No.28 - 神奈川県立湘南養護学校

<第 28 号>平成 28 年 9 月 7 日
湘南養護学校 支援連携部
相談支援係―教師編―
~校内の風景より~
高等部では卒業後の就労を見据えた指導の一環で、
“メモを取る”スキルの向上を目指した授業が行わ
れています。就労先からとても求められるスキルで、生徒たちにとって、このメモを取るという作業は
なかなか難しいこともあるようです。生徒たちがとても楽しみながら集中して取り組んでいた授業があ
りましたので、ご紹介します。
授業:「説明を聞いてやってみよう」
課題1
生徒には白紙が配られます。そして、これから言われた通りに紙に書いていくことが教示されます。
教示の内容は以下のようなものです。
① 「真ん中に大きな丸を描いてください。
」
② 「丸の中に、横並びに 3 つの丸を描いてください。
」
③ 「3 つの丸のうち、真ん中の丸の上に縦長の楕円を 2 つ並べて描いてください。
」
④ 「3 つの丸のうち、真ん中の丸の下に横線を 1 本描いてください。何ができましたか?」
さあ、一体何が出来上がるでしょうか。答えはある有名なあんぱんをモチーフにしたアニメのキャラ
クターです。
こうした課題をいくつか出してみると、意外と生徒たちが苦戦することが分かります。例えば、左右
を間違えて形を配置してしまったり、大きさのバランスが悪かったりなど。また、上の問題の場合、あ
る程度のところになると教示を聞かなくても答えが分かってくるのですが、ほぼ形としてはできあがっ
ていても、
「これ何?」とイメージすることが弱い生徒もいました。一方、教示に従って描いているつも
りが、その過程では間違いが多く見られている生徒もいましたが、この生徒の場合、作成していきなが
ら全体をイメージする力で修正を加え、完成の段階ではほぼ正解となっていました。おそらく、完成型
イメージできたので、教示に頼らず正答を導き出したのでしょう。これも1つの生きる力だ!と感動し
ましたが、授業を行っていた先生によると、
「正答誤答に限らず、そのプロセスを見ることで生徒がどの
ような方略を使って課題に取り組んでいるのかが分かります。」とのことでした。
課題 2
◎
生徒には右のようなマス目の入った用紙が配られます。そし
て、◎のところをスタート地点として、次のような教示をしま
す。
① 「右に 2 マス進んでください。次に下に 1 マス進んだと
ころを青で塗りつぶしてください。
」
△
② 「右に 7 マス進んでください。次に、下に 4 マス進んでください。そして、左に 2 マス進んだと
ころに△を書いてください。」
この課題でも、途中で何マス自分が進んでいたか分からなくなったり、上下左右の位置を考えている
間に「何マスだっけ?」と忘れてしまったり四苦八苦している様子が見られました。
授業後、授業担当の 2 名の先生からこのプログラムについて詳しくお話を伺うことができました。
・きっかけとねらい
生徒にメモを取ることを指導したときに、生徒たちが思いのほか苦戦している様子があったので、ゲ
ーム感覚で楽しく取り組めるものにしたそうです。確かに、楽しめるような工夫があり、作業のプロセ
スは視覚的になっていることで、生徒らはとても集中して取り組んでいました。集中できるような工夫
は、あらゆる授業において最も重要なことだと思います。
・工夫した点
“聞いてやってみる”ことは、聴覚的な短期記憶の力を使います。合わせて、今回の課題では視覚・
空間的な位置関係を理解する力も活用することで、
「右に 3 マス進んで、下に…」のように言語理解とそ
の一時的な記憶、そして空間処理を同時に行うという脳のワーキングメモリ機能を活用したそうです。
・ワーキングメモリが注目される理由
このプログラムをひらめいた S 先生は、次のようにも話をされていました。
ワーキングメモリは、私たちのあらゆる知的活動(言語理解、学習、推論、意
思決定など)を支える認知機能のことで、注意のコントロールや抑制機能とも関
係し、計画的に物事を実行することの困難や衝動性の問題が関係していることが
指摘されています。
今回の取り組みは、ワーキングメモリの向上を図ることで、実は行動抑制機能
の向上も期待しているんです。海外では、こうした認知トレーニングが市販され
ているものもあるようですが、日本ではまだまだみたいなんですよ。
ワーキングメモリを司る認知機能の向上を目指したトレーニングとしては、医療少年院での実践をも
とに開発されたコグトレ(宮口、2015)があります(コグトレ
みる・きく・想像するための認知機
能強化トレーニング 宮口幸治 三輪書店)
。こちらも今回ご紹介したプログラムと同様のプログラムが
たくさん紹介されています。プリントアウトしてすぐに活用できるドリル形式のプリントがたくさんあ
りますので、ご覧になりたい方は各学部の相談コーディネーターにお問い合わせください。
また、この実践でさらにポイントとなる点を M 先生に教えていただきました。
見通しをもってこうした取り組みを行うことが大切だと思っています。そこ
で、校内研究でも活用する下表を作成して取り組むようにしたんです。
さまざまな認知トレーニングが研究されていて、まだまだ整理されていない
現状ではあるようですが、ねらいの明確化、そしてプログラムの段階を整理す
ることが、1 つの実証的な成果につながると私たちは考えているんです。
身に着けさ
せたい力
Ⅰ段階
知る、実態把握
Ⅱ段階
整理、練習
Ⅲ段階
広げる、表出、
応用、実体験
白紙にメモを取る
ねらい
・指示を読んで行動する 項目枠のある用紙
仕事(実習)に必
・聞いて行動する
に書く
要な力をつける。
他の学校での実践として、集会での校長先生の話、生活指導の話などをメモするなどして、教室に戻
メモを取る
ってからどのような話がなされたか確認するという取り組みを見たことがあります。メモを取ることは
企業から求められることを考えると、現実的にも重要なスキルであることを改めて認識しました。
また、発達障害児への行動改善と言えば、薬物療法や行動療法(応用行動分析)が中心だと思ってい
たのですが、研究熱心なお二人の熱い話をお聞きして、前頭前野の実行機能の不全を改善することに焦
点を当てた認知トレーニングが今後は主流になってくるのかもしれないと思いました。今後の成果が大
変期待される実践だと思います。