マスコミ事情 中日新聞経済部の取材体制と 広報に望むこと た う ち け ん い ち 田 内 建 一 中日新聞名古屋本社 編集局経済部長 経済広報センターは7月15日、名古屋市内で「企業広報講座」を開催した。中日新聞名古屋本社編集局経 済部長の田内建一氏と大阪経済大学大学院客員教授・経済評論家の岡田 晃氏が講演した。参加者は約40 名。今月号は田内経済部長の講演要旨を掲載する。 経済ニュースの現場 に日夜、取材に当たっている。トヨタの場合、同社 が発表する話だけでなく、独自に夜回りなどで聞き 中日新聞は名古屋本社、東京本社(東京新聞)、東 海本社(浜松)、北陸本社(金沢)の4本社に経済部が 出した話も原稿にする。重要度の高い話題は、最終 的に経営トップに裏を取りに行って紙面化する。 ある。名古屋では名古屋商工会議所、経済産業省中 情報をキャッチすることがまず必要だが、キャッ 部経産局、名古屋証券取引所、鉄道研究会(JR東 プクラスによる最終の詰めの確認が極めて大事だ。 海) 、トヨタ自動車の名古屋オフィス、中部電力、 この辺は警察の取材と同じで、信頼関係が大前提と 財務省東海財務局、三菱東京UFJ銀行、国税庁名 なる。 古屋国税局などに記者室が置かれている。このうち 経済記者は現象を書くだけにとどまらない。その 各社が常駐しているのはトヨタ、経産局、証券、研 背景にある国内経済や業界の事情なども押さえてい 究会、商議所などである。 ないと、企業関係者に稚拙な原稿と笑われる。常 ちなみに東京では財政研究会・内閣府、金融庁、 に、その世界の “通” でいないといけない。そのため 総務省・郵政、経産省・公取委、国交省、農水省、 には実際に当事者に会って自分の耳で聞き、目で確 財界 (経団連) ・エネルギー(電事連)、日銀、兜(東 かめることが大切である。 京証券取引所)・電機・重工(鉄鋼会館)、自動車(自 トヨタ自動車の取材は海外にも及ぶ。特派員も動 工会) 、情報通信、流通、商社(東京商工会議所)に 員し、必要ならば担当記者がじかに海外に足を運 記者が配置され、総括、ローテーション制のデスク び、ニュースをフォローする。特派員は現地に精通 の下で記者が取材に当たっている。 しているが、担当記者はトヨタの幹部に顔が利く。 基本的に名古屋では、地元企業の動向を追うこと が主な任務。特にトヨタ自動車の動きは世界のメ ディアが注目しており、専従の記者グループがまさ この2つの組み合わせにより、最大限の効果を上げ られるよう海外で取材する。 財界人との夜の付き合いも、情報収集の場として 2011年9月号〔経済広報〕 5 マスコミ事情 マスコミ事情 重要だ。いろいろな会合などでの会食にも記者は顔 経験した。海外出張も多かった。大きな事件・事故 情報を秘匿するために、 「(知っているのに)知らな ボ機墜落事故や中華航空機事故のような大きな事 を出し、財界トップにぶら下がって取材をする。ト では中華航空機の墜落事故、副知事汚職事件、多く いと言っておこう」と対応した結果、とんでもな 故では、マスコミが直接、企業の取材に入る。こ ヨタの社長ともなると、ぶら下がりの記者の輪がで の殺人事件があった。その後、経済部に異動し、ト い誤解を生み出してしまった、というようなこと の時にパニック状態になる可能性が高く、どうさ きて、記者は一歩でも前に出ようと先陣争いとな ヨタ自動車、名古屋財界の担当をし、再び社会部 にもなる。責任は新聞社側にあるものの、この辺 ばくかで広報部門の力量が測られる。 る。 へ。1年間警察キャップをしてバンコク特派員と を理解してもらえるとありがたい。 経済部記者の役割 経済関連のネタの発掘と取材、記事化が経済部記 者の役割である。以下に4つを挙げ、説明する。 ①企業や官公庁などの記者クラブを通じた情報提供 なった。バンコクでの3年間は対テロ取材が中心 約束した期限まで回答を待っていたのに、連絡が 定外のことも当然あり、トップに“決済”を求める だった。そのため、バンコクからパキスタンとアフ 来ないケースも同様だ。約束を守る広報でないと 余裕すらない段階で広報責任者は重責を負い、独 ガニスタンを往復した。 困る。要は、応対がヘタでも誠実であってほしい 自の判断を求められることもあり得る。当然その ということ。 あたりを会社側も理解していないと、ますます対 日本に帰国後、愛知万博のキャップを経て、長野 支局長。田中康夫知事の世界を経験した。続いて社 も、記者には不要。極力簡潔に書き換えるので、 る。 美文を書くことにあまりとらわれないでほしい。 広報の在り方 企業などが積極的に売り込みたい情報は「発表も の」と呼ばれるが、言いなりでは広告や広報と同 記者が広報部門に望むことを次に挙げる。 ら (読者向けに)補足取材して伝える姿勢が求め られる。場合によっては発表と全く違う角度の ニュースになる。 ②問題意識を持った「狙いもの」 「話題もの」の個別取 ③たくさんの形容詞を付けた美辞麗句の広報文など 会部遊軍キャップ、岐阜報道部長を経て、現在に至 (広報) じになってしまう。第三者的に中立公正な立場か マニュアルを用意しておくことは望ましいが、想 ①記者が頻繁に朝駆けや夜回りをしている企業と、 ほとんど通常の広報による対応だけという企業で 応が後手に回り、イメージを悪くすることになり かねない。 ⑤電車の遅れを例にすれば分かりやすいだろう。た 記者は、中学生やお年寄りでも分かる文章を書く だ待たされている乗客のことを考えれば、広報が よう心掛けている。流行語や、外来語のカタカナ いかに重要かは一目瞭然。乗客は、復旧の見込み がやたらに多い広報文も、マスコミに配慮してい があるかどうかを特に知りたいはず。組織として るつもりならばいらない。そんな文章の作成に力 うまく機能しているのかどうか。数時間も待たさ を入れるくらいなら、口頭でもいいから一刻も早 れている人にどんな情報を流すか。言い換えれ い情報提供を心掛けるべきだ。 ば、見通しを立てられることが、いかに重要かと ④担当記者同士は、常に各企業の広報体制を話題に いうことだ。 している。ある企業について、 「広報部員がたくさ ⑥警察回りをしていたころ、ある県警の広報官が不 記者慣れしている企業にも、記者慣れしていない んいるのに全然機能していない」という苦情を聞 祥事問題で頭を痛め、こう漏らした。報道機関を 記者が足で稼ぐ世界。日ごろの人間関係などによ 企業にも、それぞれ注文はあるが、記者が一番求 いた。広報部員のほとんどは電話対応するだけ 相手にする者は、 「7割をマスコミ、3割を自分の る情報提供を基に情報の確度を高め、紙面化す めているものは 「ウソを言わない企業、広報」 とい で、記者の質問には答えられないという。 「責任あ 立場で考えているとちょうどいい。その姿勢で る。個別の家に夜回りや朝駆けなどもする。 うことになるのではないか。 る立場の人でないと答えてはならない」という姿 接すると上や周囲からの是正を受け、ちょうど 勢からなのだろうが、一刻も早い事実確認を求め 半々、対等にマスコミと付き合えるようになる」。 ている記者をイラ立たせるだけだ。 これも一理あると思った。 材 (最終的に特ダネにつながるケースも) ③連載(企画もの)の取材 ①と②の取材を踏まえ、これまでに蓄積した情報 と知識からシリーズで話題を提供して現在のトレ ンドを伝えたり、世相を斬る。 は、事情はかなり異なる。 ミスリードを平気で許してしまう無責任な広報 は、企業とマスコミ双方にとってマイナスでしか ない。 ②言えることと、言えないこと、さらには知らない 危機管理で最も分かりやすいのは鉄道、航空機の 事故で多数の負傷者が出たケースなどだ。通常、 絶えず「オープンであること」を求めるマスコミに ④記者コラム ことをきちんと分けて伝える。言えないことと、 事故では消防や警察が広報対応に当たるため、企 どう対応するか、トップに代わって答えられる広報 記者の主張である。 (社の主張は社説になる) 本当に知らないことの見極めは記者の力量による 業は警察に情報提供する形になるが、日航ジャン 部が求められている。 k ものでもあり、誤報を書けば最終的に記者側の責 私の記者体験 任になる。しかし、そのようなことがあれば、お 互いの信頼関係は一瞬にして崩れ、禍根を残すこ 長野支局に勤務していたころ、日航ジャンボ機の 墜落事故を経験した。 「はぐらかそうとする対応」 が誤解を生む。記者側 り、地元の県警の情報はその情報にかき消され、苦 が疑心暗鬼になって曲解してしまうケースも過去 い思いをした。結局、隣の群馬県に墜落したのを皮 にあった。現場のキャップやデスクが記者からの 肉にも長野県警のヘリが確認することになった。 報告を受け、記事にするのを見合わせ、事なきを 〔経済広報〕2011年9月号 最新刊 ミスリードの大きな原因は答え方にある。特に 最初、長野県に墜落したとの情報が東京から入 社会部では警察、行政、選挙など多方面の取材を 6 とになる。 2011年版 英文国際比較統計集 得たこともある。 ポケットサイズ (19cm×9.5cm)124 ページ 定価 900 円 (税込) 全ページカラー 充実の 180 項目 持ち運びに便利なポケットサイズ 日本と主要各国に関する最新の統計データを満載したポケットサイズの英文国際比較統計集を発行いたしました。全8章、180のグラフと表で、 日 本と各国を経済、貿易、産業、 エネルギー、環境、労働、教育、生活など多岐にわたる分野で比較しています。世界の動向と世界の中の日本をひと 目で把握することができます。2011年版は、 「元気な日本」 をテーマに、 データの充実を図りました。 2011年9月号〔経済広報〕 7
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