教員に求められる資質能力とは ‐小学校教員における

富山国際大学子ども育成学部紀要 第 1 巻(2010.3)
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教員に求められる資質能力とは
‐小学校教員における資質能力の構成要因に関する文献レビュー‐
A Review on the Factor of Quality and Ability That Is Needed
for the Elementary School Teacher
大
平
泰
子
OHIRA Taiko
大
石
昂
OISHI Takashi
水
上
義
行
MIZUKAMI Yoshiyuki
緒言
教員の力量や教育力などに問題があるとされるいわゆる不適格教員の問題も指摘されている社
会的背景の中、教員の資質能力やその向上についての関心が高まり、これらに関する議論が活発
に行われている。これまでに教育職員養成審議会や中央教育審議会によって教員の資質能力につ
いての提言が示されている。
1997 年(平成 9 年)の教育職員養成審議会答申「新たな時代に向けた教員養成の改善方策に
ついて」1) においては、教員に求められる資質能力に関して、
「いつの時代も教員に求められる資
質能力」に加え、変化の激しい時代にあって子どもたちに生きる力を育むという観点から、「今
後特に求められる資質能力」についても検討されている。
「いつの時代にも求められる資質能力」
として、教育者としての使命感、人間の成長・発達についての深い理解、幼児・児童・生徒に対
する教育的愛情、教科等に関する専門的知識、広く豊かな教養、そして、これらを基盤とした実
践的指導力が示されている。「今後特に教員に求められる資質能力」については、さらに、「地
球的視野に立って行動するための資質能力」、
「変化の時代を生きる社会人に求められる資質能力」
、
「教員の職務から必然的に求められる資質能力」に分類し示されている。教員にはこのように多
様な資質能力が求められることから、得意分野を持つ個性豊かな教員の必要性についても言及さ
れており、さらに、このような多様な資質能力を持つ個性豊かな人材によって構成される教員集
団が連携・協働することにより学校という組織全体として充実した教育活動を展開すべきものと
の見解が示されている。
また、2005 年(平成 17 年)の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」2) で
は、優れた教師の条件について、大きく集約すると「教育に対する強い情熱」
「教育の専門家とし
ての確かな力量」「総合的な人間力」の 3 要素が重要であるとしている。「教育に対する強い情
熱」は、教師の仕事に対する使命感や誇り、子どもに対する愛情や責任感など、「教育の専門家
としての確かな力量」は、子ども理解力、児童・生徒指導力、集団指導の力、学級作りの力、教
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材解釈の力など、「総合的な人間力」は、豊かな人間性や社会性、常識と教養、礼儀作法をはじ
め対人関係能力、コミュニケーション能力などの人格的資質、教職員全体と同僚として協力して
いくことなどからなると示されている。
教員の専門性が問われている社会的状況にあって、優れた教員とはどのような教員かそして教
員に求められる資質能力とは何かについて明らかにしていくこと、またそのような教員を育成す
ることが求められていることには論を俟たない。さて、これらについて議論するにあたってまず
問題となるのは、用語の定義についてであろう。教員の資質能力に関して論じられる際には、例
えば、このテーマについて取り扱った先行研究をみても「資質」、「能力」、「力量」、「職能」
、「専
門性」、「教授能力」など、種々の類似した用語が用いられている。これらはいずれも様々な解釈
があり、その定義は明確なものとは言えない。教員の資質能力について、それを構成する要因は
何か、そしてそれらはどのように関連して資質能力を構成しているのかについては必ずしも明ら
かにされていない。また、教員の資質能力をテーマとした著作物は、その殆どが経験に基づく著
述もしくは専門家による意見によって占められている。本稿では本邦における教員の資質能力に
関するこれまでの研究を概観し、教員に求められる資質能力とは何かについて、特にそれを構成
する要因は何かという点に着目して要点を整理し課題を明確にしたい。
文献選択の方法
本邦における小学校教員の資質能力をテーマとした文献を抽出するため、国立情報学研究所
(National institute of informatics; NII)が提供する日本の学術論文情報を総合的に検索できるデ
ータベースである NII 論文情報ナビゲータ CiNii (Citation Information by NII)を用いて、論文
の検索を行った。検索キーワードには、教員を示す用語として「教員」「教師」
「教諭」を、資質
能力に関する用語として「資質」「能力」「力量」「コンピテンス」「コンピテンシー」をそれぞれ
用いた。その結果 3604 件が抽出されたが(2009 年 12 月 2 日現在)、検索結果には学会発表抄録
や雑誌の特集記事なども多数含まれており、内容に関しても、大学の教育課程や大学教員の能力
を扱ったもの、ある教科に特化した能力について扱ったもの、情報機器の利用に関するものなど、
抽出された論文の内容は多岐に亘った。教員、特に小学校教員の能力について包括的に取り扱っ
た研究を抽出するため、タイトルおよび要約から今回の目的に該当する文献を絞り込み、その上
で本文についてさらに詳細な検討を行って最終的に 13 件を選択した。選択の基準として、次の
要件を満たすものとした。
1. 原著論文もしくはそれに準ずる論文である
2. 観察、インタビュー調査、質問紙調査などのデータに基づいている(専門家・委員会の報
告や意見などは除外する)
3. 検討対象の校種として小学校もしくは小学校を含んでいる
4. 調査対象者が小学校の教員もしくは保護者・児童である
5. 教員に求められる資質能力を構成する要因について検討している
6. 特定の教科など、一部の領域に限定した能力について検討している研究は除外する
なお、研究の主目的が教員に求められる資質能力の要因についての検討ではなくとも、上記条
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件を満たす文献はレビューの対象として選択した。
文献的検討
選択した論文について、今回の目的に関連する部分のみを抽出してサマライズし紹介する。な
お、教員を表す用語として、教員、教師、教諭など各文献によって種々の表現による記述がみら
れたが、本稿では教員との表記に統一することとした。ただし、質問項目の文面や尺度名、カテ
ゴリー名などとして使用されている場合、また職名として使用されている場合には原文のまま引
用した。
(1) 中田, 2009 3)
【対象と方法】対象は都内公立小学校新規採用教諭(採用後 1~3 年目)42 名、都内公立小学校
現職校長 44 名、都内公立小学校退職後 10 年以上の元校長 29 名の 3 群で計 115 名。基礎研究及
び小学校長経験者からの聞き取りを基に、「教師の使命感」「児童理解・学級経営」「教育課程」
「学習指導・教材研究」「その他」というカテゴリーから、教師の専門性に係る基本的な要素を
分析し、資質能力として項目を設定。質問項目は 60 項目、「身につけることの必要度」に関し
て 4 段階評定。郵送等により質問紙調査を実施。【結果】小学校教員に求められる資質能力は、
年代によって捉え方が異なる。3 群とも 7 割以上が「ぜひ身につけるべき」と回答した項目は、
「熱意と使命感」「安定的な人間関係・集団経営」「授業力」「安全への配慮」であった。また、
「ぜひ身につけるべき」を選択した者が 7 割以上を占めた項目の数は、経験年数の少ない群で多
く、教職に就いたばかりの教員は非常にたくさんのことを身につける必要があると感じている。
(2) 佐藤ら, 2008 4)
【対象と方法】対象は兵庫県下の小学校教員 55 名、保護者 100 名。先行研究の質問項目も参考
にし、文部科学省による教員に求められる資質・能力の図式に基づき、独自の視点を盛り込んで
質問項目を設定。具体的には、①豊かな人間性
②実践的な専門性
③開かれた社会性の 3 つの
観点から項目を検討。質問項目は 34 項目、回答は 4 段階評定。封印して学校で回収する方法に
より質問紙調査を実施。【結果】小学校教員が必要と考える小学校教員の資質能力は、「嘘やい
じめに対して毅然とした態度をとる」「クラスを集団としてまとめていける」「子どもの関心を
引き出しながら授業ができる」「自らの資質や能力を常に高めようとする」「子どもを引きつけ
る表現力」「保護者とのコミュニケーションがとれる」「子どものしつけができる」、保護者が
必要と考える小学校教員の資質能力は、「子どもの関心を引き出しながら授業ができる」「子ど
も一人一人の個性を大切にする」「子どもの目線に立ってコミュニケーションができる」「子ど
もが好きである」「嘘やいじめに対して毅然とした態度をとる」。また、教員(回答者)の年齢
によっても取り上げる資質能力の内容に違いがみられた。
(3) 吉村ら, 2007 5)
【 対 象 と 方 法 】 米 国 の INTASC (the Interstate New Teacher Assessment and Support
Consortium standards)基準、英国の QTS (Professional Standards for Qualified Teacher
Status)基準及び日本教師教育学会発行『地方教育行政の教員の資質向上策に関する資料集』の検
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討から調査票を作成。「教育の基礎知識(教育の目的、歴史、法令等)」「学習指導」「児童理
解・生徒指導」「対人関係」「職能成長」「校務処理(学校運営、校務分掌処理等)」の 6 つの
領域に関して計 16 項目、4段階評定。奈良県内小学校長 220 名に質問紙調査を実施。有効回答
数は 104(有効回答率 47.3%)。【結果】新任教諭に重要な項目は、上位から「学級経営」「指
導内容」「動機付けの方法」「自分の職務の反省・自己評価」「児童の発達理解」、3 年程度の
経験を持つ教諭にとって重要な項目は、「学級経営」「多様な児童への対応」「保護者」「指導
内容」「自分の職務の反省・自己評価」、10 年程度の経験を持つ教諭にとって重要な項目は、「校
務処理」「カリキュラム設計・編成」「学級経営」「保護者」「自分の職務の反省・自己評価」
であった。
(4) 山﨑, 2007 6)
【対象と方法】静岡大学教育学部卒業生で静岡県下の主に小・中学校に勤務する教員を対象とし、
「教師としての力量形成」に関する諸事項を把握するため、自記式質問紙法(郵送法)により調
査を実施。回収数 994(回収率 46.4%)。「教師として必要なものは何か」について、「子ども
理解」「人格的資質」「情熱」「子ども平等」「教える力」「教科内容」「指導力」「教育改善」
「子ども知識」の 9 項目の中から上位 2 つまでの複数回答にて選択。【結果】教員として一番必
要なものは、「子ども理解」「人格的資質」「情熱」。「子ども理解」は男性教員より女性教員
で、中学校教員より小学校教員で指摘率が高く、また 20 歳代から 40 歳代前半の年齢層で指摘率
が高い傾向がみられた。
(5) 別惣ら, 2007 7)
第一次調査:【対象と方法】小学校教員養成スタンダーズの項目内容を作成するため、兵庫教育
大学教員、同大学附属学校教員、公立学校教員を対象として質問紙調査を実施。12 項目を設定し
自由記述による回答を求めた。有効回答数 95。【結果】回答を KJ 法により分類し、57 項目(11
カテゴリー)に整理。
第二次調査:【対象と方法】第一次調査の結果から作成した「教職に就く際に新任教師に求めら
れる実践的資質能力」57 項目に関する質問紙調査を実施。その必要度について 5 段階評定。有効
回答数は 922(大学教員 55、附属小学校教員 709、教育事務所・教育研修所指導主事 57、公立
小学校教員 101)。【結果】5 段階の回答に 5~1 点を与えて得点化し、平均得点を算出。「子ど
もとの接し方」「教師としてふさわしい言動・態度・意識」「保護者や地域との関係」の順に高
得点を示した。
(6) 安藤, 2004 8)
【対象と方法】対象は、宮崎県内の国・公・私立小・中学校の校長及び教頭 841 名。教員に求め
られる資質能力に関する質問紙調査を郵送により実施。回収数は 699(回収率 83.1%)。教育職
員養成審議会の答申に基づいて調査項目を設定。複数回答(3 つ選択)。【結果】いつの時代に
も教員に求められる資質能力は、多い順に「教育者としの使命感」「児童・生徒に対する教育的
愛情」「教科等に関する専門的知識」であった。また、教員のライフステージに応じて求められ
る資質能力について、新任者では「教科指導に関するもの」、中堅教員では「学校運営に積極的
に参加していくことができるような企画立案、事務処理等を行うこと」、管理職では「地域や学
校の状況・課題を把握しながら、学校の目標を提示し、その目標達成に向けて教職員の意欲を引
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富山国際大学子ども育成学部紀要 第 1 巻(2010.3)
き出すなどのリーダーシップ」が最多であった。
(7) 日本教育会, 2001 9)
【対象と方法】学校現場の責任ある立場にある教員にアンケートを実施。対象は 181 名(幼稚園
10 人、小学校 64 人、中学校 55 人、高等学校 40 人、盲・ろう・養護学校 9 人、不明 3 人)であ
る。「教師に望まれる資質」に関しては 20 項目、「教師に必要な能力」に関しては 14 項目あり、
上位3つまでの複数回答。【結果】教員に望まれる資質として特に大切なものは、多い順に「教
職への情熱・使命感(72.4%)」
「豊かな人間性(51.4%)」
「子どもへの愛情(37.6%)」
「責任感(19.9%)」
「豊かな感性(16.6%)」であった。校種別の結果でも上位の項目については概ね同様の傾向であっ
た。教師に必要な能力は、多い順に「教科の指導力(64.1%)」「子どもを掌握する力(32.0%)」「生
活指導に関する指導力(29.3%)」
「人間関係構築力(28.2%)」
「子どもを生かす力(22.7%)」との結果
であったが、小学校のみでみると「教科の指導力」
「子どもを掌握する力」
「カウンセリング能力」
「人間関係構築力」「子どもを生かす力」の順であった。
(8) 横川ら, 1999 10)
【対象と方法】古川ら 11)による兵庫教育大学大学院修了生を対象とした質問紙調査データのうち、
教育関連の職場に勤務する者について分析。分析対象者は 333 名(小学校 119 名、中学校 92 名、
高等学校 71 名、養護学校 21 名、教育委員会等 30 名)である。【結果】重要度評定の平均値が
高い順に「子どもの行動を理解する力」、「子どもの心情を理解し共感する力」、「生徒指導の
能力」、「教育への情熱」、「教師自身の心身の健康」であった。小学校のみでは、「子どもの
心情を理解し共感する力」、「子どもの行動を理解する力」、「教育への情熱」、「生徒指導の
能力」、「保護者や地域と協調する能力」および「幅広い社会性・人間性」の順。特に、子ども
との関係や授業以外の部分で校種による違いがみられる。また、重要度評定の平均値は役職、教
職経験年数によって差が認められた項目もあった。
(9) 古川ら, 1999 11)
調査 1:【対象と方法】対象は現職教員など教育関係者 17 名(小学校長 3 名、小学校教員 5 名、
中学校長 1 名、養護学校等教員 2 名、教育委員会指導主事 5 名)である。調査者が訪問して面接
し、(1)教員に必要な資質、(2)これから特に必要な技能、(3)教員養成に望むこと、(4)現職教員の
継続教育 に関して自由に答えてもらう。【結果】先行研究の質問項目等を加えて KJ 法により分
類・整理し、112 項目のカードを作成。KJ 法 A 型図解による教員に必要な資質能力の構造が示
された。
調査 2:【対象と方法】対象は兵庫教育大学大学院修了生からランダムに抽出した 882 名。調査
1 の結果に基づき、文部省による資料を参考にした 4 項目を追加して、28 項目の質問票を構成。
重要度について 5 段階評定による回答。回収数 384(住所変更等による郵便物不着 8 件を除外し
実質的な回収率 43.9%)、有効回答数 368。【結果】因子分析により 5 因子が得られ、第 1 因子
「授業に関連した能力や技能」、第 2 因子「子どもの心の理解」、第 3 因子「教師の社会性」、
第 4 因子「教科外活動の能力」、第 5 因子「新時代への態度や技能」と名付けた。クラスター分
析の結果、2 つの大きなクラスターは、「人間性、社会性、共感性」「授業、授業以外の学校業
務」と考えられた。
(10)
鈴木, 1998 12)
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【対象と方法】対象は愛知教育大学の卒業生。神山ら(1982)の挙げた 9 項目をもとに、調査内容
を構成。郵送により調査を実施。郵送数 573、有効回答数 190。回答者の勤務先は、小学校 126、
中学校 55、養護学校・学級 6、高等学校 2、不明 1。「教師が高めるべき資質・力量」について、
必要性の高いもの 2 つを選択。【結果】「教師が高めるべき資質・力量」は、多い順に「子ども
の理解」「社会的視野」「考え方・信念」「教育技術」であった。教員経験年数別では、いずれ
においても「子どもの理解」が最多であった。
(11)
筱, 1998 13)
予備調査:学校教員を対象として、資質能力についての考えに関するインタビュー調査を実施。
その結果、難解であるとの回答が特徴的にみられ、資質能力の概念は広範囲であり端的に捉えに
くいという反応が示された。
調査:【対象と方法】対象は 103 名(小学校・中学校・高等学校教員 87 名、保護者 15 名、不明
1 名)。「学校教員に必要な資質能力(もちあじ、はたらき)とは何か」との設問に対し自由記
述で回答。【結果】津布楽(1989)による「人間的資質」4 項目、「専門的な力量」4 項目に、今
日の学校を取り巻く社会状況を踏まえて 2 項目を追加。これにもとづいて、「子どもへの愛情」
「意欲と情熱」「公平さとバランス」「絶えざる探究心」「授業の力」「学級経営の力」「協力・
協働の力」「国際感覚」「生命人権と子ども理解能力」「情報テクノロジー関連能力」「その他」
に回答を類型化した。その結果、学校教員に必要な資質能力は、多い順に「子どもへの愛情」「生
命人権と子ども理解能力」「絶えざる探究心」「公平さとバランス」であった。
(12)
井上, 1986 14)
【対象と方法】岸本ら(1981)、岡東(1981)、村瀬(1978)の研究を参考に、「教師の教授能力に関
する調査」を作成。先行研究の調査項目から教師の教授能力の測定に適切と思われる項目を選定
し、これにいくつかの項目を追加して 57 項目を作成。福岡県の公立小学校教諭から、年齢・性
別・地域を考慮して調査対象者を抽出。調査用紙 1000 部を郵送し、有効回答数は 408(有効回
答率 40.8%)であった。回答は 5 段階評定で、それぞれ 5~1 点を付与して得点化。【結果】教
授能力に関する望ましさの程度の評定平均値は、「日ごろから子どもたちと密接な人間関係を保
っておくこと」「正しくかつ適切な発問を心掛けること」「子ども一人ひとりの能力を最大限に
伸ばそうとする教育観および指導観をもつこと」の順で高得点であった。年齢、性別による違い
が認められた。因子分析の結果 13 因子が得られ、第 1 および第 2 因子が重要で、第 8 因子まで
がある程度の意味を持つようであった。これらの結果から教師の持つべき教授能力を測定するた
めの尺度を構成。下位尺度は「教育観・子ども理解」「柔軟な対応性」「評価観」「教育内容理
解」「指導の適切性」「評価の適切性」「個への配慮性」「社会への関心」で、合計 44 項目。
(13)
森, 1984 15)
【対象と方法】「知識と技術」について 12 項目(教師に必要な知識や見識、技術の内容や構造
について吟味した結果から作成)、「職能資質」について 11 項目(「知識と技術の人格化した
もの」と「人格特性」が統合され、これを教師が自覚して所有しているのが「職業資質」である
との仮説に基づき作成)、「生活―職業環境の影響(勤労意欲を阻害する悩み・不満)」につい
て 14 項目(教師の勤労意欲を阻害する悩みや不満についての調査結果から、分類・修正して作
成)で、それぞれ 4 段階評定。分析の対象は、長野市、広島市、その他の都市の小学校教員 503
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名。【結果】項目間の相関係数を算出して、因子分析を実施し、予測どおりの結果が得られた。
(1)教師に必要な「知識と技術」は一つの体系をなしており、(2)「知識と技術」は直接には、教師
に必要な「人格特性」と結びついておらず、(3)「職能資質」は、「教師の職場の心理学的構造」
と「教師の勤労意欲」と「教職や教職生活から得られる満足」が関連し合っていた。
小学校教員に求められる資質能力とは
(1) 教員の資質能力を構成する要因
今回の検討対象として選択した文献をみると、資質能力等を測定するための項目は 9 項目から
60 項目とその項目数は研究によって様々であり、これらの項目は具体的な行動やスキルなどにつ
いて問うものから概念的なものについて問うものまでその質問の水準も様々であった。これらの
カテゴリー名、そして質問項目でもカテゴリー名に準じて解釈できると思われるものを含めて考
えると概ね次のように把握できる。カテゴリー名に多くみられたのは、教科内容の知識・理解、
計画、評価、授業力など授業に関連する事項であり、子どもについての知識、子ども理解、平等・
公平、生徒指導、学級経営など子どもに関連する事項、授業以外の校務処理などの業務に関連す
る事項、職場内の協働や保護者・地域との関係など人間性や社会性に関連する事項、他に、使命
感、愛情、情熱、探究心などの基本的な考え方・信念に関する事項、情報テクノロジー、国際感
覚など社会状況の変化に対応した事項もみられた。教員の資質能力に関して質問紙調査の結果に
ついて因子分析などを用いて検討した研究も散見され、例えば、古川ら 11)は、インタビュー調査
によるデータを KJ 法により分類して 28 項目の質問票を構成し、因子分析により「授業に関連し
た能力や技能」「子どもの心の理解」「教師の社会性」「教科外活動の能力」「新時代への態度
や技能」の 5 因子が得られ、クラスター分析から 2 つの大きなクラスターは「人間性、社会性、
共感性」「授業、授業以外の学校業務」と報告している。しかし前述のとおり、資質能力に関す
る研究においては、
「資質」、
「能力」
、
「力量」、
「職能」、
「専門性」、
「教授能力」など種々の類似用
語が用いられており、それぞれの定義も明確ではないことから、これらの結果について統括的に
検討することに問題があることは否定できない。したがって、その点を含んだ上で留意して解釈
する必要があろう。
さて、本稿では「資質能力」との表現を用いているが、
「資質」と「能力」とを区別するならば、
津布楽
16)の指摘に照らし、
「人間的資質」と「専門的能力」とに分けて考えると分かりやすい。
子どもへの愛情、意欲と情熱、公平とバランス、絶えざる探究心といった人格的要因を含む側面
を「資質」、授業の力、学級経営の力、協力協働の力、国際感覚といった専門的・技術的要因を含
む側面を「能力」と捉えることができる。今回選択した 13 の文献には、これらのいずれかにつ
いて検討しているもの、両者を不可分に含んだもの、両者を区別した上で検討しているものがみ
られた。
また、教員の資質能力を構成する要因について整理する際に援用しうる概念としてコンピテン
シー(competency)が挙げられる。コンピテンシーの概念は産学共同の領域において誕生し、
D.McClelland などによって行動科学の分野で研究されてきている。R.Boyatzis17)は、管理者に
対してジョブ・コンピテンス・アセスメント法(The Job Competence Assessment Method)を
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用いて「仕事の成果」と「能力」の関係を調査している。コンピテンシーは、高業績者の行動特
性であるとの理解が一般的であるが、標準的な能力や任用基準を意味することも、スキル(skill)
とほぼ同義として使用されることもある。また、単語としては competence = competency である
が、これらは同義として扱われている場合もそうではない場合もある。心理学においては
competence という語のほうが用いられているようであるが、その場合には一般に「有能感」を
意味する用語として使用される。したがって、分野別においても概念が多様であるなど定義が不
明確であり、類似用語との概念的境界が曖昧であるという点においては、
「資質能力」のそれと大
差はないかもしれない。Spencer & Spencer18)によって示された氷山モデルでは、コンピテンシ
ーについて、自己概念(self-concept)、特性(personal characteristics)、動因(motives)といった潜
在部分と、スキル(skills)、知識(knowledge)といった顕在部分とに分けて説明している。この説
明は、前述の津布楽による「人間的資質」と「専門的能力」の捉え方と類すると考えられる。
概して、資質能力であってもコンピテンシーであっても、その定義が不明確で多義的に用いら
れることがあるという性質上、このテーマについての検討に際しては、まず当該研究における用
語の定義を明確に示すことが不可欠であろう。
(2)教員の資質能力において特に重要な要因
次に、教員の資質能力に含まれる要因のうち、
特に重要な要因は何かという観点から考察する。
前項にて述べたとおり、各文献の質問項目は具体的な行動から概念までと測定している水準は一
律ではなく比較検討が難しい。同列には論じられないかもしれないが、大較をつかむため各文献
で示された特に重要な項目を列挙する。該当率が最多であった項目もしくは重要度得点が最も高
値であった項目は、「熱意と使命感」「毅然とした態度」「子どもの関心を引き出す授業」「子
ども理解」「教育者としの使命感」「教職への情熱・使命感」
「教科の指導力」「子どもの行動を
理解する力」「子どもの理解」「子どもへの愛情」「子どもたちとの人間関係」などであった。
検討に際して問題となるのは、これらがどういった質問によって引き出された回答かである。
前述した用語の定義にも関連するが、教員に必要な能力つまり平均的なパフォーマンスを発揮す
るための能力と、優れた教員に備わっている能力つまり高いパフォーマンスを発揮するための能
力と、いずれを想定して調査しているかは様々のようである。これらが同じ要素の量的差異によ
るものであるという確証はない。
また、優れた教員について分析しているとしても、誰にとっての「優れた教員」
「よい先生」で
あるかいう問題がある。つまり、評価者による違いである。小学校教員と保護者を対象とした調
査
4)によると、小学校教員が必要と考える小学校教員の資質能力は、「ぜひとも必要」と回答し
た者の比率が高い順に、「嘘やいじめに対して毅然とした態度をとる」「クラスを集団としてま
とめていける」「子どもの関心を引き出しながら授業ができる」であり、一方、保護者が必要と
考える小学校教員の資質能力は、「子どもの関心を引き出しながら授業ができる」「子ども一人
一人の個性を大切にする」「子どもの目線に立ってコミュニケーションができる」との結果であ
った。教員と保護者の意識は、子どものよりよい教育という点で共通しているものの、集団を相
手とした教育行為の意味を問おうとする教員と、自分の子どもから教育を見る保護者との考え方
の違いが表れている。また、教員を対象とした調査のなかでも、経験年数や年齢によって 3), 4), 6), 10),
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富山国際大学子ども育成学部紀要 第 1 巻(2010.3)
12), 14)、役職によって 10)、性別によって 6), 14)重視する事項が異なることが報告されている。つま
り、教員としての経験や立場、また性別のような基本的属性によっても評価は異なる。このよう
に評価において特に重視する観点には幾分かの違いはあるかもしれないが、一般的には子ども、
親、上司や同僚からの評価は概ね一致していることが多いと考えられる。まれに、子どもからも
親からも高く評価されているものの、組織内での協働・協調という観点からは不適と評価される
教員もみられる。ここには、教員の個性の発揮が必ずしも協働につながらないという実態がうか
がわれる。多様な資質能力を持つ個性豊かな人材によって構成される教員集団が連携・協働する
ことにより学校という組織全体として充実した教育活動を展開すべきものとする教育職員養成審
議会の見解
1)に鑑みても、組織力、公教育といった観点から、教員の仕事には自由度がありなが
らもある一定の基準が求められている。
(3)キャリア発達のステージ
次に、キャリア発達という観点から、そのステージによって求められる資質能力について検討
する。キャリアのステージによって求められる資質能力が異なるとの結果が示されている 5), 8)。
例えば、吉村ら 5)は、新任教諭に重要な項目は、「学級経営」「指導内容」「動機付けの方法」、
3 年程度の経験を持つ教諭にとって重要な項目は、「学級経営」「多様な児童への対応」「保護
者」、10 年程度の経験を持つ教諭にとって重要な項目は、「校務処理」「カリキュラム設計・編
成」「学級経営」であったと報告している。また、1999 年(平成 11 年)の教育職員養成審議会
答申 19)では、教員の各ライフステージに応じて求められる資質能力について初任者の段階,中堅
教員の段階,管理職の段階に分けて検討している。それによると、初任者の段階においては教科
指導,生徒指導など、中堅教員の段階においてはこれらに加えて学校運営上の役割や若手教員へ
の助言・援助などの役割、管理職の段階においてはリーダーシップや学校運営のための資質が期
待される。これらに示されたステージによる違いは、教員に特異的な傾向ではなくむしろ一般的
なキャリア発達のステージによると考えられる。
キャリア発達に関連して、これらの能力をいつどのようにして身につけるかという問題がある。
教育職員養成審議会は、教員に求められる資質能力の検討を前提として,このような資質能力を
備える教員を確保するため,今後どのように採用の改善を行い,また研修の見直しを行い,さら
に大学と教育委員会等の連携方策の充実を図るべきかについての提言を行っている。また、より
よい教育を実践できる教員を確保するため、各国で教員養成スタンダーズを設定する試みが広が
りをみせてきており、本邦においても養成段階で身につけるべき能力について明らかにしようと
する試みが行われている。キャリア発達のステージによっても求められる資質能力は異なり、そ
れをふまえた資質能力の育成が求められる。
結語
本邦における小学校教員の資質能力について、教員に求められる資質能力とは何か、特にそれ
を構成する要因は何かについて取り上げている文献を抽出して検討を行い、教員の資質能力を構
成する要因、およびその中で特に重要度の高い要因、キャリア発達のステージからみた教員の資
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質能力という観点から要点を整理した。「資質能力」に関しては、必ずしも定義が明確でなく一
致した概念の共有がなされていない状況があり、調査研究の実施にあたってはどのような定義に
基づいているのかを明確に示すことが不可欠と思われる。また、「資質能力」に関して主観的な
論述にとどまらない実証的研究の発展が今後さらに期待される。言うまでもなく求められる資質
能力は職種によって変わるものであるが、
「教員」に求められる資質能力といっても、校種によっ
て、さらには教育目的によっても異なる可能性があり、資質能力の具体的な要素は、そこにおい
て望まれる教員像との整合性を図りながら設定する必要があろう。
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