三間仏堂建築に必要な木材量の推定 -茨城県取手市指定文化財東漸寺観音堂を事例として- 北山夏希 1.目的 茨城県取手市指定文化財である東漸寺観音堂は、寛文 7 年(1667)に建立された標準的な規模 になる三間仏堂である。平成 18 年~19 年度にかけて解体修理工事が行われており、観音堂に使 用されている木材の形状や品等、木取りなどの調査をおこなった。これをもとに観音堂を構成す る各部材ごとに必要だった木材の品質や量を推定するとともに、標準的な三間仏堂の新築に必要 だったと推定される丸太量の算出を試みた。 2.東漸寺観音堂の概要 東漸寺観音堂は茨城県取手市に所在し、市指定文化財である。宗派は天台宗に属し、寛文 7 年(1667)に建立されたことが棟札等により分かっている。現在の観音堂は、桁行三間、梁間三 間、一重、寄棟造、向拝付、鉄板葺で木部はベンガラ塗となっている。標準的な規模の三間堂で ある。今回の解体修理工事では調査から明らかになった当初の形式について、 ①小屋組を復旧整備するとともに屋根の鉄板葺を茅葺型銅版葺に整備 ②屋根を向唐破風造に復旧整備する ③高欄を撤去して縁の形式を旧規に復す などの現状変更を行う。 表1 東漸寺観音堂の規模 桁行 7.292m 梁間 6.380m 平面積 48.927㎡ 軒面積 97.516㎡ 3.観音堂に使用されている木材 東漸寺観音堂に使われている木材は、柱や組物、化粧垂木、丸桁、長押、敷居、鴨居などの化 粧材には桧が多く使用されている。小屋組や床下などの野物材には松や杉が多く使用されており、 板類にも松や杉が多い。化粧材には、どこから調達されたものかは不明であるが、年輪が密で上 質な桧材が使われている。 4.調査方法 各部材ごとに測定可能なものすべてにおいて、以下の項目について調査 1)を行った。 (1)現地での調査事項 ①寸法(長さ、幅、厚さ) ②樹種(目視による) ③推定丸太径(おおよそその部材に必要な最低の丸太径を推定する) ④年輪幅(年輪数/cm) ⑤木取りの確認 (2)分析方法 調査した部材寸法と木取りをもとに各部材ごとで必要な丸太量を推測する。この際もっとも 効率よく木取りした場合を参考にする。なお今回の調査では、東漸寺観音堂の当初の状態を仮 定して推定丸太量を算出することとする。よって、当初部材が現存しない小屋組などの部材寸 法については、当初復原図を元に図面から割り出した。なお、今回は建具や須弥壇等について は含めていない。 5.調査結果 (1)材積量 材積量内訳 90 80 70 材積(㎥) 60 50 部材 丸太 40 30 20 10 0 化粧材 グラフ1 野物材 合計 材積量内訳 以上のように調査したものから、推定される丸太量の材積を算出した。このグラフは材積量の 内訳を表したものである。 合計材積量は、部材材積で 37.5 ㎥、丸太材積に換算すると 76.3 ㎥という結果になった。丸太 に換算すると約 2 倍の材積が必要であることがわかる。 1)参考:科学研究費補助金「木造建造物文化財の修理用資材確保に関する研究」(平成 14~16 年度、研究代表者山本 博一)、pp51-94 部材材積の化粧材・野物材に分別して見てみると、化粧材の場合は丸太に換算すると部材自体 の材積の倍以上になるのに対し、野物材では 15%程度増えるだけであった。これは野物材を丸 太から部材にするときにあまり加工されていないからである。 (2)化粧材率 表2 材積量内訳 部材材積 丸太材積 化粧材(㎥) 25.70 62.95 野物材(㎥) 11.78 13.37 合計(㎥) 37.48 76.32 化粧材率(%) 68.6 82.5 表2から、化粧材率(合計材積量のうち化粧材の占める割合を示したもの)は、部材材積が 68.6%であるのに対し、丸太材積では 82.5%である。つまり丸太の状態の段階では化粧材のた めに用意された割合の方が高いことを表している。これは化粧材を丸太から部材に加工する際の 歩止まりがあまり高くないからだと考えられる。 (3)単位面積あたりの材積 単位面積あたりの材積 1.8 1.6 1.4 ㎥/㎡ 1.2 化粧材 野物材 合計 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 部材 丸太 平面積 グラフ2 部材 丸太 軒面積 単位面積あたりの材積内訳 グラフ2は平面積と軒面積の単位面積あたりの、部材材積と丸太材積を表し、さらに化粧材と 野物材に分別して表したグラフである。なお、東漸寺観音堂の平面積は 48.927 ㎡、軒面積は 97.516 ㎡である。 平面積の場合、単位面積あたりの部材材積は 0.78 ㎥/㎡、丸太材積は 1.56 ㎥/㎡で、丸太は部 材の約 2 倍の材積が必要であることがわかる。軒面積の場合は、部材材積は 0.39 ㎥/㎡、丸太材 積は 0.78 ㎥/㎡である。 化粧材では部材材積の2倍以上の丸太材積が必要であることがわかる。野物材では、平面積・ 軒面積ともに部材材積と丸太材積で大きな変化が見られない。 (4)丸太本数 当初東漸寺観音堂を建築するのに必要だった木材量を、丸太本数で算出する。おおよその目安 ではあるが、化粧材と野物材では表1のようになる。 さらにそれらを部位別にすると表2のような結果となる。 表1 化粧材・野物材別必要丸太数 部材 末口径(mm) 長さ(m) 本数 該当する部位 化粧材 350~500 4.5~5 80 軸部、組物、軒廻り、板類、縁廻り 350 8 5 300~350 3~4 25 100~150 3~4 75 表2 部位別必要丸太数 野物材 床組、小屋組 部位 樹種 末口径(mm) 平均年輪幅 (本/cm) 長さ(m) 本数 該当する主な部材 軸部 ヒノキ 350~450 9.1 3~4 40 柱、台輪、頭貫、長押、敷居、鴨居等 組物 ヒノキ 400~500 13.6 4~5 6 大斗、巻斗、枠肘木、拳鼻、実肘木 ヒノキ 350~500 5.3 3.5~6 27 丸桁、化粧垂木、茅負、裏甲 マツ 400 2.4 6 4 化粧隅木 スギ 400 4.3 4.5 2 羽目板 マツ 500~600 2.1 4~4.5 2 天井板、床板 ヒノキ 500 13.0 3.5 1 琵琶板 マツ・スギ 300~350 2.8 3~4 21 足固、地貫 シイ 350 2.0 4 4 大引 スギ 100~150 2.0 3.5 25 根太 マツ 300 2.1 8 5 梁 スギ 350 2.0 4 1 小屋貫、小屋束 マツ・スギ 100~170 2.5 3~5 56 桔木、野隅木、母屋 スギ 200~400 3.0 3~4 46 縁束、縁板、縁板掛、隅扠首、縁葛 軒廻り 板類 床組 小屋組 縁廻 化粧材の多くは直径が 350~500 ㎜の丸太から木取りされていたと推測された。丸太本数に換 算すると、長さが 4.5~6mで約 80 本という結果になった。中でも柱や敷居、鴨居、長押などの 部材は年輪幅が 1cm あたり約 8~9 本、組物では平均して 1cm 当たり約 13 本という、とても木目 の詰まった材が使われていることが判明し、特に年輪幅が 8 本/cm 以上の年輪の密な材について は、長さ 4.5m~6mの丸太が 38 本必要であることが明らかになった。 野物材は、もっとも大径のものでも直径 350mm で、部材としては大引や初重梁、貫などである。 直径 300~350mm の丸太は長さ 3~4mが約 25 本必要であり、長さ 8mの丸太が 5 本必要である。 直径が 100~150mm の小径のものは、3~4mの長さで約 75 本必要であることが分かった。 今回の調査を通し、おおよそではあるが、東漸寺観音堂を建築するのに必要だった木材量を把 握することができた。観音堂は標準的な規模の仏堂であるので、今回明らかとなった木材量は一 般的な三間堂規模の仏堂においても目安になると考えられる。
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