柔構造大気突入機の開発に向けた JAXA 調布大型極超音速風洞試験 ISAS/JAXA 山田和彦、安部隆士 東大新領域 鈴木宏二郎、小山将史 青山学院大学 木村祐介、林 光一 1. はじめに 宇宙からの帰還及び回収システムとして、柔 軟構造エアロシェルを利用したシステムが注目 されている[1]。このシステムでは、打ち上げ時 にはコンパクトに収納されていたエアロシェル を大気突入前に軌道上で展開し、機体の弾道係 数を下げることにより、大気密度の薄い高高度 での減速を可能にし、最大空力加熱を下げるこ とができるのが、最大の利点である。これによ り、大気突入システムの信頼性向上やコスト低 減が期待される。これまでに、柔軟構造大気突 入機には、様々な形状のものが提案されている [2][3]が、その中でも我々のグループでは、図 1 に示すような薄膜で構成されたフレア型の柔軟 エアロシェルを有するカプセル型の飛行体に着 目して研究を進めてきている[4][5]。フレア型柔 軟エアロシェルとは、剛体のカプセルに円錐状 の薄膜エアロシェルをとりつけ、そのエアロシ ェルのかかる空気力を圧縮力として外枠で支持 するという構造となっている。外枠にインフレ ータブルトーラスを採用することにより、エア ロシェル部が、すべて薄膜で構成することがで きるので、大型かつ軽量なエアロシェルが実現 できると考えている。 る。しかし、これらの情報は、実際の機体を設 計する際には重要である。そこで、JAXA 調布 の極超音速風洞グループとの共同で、柔軟材料 で作成したエアロシェルをとりつけたカプセル 型の模型を用いて、極超音速風洞試験を実施し、 実験方法を確立するとともに、基準となる形状 に対して、エアロシェルの挙動の観察、空力特 性と空力加熱環境の取得を行った。 2. 実験設備と気流条件 実験は図2に示す JAXA 調布のφ1.27 大型極 超音速風洞[6]を用いて行われた。今回の風洞試 験の気流条件は、貯気槽圧力 1.0MPa、貯気槽 温度 900~950K 程度に設定した。その設定にお ける一様流条件と淀み点での熱流束を Tauber の式[7]、Sagnier の式[8]で推算した結果を表1に まとめる。表中の風洞試験での一様流条件は、 理想気体、等エントロピー膨張を仮定して求め たものである。表1には、参考のため、弾道係 数 1.0、淀み点曲率半径 0.25m の機体が高度 400km の円軌道から突入角 3 度で再突入したと きの最大空力加熱を受ける点での気流条件と予 測される熱流束を示す。本試験で設定した気流 条件は、実際に想定される再突入環境に比べ、 マッハ数は小さいが、加熱量、動圧ともに若干 厳しい環境であることがわかる。なお、この貯 気槽圧力及び温度は、本風洞で設定可能な条件 のうちもっとも穏やかな条件である。 図1:フレア型柔軟エアロシェルを有する帰還回収シ ステムの概要図 このような柔軟構造飛行体は、飛行中、空気力 をうけて変形するため、その挙動や特性は明ら かになっていない点が多い。特に極超音速領域 では、エアロシェルの変形形状、安定性、空力 特性、機体周りの空力加熱環境なども不明であ 図2:実験に使用した JAXA 調布のφ1.27 大型極超 音速風洞の外観 表 4-1:風洞試験と実際の突入軌道の気流条件及び空 力加熱量の比較(等エントロピー膨張を仮定) 貯気槽圧力(MPa) 貯気槽温度(K) マッハ数 速度(km/s) 一様流温度(K) 一様流圧力(Pa) 一様流密度(kg/m3) 動圧(Pa) レイノルズ数(1/m) 淀み点曲率半径(m) 淀み点熱流束(kW/m2) Tauber の式[7 ] 淀み点熱流束(kW/m2) Sagnier の式[8 ] 風洞実験 1.0 920 9.45 1.32 49 34.3 2.45 ×10-3 2145 1.0×106 0.01 突入軌道 - - 24 6.6 192 0.1 1.9×10-6 39.5 1.0×103 0.25 112 80 137 118 3. 実験模型及び実験方法 図3に本実験で使用した模型の概略図を示す。 カプセルを模擬した直径 20mm 半球に円錐状の ZYLON[9]織物(型番 LZY0530W)で製作したエ アロシェルを取り付けた。エアロシェルはカプ セルと押さえ板の間にネジで締め付け固定して いる。また、エアロシェルの外縁には空気力を 支えるためのフレームが縫いこんである。フレ ームはインフレータブルトーラスを模擬し、直 径 10mm、肉厚 1mm の中空アルミパイプを内 径 140mm(外径 160mm)のリング状にしたも のを用いた。なお、エアロシェルは 6 枚の扇型 のパネルを縫い合わせることで製作されており、 カプセル、フレームとの接合部は、紡績糸タイ プの ZYLON 織物(型番 DA4220W)で裏側から 補強している。模型は、円錐の開き角度(フレ ア角)が 45 度と 60 度の 2 種類用意した。本稿 中では、それぞれ、F45-10 模型、F60-10 模型 と呼ぶ。図4に、F45-10 模型の写真を示す。 本試験では、1)模型周りの流れ場のシュリ ーレン法による可視化、2)内装天秤による6 分力測定、3)赤外線サーモグラフィ[10]によ る機体表面の温度分布の測定を行った。6 分力 の測定実験では、通風中に模型の迎角を-2 度か ら 12 度まで 15 秒かけてスィープさせることで、 迎角に対する空力係数の変化も測定した。また、 表面温度測定試験は、迎角を 0 度に固定し、模 型投入時間を3秒間とし、その間の温度履歴を 測定した。なお、表面温度測定試験においては、 模型頭部は物性値がよく調べられているベスペ ルで製作したものを用いた[10]。 図3:風洞模型の概略図 図4:風洞模型(F45-10 模型) 4. 実験結果 4.1 模型と流れ場の様子 図5に通風中の模型の様子を示す。左が F45-10 模型、右が F60-10 模型であり、いずれ も迎角 0 度である。写真からわかるようにエア ロシェルは空気力をうけ、凹面状に変形し、流 れに正対する姿勢で安定している。いずれの模 型もエアロシェルの顕著な振動などは観察され ず、非常に安定していた。図6に模型周りの流 れ場のシュリーレン法によって可視化した様子 を示す。流れ場の様子は F45-10 模型と F60-10 模型で大きく異なることがわかる。F60-10 模型 は模型前方に垂直衝撃波のような1つの衝撃波 が発生しているのに対し、F45-10 模型の場合は、 頭部から発生する弓型衝撃波とフレームから発 生する衝撃波がエアロシェルの中央付近で干渉 している。さらに、F45-10 模型は、衝撃波の形 状が時間的に変動しており、図6に示すような 衝撃波が干渉している状況と、それらが一体と なって模型前方に移動する状況を高速に繰り返 している様子が観察されている。しかし、前述 したように衝撃波は大きく変動しているが、エ アロシェル自体の振動はほとんどない。これら の流れ場の様子の違いから、フレア角度が流れ 場に与える影響は大きく、45 度と 60 度の間で 流れ場のモードに変化があるものと想定される。 これについては、今後数値解析などを利用し、 詳細に調べていく予定である。 図 7:迎角と抵抗係数の関係 図5:通風中の模型の様子(左:F45-10 模型、右: F60-10 模型) 4.3 空力加熱環境 4.3.1 表面温度計測 赤外線サーモグラフィを用いて、模型の表面 温度の時間履歴を測定した。ZYLON の輻射率 はベスペルと同じ 0.87 とした。実測値ではない が、通風前の状態でベスペルの模型頭部とほぼ 同じ温度となることを確認している。エアロシ ェルの温度は模型が投入された 3 秒後には 500℃近くまで上昇し、ほぼ輻射平衡温度に達し ていることが確認された。空力加熱により、高 温になった状況においても ZYLON 製のエアロ シェルは損傷せず、減速装置として機能するこ とが実証された。 4.3.2 模型表面熱流束の推算法 表面温度分布から熱流束分布を推定するには、 模型に投入されている熱量を仮定し、模型表面 図6:模型周りの流れ場のシュリーレン可視化写真 の熱収支モデルを導き、それに従った表面温度 (左:F45-10 模型、右:F60-10 模型) 履歴を予測し、それが実験で得られた温度履歴 に合うように加熱量を決めるという方法で行う。 4.2 空力特性(抵抗係数) ただし、模型に投入される熱量は、模型表面の 本実験では、6 分力を測定したが、ここでは 温度が上昇するにつれ、総エンタルピーと壁近 減速性能に直接関連する抵抗係数について結果 傍でのエンタルピーの差と総エンタルピーの比 を示す。図7に、F45-10 模型と F60-10 模型の に比例して減少するとしている。頭部の熱収支 迎角と抵抗係数の関係を示す。抵抗係数の算出 の支配方程式は、形状を半球と仮定し、表面に に用いた基準面積は正面投影面積、一様流動圧 沿った方向の熱伝導は無視した準1次元熱伝導 は実測値(約 2.08kPa)を用いた。実在気体効 方程式を用いた。エアロシェル部は、膜面が非 果により表1に示した値より若干小さい値をと 常に薄いことを考え、厚さ方向には温度分布が る。F45-10 模型は、迎角 0 度付近での抵抗係数 なく、表面に沿った方向へも熱伝導はなく、ま が 1.51 程度で、迎角に対して徐々に抵抗係数が た、膜面の両面から輻射がおきると仮定し、熱 増加する傾向があり、F60-10 模型は、迎角 0 度 収支の支配方程式を導いた。フレーム部につい 付近の抵抗係数が 1.62 程度で、迎角の増加に対 し徐々にわずかではあるが減少する傾向にある。 ては熱的な構造が複雑であるので、定量的な解 析は実施していない。 減速装置として用いることを考えると、抵抗係 数が大きいほうがよいので、F60-10 模型のほう 4.3.3 結果 が大気突入用のエアロシェルとして優れている 図8に頭部半球上の熱流束分布を示す。横軸 といえる。 は、半球の中心から見た角度であり、淀み点部 が0度で、エアロシェルとの接合部が 90 度であ る。F45-10 模型、F60-10 模型の淀み点の加熱率 は、それぞれ 140kW/m2, 130kW/m2 であり、 Sagnier の式[8]から予測した結果とよく一致して いる。また、両者とも表面の熱流束分布の形も半 球模型と同様であり、このことから、これらの 模型に関しては、淀み点熱流束へのエアロシェ ルの影響は大きくないと言える。図9は、エア エロシェル上の熱流束分布を示したものである。 横軸は、エアロシェルの長さで無次元化した位 置を示しおり、0がエアロシェルとカプセルの 接合部、1がエアロシェルとフレームの接合部 を示している。フレア角度によって分布の様子 が大きく異なることがわかる。F45-10 模型では フレーム近傍が、F60-10 模型では、カプセルと の接合部付近の熱流束が大きくなっている。そ の最大値は、どちらの模型も大差はないが、フ レーム部に大きな加熱のある F45-10 模型は、イ ンフレータブルフレームの熱対策が厳しくなる ので、その観点からは F60-10 模型のほうが空力 加熱の面でも有利な形状であるといえる。 図 8:カプセル頭部の熱流束分布 図 9:エアロシェル上の熱流束分布 5.まとめ JAXA 調布のφ1.27 大型極超音速風洞を用い て、フレア型柔軟エアロシェルを有するカプセ ル型の飛行体に関して、マッハ数 9.45 の極超音 速流中での挙動、空力特性、空力加熱環境に関 して実験的に調べた。フレア角度を 45 度、60 度の2種類の模型について実験を行い、フレア 角度 60 度の模型のほうが、抵抗係数が大きく、 流れ場も安定しており、空力加熱対策という点 からも、再突入用の減速装置としては、フレア 角度が大きいほうが適していることが示唆され た。今後はこれらのデータを利用し、他の要素、 たとえば、空力安定性や空力荷重に対するエア ロシェル強度の面なども考慮し、実機開発にむ けて設計を具体化させていきたい。 謝辞 本実験の実施にあたり、JAXA 調布の極超音速 風洞グループの方々には多大なる協力をしていた だきました。ここに感謝の意を表します。 参考文献 [1] M.Gräßslin, U.Schöttle, "Flight Performance Evaluation of the Re-entry Mission IRDT-1" IAF paper, IAF-01-v.3.05, Oct, 2001 [2] Gerald D.Walberg "A Survey of Aeroassisted Orbit Transfer" J.Spacecraft Vol.22, No.1, Jan-Feb, 1985 pp.3-18 [3] Reuben R. Rohrschneider and Robert D. Braun "Survey of Ballute Technology for Aerocapture" J.Spacecraft and Rockets Vol.44, No.1, Jan-Feb, 2007 pp.10-23 [4] 山田和彦 ”膜面エアロシェルの超音速空力特性 と低弾道係数型再突入体への応用に関する研究”東 京大学大学院博士論文 [5] 山田和彦、秋田大輔、佐藤英司、鈴木宏二郎、堤 裕樹、若月一彦、鳴海智博、桜井晃、安部隆士、松 坂幸彦, ”大気球を利用した柔構造機体の飛翔性能試 験2”, 宇宙航空研究開発機構研究開発報告, 大気球 研究報告, JAXA RR-05-012, 2006 年 1 月, pp15-30 [6] 航空宇宙技術研究所空気力学部「大型極超音速風 洞の計画と構造 –極超音速風洞システムの概要-」 ISSN 0389-410 NAL TR-1261, 1995, 2 月 [7] M. E. Tauber, J. V. Bpwles "Use of Atmospheric Braking During Mars Missions" J.Spacecraft Vol.27, No.5, SEP-OCT, 1990 pp.514~521 [8] Philippe Sagnier, Jean-Luc Verant “Flow Characterization in the ONERA F4 High-Enthalpy Wind Tunnel” AIAA Journal Vol.25, No.4, April 1998 pp.522-531 [9] 東 洋 紡 績 株 式 会 社 "ZYLON 技 術 資 料 " http://www.toyobo.co.jp/seihin/kc/pbo/menu/fra_me nu.htm [10] 小山忠勇、津田尚一、平林則明、関根英夫、穂 積弘一、渡利實「赤外線サーモグラフィーによる空 力加熱測定」ISSN 1349-1113, JAXA-RR-06-023, 2007, 3 月
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