かれた物語を別の言語に翻訳して,それ を読者が自分語に変えて,心に感動を喚起することができるのである.小説,劇などはこ の技巧を使うことになる. 4.受信者の「内的資源」を活性化する「イメージ化」の技巧 イギリス伝統のエッセーを書く最後の人と言われたローリー・リーはあるエッセーで「男 は目で惚れ,女は耳で惚れる」と書いた. 鳥たちの雄が鳴き声で雌を獲得するのは,鳴き声で雌の「情動」を刺激するからである. -5- シラノ・ド・ベルジュラックは耳(言葉)で女を惚れさせたが,彼は符牒を巧みに使って 「情動」(心)を刺激することができたからである.その場合,昔から用いられてきた技巧 は「イメージ」を複合的に提示して,受信者に融合させるという方法である. たとえば, 『ポケットオックスフォード辞典』で 「六月」(June) を引くと, 「バラと夏至 の月」(associated with roses and midsummer) となっている.この符牒列を読むと「バラ の花」が目に浮かび,「香り」が思い出され,「蜂の羽音」が耳に聞こえてくる.符牒から 具体的なイメージが瞬時に浮かびあがって心が動く.「六月は気持ちのよい月」というよう な心象形容詞を使われても心は動かないが,名詞が「イメージ喚起的融合(imaginative fusion)」を起こすように巧みに使われると,その名詞に含まれている「感覚情報(イメー ジ)」が心の動きを引き出すのである. この技巧は 「主部+述部」 ↓ 「主題 (topic) = 事例 (example)」 ↓ 「主題 (topic) = イメージ喚起事例 (image-evoking example)」 と変えることによって,受信者の心に「統合感情」を喚起するのである.たとえば, 主部 +述部 主題 =イメージ喚起事例 My heart is like a singing bird. 私の心は 囀る小鳥のように My love is like a red, red rose. 僕の恋人は 赤い赤いバラのように You are a tulip seen today. 君は 今日一緒に見たチューリップのように(かわいい) She walks in beauty, like the night. 彼女の 歩く姿は美しく,まるで夜のように(しめやかだ) 総合感情 (軽やかに弾んでいる) (激しくて美しくい) など.どれも詩の中の一行で,最初と二番目は有名な「明喩 (simile) 」であり,三番目 も有名な「隠喩 (metaphor) 」で,いずれも「視覚化(visualize)」の技巧を使っているもの である. 英語では「主部+述部」の構造を崩すことは出来ないので,文法的な「主部+述部」の 関係が,そのまま情報的に「主題 (topic) = 事例 (example)」の関係になる.その際に「事 -6- 例 (example)」を「視覚化 (visualize)」して,「主題=イメージ喚起事例 (image-evoking example)」に変えることによって「感情喚起表現」が可能になるのである.有名な T. S. Eliot の詩 The Waste Land の冒頭, April is the cruelest month, breeding Lilacs out of the dead land, mixing Memory and desire, stirring Dull roots with spring rain. (T. S. Eliot: The Waste Land) 四月は残酷極まる月だ リラの花を死んだ土から生み出し 追憶に情欲をかきまぜたり 春の雨で鈍重な草根をふるい起すのだ. (西脇順三郎・訳) も , そ の よ う な 「 主 題 (topic) = 事 例 (example) 」 と 「 主 題 = イ メ ー ジ 喚 起 事 例 (image-evoking example)」「視覚化」の組み合わせで出来ている.つまり, {主題 (April) = 事例 (is the cruelest month)}+イメージ喚起事例 (breeding Lilacs out of the dead land)+事例(mixing Memory and desire)+イメージ喚起事例(stirring Dull roots with spring rain) である. Emily Dickinson の有名な詩も「イメージ喚起事例」である. Because I could not stop for Death, He kindly stopped for me; The carriage held but just ourselves And Immortality. 死のために止まることが出来ないので, 死が親切にも私を迎えに来てくれた. 馬車に乗っているのは二人だけかと思ったら 不死も一緒だった. -7- と,「死」という主題が,墓地に埋葬するために棺を運ぶ馬車が来て,棺を乗せて出発する という「イメージ喚起事例」で示されている. 日本語の場合は,「文」の構造を必ずしも明示的に「主部+述部」に保つ必要がないし, 「主部+述部」の関係では説明できない表現(たとえば,「英語はどうだった」「難しかっ た」:象は鼻が長い.など)があって特殊である. したがって,欧米の言語にはない表現形態をとることもできるが,欧米の言語と同じよ うな表現形態, 「主部+述部」→「主題=事例」→「主題=イメージ喚起事例」 で,感情を喚起することもできる.たとえば, いつのまに もう秋! 昨日は 夏だった・・・おだやかな陽気な 陽ざしが ひとところ 林のなかに ざわめいている 草の葉のゆれるあたりに (立原道造「また落葉林にて」) のように. 次に,日本語では「主部+述部」の関係を必ずしも明示する必要がないという特性があ るので「主部+述部→主題=イメージ喚起事例→統合感情」という加算的な関係にするこ となく,「主題」と「イメージ喚起事例」を直接つないで 「主題」×「イメージ喚起事例」 という積算的関係で,発信者は受信者の感覚情報を刺激して「感情・感動」を喚起するこ とができる.それは西欧の詩の影響を普通の日本人より多く受けた西脇順三郎の詩にも言 うことができる.たとえば, あかまんまの咲いてゐる どろ道にふみ迷ふ 新しい神曲の初め (西脇順三郎:旅人かへらず 113) は,文法的な「主部+述部」(あかまんまの咲いている)が一部含まれてはいるが,「迷う」 -8- という動詞の「主語」は明示されていないし,また「あかまんまの咲いているどろ道に迷 う」と「新しい神曲の初め」との間に文法的な関係はない.しかし, イメージ喚起事例(あかまんまの咲いているどろ道に迷う) × 主題(新しい神曲の初め) という積算的関係から,受信者は「ふみ迷ふ」と「神曲」という言葉を手がかりに「あか まんまの咲いているどろ道にふみ迷ふ」と「森にふみ迷う」が対比されていることに気づ く.そして,「(ダンテの『神曲』で)かつて森に迷い込んで知を求めた人間」と「その知 によって荒廃した泥濘に迷い込まざるをえなくなった(現代の)人間」とのイメージが重 なり,「心許なさ,不安,さらには,知的動物たる人間の宿命的な悲しさ」という「統合感 情」を心に喚起する. このように,西脇順三郎の詩は「主題」×「イメージ喚起事例」という積算的組み合わ せ を 使 う こ と に よ っ て , 受 信 者 に 論 理 的 ・ 心 理 的 納 得 だ け で な く ,「 イ メ ー ジ 融 合 (imaginative fusion)」を起こさせて感覚的納得も与えているのである. したがって,この詩は, 街燈は 夜霧にぬれるためにある(白泉) 主部 +述部 主題 =イメージ喚起事例 より,よほど俳句的になっていている. というのは,この技巧は,西脇順三郎独特なものではなく,実は,日本独特の「俳句」 の技巧だからである.したがって,この「主題 (topic)」×「イメージ喚起事例 (image-evoking example)」という積算的な技巧を導入すると, 「主部+述部」の関係では説明できない俳句, たとえば 「菜の花や月は東に日は西に」(蕪村) も 主題(菜の花)×イメージ喚起事例(月は東に日は西に) ととらえることができる.「菜の花」(主題)がもっとも美しい情景というと,「月は東に日 は西に」(イメージ喚起事例)であって,光が真横からさす彼岸の頃のあの一瞬だ,という -9- のである. こ の よ う に 見 て く る と , 日 本 語 の 場 合 ,「 感 情 を 喚 起 す る 技 巧 」 (creative writing techniques) には,原理的には ① 名詞には感覚情報が含まれているから「名詞」を並べるだけでもよい. 形容詞も含まれるが北園克衛の詩など,この部類に属する. ★ 白い食器/花/スプウン/春の午後3時/白い/白い/赤い ★ プリズム建築/白い動物/空間 ★ 青い旗/林檎と貴婦人/白い風景 ★ 花と楽器/白い窓/風 北園克衛「記号説」 (の最初のところ) ② 「物語原型+原初的事象展開」を深層に潜めて「事象」を並べるだけでもよい. あはれ花びらながれ をみなごに花びらながれ をみなごしめやかに語らひあゆみ うららかの跫音空にながれ をりふしに瞳をあげて 翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり み寺の甍みどりにうるほひ 廂々に 風鐸のすがたしづかなれば ひとりなる わが身の影をあゆまする甍のうへ 三好達治「甍のうへ」 目には青葉山ほととぎすはつ松魚(山口素堂) 海を視る海は平らにただ青き (桂 信子) Cf. You smiled, you spoke, and I believed ③ (W. S Landor) 「主題 (topic)・主部 = イメージ喚起事例 (image-evoking example)・述部」 - 10 - 「この味がいいね」と君が言ったから7月6日はサラダ記念日 ----俵 万智:『さらだ記念日』 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った.(安西冬樹) 《蝶来タレリ!》韃靼ノ兵ドヨメキヌ(辻政夫) ④ 「主題 (topic) × イメージ喚起事例 (image-evoking example)」 これが俳句の仕組みに相当する.たとえば, 住みつかぬ旅のこころや置き火燵(芭蕉) は「文」(主部と述部からなるもの)ではない.この句の「や」を「は」に変えると 住みつかぬ旅のこころは 置き火燵 主部 +述部 主題 =イメージ喚起事例 となって,「主題」と「イメージ化事例」の積算関係が崩れて「主部+述部」(主題=イメ ージ喚起事例)の加算関係になる.リズムは定型通りであり,季語も含まれているが,俳 句ではなくなってしまう.また, 秋の夜や旅の男の針仕事 (一茶) という句を「主部+述部」の関係になるように書き換えてみる. 秋の夜に旅の男が針仕事 リズムは「575」であり,季語も含まれているので,人によっては俳句とするかもし れない.しかし,これは 秋の夜に 時の副詞句 旅の男が 針仕事 +主部 +述部 主題 =イメージ喚起事例 - 11 - と分解することができて,「主部+述部」(主題=イメージ喚起事例)という関係に変わる ので,これも,先に示した英語の詩の,たとえば, 主部 +述部 主題 =イメージ喚起事例 My heart is like a singing bird. 私の心は 囀る小鳥のように 統合感情 (軽やかに弾んでいる) と同じ構造になり, 副詞句 In an autumn evening 主部 述部 A traveling man 秋の夜に 旅の男が is busy Patching. 針仕事 のように英語に変換することが可能になるが,俳句ではなくなる. 感情伝達の中心になる名詞が,前の句は「旅のこころ,置き火燵」,後の句では「秋の夜, 旅の男,針仕事」と同じであるから,受信者の中には「統合感情」が前の句では「落ち着 かない」,後の句では「わびしい」と喚起されるかもしれないが,どちらの句の場合も,主 題が消えて主語が生まれ,伝達の比重が「主題」から「主部」に変わって単なる情報の伝 達になる.「論理」が先行して「感情」が付随的になってしまう.言い換えると,異質のも のをイメージ喚起的に論理を超えてぶっつけ合わせて,一つの感覚的世界を創るという衝 撃が消滅して「俳句」ではなくなってしまうのである.(俳句が翻訳されて理解されている のは,このように「主部+述部」に移行させることの出来る句である.「菜の花や月は東に 陽は西に」は翻訳できない.) 「異質のものをイメージ喚起的に論理を超えてぶっつけ合わせる」というのは,要する に 「主題 (topic) × イメージ喚起事例 (image-evoking example)」 という組み合わせで「視覚化する」(visualize) ことで,もういくつか例を加えると,たと えば, 身にしむや亡妻の櫛を閨に踏(蕪村) の句は,自分の亡き妻を偲ぶ心境を詠んだのではない.この句を詠んだとき,蕪村の妻は まだぴんぴんしていた.蕪村は「身にしむ」(主題)に対してどのようなイメージ喚起事例 - 12 - を用意すれば受信者に「妻を亡くした男の寂しさ(統合感情)」を喚起させることができる か意識的にかつ綿密に考えて「亡妻の櫛を閨に踏」 (イメージ喚起事例)を選んだのである. 母の手をふり切っていく五月かな(佐藤郁良) この句は「物語原型」の「コア事象」の一つである「成熟(母から自立=父の承認・父 性への憧れ・未知なるものの探求) 」の「原初的事象展開」の一こまとして,入園した4月 には決して起こらないが五月には必ず起きる絵として鮮やかに切り取られて,若葉の萌え る「五月」(主題)と子供の成熟の始まりの「母の手をふり切っていく」(イメージ喚起事 例←視覚化)を組み合わせて,受信者に「イメージ喚起的融合(imaginative fusion)」を喚 起させるのである. このように感覚情報の伝達の表現様態を, 「文構造」 (主部・述部)と「情報構造」 (主題・ 事例)とを組み合わせることによって,「主部+述部」で伝達する欧米の表現様態と「主部 +述部」を必ずしも必要としない日本語の表現様態を,論理情報の伝達を含めて,一つの 法則性で説明・処理することができるのである. 参考文献 井上宗雄・武川忠一(2001)『新編和歌の解釈と鑑賞事典』(東京,笠間書院) 岩垣守彦 (1999) 大分大学「「文学の構図」と「共感のための選択肢」 」 岩垣守彦 (1999) 山梨大学「言語学と文学」 岩垣守彦 (2000) 玉川大学「予定調和を超えたものを計量できるだろうか」 岩垣守彦 (2000) 大阪大学「「イメージの形成と言語発生のモデル」から「文学のモデル」 へ」(日本認知科学会テクニカルレポート(文学と認知・コンピュータ6)) 岩垣守彦 (2002) 人工知能学会「「物語」のための「事象」の配列法則について」 岩垣守彦 (2002) To formulate a story-making and literature-making equation, the second IEEE SMC International Conference on system, Man and cybernetics: System Narratology: Cognitive and Cmoputational Approach to Literature in Hammamet, Tunisia. 岩垣守彦 (2003) On Making Readable Stories by Using a Story-making Formula, the International Conference of Cognitive Science Society, Sydney. 岩垣守彦 (2004) 物語から文学へ変容のための文学的技巧について,第18回人工知能学会 全国大会,ことば工学ワークショップ,石川厚生年金会館,金沢. 岩垣守彦 (2006) 「言葉」で新しいイメージを作ることはできるか,ことば工学,神奈川大 (2006/08/05). 岩垣守彦 (2006) 言葉とイメージと映像と想像力の問題,日本認知科学会ワークショップ, - 13 - 中京大(06/08/04). 岩垣守彦 (2006) 「物語」について,電通物語研究会,電通本社(06/11/09) 岩垣守彦 (2007) 発信される「表現」と受信について,ことば工学,東京外大(070316). 岩垣守彦 (2007) 感覚刺激の観点から感情喚起の方法を探る(第 13 回 LCCⅡ例会(近畿大) 岩垣守彦 (2007) 深層に沈んでいる感情を表層で波立たせる―intertextuality の原点的考 察(071214 ことば工学,阪大) 岩垣守彦「読む」とは「創る」こと――「表現技巧」について (ことば工学(神奈川大 2008/3/28) 岩垣守彦「日本語における感情喚起の表現をデータ化する」 (2008/06/14,人工知能学会全 国大会ワークショップ(ことば工学)(旭川) 岩垣守彦「勝手読み」(080712,LCCII,岩手県立大) 岩垣守彦「「勝手読み」について」(2008/09/05,認知科学会ワークショップ,同志社田辺 キャンパス) 岩垣守彦「受け手の心に感情を喚起させる「言葉のデザイン」――俳句の場合」 (2008/10/31, ことば工学,武蔵野美大新宿キャンパス) 岩垣守彦「内海さんの「赤い声」を生かすためには――メタファーの要件と創出」 (2008/11/15, LCCII 第 13 回研究例会,広島大) 岩垣守彦「感覚情報の伝達――受け手の心に感情を喚起させる言葉の技巧」(2008/12/20 LACE 第 13 回年次研究会,明治学院大) 尾形仂(2000) 『新編俳句の解釈と鑑賞事典』(東京,笠間書院) 佐藤郁良『海図』(2007/07/19, 東京,ふらんす堂) 小海永二『現代詩の解釈と鑑賞』(1979,東京,旺文社) 鈴木裳三『日本のなぞなぞ』(1986,東京,岩波書店) 長谷川櫂『一億人の俳句入門』(2005/10/24.講談社) 吉田精一・分銅惇昨編『近代詩鑑賞辞典』(1969,東京,東京堂出版) Borges. Jorge Luis (2000): This Craft of Verse, Harvard University Press, Cambridge(ホ ルヘ・ルイス・ボルヘス 鼓 直訳 『ボルヘス,文学を語る――詩的なるものをめぐ って』(2002, 東京,岩波書店) Riffaterre, Michael(1978) Semiotics of Poetry. Indiana University Press(斉藤兆史訳 (2000)『詩の記号論』東京,勁草書房 - 14 -
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