1月全校集会 校長講話 平成26年1月7日 津南中等教育学校長 吉 原 満 みなさん、あけましておめでとうございます。 新しい年を迎え、神社やお寺に初詣に行った人も多いと思います。新しい気持ちで心 静かにお参りするのは、やる気が満ちてきていいものです。 参拝の心がけとして、他人の家を訪問するのと同じ心がけでお参りするといいと言う ことを聞きしました。人の家にお邪魔して、いきなり「お金が儲かりますように」とか「恋 人が現れますように」とか「大学に合格させてください」とか、自分のことばかり言うのは 失礼です。まず自分がどのような人間かを名のり、「目標に向かってがんばるので、見守 っていてください」という謙虚な姿勢が大事なのです。「お願い」ではなく、神様の前で 目標に向けて努力することを「誓う」のです。確かにその方が地に足をつけてがんばれ そうです。自分が努力する姿を神様に見ていてくださいという気持ちの人が、一番目標 達成に近いのかも知れません。 今日は「即興」というテーマについて話します。 正月、ラジオを聞いていたら、新潟国際情報大学の越智敏夫教授のコーナーで、辞書 を適当にめくって拾った言葉を御題に5分間語るという新春企画がありました。たまた まそのとき当たった言葉が「シロアリ」でした。このネタで皆さんは5分間、何かを語れ ますか?しかし、どうなることかという私の心配をよそに、越智教授は実に博識にシロ アリをネタに深い内容の話を語り続けました。最後はミシェル・フーコーの哲学にまで たどり着き、大変感心してしまいました。 落語に「三題噺」という趣向があります。お客様が出した3つのネタを題材に即興で小 噺を作り、オチまで持っていくというものです。3つの題は「人の名前」「品物」「場所」か らそれぞれ選ぶのだそうです。「誰が」「何を」「どこで」が人から与えられ、「いつ」「どうし た」「その理由は」を考えなくてはなりません。ここから生まれた名作に「芝浜」という話が あります。そのときの御題は「酔漢」「財布」「芝浜」でした。(「酔漢」とは酔っぱらい、「芝 浜」は江戸時代、魚市場があった浜の名で、今は埋め立てられて跡形もありません。) 「芝浜」はこんなお話です。実力があるのに酒好きのため仕事では失敗ばかりしてい た魚屋の男が、奥さんに尻をたたかれ、嫌々出かけた芝浜で大金の入った財布を拾いま す。大喜びで飲めや歌えの大騒ぎの末、酔いつぶれるのですが、目が覚めると自分の家 にいて、奥さんが「支払いはどうするの」と怒っています。大金の入った財布を拾った話 をしますが、「財布なんて知らないよ」と言われ、必死で探しますが見つからず、夢だっ -1- たのかとあきらめます。そして、それまで酒のせいで仕事に身が入らず、道を踏み外し、 ひどい人生であったことを猛反省して心を入れかえ、酒を断って死にものぐるいで働き ます。その精進のおかげで3年後には店を構えられるまでになりました。大晦日の晩、 奥さんから昔拾った財布を渡され、これを遣ったらそのままダメになってしまうと思っ たからお役所に届け、そのことを隠していたのだと告白されます。時がたっても落とし 主が現れなかったので、拾い主に財布の金は下げ渡されていました。しかしその金に頼 らず、男は立派に立ち直ることができたのです。 よくできた人情話です。即興でおもしろい話が語れるなんて、とてもうらやましいこ とです。私は、即興どころか必要以上の準備をしていても不安です。確かに、準備もせ ず、その場で思いつきでやっても先が見えています。 しかし、準備のない三題噺がなぜ人を惹きつけるのでしょうか。それは、血のにじむ ような長年の努力と修行の積み重ねを一回白紙に戻し、自分の直感でゼロから作り上げ るときの集中力の迫力がもたらすものだと思います。部分部分は雑でも、のびやかに広 がっていく勢いがあることが魅力なのでしょう。 将棋や碁の名人も、膨大な知識をインプットしていますが、真剣勝負に臨む時、すべ てを忘れ、白紙の状態になることが大切だと多くの達人が言っています。ジャズの演奏 も、即興のひらめきが、生命のほとばしる音楽を産みます。 そして試験の前も同じです。やるべきことをすべてやり遂げた人は、目をつぶって心 を無にし、雑念を追い払い集中します。直前まであくせくしても、もう間に合いません。 最後は、感覚を研ぎ澄まし集中しきることが、力を100%発揮するためには大切です。 ゼロから生み出せることが真の実力であり、そのような自信なしには、高いレベルの自 己表現はできません。 わたしたちは、知識を大量にため込むことで安心しようとしますが、それが「本当に 使えるもの」になっているかについては、とても甘いです。英語の単語をいくら覚えて も、それを組み立てて意味あるものにしたり、周りの状況を見て適切な表現を取り出す 力がなければ、宝の持ち腐れです。死んだ知識は重いだけで、生きていく上での力には なりません。 あなたの頭の中から言葉を一つ選び、そこからどれだけ豊かで深い物語が語れるか、 自分の思考力を試してみてください。身一つの自分に自信が持てるようになるまでには 遠い道のりだと思いますが、課題をやり終えたり「努力したな」と思ったその後で、白 紙の状態で何ができるようになっているか、振り返ってみる習慣を身につけましょう。 一人一人みな、自分に自信が持てるようになることを祈り、新年に当たっての講話を 終わります。 -2-
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