地獄変を読んで

読書体験記の部
【優秀賞】
中学部門
地獄変を読んで
向井ひな
殿様はその晩、庭で車を燃やすが、その中に乗っていたのは良秀
の娘だった。しかし、良秀は助けようとせず、燃える車を眺めて
いた。
私はこの物語には二人の良秀がいると思う。絵を描き上げたい
と思う職人の良秀と、娘を助けたいと思う親の良秀だ。しかし、
良秀は一人しかいない。一人の良秀の中で勝ったのは、職人の良
秀だった。職人である良秀が親の良秀を殺し、娘を殺す火を大き
くさせた。
人間には「しなければならないこと」と「したいこと」の二つ
(大阪府 樟蔭中学校)
が存在する。良秀は職人の自分、すなわち、「したいこと」を選
んだ。
この選択は間違っていたのかもしれない。しかし、時に人間は
「しなければならないこと」より「したいこと」を優先すること
がある。実際、私自身も宿題をまだ終えていないのに読書をして
しまうことがある。良秀の場合、たまたま「宿題」が「娘を助け
ること」であり、「読書」が「絵を描くこと」であっただけなの
だ。
この良秀が描いた地獄変の屏風は、良秀がいつか堕ちていく地
獄なのであった。
燃えさかる火の何に何かが飛びこんだ。それは、誰かの悪戯で
良秀と名付けられた猿だった。
私はこの猿は、親の良秀だと思う。これは良秀の「したいこ
と」であり「しなければならないこと」である。良秀の目と心に
かかった絵に対するエゴイズムのフィルターが目の前で燃える娘
の姿を、単なる絵の参考に変えてしまったのだ。私はこの時、と
ても恐ろしいものを感じた。それは、良秀の行動に対してだけで
はなく、自分の心にもその心が眠っているということに対してで
私はこの物語を読み、鳥肌が立った。それは、浮き彫りになっ
た人間のエゴイズムと愛情の美しさと、残酷さに対するものであ
る。
この物語の主人公である良秀は都で一番の絵師だったが、娘へ
の異常な程の愛情と、その傲慢無礼な性格で皆から嫌われてい
た。
良秀は絵のためなら、弟子を危険な目に遭わせたり、死人を
模写しに行ったりする様な男だった。私はここに人のエゴイス
ティックな部分を感じた。それは、確かに絵を描く上で必要なこ
とかもしれない。しかし、人生において、社会において、そんな
ことは許されない。自分の欲しいもののためなら何でもする様で
は、他人からの信頼も得られないし、大切なものを失うこともあ
る。
良秀は大殿様の命令で地獄変の屏風を描いていたが、燃える車
に女性が乗っている絵が描けないので車を燃やすように頼む。大
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あった。だが、その心は絶対的な悪ではないのである。私がそう
思っている以上、その心と上手に付き合っていくしかないのだ。
良秀は、地獄変の屏風を描き上げた次の日の晩、自ら命を絶っ
てしまう。私には、彼が自殺した理由が何となくだが、分かっ
た。
良秀の目と心からフィルターが外れたとき、空っぽの良秀の目
に映じたものは、完成した地獄と、屏風の中の亡き娘の姿だった
のである。私ならそんな恐ろしさと孤独感に耐えられないし、良
秀自身もそうだったのであろう。
良秀は、自分が描いた火で職人でも親でもない「良秀」を焼き
殺したのだ。
私がこの物語を読み、思ったことは、人生とは選択の連続だと
いうことだ。そして、選択とは何かを捨てるということである。
だから、私は、自分のエゴイズムや愛情と上手に付き合い、後悔
のしない選択をしていきたいと思う。そして、人生の中で自分よ
り大切なものを見つけたい。
書名:地獄変
著者:芥川 龍之介
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