書評 Catherine FUCHS (2014) 「La comparaison et son

『外 国 語 教 育 研 究 』 外 国 語 教 育 学 会 紀 要 No.16 (2013) pp. 172-176
書 評 Catherine FUCHS (2014) 「La comparaison et son expression en
français(フランス語 における比 較 とその表 現 )」Editions Ophrys, p.207.
秋廣 尚恵
はじめに
本 書 は、フランス語 学 の様 々な話 題 をその専 門 家 が一 般 の読 者 に分 かりやすく
紹 介 することを目 的 として執 筆 したシリーズ、L’Essentiel Français (フランス語 のエッ
センス)の最 新 刊 である 1 。このシリーズにふさわしく、簡 潔 な構 成 、明 快 で平 易 な文 体
で書 かれており、専 門 知 識 がない読 者 も気 軽 に読 みとおすことが出 来 る文 献 である。
本 書 の記 述 の基 盤 となったのは、F UCHS の監 督 の下 、LATTICE 国 立 科 学 研 究
所 が作 成 した比 較 構 文 のデータベース Structures comparatives du français (フラン
ス語 の比 較 の構 造 )である。このデータベースは、現 在 、フランスで使 用 されている主
だった規 範 文 法 書 や辞 書 の中 から比 較 表 現 2476 例 を集 めたものである 2 。
比 較 表 現 に関 しては 、これまで、一 般 言 語 学 、言 語 類 型 学 、英 語 学 の分 野 で
取 り上 げられることが多 かったものの、フランス語 学 の分 野 で、網 羅 的 に扱 った研 究
書 はごく少 数 に留 まる。その点 で、本 書 は、フランス語 の比 較 表 現 を記 述 した専 門 書
として、フランス語 学 者 にとっても、非 常 に価 値 がある文 献 である。
さて、本 書 は、3 部 構 成 で成 り立 っている。イントロダクションでは、認 知 的 操 作 と
しての「比 較 」の定 義 、比 較 表 現 の分 析 の際 に鍵 となる幾 つかの概 念 の定 義 と説 明 、
そして、先 行 研 究 のまとめを行 う。第 一 部 では、比 較 表 現 のうち、「量 的 」な比 較 表 現
の分 析 、第 二 部 においては、「質 的 」な比 較 表 現 の分 析 をする。また、第 二 部 と第 三
部 はさらに幾 つかの章 に分 かれている。以 下 に各 部 の内 容 を簡 潔 にまとめる。それぞ
れの内 容 のまとめに対 応 する部 分 が本 書 に現 われるページを(
1
)内 に示 す。
F UCHS は こ の シ リ ー ズ の 監 修 者 を 務 め て お り 、 同 シ リ ー ズ か ら 既 に L’ambiguïté du français
(フランス語 の曖 昧 性 )(1996 年 刊 行 )を出 版 している。
2 このデータベースの一 部 が以 下 のサイトから無 料 で閲 覧 できる。www.latice.cnrs.fr§bdd-comp.
ただしデータベース全 体 へのアクセスには登 録 が必 要 である。
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イントロダクション:「比 較 」とはどのような概 念 か。
本 書 のイントロダクションは、まず、「比 較 」という認 知 的 操 作 を心 理 学 者 や哲 学
者 の諸 説 を引 きながら定 義 することから始 まる。「比 較 」が成 り立 つためには、比 較 す
るべき 2 つ(以 上 )の対 象 と、その対 象 同 士 を比 較 する何 らかの共 通 特 性 があること
が前 提 とされる。全 く何 の共 通 特 性 もない異 質 なもの同 士 を比 べることはそもそも不
可 能 である(p.12)。
また、「比 較 」を言 語 によって明 示 できるようになるのは、母 語 習 得 の過 程 では、
比 較 的 遅 く、6 歳 から 7 歳 になってからである。このことからも、「比 較 」が、幼 児 にとっ
て、「命 名 」や「記 述 描 写 」などの操 作 よりもはるかに高 度 な認 知 的 操 作 であることが
分 かる(p.14)。しかしながら、「比 較 」はその後 の日 常 生 活 の中 で非 常 に重 要 で基 本
的 な認 知 的 操 作 の 1 つになる。人 は常 に「何 か」を比 較 し続 け、また「自 分 」を「別 な
時 期 や状 況 にある自 分 」や「他 人 」と比 較 し続 けながら一 生 過 ごしていく。(p.15)
F UCHS は、「比 較 」の操 作 が言 語 化 されるにあたり、重 要 な鍵 となる概 念 を、「les
entités comparandes (比 較 される実 体 )」と、比 較 の基 準 を構 成 する「paramètre(パ
ラ メ ー タ ー ) 」 と 定 義 す る 。 さ ら に 、 比 較 さ れ る 実 体 に は 、 「 standard ( 標 準 ) 」 と 、
「comparé(比 較 されるもの)」の 2 つがあるという。例 えば、「Pierre est plus grand que
Paul (ピエールはポールより背 が高 い)」という比 較 文 において、「standard(標 準 )」が
Paul(ポール)、「comparé(比 較 されるもの)」が Pierre(ピエール)、「paramètre(パラメ
ーター) 」 が être grand ( 背 が高 い) である。さらに、plus ( より多 くの) という副 詞 を
「 marqueur du paramètre ( パ ラ メ ー タ ー の マ ー カ ー ) 」 、 従 属 接 続 詞 que を
「marqueur du standard(標 準 のマーカー)」と定 義 する(p.22)。
第 一 部 :「量 的 比 較 」について
第 一 部 では、2 つ(以 上 )の要 素 同 士 を、ある特 性 をどの程 度 有 しているかという点
から、相 対 的 に比 べることによって、その間 の非 同 等 (Inégalité)の関 係 、もしくは 同
等 (égalité)の関 係 を表 すタイプの表 現 について論 じている。
この比 較 は相 対 的 なものである。従 って、それぞれの要 素 がパラメーターの上 では、
どのような度 合 いを持 つかということについては、絶対 的 には定 められない
(indéterminé)。例 えば、「Pierre est plus grand que Paul.(ピエールはポールよりも背
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が高 い)」 という例 において、ピエールが本 当 に背 の高 いのか、それとも背 が低 いの
かという点 は分 からない。(「ピエールもポールも背 が低 いのだが、ピエールの方 がか
ろうじてポールより背 が高 い」という解 釈 も十 分 に成 り立 つ)(p.23)
第 一 章 では、こうした相 対 的 な「量 的 比 較 」を表 す構 文 を以 下 の 3 つのタイプに分
類 する。①パラタックス構 文 :Pierre est grand, Paul est petit(ピエールは大 きい、ポー
ルは小 さい)②空 間 的 表 現 :Pierre est grand à côté de Paul(ピエールはポールの傍
らでは大 きい)③相 対 的 な度 合 いの比 較 :Pierre est plus grand que Paul(ピエールは
ポールより大 きい)。(p.25)
③はパラメーターをどう表 現 するかという観 点 から、さらに、3 つのタイプに下 位 分 類
される。(A)2 つの要 素 を従 える名 詞 句 :La grandeur de Pierre dépasse la grandeur
de Paul(ピエールの背 の高 さはポールの背 の高 さを超 える)(B)補 足 的 要 素 として前
置 詞 句 で表 される:Pierre dépasse Paul quant à la grandeur(ピエールは背 の高 さとい
う点 において、ポールを超 える)(C)述 語 として表 される:Pierre est plus grand que
Paul(ピエールはポールよりも大 きい)。F UCHS によれば、フランス語 において最 も標
準 的 な「量 的 比 較 」の表 現 は③C のタイプであるという(p.26)。
第 二 章 では、③C のタイプに属 する様 々な構 文 の例 が挙 げられ、さらに詳 しく解 説
されている。③C のタイプの構 文 は、度 合 いを表 し、パラメーターのマーカーとなる副
詞 (plus, moins, davantage, autrement, aussi, autant, si, tant)と比 較 される標 準 とな
る実 体 を導 入 するマーカーである que を相 関 させることによって構 成 される。
ここでは、それぞれの副 詞 の意 味 の違 い、そして従 属 接 続 詞 que の機 能 、que が
導 入 する連 辞 的 要 素 の多 様 性 (語 、句 、節 など)、また省 略 の問 題 について詳 しく論
じられている。例 えば、Pierre est plus grand que Paul では、que Paul の後 に est
grand が省 略 されていると分 析 されている(p.61)。しかし、動 詞 のタイプによっては、省
略 しないものもある。命 題 内 容 を従 える動 詞 やモダリティを表 す動 詞 は省 略 されにく
い。例 えば、Elle n’était pas aussi libre qu’elle le disait(彼 女 は自 分 で言 うほど自 由
ではなかった)(p.62)。
第 三 章 に示 されるように、③C タイプに現 われる構 文 には、必 ずしもいつも 2 つの実
体 と 1 つのパラメーターがあるわけではない。「variable(変 数 )」を導 入 することで、あ
る実 体 を変 数 が関 わるそれ自 体 と比 較 する場 合 (Pierre est plus gentil qu’hier. ピエ
ールは昨 日 より優 しい: hier が変 数 。ピエールは昨 日 のピエールと比 較 されている)
がある(p.78)。さらに、2 つの実 体 と 2 つのパラメーターが並 行 的 に比 較 される場 合
(Pierre boit plus que Paul ne mange ピエールはポールが食 べる以 上 に飲 む)がある
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(p.78)。また、最 上 の度 合 いを表 す比 較 (L’amour est plus doux que le miel 愛 は蜜
よりも甘 い)(p.80)や、概 念 の超 越 (C’est plus que beau それは美 しい以 上 だ)(p.83)
など、様 々な多 様 な構 文 が可 能 である。
第 四 章 では 、標 準 的 タ イプ に属 さ ない非 典 型 的 なタ イプ と して、 左 方 遊 離 構 文 :
Auant que son frère, Paul est sensible aux critiques(兄 (弟 )同 様 に、ポールは批 判
を気 にする)、右 方 遊 離 構 文 :Pierre est aimable, plus que Paul(ピエールは親 切 だ。
ポール以 上 だ)、対 称 的 相 関 構 文 :Plus on est de fou, plus on rit (気 が狂 えば狂 う
ほど、笑 うものだ)などが扱 われている。
第 二 部 :「質 的 比 較 」について
「質 的 比 較 」では、パラメーター上 における度 合 いの相 対 的 比 較 ではなく、主 観
的 な選 択 に基 づく比 較 を表 現 する。このタイプの比 較 は以 下 の 3 つのタイプに分 類
することが出 来 る。①客 観 的 優 位 性 (valoir mieux A que B:B よりも A のほうがい
い)②主 観 的 好 み(aimer mieux A que B:B より A を好 む)③二 者 択 一 的 結 果
(plutôt A que B:B というよりはむしろ B)(p.107)
第 5 章 では、この 3 つのタイプのそれぞれについて詳 しく解 説 される。①客 観 的 優
位 性 を表 す比 較 構 文 Un bon croquis vaut mieux qu’un long discours (良 質 なデッ
サンの方 が長 いスピーチよりも良 い)という文 において、大 切 なことは、デッサンとスピ
ーチのパラメーター(valoir 価 値 がある)の中 での相 対 的 度 合 いを比 較 することではな
く、デッサン(簡 潔 で短 い描 写 )の優 位 性 そのものなのである。②主 観 的 好 み:J’aime
mieux un bon croquis qu’un long discours (良 質 なデッサンを長 いスピーチよりも好
む)でも同 様 である。③二 者 択 一 的 結 果 Plutôt souffrir que mourir (死 ぬくらいなら
苦 しむ ほ う がい い) に おい ても 、 問 題 と なっ ている のは 、 souffrir ( 苦 し む) と mourir
(死 ぬ)を対 比 した結 果 souffrir (苦 しむ)を選 択 することなのであって、両 者 の相 対
的 な度 合 いの差 ということはあまり問 題 になっていない。
第 6 章 では、類 似 性 の表 現 :Marie est fraîche comme une rose (マリーはバラのよ
うに初 々しい)が扱 われる。このタイプの表 現 のマーカーとして comme, tel (que), ainsi
(que), aussi (que) などが扱 われるが、とりわけ comme の様 々な用 法 について実 に
詳 しい解 説 がなされている。
第 7 章 では、同 一 性 と相 違 を表 す 2 つの構 文 が扱 われる。同 一 性 を表 すマーカー
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は、même (que) である。例 えば、Cette année, je vais à la même piscine que l’an
dernier( 今 年 、私 は 昨 年 と同 じプ ール に行 き ます) 。 また 、相 違 を 表 すマーカー は 、
autre (que) である 。例 えば 、Cette année, je vais à une autre piscine que l’an
dernier(今 年 、私 は昨 年 とは別 のプールに行 きます)である。
おわりに
言 語 学 な観 点 から見 ると、比 較 表 現 の分 類 として、量 的 比 較 と質 的 比 較 を区 別 し
た点 が興 味 深 い。この区 別 の本 質 は、パラメーターとなる特 性 の語 彙 的 な特 徴 の違
いにもはっきりと現 われているように思 われる。量 的 比 較 においてはパラメーターとなる
特 性 は、段 階 性 を持 つことが出 来 る形 容 詞 や副 詞 の語 彙 に広 く開 かれているのに対
し、質 的 比 較 においては、「優 劣 」もしくは「良 し悪 し」を表 す語 彙 にのみ限 られている。
量 的 比 較 では、比 較 される実 体 そのものの特 性 というよりは、様 々な特 性 を表 すパラ
メーター上 の相 対 的 比 較 が重 視 されるのに対 し、質 的 比 較 では、逆 に、比 較 される 2
つの実 体 が持 つ本 来 の性 格 の対 比 がむしろ重 要 視 され、相 対 的 な度 合 いの比 較 は
(たとえそのような比 較 が論 理 的 には成 立 するにせよ)重 要 視 されてはいない。日 本
語 に訳 してしまえば、いずれのタイプの比 較 も「A は B よりも・・・」となってしまい、あまり
その区 別 に注 意 をしたことはなかった。本 書 を読 んで、2 つの異 なるタイプの比 較 の
区 別 に気 づかされたことは新 鮮 な驚 きである。
本 書 のもう 1 つの大 きなメリットは、比 較 のパラメーターを構 成 する形 容 詞 、副 詞 の
分 類 や動 詞 表 現 、また、比 較 の基 準 を導 入 する従 属 接 続 詞 や前 置 詞 の様 々な用 法 、
さらに対 称 的 相 関 構 文 や遊 離 構 文 といった様 々な構 文 との関 連 について、パノラマ
的 に総 覧 できるということであろう。引 用 されている例 はいずれも文 法 書 や辞 書 から抜
粋 された 規 範 例 であり、それぞれが詳 細 な解 説 を伴 っている。また 、plus の発 音 の
規 則 など、中 上 級 の学 習 者 にも是 非 教 えるべき役 立 つ内 容 がまとめられている。フラ
ンス語 教 育 者 、また上 級 フランス語 学 習 者 にとっても、有 益 な参 考 文 献 となるだろう。
(東 京 外 国 語 大 学 )
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