「アジアの風・中東の嵐」 第 6 回ロシア東岸 東進するロシア、極東・シベリア開発の展望、石油天然ガス開発で日露がスクラム ロシアが東に向かって走り始めている。国土の約 6 割を占める東シベリア・極東地域 の開発に力を注いでいる。とくにウラジオストクに大きな脚光が当り、その周辺には日 本、中国、韓国などの巨大経済圏が広がり、GDP合計がロシアの約 8 倍の巨大市場が 眠っている。昨年 5 月に大統領に復活したプーチン氏は 60 歳、日本との間の「ノドに 刺さった棘(とげ)」ともいえる北方領土返還問題の解決に意欲的といわれ、この問題を めぐって本年 2 月には森喜朗(もり・よしろう)元首相が日本政府特使としてモスクワ 入りして、プーチン大統領と会談する予定だ。既に 3 島返還により北方領土問題の暫定 的な解決を図り、日露平和条約締結後に、ロシア東岸地域開発に日露両政府がスクラム を組むという構想(案)が動き始めている。日本にとってロシアは極東地域で、中国に とって代わる巨大な経済パートナーとなる機運が高まっている。 「10 年後には、日本の大学、日本語専門学校で学ぶロシア人留学生数は飛躍的に増 えているでしょう。遠からず、中国を抜いて第 1 位になる日が来るかも・・・。日本に とって、これまでロシアは、‘知らなすぎた隣人’でしたが、西部開拓時代の米本土西 部地域のように、極東ロシア地域開発は、日本にゴールド・ラッシュのようなチャンス と巨大な富をもたらすでしょう。日露関係の未来には無限の可能性が広がり、日本にと って世界的に見て、これほどのチャンスをもたらす地域は、他には見当たりません」と、 在ウラジオストクの日本人商社員は語った。 ◎「ロシア嫌い」は、もう古い 日本人にとって、ロシアは中国、韓国とは真逆の歴史的関係にある。日本から見て中 国は、旧満州国統治と第 2 次世界大戦における侵略戦争、韓国は朝鮮併合――の歴史の 負い目をそれぞれ背負い、加害者的立場に置かれ、日本はことごとく非難・糾弾の矢面 に立たされてきた。 一方、日本から見てロシアは、日本人(抑留者 60 万人以上、死者 7 万人)シベリア 強制連行=抑留、北方領土 4 島(歯舞、色丹、国後、択捉)のロシアによる略奪の歴史 から、日本側が被害者的立場に立ち続け、日本人が「ロシアを非難・糾弾して当然」と いう国民感情を育んできた経緯がある。 このため、日本及び日本人は、バルチック艦隊撃破と二百三高地制圧を成し遂げた日 露戦争勝利の偉業(1905 年)にいまだに酔いしれ、長い間の米ソ冷戦時代の苦労も手 伝って、「ロシア嫌い」を引きずって今日に至っている。 この歪んだ世界観と国民感情は、もはや古い外套のように役に立たなくなったことを、 日本人は知らなければならない。米ソ冷戦終結後の世界の大変化は、まず今日のロシア の変貌速度に如実に現れており、日本は新しい国際環境の変化を敏感に捉えて、果敢に 行動しなければならない。 ロシアを敵と見ず、友人として捉え直し、良き経済パートナーとして共存共栄の道を 模索すべき時が、熟しているのだ。 もし、あなたがロシア人だったら、世界がどう見えるかを考えて欲しい。 現在のロシアの人口は 1 億 4306 万人(2012 年 1 月現在)、これは旧ソ連時代の 2 億 8862 万人(1990 年 1 月)と比べて、ほぼ半分である。領土の広さは 1707 万平方キロと 日本の 45 倍、米国の 1・8 倍強あり、旧ソ連時代の 2240 万平方キロと比べて、国土が 24%も減った。それでも今もなお、広大な国土に加えて、核兵器所有では米国を除けば 世界最大の質・量を誇る軍事大国である。 ロシア人にとって、将来に向けて誇るべきものは、以下の3つである。 ◎埋蔵量=天然ガスは世界 1 位、石油は 2 位 第 1 は、豊富な石油・天然ガス埋蔵量だ。ロシア産石油の確認埋蔵量は 744 億バレル で世界 7 位、世界の 5・6%を占めている。天然ガスの確認埋蔵量は 1580 兆 8000 億立 方フィートで、世界の 24%を占め世界 1 位である。これは 2 位のイラン(16%)、3 位 のカタール(14%)を大きく上回っている。 なお、生産量は 2011 年に、石油が1日当り 1028 万バレルと世界 2 位のシェア(12・ 8%)を占める。1 位のサウジは、日量 1116 万 1000 バレル、シェアは 13・2%だ。一方、 天然ガスの生産量は、2011 年に年 6070 億立方メートルと世界 2 位、シェア 18・5%だ った。 第 2 は、シベリア鉄道の輸送拡大の可能性と影響力の計り知れない大きさである。将 来は、モスクワとロシア東岸を結ぶシベリア鉄道に、日本の新幹線を走らせることに、 プーチン大統領自らが並々ならぬ意欲を持っているとされる。旅客と貨物の双方でのシ ベリア鉄道増強は、日本に巨大な富をもたらすだろう。とくに、ロシア東岸を出発した 鉄道貨物がモスクワを経由して欧州全域と結ばれ、さらに日露間に海底地下トンネルを 掘れば、鉄道貨物によって、欧州がロシアを経由して日本と直結されることも夢ではな くなる。そのメリットは計り知れないのだ。 第 3 は、シベリア東部と極東地域への石油・天然ガス・パイプラインの敷設及び搬入、 同地域の石油・天然ガス開発――の規模の大きさである。日本との共同事業により、日 露双方がその恩恵を受けることになる。 ◎拡大するロシア経済 ロシアの政治と経済の現状を早足で見ていこう。 まず、経済を考える。 ロシアのGDPは、2011 年は 54 兆 6000 億ルーブル(1 ドル=32・45 ルーブル) 。輸 出は 5220 億ドル、輸入は 3232 億ドル。輸出品は、石油、石油製品、天然ガス、鉄鋼、 機械・設備など、輸入品は、機械・設備、自動車、食料品、医薬品など。 主な貿易相手国は、上位から中国、ドイツ、オランダ、ウクライナ、イタリア、ベラ ルーシ、トルコ、米国、日本、フランス、ポーランドの順である。 ロシアはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の新興大国 4 カ国の一員と 見なされてきたが、そもそも近代化へのスタートが早かった。 豊かさを示す国民 1 人当りのGDPでは、ロシア 1 万 0440 ドルに対して、中国 4434 ドル、ブラジル 1 万 0801 ドル、インド 1460 ドルであり、ロシアは後発の中国、インド を大きく引き離している。米ソ冷戦時代から、航空・宇宙、原子力などの軍事技術を開 発し続け、機械・化学部門での世界レベルの基礎研究・応用開発を行ってきた。こうし て、世界の理科系学生が第二外国語としてロシア語を選択することも少なくなかったの である。 ◎過去最高の 300 億ドル超の日露貿易額 日本のロシア経済に占める割合は、嘗てなく増大している。日本の貿易統計をドル換 算すると、 2011 年の日本からロシアへの輸出額は、前年比 47%増の 118 億 0142 万ドル、 輸入額は同 17・9%増の 189 億 7135 万ドルであり、貿易額は 300 億ドルを超えて過去 最高を記録した。 輸出増のバネになったのは、乗用車で前年比 34・7%増の 40 万 3196 台、このうち中 古車は 9 万 9016 台だった。輸入では、液化天然ガス(LNG)が対前年比 18・1%増 の 712 万 5000 トン、金額では同 80%増の 47 億 4000 万ドル。 一方、ロシアからの放射線測定器の輸入台数は、2010 年の 1435 台から、2011 年には 4 万 4824 台となり、東日本大震災による東電福島第 1 原発停止を受けて、大幅増とな った。また日本財務省統計によると、2011 年の日本からロシアへの直接投資額は、3 億 3900 万ドルだった。 ロシア経済は、米ソ冷戦終結後(2001 年)、堅調に推移したが、米リーマンショック の影響を受けて 2008 年に成長率がマイナス 7・8%と低迷したものの、2011 年にはプラ ス 4・3%と過去のピーク時の 2008 年水準まで回復している。 次に政治を考える。 ◎プーチン大統領と側近たち 現在のロシアで最も重要な人物は、プーチン大統領である。北方領土返還はプーチン 大統領以外の人物が行うと「首が飛ぶ」といわれる。「プーチンは、スターリンやレー ニン以上の権力(政治と経済)を手に入れた」(ロシア・ウオッチャー)といわれる。 まさに、プーチン大統領のみが返還を実現・達成できる政治力を備えている。 「プーチン氏が政治権力の頂点にいるうちに日本政府が北方領土交渉を行い、平和条約 締結にこぎつけないと、日本に北方領土は永遠に戻って来ないだろう」 (日本外務省筋) ともいわれる。 北方領土返還実現は、今をおいてチャンスはないのである。プーチン大統領とその側 近たち(シロヴィキ)が、返還の帰趨を握っているのだ。 ◎11 年後まで大統領職に座るプーチン氏、 その後も 12 年間の院政も!? プーチン氏は 1952 年 10 月 7 日、レニングラード生まれ、60 歳。KGB職員となり、 旧東ドイツでKGBエージェントとして暗躍。エリツィン元ロシア大統領の知遇を得て、 1999 年 8 月に第 1 副首相に抜擢されて政治力をつけていった。 2000-2004 年と、2004-2008 年、大統領を 2 期務めた。その後、首相の後、昨年(2012 年)5 月 7 日、選挙を経て大統領に復活(3 期目)した。 憲法を改正して大統領職を 2 年延ばして1期 6 年、通算 2 期 12 年を上限と定めた。 このため、プーチン氏は今後、大統領職を 2 期 12 年間務めた場合、11 年後の 71 歳 になる 2024 年 5 月まで大統領職にあり、さらに続いて首相を 2 期務めれば、2036 年の 83 歳まで院政を敷けることになる。 長いプーチン時代は、まだまだ道半ばなのである。 ◎セーチン氏の巨大な経済権益 プーチン大統領には取り巻き新興財閥(オルガルヒ)がおり、その上位にKGB元職 員で固めた側近(シロヴィキ)が君臨している。シロヴィキとは、治安・国防機関出身 者で、一大政治勢力を構成している。 プーチン時代は 3 期目に入り、シロヴィキの影響力は嘗てなく巨大になっている。そ の中核部隊は、旧 KGB 傘下のロシア連邦保安庁(FSB=特殊部隊と国境警備隊を統括)、 内務省(民警=ミリーツィヤ、国内軍を統括)、国防省(連邦軍)などで構成されている。 この人脈に連なるのが、セーチン元副首相▽イワノフ連邦麻薬取締庁長官▽パトルシ ェフ・ロシア連邦安全保障会議書記▽ヌルガリエフ内相――などである。 この中で、出世筆頭格は、プーチン氏の側近中の側近といわれるイーゴリ・セーチン 氏だ。1960 年 9 月生まれの 52 歳。軍通訳として仏語、ポルトガル語に堪能で、サンク トペテルブルク(旧レニングラード)市でプーチン第一副市長(当時)の個人秘書とな り、のし上がっていく。 大統領からエネルギー担当副首相に任命され、現在はロシア最大の国営石油会社であ るロスネフチ社長に転出。国営持株会社である国営ロスネフチ・ガス会長を兼任してい る。同ガス会長として、ロスネフチ株の 75%、ロスネフチ・ガス株の 10%強をそれぞ れ保有。セーチン氏はロシア政府閣僚も干渉できないほどの強力な権限を保持している といわれる。 プーチン大統領が目玉にしようとしているのが、極東・東シベリア開発だ。極東開発 省を新設し、東シベリア・極東社会経済発展促進策を作成、本格的に動き出している。 ◎東進するロシア=極東・東シベリア開発の展望 ロシア極東地域と隣接する東シベリア地域には豊富な天然資源が眠っている。 1990 年後半から外資系企業も出資するサハリン沖油田・ガス田開発プロジェクト(サ ハリン1・2)が着手された。2000 年代からは、東シベリアと太平洋沿岸を結ぶ「東 シベリア・太平洋石油パイプライン(ESPO) 」が建設されて、2009 年末から東シベ リア産の原油がアジア諸国や米国に出荷され始めた。 昨年(2012 年)9 月にウラジオストク市で開催されたAPEC首脳会議には、ロシア 政府は並々ならぬ力を注いだ。その準備のため 6800 億ルーブル(212 億ドル)を投入 し、インフラ整備を進めた。とくにサハリンからウラジオストクを結ぶガス・パイプラ インを敷設、市郊外に新空港ターミナル、大橋、道路を建設した。ウラジオストクは、 ロシアの「東玄関」として整備が進められ、アジア地域の技術と資金を呼び込むための 基地の役割を演じることになった。 ◎日本の中東依存度を押し下げたロシア原油 極東地域から日本へのロシア原油の新たな搬出は、日本の中東依存度を劇的に押し下 げている。 2009 年末からは、サハリンに続いてナオトカから日本へ原油がタンカーにより積み 出されており、輸出量は月 130 万トン、その 3 割は日本に向けである。 ロシア原油の日本の輸入量は、2006 年までは全体の 1%程度だったが、東シベリアか ら日本への原油積み出しが開始された後の 2010 年には 7%程度を占めるようになり、 今後も上昇する勢いだ。 原油の中東依存度が高すぎることは日本のエネルギー問題のアキレス腱であり続け たが、ロシア産原油の輸入増大により、この問題に活路が開かれつつあることは、大変 に喜ばしく、この見地からもロシアとの友好関係を追求する意義が高い。 ◎機が熟した北方領土返還交渉 日露間の懸案である北方領土返還交渉も打開を目指す動きが出つつある。 2012 年 3 月 1 日、プーチン氏は世界主要メディアとの懇談の席上、日露関係につい て「引き分け」と「始め」という柔道用語を使いながら、北方領土問題を「最終決着さ せたい」との意思表明を行った。この後の 2012 年 7 月 3 日、メドヴェージェフ首相が 2010 年に続いて国後島を訪問し、物議を醸した。 こうした中、本年(2013 年)1 月 8 日、産経新聞 1 面で、ロシア政府が北方領土問題 で、平和条約締結前の歯舞群島・色丹島の返還と、その後の国後・択捉両島の返還に含 みを持たせた提案を、1992 年に秘密裏に行っていたとの暴露報道が伝えられた。東郷 和彦・元外務省欧亜局長が証言したもの。ロシア提案の詳細が明らかになったのは、初 めてだった。 この報道を受けて、森喜朗・元首相は本年(2013 年)1 月 9 日、BSフジ報道番組に 出演、「現実的なことを考えた方が良い」として歯舞・色丹・国後の 3 島を日本領、残 る択捉島をロシア領とする私案を披露しつつ、プーチン氏がこの問題で「引き分け」と 語ったことについて、「単純に線を引けば、これが一番いい」と述べ、政府関係者とし て非公式ながら、初めて 3 島返還による解決模索に言及した。 最終的な「落とし所」として、歯舞・色丹の 2 島返還か、歯舞・色丹・国後の 3 島返 還かのいずれかが現実味を帯びつつあり、決着に向けた動きが加速することになる。 日露関係はこれまで、負の歴史の積み重ねだった。しかし、北方領土返還が実現して 平和条約締結となれば、日露関係の黄金時代の幕開けとなる。両国が初めて正の歴史を 構築することに道が拓かれ、日露協力により東シベリア・極東地域開発が本格化する。 現在、ロシアの在留邦人は 2326 人(2011 年 11 月現在) 。ジャパンクラブ(在モスク ワ日本商工会とモスクワ日本人会で構成)の加盟企業・団体 192 社。 ウラジオストク駐在の日本商社員は、「嘗ての最大の敵は、平和時には最大の味方に なる。日露関係が負のエネルギーから正のエネルギーに転換する意義は大きい。遠から ず、両国の協力により日本―ロシア―欧州が、海底トンネルを経由して貨物列車で結ば れる時代が来るだろう。また、北極海を経由する船舶輸送も、地球温暖化に伴い、北極 海を覆う海氷の面積減少を受けて、大きく拡大する方向が見えている。最大の関心事は、 貨車輸送面から見たシベリア鉄道開発の将来だ。また、旅客用にシベリア鉄道全線での、 日本の新幹線導入も夢ではない。こうして、日本に学ぶロシア留学生数は大きく増える ことになり、その価値は高まるだろう」と指摘する。 日露関係の未来は明るく、想像するだけで楽しくなるのである。 (JaLSA 主任研究員、元産経新聞バンコク支局長、埼玉県参与、牛久保順一)
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