6.咽頭と性器からのクラミジアと淋菌の検出法の検討、 及び地方

6.咽頭と性器からのクラミジアと淋菌の検出法の検討、
及び地方における浸淫実態に関する調査研究
○佐藤寛子(秋田県健康環境センター)
【目的】
近年の性交渉の多様化と低年齢化により、性感染症が若年層を中心に急激に増えてきている。淋菌
(NG)及び性器クラミジア(CT)感染症は共に女性では症状を示さない場合がある 1)2)ため、無意識
のうちに感染を広げるケースが多く存在するものと考えられる。また、最近になって NG や CT の咽
頭感染が注目されているが、男女共に症状に乏しいため 3)、これも性感染症拡大の一因とされている。
また NG や CT は特に女性の場合、不妊、早流産の原因にも繋がり、新生児への健康被害も懸念され
るため
1)、その診断と治療に加えて性教育の充実が喫緊の課題となっている。しかし、感染症法に基
づく感染症発生動向調査の一項目である性感染症は、全数把握ではなく、特に地方においては定点観
測病院の設定によっては偏りが大きい。このため、その統計は浸淫状況を適切に反映しているとは言
い難く、さらに咽頭感染については調査対象に含まれていないため、その実態は不明である。こうし
た問題点を踏まえて、専門の研究者らによる独自の調査も行われ、そのデータは性教育や感染防止指
導に用いられているが、フィールドが首都圏であったり、対象が CSW(commercial sex workers)
や MSM(men who have sex with men)であったりする場合が多く、地方における若年者に対する
教材としては現実味に欠けるのが実状である。したがって、性教育が必要とされる地方在住の若年者
への性教育・性感染症予防教育の場においては、身近で活用しやすい教材となる地元のデータが必要
と思われる。本研究は、性感染症の浸淫状況を示す指標の一つとして患者の届出数が近年男女ともに
第一位である CT4)と、それと混合感染することが多い NG について、性器及び咽頭感染の実態調査を
行い、地方における性教育のための基礎的資料を作成することを目的とした。さらに、現在、咽頭の
検体としては綿棒による擦過物が主に用いられているが、採取時に患者負担が少ないうがい液が日本
性感染症学会等で注目され、推奨されている。本研究では、うがい液中の病原体をリアルタイム PCR
により定量解析し、その有用性について考察を加える。
【対象と方法】
1)対象
秋田県内の 4 医療機関(産婦人科:3、泌尿器科:1)を平成 21 年 6 月
~平成 22 年 5 月までに受診した 187 名(男性 120 名、女性 67 名、16~
58 歳:平均年齢 31.4 才)を対象とした。対象者の年代別割合は図 1 のと
おりである。受診理由の内訳は、男性は尿道炎や前立腺炎等の尿路・生殖
器感染症の自覚症状がある 103 例、性感染症相談 15 例、その他疾患 2 例、
女性は妊婦健診 48 例、性感染症相談 11 例、その他疾患 8 例であった。
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2)材料
検査材料は患者 1 人から 3 検体採取した。すなわち、泌尿器科受診患者では尿と咽頭 2 検体(うが
い液、咽頭擦過物(咽頭スワブ))を採取した。産婦人科受診者では子宮頸管擦過物(子宮頸管スワブ)
と咽頭 2 検体を採取した。うがい液は滅菌生理食塩水 15ml を使用し、顔を上に向けて 10 秒以上うが
いをしたものとした。検体の採取は各医療機関が実施し、検査を実施するまで-25℃で保管した。
3)リアルタイム PCR 法
子宮頸管スワブと咽頭スワブは各々採取した綿棒を滅菌蒸留水 500μl に攪拌混合し、検体とした。
スワブと尿の各検体 200μl から MagNA Pure LC2.0(Roche・Diagnostics)を用いて 50μl の DNA
濃縮抽出液を得た。CT は Jaton ら 5)、NG は Geraats-Peters ら 6)のリアルタイム PCR 法に準じて行
った。使用試薬は Light Cycler 480 Probes Master(Roche・Diagnostics)、機器は LightCycler480
(Roche・Diagnostics)を使用した。反応容量は 20μl である。
4)検討方法
陽性検体の 1ml 当たりの病原体コピー数を算出し、各検体の陽性率を求めた。また、各医療機関に
おいて患者の Oral sex 経験と咽頭痛の有無等を確認した。得られたデータは Z 検定し、必要有意水準
を 5%とした。
5)倫理面の配慮
本研究の実施にあたっては秋田県健康環境センター倫理規定に基づき、秋田県健康環境センター研
究倫理審査委員会において承認を得た。なお、秋田県健康福祉部、秋田県医師会からも承認を得てい
る。患者に対しては医療機関において文書を用い研究内容を説明し、同意を得た上で検体を採取した。
【結果】
1)男性患者について
尿検体が陽性であったのは 120 例中 61 例(50.8%)で、その内訳は NG 陽性 31 例(25.8%)、CT
陽性 45 例(37.5%)であり、15 例(12.5%)が重複感染であった。咽頭検体が陽性であったのは 19
例(15.8%)で、NG 陽性が 13 例(10.8%)、CT 陽性が 7 例(5.8%)で 1 例(0.8%)が重複感染で
あった。また、尿および咽頭検体が共に陽性だったのは 17
例で、NG 陽性が 12 例(10.0%)、CT 陽性が 5 例(4.2%)
で重複感染はなかった。
(図 2)。
咽頭検体陽性 19 例の性交渉相手は、特定のパートナーが 3
例、CSW を含めた非特定パートナーが 16 例であった。咽頭
検体のみ陽性であったのは 4 例(3.3%)で NG 陽性が 2 例、
CT 陽性が 2 例であった。また、19 例中咽頭症状を訴えたの
は 6 例あり、4 例は NG 陽性、2 例は CT 陽性であった。
次に Oral sex に関して陽性率を表すと、患者自身が Oral
sex をしたのは 97 例(80.8%)で、その内、尿検体が陽性で
あったのは 51 例(52.6%)であった。その内訳は NG 陽性が 24
例(24.7%)、CT 陽性が 37 例(38.1%)、重複が 10 例(10.3%)
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であった。咽頭検体陽性例は 16 例(16.5%)で、その内訳は
NG 陽性が 11 例(11.3%)、CT 陽性が6例(6.2%)、重複1
例(1.0%)であった(図 3)。
性交渉相手のみが Oral sex をした 18 例(15%)のうち、
尿検体陽性は 9 例(50.0%)で、その内訳は NG 陽性が 6 例
(33.3%)で CT 陽性は 7 例(38.9%)、重複は 4 例(22.2%)
であった。咽頭検体では 3 例(16.7%)が陽性で、その内訳
は NG 陽性が 2 例(11.1%)、CT 陽性が 1 例(5.6%)であっ
た(図 4)。また、性交渉相手 18 例中 11 例が一般女性、7 例
が CSW であった。
尿検体陽性患者の咽頭感染を見ると、Oral sex を患者自身
がした群における咽頭陽性数は 51 例中 12 例(23.5%)であっ
た。その内訳は NG 陽性が 9 例(17.6%)、CT 陽性が 4 例(7.8%)、
重複は 1 例(2.0%)であった。性交渉相手のみが Oral sex をし
た群における咽頭陽性数は 9 例中 3 例(33.3%)で、NG 陽性が 2
例(22.2%)、CT 陽性が 1 例(11.3%)で、重複はなかった(図 5)。
2)女性患者について
子宮頸管スワブ検体 58 例、尿検体 9 例のうち、陽性であったのは 10 例で、その内訳は NG 陽性 4
例(6.0%)CT 陽性 6 例(9.0%)であり、重複例はなかった。咽頭検体は NG 陽性 2 例(3.0%)、CT
陽性 0 例であった。また、尿検体および咽頭検体が共に陽性であったのは 1 例(1.5%)でその患者は
CSW であった(図 6)。咽頭検体のみ陽性は 1 例(妊婦検診者)であり、被検者の中に咽頭痛を訴え
る者はいなかった。
Oral sex について患者から回答が得られたのは、泌尿器科受診者 9 例(7.4%)のみであった。9 例
は全て患者自身が Oral sex をしており、そのうち 1 例が咽頭と尿検体が NG 陽性、1 例が尿検体のみ
CT 陽性であった。また、妊婦健診者 48 例のうち、子宮頸管スワブ検体陽性は 4 例(8.3%:NG1 例、
CT3 例)、咽頭検体陽性は 1 例(2.1%:NG)であった。
3)各検体のコピー数
うがい液陽性 20 例(NG 陽性 13 例、CT 陽性 7 例)の平均コピー数は NG が 106copies/ml、CT
が 103copies/ml であった。咽頭スワブ陽性 12 例(すべて NG)の平均コピー数は 103copies/ml であ
った。NG ではうがい液、咽頭スワブともに陽性であったのは 10 例、うがい液のみは 3 例、咽頭ス
ワブのみは 2 例であった。CT においては 7 例全てがうがい液からの検出であった。尿と子宮頸管ス
ワブ検体陽性例(NG35 例、CT51 例)の平均コピー数は NG が 107copies/ml、CT が 106copies/ml
であった。
【考察】
男性における調査では、尿検体の NG 陽性率が 25.8%、CT が 37.5%で重複例は 12.5%であった。
CT の陽性率が有意に高い結果となった。尿道炎の原因は NG が約 30%、CT が 30~40%であるとさ
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れており 7)、今回の調査においても同様の傾向が認められた。一方、咽頭検体では NG と CT の陽性
率 10.8%と 5.8%に有意差は認められなかった。
次に Oral sex と NG・CT 感染の関連性については、尿検体では患者自身がした群 97 例中の陽性率
52.6%と相手のみの群 18 例中の陽性率 50.0%に有意差は認められず、咽頭検体でも陽性率 16.5%と
16.7%に有意差は認められなかった。また、病原体別での比較でも、自分自身がした群と相手のみが
した群の NG と CT の陽性率に有意差は認められなかった。咽頭単独での陽性例(3.3%)はすべて患
者自身がした群に認められ、石井らの報告 9)よりも高い結果となった。
さらに、尿検体陽性者の咽頭検体陽性率についても 2 つの群において、有意差は認められなかった
が、NG・CT の陽性率は 7.8%~22.2%であり、感染症診断・治療ガイドラインによる 10~20%8)と
いう数値とほぼ同様の成績であった。
今回の調査では、男性における尿及び咽頭検体の NG・CT 陽性率は他の研究報告等と同様であった
が、尿検体の CT 陽性率以外は全て有意差が認められなかった。その要因の一つとして、性交渉相手
の咽頭、性器の状態が考えられるが、今回はその確認が出来なかったため、立証は困難である。しか
し、この有意差がないという結果から、Oral sex は患者自身であっても相手のみであっても咽頭と生
殖器へ感染が成立することが示唆された。患者の中には自身は Oral sex をしていないが、Kiss はし
たという回答が 5 例含まれており、このような間接的な接触も咽頭感染の要因の一つになる可能性が
考えられた。
女性における調査では、検査対象者数が男性よりも少数であったことに加え、妊婦健診者が 71.6%
(48/67)を占めていたことから、男性の結果と比較し、陽性率が全ての検体において低い結果であっ
た。そのため、今回の調査結果のみでは判断できかねる部分もある。しかし、例数は少ないものの、
陽性率が子宮頸管スワブでは NG より CT の方が高かったこと、咽頭検体では CT より NG の方が高
かったことは、大都市圏と同じ 10)傾向であった。
咽頭からの検体採取法の比較では、うがい液は咽頭スワブよりも検出数が多く、陽性検体の平均コ
ピー数はうがい液が咽頭スワブよりも 103copies/ml 高かった。このことから、患者の負担軽減の面か
らも、うがい液を検体として利用する方が有用であると考えられた。さらに、今回の調査では NG の
平均コピー数の高さに加え、尿、子宮頸管スワブの平均コピー数と有意差が認められなかったことか
ら、咽頭における増殖性、親和性は NG の方が高い 11)ことの裏付けとなった。
NG、CT の咽頭感染は症状に乏しいため、治療機会がないまま咽頭が感染源となり、性感染症の拡
大をもたらしていると言われている。今回の調査でも、187 例中 21 例(男性 19 例,女性 2 例)が咽
頭検体陽性であったが、その内、咽頭痛を訴えていたのは男性のみ 6 例であった。また、男性の尿道
炎の最も多い要因は CSW による Oral Service であるとされており 12)、今回の調査においても咽頭陽
性者の性交渉相手は一般女性 3 例、CSW17 例であった。しかし、Oral sex を相手のみがした群 18
例中、11 例が一般女性であったことから、今後、一般女性の咽頭感染も注視していく必要があろう。
以上のことから、患者の生殖器に病変が認められた場合は、症状の有無にかかわらず、咽頭の検査を
同時に実施することが適切であると思われる。現在、咽頭の NG、CT の検査において保険適応となる
のは咽頭ぬぐい液検体のみとなっている。一方、本調査において、うがい液の高い有用性が認められ
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た。このことと患者の負担軽減の 2 点から、将来的にうがい液も保険適応となることを望みたい。ま
た、これまで、若年者への性教育の重要性が医療、教育など各現場から訴えられており、特に学校教
育を受けている世代への啓発の機会を設けることは本県でも実施されてきた。しかし、今回の調査対
象者は若年者以上の世代が多数であったため、直接若年者に当てはめることは出来ないが、有用な情
報と考えられる。また、これからの性教育の対象として、成人(若年者の親世代)も加えることを検
討する必要があると思われた。
謝辞:今回の調査につきまして、多大なご協力を賜りました秋田泌尿器科クリニック:能登宏光先生、
朝日ヶ丘レディースクリニック:樋口穣治先生、おーくら産婦人科:大倉俊弥先生、いけがみレディ
ースクリニック:池上俊哉先生に厚く御礼申し上げます。
【参考文献】
1) 性感染症診断・治療ガイドライン 2008.日性感染症会誌,19:No.1:121,2008
2) 性感染症診断・治療ガイドライン 2008.日性感染症会誌,19:No.1:165,2008
3) 小島弘敬:淋菌感染症/男性.性感染症/HIV 感染その現状と検査・診断・治療.性の健康医学
財団,p139-49 メディカルビュー,2001
4) 国立感染症研究所感染症情報センター:病原微生物検出情報,29:9:2,2008
5) Katia Jaton, et al:A novel real-time PCR to detect Chlamydia trachomatis in first-void urine or
gential swabs. J.Med.Microbiol, 55:1667-1674, 2006
6) C.W.M Geraats-Peters,et al:Specific and Sensitive Detection of Neisseria gonorrhoeae in
Clinical Specimens by Real-Time PCR. J.Clin.Microbiol, 43.11:5653-5659, 2005
7) 性感染症診断・治療ガイドライン 2008.日性感染症会誌,19:No.1:89,2008
8) 性感染症診断・治療ガイドライン 2008.日性感染症会誌,19:No.1:7,2008
9) 石井亜矢乃:男性尿道炎患者の咽頭における淋菌およびクラミジア保菌状況の検討.日本性感染症
学雑誌,19:No.2:62,2008
10) 野口靖之:産婦人科領域における無症候性感染のスクリーニング.厚生労働科学研究「性感
染症の効果的な蔓延防止に関する研究班」,2004
11) 橋口一弘:耳鼻咽喉科よりみたクラミジア,淋菌性咽頭炎.MB ENT,43:31-36,2004.
12) 尾関全彦:-泌尿器科医院における STD の動向.日性感染症会誌,10:76-81,1999
経費使途明細
使途
金額(円)
検体採取容器
50,220
検体からの遺伝子抽出等の処理に関する試薬代
78,430
リアルタイム PCR による定量解析に関する試薬代
153,350
検体回収のための交通費・運搬費等
18,000
計
300,000
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