フォトポリマ記録プロセスシミュレータの開発

みずほ情報総研技報 Vol.1 No.1 2007年
フォトポリマ記録プロセスシミュレータの開発
別役 潔
Photopolymer Recording Process Simulator
Kiyoshi BETSUYAKU
ホログラフィックメモリ材料の最有力候補であるフォトポリマの記録プロセスを解析するために, フォトポリマ
記録プロセスシミュレータを開発した. 本シミュレータは, 一次元非局所重合拡散モデルに基いており, さらに
多重記録, 停止反応, ブリーチングを考慮した新しいモデルを適用している. 本稿では, 新モデルの詳細とシミュ
レータの計算結果について報告する.
(キーワード): ホログラフィックメモリ, フォトポリマ, 非局所重合拡散モデル, 多重記録, 停止反応, ブリーチング
1 はじめに
2.1 非局所重合拡散モデル
本シミュレータの基礎式となる, ビーム照射中におけ
る自由モノマの拡散と減少を記述する一次元非局所重
合拡散方程式は次式で与えられる.
ホログラフィックメモリは, 大容量光メモリー技術とし
て, 1TB 程度の記録容量を必要とされる次々世代型の光
記録ディスクへの適用を中心に注目を集めている. フォ
¸
·
∂Φm (x, t)
∂
∂Φm (x, t)
D(x, t)
=
∂x
∂x
∂t
Z ∞
(1)
0
0
0
0
−
G(x, x )F (x , t)Φm (x , t)dx
トポリマは, 高回折効率, 低ノイズ, 安価などの特徴から
ホログラフィックメモリ用材料の最有力候補である.
記録プロセス中の光照射による回折格子形成におけ
−∞
るモノマの重合反応−拡散過程を解析するために, フォ
トポリマ記録プロセスシミュレータを開発した. ホログ
ここで, Φm (x, t) 自由モノマ濃度, D(x, t) は拡散係数,
ラム記録プロセスは光照射によるモノマの重合反応−
F (x, t) は重合化率, G(x, x0 ) は非局所応答関数である.
非局所応答関数は, Gaussian 確率分布関数で表される.
拡散過程として説明されるが, 特にモノマーの重合反応
率と拡散係数がほぼ全体の現象を支配すると考えられ
¸
·
−(x − x0 )2
1
exp
G(x, x ) = √
2σ
2πσ
ている. この過程を記述するために, 様々なモデルが提
0
案されている. Sheridan らは一次元非局所重合拡散モデ
ルを開発し, 記録プロセスにおける非局所重合反応の重
要性を指摘している 1, 2) . 本シミュレータもそのモデル
ここで,
√
(2)
σ は非局所応答長であり重合反応長にあたる.
照射時間 t 後の, 位置 x でのポリマの濃度 Φp (x, t) は
に基づいている. さらに, 本シミュレータの独自機能と
して, 外石ら 3) の提唱したモデルを適用することにより
次式で与えられる.
多重記録, 停止反応, ブリーチングに対応している. 以下
Z tZ
では, モデルの詳細とシミュレータの計算結果について
∞
Φp (x, t) =
報告する.
0
G(x, x0 )F (x0 , t0 )Φm (x0 , t0 )dx0 dt0
−∞
(3)
2 モデル
自由モノマ濃度 Φm (x, t) に対する境界条件は, 自由境
界条件とする.
本シミュレータは, 一次元非局所重合拡散モデルに基
づき 1) , タイムスケジューリングによる多重記録, 停止反
∂Φm (0, t)
∂x
応, ブリーチングを記述する新しいモデルを適用した 3) .
=
∂Φm (xmax , t)
=0
∂x
(4)
(5)
以下にモデルの詳細について示す.
1
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2.5 実装
これらモデルの実装は, Wu らにならい物理パラメー
タを無次元化し finite-difference time-domain 法に基づい
て離散化することにより行った 5) .
2.2 多重記録機能と停止反応
多重記録機能と停止反応は,重合化率を次式で定義す
ることによりモデル化する.
F (x, t) = κ
M
X
¡
¢¤ν
ki £
1 + V cos K(x − ∆xm )
kt
(6)
m=1
³
´
−kt (t−tem )
× Sw1m + Sw2m e
I0 νm
3 計算結果
まず最初に, Wu らによる計算結果 5) との比較を行った.
図 1 に, 彼らの計算と同じパラメータを用い, 無次元非
ここで, m は M 多重記録中の m 番目の記録を表し, κ
局所分散パラメータ σD を σD = 0.001(' 0), 0.62, 1.23
は重合化係数, ki と kt は初期および減衰係数, ν は照射
として計算した場合のポリマ濃度分布およびモノマ濃
ビーム強度 I0 m と重合化との関係を与える指数, V は
度分布を示す. 解析領域端を含まない回折格子 1 周期
グレーティングの可視性, K はグレーティングの波数,
分 (2π × 10−5 cm) を表示している. ここで σ = σD ×
∆xm は位相定数, Sw1m と Sw2m はスイッチング関数
(Sw1m = 1 かつ Sw2m = 0 のとき m 番目の記録中,
Sw1m = 0 かつ Sw2m = 1 のとき m 番目の記録後を示
す), tem は m 番目のビーム照射終了時刻を表す.
この重合化率を用いることにより, 拡散係数は次式で
表される.
£
¤
D(x, t) = D0 exp −αF (x, t)t
10−10 [cm2 ] である. 我々の計算結果は, Wu らの計算結
果とよい一致を示した. 非局所重合反応の効果により,
σD の増加にともない光が照射されていない暗領域 (図
では両端領域) においてもポリマ濃度が増加しているの
が見てとれる.
次に, 停止反応, ブリーチング, 多重記録を考慮して計
算を行った. 表 1 に, 計算で用いるパラメータを示す. 解
析領域は 6π × 10−5 cm, 回折格子の周期は 2π × 10−5 cm,
解析時間は 100 秒とした. 図 2(a), (b) はそれぞれ停止反
応を考慮しない場合とした場合のポリマ濃度分布およ
びモノマ濃度分布を示す. 回折格子 3 周期分で解析領域
端も含めて表示している. 停止反応を考慮することによ
り, 無次元時刻 tD = 2.0 (実解析時間 20 秒) で照射を打
ち切った後もポリマ化が進行しモノマが消費されている
(図 2(b)). 図 2(c) は, ブリーチング効果を考慮した結果
を示す. 一様ビーム照射によりポリマ化が全領域で起こ
るため, 図 2(b) と比較して, ポリマ濃度分布の谷部分の
濃度が増している. また tD = 10 (実解析時間 100 秒) に
おいてすべてモノマが消費されている. 多重記録を行っ
た場合の計算結果を図 2(d) に示す. ビーム照射のタイム
スケジュールを 0 ≤ tD ≤ 2, 3 ≤ tD ≤ 5, 7 ≤ tD ≤ 9 と
して, ビーム中心を変化させながら記録している. 照射
時間は各ステップで同じであるが, 最初の記録の影響が
ポリマー分布に強く出ている.
(7)
ここで, D0 は初期拡散係数, α は減衰パラメータである.
2.3 ブリーチング
ブリーチング過程においては, 重合化率として次式を
用いる.
F (x) = Swb κI0b ν
(8)
ここで, Swb はブリーチング過程に対するスイッチング
関数, I0b はブリーチング時の一様ビーム照射に関する
フォトポリマー薄膜上の平均照射量を表す.
2.4 屈折率分布と回折効率
一般に, 記録プロセスの間に誘起される屈折率分布は,
ポリマ濃度分布とモノマ濃度分布に依存する. それ故,
照射期間中に誘起される屈折率分布 n(xD , tD ) は次のよ
うに表すことができる.
n(xD , tD ) = Cp Φp (xD , tD ) + Cm Φm (xD , tD ) cos ϕ (9)
4 おわりに
ここで, Cp , Cm はそれぞれポリマ, モノマに対する比例
一次元非局所重合拡散モデルに基づき開発したシミュ
定数, ϕ はモノマ相回折格子とポリマ相回折格子間の相
レータのモデルと計算結果について報告した. 多重記録,
対的位相差である.
停止反応, ブリーチング機能により, フォトポリマ記録
回折効率は, Kogelnik の理論により, 屈折率変調から
プロセスをより詳細に解析することが可能となること
計算する 4) .
³ πd∆n ´
η = sin
λ cos θB
2
を示した.
本シミュレータで採用したモデルは現象論的なモデル
(10)
であり, いくつかの任意パラメータを含む計算式で表さ
ここで, η は回折効率, d はメディアの厚み, ∆n は屈折率
れている. したがって, 理論による計算値と実験値との
変調, λ は再生波長, θB は再生角度である.
比較, 予測に際しては, モデルパラメータの実験値によ
2
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160
monomer
polymer
tD = 10
120
160
tD = 2.5
tD = 0.0
100
tD = 1.0
80
tD = 1.0
60
tD = 0.32
40
tD = 2.5
20
0
7
8
tD = 10
tD = 0.0
9
10
Dimensionless Space, xD [-]
11
12
tD = 1.0
60
40
tD = 0.32
tD = 0.0
100
tD = 10
0
2
4
60
tD = 1.0
40
tD = 0.32
tD = 2.5
20
7
8
tD = 10
tD = 0.0
9
10
Dimensionless Space, xD [-]
11
tD = 0.0
tD = 0.32
tD = 1.0
80
tD = 1.0
60
40
0
tD = 0.32
tD = 2.5
tD = 10
2
4
16
18
20
Concentration [mole/cm3]
100
tD = 0.32
tD = 1.0
60
tD = 1.0
tD = 0.32
tD = 2.5
20
tD = 10
tD = 0.0
9
10
Dimensionless Space, xD [-]
11
12
tD = 10
120
tD = 2.5
tD = 0.0
100
tD = 0.32
tD = 1.0
80
tD = 1.0
60
40
tD = 0.32
tD = 2.5
20
0
(c) σD = 1.23
図 1 無次元時刻 tD におけるポリマ濃度分布およびモノマ
tD = 10
tD = 0.0
0
2
4
6
8
10
12
14
Dimensionless Space, xD [-]
16
18
20
(c) ブリーチングを考慮
160
濃度分布の計算結果 (回折格子 1 周期分).
monomer
polymer
Concentration [mole/cm3]
140
表 1 計算に用いたパラメータ
1.0
10 [cm ]
0.62 × 10−10 [cm2 ]
10−11 [cm2 /s]
100 [mW/cm2 ]
0.5
√
0.01 [cm/ mW/s]
0.0
5
monomer
polymer
140
tD = 0.0
V
K
σ
D0
I0
ν
κ
α
6
8
10
12
14
Dimensionless Space, xD [-]
160
tD = 2.5
8
tD = 10
tD = 0.0
0
(b) 停止反応を考慮 (減衰係数 kt = 0.07)
140
7
20
tD = 2.5
100
monomer
polymer
40
18
tD = 10
120
20
160
80
16
monomer
polymer
12
(b) σD = 0.62
120
6
8
10
12
14
Dimensionless Space, xD [-]
140
tD = 0.32
tD = 1.0
80
tD = 2.5
tD = 0.0
160
tD = 2.5
Concentration [mole/cm3]
Concentration [mole/cm3]
tD = 0.32
(a) 停止反応およびブリーチングを非考慮
tD = 10
120
tD = 0.0
tD = 1.0
80
monomer
polymer
140
Concentration [mole/cm3]
tD = 2.5, 10
100
0
160
0
120
20
(a) σD = 0.001(' 0)
0
monomer
polymer
140
tD = 0.32
Concentration [mole/cm3]
Concentration [mole/cm3]
140
−1
tD = 10
120
tD = 2.5
tD = 0.0
100
tD = 0.32
tD = 1.0
80
tD = 1.0
60
40
tD = 0.32
tD = 2.5
20
0
tD = 10
tD = 0.0
0
2
4
6
8
10
12
14
Dimensionless Space, xD [-]
16
18
20
(d) 多重記録
図 2 無次元時刻におけるポリマ濃度分布およびモノマ濃度
分布の計算結果 (回折格子 3 周期分).
3
みずほ情報総研技報 Vol.1 No.1 2007年
執筆者紹介
る合わせ込み (パラメータの最適化) が必要である. 実際
に本シミュレータと当社製パラメータフィッティングエ
ンジンを組み合わせて実験値との合わせ込みを行った結
果については, 文献 3) を参照されたい.
今後の開発検討項目として, 多次元化によるメディア
厚みの考慮および面記録への対応があげられる.
引用文献
1) J. T. Sheridan and J. R. Lawrence: J. Opt. Soc. Am. A
2)
3)
4)
5)
別役 潔 (Kiyoshi BETSUYAKU)
所
属: サイエンスソリューション部
17 (2000) 1108.
C. Neipp, A. Beléndez, J. Sheridan, J. Kelly,
F. O’Neill, S. Gallego, M. Ortuño, and I. Pascual: Opt.
Express 11 (2003) 1876.
M. Toishi, T. Tanaka, K. Watanabe, and K. Betsuyaku:
Jpn. J. Appl. Phys. 46 (2007) 3438.
H. Kogelnic: Bell Syst. Tech. J. 48 (1969) 2909.
S. D. Wu and E. N. Glytsis: J. Opt. Soc. Am. B 20
(2003) 1177.
電子・光技術チーム
主要分野:
固体および分子の第一原理電子状態計
算, ナノマテリアルおよびナノエレクト
ロニクス関連シミュレーション技術, 光
関連シミュレーション技術
関心分野:
第一原理電子状態計算の高精度化および
高速化
所属学会:
4
日本物理学会