最近話題の感染症 あらためて注意したい国内での感染症 国立感染症研究所 バイオセーフティ管理室 研究官 高木 弘隆 近年高病原性鳥インフルエンザウイルスの世界的 な拡大により、このウイルスのヒトへの馴化と爆 発的 (2)アデノウイルス感染症 な感染拡大が懸念され、各国においてこれに対する 国内では春先から流 行が始まり、6∼7月にピーク 対 策 プランが 作 られている。しかし本 ウイルスのみ を迎えることから一般的には「プール熱」と呼ばれ、そ で なく、かつて国内 で「季節的流行」 と 位置づけられ の多くは咽頭結膜熱とされる。発症の対象は小 学 校 ていた感染 症の中にも、それだけでは割り切れない 低学年以下が主であり、症状の多くは 咽頭 炎 や 発 熱 ケースが出現してきている。特にウイルス性感染症に である。本ウイルスは 飛沫 及び接触感 染を起こすが、 おいてはこの傾向が見受けられており、先入観にとら 罹患者は治癒 後も糞便等にウイルスを排出するため、 われると感染制御対策に多大な影響を与えかねない。 プール 水からアデノウイルス遺伝子が 検出され た報 今回こうした感染 症をいくつか取り上げ、感染制御に 告もある。また国内では2002∼2005年を 通じて 生かしていただければ幸いである。 咽頭 結膜 熱 から分離されたアデノウイルス血清型は ヒト−ヒト間で起こるウイルス性感染症で麻疹や風疹、 3型が圧倒的に多く、次いで2、 1、5型であった。アメ 水疱瘡などの強い感染性を示す全身性感染症を除く リカでは血清 型 4 型及び 7型による軍隊訓練キャン と、規模の大小はあるが 呼吸器 系 感 染 症と 経口性下 プでの集団発 生 がみられ、発 症者は成人以上で急性 痢性感染 症 が問題となる。特に保育所 や学校、老健 呼吸器症(ARD) の大きな要因となっている。ドイツの 施設といった 感受性が高いもしくは免疫力の弱い人々 軍隊キャンプでもARDを発症した30代 後半の兵 士 が集団活動(生活) を行う場所では容易に集団発生が から血清型11b型に近縁のアデノウイルスが分離され 起こりうる。これらを 踏まえ今回はインフルエンザウ ている。国内では成人以上の集団発生は少ないもの イルス、アデノウイルス、ロタウイルスそしてメタニュー の、諸外国の状況をみると「小児 感 染 症 」ではなく、 モウイルスについての特徴と流 行、感 染 制御について 年齢にかかわることのない簡易キットなどによる鑑 若 干の考察を述べようと思う。 別診断は重要である。また本年はアデノウイルス検出 報告数 が 例年に比べ流行初期より多いことからより (1)インフルエンザウイルス感染症 注意が必要であろう。 毎年冬季に流行、春には収束し、国内ではA/H3型が その主流を占め、ついでB、A/H1型と続く。A/H1型は (3)ロタウイルス感染症 2001/2002シーズン以降の報告数は非常に少なかっ 本ウイルスは水様性下痢、発熱を 主徴とし、多くは たが、2005/2006シーズンで報告数が増加した。 乳幼児や幼児、小学生といった年齢層が 対象となる。 B型はA型が 下火になってからも流行が 継続する傾 流行時期は冬季であり、患者から分離されるほとん 向があり、2001/2002及び2005/2006シーズンで どはA群に属するものである。また報告例は少ないが は4月以降での流行持続がみられ、昨年は沖縄地方で C群、群不明(電顕像にて確認) というものもみられる。 夏場にB型の流行が起こっている。夏場に向けてはア C群ロタウイルスは2002/2003シーズンの4∼5月 デノやピコルナウイルスなど症状の似た 感 染 症 が 多 にかけて検出報告数が増加したが、そ の前後 のシー いため、簡易診断・治療方法が存在する本ウイルスの ズンでは顕著な 増加は認 めら れなかった。2005/ 鑑別には注意する必要があるだろう。 2006シーズンでは流行ピークの2∼3月にかけて報 告数が増えたが、島根・大阪で小学校における集団発 13 生が探知され、島根の事例(2月下旬) では最終的な有症 も感染症制御の第一歩 は「早期探知」である。とりあげ 者数は300名を越え (うち 家庭内感染 疑い99名) 、大 た4つのうちインフルエンザ、アデノ、ロタについては迅 阪での発生例(3例、3月上旬)では「嘔吐」がその主徴 速診断キットがすでにあり、臨床診断での活用により迅 となっている。A 群ロタウイルスでの集団発 生に比べ 、 速な鑑別が可能である。またhMPVについても流行時期 今回のC群によるものは時期・規模・症状ともにノロウ と症状の特徴からRSウイルスとあわせて疑い項目に入 イルス感 染 症との類似点が多く、有症者の中には成人 れるのが望ましいであろう。予防策としてのワクチンは、 以上も含まれているので、早期診断・感染制御対応は 国内では現在 インフルエンザのみであり、アデノは アメ 今後非常に重要となるであろう。 リカで軍隊用に作成されたものがあるのみ、ロタは諸外 国で使用され実績が 増えつつあるが日本ではまだ 認可 (4)メタニューモウイルス (hMPV)感染症 されていない。そして 治療に関しても抗ウイルス薬が汎 用薬として 存 在するのはインフルエンザ のみで ある。 本ウイルスは2001年に発見されたウイルスであり、そ hMPVはRSウイルスと非常に類似しているため、リバ の属性はRSウイルス (小児呼吸器症ウイルス)に類似す ビリンなどの抗ウイルス剤やグロブリン製剤の投与も る。近 年 の報告 では 乳幼児期に多くが 感 染している可 有効性も挙げられており、これからに期待したい。 能性、流行時期は春から初夏であろうことが判明してき 集団生活における感染拡大 制御としてはゾーニング ているものの、その実態の多くはわかっていない。症状 などによる一時的な住み分けも有効である。ただロタウ としては発熱、咳き込み、鼻汁が多く、ラ音・喘鳴もある イルスで見られた家庭内感染のような住み分け困難な ことから喘息用症状として多く認められる。hMPV検出 場 合 や下痢や嘔吐といったウイルス含有物による汚 染 には現在のところ遺伝子診断(RT-PCR) が最も有 効で が 起こり得る場 合は、適切 な 除染・消 毒を実 施 するべ あり、 (1) から (3) に挙げた感 染症のような迅速簡易キ きである。ロタウイルスは 水道水の殺菌において、ヒト ットはまだ 開発されていない。本年 3月下旬から4月上 由来のものはサルロタウイルスに比べオゾンに対する感 旬にかけて、福岡の高齢者福祉施設に於ける集団発生が 受性が 高く、このサルロタウイルスも有効塩素0.4ppm 探知され、有症者は6割弱(48名/84名)であった。本 で3分以内に5log10減少 (反応比 ウイルス:塩 素水= 例は高齢のための易感 染状態、類似症状が通年で認め 1:200) という報告があり、よほどウイルスが 濃厚もし られていることなどから、感染症としての探知が難しい くは有機物が多い場合を除き、有効濃度50∼100ppm ケースといえる。しかしウイルス検出とともに有症者と の塩素系消毒剤での除染は可能であろう。むしろ不適切 健常者のゾーニングなどの措置が迅速にとられ5月上旬 な消毒による健康被害を留意すべきである。 に終息を迎えた。hMPVが鼻咽頭粘膜上皮で増殖しや またこれまで「塩素に対して感受性が高い」とされてき すく、症状として咳き込み・鼻汁などがあることからこう たアデノウイルスは図1及び2に示すように分離株によっ した感染制御の迅速対応は 非常に重要であることが証 て感受性に差がみられ、一概に判断するのはかえって危 明された。またRSウイルスとの重感染により重症化す 険であり、株間での感受性差がみられない濃度はおよそ るという報告もあり、この点にも注意したい。 汎用にはむかない。筆者による試みでは液体石鹸の成分 でもあるラウリン酸カリウムに有用な感受性が認められ (5)感染制御を目指して これら4つの感染症については、従来の流行時期とは 異なったり、思わぬ年齢層に拡がったりといったケース が少なくないものばかりであるが、たとえそうだとして 14 (図3)、乳幼児などのお尻洗いやおむつ交換時の手洗い、 日常的手洗いにおける有効な感染制御の手段となりうる と考える。 最近話題の感染症 参考文献: (6)おわりに 1)国立感染症研究所 感染症情報センター 病原体検出情報 週別型別インフルエンザウイルス・検出報告数 , 過 去 4シーズンとの比較, 今回とりあげた感染症はごく一部であるが、対策の根幹 2006 年 6月22日作成. は「早期探知」、 「宿主 (集団)の感受性」 「感染経路」を踏ま 2) 国立感染症研究所 感染症情報センター 病原体検出情報 咽頭結膜熱患者から分離・検出されたウイルス , 2001∼2005年, えた上での予防・制御が必須となる。また日頃からの情報 2006 年 4月21日現在. 3)国立感染症研究所 感染症情報センター 病原体検出情報 収集も非常に重要な予防策となる。そのために私どもが 検出されたロタウイルスの内訳 , 2005 / 06シーズン, 2006 年 6月22日作成. 微力ながらもお役に立てれば光栄である。 4)国立感染症研究所 感染症情報センター 病原体検出情報 速報 小学校でのC群ロタウイルスによる集団感染事例 ― 島根県 (IASR 27 : 121 - 122 , 2006 ) . 5)国立感染症研究所 感染症情報センター 病原体検出情報 速報 C群ロタウイルスによる胃腸炎の発生事例 ― 岩手県 Disinfection of Human Adenovirus type 3 by NaCIO virus:NaClO=1:4,Reaction time: 2min (IASR 27 :153 -15 4 , 2006) . 6)国立感染症研究所 感染症情報センター 病原体検出情報 速報 大阪府におけるC群ロタウイルスによる集団胃腸炎の発生 (IASR 27 : 154 -155, 2006) . log10 TCID50 5 4 3 7)国立感染症研究所 感染症情報センター 病原体検出情報 GB3 CL1 CL7 CL12 速報 高齢 者福祉施設におけるヒロ・メタニューモウイルス集団感染事例 ― 福岡県(http : // idsc. nih . go. jp / iasr / rapid / pr 3172 . ht ml ) . 8)菊田英明 モダンメディア 51巻 9 号 2005〔感染症〕p217- 222. 9)B. Chmielewicz, et al., Respiratory Disease Caused by a Species B2 Adenovirus in a Military Camp in Turkey, J. Med. Vir 77: 232-237 (2005) . 2 10)Gregory C. Gray, et al., Respiratory Diseases am ong U.S. Milit ary Personnel : Countering Emerging Threats, Emg. Inf. Dis: ( 5 3)379 -387, 1 May - June ,1999. 0 11)J . M. Vaughn et al., Inact ivat ion of Human and Simian Rotavirus 0 100 200 300 400 500 by Ozone, Appl. Environ . Microbil . ,Vol. 5 3(9) , 2218 - 2221,1987. 12)W.O. K. Grabow et a l., Inactivation of Hepatitis A virusand Indica- Available Chlorine of Reagent(ppm) tor Organisms in Water by Free Chlorine Residuals, Appl. Environ. Microbil., Vol. 46(3) , 619 - 624 , 1983. 図1 GB3 :論文で頻繁に使用されている標準株(ATCC) CL1∼:臨床分離株1∼ Disinfection of Human Adenovirus type 3 by NaCIO virus:NaClO=1:4,Reaction time: 2min Disinfection of Human Adenovirus type 3 by K-Laurate virus:K-Laurate =1: 1,Reaction time: 2min 4 3 5 GB3 CL2 CL3 CL4 CL5 CL6 2 log10 TCID50 log10 TCID50 5 2 0 0 100 200 300 400 500 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 Reaction conc of K-Laurate (%) Available Chlorine of Reagent(ppm) 図2 3 CL1 CL2 CL4 CL6 CL10 CL11 CL12 GB3 1 1 0 4 図3 15
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