感性と新規性の双方を満たすデザイン支援 Design Support Methodology to Satisfy Both Requirements of Kansei and Originality (キーワード:ラフ集合,デザイン支援,新規性) (KEYWORDS: Rough set, Design support, Originality) ○藤由安耶,山田耕一,畦原宗之(長岡技術科学大学) 1. 研究の背景と目的 以下,今回行った実験に基づいて手順を説明する. まず,ルール生成に必要な決定表のデータを,評価実験 近年,工業製品の機能は成熟しつつあり,新製品の開発 にあたってはデザインが重要視されるようになった.とく により収集する.評価実験で必要となる感性語,形態要素, サンプルは次のように決定した. に,携帯電話は幅広い消費者のニーズに答えるため,多様 感性語は,一般的によく使われる かっこいい および な感性に合わせたデザインが必要である. かわいい とし,携帯電話の形態要素は,現在市販され 一方で,デザインには新規性も求められる.ある特定の ている多数の携帯電話を参考に,9 カテゴリ,54 アイテ 感性を満たすデザインであっても,既存の製品と似ている ム(表 1)を抽出した.サンプルは,図 1 のような画像を ものであれば新製品としての価値が高いとはいえない. 20 点,パワーポイントで自作した. これまで,ラフ集合論を用いて与えられた感性を満たす サンプル作成時は,多数販売されている製品に似たもの 形態要素の組み合わせを発見する方法が提案されている となるよう形態要素を組み合わせた.形態要素のカテゴリ [1-4].しかし,新規性に関してはデザイナに頼るか,併 を 1 つの次元と考え,すべての次元で張られる空間を属性 合[1]や拡張併合[4]により新しい形態要素の組み合わせ 空間とするとき,作成された 20 点のサンプルは属性空間 を作り出すなどの方法しか検討されていない. に均等に散らばってはいない.むしろ,サンプルが存在し そこで,本研究では携帯電話のデザインを例に,ある特 ないスペースが残るように配置した.本研究では,サンプ 定の感性を満たし,かつ新規性のあるデザインを自動生成 ルを既存製品とみなし,属性空間内で既存製品が存在しな し,ユーザに提案するための方法論を検討し,開発したの で報告する.なお,本研究で扱うデザインとは,製品の意 匠である. 2. 感性を満たすために 既存製品に関する形態要素と個々の製品に対して消費 者が抱く感性が決定表の形で与えられるとする.このとき, ラフ集合論の縮約アルゴリズムを用いることで,与えられ られた感性要求を満たす形態要素の組み合わせを得るこ とができる[1] .提案手法でも,縮約アルゴリズムを用い て感性要求を満たす形態要素(ルール)を得ることから始 め,さらに,井上ら[2]が提案した各形態要素のコラムス 図1 サンプル画像 コアを計算する. 表1 形態要素の分類 〒940-2188 新潟県長岡市上富岡町 1603-1 長岡技術科学大学経営情報系 山田研究室 Tel.0258-46-9258 Fax.0258-47-9070 E-mail:[email protected] い部分に位置し,かつ要求感性を満たす形態要素の組み合わせ (3)評価実験の概要 を発見するのが目的だからである. サンプル画像を見て,2 つの感性語についてそれぞれ,満た 評価実験は以下のとおり行った. す(1) ,やや満たす(2) ,満たさない(3)の 3 段階で評価. (1)評価資料 パワーポイントにより作成したサンプル画像 20 点. (2)被験者 20 代の大学生男女 10 名. 実験で得られた評価は, サンプル毎に10 人の平均値を求め, 2.0 以下であれば「満たす」 ,そうでなければ「満たさない」に 分類し決定表を作成した.この決定表から,ラフ集合の縮約ア ルゴリズムによって,特定の感性を「満たす」ルール(表 2) を求めた.また,同時に特定の感性を「満たさない」ルールも 表2 かわいい を満たすルール(上位のみ抜粋) 同様に求めた. さらに,得られたルールから,それぞれのアイテムのコラム スコアを求め,各アイテムが特定の感性を満たすためにどの程 度影響しているかを分析した(表 3 ) . 3. 新規性のために 感性とデザインに関する先行研究では,生成したルールの C.I.値が高いアイテムの組み合わせをデザインに組み込めば, 感性を満たすデザインができるとする.一方,デザインの新規 性について,森はルールで決定したアイテムが属すカテゴリ以 外のカテゴリで実現すべきとする[1].しかし,その具体的な方 法はデザイナ自身の感性に任されている. 井上らは,デザインコンセプトを手続き的に策定する方法と して,拡張併合を提案する[4].具体的には,2 つのイメージ(例 えば, 「飽きがこない」と「遊び心がある」のやや相反するイメ ージ)を満たす複数のルールのアイテムを組み合わせ,新しい コンセプト(遊び心はあるが飽きがこない)を実現する. この方法で生まれる創造性=新しいコンセプトは,デザイナ が選択する2つの相反するイメージ(感性)の組み合わせが源 である.手続きとしての拡張併合は,デザイナの感性に従った 表3 かわいい を満たすアイテム別コラムスコア データ処理の役割を果たすにすぎない.その点で,本研究が目 指すデザイン支援のためのシステマティックな方法論とは異な っている. ラフ集合を用いた既存研究は,与えられた感性あるいはコン セプトを満足するデザインを保障するアイテムの組み合わせを 求めることが主目的で,新規性や創造性に関してはデザイナの 感性あるいは能力に任せる方針と考えられる.これに対し,本 研究では,与えられた感性と新規性の双方を同時に満たすデザ インを提案する方法論,つまりすべてのカテゴリのアイテムを 一意に決定する方法論を提案する. 4. 提案手法 与えられた感性を満たしかつ既存の製品にはない組み合わせ のデザインを自動生成する方法を 3 通り考案し,考察する. <手法 1> 各カテゴリについて,コラムスコアの最も高いアイテムを採 用するデザインである.既存製品とまったく同じデザインにな る場合は,あるカテゴリを 2 番目に高いコラムスコアのアイテ ムに置き換える.置き換えるカテゴリは,コラムスコアの総和 テムを,満たすルールの上位,中間,下位アイテムと呼び,そ をなるべく大きくするとの基準で選択する.候補として複数の の感性を満たさないルールから求めた上位,中間,下位のアイ デザインを生成する場合には,コラムスコアの総和の大きい方 テムを満たさないルールの上位,中間,下位アイテムと呼ぶ. から順に選択すればよい. そして,各アイテムに分類ごとの点数を付与する.満たすル この方法で得られるデザインは,与えられた感性を満たす可 ールの上位アイテムに 1 点,同中間アイテムに 3 点,同下位ア 能性が最も高いと考えられる新規のデザインである.しかし, イテムに 2 点,満たさないルールの上位アイテムに 0 点,同中 高いカテゴリスコアは,既存製品によくあるアイテムの組み合 間アイテムに 3 点, 同下位アイテムに 6 点とする. この点数は, せを意味し, 人間が新規性を感じられるかどうかは疑問である. 特定の感性を満たすことと新規性を出すことについての寄与度 コラムスコアの総和が最大のデザインを以下に示す. を考慮したアイテムに対する信頼度である. その後,各アイテムについて,感性を満たすルールで付与さ れた点数と感性を満たさないルールで付与された点数を合計し, 各カテゴリで最も点数の高いアイテムを採用する. <手法 2> この計算は,特定の感性を満たすことへの寄与度(コラムス カテゴリのアイテムが,図 2 のような概念階層によって整理 コア)と満たさないことへ寄与度(コラムスコア)の 2 つの指 される場合に適用可能な手法である. 図 2 の概念階層では, 「形」 標を,感性を満たす期待度,感性を破壊するリスク,新規性を と「大きさ」を入れ替えることも可能であるが,その場合は, 生む期待度の 3 つの視点で総合評価し, 点数化したものである. 感性イメージへの影響の大きい方を上位概念とすればよい. 具体的な点数は感覚に頼って決めたものであるが,感性を満た この方法は,手法1に不足すると思われる新規性を強化する ために行う.手法1で決定したアイテムの中に,図 2 の兄弟ア すことと新規性についてバランスのとれたアイテムの組み合わ せになることが期待できる. イテムを持つものがある場合,それを兄弟アイテムに置き換え 上記の方法で得られたデザインを以下に示す.複数のデザイ る.兄弟アイテムとは,例えば,図 2 の c1 に対する c5 である. ン候補を生成する場合には,手法1の場合と同様に,あるカテ アイテムの特徴を抽象化し,おおまかな特徴としてとらえるこ ゴリのアイテムを2番目に高い点数のアイテムに入れ替えれば とで,感性を満たすために影響するアイテムの幅を広げる.そ よい.入れ換えるカテゴリの選択は,点数の総和をなるべく大 れによって,特定の感性を満たしつつ,既存の製品にはあまり きくするという基準で選択すればよい. ないアイテムを加えることができる. この方法によって,入れ替え可能なアイテムをすべて入れ替 えたデザインを以下に示す.バリエーションとしては,カテゴ リに感性への影響度を与えておき,その値を用いて入れ替える アイテムを選択する方法も考えられる. 5. 提案デザインの評価実験 かっこいい と かわいい の 2 つの感性について,3 つ の手法で新たなデザインを生成し,以下の評価実験を行った. (1) 評価資料 (a) かっこいい について 3 つの手法により生成したサンプル 3 個,および かわいい について 3 つの手法により生成し たサンプル 3 個(図 3) . 図2 アイテムの概念階層 <手法 3> コラムスコアに閾値を設け,アイテムを上位,中間,下位の 3 つのグループに分類する.上位閾値はコラムスコアの平均 3/2,下位閾値はコラムスコアの平均 1/2 と設定し,上位閾値 以上のアイテムを上位アイテム,下位閾値以下のアイテムを下 位アイテム,それ以外のアイテムを中間アイテムと呼ぶ. ある感性を満たすルールから求めた上位,中間,下位のアイ 図3 かわいい を満たす新しいデザイン (左から,手法 1,手法 2,手法 3) 手法 2(Sample2 および Sample5)は,新規性はあるが,感 性を満たさなくなるという結果になった.アイテムを抽象化し て特徴をとらえ新規性を加えようとしたが,特定の感性を満た すアイテムとしては今までにないアイテムを加えたため,それ が感性を満たすという目的を阻害してしまった.アイテムを入 れ替えるための細かな方法や概念階層を検討すれば,有効な手 法になりうると考えている. 手法 3(Sample3 および Sample6)は,感性を満たしかつ新 規性もあるデザインと評価された.特定の感性を満たすことと 満たさないことの 2 つの寄与度を用いて, 感性を満たす期待度, 感性を破壊するリスク,新規性を生む期待度の 3 つの視点で総 図4 かわいい を満たす既存デザイン 合評価した点が効果的に働いたと考えられる.新しいアイテム を加える際に,感性を満たさないルールを参照することで,特 (b) 2 節の実験で使ったサンプル画像中, 「かっこいい」および 「かわいい」と評価されたサンプル画像(図 4) . 定の感性を満たすことを阻害しないアイテムを確実に選択する ことができる. (2) 被験者 2 節で評価を行った大学生男女 10 名. 7. まとめ (3) 評価実験の概要 (a)新たに生成したサンプル画像を一枚ずつ見せ, 「かわいい(ま 感性を満たしかつ新規性あるデザインを提案するためのアル たはかっこいい) 」の感性を満たすかどうかを,満たす(1) , ゴリズムとして,手法 3 の有効性を確認することができた.今 やや満たす(2) ,満たさない(3)の 3 段階で評価. 後は,手法 3 をもとに,詳細のアルゴリズムを考え,デザイン (b) かわいい(またはかっこいい) と評価された既存のサン 支援システムの構築を行う予定である. プル画像と,新たに生成したサンプル画像を見比べて違いを 感じるかどうか,感じる(1) ,やや感じる(2) ,感じない(3) <参考文献> の 3 段階で評価. [1] 森典彦,田中英夫,井上勝雄: ラフ集合と感性 ,海文堂, pp.79-103(2004) 6. [2] 井上勝雄,広川美津雄:認知部位と評価用語の関係分析, 実験結果および考察 感性工学研究論文集,Vol.1,Vol2,pp.13-20(2001) 実験の結果を表 4 に示す.2 節での実験と同様,得られた結 [3] 井上勝雄,益田孟,岩田英子:ラフ集合を用いた化粧品の 果を 10 人の被験者で平均し,2 以下か否かで感性を満たすか満 パッケージデザインの調査分析,第 5 回ラフ集合と感性工学ワ たさないかを判断した.新規性についても同様に平均し,2 以 ークショップ講演論文集,pp.13-14 (2007) 下か否かで,新規性があるかないかを判断した. [4] 井上勝雄,広川美津雄,伊藤弘樹,酒井正幸:認知評価構 手法 1(Sample1 および Sample4)は,感性は十分に満たす が,新規性に欠けるという結果になった.これは予想していた とおり,感性を満たすためにコラムスコアの最も高いアイテム を集めたため,感性は満たすものの既存の製品と違いを感じな い平凡なデザインとなってしまった. 表4 実験結果 造を用いた製品デザインコンセプト策定手法の提案,第 9 回日 本感性工学会大会予稿集,B01 (2007)
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