弁護士の仕事と今後 - 大阪大学大学院法学研究科・法学部

2015 年 10 月 15 日 ロイヤリン議事
講師:弁護士 福田健次先生
議事録作成者:前田
龍輝
「弁護士の仕事と今後」
Ⅰ.はじめに
1.福田先生のご経歴
昭和 50 年に大阪大学に入学し、昭和 59 年に弁護士登録。今年で弁護士歴 32 年。
2.ロイヤリング開講の経緯
恩師である國井和郎先生から、実務家の講義をしてくれないかというお願いを受けた。
3.本日の講義について
本日の講義課題は「弁護士の仕事と今後」。実務家の考え方や実務家とはどういうものか
について知ってもらう。現在弁護士を取り巻く環境は厳しくなっているが、そのような中
で法曹を志望するということについて考えてもらいたい。
Ⅱ.司法制度改革について
小泉政権の時、21 世紀に向けて、当時の司法制度を変えなくてはならないということで
議論がなされた結果、司法制度改革審議会意見書において以下の 3 つがまとめられた。
1.国民の期待にこたえる司法制度の構築(わかりやすく、頼りがいのある司法)
2.その司法制度を支える法曹のあり方(人的基盤の拡充)
3.国民の司法参加
2.人的基盤の拡充
法を社会の隅々までいきわたらせよう、というのが目標。それには担い手がいるので、
弁護士を増やすことが決められた。これを実現するための制度としてロースクールが設け
られた。
3.国民の司法参加
例として、裁判員裁判や強制起訴制度の導入。福知山線脱線事故や明石花火大会歩道橋
事故等では、当初不起訴になっていたのが、強制起訴制度によって起訴された
4.改革の見直し
当時は年間 1000 人程度が司法試験に合格していたが、意見書ではそれを 3000 人に増や
すことを目標とした。ロースクールを設け、ロースクールに入れば 7 割が司法試験を合格
すると謳われた。多様な人材育成のために、ロースクール内に未習コースが作られた。
しかし、今は改革当時思っていた通りに進んでいない。法曹養成制度改革推進会議で、
ロースクールから 1500 人程度を輩出できるようにという軌道修正がはかられた。
Ⅲ.弁護士になるためには
1.司法試験制度
法科大学院全国統一適正試験→法科大学院卒業→司法試験合格というのが 1 つの方法で
あるが、法科大学院の入学者も、その前の適正試験の受験者も大幅に減っている。弁護士
会が最も危惧しているのは、法学部の志望者が減少していないかということである。
法科大学院修了後 5 年以内で 3 回まで司法試験受験可能となっていたが、平成 26 年の
10 月 1 日の法改正で、5 年で 5 回受験できるようになった。
2.予備試験
ロースクールの制度ができたときは旧司法試験と新司法試験が併存していた。旧司法試
験が廃止され、ロースクールを卒業後に新司法試験合格という道に一本化された後、他の
道(ロースクールに行くことができない人に向けて)も設ける必要があるということから、
予備試験が設けられた。
予備試験に合格すれば司法試験を受ける資格を得る。予備試験の構成は旧司法試験とほ
ぼ同じであり、実質 2 回司法試験を受けていることになる
予備試験の合格率は 3.4%と非常に厳しい。平成 26 年の合格者は 356 人だが、合格者の
中のほとんどは法学部在学生である。確かに、予備試験に合格すれば、法科大学院に行く
時間とお金を省くことが出来る。しかし、法科大学院では法律の勉強に加えて実務につい
て学ぶことも狙いである。ロースクール担当者としては、ロースクールに行かず、実務の
ことを知らずに弁護士になるのは考える必要がある。
2.司法修習
かつては司法修習期間が 2 年間あったが、今は 1 年に短縮されている。また、かつて
は修習期間中給与が出ていたが、「給費制」が廃止され、「貸与制」になった。理由は、国
家の司法に対する予算規模は小さいにもかかわらず、合格者の人数が増えたから。
3.二回試験
修習後に受ける試験。合格すると法曹の道に進める。かつての二回試験は、落ちても 6
月にもう一度受けることが出来た。しかし今は、落ちた場合翌年の二回試験を受ける必要
がある。
4.弁護士登録(裁判官、検察官)
司法試験合格者は 1990 年あたりと比較して 4 倍近くに増加している。これが弁護士人
口の急増に結びついている一方、裁判官や検察官の人口は 2 倍にもなっていない。
5.司法試験の受験状況、合格率等
予備試験合格者のほうが合格率が圧倒的に高い。
Ⅲ.弁護士人口の増加
1.弁護士の総数
今の日本の弁護士の数は、2015 年 10 月 1 日現在で 36,373 人である。弁護士登録をせず
に役所や企業に入る人もいるが、その原因は弁護士事務所の求人が少ないことにあると思
われる。
司法制度改革審議会意見書で合格者を 3000 人に増やすと決めたのは、日本の人口当た
りの弁護士の数が少なく、フランスくらいの数を目指そうとしたから。しかし、国によっ
て弁護士のやる仕事の範囲は異なる。日本には「士」と付く職業が多く、弁理士や司法書
士等、弁護士の職域と重複している他の士業も多くある。
2.弁護士の分布
弁護士は必ず弁護士会に加入しなければならない。弁護士会は強制加入団体であるので、
自治権を認められている。
各地方に弁護士会があるが、東京には 3 つ、北海道には 4 つある。東京は歴史的なこ
とで分かれているのに対し、北海道は地域ごとに分かれている。大阪の会社が東京に本社
を移したことなどから、大阪の弁護士の地位は落ちてきている。
3.弁護士の平均年齢
司法試験の合格者の平均年齢が下がっていることと、司法修習の期間が 1 年に短縮され
たことから、弁護士の平均年齢は若干下がってきている。全体の構成を見ると、若い弁護
士が非常に増えてきており、全体の半分を占めている。若手の弁護士の実情がしばしば伝
えられる一方、年配の弁護士にも同じような問題が起きている。昔からのお客さんが若手
の弁護士に鞍替えすることは十分にある。
4.世界との比較
日本の弁護士はグローバル化が進んでいない。語学や積極性が足りていない。グローバ
ル化を目指す国内の企業は当然海外に進出するが、外国での事件を日本の弁護士に頼むこ
とはほとんどない。
Ⅳ.弁護士事務所
1.弁護士法人
法改正により、平成 14 年から弁護士法人の設立が認められた。2015 年 10 月現在で約
800 程度。1 人でも法人になることが出来る。法人になることで事務所を 2 つ持てるように
なるので、地域の異なるところで事務所を開設できるというメリットがあるが、法人税等
の事務所運営の手間がかかるというデメリットもある。
法人事務所であれば、自分が死んだ後も法人は存続するので、後輩に事務所を引き継が
せたいような場合は共同事務所より法人事務所の方が良いかもしれない。
2.共同事務所
東京の事務所は 2 分の 1 が共同事務所である。
共同事務所にするメリットは、1 人では難しい大規模な事件を扱うことができる、複数
の弁護士で合議して間違いを最小にできる、病気・死亡の場合に事件をスムーズに承継で
きる、等が挙げられる。一方、弁護士同士の意見の衝突や、個人の自由が少なくなる、報
酬の分配が難しいなどのデメリットもある。つまり、自分のやりたいことを最大限通そう
とする場合、共同事務所は向いていない。
3.個人事務所
個人事務所のメリット、デメリットは共同事務所の場合の裏返しである。特に年配の弁
護士が突如事件を担当できなくなった時等における承継が問題となる。
4.弁護士の過疎地対策
前述のように、法を社会の隅々までいきわたらせることが、弁護士を増やした理由。
紛争には必ず 2 人以上の当事者が存在する。一つの地域で発生した紛争を適正に解決す
るためには、必ず 2 人以上の弁護士が必要ということになる。一人だけいても弁護士が足
りていないのと同じであるから、配布資料では「ゼロ・ワンマップ」となっている。以前
は地域によって弁護士が一人もいないという問題が多々あったが、ひまわり基金や法テラ
ス等の活動を通して、ゼロ・ワン地域はなくなった。しかし、裁判官が常駐していない支
部や検察官が常駐していない地域もたくさんある。このような地域は、別の場所の支部長
が兼任をしていることが多い。日弁連はその解消を求めているが、なかなか対策が進んで
いない。
5.弁護士の広告についての規制
私が弁護士になったころは、弁護士による広告は認められていなかった。司法制度改革
によって広告が許可されるようになった。
最近は弁護士事務所のコマーシャルが頻繁に放送されている。コマーシャルが増えた要
因は、過払い金返還請求の裁判が著しく増加したから。本来、弁護士は当事者の話を親身
に聞くことが求められ、1 つの事件に多くの時間を拘束される。しかし、過払い金の問題は
いつどれだけ借りたかという数字が分かればすぐにどれだけの額を返してもらえるか分か
るから、拘束される時間も短く、事務所全体で一気に処理が出来る(いわば大量生産)。最
近は肝炎の予防接種を受けても肝炎にかかった人への広告が増えている。これも過払い金
の問題同様、弁護士の労力が少なくて済むものである。
Ⅴ.弁護士の具体的な仕事内容
1.主な仕事
法律相談、示談・契約などの交渉、契約書の作成、チェック等が主な仕事である。
弁護士を増やしたのは、訴訟段階の前に、日常のちょっとしたことでもいいから弁護士
に相談できるような環境を作りたいという意図もあった。私自身も、弁護士はそのような
場で活躍すべきと考えている。しかし、現状は需要が増えていない。
2.組織内弁護士
組織内弁護士の数は増えている。弁護士は、今までは企業の顧問弁護士として仕事をし
てきた。それが最近は、企業内の弁護士資格を持つ人に事件を担当させ、裁判の時だけ顧
問弁護士に依頼する。
3.地方自治体の弁護士
明石市や高槻市など弁護士といった法曹資格者が市長になっているところはいくつもあ
る。そうした地方自治体では弁護士資格を有する職員を採用するということもある。
4.会社の取締役・監査役
弁護士の起用が増えている。会社と利害関係のない人が会社のことを監査することが、
監査に会社法上求められる職務である。選択肢の 1 つとして弁護士がある。
5.任期付き公務員
色々な役所に弁護士が数年間実務経験を積みに行く。
6.弁護士任官
司法試験を合格して裁判官になるというのがスタンダードな道だが、何年間か弁護士を
やって、その後裁判官に転身するという道がある。しかし、転身者の数は増えていない。
裁判官にも調停担当の裁判官がある。これは非常勤なので、週のうち 2,3 日だけ行けば
よいという形態になっている。
Ⅵ.訴訟事件の内容
1.労働事件
平成 18 年に労働審判制度ができ、労働事件は増えている。労働審判の制度を用いた民
事審判の構想があるが、根強い反対がある。
2.家事事件(相続・離婚・養育費支払いなど)
労働事件と同じく増えている。逆に言えば、労働事件と家事事件以外は、ほとんどが減
ってきている。
家事事件の当事者は多くが高齢者である。高齢者の数は今後増加していくので、これか
ら弁護士になる人の食い扶持になる分野である。しかし、家事事件の訴訟額は高額になり
にくい。
3.交通事故事件
細かい交通事故は増えてきているが、自動車の性能向上と医療技術の発達によって死亡
事故は激減している。
4.刑事事件
マスコミは特徴的な刑事事件が起きると連日騒ぎ立てるので、刑事事件が増えているよ
うに思われるかもしれない。しかし、現実には減ってきている。
私が弁護士になったころには、刑事事件では、起訴されて被告人になった段階で、必要
的弁護事件であった場合に国選弁護人がついた。それが司法制度改革によって被疑者段階
での国選弁護人制度となり、近く全ての刑事事件で被疑者段階で国選弁護人がつくように
なる。
全体として事件数は減ってきている。最高裁はこの要因について、労働人口が減ったか
らと分析している。
Ⅶ.弁護士の収入
昔は日弁連が基準を設定していたが、司法制度改革に伴って、平成 16 年に弁護士の報
酬基準が自由化された。一方において、弁護士を市民が利用しやすくするために、相談し
やすい基準を各事務所で定めることが求められた。多くの事務所は着手金や報酬金方式を
採用している。一方、東京の大きな事務所は時間で管理をするタイム・チャージ方式をと
っている。相談しようと電話をかけたら、電話で何分対応したかをカウントされる事務所
もある。タイム・チャージ方式の問題点は、同じ時間を与えられても、より多くの仕事を
処理できる有能な弁護士が損をすることである。弁護士の単価を上げる等で対応がされて
いるが、相談者にそのような弁護士の内部事情は分からない。
Ⅷ.訴訟事件以外の弁護士活動
1.法律の制定についての意見書作成
法制審議会委員や弁護士会としての意見書を出すことで、立法の段階で活躍できる。
2.第三者委員会
いじめや、事故、不祥事等の原因を探るのが第三者委員会の役割だが、そこに 1 人や 2
人弁護士が選ばれる。
Ⅸ.弁護士業の今後の展望
1.急激な弁護士増加に対応-隣接法律専門職種との協調
前述のように、日本には、弁理士、税理士、公認会計士など士業が多くある。その中で、
多くの弁護士がこのような士業の方と共に仕事をする機会がある。弁護士を目指している
人は、税理士や公認会計士の友人とペアを組むといった、横のつながりを作ることが必要
である。
2.専門分野
これはよく言われるが、なかなか難しい。
3.法律サービス展開本部
(1)自治体等連携サービス
(2)ひまわりキャリアサポートセンター
(3)国際業務推進センター
4.弁護士の自浄作用の必要性
残念なことに、懲戒事案が増えている。
Ⅹ.弁護士として要求される資質
1.常識を養い、常識で判断する習慣をつけること
法学には経済学や文学と異なりノーベル賞がない。それは元々学問ではなく、常識で考
えれば分かることだから。常識的な判断が出来るように。
2.何事にも好奇心を持つこと
3.人の話は熱心に聞くが、自分までのめり込んでしまわないこと
あくまで弁護士は代理人であって本人ではない。他人事というと冷たいが、真実と嘘を
見分ける力が必要である。
4.権力に対する反抗精神
あくまで弁護士は在野なので、反抗精神を持つべきである。
以上