信州医誌,56⑹:410,2008 自 著 と その周辺 生活を支援する精神障害作業療法 ―急性期から地域実践まで― 医歯薬出版 254頁 香山明美,小林正義,鶴見隆彦 編 2007年 山根 寛,香山明美,小林正義,鶴見隆彦,香田真希子, 澤直美,腰原菊恵 著 定価 3,990円 日本に作業療法士・理学療法士が誕生して42年が経ちました。編者らが作業療法士になった1980年代初頭は,精 神科病院ではかつての生活療法のなかで形骸化した集団作業が行われており,慢性化した精神障害者が多数長期入 院していました。当時は,こうした長期に入院している精神障害者への生活支援が精神障害領域の作業療法士の中 心的な役割でした。その後,精神保健法(1988年)により精神障害者の「人権擁護と社会復帰」が目標に掲げられ, 精神保健福祉法(1995年)以降, 「自立と社会参加」を目的とする社会資源の整備が,わずかずつではありますが 進められるようになりました。 そして,現在,日本の精神保健医療福祉はこれまでにない大きな転換期を迎えています。厚生労働省は,精神保 健医療福祉の改革ビジョン(2004年)において「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本方針を打ち出し, 改革のグランドデザイン案を提出しました。その後の障害者自立支援法(2005年)では,これらを具体化するため のさまざまな地域生活支援事業が盛り込まれました。そして,医療のなかでは,精神科救急医療システムの整備と 病床の機能分化,精神疾患を予防するための早期介入,発症後の早期治療と早期リハビリテーション,早期退院促 進と地域生活移行支援などが大きな課題となり,進められつつあります。 本書は,こうした精神保健医療福祉の改革という時代の要請に応えるために執筆されました。第1章では近年の 精神医療福祉の動向を総括し, 「今,作業療法がすべきことは何か」という視点から,早期リハビリテーションと 地域生活支援の重要性を論じています。第2章では「作業療法実践の基本的視点」に立ち返り, 「個人」を尊重す ることの意味を問い直し,recovery model,empowerment approach,strength model,place-then-train model, IPS model などの最新モデルを紹介し,精神障害をもつ人たちへの生活支援をどのように進めたらよいのかとい う問いに応えています。こうした最新情報を盛り込むとともに,できるかぎり実践的な記述を多く取り入れたため, 本書では,第3章「急性期作業療法の実際」 ,第4章「退院支援の え方と実際」 ,第5章「地域支援の在り方とそ の実際」に多くのページ数を割いています。これらの章は,主に統合失調症をモデルとして作業療法の進め方が記 述されていますが,最近ではさまざまな疾患への対応が求められおり,第6章では「作業療法士が遭遇することの 多い疾患の知識と対応の基本」として,気分障害(うつ病) ,パーソナリティー障害,アスペルガー症候群,注意 欠陥/多動性障害,摂食障害,その他の精神障害に対する作業療法について,概要を説明しました。このため本書 は,基礎教育におけるこれまでの精神障害の作業療法テキストを補完すると同時に,現場で活躍する臨床家のため の最新の実践書としての性質を併せもっているといえます。 筆者は,第3章「急性期作業療法の実際」を中心に執筆を担当しました。幸い,信州大学医療技術短期大学部 (現保健学科)に赴任した1991年以降,当時の精神医学講座教授の吉松和哉先生,現教授の天野直二先生,作業療 法学専攻教授の冨岡詔子先生らのご指導に恵まれ,さらに,畑 幸彦先生をはじめとする,医学部附属病院リハビ リテーション部の理解もあって,統合失調症とうつ病を中心に早期作業療法の実践を重ね,そこから多くを学ぶこ とができました。信大病院でこれまで実践してきた早期作業療法のノウハウが,そのまま本書のなかで紹介されて います。お世話になっています諸先生に,この場をお借りして御礼申し上げます。 今後,精神障害をもつ人たちへのリハビリテーションサービスは,欧米のリハビリテーションシステムにみられ るように,徐々に医療中心から地域生活を支える包括型支援へと移行していくと思われます。そのなかで,今後, 作業療法士がどのような役割が果たせるのか。本書が,新しい時代の作業療法実践の道標として役立つことを期待 しています。 410 (信州大学医学部保健学科作業療法学専攻基礎作業療法学講座 小林 正義) 信州医誌 Vol. 56
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