愛や祈りは国境を越えて 京都府立医科大学6年 芝本 恵 「City of Joy

愛や祈りは国境を越えて
京都府立医科大学6年
芝本
恵
「City of Joy」「世界でもっとも务悪な都市」――両極端の形容を受ける都市コルカタだが、必ず誰も
に共通する感覚がある。それは「カオス」である。街には交通ルールなんて存在しない道路を埋め尽く
すバス、タクシー、自家用車。絶え間ないクラクション。路上にあふれかえる人。ここではあらゆるこ
とが有り得る。そしてあらゆるものを受け入れ、それを自らのエネルギーとしてしまう。
この「City of Chaos」コルカタで仲間たちと過ごした10日間は、自分の今までの生活の中で最も内容
の濃い10日間だったかもしれない。
この旅はカリガートでのボランティア活動を中心にしているが、この旅について思うとき、インドその
ものに触れずにいることはできない。
というのも、街を少し歩いただけでたくさんの驚きや疑問が次々と頭に浮かんでくるからである。「な
ぜこれほど日本と違うのか」「彼らは日々どんなことを思い生活しているのだろうか」と。
活動初日に街を歩き、井上さんにインドやコルカタについてレクチャーしていただくと、全く知識のな
かった私にも、コルカタという土地がおぼろげながら見えてきた。
そしてその時井上さんがおっしゃった、「貧しいからといって同情する必要はない、それが彼らの生き
方だから」という言葉を、私はすんなり受け入れてしまった。なぜなら、今そこらじゅうにいる路上生
活者の人々、アウトカーストの人々みんなが不幸だと思ったら、これからコルカタで過ごす時間自分が
どうしていいかわからないからである。
しかしそんな私の自分本位な考え方に関係なく、彼らの中でたくましく、明るく生きている方は本当に
たくさんいた。そして彼らがお互いに助け合い、家族のあるべき本来の姿で暮らしている様子を見て取
ることができ、実感として貧しい=不幸ではない、ということを知ることができた。
そして、助け合いは横のつながりだけではない。
テツさんのステーションワークについてシアルダ駅にカリガートのおじいさんを戻しに行った時のこと
だった。おじいさんは痴呆で、あまり自分の状況をわかっていないようだった。ニコニコして、出ると
きに渡されたお金をいろんな人にあげようとしていた。私たちは「そのお金はもっとかなあかんよ」と
言ってお金を返していたのに、ついにそこにきた小さい女の子にお金を渡してしまい、女の子はどこか
へ行ってしまった。私は見ていると本当に悲しくなって、泣いてしまった。
ところがほどなく女の子が戻ってきて、おじいさんにタバコ(定かではないが)を渡した。女の子はお
金をもらうつもりだったのではなくて、ものを買ってくるつもりでおじいさんからお金を受け取ったの
だった。
そうしていると、すぐ隣で若者がテツさんを呼んだ。見るとひとりのおばあさんが、怪我をして出血し
ていた。彼女は目が見えないらしい。
その若者はおしゃれをしていて、中流階級以上だということを思わせた。おそらくおばあさんとは何の
知り合いでもない。けれど彼はおばあさんのことを本当に心配していて、私たちに手当てするように頼
み、傷の手当が済むと自ら手を引いて、おばあさんを無料診療所まで連れて行ったのだった。これに私
はとても感動した。
そしてまた、今回の見学で組織を通じた助け合いというものも多く見た。マザーの施設ももちろんそう
であるし、バラートセバシュラムサンガも、ほとんどがお金持ちの寄付によって賄われていて、そうす
ることで彼らは功徳を得ているという。
これらの体験を通して、インドというのは共生の国だということを強く感じた。さまざまな形をとって
おり、私たちの常識では考えられないこともあるが、インドという国はこのバランスで成り立っている
のだ。
とはいっても、そんな街中にもたくさん苦しんでいる人たちがいることも忘れてはならない。公衆衛生
の問題、人口爆発、薬中毒など解決すべき問題は山積みである。
そしてボランティア活動、施設の見学、現地で活動しておられる方々のお話を通じて、この旅のテーマ
ともいえる愛と祈りについて、深く考えさせられた。この旅に応募する際にマザーの本を読み考えたこ
とが、もっと自分の心に迫りくるものとなった。
シスタークリスティの愛についてのお話は、とてもすばらしかった。「本当の意味での愛というものは
努力も決意も必要です」「本当の意味の自由というものは、私は自由に愛を選ぶことができるというも
のです」という言葉は、凛とした佇まいで話されたシスターの姿と共に印象に残り、私の中で日を追う
ごとに重みを増していった。
愛をもっとも端的に表すことができるのは、笑顔だと思う。カリガートにいると人を愛おしく思う気持
ちでいっぱいになり、自分が自然に笑顔になるのを感じていた。そんな時は、どう接すればいいかなん
て考えなくても自然に足を止め、手を握り、話しかけ、彼女たちの望むことを知ろうとすることができ
た。この旅の一番の収穫はこの笑顔かもしれないと思ったほどだった。
そして祈り。行きの飛行機で読んだ千葉監督の鹿児島での講演会の講演録や、ミーティングでのディス
カッションを通じて祈りを改めて強く意識するようになった。
旅半ばで早朝のミサに参加し、たくさんのシスター、ノビスの姿を見て本当に美しいと思った。その姿
から、彼女たちの心にある揺るがないものを感じ、この美しさや強さは祈りから来ているのだと私は思
った。祈りは神との対話である。と同時に自分の内面と向き合うことでもある。祈ることで私たちはす
べてのことへの感謝をかみしめ、自分の言動を振り返り、誰かのことを思いやることができる。そうし
て自分の心が少しずつ浄化されるような気がする。最後の日には、横にいる患者さん一人ひとりの幸せ
を願って祈っていた。
また、今回とても衝撃を受けたことがあった。
ハンセン病患者の村、チタガールへ行った日のことだった。
村を見学して歩いていると、これまであったことのないほどのたくさんの輝く笑顔に迎えられた。歩き
ながら一人ひとりに挨拶しているだけで私は心がいっぱいになってしまい、その日はとても幸せな気分
に浸って帰った。夜のミーティングでも「私はそこがハンセン病の村だということを忘れていた」と感
想を言ったのだが、その後の総括で奥村先生に、「患者さんの視点を忘れないで欲しい。幸せだった、
で終わって欲しくない」と言われてはっとした。それはまさに私のことだった。病に冒され、差別され、
普通の社会にいられなくなった彼らの苦痛と、それを背負った上であれだけの笑顔ができる彼らの思い
を私は考えきれなかったのだった。
バックグラウンドを知るということは、その人やものについてより深く理解するということだ。それは
そのまま愛にもつながると思う。そう気づいてから、カリガートで患者さんに接するときも、わからな
くてもその人がここにくるまでのことや抱えていることを考えるようになった。
このように、毎日通ったカリガートは、学びの場であると同時に学んだことを実践する場でもあった。
名前も言葉もわからない、そんな中でも愛や祈りは国境を越えて、人と人とをつなぐすばらしいものな
のだということを実感した。寂しかったり嬉しかったり、泣いたり笑ったり、そんな感情は全ての人に
共通している。愛をこめて接した人と感情がシェア出来たとき、そこにはただ spiritual な喜びがあっ
た。
日本に帰って早1ヶ月、もうすっかり元の生活に染まっている。その中で、シスタークリスティの言葉
が本当に必要なのは、自分たちが日々生活しているこの場所なのだということを痛感した。誰もが愛を
知っている場所では、愛を実践することはた易い。しかしそうでない場所で、自分が傷つくかもしれな
くても、相手を理解し、自分の感情を乗り越えて愛するということは本当に難しい。けれどもそのこと
こそが、私たちの学びの真の目的であり、これから努力していかなければならないことだと思う。
ここまで長く感想を述べてきたが、感じたこと、学んだことは本当に多く、まだまだ書き足りないほど
である。こんなにこの旅が学びの多いものとなったのは、行動を共にした仲間たちがいたからだと思う。
様々な立場の方との何気ない会話の中でも影響をたくさん受け、このメンバーで共に感じ、語り合った
ことで一つ一つのイベントがより深いものとなった。今回の旅に参加できてよかったと心から思う。
旅の途中からこの旅で関わった全ての人々への感謝の気持ちがあふれてとまらなかった。
特に私たちのために労力を惜しまず動いてくださった井上さん、快適な生活を送らせてくださったグプ
タ家のみなさん、参加者のみなさんには心からお礼を申し上げたいです。
そしてこの旅を支えてくださった風に立つライオンのみなさん、本当にありがとうございました。この
体験をたくさんの人に知って欲しい、できればもっとたくさんの人に実際に体験して欲しい。これから
は風に立つライオンの旅OBとして支える側となり、自身は心ある医師を目指すことで恩返しをしたい
と思います。