ボガルサ心臓研究 - Arterial Stiffness

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海外論文
若年成人の動脈壁硬化を予測する
因子としての小児血圧−ボガルサ心臓研究
Childhood blood pressure as a predictor of arterial
stiffness in young adults:the Bogalusa heart study.
Li S, Chen W, Srinivasan SR, Berenson GS.
(訳)小澤利男
東京都老人医療センター名誉院長
中年成人の動脈壁硬化は、心血管疾患発症と死亡の独立した予測因子で
ある。しかし、小児期、成人期に測定された諸危険因子が若年成人の動脈
壁硬化にどのように関係するか、あるいは小児から成人へと蓄積していく
危険因子の負荷が動脈壁硬化にどのように関係するかなどについてのデー
タは限られている。本研究はこの点を検討したものである。対象サンプル
は、黒人と白人との計835例(白人72%、黒人44%)で、年齢は24∼44歳、
小児期から平均26.5年にわたって、従来より認められている危険因子(伝
統的危険因子)を少なくとも4回測定されたものとした。動脈壁硬化の指標
としては、単純な自動オシロメトリック法による上腕動脈−足首動脈間脈
波伝播速度(baPWV)を用いた。小児期からの危険因子の蓄積負荷は、危険
因子の曲線下面積(AUC)を追跡期間で除した値とした。若年成人のbaPWV
は、女性より男性で高く(p<0.001)、白人より黒人で高かった(p<0.001)。
多変量解析でみると、若年男性のbaPWVに独立して関係したのは、小児期
の収縮期血圧;成人期の収縮期血圧、HDLコレステロール、中性脂肪、喫
煙;小児期からの収縮期血圧、中性脂肪、喫煙歴
(年)
の蓄積負荷であった。
以上のように小児期に始まる収縮期血圧値は、無症状で自由に生活する成
人の動脈壁硬化における一貫した予測因子となった。これらの所見は動脈
壁硬化の進展における小児期血圧の重要性と、循環器病予防を若年早期か
ら開始することの必要性を明らかにするものである。
keywords:脈波速度、心血管疾患、小児、動脈硬化
Translated with permission in 2004, Li S, Chen W, Srinivasan SR, Berenson GS.
Childhood blood pressure as a predictor of arterial stiffness in young adults:the
bogalusa heart study. Hypertension 2004;43:541-6.
Copyright © 2004 Lippincott Williams & Wilkins. All rights reserved.
1346-8375/05/¥400/論文/JCLS
若年成人の動脈壁硬化を予測する因子としての小児血圧−ボガルサ心臓研究
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動脈壁硬化の増大は、心血管疾患(CV)発症リス
小児期に始まる各危険因子の蓄積負荷を評価する
クと死亡率の独立した予測因子である。それは年齢、
ことが可能となった。2000∼2001年の最も最近の
1-5)
。
若年成人健診から、baPWVの測定結果が835例(24
現在、血管壁硬化を非観血的に測定する方法として、
∼44歳、平均36.0歳、白人72%、男性45%)で得ら
高血圧、末期腎疾患、アテローム硬化と関連する
6-9)
により測
れた。これらの対象は以前4回以上の健診を受けて
定された脈波伝播速度(PWV)などが利用されてい
いる(少なくとも小児期1回、成人期1回で76%は最
る。これらのうち、アプラネーション(扁平化)トノ
低6回)。平均追跡期間は26.5年(範囲16.9∼29.6年)
メ ト リ 法 で 測 定 さ れ た 頸 動 脈 −大 腿 動 脈 間 P W V
であった。
ドプラエコー法、MRI、トノメトリ法
(cfPWV)は、一般に広く使用されている。しかしこ
対象は、約80∼92%の学校生徒の小児から約60
の方法は、トランスデューサーの適正な使用という
∼65%の成人コホートにわたっている。文書にし
点で、若干制約がある。最近、より単純な自動オシ
たインフォームドコンセントが、小児では両親あ
ロ メ ト リ ッ ク 法 で 、 上 腕 動 脈 −足 首 動 脈 間 P W V
るいは保護者から、成人では本人から得られた。
(baPWV)を測定する技術が開発され、その妥当性、
プロトコルは、ツーレン大学ヘルス科学センター
10-15)
信頼度、有用性が確立し、確認された
。
の研究査定委員会により承認された。
アテローム硬化を含む血管変化は、人生の早い
時期に静かな無症候性疾患として始まり、心血管
系危険因子がこれと相関することは、よく知られ
た事実である
16,17)
。重要な点は、心血管系の諸危険
<検査>
すべての健診は危険因子測定 20)のため、基本的
に同じプロトコルに従った。被検者はスクリーニ
因子が小児期から成人期にかけて存続しあるいは
ング前の12時間を絶食とすることが指示された。
軌道に乗って、成人の心血管疾患リスクを予測す
そのことは検査当日の朝行う面接で確かめられた。
18,19)
。動脈壁硬化の評価とその予測能
身長、体重はそれぞれ0.1cm、0.1kg内にあるよう
は、リスクを有する無症候性個体の識別に役立つ
にして2回測定され、その平均値からBMI( body
と思われる。これに関して、小児期の伝統的心血
mass index;体重を身長の自乗で除す)を算出して
管系危険因子とその小児から成人に至る蓄積負荷
肥満度の尺度とした。喫煙習慣の有無は健康に関
が、若年成人期に測定された動脈壁硬化と関連す
する生活習慣の問診
るか否か、あるいはどの程度に関係するかが問題
2001の成人健診では、喫煙歴(年)をとった。
ることである
21)
で聴取し、最近の2000∼
だが、これについて利用しうるデータはない。ボ
血圧はリラックスした座位をとらせ、右上腕で
ガルサ(Bogalusa)心臓研究は2つの人種(黒人、白
反復測定した。適切なカフ使用の確認のため、上
人)の地域に基盤を置く危険因子研究で、小児期に
腕の太さ、長さを血圧測定の際に計測した。収縮
始まっている
20)
。その長期追跡データは、動脈壁
期血圧と拡張期血圧は、水銀血圧計でのコロトコ
硬化に影響する小児期と成人期に測定された伝統
フ音の第1、第4点を小児ではとり、成人では第5点
的危険因子、あるいはその期間の蓄積負荷の重要
をとった。血圧値の読みは6回測定の平均値をとっ
性を明らかにするものと思われる。
た。これは2名の無作為に割り当てられた研修を受
方 法
<対象集団>
けたものの各々により実施された。
<血清脂質とリポ蛋白の分析>
1973年から2001年にかけて4∼17歳の小児と18∼
1973年から1986年に至る間、コレステロールと
44歳の若年男性について7回の断面健診を施行し
中性脂肪が、テクニコン・オートアナライザーII
た。後者は若いときに小児としてこの健診を受け、
(Technicon Instrument Corp, Tarrytown, NY)で脂質
22)
そのまま存続して健診を受けているものである。
研究計画
地域はルイジアナのボガルサで、白人65%、黒人
れ た 。 こ れ ら の 値 は ア ボ ッ ト V P 機 器( A b b o t t
35%である。このパネルデザインは、大体3∼4年
Laboratories, North Chicago, III)で1986年から1996年
ごとに反復して健診を実施することが基本となっ
の間、それ以後は日立902自動アナライザーで
ている。その結果、小児期と若年成人期において
(Roche Diagnostics, Indianapolis, Ind)で、酵素法23,24)
多くの観察がされた。これらの観察データにより、
により測定された。生化学的測定も酵素法による
Arterial Stiffness動脈壁の硬化と老化 No.7 2005
の検査マニュアルにしたがって測定さ
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測定も米国疾病対策センター(CDC)の脂質基準化
様とした。心拍数はbaPWVに対する重要な交絡因
摘要に適合するものであった。この標準化は総コレ
子であるから、その補正が必要である27,28)。若年成
ステロール、中性脂肪、HDLコレステロール測定の
人期のbaPWVに対する予測因子の検索には、
正確度を維持した。CDC規定の品質管理サンプルの
baPWVを従属変数、小児期以来測定された危険因
測定では、研究中あるいは研究間にわたって一定し
子を独立変数として多変量解析を行った。すべて
たバイアスはみられなかった。血清リポ蛋白値は、
の変数は上述のように標準化された。
ヘパリン・カルシウム沈降法とアガル・アガロース
ゲル電気泳動法の結合で測定された。
結 果
本研究コホートにおける小児期から成人期まで
<脈波伝播速度の測定>
以前に詳述されているように
の危険因子変数とその蓄積負荷の平均値を人種別、
10,11)
、baPWVは非観
性別に表1に示した。若干の例外(特に性、人種、
血的自動オシロメトリック法の機器(BP-203RPE;
年齢群)はあるが、一般に黒人は白人よりも、収縮
Colin, Komaki, Japan)を使用して測定した。この機
期血圧、HDLコレステロールが高く、中性脂肪が
器は脈波速度、血圧、心電図、心音を同時に記録
低かった。男性は女性より収縮期血圧、低比重リ
しうる。血管閉塞とモニタリングのカフは、臥位
ポ蛋白(LDL)コレステロール、中性脂肪が高く、
をとった対象の両側上下肢に適切に巻かれた。最
HDLコレステロールが低かった。白人男性と黒人
低5分間安静をとらせて後、上腕動脈と脛骨動脈で
女性は、それぞれ白人女性、黒人男性よりもBMIが
3つの脈波波形を記録した。心電図モニタリングは
大きかった。
両側手首におかれた電極で行った。2つの異なった
若年成人におけるbaPWVの特定百分位数の平均
部位からの圧脈波が同時に記録され、上腕と脛骨
値を人種、性別に表2に示した。黒人は白人に対し、
動脈の脈波の立ち上がりの時間差(Ta)が決定され
また男性は女性に対して高いbaPWVを示した(p<
た。胸骨上窩から肘までの伝達距離(Da)と胸骨上
0.001)。若年成人のbaPWVと小児期から成人期に
窩から足首までの伝達距離(Db)が対象の身長から
測定された危険因子変数との間のピアソン相関係
自動的に得ることができる。こうしてbaPWVが
数を表3に示した。小児期収縮期血圧、BMI、HDL
式:(Db−Da)/ Taから算出された。baPWVの再現
コレステロール(逆相関)、LDLコレステロールは、
性をみるために、無作為に選出した37例につき、
有意に若年成人baPWVと相関した。成人では収縮
初回測定後2∼3時間後に再検査を施行した。2つの
期血圧、中性脂肪、BMI、HDLコレステロール(逆
検査間の相関係数は、左側で0.84(p<0.001)、右側
相 関 )、 L D L コ レ ス テ ロ ー ル は 、 す べ て 有 意 に
で0.82(p<0.001)であった。両側における測定の
baPWVと相関した。収縮期血圧との相関は最も高
平均値を解析に使用した。
かった。小児期以来の蓄積負荷として測定された
諸危険因子では、そのすべてが有意に成人の
<統計学的方法>
baPWVと相関した。相関の大きさでは収縮期血圧
すべてのデータの解析は、SAS version 8により
行った。時系列測定の曲線下面積(AUC)を、小児
期から成人期への蓄積リスク負荷の尺度とした。
26)
が最高であった。
表4は小児期以来測定された諸危険因子変数に対
するbaPWVの多変量解析の結果である。若年成人
。年齢は全
のbaPWVに対して、小児期の収縮期血圧が唯一の
資料の平均値である20を差し引くことによって中
独立した予測因子であった。成人期では、収縮期
心化を図った。
血圧、喫煙、HDLコレステロール(逆相関)、中性
その算出法は以前に詳述されている
始めと終わりに測定された危険因子は、それぞ
脂肪が独立してbaPWVと相関した。小児期以来の
れ小児期と成人期の値として使用した。小児期以
収縮期血圧、喫煙(期間)、中性脂肪などの蓄積負
来に測定された危険因子に対するbaPWVの関係解
荷は、若年成人のbaPWVの独立した予測因子であ
析には、ピアソン相関係数を使用した。その際小
った。以上のようにこれらの3つのモデルのすべて
児期と成人期の危険因子は人種、性、年齢で補正
において、収縮期血圧は若年成人のbaPWVに対す
されたzスコアで標準化した。AUCは、人種、性、
る最も一定した予測因子であった。
年齢、心拍数で補正したzスコアとし、baPWVも同
若年成人の動脈壁硬化を予測する因子としての小児血圧−ボガルサ心臓研究
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表1 研究コホートにおける危険因子変数とその小児期、成人期ならびに両期にわたる蓄積負荷の平均値と標
準誤差(人種、性別)
白人
男性(n=284)
黒人
女性(n=320)
p値
男性(n=90) 女性(n=141)
人種
性
小児
年齢(歳)
009.7±3.2
09.5±3.3
09.7±3.0
09.3±3.0
ns
ns
BMI(kg/m2)
017.5±3.1
17.5±3.3
17.1±2.6
17.1±3.4
ns
ns
収縮期血圧(mmHg)
100.1±9.6
99.0±9.7
99.0±11.4
97.5±10.0
ns
ns
HDLコレステロール(mg/dL)
065.7±22.1
61.6±21.4
68.2±20.6
71.5±19.6
<0.001*
<0.05†0
LDLコレステロール(mg/dL)
088.6±26.0
92.8±25.5
90.6±26.6
92.2±23.6
ns
<0.05†0
トリグリセリド(mg/dL)
<0.001
*
<0.001†
066.1±35.7
76.6±34.8
59.0±27.9
60.1±20.6
年齢(歳)
036.4±4.4
036.1±4.6
036.4±4.7
035.2±5.2
ns
ns
BMI(kg/m2)
029.0±5.8
028.3±6.9
029.1±6.4
031.4±8.4
<0.001*
<0.05‡0
収縮期血圧(mmHg)
117.7±11.2
110.3±11.4
127.7±15.7
117.5±14.1
<0.001*
<0.001‡
050.6±12.3
*
<0.001‡
*
<0.001‡
<0.05*
<0.001‡
成人
HDLコレステロール(mg/dL)
040.3±9.6
048.9±11.4
046.5±13.1
LDLコレステロール(mg/dL)
129.1±33.6
124.2±32.0
127.8±47.8
114.3±31.2
トリグリセリド(mg/dL)
蓄積負荷(AUC)
164.1±135.9 125.0±76.3
139.6±119.4 087.4±38.4
平均年齢(歳)
<0.010
<0.001
020.1±4.1
020.2±3.9
019.8±3.8
019.5±3.8
ns
ns
2
BMI(kg/m )
024.6±4.5
023.5±4.6
023.9±4.1
025.3±5.4
ns
<0.050‡
収縮期血圧(mmHg)
111.1±6.6
107.0±6.2
113.6±6.4
109.4±6.3
<0.010
<0.001‡
HDLコレステロール(mg/dL)
046.7±8.5
052.5±7.7
055.3±10.4
056.6±8.1
<0.001
<0.001†
LDLコレステロール(mg/dL)
103.7±22.1
103.7±20.6
101.2±26.5
102.7±23.1
ns
ns0
トリグリセリド(mg/dL)
094.2±39.2
089.6±25.6
076.6±32.3
070.0±14.7
<0.001
ns0
p値は適切に補助変数(covariate)で補正した。AUCは追跡年数により除された曲線下の面積を表す。
BMI:体格係数(肥満度)。*:女性に限定、†:白人に限定。
表2 性、年齢別のbaPWVの平均(±SD)と選択された百分位数
平均±標準偏差
(cm/sec)
百分位数(cm/sec)
白人男性
1,377±163
5th
1,133
10th
1,181
50th
1,372
90th
1,579
95th
1658
白人女性
1,239±182
944
1,003
1,226
1,472
1,546
黒人男性
1,478±207
1,198
1,249
1,447
1,732
1,842
黒人女性
1,289±225
943
1,054
1,260
1,601
1,673
p<0.001は白人と黒人、男性と女性、n間の平均値の比較(年齢、心拍数、性/人種で補正)
。
表3 若年成人のbaPWVと小児期から成人期にかけて測定された危険因子変数との
間のピアソン相関係数
BMI
収縮期血圧
HDL
コレステロール
LDL
コレステロール
トリグリ
セリド
小児(4∼17歳)
0.091†
0.111†
−0.075*
0.029
0.062
成人(24∼44歳)
1.153‡
0.471‡
−0.147‡
0.100†
0.190‡
蓄積負荷(AUC)
0.150‡
0.319‡
−0.086*
0.082*
0.162‡
AUCは追跡年数で除した曲線下面積。人種、性、年齢に特性化したzスコアは危険因子変数に対
して使用した。人種、性、年齢、心拍数に特性化したzスコアはbaPWVに使用した。
*:p<0.05、†:p<0.01、‡:p<0.001。
Arterial Stiffness動脈壁の硬化と老化 No.7 2005
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表4
小児期以来測定されてきた危険因子変数に対する若年成人のbaPWVの多変量解析
小児
成人
独立変数
β
p値
β
収縮期血圧
0.085
0.021
0.436
BMI
HDLコレステロール
蓄積負荷(AUC)
β
p値
<0.001
p値
0.299
<0.001
0.041
0.268
−0.060
0.076
−0.009
0.794
−0.050
0.150
−0.071
0.023
0.001
0.976
LDLコレステロール
0.0003
0.992
0.027
0.378
0.011
0.743
トリグリセリド
0.015
0.714
0.065
0.045
0.075
0.051
喫煙*
0.027
0.936
0.145
0.022
0.008
0.009
AUCは追跡年数で除した曲線下の面積を表す。危険因子変数に関しては人種、性、年齢に特性化したzスコアを用いた。
baPWVについては人種、性、年齢、心拍数に特性化したzスコアを用いた。
*小児期と成人期:喫煙せず=0、喫煙する=1;蓄積負荷:喫煙期間(年)
。
硬化に影響する32)。それがさらに血圧を上昇し33)、
考 察
悪循環を開始することになろう。
本研究は、黒人は白人より、男性は女性よりも
以上に観察された小児血圧の若年成人動脈壁硬
baPWVとして測定された血管壁硬化度が高いこと
化に対する予測性は、中年と高齢者における状況
を示している。小児期の収縮期血圧、成人期の収
とは符合しない。そこでは動脈壁の傷害された弾
縮期血圧、喫煙習慣、HDLコレステロール、中性
性あるいはコンプライアンスが、収縮期性高血圧
脂肪ならびに小児期以来の収縮期血圧の蓄積負荷
と拡大された脈圧に対する先行因子と考えられて
などが成人のbaPWVの独立した危険因子である。
いる34,35)。若年の高血圧の初期相は、一般に交感神
注意すべきは小児期以来測定の収縮期血圧が成人
経系活性の亢進と動脈壁硬化をきたす末梢血管抵
のbaPWVの一定した独立した予測因子であった点
抗の増加とにより支配されている。だが高齢者の
である。このような観察結果は、患者集団にある
後期高血圧の出現は、交感神経活性よりも中心性
選択というバイアスのない住民に基盤をおいたコ
動脈の壁硬化増大によって影響を受けることが大
ホートから得られたものである。それは動脈壁硬
きい点に注意すべきである36,37)。
化度の収縮期性変動が、無症候の若年健常男性に
最近われわれならびに他の共同研究者は、小児期
おいて比較的単純なオシロメトリック法による機
の危険因子は若年成人の頸動脈壁中内膜厚からみた
器で測定しうること、ならびに小児期の収縮期血
頸動脈変化の予測因子であることを示した 26,38,39)。
圧が動脈壁硬化の進展過程に重要な役割を果たし
アテローム硬化は、脂肪沈着(atherosis;アテロー
ていることを示している。
シス)と中膜変性(sclerosis;スクレローシス)を含
本研究によれば、収縮期血圧はその分刻みの変
む複雑なメカニズムに関係するものだが、動脈壁
動にもかかわらず、小児期におけるそのただ1回の
肥厚あるいはアテローシスは、主として脂質異常
測定が、若年成人のbaPWVと関連していた。小児
血症のような危険因子の結果である。一般に動脈
期に高い血圧値を有するものは26年後の動脈壁硬
壁脈波速度の亢進は、スクレローシスの一つの尺
化度が高かった。これは早期小児期においても、
度である。それは主として、加齢および血行力学
血圧が動脈壁硬化の進展過程に役割を演じている
的な長期反復のストレス/ストレイン負荷に関係し
ことを示唆する。また若年者の動脈壁弾性あるいは
た弾性線維の変性により引き起こされる。この動
コンプライアンスと血圧との間に逆の関係があるこ
脈壁硬化と壁肥厚の両者が未来の心血管系のリス
とを示す以前の報告と一致するものである
29,30)
。機
クの重要なマーカーであることを考慮すると、以
序という点からみると、動脈壁硬化は反復するス
前の研究26,38,39)に沿った本研究は、成人の心血管系
トレスとストレインというサイクルの結果であり、
リスクの進展における小児期危険因子の重要性を
またこれに随伴して血管壁平滑筋細胞の増殖と基
再度裏付けるものである。
質成分の合成
31)
から誘導されたものと思われる。
本研究では以前の諸研究 15,29,30,40-43)におけるのと
平滑筋細胞の表現型と活性は、エラスチンのコラ
同様に、若年成人では収縮期血圧がHDLコレステ
ゲンに対する割合を調節しており、それが血管壁
ロール(逆相関)、中性脂肪ならびに喫煙とともに
若年成人の動脈壁硬化を予測する因子としての小児血圧−ボガルサ心臓研究
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断面調査でbaPWVに関連することを示している。
同様の傾向はまたこれらの変数(HDLコレステロー
ルを除く)
の蓄積負荷に関する本研究でもみられた。
さらに断面調査では、空腹時血糖とインスリンに
よって測定された成人期のインスリン抵抗性も、
動脈壁硬化の独立した決定因子であった 29)。残念
ながら本コホートでは、小児期でのこうした測定
データはない。したがって、小児期におけるイン
スリン抵抗性の影響あるいは若年成人の動脈壁硬
化に対する蓄積負荷としての影響は、本研究では
検査することができなかった。以上を総括すると、
本研究におけるデータは、循環系の血行動態と代
謝性因子とが、動脈壁硬化決定の2つの側面である
ことを示すものである。
<展望>
本研究における成果は、小児期、成人期の収縮
期血圧あるいは小児期以来の蓄積負荷としての収
縮期血圧が、若年成人の動脈壁硬化に対する一貫
した予測因子であることを示している。このこと
は、動脈壁硬化の進展における収縮期血圧の重要
性を裏付けるものである。さらに動脈壁硬化に対
する独立した相関係数としてのHDLコレステロー
ルと中性脂肪とが、動脈壁を硬化する作用上、血
行動態ストレスに加わる代謝性因子としての役割
を反映している。小児期血圧と若年成人の動脈壁
硬化との間の因果関係は、この観察研究では確立
し得なかったが、われわれの研究や他の小児期危
険因子が後年の心血管系リスクを予測するという
蓄積しつつある証拠は、人生の早期における予防
循環器病学の関連を重視するものである。
謝辞
本研究は国立心肺血液研究所、国立加齢研究所、
国立小児健康生育研究所、米国心臓協会(AHA)から
助成金を受けた。本研究はまたコーリンメディカル
(株)から研究助成を受けた。ボガルサ心臓頸研究
(the Bogalusa Heart Study)は、多くの研究者やスタ
ッフ職員による共同研究であり、その貢献には厚く
感謝する。特に感謝したいのはボガルサのルイジア
ナ学校システムであり、また最も重要なものとして
感謝するのは、長年にわたって本研究に加わってこ
られた小児と若年成人である。著者らはさらにコー
リンの機器使用における助成と研修とに対するコー
リンメディカル(株)の職員に感謝する。
Arterial Stiffness動脈壁の硬化と老化 No.7 2005
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若年成人の動脈壁硬化を予測する因子としての小児血圧−ボガルサ心臓研究
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訳者コメント:アテローム硬化の進展には、さまざまな危険因子が関与する。しかもそ
れは小児期から連続的に血管壁に作用している。こうした早期年齢から、危険因子がど
のように経年的に動脈に作用しているかに関しての情報は、ほとんどなかった。本研究
の目的はこの点にあった。アテローム硬化の尺度というものは通常簡単には得られない。
このためそれと密接な関係にある動脈壁硬化(arterial stiffness)を脈波伝播速度(PWV)
から算出し、その成人における値と小児期からの危険因子との関係を検討した。危険因
子を血行動態と代謝因子に分けると、両者ともに有意に関与するが、特に収縮期血圧の
関与が突出していた。それは脈波速度という指標をとった点が、関係していることと思
われる。アテローム硬化と動脈壁硬化とは同じではない。変化の主体は、前者は内膜に、
後者は中膜にある。動脈壁硬化を標的とすると、収縮期血圧が最も強力な危険因子とな
るのは当然と思われる。いずれにしても遺伝と環境の影響が今後の検討課題となろう。
本研究で使用された脈波速度はbaPWVである。これはわが国で開発された方法(コーリ
ンメディカルテクノロジー)で、オシロメトリックによる四肢の血圧測定の際に容易に
求められる。再現性と妥当性に優れている点が、近年評価されている。本研究でもそれ
が中心的役割を演じており、複数の米国研究所やAHA(米国心臓協会)から助成金が得
られている。今後のさらなる発展が期待される。
Arterial Stiffness動脈壁の硬化と老化 No.7 2005