第14章 文化 (Culture)

第 14 章 文化
1
14.1.1
第 14 章 文化
新しい考え方への開放性
ヨーロッパと中国
• ヨーロッパ: open
• 中国: not open
⋆ 講義ノートは
http://www2.asia-u.ac.jp/˜ shin/lecture/growth.html にある.
⋆ 第 2 版のスライドは
http://wps.aw.com/aw weil econgrowth 2/ → Classrom ReR Slides にある.
sources → PowerPoint⃝
⋆ 第 3 版のスライドは
http://wps.aw.com/aw weil econgrowth 3/ → Classrom ReR Slides にある.
sources → PowerPoint⃝
日本とイスラム世界
• 日本: open
• イスラム世界: not open
– 外部の考えを拒絶する.
文化が国富の決定因であるという考え方
プロテスタンティズムの倫理
アラビア語とギリシャ語
マックス・ウェーバーは勤勉と富の蓄積を奨励した “プロ
世界には 2 億人以上のアラビア語をしゃべる人がいるが,
テスタンティズムの倫理”の発生が,16 世紀に始まったヨー
毎年約 330 冊の外国の本しかアラビア語に翻訳されない.
ロッパの経済成長の開花を導いたと論じている.
1,200 万人しか使う人のいない言語であるギリシャ語には,
その 5 倍の本が訳されている.
アジア的価値観
より最近では,台湾,シンガポール,韓国といった国々の
新しい考え方への開放性と経済成長
急速な成長は,1980 年の The Economist 誌で定着した “ア
ジア的価値観”による行動で説明できるかどうかを学者たち
新しい考え方に対して Open であるほど成長が早い.
が議論している.
本章では
14.1.2
勤勉
• 文化が経済成長に与える影響
• 文化に影響を与える要因
古典ギリシャ文化
• いかに文化が経済成長によって変えられるか
• ギリシャ: 仕事は奴隷に残しておくのが最善
• ある文化的態度がある状況では成長にはよく,他の面
• 聖書: 神が罪に対する罰として人間に課した呪い
では成長に悪いかどうか
について検討する.
16 世紀プロテスタントの宗教改革 (Protestant Reformation)
14.1
文化が経済成長に与える効果
文化が経済成長に重要であることを示すには
• すべての人は労働で忙しくあるよう作られている.ジョ
ン・カルヴァン (John Calvin)
1. 文化が国ごとに異なる潜在的に重要な側面を持ってい
ること
2. 文化のこれらの側面が経済的成果に有意な影響を与え
ること
を提示しなければならない.
• 苦労がなければ栄光ではない.ベンジャミン・フラン
クリン (Benjamin Franklin)
• マックス・ウェーバーは勤勉への傾倒は,ヨーロッパの
プロテスタント地域の初期の発展の一部を説明する.
第 14 章 文化
2
働く価値と所得水準
(2) 結果
Figure 1
働く価値と 1 人当たり GDP
移民の出身国の貯蓄率と移住後の貯蓄率の間には相関は
見いだせなかった.つまり, 文化が貯蓄に影響をしていると
いう事実はなかった.
(3) 問題点
• 移民は無作為に選ばれたグループではない.
– 移民は出身国の文化の完全な反映ではない.
• 横軸: 1 人当たり GDP
– 彼らは移住し,他の人は動かなかったという事
実そのものが,よりよい将来のための犠牲をい
とわない異なった態度を持つ人
• 縦軸: 余暇に比較した労働の価値.インタビューによ
る世界価値観調査 (The World Values Survey)
– 人生を生きる価値のあるものにしているのは余
暇であり仕事ではない ← 1
• 移民を見るときには,文化を最も純粋な形ではみてい
ない.
– 出身国の文化は新しい国で混ざってしまっただ
– 余暇ではなく仕事こそ人生を価値あるものにす
る←5
ろうし,文化が経済的行動に与える影響も見つ
けるのが難しくなっている.
– 5 ポイントの指標で,1 は余暇により高い価値を
置き,5 は仕事により高い価値を置く.
• 勤勉に対する態度が経済的成功の決定要因であるとい
う理論を支持するものではない.
• まったく逆に,貧しい国の人々は裕福な国の人々より
14.1.4
■ 駐車違反が文化について語ること
信頼
仕事は重要であると考えている.
• よくみる文化的な国民性ともずれがある.メキシコ人
は,通常,気楽な人とみられているが,勤勉と考えら
れている日本人よりも勤勉を信奉している.
14.1.3
将来への節約
• 文化 → 貯蓄率 → 経済成長水準に影響
• ジョン・ステュアート・ミル (John Stuart Mill) お互
いに信じることのできる人類の優位性は,生活の隅々
にまで浸透している.経済的なものはその最小の一部
だろうが,これでさえ計り知れないほどである.
• ケネス・アロー (Kenneth Arrow) 事実上すべての商
業取引には信頼という要素がある.確かに長い間行わ
れてきたどんな取引もそうである.世界の経済的な後
進性のほとんどは確信を欠く人間関係にあるというの
も最もである.
儒教思想
• 東アジアの高い貯蓄率 ← 儒教思想
信頼の根
• 国家権力
2500 年前の孔子による慎みと節約の徳は東アジアの文化
の根深く埋め込まれていた.
– 契約内容を守らなければ,訴訟する.
• 国家権力よりずっと深い
移民の貯蓄率
(1) 方法
移民の貯蓄率を計算し,低い貯蓄率の国から来た人より
も高い貯蓄率の国から来た人のほうが高い貯蓄率であるか
どうかを調べた.
信頼の測定
(1) アンケート調査
一般に,ほとんどの人々を信用できると言えますか,ある
いは用心深くなりすぎずに人々とのやり取りができますか.
第 14 章 文化
3
• 平均: 35.8%
社会関係資本の経済的利益
• 信頼を促進
• ノルウェー: 61.2%
• 情報 → マッチング
• ブラジル: 6.7%
• 犯罪を減らす
• ある種の保険
(2) 直接的な実験
• 集団行動の促進
持ち主の名前と住所が書かれた 50 ドルの入った多数の財
布を,故意に公共の場で遺失物として落とした実験である.
• 政府機能の改善
中身が完全なまま返ってきた財布の比率を調査.
社会関係資本と政府
• (1) の調査との相関係数は 0.67
• 社会関係資本がより高い地域では,政府はより効率的
に機能する.
信頼と投資
• 社会関係資本は信頼だけではなく,政府の質について
も国ごとの差の原因である.
投資は信頼に最も依存する経済取引である.人が金銭を
手放すときと,それが戻ってくるときには時間的に長い間
隔があるかである.
Figure 2
■ 村レベルでの社会関係資本の重要性
信頼と投資の関係
14.1.6
社会遂行力
社会遂行力とは
• 横軸: ほとんどの人が信頼できると考える人々の割合
モーゼス・アブラモーヴィッツ (Moses Abramovits) によっ
て使われた用語で,国が経済的機会を活用できるようにす
る社会的文化的資質を指している.
投資
• 縦軸: 投資の生産量に対する比率 ( GDP
)
• 正の相関がある.
• 高い信頼度 → 高い投資率 → 経済成長
14.1.5
社会関係資本
• 経済的には低開発だが十分な社会遂行力がある国は,
先進国との交流,技術移転,貿易,資本流出入によっ
て生まれる機会を活用できる.
• 社会遂行力のない貧しい国は経済的停滞を余儀なくさ
れる.
社会遂行力の要素
社会遂行力は次の要素を含んでいる.
社会関係資本は人々が持つ社会ネットワークと,その中
ではお互いのために何かしてあげようと思うネットワーク
の価値を示すものである.
• 知り合いの大きなサークルがあり,人々がお互いに知っ
ていて役立とうと考えている社会では,社会関係資本
は高い.
• 人々が社会的に孤立していて,知っている人でも助け
合いの規範がない場合には,社会関係資本は低い.
• 大規模企業の組織と経営の経験がある人々
• 特化や貿易のようなもので,ある国の住民が市場経済
を活用できる能力
• 実証科学を受け入れる態度 – すなわち,迷信や魔術
よりも原因と結果を信じていること
• 人生を相対的に重要ではないとする精神的存在よりも,
地上の生活に注目する社会的価値観
第 14 章 文化
4
• もし,2 つの国が同じ所得水準で異なった資質である
ならば,所得のより高い定常状態の国がより急速に成
長するだろう.
アーデルマンとモリスの指数
イルマ・アーデルマン (Irma Adelman) と シンシア・タ
フト・モリス (Cynthia Taft Morris) によって 1961 年に作
られたもの.
(2) 仮説
• 社会遂行力は測定が難しい.
• 社会遂行力が一国の定常状態の 1 人当たり所得水準を
• 専門家による文化についての資質の評価
■ 経済成長を文化で説明するときの落とし穴
• 観察者のバイアス - ある特徴が他の事情とどう関
係するかについての観察者の知識によって制限さ
れる.
決める唯一の要因であるとする.
• 社会遂行力が高い水準の国は,将来より高い成長を経
験するだろうということを知ることができる.
• もちろん,社会遂行力は国の定常状態の唯一の決定要
因でありそうもないので,他の決定要因があったとし
ても,ここで示した理論は平均的に適用可能だろう.
• 特に,所得水準を一定にしたときに,高い社会遂行力
を持つ国の平均成長率は,低い社会遂行力の平均成長
社会遂行力と 1 人当たり GDP
Figure 3
率よりも高いはずである.
社会遂行力と 1 人当たり GDP, 1960
社会遂行力と経済成長
1. 所得水準を一定にした上で,第 1 に各国の社会遂行力
とその予想を比較する方法を決める.図 3 にデータが
最もよくあてはまる直線を描く.そして,各国につい
て社会遂行力の実現レベルと,あてはめた直線によっ
• 横軸: 1 人当たり GDP, 1960 年 (2000 年基準,対数
目盛)
て予測された水準を計測できる.
2. 各国の実際の社会遂行力と予測した水準のギャップを
調べ,それをその後の成長と比較する.
• 縦軸: 社会遂行力指数
もし,この仮説が正しければ,大きな残差を持つ国々は –
• 強い正の相関
すなわち所得水準に比べて社会遂行力の高い水準の国々は
より高い成長率を経験しているはずである.
Figure 4
問題点
社会遂行力と経済成長
• アーデルマンとモリス,彼らが依拠した専門家は 1961
年の 1 人当たり所得水準を観察していた.すなわち,
彼らの文化の評価は,より豊かな国の文化がより社会
遂行力があるというレッテル貼りをする方向に,バイ
アスしている.
• 研究者が重要であると定義した豊かな国の文化的要素
は,文化の不変的な様相よりも豊かになった国の結果
である可能性がある.
• 横軸: 社会遂行力指数の残差
• 縦軸: 1 人当たり GDP の成長率 (1860 年-2005 年平均)
• 強い正の相関
問題点の解決
(1) アイディア
• アーデルマンとモリス指数の構築以降,国々のパフォー
マンスを調べるならば,これらの問題をともに解決す
ることができる.
• 成長率 =0.129+0.0146× 社会遂行力 −0.0151× ln1960
年 1 人当たり GDP
• 所得に比べて高い社会的遂行力を持つ国々は,急速に
成長する.
– 日本,韓国,台湾
第 14 章 文化
5
• 所得に比べて低い社会的遂行力を持つ国々は,ゆっく
り成長する.
• 1 つの国で同規模な 2 つの民族グループを持つ国なら
指数は 0.5
• 1 つの国で同規模で 10 グループからなる 1 国ならば
– カメルーン,マダガスカル,チャド
■ 妥当な文化の変化
指数は 0.9
• 指数 1 の国は,完全に細分化された国で,すべての人
からどの 2 人をとっても違った民族グループから出て
いるので,確率は 100%である.
14.2
14.2.1
文化を決めるのは何か?
(2) 民族的細分化指数の定義
天候と天然資源
天候
1−
• 気候と文化の最もありうる関連性は,人々が将来を予
測して行動する必要かあるかどうかである.
I
∑
n2i
(14.1)
i=1
ここで,I はその国の民族グループ数,ni はグループ i に
属する人口の構成比
• ヨーロッパのような温帯気候のなかでは,作物は季節
ごとに成長し,人は住居と冬の寒さの暖房が必要にな
る.温帯気候は貯蓄や先行きの計画に価値を置くよう
行動させる
• これらの価値は現代経済成長につながる方向へ文化を
形成するだろう.
民族的細分化と 1 人当たり GDP
Figure 5
民族的細分化と 1 人当たり GDP
天然資源
• もしある国に,重労働しなくても生活できる資源があ
るならば,仕事への文化的逼迫感はあまりないだろう.
• ジャン・ボーダン (Jean Bodin) 肥沃で稔り豊かな土
地に住む人たちは,柔弱で臆病なのが普通である.こ
れに対して,不毛の国は人間を必要に迫られて穏やか
• 横軸: 民族細分化の程度
• 縦軸: 1 人当たり GDP,2005 年
• 負の相関
な人に,結果として注意深く,目配りよくして勤勉な
人間に作り上げる.
• 石油が与えた多くのペルシャ湾岸国家の文化
民族的細分化と経済成長
民族的細分化と 1 人当たり所得との間にある負の関係は,
民族的細分化は一国の成長を遅らせる可能性を示唆している.
高い民族細分化指数を示す国は
14.2.2
文化の同質性と社会関係資本
同じ文化の共有
一国内に住むすべての人が同じ文化を共有することが有利.
• 腐敗の程度
• 公共財の提供
の面で政府の質がよくない.
民族的同質性
他の指標
(1) 民族的細分化指数
(1) 言語の細分化
一国内で無作為に選らばれた 2 人の人が同じ民族には属
さない確率
• すべての人が同じ民族グループのメンバーに属する国
ではその指数は 0
• 言語の細分化は民族細分化と似ていることが多い.2
つの指標共に同じ国内で高い値をとりうる.
• そして,より貧しい国は豊かな国より言語の細分化の
程度は高くなりがちである.
第 14 章 文化
6
(2) 宗教の細分化
14.3.1
• 宗教の細分化は所得と (弱いけれども) 正の相関がる.
経済成長と文化の変化
経済成長は一国の文化的価値観を変えると考えることは
十分な理由がある.この変化の最も重要な側面は,生産と
• 豊かな国は貧しい国よりもより宗教的に細分化しがち
交換の他の方式を市場の関係に変えることである.都市化,
である.
海外思想への開化,教育の向上は成長していく国の住民の
• 宗教の細分化は政府の寛容さの表れで,少数派の権利
により寛容な政府ほど民主的であり,正直であり,か
世界観に大きな衝撃を与える.
つ効率的 – 経済成長を促進する性質を持っているこ
所得と近代化の同時決定
とである.
Figure 7
所得と近代化の同時決定
14.2.3
人口密度と社会遂行力
貧しいが人口密度が高い国は,社会遂行力の多くの側面
を持っている.
人口密度が高い
• Y (M ) は近代化がどのように所得に影響するかを示す.
• 分業
• M (Y ) は所得が近代化に与える効果を示す.
• 包括的な政府
• 2 つの曲線は上方に傾く勾配を持つ.
• 横軸: 1 人当たり所得
人口密度が低い
• 縦軸: 文化の近代化
• 自給自足
• 近代的文化が所得水準を引き上げる.
• 歴史の長い政府
• より大きな所得が文化を近代化していく.
人口密度と経済成長
外生的変化
Figure 6
人口密度と経済成長
新しい生産技術の開発や国際貿易に国を解放するなど.
• 文化の変化には時間がかかるので,この外生的変化の
初期効果は,経済を点 A から点 B へシフトさせる.
• 時間が経つうちに文化の水準は新しい所得水準に調整
し始める.そして,点 C に向かって成長期間を延長
していく.
■ 協調行為の決定要因:
• 横軸: 1 平方マイル当たりの人口密度,1960
1 つの実験的分析方法
• 縦軸: 1 人当たり GDP の成長率,1960 年-2005 年平均
• 強い正の相関
14.3.2
政府の政策と文化の変化
文化を変化させる力
14.3
文化の変化
• ある場合には,政府の政策は文化を変えることを明示
的に目標におく.
海外思想を受け入れる態度は文化的属性である.しかし,
不変的文化的属性ではない.
• 鎖国 → 開国
• 他の場合には,政府の政策による文化の変化は,何か
別のことをするために計画した政策の偶発的な副産物
である.
第 14 章 文化
非経済的目標
• 言語の統一化 (共用語)
• 貧しい国は豊かな国より言語がひどくばらばらな傾向
がある.
7
14.4
結論
⋆ memo
• 一般には経済目的よりも政治的目的を狙ったもので
ある.
• 特に,国民的統一性を形成し,分離独立主義者運動を
防ごうとする狙いがある.
• それにもかかわらず言語の統一は,より大きな市場統
合を育成する重要な経済効果を持っている.
経済的・非経済的目標
14.5
基本用語
• culture (文化)
トルコの例
• アラビア語 → ラテンのアルファベット
• イスラム暦 → 西洋暦
• 政治的権利と女性教育を普及
• ヨーロッパ風の着物を取り入れる
• 伝統的トルコ帽子フェズを違法とする
• observer bias (観察者のバイアス)
• social capital (社会関係資本)
• social capability (社会遂行力)
• index of ethnic fractionalization (民族細分化指数)
この変化はトルコ文化に永続的影響を持ち,逆に経済や政
治にも影響を与えた.
• population density (人口密度)
経済的目標
日本の例
• 家族計画運動
• 貯蓄推進運動
14.6
問題
1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8