中学第一分野 簡易型気体発生装置のマイクロ化 岡山県倉敷市立多津美中学校 難 波 治 彦* (業績分担者)岡山県井原市立高屋中学校 (業績分担者)金光学園中学高等学校 (業績分担者)岡山県倉敷市立多津美中学校 目 蠡.装置の原理 的 社会の変化と共に子どもの生活環境も変化し、安全 認識も同様に変化している。山田・松村の研究 1)によ れば、報告のあった 1957 年から 2005 年 10 月までの間 に学校で起こった事故 116 件中、理科の実験に関する ものは 48 件あり、事故の 4 割を占めている。中でも小 中学校では発火・爆発に関係するものが 58%あり、気 体発生実験も例外ではない。そこで、荻野らが提唱す る Microscale chemistry 実験 2)を参考に、危険も少な く、仮に事故が起こっても最低限の被害にとどめる方 法として「簡易型気体発生装置のマイクロ化」に取り 組んだ。 装置は身近にある材料を用いて、簡単に、安価でだ れでも作製でき、個人実験または 2 人一組実験で、安 全に、短時間で行うことができ、通常スケールの実験 と同等あるいは、それ以上の教育効果をあげることを 目的とした。 概 小型試験管にシリコン栓を取り付け、それにプラス チック製三方つなぎを挿入し、一方に反応試薬を入れ たプラスチック製注射器をつなぐ。プラスチック製三 方つなぎは芯を抜き取った導線の被覆を取り付けてい るため、反応試薬の溶液はその被覆内の穴を通って小 型試験管内に導かれ、試験管内に入れた他の反応物と 化学反応を起こして気体が発生する。 発生した気体はプラスチック製三方つなぎを経由し て確認試験管に導かれる。 教材・教具の製作方法 蠢.使用材料 小型試験管(7cm3) プラスチック製注射器(2.5cm3) プラスチック製三方つなぎ 導線の被覆(φ 1.5mm) シリコン栓(φ 10mm) シリコン管(φ 7mm) 接着剤(セメダインスーパー X) 透明ケース 要 蠢.特徴 従来の気体発生装置は、三角フラスコや試験管にそ れぞれの薬品を加えて、発生する気体を捕集するのが 一般的であった。一方、安全対策として注射器やフィ ルムケースを用いた先行研究 3)もすでに存在するが、 反応速度の調整が難しかったり、捕集に注目するあま り発生装置内での化学反応の様子を確認していない場 合もあった。そこで、少量でも装置全体の様子を確認 しながら、実験者のペースに合わせて、安全に目的の 気体を発生させて、気体の主な性質も同時に確認がで きるようにした。 * ** *** **** 28 鷹 家 克 孝** 故 引 恵一郎*** 木 下 敬 司**** 蠡.作製方法 1. 直径 1.5mm、長さ 5cm の導線の芯をニッパーで抜 き取り被覆のみとする。 2. プラスチック製三方つなぎ内に挿入して周囲を接 着剤で固定する(写真 1 上)。 3. シリコン栓にプラスチック製三方つなぎを挿入 (同様の方法で探究学習用として被覆の長いもの も作製した)。 4. 片方に注射器をシリコン管で連結する。また、小 〒 710-0031 岡山県倉敷市有城 986 蕁 (086) 429-1222 E-mail [email protected] たかいえ かつたか 岡山県井原市立高屋中学校 教頭 〒 715-0024 岡山県井原市高屋町 2-9-1 蕁 (0866) 67-0338 こびき けいいちろう 金光学園中学高等学校 講師 〒 719-0104 岡山県浅口市金光町占見新田 1350 蕁 (0865) 42-3131 きのした けいじ 岡山県倉敷市立多津美中学校 教諭 〒 710-0031 岡山県倉敷市有城 986 蕁 (096) 429-1222 なんば はるひこ 岡山県倉敷市立多津美中学校 教諭 型試験管の上部をシリコン管で覆う。 5. 注射器内に反応試薬を適量とり写真 1 の下のよう にセットして、透明ケース内に収める。 6. 注射器内の反応試薬は被覆内の穴をとおり小型試 験管内に導かれ、試験管内に入れた他の反応物と 化学反応を起こして気体が発生する。 7. 発生した気体はプラスチック製三方つなぎを経由 して次の小型試験管内に導かれる。 装置の構造図を図 1 に示す。 蠱.安全対策 個人実験または 2 人一組実験で、観察、実験を安全 に行うために以下のような対策をとった。 1. 使用する薬品の濃度が濃かったり、量が多すぎ たりすると急に激しい反応が起こって事故につな がる可能性が高くなるので、適切な実験の条件 を確認した(写真 2、表 1 に筆者らの行った例を 示す)。 2. 小型試験管は透明シリコン管で覆ったのち、透明 ケース内で反応の様子を確認する。 3. 注射器内の薬品を一度に加えないで少量ずつ加える。 4. 日常生活用品の目的外使用には十分注意を払い、 必要最小限度の量を使用。 5. 十分な換気をする。 6. 保護眼鏡を着用させる。 三方つなぎの加工 三方つなぎを使った反応容器 写真 1 三方つなぎの加工と反応容器 写真 2 身近な生活用品で気体を発生するもの ⑥ 表 1 安全確認実験 ① 発 生 方 法 反応試薬 ② 酸 素 ③ 過酸化水素水(5%、2cm3) + 二酸化マンガン (0.3g) 風呂釜洗浄剤 1g(過炭酸ナトリウム:0.5g) + 湯(約 60 ℃、6cm3) ④ ⑤ 水 素 塩酸(15 %、1cm3) +マグネシウム (0.2g) アンモニア 濃アンモニア水(2cm3) を加温 塩酸(15 %、1cm3) +石灰石(0.5g) 二酸化炭素 発泡入浴剤(0.5g) +湯(約 60 ℃、4cm3) ベーキングパウダー (0.3g) +酢酸(15 %、1cm3) 他の反応物 A B 3 確認試験管 ①プラスチック製注射器 (2.5cm ) ②プラスチック製三方つなぎ ③シリコン栓 (φ10 mm) ④導線の被覆 (φ1.5 mm) A:BTB溶液 3 B:石灰水 ⑤小型試験管 (7 cm ) ⑥シリコン管 (φ7 mm) 塩 素 塩素系漂白剤(1g) +塩酸(15 %、1cm3) *気体約 40cm3 集めるのに使った薬品量。 *規定量の 2 倍においても安全性は確保された。 図 1 装置図 29 学習指導方法(探究学習を取り入れた実験例) 写真 7 酸素系漂白剤(過炭酸ナトリウム)にお湯 を加えて水上置換で捕集。 写真 3 石灰石と塩酸の化学反応。発生した気体は、 中央の小型試験管を経由して右の小型試験 管に導かれるため、短時間に気体の性質が 確認できる。中央小型試験管には BTB 溶液、 右小型試験管には石灰水が入れてある。 写真 8 火のついた線香で確認。 写真 4 ベーキングパウダーと酢酸の化学反応。 小型試験管には石灰水が入れてある。 実践効果 蠢.アンケート分析 写真 5 アンモニア水の加温。プラスチック製注射 器にアンモニア水を取り、加温してある小 型試験管内に加え、発生したアンモニアガ スを上方置換で捕集。 写真 6 アンモニアの噴水。水の入った小型注 射器を写真のように挿入するだけで アンモニアの噴水が確認できる。写真 は、興味を示す外人講師。 30 本教材の学習効果を実験後のアンケートをもとに Fisher の直接確率計算によって分析を行った。 項目 1.授業後生徒(N=33)の「学習に対する興味」 直接確率計算(両側検定)の結果、相対的に「楽しい」 と答えた生徒は有意であった(p=0.000、P <.01)。割合 では 91%であった。その理由の中で最も多かったのが 「先生が楽しそうだったから」「新しい実験方法だった から」「環境に配慮した実験」「少量で多くの実験がで きる」「マイペースで実験ができる」だった。 項目 2.「学習内容の理解度」 直接確率計算(両側検定)の結果、相対的に「役だっ た」と答えた生徒は有意であった(p=0.000、P <.01)。 割合では 88%であった。その理由の中で最も多かった のが「石灰石、貝殻、コンクリート、卵のから等に塩 酸を加えると二酸化炭素が発生したので、その主成分 は炭酸カルシウムだということが分かった」「発泡入 浴剤にお湯を加えると二酸化炭素が発生する」「風呂 釜洗浄剤の主成分である過炭酸ナトリウムにお湯を加 えると酸素が発生した」「発生方法がちがっていても、 同じ気体を発生させることができる」「アンモニアは 水によく溶けることが分かった」であった。 項目 3.「日常生活用品で気体発生に注意をするよう になったか」 2 χ 検定を行った回答は偶然に生起したものではなかっ た(χ2(2)=35.636、p <.01)。ライアンの名義水準を用 いた多重比較の結果、 「なった」という回答は「ややなっ た」 「ならない」 と比べて有意に多かった (p < 0.0002)。 割合では 82%であり、多くの生徒が日常生活用品でも 扱い方によっては有害な気体の発生があり、注意の必 要性を感じとったことが分かる。結果を表 2 に示す。 心を深めることができ、環境にやさしい実験といえる。 廃棄物を出してから処理するのではなく、そもそも 出さないようにすることは中学校におけるグリーンケ ミストリー*ともいえる。 表 2 授業後のアンケート結果 授業の感想を教えてください。なおアンケートは今後の授業改善に役立て るもので成績とは関係ありません。 1 この装置を使っての授業は楽しかったですか。 人数 楽しい やや楽しい やや楽しくない 楽しくない 【楽しかったと感じた理由は何ですか】 割合% 25 5 2 1 91 27 2 3 1 88 27 5 1 82 15 3 9 2 この装置を使った学習は、内容の理解に役立ちましたか。 役立った やや役立った やや役立たない 役立たない 【役立ったと感じた理由はどんなところですか】 12 3 「日常生活用品で気体発生に注意をするようになったか」 なった ややなった ならない N=33 4 先生の実験装置をさらによい物にするにはどんなことが考えられますか。 5 その他、気のついたこと 蠡.生徒の感想(抜粋) 1. 少量の薬品でも、たくさんの実験ができてとても 楽しかったです。少しでも倉敷川の環境が守られ るような気がしました。 2. 短時間で実験ができ、環境にも優しいすばらしい 実験方法だと思った。 3. 教科書の実験 4)だと時間がかかるため、数種類し か実験ができない。でもこの装置だと多くの実験 ができる。また、使用する薬品量も少ないので環 境にも優しい。おまけに変化が一目で分かって、 後片付けも楽ちんでとっても良い方法だと思う。 4. わかりやすくて大変良いが、テストなどでは教科 書の実験が出るので少し戸惑うかも。 5. 日常生活用品(カビ取り洗剤、トイレ用洗剤)で も混ぜると有毒ガスを発生する。 「混ぜるな危険!」「換気注意!」の意味がよく 分かった。 蠱.環境・安全教育の立場から 1. 試薬の節減をすることができる。 2. 実験廃棄物の少量化につながる。 3. 省資源、省エネルギーになる。 4. 危険が少なく、事故が防止できる。 5. 実験の準備、片付けが簡単にできる。 6. 実験環境の改善につながる。 7. 経費の節減につながる。 など、実験を通して危険を認識し、回避する能力を養 うことができる。また、環境問題についても生徒の関 蠶.学習支援の立場から 1. 生徒の学習意欲が高まる実験方法である。 2. 実験に使用した各パーツは、放課後生徒と共に作 製したが、授業時間に余裕があれば授業の中で 「ものづくり学習」5)として導入すことができる。 3. 実験時間も短く、結論も導きやすい。 4. 反応速度が調節できるため個人のペースで実験を 進めることができる。 5. 個別実験または 2 人一組実験のため、積極的に実 験に参加することができる。 6. 個に応じた指導がしやすい。 7. 探究学習、発展学習を取り入れやすい。 以上のことから「簡易型気体発生装置」実験は、個 人の考えを導入しやすく、生徒の興味・関心を高め、 学習内容の理解にも役立ち、環境教育、安全教育にも 有効である。また、生活の中で生きて働く知識になる ため通常のスケール実験と同等あるいは、それ以上の 教育効果をあげることがわかった。 その他補遺事項 蠢.本作品は、福武教育文化振興財団の支援によりな された研究成果の一部である。 蠡.本作品に使用した「プラスチック製三方つなぎ」 は観賞魚用品でホームセンター等で購入できる (1 個数円)。 蠱.*グリーン・サステイナブル ケミストリー (GSC)の基本理念:化学に係わるものは自らの社 会的責任を自覚し、化学技術の革新を通して「人と 環境の健康・安全」を目指し、持続可能な社会の実 現に貢献すること。 参考文献 1) kana YAMADA,Keiko MATUMURA :奈良教 育大教育実践総合センター研究紀要,Vol15,61 (2006). 2) 荻野和子:化学と教育,49、110(2001) . 3) 福島県教育センター研究紀要第 66 号,中学校理 科の学習指導に関する研究,フィルムケースなど を用いた「気体発生装置の製作と実験」の指導 http://www.db.fks.ed.jp/txt/60000.kiyou/kiyou_0 66/html/00063.html. 2008.11 現在. 4) 未来へひろがるサイエンス,啓林館,55(2006) . 5) 中学校学習指導要領解説 理科編,文部科学省, 99(2008). 31
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