心理学を実践から遠ざけるもの - NAKAHARA

心理学を実践から遠ざけるもの
-個体能力主義の興隆と破綻石黒広昭 1998.
佐伯胖・佐藤学ほか 1998. 心理学と教育実践の間で. 東京大学出版会 (Pp.103-156)
rep. 大阪大学大学院人間科学研究科
教育システム工学講座 杉本圭優
◆心理学者と実践者との対話的な関係
・なぜ対話なのか?
・両者の関係構造は?
・両者のよってたつ個体能力主義(問題の個体化)とは?なぜ破綻してるのか?
・理論の実践化の否定−従来の研究者ってよばれる人たちの立場は?どうすべき?
●心理学と教育実践
心理学には何が求められているんですかね,どんな貢献ができるんですかね?(by心理学者)
■心理学者−「理論の実践化」(佐藤,1996)が容易になるような理論である!!
こうした認識の背景:
(基礎−応用図式)
心理学(科学) 教育実践
理論の生成 ⇒ 理論の適用(実践)
適用
「心理学理論を教育現場に応用するのだ」!!ってスタンスは変わっていない
佐藤(1998)によれば...
教育心理学の研究と教育実践の関連における支配的様式:
教育実践=「科学的技術の合理的適用」の原理にもとづく技術的実践
■活動における思考の優位性,実践における理論の優位性
「ストッピングルール」(Arent,1978)
活動の直中から1度身を引き離して,活動を外から対象化して反省し熟考
■活動の「外」にたつ「思考」こそが「理論」の本質
⇒活動の「外」とは?外に立つ理論の「主体」とは?(ホームレスの論理)
■教育心理学者が理論を構成するには
実践的状況の外に立つ必要=心理学者は教育実践の内には入れない
■教師が理論を構成することはありえない
教師は理論の応用と適用を行い,実践(practice)よりも
実施(implementation)に関与する
■教育実践コミュニティは,教育心理学からは相対的に自律している
⇒心理学理論が適用されるだけの場ではなく,独立した世界
しかし,「理論の実践化」は心理学の側でも,教育実践の側でも同じように
自明視されている!!!
なぜか??
1.共通した人間を眺める枠組み=「個体能力主義」
学校:ここの能力を改善したり,向上させることが求められる
科学的心理学:個体の能力がターゲット
2.個体能力主義という共通性を背景に,心理学が現場の処置を正当化する
道具となることを期待している
教育実践コミュニティ
問題の発生
誰かの問題
個体能力主義
にもとづく認識 共通
個体能力主義に
もとづく心理学
具体的な処置
問題の解決
心理学
科学的に正当化
するための道具
問題の個体化
当事者のありさまを問う機会の喪失
具体的な状況から問題を引き剥がす危険
・子どもの問題
・教師の問題
そもそも問題とは
何なのか??
無視される
石黒:「本来人間に関わる『問題』はまず関係の歪みとして理解されるべき」 本論文は以下を明らかにする
1.個体能力主義とそれにもとづく問題の個体化について議論し,
この認識の問題点
2.問題の個体化を克服する方法
3.心理学と教育現場双方の理論を揺さぶるような対話的関係を
築くための心理学者の課題
●個体能力主義
■学校的学習(学校)
学校的学習がその他の日常的な学習と異なる点(Resnick,1987)
1.個人の認知(individual cognition)が問題とされる
⇔学校外では作業者感の共有された認知(shared cognition)が重視される
2.道具を使わない純粋な精神操作(pure mentation)が重視される
3.シンボル操作(symbol manipulation)が重視される
4.一般化された学習が重視される
⇔学習は状況に依存し,他の状況には転移しない(Lave,1988)
以上から,学校的学習は「裸の個人の能力」を高めようとする見解(石黒)
⇒個体能力主義
■「本質主義」の心理学(心理学)
心理学の主流の認識論
個体能力主義
分析の単位=人(個人)
行動主義心理学
情報処理的な認知心理学
S-R理論
人間は単体のコンピュータ
「できること」を
心理学的に研究
人間が理解すること
を
観察可能な事実の記述
古典的行動主義
観察による理論の実証
人間
新行動主義
認知過程のモデル化
内
表象操作
記号
外
出力
行動
入力
外界からの情
報
皮膚
事態から比較的
独立した個人
行動の頻度に
法則性の根拠を
求める実証主義
個体能力主義の
心理学
情報処理的な
アプローチ
本質主義
■学校と心理学の共通項−個体能力主義
●問題の個人化
■問題の個体への帰属
教育実践のなかで問題が発生した場合,解決にあたっては個人的な処置が
もっとも行われやすい
しかし,問題の要因は問題に関わるものすべてにあるはず
なぜ個人的な処置(改善)か?⇒手軽に処置可能な部分であるから
教師: 「あなた(個人)の問題でしょ?」=「問題の個人化(personalization)」
個体能力主義的心理学は,実践者に対し問題の個人化を正当化する理論を提供する
■人格という概念装置
対人的な「問題」も個体へ帰属されやすい
そのための概念装置の一つが「人格(prsonality)」
ロック的伝統
人の心は1個の白紙(tabula rasa)
ライプニッツ的伝統
行動の源(source)
外
人の心
(白紙)
活動を引き起こすのは外にある
実証主義
環境主義,行動主義,刺激反応心理学,連合主義心理学
オールポート(Allport,1955)
ライプニッツ的伝統に立つ
パーソナリティ[構造]に
おけるもっとも包括的な
単位=傾向性
人格構造の理解
人の心
人格
人の心
○×傾向
△□傾向
未来
を 予測可能
一対一の関係
この人の人格には,ある傾向がある
一定の行動
博大な思考
どんな状況であっても同じように行動すると予測
●問題行動を予測可能にするのが問題児である
■除去される障害という見解
じゃぁ,その問題の原因となっている「その人(個人)」の「障害」を取り除けばいい
個体主義 本質主義
問題行動を起こす−問題行動を引き起こす何かをもっている
問題行動を生じさせなくする何かを持っていない
●個体能力主義の誤謬
■個体能力主義の特徴
「無媒介性」・「脱文脈性」・「没交渉性」
■無媒介性
学校的学習観
可能な限り身体の内側にある
何にも媒介されない精神機能の育成
⇒無媒介性を求める
身体
分析単位
道具
心理学的道具:記号,言語
技術的道具:金槌,パソコン..
石黒
閉じられた個体ではなく
道具を持った人
ブルーナー
能力は収集の道具によって(amplify)され
道具によって
媒介されている活動
関わり
関わり
ノーマン(Norman,1989)
対象世界
他の人々
道具を含んだシステム全体で可能になることが増える
心理学の分析単位
ヴィゴツキー(Vygotksy,1960)
学校教育:子どもたちが積極的に多用な資源を用いることができる活動の場を
組織する必要がある.
■脱文脈性
特定の文脈
文脈の剥奪・変更
依存
「特権化」された文脈
依存
能力,知識
文化
一般的な技能(skill)
測定
一般化された心理学的道具
知識検査・人格検査
捉える対象=能力観
方法(文脈)
個体能力の実体視
学校教育:状況とそこでの活動によって達成される知性との関連性を議論すべき
■没交渉性
辞書的に,「意味」が「言語」によって蓄積される
「意味」が「言語」によって安定化する−脱文脈化
ブラウンら(Brown et al.,1988)
言語は,固定的な意味が張り付いたものではなく,世界を指示
(refer)し,ある状況における活動の産物
●意味は不動なものではなく,世界に向かう活動によってその都度
交渉され,生成されるもの(石黒,1987)
学校教育:「意味」の伝達と注入ではなく,状況に応じた意味の生成,交渉に
子どもたちを関わらせるべき
■問題行動の政治経済的コンテクスト
問題−それ自体として物のように客観的に知覚可能なものではない
↓
個人の他者を含む外界との交渉の中でうまれ,その交渉のあり様に対して
誰かが齟齬を知覚するとき,その人によって問題として「表現」される
●なぜ関係の歪みとして生じる問題が,特定の誰かに帰属(個人化)されるのか?
●その問題は,誰にとっての問題なのか?
−「社会的」な問題として隠蔽され,原因が個人化される
「煙草を吸うとガンになる」−科学的な文脈 ⇒ 喫煙は問題
問題の匿名化により,問題が人々の関係や利害のズレである
ことを覆い隠す
⇒システムや制度の問題として議論すべきものを個体の問題
として扱うことで,本質的な問題から免れる
■関係の中のアイデンティティ
個体能力主義の心理学−活動の無媒介性,知識の脱文脈性,意味の没交渉性
状況的アプローチ−活動の媒介性,知識の文脈性,意味の交渉性
状況的アプローチ:
ヴィゴツキー派の研究,状況的行為(situated action)(Suchman,1987)の
研究,社会的分散認知(socially shared cognition)の研究(Hutchins,1990)
状況に埋め込まれた学習(situated learning)(Lave & Winger,1991)の研究
共通点:研究の分析単位を個体とはせず,「具体的な状況」(situation)の中に
いる複数の他者や「人工物」(artifact)を含んだ活動システム全体が
分析単位
アイデンティティについて
個人
関係
状況
人
アイデンティティ
もの
アイデンティティには必ず
他者が必要(中村,1984)
誰か他者との関係において,他者との
関係を通して,自己というアイデンティティは
現実化される(Laing,1969)
分析の単位
状況に関係させた個人
誰かにとっての私
⇔個人
⇔人格概念 状況的なアプローチ
■環境主義−個体の行動原因をすべて環境に帰属させる
(例)生態学的心理学
中心概念−「行動場面」(behavior setting)(Barker,1995)
・有機体と環境との相互行為が分析単位
行動場面
→「安定」した相互行為パターン,「標準的」相互行為パターンの抽出
(例)学校規模における行動場面数
個体の行動が生じる背後の制度的な構造を探り出すこと
●相互行為パターンの中にある行動は一定しており,その行動は
環境によって規定される
→個体の行動の本質は「内か外か」と議論する枠組みである
●状況的アプローチ:個体か環境かの二項図式ではなく,両者の関係を一体化
●問題の再編成
■問題行動を作り出す関係
問題行動:
個体能力主義の心理学: 問題はその行為者に帰属
→行為者の人格を変える,行動を変える
状況的アプローチ: 行為者のアイデンティティが問題
他者との関係性
→なぜ問題に見えるのか?誰にとって問題なのか?
■児童の問題行動の例:
授業中に歩き回る子ども
●個体能力主義の心理学:
その子が「授業を妨害する」「授業に参加できない」ことが問題
●状況的アプローチ:
問題行動を起こす児童のアイデンティティが問題
クラス全体の「関係」のなかで形成
→問題行動は,児童,教師を含むクラス全体の「関係」の歪みの「現れ」
「問題児」・「問題教師」というラベル
「自己のアイデンティティとは,自分が何者であるかを,
自己に語って聞かせる説話(ストーリー)」(Laing,1969)
子ども− 「僕はどうせ教室のやっかい者さ,どうせ,どうせ...」
教師 − 「私は,指導力の無い教師よ,どうせ,どうせ....」
それぞれのストーリーに対し,個体能力主義の心理学は...
「ずばり,その通りでしょう!!!」
科学的評価の裏付け:
子ども−知能指数がよろしくない,性格検査の結果がよろしくない
教師−職業適性検査の結果がよろしくない
■問題の外在化
じゃぁ,個別に問題があるというストーリーを読み変えればいいんじゃないか?
●物語法
「問題の外在化」(externalizing problem)
個体能力主義の心理学
裏付け,合理化
問題
外在化
内在化
染み込んでいる
人
質問
自明視
ドミナントストーリー 理解
事実?解釈?
事実
はみ出している
矛盾
カウンセラー
ユニークな結果
理解
別の物語
・問題−関係そのものにある
・個体能力主義からの脱却
■多様な事態の読みかえによって,事態に対する理解は促進される
■リソース分析
リソース(resource)−活動を構成する資源
●リソースは,お互いがお互いの資源となって活動の進行を形作る
編み物をしながら読書をする経験(Lave,1988)
●リソースは,活動が進行中のときに,活動者によって意志化されて
いるわけではない
→活動後,活動を反省したとき,その一部が思い出される程度
■行為者の意図や動機−多様なリソースの一部でしかない
行為者による後づけ的な物語
例:授業の叱責場面(石黒,1997)
教師
叱責の原因:叱責された二人の子どもにある
状況の分析
「叱責」という行為のリソース
授業の流れ
二人の子の視線
授業を円滑に進めるリソース
二人の子を「叱責」
うるさい授業
二人の「お話」
引き締まった授業
「悪態をつく」子
「お話」という行為のリソース 「悪態をつく」という行為のリソース
授業の内容
教師の働きかけ
「問題」として知覚された事態に対する
他の眼差しの獲得
リソース分析の目的
小学校1年生のクラス
「悪態」行為
教師の聞き手
同じリソース
「お話」行為
教師から視線をそらす
●暗黙の教育目標
●コミュニケーションの目標
教師にとっての問題:
叱責の原因
リソース分析→現状の理解,新たな展開の可能性
それぞれのリソースから活動全体を反省的に眺める
↓
現状を多様に読みとるという実践の反省
「反省」という行為のためのリソース
■物語法・リソース分析:
当事者にとって不可避的だと思われる「問題」をあらためて吟味の
俎上にあげ,事態全体の「問い直し」を迫るもの
●伝達から対話へ
実践を行うためのリソース
・実践の中で構成された理論
・科学としての心理学が提供する理論
実践者に反省を
促すリソース
実践者の行為を
縛り付けるリソース
実践者・科学者の関係
価値
馴化
命令
命令に従う
農業技術者
地元の農民
言葉
説得・宣伝
注入
パッケージ化された知識
伝達とは普及(extension)(Freire,1968)
「援助」として語られる物語
「奨励」
歴史・社会的コンテクスト
「対話」
知識・技術
意識化
心理学者
問い
実践者
相互批判を可
能
対象に向かい合う
対象
対象に働きかけ
省察する存在
●心理学者はどーすればいいのか?
「理論の実践化」,科学的な知識の「普及」という
心理学者と実践者との非対称的な権力関係の打破!!
■実践者による科学的な知識や技術の文脈による
問い直し,批判を促す関わりを行うこと
■自らを批判に曝すこと
→ 心理学者みずからの既存の知識を見つめ直し再評価する
ことが求められる
■実践者から批判をうけ,知識をみずから再構成すること
→ 対話によってのみ実現される
結局:
◆状況の中ぶ生きる人を単位として捉える眼差しと心理学者と
実践者の対話的関係が必要なのだ!!!