王の四人の子どもたち

王の四人の子どもたち
プロローグ
昔々、たいそう広大な領土を統治していた王がいました。
その王の名はジョナといい、家臣に対して寛容で優しく善意に満ちた君主であったため、
家臣たちは深い忠誠心をもち、また王は国じゅうに善意と調和と繁栄を築きました。ジョ
ナ王は華麗なる富とその寛大さで、すばらしい指導者として広く世に知られていました。
ジョナ王には四人の子どもがあり、王は何にもまして子どもたちを愛していました。王
とその妃であるフローレンス王妃は、生まれたその瞬間からわが子の人生を祝い、望む物、
必要な物のすべてを与え、みずからの輝ける王国で成長する姿を見つめるのが喜びでした。
その後、フローレンス王妃が突然亡くなり、二人の王子と二人の王女は外国を旅して世
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の中を知りたいと望みました。
ジョナ王は、この国の中にいれば必要なものはすべてあるのだと断言はしたものの、子
どもたちはみずからの望みに従うべきなのだとわかっていました。それぞれの望みに合わ
せて彼らを遠くの国に送り、その国の生活について学び、みずからを発見することができ
るようにしてやりました。
最初のうち子どもたちは定期的に父と連絡を取っていましたが、やがてどの子も手紙を
書かなくなってしまいました。王の特使が宮殿から多くの手紙を送りだしましたが、返事
はありません。
ジョナ王は愛する子どもたちのことが心配になりました。でも、王の顧問たちは、今は
いろいろな体験から学ぶことに没頭しているのだから、いつかまたどうにかして家にたど
りつくだろうと言いました。
それでもジョナ王は、子どもたちがいなくてさびしく思っていました。それに、この王
国を今までどおり公平で豊かな国として統治しつづけてくれる跡継ぎのことも気がかりに
なっていました。
王は、毎日毎日愛する息子や娘たちが帰ってくるよう祈りました。
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プロローグ
王の四人の子どもたち
何年もが過ぎたある日、メリッサ王女がぼろをまとってお城の門にあらわれました。
娘の目を深く見つめてみた王には、娘の思考が外見と同じくらいだらしなくなっている
ことが読みとれました。すぐに王は王宮御用達の仕立て屋を呼んで、メリッサのために絹
やカシミヤでできた新しい衣類をつくらせ、金のアクセサリーで飾りたてました。
しかし、メリッサはそれらをすべて脱ぎ捨て、着なれたくすんだ色の衣類を放そうとし
ませんでした。王はすばらしい祝宴を開いていっしょに食事をするようメリッサを招きま
したが、彼女は拒否しました。
﹁こんなすばらしい宴席にはすわれないわ。わたしなんかにはもったいないもの﹂
愛する娘はジョナ王が何を差し出しても、﹁わたしにはそんなすばらしい贈り物を受け
取る価値などないわ﹂と言って投げ返すのです。
困惑した王は、王宮の補佐官をメリッサのいた町に送りました。そしてそこに住むあい
だに美しく聡明だったこの娘に何が起こったのかを知ろうとしました。
時がすぎ、戻ってきた補佐官はこう説明しました。
﹁メリッサ王女は物乞いの一団と交わりをもっておりました。古着を着、道ばたで眠り、
道行く人々からほどこしをせがんでいらっしゃったのです。物乞いたちとあまりにも長い
あいだいっしょにすごしていらっしゃったために、ご自分も物乞いだと思いはじめ、やが
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ては王家の一員であり、豊かな王国の跡継ぎであるということを忘れてしまわれたのです。
そのせいで今や王女さまは、ぼろや食べ残し以上のものは自分に値しないと信じ、差し出
されたものすべてを拒んでしまわれるのです﹂
ジョナ王は王女がそんなふうになってしまったことをとても悲しみました。
それから数年後、ジェイソン王子が戻りました。
大切な息子の帰郷にはりきったジョナ王は、王宮で息子のための祝宴を命じました。
祝宴のはじまる前の午後、ジョナ王は準備がすべてとどこおりなく進んでいることを確
認しようと城の中を歩きまわりました。そして王宮の厨房に入ると、ジェイソン王子が大
きななべに入ったスープをかきまわしているのを見てショックを受けました。王子は汚い
エプロンをつけ、そのひたいからは汗がしたたり落ちていました。
﹁ジェイソン!﹂王はさけびました。﹁ここで何をしているんだ。おまえはここに戻って
きたことを喜び、今晩の祝宴のために入浴をしているべきなのに﹂
﹁すみません、父上﹂ジェイソンはぶっきらぼうに答えました。
﹁ぼくは今晩の準備をし
なくては。ゲストのためのおいしい食事がすべてととのっているよう確認しなくてはいけ
ません﹂
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﹁だが、今日の主賓はおまえなんだぞ﹂
王は言い聞かせようとしました。
しかし、ジェイソンの耳にはとどきません。懸命に野菜をきざむ包丁がまな板にあたる
音で、王の声はかき消されてしまったのです。
王はまたも悲しくなりました。
それから何年もたち、ジョナ王の心配はどんどんつのっていきました。残りの息子や娘
も俗世の催眠の力に負けてしまったのだろうか⋮⋮。
ある日、イオナ王女が華麗な白馬にまたがって城に到着しました。
ジョナ王は王女がまだ王族の装いをし、メリッサやジェイソンのように物乞いや使用人
の姿をしていないことを喜びました。
王はもろてをあげて歓迎し、王宮内の彼女の部屋につれていくと、イオナ王女は大きな
羽根布団でできた自分のベッドに華麗に身をのばしました。
﹁本当によかった﹂ジョナ王は思わずつぶやきました。﹁あの子は自分の生まれを受け入
れている﹂
ジョナ王は次の夜に盛大な祝宴を開くよう命じました。そのあと厨房をのぞき、息を殺
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して娘が床を磨いていないことを願いました。けれども、イオナ王女は城のとなりの丘に
あるベンチに腰かけ、王国の息をのむような美しさを楽しんでいました。それを見つけた
王は喜びました。
ジョナ王はほっとため息をつくと、
﹁やっと私が与えようとしているものを喜んで受け取ってくれる子どもがいる﹂
そうつぶやきました。
祝宴が終わった次の朝、王はイオナ王女を自分の部屋に呼び、こう尋ねました。
﹁かわいい娘よ、何がほしいかね。私のもつものはすべておまえのものだよ﹂
﹁ここにあるものは何でもいただきます﹂
イオナ王女は答えました。
﹁だが、私のもっているものはすべて、私が私自身のためにつくりあげたものだ。おまえ
にはおまえ自身が望むものを手にしてほしいのだよ﹂
﹁でも、ここはあなたの王国です、お父さま。私はあなたのもっているものを受け入れま
す。私はあなたの娘なのですから﹂
﹁そうだ、おまえは私の娘だ﹂ジョナ王は答えました。﹁だが、おまえには私とともに統
治をしてほしいのだ。私のものを相続できるだけでなく、おまえがよいと思うように統治
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する力も手に入れられるのだぞ﹂
﹁いいえ、お父さま。ここはお父さまの王国です。ですから、わたしはお父さまがここを
つくりあげたそのままに、ここに住みます﹂
またしても王は悲しくなりました。
なぜなら王は、娘にはたんなる自分の二番煎じ以上のものでいてほしかったのです。み
ずからの才能や望みに合わせて、彼女なりに王国をつくりあげてほしかったのです。
一年後、ジョナ王の長男のエリックが戻ってきました。
彼もまた王家のりっぱな姿をしたままで、この王国にいるためには稼がなくてはいけな
いなどとは思っていないのを知って、王はほっとしました。
エリックはこのすばらしい領地を父とともに見まわりましたが、なぜメリッサが橋の下
で小さな敷物の上で生活しているのか、なぜジェイソンが窓を洗っているのか、そしてな
ぜイオナがただ領内を歩きまわるだけなのか理解できませんでした。
王はエリックのほうを向くとこう言いました。
﹁息子よ、おまえの兄弟たちは皆、自分が誰だか忘れてしまったのだ。私はこの王国の統
治権もふくめ、私のもつものすべてを提供した。だが、彼らは旅に出ているうちに心が惑
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わされ、誰ひとりとして生まれながらの権利を受け入れようとはしなかった。私はもう年
老いた。だから私の世継ぎが真の指導者となってこの王国を統治してくれるかどうかを知
りたいのだ。おまえは王という権威を手にしてここに住んでくれるかね﹂
エリックは王の前にひざまずくと、手を取ってその指輪にキスをしました。
エリックは王の目を見つめ、こう告げました。
﹁はい、父上、そして王さま。私はあなたがくださるすべてを受け入れます。あなたが私
の中に吹きこんでくださった愛と力をもって行動します。私はあなたの物乞いでもなけれ
ば、使用人でも、たんなる息子でもありません。あなたのすべてが私の中にあります。そ
して、私はあなたの慈しみの心をみずからを通してこの王国のすみずみにまで広げるでし
ょう﹂
ジョナ王の目に涙が浮かびました。
息子を立ち上がらせ、抱きしめました。息子がりっぱな男性に成長したのです。王の遺
産の相続が今、はたされたのです。
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願いの姿勢と四つのアイデンティティー
この物語に登場する四人の子どもたちは、私たちが神との関係でどのようなアイデンテ
ィティーを示すかを大まかにあらわしています。
誰しも華麗な王国の世継ぎとして生まれているにもかかわらず、遠い国へと旅し、自分
にはふさわしくない思いを受け入れ、自分の本来の姿や価値よりも小さな生き方をしてし
まうのです。
①物乞い
自分は罪深く貧困で無価値な存在で、より重要でより多くをもつ人々の豊かさの残り物
をもらうのがふさわしいと信じています。
不足の中で生き、不足を好み、この世の貧しさや不公平を話します。そして、みずから
が物乞いであると信じている人々を引き寄せ、たがいに同意するのです。より多くを差し
だされると、よりよいものが自分にふさわしいと信じることができずに、その贈り物をま
ったく拒否するか、故意に妨害するのです。
物乞いは、物を乞うような感覚で祈ります。
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彼らの﹁どうかこれをください﹂﹁どうかこのことについて助けてください﹂といった
言葉が、無価値な者が慈悲を懇願している態度を物語っています。物乞いは、ただ自分自
身の価値を知り、それを言葉で語るだけで望むものは何でも手に入れられることに気づか
ないのです。
では、物乞いの祈りに効果はあるでしょうか。
もちろん、あります。誰もがときには神に向かって、﹁どうか助けてください﹂と懇願
するでしょう。皆そうなのです。そしてそのような祈りに結果がもたらされるでしょうか。
もちろん、もたらされます。
物乞いのように祈ったとしても、その人はより高い力を認めていて、みずからの望むも
のに信頼と信じる心を結集します。
そのような祈りは、内なる神が耳にし、願った人がどれだけ受け取る意思をもっている
かにしたがって答えられるのです。
こうした懇願的な祈りが結果をもたらす一方、自己を萎縮する要素は、祈る人の本質を
尊重してはいません。こうした人々は、屈従的になるよりも権威をもった立場に立つほう
がより大きな助けを呼べることに、まだ気づいていないのです。
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