現場で役立つ衛生管理のポイント ―牛肉の取り扱いを中心に― 2011 年 9 月発行 米国食肉輸出連合会 目次 はじめに 第 1 章 安全性は取引の前提条件 1-1 食肉の安全性に対する消費者の関心............................................................................................1 1-2 衛生管理はそもそも付加価値ではなく、企業活動の基本 .............................................................1 1-3 経営者の理解と繰り返しの従業員教育がポイント ..........................................................................2 1-4 安全性は取引の前提条件.............................................................................................................3 第 2 章 リスクとは何か 2-1 リスクとは...........................................................................................................................................4 2-2 どんな食品にもリスクはある .............................................................................................................4 3-3 食中毒の発生頻度 ..........................................................................................................................5 2-4 最低限できる取り組みを徹底するだけで、リスクは 100 分の 1 にできる .......................................6 2-5 「肉には衛生管理が不可欠である」という基礎知識がまず必要.....................................................6 2-6 リスクの低減は科学的な根拠に基づく ............................................................................................7 第 3 章 なぜ予防措置が必要か 3-1 衛生管理に関わるリスクは常にある.................................................................................................8 3-2 食中毒事故は重い...........................................................................................................................8 3-3 食品を扱う企業にとって最大の経営リスク ......................................................................................9 3-4 消費者は「衛生管理された商品」にプレミアム価格を支払う..........................................................9 3-5 まずは企業が自己診断チェックを行うことが必要 .........................................................................10 第 4 章 衛生管理の重要性 4-1 衛生管理は、安全と儲けの両方が得られる.................................................................................. 11 4-2 O157 とその対策 ............................................................................................................................12 4-3 3 つの食中毒群と共通の対策 .......................................................................................................15 4-4 食材と関連資材の仕入れと作業場搬入後の安全な保管方法....................................................18 4-5 外からの汚染が入らないようにする ...............................................................................................20 4-6 仕事の動線と場所を決めて、コストダウンと安全を実現する ........................................................22 4-7 清掃・洗浄をやりやすくする...........................................................................................................25 4-8 清掃・洗浄の頻度を決める(毎日、毎週、毎月、年) ....................................................................28 4-9 温度と湿度で安全確保..................................................................................................................32 4-10 調理器具を分ける。取っ手やスイッチにも注意 ............................................................................35 4-11 個人の衛生管理 ............................................................................................................................38 4-12 教育・認識 ......................................................................................................................................41 4-13 検査、運営の仕組みを作る ...........................................................................................................44 4-14 改善事例 ........................................................................................................................................47 4-15 便利グッズ:これから導入を考えているならご紹介 .......................................................................50 第 5 章 食の安全は国際的基本的事項 5-1 米国での食の安全をめぐる動き ....................................................................................................54 5-2 米国の食の安全確保の背景 .........................................................................................................55 はじめに 2011 年 3 月に発生した東日本大震災および、福島第 1 原発事故により被災されました方々および 業界関係者の方々に対し心よりお見舞い申し上げます。 この度の未曾有の災害が、農業のみならず食品関連の産業界へも多大な影響を及ぼしていること は言うまでもありません。単なる生産減といった影響にとどまらず、放射能汚染という新たな食の安 全性につながる不安材料が、消費者の食肉への需要拡大に大きなブレーキとなっています。同時 に出血性大腸菌に汚染された牛肉による死者を伴う食中毒事故は、食肉の生食に対する新たな 規制へと政府を動かし、食品を取り扱う現場における衛生面での企業の取り組みの重要性を社会 的にも再認識させることとなりました。 安全性は食品業界の前提条件であるということは広く理解されています。しかし、衛生管理への取 り組みの現状に目を向けると、衛生管理を徹底するためには、人、費用、時間、そして専門知識を 要求されるため、企業として十分な対応が難しいという状況も否定できず、経営者の方々には頭の 痛い問題なのではないでしょうか。一方で、消費者は「安全、安心」への企業努力を要求しており、 この条件を満たせない企業はおのずと社会的制裁を受けることになります。この点は日米の食品 業界が直面する共通した課題であるといえるでしょう。 また、食品の安全性において消費者を守る手段を構築することが、結果として企業自身や業界全 体を守ることにつながります。 米国食肉輸出連合会では、食品業界の皆様に、作業現場での日頃の衛生・安全性管理の再確認 にご参照いただくことを目的に、「現場で役立つ衛生管理のポイント」を作成いたしました。HACCP でも言われているように、完成した商品、製品をコントロールするだけでなく、生産、調理過程をコ ントロールすることは、より信頼できる商品の提供につながると同時に、問題発生時の迅速な原因 究明と対応を可能にします。 今回は実務上のポイントを考慮した衛生管理の基礎編を作成いたしました。より信頼できる商品づ くりにお役立ていただければ幸いです。今後、皆様方からのご意見を頂戴しながら新たな参考資 料を作成し、食品業界の更なる発展に貢献できればと願っております。 米国食肉輸出連合会 第 1 章 安全性は取引の前提条件 1-1 食肉の安全性に対する消費者の関心 2011 年に発生した病原性大腸菌 O111 による食中毒は、4 名の死者を出した痛ましい食品事故でしたが、この ことは「食肉による食中毒が『衛生管理の不徹底』の結果として発生し得るものであること」、そして「そのリスクは 決して小さくないこと」を、消費者が認知するきっかけになりました。 これまで食肉に関する安全性といえば、BSEに関するものが、その実際のリスクの大きさに反して大々的に取り 上げられてきました。そのため、BSE よりもはるかに大きいリスクである「食中毒のリスク」に関して忘れられてしま うという現象が生じていましたが、実際に死者が出た今回の事故によって、食中毒の危険性に関する認識は高ま ったものと思われます。 加えて述べると、食肉の食中毒に関する消費者の認知は、ややリスクを誇大に認識している傾向もあり、若干、 風評被害の域に達するほどに、消費者が消費を差し控えるような状態も発生しています。すなわち、消費者にと って「衛生管理の徹底」の状況がわからない場合、牛肉そのものを消費しないという行動になっていっているの です。このことは、食肉市場全体を縮小させてしまう可能性すらあり、対策を行って回避しなければならないこと です。食肉全体への「消費者の不安」が、すなわち「食肉は危険なものである」という誤った認知として消費者に 広がらないように、手を打たなくてはなりません。それほどまでに消費者の食肉の安全性に対する意識は高まっ ており、加えて今後どのような対策がとられるかということに、消費者は注目しています。 その一方で「衛生管理の徹底」とは、行政のサポートの有無にかかわらず、結局は食肉を扱う経営体が自ら行 わなければならないことであると同時に、食肉の流通過程にいる全員が行わなければ、最終的な食肉の安全性 は衛生面で担保され得ないということも無視できない段階にあります。つまり、「今からでも漏れなく始めないとい けないことである」ということです。 1-2 衛生管理はそもそも付加価値ではなく、企業活動の基本 消費者の中に発生している食肉に対する不安感は、対策がとられなかった場合には結果として不信につなが り、消費の減少につながってしまいます。このことは食肉を扱う経営体にとっては、売上の大幅な減少や経営難 を引き起こす最大の要因になっていることを無視してはいけません。つまり、「経営者にとっては他人事ではな い」ということに注意が必要です。「これまで、今までどおりの方法で経営が続けられたのだから、今後も同じ方法 でできるはずだ」という考え方には、一切の根拠もありません。環境が変化しているのに、それに合わせて経営 を変化させることができないのは、結果として淘汰(とうた)されることを意味します。変化しないこと、しっかりとし た対応をしないこと自体が、きわめて大きな経営リスクになっているのです。 こうなってくると、今後の食肉流通の世界で、衛生管理は企業活動の基本中の基本になったということであり、 衛生管理はそもそも付加価値なのではなく、経営を続ける上で最重要な必須事項であるということになります。無 論、十分な衛生管理ができている経営体もあるでしょう。しかし、現状として衛生管理の不徹底が原因とされる食 中毒事故が発生し、死者も生じた事実を、消費者が深く認識している現状では、積極的に衛生管理を進めていく 必要があります。徹底していないところは徹底し、徹底できた経営体はそれを明確に示していく努力も必要とされ てきます。こういったことは、本来、食品という消費者の健康に直結するものを提供する経営体にとって基本中の 基本であるということは、思い返す必要があるでしょう。 過去に行われた消費者に対してのアンケートの結果の多くが、食品に求める最も重要なことが「安全性」である としていることからも、消費者にとって商品を決定する最も重要な要素であり、それに対する不信感が生じ、また 風評も発生している状況では、経営を守るという意味で、「経営戦略上、衛生管理に対する取り組みに経営の重 1 点を置かないといけない」ということになります。 1-3 経営者の理解と繰り返しの従業員教育がポイント しかし、「『衛生管理の徹底』が経営上不可欠なことである」ということが社会的に明らかになってきていても、経 営者がそのことを理解せず、無視したり放置したりすると、結果的に自身の経営の存続も困難になり、市場全体 の縮小の原因にもなります。要は、「経営戦略上、衛生管理に対する取り組みに重点を置く」という判断をするの は、他ならぬ経営者であり、経営者の現状に対する理解と戦略上の判断が必要であるということになります(図 1)。 そして、経営者が「『衛生管理の徹底』が経営上の重点事項になる」と判断しても、末端の従業員にまでそのこと が伝わっていなければ、結果として戦略は実行されないことになってしまいます。そのため、従業員の認知を高 めることも合わせて必要になってきます。事実、HACCP(危害分析重要管理点)などの衛生管理の認定を取得 する場合でも、最も手間がかかることは、従業員教育の徹底だといわれています。逆に、従業員教育の徹底がな されれば、それだけでかなりのリスクの低減につながります。 つまり、ポイントとなるのは、食肉を扱う経営者に「食肉の衛生管理の徹底を、経営戦略上の重点事項にして対 策を実施するという理解と判断」があり、「繰り返しの従業員教育による戦略の実行」、すなわちリスク低減の取り 組みの徹底がなされるということです。 図 1 戦略と実行内容の関係 2 1-4 安全性は取引の前提条件 では、なぜこのように「衛生管理の徹底」が経営上重要なのでしょうか。 それは、安全性が商品の取引の前提条件になるからです。食肉を消費者に直接販売する小売店や外食産業 にとっては、取引の相手は一般消費者になるので、安全性が取引の前提条件になることは容易に理解できます。 なぜならば、消費者が不安になる状況下では、消費者は単純に「消費しない」という選択肢に至るからです。消 費が減るということは、市場全体での需要の減少にもつながるということになり、販売単価も下げざるを得なくなり ます。取引の頻度が減少し、単価も減少すると、当然ながら売上は大幅に減少してしまいます。 さらに、こういった小売店や外食産業に対して食肉を卸している企業にとっても、このことは当てはまります。消 費者に安全性を担保できない商品を提供しようとしても、結局は購入されないので、商品としての魅力は減少し、 価値は下がります。その結果、その食肉はエンドユーザーである小売店や外食産業によって必要とされなくなっ てくるので、卸業者も売上が減少していくことになります。結局、消費者に支持されない信頼されない商品は市 場から消えていくことになりますので、現状で「食肉の安全性は取引の前提条件になっている」といえるのです。 特に、衛生上の問題に起因する食品リスクは、あからさまに企業の体質を問われる人的な要因なので、消費者 はできる限り安全性を担保するための取り組みをしている企業の食肉を消費しようとしますし、それができていな い企業の食肉は消費しないでおこうということになっていきます。つまり、特に衛生管理の徹底は取引の前提条 件になっているので、それに対応できていれば経営として生き残り、対応できていなければ経営リスクはますま す大きくなるだけで、結局は生き残れないということになります。 3 第 2 章 リスクとは何か 2-1 リスクとは リスクとは、損害の大きさとその発生確率をかけたものです。したがって、単なる確率ではなく、「平均的に発生 する損失」という実際の量を伴うものなのです。例えば、取引上のミスによる返品や減耗に関して、これまでの研 究で 5 年間で 5000 万円のダメージを与えるようなことが 1 回発生しているということがわかったら、ミスによる返品 や減耗のリスクは 5000 万円/5 年ということになり、毎年 1000 万円は損失として定期的に流出してしまっている のと同じことになります。つまり、通常の経費とは別に 1000 万円分は費用として見積もっていないといけないこと になるわけで、それを見込んでいないと「お金が足りない」という、とんでもないことになってしまうわけです。一 方、これは企業に対して考えたことであって、それが消費者という対象になれば、健康被害という損害にその発 生確率をかけたものがリスクになります(図 2)。 そこで、今回の食品衛生に関していえば、リスクとは「衛生管理をしないことにより、食中毒等が発生し、企業や 消費者が危険に遭うことや損をすることの、毎年の平均的な予測値」ということになります。 図 2 リスクとは 2-2 どんな食品にもリスクはある このように考えると、リスクはできるだけ小さい方がよいし、できればない方がよいものとなります。特に消費者 にとっては、口に入れた食べ物が原因で食中毒になり、健康被害を受けるようなことは、非常に不安が大きいも のであるため、とにかく小さい方がよいと考えだします。口に入れるということは、安全であるということを、ある程 度納得していないとできない行為だからです。その不安が過剰に膨らむと、「すべての食品のリスクはゼロでな いといけない」という発想に捉われる人も出てきます。これを「ゼロリスク・シンドローム」と呼びますが、実際には 4 ゼロリスクはあり得ません。この世にあるすべての食品にリスクはあります。例えば、塩は人体にとって不可欠な 栄養素である一方で、摂りすぎると健康被害になり、場合によっては死に至る病気の原因になります。硬水のミネ ラルウォーターも、ヒ素が含まれていることもあり、摂りすぎると健康被害の域に達します。野菜も同様で、中には 発癌性や健康被害の原因となるシュウ酸が含まれているものが多くありますが、野菜は適度に摂っていないと健 康被害が生じます。 要するに、この世に存在する食品には何らかのリスクがあり、そしてそれを上回るベネフィットがあるので消費さ れるのですが、結局、「量」であるリスクを管理によって下げられるのであれば、下げていこうということになるので す。 2-3 食中毒の発生頻度 それでは、食中毒の発生頻度とはどのくらいのものなのでしょうか。 まず非常に重要なことを述べると、経口由来の最大の健康被害のリスクが「食中毒」なのです。非常に被害が量 的に多い上に、死者が出ることもあり、対策の重要性が容易に理解できるのではないでしょうか。そして、その食 中毒の原因の大部分が「細菌」によるものです。主なものに、カンピロバクター菌、サルモネラ菌、黄色ブドウ球 菌、腸炎ビブリオ、病原性大腸菌などがあります。 最近でも 2 万人以上が、これら食中毒の患者として報告されています。ただし、これは当然、氷山の一角です。 なぜなら、食中毒が発生するということは、食中毒原因菌に汚染された食品を他の多くの人も摂取していて、健 康被害を受けているはずだからです。この点についてはニュージーランドで研究がされていて、1 件の食中毒の 事件において 219 人の患者がいると統計的に検証されています。そのため、平成 21 年度では 1048 件の食中毒 事件が発生していますので、23 万人も食中毒になってしまったことになります。ただし、これも実際は過小な値な のです(図 3) 。 図 3 食中毒のリスク 5 実際には、軽症の食中毒は、皆さん普段発症していると考えられます。健康状態がよく、体力が十分に ある人の場合、ちょっと体調不良になったり原因不明の下痢になっても、病院に行かずに回復するケース が多々あります。こういった場合、病院に行っても「食中毒ですね」で片づけられています。または「胃 腸風邪かな」などと診断されます。このようなパターンでは厚生労働省には報告されませんので、実際の 発生件数には反映されていません。 しかし、問題は体力がない基礎疾患を持っている人や子供、高齢者などには深刻な被害が出るということで す。 2-4 最低限できる取り組みを徹底するだけで、リスクは 100 分の 1 にできる では、どのように食中毒のリスクを下げるのでしょうか。食肉に関していえば、その背景にある食中毒の発生メカ ニズムに注目すれば、かなりわかりやすくなります。 食中毒の発生原因は、主に「細菌」です。主なものとしては、O157 や O111 などの病原性大腸菌があります。こ れは牛の腸管に常駐する常在菌であり、処理の方法に問題があれば、その食肉はかなり高い確率で病原性大 腸菌に汚染されます。ただし、病原性大腸菌は肉の表面には付きますが、中には入り込まないので、表面を十 分に焼くことがいかに重要かということがわかると思います。焼くと、こういった細菌は死滅するので安全に食べる ことができます。例えば、生食の場合であるなら、トリミングの処理がいかに重要であるのかがわかるでしょう。ま た、ハンバーグのような挽き肉を使う食品は、中まで十分に焼かないといけません。 そして、ここ数年、発生数が増えているのがカンピロバクター食中毒です。カンピロバクターは鶏の腸管に常在 する菌であるため、鶏刺し、レバー刺しなど、鶏肉を生で提供する際に付着します。よく、「新鮮だから大丈夫」と いう人がいますが、腐敗菌などとは違って、カンピロバクター菌はもともと鶏が持っているものなので、このことは 当てはまりません。食鳥処理場から、カンピロバクター菌をゼロにして出荷することはできないため、飲食店がす ぐに仕入れ、お客さんに提供したとしても、「新鮮だけど危ない」となるのです。 カンピロバクター食中毒は、5 日間ほどで回復する腸炎の症状を示すもので、死に至ることはほぼありませんが、 激しい下痢と嘔吐に、発熱があり、「腐りかけたものを食べたために、お腹の具合が悪くなる」といったものとは、 レベルが違います。また、カンピロバクター食中毒は神経性難病のギラン・バレー症候群の原因になるとされて います。この病気は後遺症を伴う深刻な病気で、カンピロバクター食中毒の原因となった鶏を提供した飲食店が 訴えられたケースもあります。 こう考えると、基本的に食肉に関する食中毒の発生原因は、「『そもそも健康被害の原因になる細菌などがい る』ということを前提にした衛生管理ができていないことによる」ということができます。逆に、「そのことがわかった 上で衛生管理に取り組めば、リスクを大幅に下げることができる」ともいえるのです。 2-5 「肉には衛生管理が不可欠である」という基礎知識がまず必要 しかし、発生する事故を見ると、このような基礎的知識がそもそも欠けている状態で食肉を取り扱っているケー スがほとんどです。 例えば、死に至る食中毒で大きいものにフグ毒によるものがありますが、きちんとしたフグ調理免許を持ってい る人がさばいたフグで食中毒になるケースはまずありません。そうではなく、フグの調理が許されていない人や、 自分が釣ったものなどを自分でさばいたときに、フグ毒による食中毒は発生しています。毒キノコによる食中毒も 同様です。食中毒を回避するための基礎知識を習得していない人が供することによって発生していることが共通 しています。 食肉に関しても、食中毒の発生原因が元となる畜産動物の腸管に常在している細菌によって発生していること を考えると、それを回避するためには衛生管理が不可欠であるといえます。「正しく衛生管理されれば、これらの 6 リスクはゼロに近づけることができる」という「基礎知識」が、まず必要なのです。 2-6 リスクの低減は科学的な根拠に基づく そして、こういったリスクの低減は闇雲(やみくも)に行うものでも、思いつきや感覚で行うものであってはなりま せん。発生原因の特定と、それに対する科学的な分析を行い、その根拠に基づいて行うものです。ゆえに、食 肉の場合は、上述のように「細菌が原因である」と科学的に特定されているので、それが最終的に「付着しないよ うにする」「増殖しないようにする」「殺す」ということを徹底するということになるのですが、その方法にも当然科学 的な根拠があります。 その点に関しては、4 章で詳細な説明がされます。 7 第 3 章 なぜ予防措置が必要か 3-1 衛生管理に関わるリスクは常にある 多くの企業に、「衛生管理に関わるリスクは常にある」という基礎的な知識を持っている人はいると思います。衛 生講習を受けている人も多くいるでしょうし、当然ながら保健所の指導も受けてきています。それにもかかわらず、 事故は一定の確率下で発生します。それはなぜかというと、大きく二つの理由があります。 一つ目の理由としては、食品は「フードチェーン」という生産から消費までつながる一連の流れがあり、その流 れに多くの人が関与しているからです。そして、関与する全員がこの基礎的知識を持ち、衛生管理に努めなけ れば、リスクを下げたことにならないからです。例えば、食肉のブロックを作るまでには、きわめて厳しい衛生管 理が行われます。安全な状態が担保されていたとしても、最終的に食肉として外食産業が消費者に提供する際 の衛生管理が十分でなければ、リスクは生じ得ます。逆に、末端の外食産業がいかに衛生管理を徹底していて も、それまでのプロセスに問題がある食肉であるならば、リスクを下げることは容易でなくなります。要するに、フ ードチェーンの全体で衛生管理ができている必要があり、これが本来の「衛生管理の徹底」ということになるので す。 さらに、衛生管理に関して、もう一つ問題になるのは、「ヒューマンエラー」の存在です。ヒューマンエラーとは、 その人の意識の問題だけで片付けられるものではなく、どのように優秀な人物であっても起こり得るミスです。業 務上の事故にはいろいろな種類がありますが、例えばある工場で機械に片手が巻き込まれ大けがを負うという事 故を挙げます。このような事故は、毎年報道されるようなもので、「どうせ教育もできていない新入社員が事故を 起こしたのだろう」と思う方が多いかもしれません。しかし、中には業務歴 20 年以上のベテランが、こういった事 故の犠牲になっていることがあります。事故の発生は、社員の教育で大きくリスクを下げることができ、経験で大 きく下げることができます。どうしても一定の確率で発生するミスはあり続けます。このようなミスは、そもそも人の 認知と行動など複雑な要素の中に発生するエラーなので、無意識なことが多く、事故を起こした本人もなぜかわ からないケースが多いようです。 ゆえに、大切なのは「初めから、こういったヒューマンエラーが発生しない手順や仕組みにしておく」ということ になります。例えば、先に述べた「機械に巻き込まれる事故の防止」ということになると、「両手で同時にボタンを 押さないと機械が動かないように設計する」という方法がとられています。これだと必ず両手がふさがるので、機 械に巻き込まれる手がふさがり、リスクはほぼゼロに抑えることが可能になります。 「ヒューマンエラーは発生する確率が一定にある」という認識の下、発生しないように工夫をして対策をすること は「予防措置」と呼ばれます。予防措置をとることで、無意識に発生し得るヒューマンエラーを抑えるのです。 3-2 食中毒事故は重い そもそも、そのような「予防措置」をとらないといけない理由としては、先に述べたように「食中毒事故は、消費者 の健康、時に死亡へのリスクがある」ということ、つまり「食中毒事故は深刻なものである」ということがあります。 衛生管理の不徹底に起因する食肉の食中毒の原因菌の中の主たるものとして、病原性大腸菌 O157 や O111 を挙げましたが、これらの場合、溶血性尿毒素症症候群、脳症などの重症になるリスクが高く、他の食中毒原因 菌と比較しても高い確率で死に至るものであるため、特に食肉を扱う経営体の衛生管理は徹底されないといけな いものです。 実際のリスクとしては、かつて食肉業界に大規模なダメージを与えた BSE のリスクと比較しても、食中毒のリスク は比較にならないほど大きなものです。 8 3-3 食品を扱う企業にとって最大の経営リスク そして、衛生管理を徹底しなければならない大きな理由は、食中毒事故が発生した場合、企業の存続に直接 的に影響し、高い確率で倒産に至るからです。「第 1 章 安全性は取引の前提条件」で述べたように、一言でいう と「食品を扱う企業にとって、最大の経営リスクは食中毒事故である」ということを、再度強調しておきます。 それは、事故が発生した場合、保健所によって営業を一定期間停止されるからではありません。いったん消費 者の記憶の中に「あそこの食品は危険である」という認知が広がると、それを回復させるのに、これまでの数十倍 の経営資源を投下しないといけないからであり、よほど資金に余裕のある企業でない限り、それは不可能だから です。 上場企業である場合でも、確実に株価は下がりますので、その資金自体がいきなり目減りし、それに関連して 銀行の追加融資もなくなります。実際に食中毒事故が衛生管理の不徹底で発生した企業の例を見ても、新聞記 事に至るレベルになったもので倒産を免れた例はきわめて少ないことに注目すべきです。それは、消費者だけ でなく資本家や融資関係までが「企業の体質として、このような経営損失が何度も繰り返されるものだ」と思うから です。社会的信用が失われた結果として、経営上の血液である資金が止まり、経営が続けられなくなるのです。 非上場企業や個人経営の場合は、さらに経営へのダメージは大きく、消費者の消費行動に経営がより直接的 につながっているため、「元の経営状態に戻すこと」は「消費者の認知を元に戻すこと」と同義なので、限られた 情報供給能力しかない小規模経営体にとって、それはきわめて難しいことになります。そもそも資金力もあまりな いので、通常はそのまま倒産になりやすく、またこういった場合、銀行から受けている融資では通常、経営者が 保証人になっているので、会社法の有限責任の範疇(はんちゅう)以上に多額の借金を個人で背負うことになり ます。収益源がない上での借金なので、それがどのようなものを招くのかは容易に想像できるでしょう。 繰り返しになりますが、リスクというのは「起こるかもしれないこと」ではないのです。一定の割合で発生するとわ かっている平均値であり、「起こること」なのです。ということは、その「起こること」を、できる限り小さいものにする ということ以外に選択肢はなく、「運を天に任せることでは決してない」ということを、経営者の方々は認識すべき でしょう。 「リスクがあるから収益がある」とリスクを肯定する経営者マインドに酔っている経営者を多く見かけますが、「下 げられるリスクを下げずに放置すること」と「リスクを理解して投資をすること」はまったく違うものなのです。「リスク はコストである」と先に述べましたが、費用対効果を最大にしないといけない投資行為や営業行為の上では、リス クを下げることも費用対効果を高める努力そのものであり、いずれにしても行わないといけない行為なのです。 3-4 消費者は「衛生管理された商品」にプレミアム価格を支払う 予防措置の必要性として、これまで「守り」の意味での根拠を説明してきましたが、一方で「攻め」の意味での 根拠があります。 消費者は「衛生管理された商品とわかるもの」と「衛生管理された商品とわからないもの」がある場合、多少価格 が高くても衛生管理された商品を選びます。つまり、衛生管理された商品にプレミアム価格を支払うということで す。以前のように、消費者が漠然と「お店が商品に出すようなものだから安全なんだろう」というような「神話」があ った時代は、こういった衛生管理に対するプレミアムはありませんでした。しかし、昨今のように食品安全に対す る情報が増加して、消費者がむしろ食品安全情報に振り回され不安が強まってしまう状況下では、拠りどころとな る「安全性の根拠」を強く求めるようになっています。風評被害と密接に関連しますが、風評被害の回避方法とし て最も即効性があるのは、消費者が簡単に安全性を理解できる根拠を示すことです。先に述べたように、食肉に 関しては衛生管理の不徹底による食中毒が最大のリスクなので、その最大のリスクを回避する方法としての「衛 生管理の徹底」は、消費者が求める重要な価値になっているのです。 これは自動車において ABS やエアバックが標準化されたり、最近では横滑り防止装置が標準化されていった プロセスと同じです。消費者の多くが、それらのオプションがない場合の危険性を理解するようになってくると、 9 そのオプションが付いている商品を好んで購入するようになってきます。そうなると、そのオプションがない商品 は購入されなくなっていくので、結果として市場から姿を消し、そのオプションは標準装備になっていくのです。 同様に、衛生管理は多くの先進国で、すでに当然のことになっているのと同時に、消費者も衛生管理の必要性 を理解している状況に変わったので、衛生管理の徹底された商品が好んで選択されるフェーズに入るものと考 えられます。衛生管理が徹底されていないのであれば、市場から姿を消していくということになっていきます。 3-5 まずは企業が自己診断チェックを行うことが必要 では、どのように衛生管理を徹底していくのかを考えていきましょう。 早速行うべきことは、まず現状でどのようになっているのかを、自己診断によって把握するということです。自己 診断は第4章以降の内容と現状の管理状態を自身で比較して行うことでできます。実際に、クリアしているかを確 認し、不備のポイントを特定化します。例えば、「衛生管理の裏づけがとれない商品を納入しない」といった項目 から、「作業の手順で、食中毒原因菌を『つけない』『増やさない』『殺す』の 3 原則が守られるようになっている か」という項目まであります。 衛生管理の標準的な手法として HACCP がありますが、これは管理の手法としてきわめて合理的で無駄がない ため、考え方だけでも学ぶ必要はあります。 まず正しい衛生管理を行っている手順を守っている経営像を基準として(この基準を GMP(Good Manufacturing Practice、適正製造基準)といいます)、それから作業の手順を項目ごとに落とし込みます(この手 順を SOP(Standard Operation Practice、標準作業手順)といいます)。さらに、衛生管理の作業手順をまとめたもの がSSOP(Sanitation Standard Operation Practice、衛生標準作業手順)と呼ばれます。「これらに従って作業をする」 というものなので、将来的に HACCP の認定などを取得するか否かは別にして、自己診断の方法としても用いて もいいでしょう。 自社の状況がわかれば、「これからどのように対策を行うか」ということになります。まず立ち位置を把握して、そ れから次のステップに進むという形で、段階別によくしていくように行動に移すだけでも、経営リスクは大幅に下 がります。 10 第 4 章 衛生管理の重要性 4-1 衛生管理は、安全と儲けの両方が得られる 掃除で小工場から全国規模に発展した飲料工場 ある関西の飲料工場は、経営は何とか成り立っていたのですが、常に赤字状態でした。その社長が高齢を理 由に、他の会社に勤めていた子供に継がせました。その子供が、初めておやじさんの工場に入ってみた時、そ の汚さに驚きました。整理・整頓はまったくできておらず、掃除も十分にしていないのでゴミだらけでした。機器も 汚れていて、メンテナンスも最悪でした。 そこで、まずは整理・整頓・掃除・洗浄の徹底から始めました。1 年が経ったら、だいぶ落ち着いてきました。2 年目に入って、頻度を決めたり、科学的な衛生管理を始めました。3 年目でやっとピカピカになったところで、気 が付いたら儲かるようになっていました。そして、元々は地元の関西に販売していたのですが、数年後には関東 から全国規模への販売に拡大し、第 3 工場まで建設するようになりました。 衛生管理で客数増加と利益アップのレストラン ある九州のレストランでは、経営者が「これからは衛生管理、HACCP が重要だ」と気づきました。そこで専門家 に見てもらったところ、従事者に衛生意識がなく、店に入る時に手もまともに洗えない状態でした。冷蔵庫内は、 不良在庫がたくさんあって混乱状態。鮮度の悪化した原材料が乱雑に置かれているし、温度設定が悪く、肉の 中心温度はかろうじて 10℃以下。厨房内のレイアウトが悪くて、仕事の流れが交差して混乱状態。ホール(客席) から戻ってきた食器が、料理を提供するルートと交差しているので、料理に楊枝(ようじ)などの異物が入ることも ある状態でした。 そこで、これらを 1 年かけて一つずつ直していったところ、いつの間にか客数が増え、利益も出るようになって いました。 整理・整頓と泡洗浄で、クレーム 9 割減と利益アップの食肉施設 食肉を中心にしたある大型施設では、工場が老朽化したため、思い切って新設しました。しかし、顧客からのド リップや変色といったクレームが年間 300 件もあり、困っていました。そこで、専門家に見てもらったところ、新設 から 1 年後なのに、施設内は肉のくさみが充満していて、清掃・洗浄がまともにできていないことが、すぐにわか りました。原材料庫内に入ってみたところ、乱雑で、どの原材料がどこにあるのか、常に探し回っている状態でし た。 そこで、まず第 1 ステップとして、原材料を保管する冷蔵庫内を調べたところ、不良在庫が 3 分の 1 ほどあった ので、整理・廃棄し、置き場所を整頓し、先入れ先出しを徹底しました。そして、第 2 ステップとして、施設内の泡 洗浄を始めました。 その結果、1 年後にはクレームは 9 割減となり、利益も出るようになっていました。 これらの事例で共通していえることは、整理・整頓し、清掃・洗浄を徹底すると、製品が良くなり、儲かるようにな ったことです。では、なぜなのでしょうか? 泡洗浄 整理整頓された肉の冷蔵庫 11 整理・整頓によって、不要な物がなくなり、必要な物だけになり、仕事が速くなる あまり使わないもの、いつ使うかわからないものが、仕事の場所に居座っていることは多いものです。不要に なったマニュアルや解説書、もうほとんど使わない調理道具、冷凍庫の奥に放り込んだままのもう使わない食材、 缶詰など常温の食材棚にある不要材料……など。 これらがなくなると、仕事場が広くなります。何がどこにあるかすぐにわかるので、探し物がなくなり、清掃がやり やすくなる上に、清掃が速くなります。 その結果、きれいになって、コストダウンにもなるのです。 鮮度が良くなり、回転が速くなる 必要な原材料だけになるので、在庫が少なくなります。肉、魚介類、野菜、豆腐、乳製品などの日配品などは、 在庫を少なくでき、回転が速くなり、何がどこにあるかも、すぐにわかるようになります。これは、仕事が速くできる ことになり、生鮮品の鮮度が良くなり、変敗がなくなることにつながります。 その結果、コストダウンになり、料理の品質が良くなります。つまりは、料理が美味しく安定するようになり、顧客 獲得につながるのです。 仕事の流れを短くすると、仕事が速くできて、コストダウンにつながる 仕事での一歩には 0.6 秒使うといわれています。厨房内において、「道具を取りにいく」「食材を運ぶ」「下処理 から調理に持っていく」「食器を取りにいく」「盛り付けから、客席への提供に持っていく」といった流れから、無駄 な動きをなくし、合理的な流れにすれば、1 日何歩節約できるでしょうか。節約できた歩数×人数×時間給に、さら に年間稼働日数をかけたら、どれだけの金額になるか。 これは大変なコストダウンになるだけでなく、オーダーを受けてから提供までの時間も少なくなるので、サービ スのアップにつながり、客数のアップにもつながるのです。 衛生管理は儲かるのです。経営トップの皆様、衛生管理は費用と手間のかかることではありません。安全と儲け の両方が得られるのです。 では、これから具体的に何をしていけばよいのかを見ていきましょう。 衛生的にカットされた焼き肉用切り身 12 4-2 O157 とその対策 牛はある程度の確率で O157 を持っている O157 に代表される「腸管出血性大腸菌」は、ある程度の確率で牛が持っています。これは 20年以上くらい前か らのことです。調査により、いろいろな比率が出ていますが、「牛の 5%、20%は持っていた」というような数値が 出たり、「冬は少なく、夏は多い」といったデータもあります。 この細菌は、牛に対しては何ら問題ないのですが、人が食べると食中毒を起こす厄介者です。また、普通の食 中毒菌の場合は 100 万~1,000 万個の菌を食べると食中毒になるのに対して、O157 は数十個で発症してしまう 強力なものです。 O157 の食中毒は、国内では井戸水、牛肉、牛レバー刺し、ハンバーグ、牛角切りステーキ、牛タタキ、ロースト ビーフ、シカ肉、サラダ、カイワレダイコン、キャベツ、メロン、白菜漬け、日本そば、シーフードソースなど、海外 ではハンバーガー、ローストビーフ、ミートパイ、アルファルファ、レタス、ホウレンソウ、アップルジュースなど、多 くの食品から感染しています。 と畜処理における O157 対策と拡散メカニズム 日本も含めて、欧米の食肉処理では、O157 が肉に付着しないようにするために、と畜時に肛門を結束し、一頭 ごとに処理するナイフを消毒したものに替え、内臓と処理を分け、枝肉になったら十分に洗浄します。最終の部 位肉になるまでの衛生管理には、細心の注意を払っています。 しかしながら、わずかな確率でカットした肉に O157 が付着する可能性があることは否定できません。ほんの少 しでも O157 が肉に付着すると、その後の過程で O157 は拡散していきます。例えば、真空パックを破いて、肉を まな板に乗せれば、そのまな板が汚染されますから、その後、そのまな板で処理する肉や食材を汚染してしまい ます。あるいは、O157 が人の手に付着し、その手で例えば野菜などの他の食材を触ったり、練り物に使う水に入 ったりすると、O157 は広く拡散していきます。 細菌は、食品に付着したり水に入ったりすると、6℃以上で増殖していき、10℃、20℃と温度が高くなっていくほ ど、増殖のスピードは速くなります。野菜が O157 に汚染される例があるのは、こういうメカニズムによるものと考え られています。 表面を炙れば、肉の内部は大丈夫 O157 の性質上、元々は肉の表面に付着しますから、表面を 75℃以上に加熱すれば、簡単に死滅します。肉 の内部に O157 はいませんから、表面に蒸気をかけたり、バーナーで焼けばよいのです。したがって、カツオの タタキのように、肉の表面を炙(あぶ)ってからスライスすれば安全です。牛のタタキは何の問題もありません。 しかし、もし肉を炙る前に、その肉を整形したり、ただ単にまな板の上に乗せたりすると、そのまな板や調理道 具にO157が付着する可能性があります。そして、肉を炙った後、その汚染されたまな板を使ってスライスすると、 スライスした肉の表面に O157 が付着してしまいます。ですから、炙った後の処理と調理では、洗浄・消毒したき れいなまな板を使わなければなりません。 このことは、「炙らないで、完全な生肉でユッケを作る場合は、ブロック肉の表面を薄くトリミングすればよい」と いうことの理由になりますが、一度ナイフで表面の一面をトリミングすると、そのナイフの一部が汚染されてしまい ます。トリミングした薄い肉片を、そのまな板の横の方に置いた場合も、やはり汚染されてしまいます。同じナイフ とまな板で表面全体をトリミングすると、どうしても汚染されてしまうので、安全にトリミングをするためには、一面を トリミングするたびに、ナイフとまな板を取り替えなければならなくなります。これは、かなり面倒な仕事になり、現 実的に不可能です。 2011 年前半の一連の腸管出血性大腸菌による食中毒事故をきっかけに、厚生労働省では「生食の肉を提供す るには、表面を加熱することを義務づける」という基準を策定しました。また、牛レバーの生食については、基準 が策定されるまでは、飲食店などに提供しないよう要請しています。 13 食品安全委員会は 2011 年 8 月 4 日、肉の表面から 1 ㎝以上の部分を 60℃で 2 分以上加熱することなどを義 務づけた厚生労働省の新基準案を、大筋で了承しました。これまでの基準には罰則はありませんでしたが、新 基準に違反した業者や飲食店には、罰金などの罰則が適用されることになっています。厚生労働省は、早けれ ば 10 月にも新基準を施行することにしています。 レアのステーキ 中に刺し込んではダメ ステーキのレア(生焼け)は、表面を炙ってあるわけですから問題ありません。しかしながら、テンダーライザー (細いナイフを数十本並べたスジ切り道具)を刺し込んで肉のスジを切ると、もしその肉の表面に O157 が付着し ていた場合、O157 を肉の内部に刺し込むことになってしまいます。 そして、この肉をレアに焼いたら、中(肉の内部)は生か半生ですから、食中毒の発生につながることになって しまいます。マリネした牛肉でローストビーフやタタキを作ると、マリネによっても O157 が中に入り込むことがあり ます。そのために大きな食中毒事故が起きたこともあります。スジ切りやマリネは悪いことではありません。肉を軟 らかくすることができるからです。しかし、これを行った場合は、肉の中心内部まで 75℃以上に加熱する必要が あります。牛肉の細片をステーキ型やサイコロ型にする整形肉でも同じことがいえます。ハンバーグでも同じで す。整形肉やハンバーグでレア焼きにできるようにする場合、肉を細片にする前、ブロックの状態で表面を加熱 すれば殺菌できます。この作業をしてから、肉を細片にしたり、きれいなチョッパー(グラインダー)に入れて、そ の後、整形したりすれば、レア焼きのハンバーグができます。 著者は先日、ロンドンでハンバーグの焼き方を聞いてくれるレストランに出会い、ミディアムレアのハンバーグ を堪能しました。 テンダーライザー 14 ミディアムレアのハンバーグ 4-3 3 つの食中毒群と共通の対策 O157 とノロウイルスの歴史は最近 O157 は、1982 年に米国でハンバーガーの牛肉を原因とする食中毒が発生した時に発見されました。日本で は、1990 年に埼玉県の幼稚園で、井戸水から感染して 2 人が死亡した事例が最初です。 ノロウイルスは、1972 年に明らかになりました。当初は「小型球形ウイルス」と呼ばれていましたが、食中毒の脅 威になってきたので、2002 年の国際ウイルス学会で「ノロウイルス」と命名されました。元々は「カキなどの二枚貝 が原因」とされていたのですが、現在では、「汚染された飲食物」や「人から人への感染」がほとんどです。 食中毒の原因は 3 つに分けられます(表 1)。 (1)一般の食中毒菌(サルモネラ、大腸菌、黄色ブドウ球菌といった一般的な食中毒菌群) (2)腸管出血性大腸菌(O157 に代表される。O 111、O104、O26 などもある)。 (3)ノロウイルス では、これらの 3 大食中毒原因の違いは、どのようなものでしょうか。 一般的な 食中毒菌 病原性大腸菌 O157、104 など ノロウイルス 発生元 食材、人、環境 牛の糞、牛肉 二枚貝、人 食中毒になる個数 百万~1 千万個 増殖場所 感染源 殺菌温度 感染経路 殺菌失活材 対策 数十個 食品、人、水 食材、人、環境 人の腸管 トイレ、水、人 トイレ、人 85℃ 72℃ 洗浄や手洗いの不備、取っ手、水、環境 アルコール 次亜塩素酸ナトリウム (ジアソー) 工場内の洗浄殺菌、手洗い、手袋、 取っ手など手を触れるところの殺菌 表 1 食中毒の発生元と対策 細菌とウイルス 一般の食中毒菌と腸管出血性大腸菌の共通しているところは、「細菌である」ということです。これに対してノロ ウイルスは、その名のとおり「ウイルス」です。 細菌とウイルスの違いは、「細菌は大きく、ウイルスは小さい」ということです。ウイルスの大きさは細菌の数十分 の 1 から 100 分の 1 くらいです。非常に軽いので、風で飛んで漂うことで空気感染するともいわれています。 あるホテルのロビーで、ノロウイルスに感染した人が嘔吐してしまい、その後すぐに清掃したのですが、消毒し なかったため乾いた後でウイルスが飛散し、多くの人が感染したことがあります。また、細菌はタンパク質や水を 使って、自分で増殖するのですが、ウイルスは自分では増殖できず、人の体内に入ってから腸内で増殖します。 アルコールと次亜塩素酸ナトリウム ノロウイルスには、アルコール消毒はあまり効果がありません。次亜塩素酸ナトリウム(次亜塩素酸ソーダ、通称 「ジアソー」)が効果あります。つまり、細菌にはアルコール、ノロウイルスに対してはジアソーを使います。また最 近では、ノロウイルスに効果がある薬剤も複数出てきています。 15 殺菌(失活)温度の違い ノロウイルスは細菌ではないので、「殺菌」という言葉ではなく、「失活」という言葉を使います。細菌は 75℃ある いは 72℃まで加熱すれば死滅し、もっと低い温度でも、時間をかければ死滅します。 ハムやソーセージの加熱殺菌温度のガイドラインは 63℃で 30 分です。これに対して、ノロウイルスは 20℃ほど 高く、85℃です。 発生源 牛などの動物、二枚貝など、大元はいろいろですが、食中毒になる直接的な原因は、食材、人、トイレ、水とい ったところです。3 大食中毒源はすべてこれらから来ています。 人からの感染 トイレで大便をして、トイレットペーパーでお尻を拭いた後、よく手を洗わないと、大腸菌や(感染している人の 場合)ノロウイルスが手に付いてしまいます。トイレットペーパーを通して、手が汚染されてしまうのです。 データによれば、数十枚(確か 60 枚くらい)トイレットペーパーを重ねない限り手が汚染されてしまうということで した。これは実際には不可能です。 ノロウイルスを持っている人が手を洗わなければ、億単位のノロウイルスが付いてしまいます。そして、数十個 のノロウイルスが体内に入っただけで食中毒になってしまい、これは O157 でも同じです。 汚染の拡散 汚染された手で、トイレの個室の鍵を触り、水道の蛇口を触り、ドアノブをつかみ、包丁やまな板を使い、食材 を直接つかみ、その料理を提供すれば、食中毒の原因になっていきます。取っ手などを誰かが汚染させたら、 その後、そこを触る人の手を通じて、汚染はどんどん広がっていきます。 ノロウイルスは食材に付いても増殖しませんが、O157 は食材で増殖します。 感染のメカニズムは、3 大食中毒源すべて共通です。 3 大食中毒源は、それぞれ特徴と違いがありますが、厨房や食品工場、食品を扱う現場から食中毒の元をなく すために実施することは、共通しています。 手洗いの徹底が重要 16 共通の対策は、基本的な衛生管理と HACCP(危害分析重要管理点) まず安全な食材を選ぶことで、仕入れ先が衛生管理、安全対策をしっかりしているか、見極めることです。 米国では、食肉の安全管理は「HACCP」という科学的な方法を行っています。HACCP を実施していなければ、 食肉工場は操業できません。日本でも、HACCP は強制ではありませんが普及してきています。HACCP を行っ ているかどうか見てみることは、安全確保の方法の大きな一つです。その上で、自分の工場内の洗浄・殺菌、手 洗い、手袋をする、取っ手など手を触れるところの殺菌をする、といった、いわゆる衛生管理、きれいにするとい う基本的なことをしますが、多くの人(お客様)に食べ物を供給する仕事では、これも科学的な方法と手順で行い ます(図 4)。 では、科学的な方法とは、どのような方法なのか、これから見ていきましょう。 図 4 衛生管理の手順例 17 4-4 食材と関連資材の仕入れと作業場搬入後の安全な保管方法 米国の牛肉が店舗に入るまでの過程 米国の牛は、子牛の段階で放牧では育てられ、フィードロットという牛の集中管理施設で肥育が行われます。 飼料、水、薬剤関係など、適正な基準が守られ、記録もとられています。 この牛が、と畜場に運ばれ、枝肉にされて、冷蔵庫で冷却されます。その後、カットラインに入り部位別の肉に なります。チルドビーフは、真空パック後、箱詰めされ、冷蔵庫に保管されて、日本に向け出荷されます。冷凍牛 肉やアウトサイドスカート、ハンギングテンダーといった製品は、急速凍結されます。そして、日本までの運送は、 冷蔵あるいは冷凍コンテナで厳重に温度管理をして運ばれます。 この後、外食店舗までの過程は、大きくは 2 つに分かれます。一つは、部位別あるいは真空パックされたままの 製品、つまり米国の工場でパックされた状態のまま店に入荷し、店舗で開封され、調理され、顧客へ提供される 過程です。もう一つは、日本の工場で再加工される過程です。再加工は、カットやスライス、スジ切り、トリミング、 味付け、整形ステーキやサイコロステーキ、野菜巻き、ハンバーグといったひき肉製品など、多岐にわたります。 再加工では、パックを外して、ナイフを入れるので、人の手が加わります。そのため、ここでの衛生管理は重要 です。機器はもちろんですが、作業者も手洗いや、帽子やマスクの着用といった衛生管理を行っています。 製造工場が HACCP を行っているか HACCP は 3 つの段階で成り立っています(図 5) 。 図 5 食品の品質と安全の 3 段階 まず、安全な原材料を購入することです。自分の工場でいくら安全管理をしても、原材料に問題があれば何に もなりません。自分の工場や店だけでは、安全対策はできないのです。 次に、土台となる一般的衛生管理です。これは、整理・整頓、清掃、洗浄・殺菌、これらの教育・訓練といったこ とにより、きれいな工場、厨房にすることです。きれいにすれば、ゴミ、細菌、ウイルス、カビ、虫がいなくなるか、 かなり少なくなるので、そこで製造する製品あるいは調理する料理が安全になります。つまり、人、物、機器の清 掃・洗浄・殺菌です。飲食店では、この一般的衛生管理を実施することで、安全できれいになります。きれいな店 に顧客は集まります。 安全な原材料と一般的衛生管理によって、きれいな製造環境や厨房になりますから、この後、「とどめをさす」こ とにします。これが HACCP の本体です(HACCP=Hazard Analysis and Critical Control Point、危害分析重要管 18 理点)。一般的衛生管理を行っても、未だわずかに異物や細菌、ウイルスなどの危害が残っているかもしれませ ん。そこで、これらにとどめをさすことができるかどうかを、それぞれの製造の中で考えてみます。とどめをさす場 所を「CCP」(HACCP の CCP:重要管理点)といいますが、加熱殺菌はその一つです。金属探知機を通すことも CCP になります。 と畜場やカット工場では加熱殺菌はありませんから、「CCP は金属探知機だけ」ということもあるかもしれません。 枝肉になった直後、洗浄を行いますが、この時、蒸気や酢酸で表面を殺菌することも行い、これを CCP に準ずる 重要な安全管理にしているところもあります。食肉は、低温管理が重要ですから、枝肉の保管冷蔵庫の温度を 0 ~3℃にすることや、カット作業中の肉の温度を 6℃以上に上げないようにすることを CCP にしているところもあり ます。 要するに、食肉の処理からカットまでは、ほとんどを一般的衛生管理で行うということです。 仕入れる工場が HACCP を実施しているかどうかは、認証や承認を受けていれば、ホームページや名刺など に広報しています。認証を受けていなくても、自主的に実施している工場もかなりありますから、聞いてみてくだ さい。 汚染された原材料が入った場合、どうなるか 汚染されている製造環境で肉の加工を行うと、肉が汚染され、細菌が増殖します。増殖がある程度進むと、に おいが発生してきます。汚染された原材料が店舗に入ると、保管の段階で腐敗への道をたどります。牛肉は、汚 染されていなければ熟成、汚染されていれば腐敗へと、美味しさと危険というまったく別の方向に行ってしまいま す。 細菌に汚染されているかどうかは見た目ではわかりませんので、検査をします。検査には費用がかかりますの で、仕入れ先の工場で行っていることが多いのですが、できれば時々でいいですから、店側でも検査することを お勧めします。 もちろん、新しく購入するサプライヤーを決める時には、工場を視察し、サンプル検査を実施しましょう。 入荷時のチェック 原材料が店に納入された時、冷蔵されて運ばれてきたかを温度計で確認します。計測には表面温度計を使い ます。表面温度計を使えば、真空パックの表面にレーザー光を当てるだけで測定できますから、真空パックに穴 を開けずに済みます。(穴を開けてしまったら、かえって問題を作ることになりますから)。配送車 1 台分で一つの 箱を選んで計測すればよいでしょう。 この時、荷崩れでパックが破れていないかなどの問題がないかも一緒に確認します。お金を払って購入した原 材料ですから、慎重に店に入れましょう。 中心温度計と表面温度計 19 4-5 外からの汚染が入らないようにする 店舗の周囲からのハエ発生 店舗から出るゴミは、生ゴミも多く、これを店舗の裏や外回りにあるゴミ置き場に長時間置きっ放しにしたり、あ るいはゴミを持って行った後の清掃・洗浄をしっかりしていないと、ハエの発生につながります。ゴミ回収車が来 る少し前にゴミ出しをするようにし、回収した後は清掃・洗浄・殺菌まで行います。 ある飲食店では、厨房にハエが多かったので、店舗の裏にあるゴミ置き場を調べたのですが、きれいになって いて、ハエの発生はありませんでした。ここでは、ゴミ回収業者が清掃・洗浄・殺菌まで行っていくように契約して いたのです。そこで、「どこが原因か?」と見回ってみたところ、原材料の搬入に使っている裏口にハエが飛び回 っていました。 この厨房は床が汚れていました。また、スタッフがこの裏口から外に出て、休憩や喫煙の場所になっていました。 靴の裏の汚れ、つまり脂や食材の残さが裏口を汚し、そこでハエが発生していたのです。スタッフが出入りする たびに、美味しそうなにおいのする厨房にハエが入り込み、厨房内の清掃・洗浄もしっかりしていないため、厨 房の中で増殖し、コバエ(子蝿)の発生にもつながっていたのです。これが料理に入り、クレームも出ていました。 ハエは、卵を産むと 2 週間でコバエになり、飛び回ります。 出入り口を密閉し、隙間をなくして、虫の侵入を防ぐ 数十件の飲食店があるショッピングセンターでは、清掃・洗浄をしっかりしているにもかかわらず、ハエが多くて 困っていました。原因を調べたところ、3 ㎞ほどの距離にゴミ処理場があり、そこで発生したハエが集まってきて いたのです。ハエは 5 ㎞飛び回ると言われており、ハエが O157 を運ぶこともあります。 ゴキブリは、清掃・洗浄の不備だけでなく、出入り口ドアと床の間の隙間から入ってきます。このような場合、外 から入ってくる虫を防ぐために、できるだけ密閉し、隙間をなくすようにします。ドアの隙間の対策として、「バー ブラシ」という長いブラシを取り付ける方法があります。バーブラシを取り付けると、ブラシが虫の侵入を防ぎ、開 閉するたびに清掃をしてくれます。 ドアを開け放すと虫は入ってきます。ドアは、開けたらすぐ閉めることが重要ですが、防虫用ビニールカーテン を付けることで、かなりの効果を発揮します。このカーテンはオレンジ色がよいとされていましたが、あるメーカー が検証したところ、濃いグリーン色が最も効果あることがわかりました。設置する時には、業者に色を確かめましょ う。 バーブラシ 防虫用ビニールカーテン 周囲の植栽で虫の発生 ある店舗では、店回りの植栽がツツジだったため、夏になると羽虫が大発生していました。さらに、この羽虫を 狙ったクモも一緒に出てきて、厨房だけでなく、顧客が店舗に入るたびに一緒に入ってきていました。別の店舗 20 では、桜に付いた虫が入ってきていました。 植栽は、見た目の環境はよいのですが、虫の発生につながります。虫が好む樹木には、桜類、スギ、ツバキ、 ツツジ、サツキ、クチナシなどがあります。虫が好まない樹木には、ヒノキ、ヒバ、クスノキ、カシ、シイ、ジンチョウ ゲなどがあります。ハーブ系には虫は寄ってきません。 これから植栽を決めるのであれば、種類を考慮しましょう。 納入業者からの持ち込み防止 納入業者が厨房の中まで入ることも多いと思いますが、納入業者が、虫、ゴミ、埃、毛髪といった危害の元を一 緒に持ち込んでしまうことがあります。大型店であるほど、この確率が高くなります。 ある大型ホテルでは、原材料の検収場所を 1 カ所に集中させています。納入業者は、入る時に白衣と帽子を付 け、厨房内専用の履き物に履き替え、チェックリストを付けてから入ってもらうようにしています。 そして、検収場所では、段ボールや木箱などを外し、中身だけをホテル内流通専用のサンテナに入れ替え、こ の時に温度や鮮度をチェックします。納入業者は、この検収場所までしか入れません。 ホテル厨房の検収室 段ボールはどこまでかを決める 外から入ってきた段ボールなどの外箱は、「虫とゴミの塊」と考えます。そのため、どこかで遮断しなければなり ません。ある施設では、冷蔵庫までは段ボールで入れますが、冷蔵庫から出して使用する時に、段ボールから 出し、中身だけをキャスターに乗せたサンテナに入れて、厨房に持ち込みます。空箱は、冷蔵庫の外に置いて あるカゴ車に、箱をたたまずに置きます。ここでたたむと、埃が出るからです。カゴ車は 1 台だけ置き、これがい っぱいになったのを見付けた人が、カゴ車ごとゴミ置き場に持っていき、すべての箱をたたんで置き、粘着ロー ラーをかけてから戻ります。 あるセントラルキッチンでは、検収場所に続いて開梱の部屋があり、ここで中身だけを抜き、外箱はゴミ置き場 に持っていきます。倉庫には、すべて中身だけしか入れない方法をとっています。 中身だけを入れる倉庫 21 4-6 仕事の動線と場所を決めて、コストダウンと安全を実現する 置き場所の整頓 店舗の冷蔵庫内が乱雑になっていると、交差汚染などの問題が起きます。例えば、肉や魚などの「加熱調理す る原材料」と、サラダやトマトなどの「生で提供する食材」が混乱して置かれていると、肉や魚の細菌が、レタスや トマトに付着してしまいます。 冷蔵庫内の置き場所は、肉、魚、青果類に分けておきます。冷蔵庫が一つしかなくても、置き場所を離したり、 棚で分けたりすることで、安全に保管することができます。 一歩は 0.6 秒 工場での製造や厨房の仕事では、一歩は 0.6 秒といわれています。仕事の流れを短く、一方向にして交差や 戻りがないようにすれば、歩く距離が少なくなると、製造時間が短くなります。食材が露出する時間と距離が少な くなるので、異物混入の危険が減り、鮮度を保ち、仕事が速くできるので、提供のスピードが上がり、コストダウン にもつながります。 動線で安全とコストダウンができる もし、厨房のレイアウトや置き場所の改善をすることで、「下処理から調理をして盛り付けをし、顧客に提供する までの時間」を 10%短くできたとすれば、この数値はそのままコストダウン、つまり儲けになります。 費用をかけて施設の改修までしなくても、アイデアや工夫でかなり改善できるものです。これは、そのまま衛生 管理の強化にもつながります。この流れを「動線」といいます。 ゾーニングで安全にする 図 6 および図 7 は、仕事の流れとゾーニングを考慮した厨房の略図です。 図では、「倉庫」「下処理」「盛り付け」「洗浄」の各ゾーンに分かれています。製造動線は「倉庫、冷蔵庫→下処 理→調理盛り付け→ホール(客席)での提供」となっています。 戻ってきた食器は洗浄ゾーンにいきます。大きな厨房施設の場合、洗浄ゾーンは隔壁やカーテンなどで仕切 りをして、調理盛り付けゾーンを汚染しないようにします。 倉庫ゾーン 冷蔵庫内では、「肉や魚」と「青果」を離して、別々に置きます。青果は、サラダなど生で食べるものも多いので、 肉や魚と離して置くのです。 肉と魚で生食がある場合、その食材は別にしておきます。焼き魚用と刺身用、あるいはタタキ用の牛肉は分け ておきます。 図では常温倉庫は入っていませんが、調味料や常温保管の食材も同じように置き場所を分けます。 22 図 6 厨房の仕事の流れ 図 7 厨房のゾーニング 23 下処理ゾーン 下処理では、外箱やパッケージのフィルム、食材からの皮やトリミングしたスジ、脂肪などが出ますから、ここを 一つのゾーンとしてまとめます。ここでの処理を済ませたら、調理ゾーンに持っていくようにします。こうすると、調 理にゴミなどの異物が入らなくなりますし、泥付き野菜からの土壌菌の汚染も防ぐことができます。 下処理ゾーン内でも、「肉や魚」と「青果」は分けます。青果は生食があるからです。 大きな厨房施設の場合、青果の下処理ゾーンを仕切り、温度を低くします。加熱調理をするところは高温になる ので、そこから守るためです。 調理盛り付けゾーン 加熱調理は、調理器具別に分けます。フライヤー、グリルやオーブン、鍋などを使う煮物といったように、それ ぞれのゾーンに動線を作り、すっきりと一方向に調理ができるようにします。 そして、生食調理のゾーンは、加熱調理ゾーンと分けます。温度が違いますし、生食は加熱殺菌ができません から、特に衛生管理に気を付けなければならないからです。 加熱調理と生食を一緒に盛り付ける料理の場合を考えてみます。例えば、トンカツは千切りキャベツと一緒に 盛り付けますが、生食の調理場所でキャベツを千切りし、フライヤーでトンカツを揚げ、これらを盛り付け台で一 緒に盛り付けます。カット野菜を使うなら、盛り付けゾーンに置きます。 ビーフステーキなら、「焼き物ゾーンのフライパンやグリドルで焼いて、皿に乗せ、盛り付け台に設置したドロア ーからガロニを付け合わせて提供する」という製造動線になります。 洗浄ゾーン ホール(客席)から戻ってきた食器は、提供する動線と完全に分けなければなりません。「食べ終わって汚れた 食器」と「これから食べてもらう料理」が交差すると、異物混入の危険があるからです。「提供した料理に楊枝が入 っていた」などというクレームは、こういったところから出てきます。 一つの長いカウンターで、提供と戻りが一緒になっている場合、その間にしっかりとした仕切り板を設置すると 安全になります。 洗浄が終わった食器は、それぞれの置き場所に移動しますが、使う場所の近くに置きます。調理で汚染しない ように、作業者の歩く歩数が短くなるように、十分に考慮します。 汚染ゾーン、凖清潔ゾーン、清潔ゾーン 大きな U 字の矢印が全体の流れになります。 清潔度でいいますと、倉庫は汚染ゾーン、下処理は凖清潔ゾーン、調理盛り付けは清潔ゾーンとなります。戻 ってきた食器が最初に置かれ、残さを捨てるところは汚染ゾーン、洗浄するところは凖清潔ゾーン、乾燥させると ころは清潔ゾーンとなります。食器洗浄機では、残渣を洗い流すところが汚染ゾーン、洗浄機が純清潔ゾーン、 終わってから置く場所が清潔ゾーンとなります。 ある程度の規模がある厨房や施設では、この 3 段階に分けるのがよいですが、小型の店舗では 2 段階の方が 現実的です。 薬剤や洗剤の置き場所を決める 殺菌剤や殺虫剤、洗剤などは、料理に入ってしまわないように、調理や盛り付けの場所に置かないようにしま す。場所を分けることで、交差汚染がないようにするのです。 24 4-7 清掃・洗浄をやりやすくする 厨房内がごちゃごちゃしていると、掃除が面倒くさいし、手間もかかります。すっきりしていると、掃除も簡単で す。清掃・洗浄を短時間で効果的に行うには、まずは清掃・洗浄をやりやすくすることです。 「未練物」をなくす 「いつか使うかもしれない」「もったいないから一応とっておこう」という物は、結局、使わないまま仕事場所に居 座り、仕事場所を狭くし、掃除をしにくくしているものです。こういう物を「未練物」といいます。 半分壊れかけた調理道具、新しく買った調理器具があり、古くなってほとんど使わなくなったのに一応とってあ る調理器具、使いそうもない資料やレシピブック、古いメニューやカード、ひょっとしたらまた使うかもしれないと 考えている販促物……など。 まずはこうした未練物をなくします。しかし、すぐ捨てるには勇気が要ります。そこで、例えば 1 年間だけ倉庫な りに入れ、その間に「やっぱり使う」となった場合には戻せるようにします。こうすると未練物がどんどんなくなり、 厨房内は一気に広くなります。 ある厨房では、同じサイズのボウルが 5 つあったのですが、実際に使うのは 2 つだけでした。それ以外の 3 つ は「一応」置いてあったのですが、未練物として 3 つを出したら、置き場所が空き、すっきりしました。こういうもの がたくさん出てきて、結局、厨房内には常に使うものだけが残り、清掃が楽になり、速くなりました(図 8) 。 図 8 一気にきれいになる「未練倉庫」の勧め 床への直置き禁止 清潔ゾーンでも、床は汚染しています。食べ物を床に落としたら、拾って食べることはしません。床からギリギリ 離れている高さでも、はね水汚染やゴミの異物混入になります。 箱などを床に直に置いていると、清掃がしにくくなります。簀の子(すのこ)の上に置いてあっても、簀の子を上 げての掃除がなかなかできず、ゴミが蓄積し、そこに湿気や水分があれば、細菌、カビ、虫の発生場所になりま す。 飲食店の衛生管理に厳しい米国・カリフォルニア州の規定では、床から 15 ㎝より高い位置に食材を置いてい ないと減点になります。減点が重なると、営業停止にまでなってしまいます。15 ㎝以上の高さがあれば、掃除が 簡単にできます。 25 箱に密封された食材は 15 ㎝以上の高さに置けばよいですが、カゴに入った食材はさらに高い位置、「床から のはね水汚染がない高さ」といわれている 60 ㎝以上に置きます。このようにすることで、保管してある物を動かさ なくても簡単に清掃できます。 調理道具も、汚染されていれば、それが料理に影響してしまいます。60 ㎝以上の高さに置くか、S 管やフックで ぶら下げます。 食材は床に直置きしない 調理道具も 60 ㎝以上の高さで保管 キャスターを使う 壁際に棚を設置して物を置きますが、その最下段の棚が床ギリギリにあると、その下が清掃できません。このよ うな場合、最下段の棚の位置を上げるか、あるいは取り去ってしまい、キャスターに乗せて置くようにします。 キャスターに載せて清掃をしやすくする 26 壁から離すか、壁に接着させる 物を壁にくっつけて置いていると、わずかな隙間ができます。例えば、倉庫の段ボールケースが壁にくっつけ て置いてあると、その小さな隙間が虫やカビの発生源になります。厨房の調理機械も、壁に密着していると、その 隙間は同じことになります。フライヤー、オーブン、シンクなどの裏側が清掃できなくて、汚れが溜まり、虫、カビ、 細菌の棲みかになることがあります。 厨房は、狭いところが多いのですが、できる限り壁側を空けるようにして、清掃・洗浄をしやすくします。壁から 15 ㎝以上離せば、その間が清掃しやすくなります。もしくは、壁に接着させるか、あるいは埋め込みます。例え ば、シンクを壁に接着しているところもあります。接着してしまえば、掃除する場所がなくなります。 壁から離す 壁に接着 排水回りの洗浄をしやすくする 排水溝の蓋の上に、作業台や調理機器の脚が乗っているのを見かけることがあります。これでは洗浄ができま せん。場所をずらして洗浄できるようにするか、例えば、作業台の下など人が通らないなら、蓋を取り去ってしま えば、洗浄がしやすくなります。 排水枡が半分詰まっていて、においが出ている厨房も見かけます。これは、虫、カビ、細菌の発生源です。清 掃業者を入れてでも、一度きれいに排水できるようにすれば、洗浄が簡単になります。 詰まっている排水枡 蓋の上に機器の脚が乗った排水溝 27 4-8 清掃・洗浄の頻度を決める(毎日、毎週、毎月、年) 厨房内がすっきりしたら、清掃・洗浄がやりやすくなります。 「清掃・洗浄を科学的に行う」ということは、まずは頻度を決めることです。床は毎日行いますが、天井はどうでし ょうか。壁はどうでしょうか。ダクトは? フライヤーは? 機械類の上の目に見えないところは? 「汚れたらやる」ということにしていると、いつもそこにいるので、気付かないまま時間が過ぎてしまい、ある日、 ゴミなどの異物が料理に入ってしまったり、コバエの発生源ができていたり、となってしまいます。 そこで、まずは大体の頻度を決めます。頻度は、「毎日」「毎週(曜日を決める)」「毎月(毎週の曜日に合わせ る)」「年レベル(半年ごと、年に 1 回など)」の 4 つほどにします。 例えば、調理機器、床、排水溝、作業台、壁の腰位置といったところは「毎日」とします。そして、頻度が少ない ところについては、「腰位置から天井までの壁は毎月」「天井と照明は年に 2 回」といったように「このぐらいでよい だろう」といった形で決めていきます。その後、実施しながら、「毎月ではなく、毎週必要」となるかもしれませんし、 逆の場合もあるでしょう。後から変えていけばよいのです。 チェックリストを作って、実施していきます。チェックリストがないと、「毎日」の場合はともかく、「毎週」や「毎月」 などの場合は忘れてしまいます。チェックリストがあることで、確実な実施ができます(表 2、表 3) 。 泡洗浄をする 人は風呂に入る時、石けんやシャンプーを使います。大量の食材を扱う厨房も同じです。泡を使って洗浄しな いと、脂肪類はとれません。タンパク質の汚れが残っていると、細菌、カビ、虫の発生につながります。 泡洗浄は洗剤を使えばよいのですが、「泡洗浄をしたらどうですか?」と勧めると、「厨房内がごちゃごちゃして いるので、泡洗浄ができない」というところがあります。その「ごちゃごちゃ状態」がいけないのであって、前章の ように整理・整頓ができていれば、泡洗浄に持っていけます。「泡洗浄できる状態にすれば、厨房内はすっきり する」ということにもなります。まずは、泡洗浄できるようにすることです。 泡洗浄は、洗剤とスポンジといった家庭の台所レベルのもので行うことができますが、厨房が大きく、調理機械 が多くなると、小型の泡洗浄機を使った方が効果的です。小型泡洗浄器は、コンプレッサー式と、水道水の圧力 をそのまま使えるものがあります。コンプレッサー式の方が微細な泡なので、隅々に泡が入り込み、きれいになり ます。できれば、こちらの方をお勧めします。 小型泡洗浄器 28 日週管理記録 場所 調理側 サービス ホール側 管理内容 実施 仕入れ場所 清掃洗浄 当番表 倉庫 清掃洗浄 当番表 下処理 清掃洗浄 当番表 調理室,ダクト 清掃洗浄 機器メンテ 当番表 洗浄エリア 清掃洗浄 機器メンテ 当番表 ゴミ置き場 清掃洗浄 当番表 冷蔵庫 清掃洗浄 当番表 デシャップ 清掃洗浄 当番表 パントリー 清掃洗浄 当番表 デザート冷蔵庫 清掃 当番表 サラダ冷蔵庫 清掃 包装検 飲料冷蔵庫 清掃 当番表 飲料サーバー類 清掃洗浄 機器メンテ 当番表 カウンター 清掃 当番表 ホール 清掃 当番表 更衣室 清掃 パート 外回り.駐車場 清掃 パート 年 月 日~ 日 月 火 担当 確認 なし 水 木 金 土 特記 外部 表 2 毎日毎週清掃チェックリスト 29 月年管理記録 場 所 機械類の上 壁の上の方 冷蔵庫 倉庫 年 月 工調理機械 メンテナンス 天井.照明 内 容 清掃洗浄 清掃洗浄 清掃 点検.検査. 校正.交換 清掃洗浄 清掃 頻 度 毎月 毎月 毎月 毎月 半年 半年 担 当 当番表 当番表 当番表 管理部 調理側 全員 外注 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10 月 11 月 12 月 担当 確認 なし 表 3 管理表月年 30 冷凍庫 泡洗浄の前に、フライヤーの回りやダクトなどで汚れがこびりついているところがあったら、大掃除をしてピカ ピカにします。一度ツルツルにすれば、後は泡洗浄で毎日簡単にできます。 1 日の仕事が終わったら、粗塵を掃除し、その後、泡をかけていきます。この時、上の方から下に向かって、厨 房の周囲から排水溝に向かってかけていきます。泡を20分ほど貼り付けておくと、泡が脂肪の汚れを浮き出させ ます。この後、上から、回りから、泡と同じ方向で水をかけてすすげば、汚れはきれいに流れ去ります。 ここで素晴らしいのは、このようにするとブラシをあまり使わなくてもきれいになることです。ブラシでゴシゴシこ するのは時間と仕事が大変ですが、泡洗浄にするとこの作業が不要なところがかなり出てきます。泡が細かいと ころまで入り込んで、きれいにしてくれるからです。洗浄の時間が革新的に速くなります。コストダウンにつながる のです。 スイッチ回りや照明器具など、整理・整頓しても泡洗浄できないところは残っています。これらの場所は、カバ ーをするなどした上で泡をかけるようにします。 できるところから泡洗浄を始めていきます。次第に増やしていけば、洗浄の手間と時間はどんどん速くなり、き れいになっていきます。 きれいになれば、食材が傷まないまま料理ができるので、美味しくなり、顧客の獲得につながります。 手順を決める、手順を見直す 頻度を決め、泡洗浄を始めると、それまで行ってきた清掃・洗浄の手順が変わってきます。 例えば、オーブンにこびりついた汚れをゴシゴシこすっての清掃は、時間と手間がかかって大変ですが、泡洗 浄に変えれば、泡をかけ、水ですすぐだけで、きれいになります。 あるかなり大きな厨房では、作業後の清掃・洗浄に 10 人で 2 時間かかっていましたが、泡洗浄に変えたところ 3 人で 50 分になりました。効果とコストダウンの両方を確立できたのです。 新しく改善された清掃・洗浄の手順は、デジカメで写真に撮り、マニュアルにします。これを新人への教材にし ます。さらなる改善が出てきても、写真でのマニュアルなら、すぐに変更できます。 このようなことが、科学的な清掃・洗浄なのです。 31 4-9 温度と湿度で安全確保 食品安全に関する温度帯は 3 つに分かれます。それは、以下の「安全温度帯」「増殖温度帯」「殺菌温度帯」で す(図 9) 。 図 9 細菌の 3 温度帯 安全温度帯:冷蔵保管で細菌は休眠 細菌は、6℃以上になると増殖を始めますから、冷蔵庫を 5℃以下にすれば安全です。ある程度の期間、保管 することができます。サラダなどの生食料理は、10℃以下で保管しておきます。 増殖温度帯:作業室の温度は細菌が増殖するため、素早く作業する 細菌は、10℃を超えると増殖を始め、42℃まで非常に速くなります。60℃までは注意が必要です。 この温度帯は、調理作業をする一般的な温度ですから、下処理をしたり、調理の途中で一時的に置いたりする 時間が長くなるほど、細菌の増殖が進みます。 生食の調理では、加熱殺菌に入るまでの準備は、できるだけ短時間に行うことが必要です。 殺菌温度帯:加熱殺菌で安全でおいしい料理を作る • • • • • 加熱殺菌ができる温度帯です。殺菌では温度と時間を管理します。O157 のデータは、以下のようになります。 68.3℃:O157、8 秒で死滅 65.5℃:O157、32 秒で死滅 63.3℃:ハム、ソーセージなどの食肉加工製品、この温度で 30 分 62.7℃:O157、2 分 07 秒で死滅 60.0℃:O157、8 分 20 秒で死滅 厨房での加熱殺菌調理 豚肉、鶏肉、ハンバーグなどのミンチ製品では、中心温度が 75℃になれば殺菌できます。中心温度計で確認 します。 牛肉のステーキやタタキは、スジ切りをしていなければ、肉の内部は大丈夫ですから、表面を加熱すれば安全 32 です。グリドルやフライパンの表面温度は 160~180℃程度ですから、肉の表面を焼けば殺菌できます。レアの ビーフステーキは、中は生ですが、表面は強火で焼いていますから安全です。牛肉のタタキも同じです。 ただし加熱しすぎると、食品素材の美味しさである水分が失われ、硬く、ジューシーでなくなり、重量も減って、 美味しくなくなります。 中心温度計を活用する 安全かつ美味しい加熱調理で顧客獲得をするためには、中心温度計が欠かせません。 食品工場では連続して製造しますから、例えばコンベアフライヤーなら油の温度とコンベアのスピードを監視し ながら、「30 分ごと」といったように頻度を決めて、中心温度の確認をします。この確認が、HACCP の「CCP のモ ニタリング」です。 飲食店の厨房では、オーダーが来るごとに調理をしますから、連続して同じ料理を作ることはできません。その ため、中心温度の確認は、注文が来るたびに行わなければならないのですが、忙しいピーク時にはなかなかで きません。 そこで、一つの調理器具で行う料理を、1 日に 3 回ほど測って確認する方法をとります。例えば、フライヤーで の調理は、トンカツ、唐揚げ、天ぷらといったものになりますが、ランチタイムの最初のオーダーにトンカツが来 たら、中心温度を測ります。最初に安全確認をするわけです。75℃以上ならよいのですが、高くなりすぎると美味 しくなくなりますから、「75℃から 85℃の間」といった基準にします。 その後、オーダーがどんどん入ってくると、フライヤーではトンカツだけでなく、他の料理も作ることになります。 そこで、ピーク時にトンカツ以外の調理(例えば、唐揚げの調理)をしたら、もう一度測ってみます。これで、フライ ヤーでの調理の安全を、複数の料理で確認したことになります。 ランチタイムが終わったら、今度は、夕方の最初のオーダーが入った時、その最初の調理で計測をします。そ して、ピーク時になったら、別の料理で再確認します。 このような方法であれば、1 日に少なくとも 3 回以上確認することになります。同じように、グリドル、オーブン、サ ラマンダーなど、調理機器ごとに計測して確認することで、飛躍的に安全になります。また、温度が安定しますか ら、料理もいつも美味しくできるようになります。料理の失敗もなくなり、コストダウンにつながります。安全、美味し さ、コストダウンの 3 つが達成できるのです。 1日に3回以上 中心温度の確認を 湿度: 高湿では、細菌、カビ、虫の増殖 厨房が稼働している間は、蒸気もたくさん発出しますから、湿度は上がります。 営業が終わり、厨房内を洗浄した後は、乾燥させなければなりません。カビを増殖させない低湿度は、細菌増 殖や虫の発生を抑える効果もあります。理想的には、湿度 43%以下を、1 日 3 時間保持すれば、カビは増殖しま せん。そこまで下げられなくても、60%以下ならかなりの効果があります(図 10、図 11) 。 33 洗浄作業の手順は、泡洗浄をした後、水ですすぎます。水が溜まってしまう凹み部分があれば、水切りをしま す。この後、空調、除湿機(家庭用でも、かなりの効果があります。水タンクがいっぱいになってしまうので、ホー スで垂れ流しできるタイプを選びます。ホースを排水溝に入れて流します)、扇風機を併用するなどして、除湿し ます。空調と扇風機は、数時間のタイマー設定をすることで、電気代を節約することもできます。除湿機はつけた ままにします。 除湿の自動セットをした後は、乾燥するまで待つ必要ことはなく、すぐに帰ることができます。これもコストダウン になります。 図 10 カビと湿度 図 11 湿度 43%以下でカビ増殖防止 イメージ図 34 4-10 調理器具を分ける。取っ手やスイッチにも注意 肉、魚、野菜用のナイフ、まな板、バット、ボウルなど、調理器具は分けなければなりません。細菌の問題だけ でなく、においの付着もあります。 調理器具、バットやボウルなどの容器も、生食用と加熱調理用に分けます。ドリップなどを拭き取るタオルや、 ブラシを使うなどの洗浄用具も分けます。 これらを合理的に分けるには、ゾーニング別に分けるとうまくいきます。下処理ゾーンでは、野菜、肉、魚のそ れぞれの場所で使う調理道具やタオル、洗浄用具を別々にします。大きな厨房では、肉でも、牛肉、豚肉、鶏肉 でそれぞれ分けます。調理盛り付けゾーンでも、それぞれの調理群別にします。洗浄ゾーンも専用にします。 牛肉タタキ、ステーキサラダの調理 牛肉タタキ、あるいはレアに焼いたステーキを切り身にしてサラダに盛り付けるタイプの料理は、牛肉の表面を 焼いて殺菌し、その後、スライスして盛り付けます。 タタキ用にサクにする下処理をしたまな板には、生肉表面の汚染が付着していますから、表面を加熱したサク を、同じまな板に戻してスライスしてはいけません。スライスすると肉の内部が露出され、そこに下処理をした時 の汚染が付着してしまいます。もしも、下処理した肉の表面に O157 が付着していたら、スライスした肉に O157 が 付着してしまいます。ローストビーフも同じで、ローストした後は、スライスサービスをする専用のまな板か、ホー ルディングカウンターを使います。 この問題も、「下処理で使うナイフとまな板」「調理盛り付けで使うナイフとまな板」の両方を分けておけば安全で す。 スライスサービス専用のまな板 色分けしておくとよい 営業が終わって最後の洗浄時に、調理機器がわからなくなってしまわないように可能であれば色分けします。 まな板は、汚れがよくわかるように白色がよいですが、縁(ふち)に着色してあるまな板も便利です。 まな板の洗浄 まな板は、きれいに洗浄したつもりでも、表面には目に見えない小さな傷が無数にあります。その中に細菌が 入り込んでいますから、泡洗浄をする場合でもブラシをかける必要があります。 ブラシのかけ方ですが、まな板の長い側に沿ってブラシをかけているのをよく見かけます。その方が洗いやす 35 いためかもしれませんが、ナイフの傷は短い側に沿っていますから、これに沿ってブラシをかけなければいけま せん。 過信による洗浄不足にならないように ナイフは、昔からある木の柄に刃の部分を挿し込んだタイプの場合、挿し込んだ部分が汚れやすいので、よく 洗浄する必要があります。 柄と刀身部分が一体に滑らかなカーブでつながっているステンレス製ナイフは、汚れが落ちやすいので、衛 生管理対応型ナイフとして普及してきています。 ある大型施設で、旧タイプの包丁から、順次、この衛生管理対応型ナイフに入れ替えていったところがありまし た。半分ほど入れ替わったところで、細菌検査をしてみました。新しいナイフがどの程度衛生管理に対応できて いるかを調べてみるためです。その結果は驚くべきものでした。新しいナイフの方が汚れていたのです。なぜ、 そんなことになったのでしょうか? 現場状況の調査やヒアリングなどで原因がわかりました。旧タイプの包丁については、「よく洗浄しないと、汚れ が落ちない」と認識していたので、しっかり洗浄していました。しかし、新型(衛生管理対応型)については、「汚 れがすぐに洗い流せる」ということで、いい加減に洗浄していたのです。 過信してはいけません。 繊維がほつれるタオルはなるべく使わない タオルは保水性がよく、拭き取るのに便利ですが、繊維がほつれて料理に混入することも多く、できれば不織 布(カウンタークロス)を使った方が無難です。 不織布でも、使い捨てタイプと、何回も洗濯して使えるタイプがあり、使い分けられます。 不織布(カウンタークロス) 手袋 人の手は、洗っても完全にきれいにはなりません。作業している間にも、どんどん汚れていきます。そこで、使 い捨ての手袋を使います。 手袋には、ラテックス製とニトリル製がありますが、ラテックス製はラテックスアレルギーというものがありますの で、ニトリル製を使うようにします。 欧米のほとんどの国では、食材を扱う際に手袋の着用を義務づけています。 36 取っ手やスイッチに注意 厨房内の汚染を調べてみると、取っ手やスイッチが汚れていることがわかります。手でひねる水道の栓、冷蔵 庫の取っ手、出入り口のドアノブやハンドル、包丁の柄、調理機器のスイッチやダイヤルといったところです。つ まり、人の手が触れるところです。 当然のことですが、多くの人の手が触れるところは、それだけ人の手で汚染されます。食中毒菌に汚染された 人がいると、その人が触れた取っ手やスイッチなどを介して、多くの従事者の手が汚染され、どんどん汚染が広 がっていってしまいます。したがって、これらの場所を毎日、朝・昼・夕など、頻度を決めて、拭いて消毒します。 あるオープンキッチンを備えた店舗では、従事者の手が空くと、カウンタークロスと洗浄剤を使って、取っ手、扉、 カウンター回りなど、汚れやすいところをまめに拭き取っていました。 多くの人が触れるところはまめに拭き取り掃除を 37 4-11 個人の衛生管理 フケには急性食中毒菌 料理をしたり、食品を扱う人は、きれいで健康でなければなりません。「きれい」というのは、手だけではありま せん。特に毛髪混入は、フードサービスで最もクレームが多いものです。毛髪にはフケも付き物で、フケには黄 色ブドウ球菌が付着しています。これが食材に入り、増殖したものを食べると、急性食中毒になります。 以前、日本からヨーロッパに行くのがアンカレッジ経由だった頃、日本を出発し、アンカレッジで機内食を積ん だジャンボジェット機内で、集団食中毒が発生しました。原因は、機内食製造工場でサンドイッチのハムをパンに 乗せる担当者の 1 人が、家で飼っていたペットのオウムに噛まれてケガをし、傷口が膿み、黄色ブドウ球菌が出 て、その手で作業をしたことでした。1 枚 1 枚のハムに食中毒菌を付けてパンに乗せ、それは飛び立ってすぐに 300 人ほどの乗客に配られ、数時間後、北極上空辺りで一斉に発症したのです。この事例は、機内食製造工場 の教育素材にもなっています。フケにも同じ要素があるのです。 従事者は毎日、風呂とシャンプー 体も頭も、毎日、風呂に入ってしっかり洗います。 家から出る時、毛玉の落ちやすいセーターや、外れかけたボタン、汚れたシャツなどは身に付けないで、安全 で清潔な衣服にして出勤します。 更衣では、私服と作業衣の交差に注意 出勤途中、電車内では混雑によって他人の毛髪が付着したり、街中でゴミや埃が服に付いたりします。作業服 に更衣する時、これらの異物と交差しないようにします(図 12) 。 ロッカーの中には、まず私服を脱いで、下の方に入れます。それから、上に吊るすか置いてある作業衣を着る ようにします。 ロッカー内にはゴミが溜まりがちなので、週に一度は拭き掃除をするようにします。 図 12 私服と作業衣の交差を防ぐ方法 38 帽子の着用 毛髪は 1 日平均して 70 本ぐらいが抜け替わっています。そのため、厨房に 8 時間いるなら、その間に 20 本以 上が抜け替わっていることになります。10 人いる厨房なら 200 本になります。これは大変な数です。毛髪の落下 を防ぐためには、帽子の着用が不可欠です。 粘着ローラー 作業衣に付いた埃やゴミ、毛髪を取り去ります。注意して作業衣を着ても、ローラーをかけると結構付いている ものです。粘着フィルムは、3 回使ったら 1 回分剥がすところもありますが、1 回かけたら剥がして、自分の目で 「どの程度の異物が付いているか」を確認してから捨てるところもあります。 爪と手洗い 粘着ローラーは、複数の人が柄を持ちますから、汚染されます。したがって、手洗いはローラーをかけた後に します。 外科医が手術をする時、最初の重要な仕事が手洗いです。食品を扱う従事者も同じで、手にはシワや爪の間 に細菌が潜んでいます。爪は常に短く切っておくようにします。 手洗いの手順については、保健所などからのイラストマニュアルなどを参考にして、十分な時間をかけて洗い ます。汚れが落ちにくい場所は、親指回り、指の股、指先などが多いようです。 手袋をするようにしても、手洗いはしっかりと行う ある大型の厨房では、大量の弁当を製造していて、月に一度、弁当の細菌検査をしていました。長い間、問題 がなかったのですが、ある時、突然、異常な数の一般生菌が検出されてしまいました。原因を調査したところ、 「今度入ったあの人は、手を洗わないで現場に入ってしまう」という話が何人かからあり、本人に尋ねました。そう すると、「手袋をするのに、なぜ手を洗わなければならないのですか?」と、逆に質問してきました。作業場所に はニトリル手袋があり、それをしてから弁当のおかずの盛り付けをするので、「手洗いをしなくてもよい」と思い、 洗わなかったのです。 そこで、「汚れた手で、手袋を箱から出すと、手袋の表面を触るので、汚れてしまいます。その表面が汚れた手 袋でおかずをずっと盛り付けていったら、細菌はどんどん増殖して、それが弁当を汚染するのですよ」と教えまし た。これで納得してくれました。 手袋をしていても手洗いは必要 39 ところがこの後、数十人いる他の従事者に同じような人がいないかアンケートと聞き取りで調査したところ、2 割 ほどの人が同じように考えていたのです。「手袋をするのに、なぜ手を洗わなければならないのか?」と思いな がら、「一応、手洗いをしていた」のです。これではしっかり洗えません。 「手洗いマニュアルどおり洗うこと」と言う前に、手袋をする前に「なぜ手をしっかり洗う必要があるか」を教えな ければなりません。また、「4‐3 3 つの食中毒群と共通の対策」で述べたように、トイレの後、特にしっかり手を洗 う必要があります。 指輪は手と指輪の間に細菌が潜みます。指輪をした手で粉を混ぜたことが原因で、数十人の食中毒が起きた ことがあります。指輪は外します。 マスク 厨房内で仕事をしている間はできるだけマスクをかけるようにします。 3 割くらいの人が、鼻の穴に黄色ブドウ球菌を持っています。また、話したりしていると唾液が飛びます。これら が料理に落下するからです。 家からの手順を守る 以上のように、食品の仕事に従事する人は、仕事場の中だけでなく家から、個人的にもしっかりと衛生管理を行 う必要があるのです(図 13)。 まず、健康かどうかの自己判断をします。下痢をしていたら、食中毒菌を仕事場でばらまくことになるかもしれま せん。 そして、本項の「風呂での毎日の石けんとシャンプー」「出勤時に来ていく衣服」「職場に到着したら、私服と作 業衣を交差させないで作業衣に更衣」「帽子の着用」「粘着ローラー」「爪と手洗い」「手袋」「マスク」の管理と手順 を守ることが、厨房の従事者に必要なことなのです。 図 13 個人の衛生管理の手順 40 4-12 教育・認識 検査の結果がすべて合格ならよいのですが、科学的な衛生管理を行っていないところでは、問題点が発見さ れるのが一般的です。 まずは、衛生管理に問題があることをわかりやすく現場に伝え、現場の皆さんが「これは大変だ!」と認識する ことが大事です。認識しないで、「こうしろ」「ああしろ」といっても、効果はありません。 「見える化」する ある施設では、毎月、食材の細菌検査を専門機関に出していましたが、その結果はただファイルに綴じ込んで いるだけでした。ある衛生管理者が監査に来て、このファイルを見て驚きました。結果が悪いのに放置していた からです。 これを指摘したのですが、現場はよく理解していないようなので、グラフにして示しました。過去の細菌検査の 数値をグラフにして、限界値のところに太い赤線を入れたところ、「大きく超えている月」「超えてはいないが、ギリ ギリ合格」という月もあり、かなり危ない状況が目に見えました(図 14)。そこで、「このままだと大変なことになる」 と言い、一般的衛生管理活動についての解説をして帰りました。 その 3 カ月後、再監査で訪れた時には、細菌の数値はぐっと下がり、非常に良い結果になっていました。どの ようにして、このような良い結果になったかを聞いたところ、「以前も『清掃・洗浄をしっかりしよう』という活動はある 程度はやっていたが、全員にこのグラフ見せて『このままだと大変だ!』と言った途端、清掃・洗浄を徹底するよう になった」ということでした。 認識があるかないかで、活動と結果は大きく変わってくるのです。 図 14 細菌検査結果の「見える化」 41 デジカメで撮影し、発表する いつも同じ仕事場にいると、汚れているのがわからなくなります。 ある厨房で ATP 検査を行ったところ結果が非常に悪かったので、専門家に調査を依頼しました。専門家は、現 場に入った途端、すぐに原因がわかったのですが、現場の皆さんに理解させるために、デジカメで問題箇所を 撮影しました。そして、全員に集まってもらって、写真をプロジェクターで大きくスクリーンに映し出しました。 まず映し出されたのは、ゴミだらけになった扉のサンのような写真です。たくさんの埃やゴミが映っています(図 15)。 はじめに「さあ、ここはどこでしょう?」と聞きましたが、接写しているのでわかりません。そこで、全体がわかるよ うに撮った写真を写し出しました。 「これは、下処理した食材を入れてある冷蔵庫の扉の上です」 途端に「ええ~~~!!」と驚愕。 「この小さな黒いのは、ゴキブリのふんです」 「うぇ~~~!!」 「この冷蔵庫の蓋をドンと閉めると、これらの汚いのが食材に振りかかります」 次は、何やら壁と機械の隙間がドロドロに汚れている写真が映し出されました。 「これは、フライヤーの裏側です」 またまた驚愕。 「俺のところじゃないか!」という声も上がりました。 このような写真を何枚か見せ、皆さんが愕然としたところで、専門家は言いました。 「この汚れは、細菌、カビ、異物の塊」です。このままでよいと思いますか?」 この厨房では、すぐに一般的衛生管理の活動に入りました。 図 15 接写撮影で問題箇所を検証 42 週に一つずつ 一般的衛生管理に必要な50の主なテーマ 1 なぜ爪を切らないといけないの? 一般的衛生管理を定着させるには、一気にはできませ 2 下駄箱はルールを守って使用 ん。一つずつ、着実にできるようにしていくことです。 3 扉の開け放しがなぜ危険なのか? ある施設では、週に一つだけ実施強化することを決めま 4 ブラッシングで毛髪をシャットアウト 5 健康チェックは、なぜしなければならないの? した。例えば、ある週は「扉は肘で開ける」活動に決めまし 6 指輪、時計をはずす理由 た。この施設は、スイングドアや引き戸が多く、元々汚れな 7 私物を持ち込まないルールを徹底しよう いように取っ手を極力なくした作りでしたが、スタッフへの 8 上下に分かれたロッカーの正しい使い方 教育・訓練ができていませんでした。そこで、「取っ手は汚 9 ヘアーネット、帽子はこのようにかぶろう れる」ということを教え、拭き取り検査の結果も見せて、「だ から、手で開けないで、肘で開けましょう」と言うと、それが 10 ユニフォームを着るときはこんな点に注意 1 週間の活動になります。その結果、肘開けの習慣が徹底 11 これが正しいマスクの仕方 12 作業靴のチェックを忘れずに し、自宅でもやり始める人も出てきました。 13 毛髪対策:頭髪ブラシと粘着ローラー 14 正しい手洗いの方法を覚えよう 15 ペーパータオル、アルコールの効果的な使い方 16 エアシャワーで全身を清潔に 17 絆創膏は会社支給のものを 18 ドアを手で開けない 19 台車を使うときのポイントは? 20 原材料はどう置いたらいいの? 21 段ボールを現場に入れないわけ 22 おしゃべりは食品衛生の敵 23 床はどこでも汚染ゾーン 24 なぜタオルがいけないのか? 肘開け式ドア 25 器具は食材ごとに色分けしよう 26 作業は決められた時間、決められた温度内で 27 資材の管理も食品同様に配慮して 次の週は「手洗い手順の徹底」、その次は「粘着ローラー 28 点検表は正確に記入しよう の徹底」というように、毎週やっていくと、1 週間で体が覚え、 29 湿度が高いとどうなる? どんどん定着していきます。その結果、年に 50 もの実施事 30 室温を最適に保つには? 項が定着していきます。 31 なぜ急速冷蔵が必要? 代表的な 50 のテーマを表 4 に挙げておきます。 32 中心温度をなぜ測るのか? 33 表面温度を測るのはどんな場合? 34 温度の限界値ってなんだ? 35 コールドキッチンってどんなところ? 36 (各調理機械)を使いこなすには? 37 不良品の写真がなぜ必要? 38 作業動線をなぜ守らないといけないのか? 39 ネジや部品がなくなったらどうする? 40 清掃と洗浄って違うの? 41 配管や配線の清掃 42 これが正しい洗浄の仕方 43 機械の泡洗浄の場合は? 44 洗剤や機械油の取り扱い方 45 調理器具の殺菌はどうやるの? 46 清掃洗浄のときはこんな点に注意 47 ワイパーはどうやって使う? 48 上手なゴミの捨て方は? 表 4 一般的衛生管理に必要な 50 の主なテーマ 49 使用しない機器があったらどうする? 50 ユニフォームを脱ぐ時の注意は? 43 4-13 検査、運営の仕組みを作る 「厨房がきれいになっているか?」「手洗いがちゃんとできているか?」ということは、検査をしないとわかりませ ん。検査の結果、安全が確認されればよいのですが、洗浄不足もあるかもしれません。 検査は費用がかかりますが、効率とコストパフォーマンスが良い方法もあります。 ある程度のチェーン店なら ATP 検査がお勧め ATP 検査とは、脂などのタンパク質、つまりは「汚れ」がどの程度かを測定する検査です。細菌を直接検査する のではありませんが、タンパク質の汚れと細菌の数は同じ傾向をとりますので、かなり正確に検査できます。 ATP 検査装置はハンディなものがあり、検査の時間は 1 カ所で 1 分程度です。その場で汚染状態が数値でわ かるので、すぐに再洗浄などの対策がとれます。装置本体は 9 万円台です。 チェーン店でスーパーバイザーが店舗を巡回する時に、この装置を持っていくことで厨房内を検査できます。 ATP 検査装置 検査方法は簡単 ATP 検査は、洗浄が終わった後、あるいは翌日仕事を始める前に行います。作業中は食品が触れているので、 数値は当然大きくなり、検査の意味がないからです。 検査方法は、長めの綿棒にちょっと水道水を付けて、縦横数㎝の場所を、縦横10 往復程度拭き取ります。綿棒 を検査装置に挿し込むと、10 秒ほどで数字が表示されます。 一般的には数値が 1000 以下なら合格ですが、食器の表面など、食べるものが直接触れるところは 500 以下に します。 衛生管理を何もしていなくて、見た目にも汚れている場所を検査すると、数万、数十万という数値が出てきてび っくりします。 まず、そこら中を検査 ある大型厨房では、ATP 検査装置を購入した時に、一緒に検査で使う綿棒も 100 本入手しました。作業が終了 した後、この綿棒を全部使ってありとあらゆるところを検査しました。綿棒は 1 本 200 円ちょっとなので、2 万円以 上を一気に使ったのです。 結果は惨憺(さんたん)たるものでした。1000 以下のところも結構ありましたが、びっくりするほど汚れているとこ ろもかなりの箇所で出てきました。例えば、ハムスライサーの刃の部分は合格でしたが、ハムのブロックを押さえ る爪が出たストッパーを検査したところ、7 万以上の数値でした。この部分はハムが直接触れますし、爪で細菌を 中に挿し込んでしまうところです。 44 この検査によって汚染されているところがわかったので、洗浄方法を改善しました。洗浄場所のリストも作って、 運営を始めました。時々検査をしながらの運用だったので、最初のうちは時間もかかり、大変でした。しかし次第 に慣れてきて、1 カ月ほどすると苦もなくできるようになりました。 拭き取り検査場所のリスト例 順次きれいに そこで 2 回目の大検査を実施したところ、かなり良い状態でした。しかし、未だ何カ所か不合格が出ました。ま た、新しく発見される場所もありました。 このようなことを繰り返し、半年ほどしたら、ほとんど合格にすることができました。ここで担当者は振り返り、「最 初の頃の状態で、よく無事だった」と冷や汗をかいたということです。 その後、毎月、日を決めずに抜き打ちで 10 カ所ほどを検査し続けています。時々問題が発見されますが、す ぐに改善します。その結果、検査費用も少ない状態で衛生レベルを維持しています。 単独店では、数値は出ないがもっと簡単な方法も 洗浄後のタンパク質を検出し、色で汚れの程度がわかる検査もあります。やはり綿棒状になったキットを使いま す1。 検査方法は、綿棒をチューブから取り出して対象面を拭き取ります。チューブに戻して付いているスティックを 押し込んでかく拌すると、10 分ほどで色が出てきます。「緑色なら清浄」「紫なら汚染」という具合で判定できま す。 手洗い後の検査 これらは手洗い後の検査にも活用できます。 また、スタンプ検査といって、手形になった検査シートに手洗い後の手を押し当て、小型の(2万円ほど)恒温機 に 2 日間入れると、汚れの状態がわかる検査方法もあります。 1 「3M クリーントレース衛生モニタリング製品 タンパク残留測定スワブ PRO50」 http://www.mmm.co.jp/microbiology/products/cleantrace/pro50.html 45 手洗い後の検査では、何人も調べると、きれいに洗われている人とそうでない人が出てきます。洗い方が悪い 人は指導して直します。 食材と料理の検査 シート培地を使う食材の検査は、ある程度の練習をすれば自分でできます。少量の食材サンプルを専用の液 の中で潰し、この液をシートに挟んで恒温機に入れます。2 日間すると細菌がどの程度いるかわかります。シート は、大腸菌、大腸菌群、サルモネラなど、多くの細菌に対応しています。1 枚 200~300 円程度です。 この検査は料理そのものにも使えます。加熱殺菌する調理では中心温度計を確認すればよいですが、サラダ などの非加熱の料理は時々検査した方がよいでしょう。 傾向を常に見る 検査結果は数字にして記録しておきます。ずっと低レベルで安定している場合はよいのですが、次第に悪化し ている場合もあります。困るのは、不安定でいきなり悪い数値が出る場合です(図 16)。 傾向を継続的に監視することで安全を確保します。 図 16 検査結果の傾向を監視 46 4-14 改善事例 ある中規模のレストランでの改善事例を紹介します(図 17) 。 ①更衣室から厨房の間に、手洗いシンク、粘着ローラーがない 手洗い槽は厨房の中にありますが、ほとんど使わないので物置き化していました。 そこで、更衣室から厨房に入るところに手洗いシンクを設置し、その手前に粘着ローラーを設置しました。そし て、「粘着ローラーをかけ、手洗いをしてから、厨房に入る」というルールにしました。 ②冷凍庫の中が霜だらけになっている 長い間冷凍庫を清掃していないと、霜だらけになり、電力も消費するようになってしまいます。不良在庫もかな りありました。 そこで、いったん全部の在庫を取り出して整理し庫内の洗浄まで行ったところ、在庫が半分になり使いやすくな りました。置いてある場所がすぐにわかるようにもなりました。 今後は年に 1 回、冷凍庫の清掃をするようにし、チェックリストに入れました。 ③洗浄済みの食器と調理台が交差している これを直すには、ほとんどの調理機器と作業場所を動かさなければならないので、大きな改善工事か新設にな るまで待つことにしました。 ④調理台の上に異物混入の元がある 錆びて使わなくなったハサミなど、不要なものがいろいろありました。例えば、鉛筆などが突っ込んである缶が 「ゴミ入れ」になっているような状態だったので、撤去・清掃したところ、広く、きれいになりました。洗浄剤も移動さ せました。 ⑤下膳の一番混雑しているところの真下で野菜カット台がある 野菜カット台がホール(客席)から戻ってくる食器を置く場所のすぐ下にあったので、食べ残しや楊枝、タバコの 灰などが、野菜の下処理カットをしているところに落ちていました。そのため、不衛生な上、異物混入の元になっ ていました。 そこで、野菜カット台をフライヤーの横、冷蔵庫からすぐの場所に移動しました。これによって、今までは「冷蔵 庫から出した野菜を、わざわざ一番遠い場所まで持っていって下処理し、それをまた調理場所まで戻す」という 無駄な動きをしていた点を大幅に改善できました。 歩く距離と作業時間を考えると、大変なスピードアップとコストダウンになりました。 ⑥ピーク時になると、下膳と提供メニューが一緒になってしまう ⑦カレーや麺類の調理場所のすぐ上に、下膳が満載されてしまう この 2 つの問題は、下膳の一時置き場を洗浄ライン側に決め、間に仕切り板を設置して交差しないようにして解 決しました。 47 改善前 調理・提供 手洗い 戻り 洗浄 ⑨ ⑤ 野菜 カット台 ② 冷凍庫 セ ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ カ レ ト 台 ⑩ ③ 更衣室 ① 休憩室 下 膳 ー ー グ リ ル ガ ス レ ン ジ 麺 類 ③ ストック ホ ⑥ 提 供 ル ・ 客 席 ⑦ 食器ストック 更衣室から厨房の間に、手洗い、粘着ローラーが無い 冷凍庫の中が霜だらけ 洗浄済みの食器と調理台が交叉 調理台の上に異物混入の元が 下膳の一番混雑しているところの真下で野菜カット台が ピーク時になると、下膳と提供メニューがいっしょになってしまう カレーや麺類の調理場所のすぐ上に下膳が満載されてしまう バケツ、消毒液が、調理台の上にある コップの洗浄サンテナーが床に転がっている 排水溝の蓋の上に、作業台の脚が乗っていて、清掃できない 冷蔵庫内のなべなどが床に直置き 冷蔵庫内のゾーニングがされていない。肉も野菜もいっしょ。 改善後 調理・提供 ②大掃除 手洗い 戻り 洗浄 ⑨直置きしない 下 膳 冷凍庫 ー 野菜 カット台 ガ ス レ ン ジ ホ セ ト 台 麺 類 ⑩蓋を取り去る ストック ル ・ 客 席 カ レ ー グ リ ル ⑧整理整頓 ッ ①新設 ブ ン 、 手洗い オ ラ イ ヤ ー 冷蔵庫 ④整理整頓 フ ー ⑪床置きしない ⑫ゾーニングする 更衣室 休憩室 、 ブ ン 、 ⑪ 冷蔵庫 ⑫ ⑧ ッ フ ラ イ ヤ ー ー オ ④ 提 供 食器ストック ⑤野菜カット台をフライヤーの隅に移動 ⑦下膳の置き場を広く ⑥ 仕切り版の設置 下膳と提供を一方通行に ⑤⑥⑦移動と改修 図 17 厨房の衛生管理改善 ⑧バケツ、消毒液が、調理台の上にある これも④の問題と同じで、整理・整頓で解決しました。 ⑨コップの洗浄サンテナが床に転がっている サンテナが汚れていて、そこに洗浄したコップを入れていたので不衛生でした。この他にも、床に直起きがあ ちこちにありました。 そこで、「置き場所を決めること」と「直置きしてはいけない」というルールを徹底しました。 48 ⑩排水溝の蓋の上に作業台の脚が乗っていて、清掃できない 排水溝の清掃ができないのでひどく汚れていました。それが、カビ、細菌、虫、においの発生源になっていま した。 作業台は動かせないので、脚の部分だけ残して切り取り、簡単に清掃できるようにしました。 ⑪冷蔵庫内の鍋などが床に直置きされている 棚かキャスターの上に乗せるルールにしました。さらに冷蔵庫の清掃・洗浄を毎月行い、チェックリストに入れる ことにしました。 ⑫冷蔵庫内のゾーニングがされていない。肉も野菜も一緒に置かれている 庫内の置き場所を決めました。さらに「肉置き場」「魚置き場」「野菜置き場」と大きく 3 つにゾーニングしました。 この他に改善したこと • • • • • • • 小型の泡洗浄機を導入しました。これまでは整理・整頓ができていなかったので、洗剤で洗える場所はあま りなかったのですが、これで洗浄が合理的にできるようになりました。 中心温度計と表面温度計を導入し、温度チェックをするようにしました。 家庭用の除湿機を 2 台導入しました。最終の洗浄が終わった後、動かしっ放しにして帰るようにしたところ、 翌朝の湿度が 50%を切るようになりました。 店の周囲を毎日清掃、毎週洗浄するようにしました。 取っ手などの手が触れるところに、持続型殺菌剤を塗布するようにしました2。 錆びている場所がかなりあり、これが料理に混入する危険があったので、強力な錆止め塗料を 1 本購入し、 塗布しました3。 傷んでいる洗浄道具を新しくしました。ブラシ類は、埋め込み部分にカビや細菌が入り込まないタイプのも のにしました4。 その他、一般的衛生管理の活動を続けて行った結果、コバエがいなくなり、カビはなくなり、食材の鮮度がよく なり、厨房内はすっきりと気持ちよくなり、以前あったにおいもなくなり、約 1 年後には売り上げが伸びて利益も増 えていました。 ここはチェーン店なので、本部で ATP 検査機を購入し、スーパーバイザーが検査をすることになりました。そこ で最初にこの店を集中的に検査したのですが、多くの問題が発見されました。改善に取り組んだ結果、飛躍的 によくなったので、他の店舗でも同じ調査と改善活動をするようにしました。 2 3 4 「15 便利グッズ:これから導入を考えているならご紹介」参照 「15 便利グッズ:これから導入を考えているならご紹介」参照 「15 便利グッズ:これから導入を考えているならご紹介」参照 49 4-15 便利グッズ:これから導入を考えているならご紹介 本項で紹介する資材は、多くが業務用資材販売会社から購入できますが、下記のウェブサイトからも購入でき ます。 [ア]=アズワン株式会社5より購入できます。 [紀]=株式会社紀鳳産業6より購入できます。 小型泡洗浄器「エアムースガン」7 これまでの小型泡洗浄機は、水道にホースでつなぎ、水圧を利用して泡を出すタイプが一般的でした。最近は、 エア・コンプレッサーを設置していれば、非常に細かい泡を出せる小型泡洗浄器があります。 洗浄剤はいろいろなタイプがあり、用途に合わせて選択できます。[ア][紀] 「ハサップガード」シリーズ8 衛生管理を後押しするいくつかの製品が、シリーズとして販売されています。 持続型殺菌剤 「殺菌」というと、普通はアルコールか次亜塩素酸ナトリウム(通称「ジアソー」)になりますが、取っ手などの手を 触れるところには、1 回噴霧すると 1 週間殺菌効果を維持する塗料型の殺菌剤があります。これを毎週の頻度で 使えば、効果だけでなく、作業も簡便になります。 防錆剤 普通の防錆塗料は、しばらくすると剥げてしまい、かえって異物混入の元になってしまいます。このシリーズの 防錆剤は、ナノ技術という超微細な塗料なので、対象物表面にびったり貼り付き、長期間剥がれません。刷毛 (はけ)塗りとスプレーがあります。 暑さ対策 加熱調理の場所は高温になり大変ですが、これを下着の裏側(肌に付く方)に塗ると、清涼剤を塗ったと同じこ とになり、数時間涼しさが持続します。普通の清涼剤はすぐに効果がなくなるのに対して、このシリーズは、塗料 技術を使っているので長時間維持できます。[ア][紀] ATP 検査機 ATP ふき取り検査の装置は、厨房で使うのに便利な小型のタイプのものがキッコーマンバイオケミファ株式会 社やスリーエム ヘルスケア株式会社などから販売されています。価格は、装置が 9 万円台、検査用の綿棒が 200 円台です。[ア][紀] タンパクふき取り検査「クリーントレース PRO50」9 検査対象を綿棒で拭き取って、10 分ほどすると色が出てきます。色によって「汚染」か「清潔」かがわかります。 [ア][紀] 5 6 7 8 9 50 「アズワン サニーフーズネット」 https://www.sanifoods.net/ 「株式会社紀鳳産業 サニタリー用品専門店 衛生市場」 http://www.k-sanitary.com/ 「有限会社ガリュ 薬剤塗布ユニット」 http://www.ga-rew.com/pgs_prod_amg.shtml 「株式会社染め Q テクノロジィ ハサップガード・シリーズ」 http://www.somayq.com/haccp/ 「3M クリーントレース衛生モニタリング製品 タンパク残留測定スワブ PRO50」 http://www.mmm.co.jp/microbiology/products/cleantrace/pro50.html シート培地「サニ太くん」10 シートにサンプル液を挟んで培養する微生物検査培地です。多くの種類の細菌について、拭き取り検査や落 下細菌検査ができます。[ア][紀] 中心温度計、表面温度計 各店舗に 1 本必要です。食材の搬入時、冷蔵食材、加熱料理での中心温度測定など、科学的な衛生管理に 欠かせません。[ア][紀] 粘着ローラー 柄がある程度長く、背中にローラーがかけやすいように曲がっているタイプが使いやすいです。[ア][紀] ノロウイルス対応除菌剤「EAIFIX」11 ノロウイルスにはアルコールは効きにくいので、次亜塩素酸ナトリウム(ジアソー)を使いますが、この除菌剤は アルコールと同じように使うことができて、ノロウイルスや O157 など食中毒菌類とウイルスの両方に効果がありま す。[ア][紀] 天然系殺虫忌避剤「バイロハスシリーズ」12 虫対策のためには清掃・洗浄と除湿が効果的ですが、それでも殺虫剤は必要です。しかし、厨房やホールで 殺虫剤を使うと、料理に混入する可能性があるので危険です。また、最近は化学薬剤を嫌う傾向もあります。 このシリーズは、「ニーム」というインドネシアなどの南方の国にある樹木の種油を抽出した天然の殺虫忌避剤 です。ポジティブリスト制度によって使用が制限されている農薬などもありますが、この中で「使っても良い」として いるリストにニームも含まれています。「厨房の洗浄が終わって、最終の水流しの後に、週に 1 度流すタイプ」「店 舗の周囲に虫が来ないように、月に 1 度塗布するタイプ」があります。[ア][紀] サーモンレンジブラシ13 一般の洗浄ブラシは、埋め込んでいる部分には隙間があり、その中に細菌やカビが入り込んでいます。そのま ま洗浄に使っていると、かえって洗浄物を汚すこともあります。このブラシは、シリコンで隙間部分を埋めてあるの で、この心配がありません。食品が直接接触するものの洗浄用にすると安心です。[紀] バーブラシ 扉やシャッターの隙間をふさぎ、虫の侵入を防ぎます。大きさや幅など多くのタイプがあり、長さに合わせてカ ットして接着します。[ア][紀] 10 11 12 13 「JNC 株式会社 微生物検出キット サニ太くん」 http://www.jnc-corp.co.jp/sanita/ 「日本エコロジア株式会社 EAIFIX(イーフィックス)」 http://www.ecologia.co.jp/ec/eaifix/ 「日本エコロジア株式会社 バイロハス ペストコントローラー」 http://www.ecologia.co.jp/ec/pest/ 「株式会社フーズデザイン 埋め込み部分の汚れを解決したブラシ」 http://www.foodesign.net/sa-monnburasi.html 51 ハサップキャップ ホールサービスには向きませんが、厨房内の毛髪混入対応の帽子は、簡単に着脱でき、軽く、効果が高いも のが求められます。このキャップは、この目的に対応して設計されています。[紀] 「エレクター」シリーズ 中心に補強の金属を入れたパイプを使った器具で、キャスター、棚、ゴミ入れ、靴挿しなど、多くのタイプがあり ます。汚れが付きにくく、洗いやすいので、整理・整頓に便利です。部品でも売っていますので、目的に合わせ て自作もできます。[ア][紀] カウンタークロス14 不織布ですから、ほつれて異物混入になることがありません。「使い捨てタイプ」「何度も洗えるタイプ」がありま す。色も揃っていますから、ゾーニングに合わせることができます。[ア][紀] ニトリル手袋 素手で食材に触らないようにするために使います。混入しても発見しやすい青色のものにするとよいです。 [ア][紀] ルミキャップ 照明が暗いと、異物を見つけにくく、仕事がやりにくくなります。これは蛍光灯に被せるだけで、背面の反射フィ ルムで明るくし、全面の透明フィルムで虫を寄せ付けない光にします。照度アップと防虫の両方ができます。 [ア] 金属テープ 隙間や剥がれた所の補習にガムテープを使うと、次第にボロボロになり、異物混入の原因になります。アルミ やステンレスのテープがあり、幅はガムテープと同じです。この厚手のものを使うと恒久的な修理になります。 機械類に使っている小さなネジは、脱落して料理に混入する可能性があるので危険です。間違えて食べてし まうとケガをする原因になります。落ちないように金属テープを貼ります。テープはホームセンターなどで販売し ています。 替えられるなら蝶ネジに 時々、分解洗浄するためにネジを外したり、落下による混入を防ぐために、替えられるのであれば蝶ネジにし ます。これなら手で開け閉めできますし、落下してもネジのサイズが大きいのでわかります。 14 52 「日本製紙クレシア株式会社 産業用ワイパー(ワイピングクロス)」 http://www.crecia.co.jp/business/products/wiper/ 食品機械専用オイル 一般の食品機械用のホワイトオイルやグリースは食品に混入すると発癌の危険があるとされることから、欧米で は食品機械専用の油を使わなければなりません。日本では規制の対象にはなっていませんが、対応する必要 があります。厨房の機械類に使っている油を調べて、「食品専用」と表示していなければ、食品機械専用オイル に替えてください。 エアタオル 手を下向きに挿し込んで使うタイプの場合、壁面が汚れるので、毎日、拭いて殺菌する必要があります。これ から購入する方には吹き落としタイプをお勧めします。シンクの前に設置すれば、清掃の必要はありません。 業務用扇風機 大きな厨房を洗浄後、除湿する際に扇風機を併用すると、素早く乾燥させることができます。業務用タイプは強 力で価格も安く、タイマー付きのものもあります。 キャスター付き作業テーブル 大きな厨房向きですが、キャスターが付いているので移動やレイアウト変更が簡単で、清掃も楽にできます。 53 第 5 章 食の安全は国際的な基本事項 5-1 米国での食の安全をめぐる動き 米国では、食の安全をより確実にするための動きとして、O157 のほか、O111 や O145 など 6 種を 2012 年 3 月よ り大腸菌検査の対象に追加するとの意向が公表されました。特に食肉加工工場における重要な検査項目となり ました。米国の食肉加工工場では、O157 など各種病原菌の洗浄除去、交差汚染防止技術の開発だけでなく、 病原菌撲滅に向け、大学、研究機関において、飼料の研究から O157 のワクチンの研究開発にいたるまで多種 多様な角度から研究が行われています。 米国では年間に 6 人に一人が食中毒を発症し、そのうち 128,000 人が入院、うち 3,000 人が死亡すると推定され ています。しかし、食中毒の実数を把握するのは極めて困難で、保健所、病院への届け出をしない場合や、食 中毒と判断されない場合も多いため、日本でも実態を把握するのは困難とされています。 2011 年に予想される上位 5 種の病原体に起因する米国内の食中毒者数(CDC、2010 年) 病原体 予想総中毒者数 うち予想入院者数 うち予想死者数 ノロウイルス 5,461,731 人 14,663 人 149 人 1,027,561 19,336 378 サルモネラ 845,024 8,463 76 カンピロバクター 241,148 NA NA 黄色ブドウ状球菌 NA 2,138 NA 出血性大腸菌 O157 NA 4,428 378 トキソプラズマ NA NA 255 リステリア *NA: 上位 5 種以外 米国では、実際に食中毒として届けられた件数に、一定の係数を掛け合せることで、届け出がない潜在的な患 者数を推定しており、実際に病院や保健所に報告される数は、これよりもはるかに少なくなっています。 これほど多くの食中毒患者が発生しているという状況を受け、食品業界が自主管理と顧客教育の手を打たなけ れば、食の安全性はもとより食品業界への信頼性失墜は不可避です。これは日米の食品関連企業が共に取り組 まねばならない基本事項ともいえます。 54 原因物質 総 数 細 菌 サ ル モ ネ ラ 属 菌 ぶ ど う 球 菌 ボ ツ リ ヌ ス 菌 腸 炎 ビ ブ リ オ 腸管出血性大腸菌(VT産生) その他の病原大腸菌 ウ ェ ル シ ュ 菌 セ レ ウ ス 菌 エルシニア・エンテロコリチカ カンピロバクター・ジェジュニ/コリ ナ グ ビ ブ リ オ コ レ ラ 菌 赤 痢 菌 チ フ ス 菌 パラチフスA菌 その他の細菌 ウ イ ル ス ノ ロ ウ イ ル ス その他のウイルス 化 学 物 質 自 然 毒 植 物 性 自 然 毒 動 物 性 自 然 毒 そ の 他 不 明 事件 1,254 580 73 33 1 36 27 8 24 15 361 1 1 403 399 4 9 139 105 34 28 95 総数 患者 25,972 8,719 2,476 836 1 579 358 1,048 1,151 155 2,092 2 21 14,700 13,904 796 55 390 337 53 29 2,079 死者 - 図 18 厚生労働省「平成 22 年 病因物質別月別食中毒発生状況」 上記の日本のデータは届出ベースのため合併症による判断困難な症例や自然治癒したケースなどは含まれ ていない。 5-2 米国の食の安全確保の背景 米国における食肉の安全性の確保の起源は 100 年以上前に遡ります。1907 年の連邦食肉検査法(Federal Meat Inspection Act, FMIA)により、家畜のと畜前後の検査、と畜・加工施設の衛生管理、そして米国農務省(US Department of Agriculture, USDA)による継続的なと畜・加工施設の検査を柱とした制度として全米規模で家畜食 肉管理が始まりました。 その後、時代の要請を反映させながら、検査法の改定や追加規則などが制定され、各州政府や政府機関との連 携を取りながら今日の体制ができあがりました。現在、米国社会保険福祉省の食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)、農務省傘下の動植物検査局(Animal and Plant Health Inspection Service, APHIS)、食品安 全検査局(Food Safety and Inspection Service, FSIS)の 3 つの機関が中心となり、食肉を含む食の安全性を管理し ています。また、米国疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention, CDC または CDCP)が 食中毒や病原菌の情報センターとなり、必要に応じて環境保護庁(Environmental Protection Agency, EPA)が環 境面の保全の観点から空気汚染や土壌、水質検査などを実施しています。 55 食の安全性確保は 1960年代に米航空宇宙局(NASA)と食品会社により構築された HACCP がその象徴的なもの ですが、1993 年に発生した出血性大腸菌 O157:H7 によって 700 名を超える感染者と子供 2 名の死者を出した ハンバーガーチェーンでの食中毒事故は、食の安全に対する社会的、企業的意識を新たにしました。原因は不 十分な加熱時間と加熱温度という、食品を取り扱う現場で起こりがちなミスが、この企業に数百億円の損害を及ぼ すこととなったのです。これを契機に米国では加工工場のみならず末端での衛生安全管理が重要であるという 気運が高まりました。 同 1993 年に国連食糧農業機構(Food and Agriculture Organization, FAO)と世界保健機構(World Health Organization, WHO)が HACCP 構築の指針を制定し、世界レベルでの安全性基準を制定するコーデックス委員 会(CODEX)のガイドラインとされました。HACCP が世界レベルで認識されるに至ったこともさることながら、食の 安全、衛生に関する話題が、国際的レベルでも無視できない状況であることの表れといえます。こういった状況 の中、米国では 1995 年に水産加工品、そして 1996 年にはと畜・加工施設での HACCP 導入が 4 年の猶予を持 って実施されることとなり、国として食の安全確保に大きく踏み出しました。 米国では食肉の安全性を向上させる目的で、1996年7月25日、USDA/FSISは「病原菌低減:危害分析と重要管 理点(HACCP)システム」と題する確定規則を官報に告示しました。この規則は、「病原菌低減」化が主たる目的 で、そのための主な手法として、予防管理法である「HACCPシステム」の導入を義務づけるというものです。 規則の内容は、①各施設に衛生標準作業手順(SSOP: Sanitation Standard Operating Procedures)を書面にて作成、 実施させる、②加工工場に日常の大腸菌群検査を義務づけ、その施設の作業手順が家畜の糞便および腸の内 容物による汚染とそれに起因する微生物を排除するために適切かどうかを判断する、③加工工場および生のひ き肉を製造する施設での、サルモネラに関する病原菌減少の成績規格を作成させる、④食肉・食鳥肉を扱うす べての施設にHACCPシステムに基づいた工程管理プログラムの策定を義務づける、というものです。SSOPは HACCPプラン作成の前提条件として、大腸菌群とサルモネラの検査は、HACCPプランを補完するもの、と見るこ とができます。 USDAは、これら4つの作業を組合せることにより、食肉処理施設における微生物汚染を、極めて高いレベルで 予防することを目標としています。 a) 病原菌低減化プログラム 国レベルで病原菌低減に取り組むきっかけとなったのは、1983年に米国科学アカデミーが、FSISの要請により 作成した「Meat and Poultry Inspection - The Scientific Basis of the Nation's Program」というレポートでした。このな かで米国科学アカデミーはFSISに対し、加工施設における問題発生の予防のために、病原性微生物対策の改 善と産業界に対する規制の導入を求めていたのです。 FSISでは、病原菌低減化プログラムに着手するにあたり、基礎的なデータを収集するために、食肉には通常、ど のくらいの微生物がいるかデータを採取するという作業を行いました。調査の対象となったのは、鶏肉、豚肉、七 面鳥と牛肉(子牛と成牛)、さらにそれぞれのひき肉です。この基礎調査は1992年10月から実施しました。 これらの調査の結果得られたデータは、「ベースライン・データ」と呼ばれ、HACCPプログラムや大腸菌群、サル モネラ検査の管理基準作成に反映されています。 牛肉(成牛)では、1993年12月から1年間の情報収集が行われ、その結果、解体直後の枝肉に存在する病原菌 の数は、極めて少ないことがわかり、解体後の取扱いに対するモニタリングが重要なテーマであると認識されま した。そして、解体後の取扱いに重点を置いたHACCPの最終規則が作成されたのです。 1993年5月の「FSISの背景説明文書(Backgrounder)」には、USDAとFSISが計画する病原菌低減化プログラムの 項目として、以下のようなものを挙げています。 ・ 食肉に由来する問題が生じたとき、生産地まで追跡しきれるよう、強制的な検証を行う権限を要求する ・ 疾病の原因となる微生物を制御あるいは根絶することにより、生産者を補佐する 56 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 微生物を検出し定量する迅速テストの開発を支援する 食肉処理工程における病原菌および汚染を低減化させるための対策に関する行う 定量的なリスクアセスメントのための科学的検証を行なう 牛、豚そして家禽類に対し、国家的な微生物学的モニタリングプログラムを実行する と体の汚染を最大限に減少させるために、現行の食肉処理方法を再検討する 牛肉加工工場および牛ひき肉製造工場における、重要なコントロールポイントを標的とした、微生物モニタリ ングのためのコントロールプログラムを開発する ・ 特にひき肉工場においては、特別の時間および温度管理を課することにより、細菌の増殖を抑制する ・ 食肉製品に、安全な調理・取り扱い方法の表示を義務付ける こうしてみると、病原菌低減化プログラムとして検討されていた項目の、ほとんどのものがHACCPシステムとして 具体化されてきた、ということがおわかりいただけると思います。 b) 食肉産業への HACCP の導入 米国ではじめてHACCPが法制化されたのは、1995年12月で、食肉産業に義務付けられたのは1996年7月25日。 USDA/FSISが「病原菌低減:危害分析と重要管理点(HACCP)システム(Pathogen Reduction; Hazard Analysis and Critical Control Point Systems)」と題する確定規則を官報に告示したことによります。 これにより法制化されたHACCPは、消費者への影響と実行の可能性等を考慮して、食肉処理場の規模により3 段階で進められてきました。 2000 年に入ると、これに呼応するように「農場から食卓まで」のスローガンのもと米国農務省などの政府機関が、 一般消費者、児童、生徒向け教育に予算を充てるようになりました。また、末端の主要企業が HACCP、 ISO シリ ーズや衛生標準作成手順(Sanitary Standard Operating Procedures, SSOP)を導入するようになり、納入企業に対し ても立ち入り検査や安全確保システム構築を要求する流れが表面化してきました。地域大手量販店では独自の HACCPを構築し、企業単位で、消費者が家庭でできる自己防衛策として「キッチン HACCP」を伝授するなど、顧 客教育にも注力するようになりました。 連邦政府ではこれと並行して州政府、大学、研究機関と連携しながら、外食、小売・量販店、ケータリングなどで の安全確保に動いています。1934 年に食品医薬品局(FDA、公衆健康サービス部) により制定され、その後改 定が加えられた外食における衛生基準は、2009 年には食品規準(Food Code)として改訂され、安全性担保への ガイドラインとして広く利用されています。この中には連邦政府の規則の解説、食中毒の原因や種類などの基本 的情報、設備の設計に関する留意点、安全性を前提とした人事管理など、多岐に渡って記述されています1。 また、米国では主要な大学施設内の学生用給食施設運営は外部のケータリング専門企業やホテルに直接委託 することでより管理された美味しい食事を提供しています。ここでは大学の食品科学、衛生などに携わる学部と 担当企業が食品の衛生管理に細心の注意を払うと同時に、そこで培われたノウハウは地元企業への給食・食材 提供参考になるよう一般公開しています。この動きに関しては大学内にも設置されている小売施設に対してもマ ニュアルを独自に作成し、当該施設での品質衛生管理を同様に徹底させています2。 1 FDA, Food Code http://www.fda.gov/Food/FoodSafety/RetailFoodProtection/FoodCode/FoodCode2009 Texas A and M University, University Dining Sanitation Standard Operating Procedures http://dining.tamu.edu/Complete%20SSOP.pdf 2 57 <発行> 米国食肉輸出連合会(USMEF) 東京事務所 〒107-0052 東京都港区赤坂 1 丁目 6-19 KY溜池ビル 5 階 TEL: 03-3584-3911 FAX: 03-3587-0078 http://www.americanmeat.jp/ 2011 年 9 月発行
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