本文 - J

告
報
術
技
成形加工時の材料置換の挙動に関する一考察
脇 田 直 樹*
1.緒
言
射出成形や押出成形などプラスチックの成形加工におい
て,色替えや材料の切り替えは,生産コストや成形品の品
質に大きな影響を与えるため,非常に重要なプロセスであ
る.迅速な色替え,材料替えを可能にするプラスチック,
いわゆる成形加工機用洗浄剤あるいはパージ剤は,1
9
8
0
年頃に登場し1),2),1
9
9
0年頃には国産品も数多く上市され,
その後,材料ロスの削減効果や不良率の低減効果などが市
場で認められ,成形加工業者の間で広く普及した.パージ
剤のメーカーの数も増え続け,現在インターネット上に日
本語のホームページを持ち広告宣伝を行っているメーカー
は,2
0をはるかに超えている.
しかし,そのように普及したパージ剤だが,その作用機
構に関しては,一部のメーカーが広告記事を商業誌に掲載
しているだけで,専門誌に論文,技術報告の形でまとめら
れたものはほとんどない.
Botros3)は,市販のパージ剤の性能を評価した結果をま
とめ,またパージ剤の作用機構を,flushing(洗い流し)
,
scouring(こすり落とし)
,penetration(浸透)
,chemical
reaction(化学反応)などに分類して説明しているが,何
らの実験データも科学的な論拠も提示していない.Schmiederer ら4)は,パージの条件を変えた場合の洗浄結果への
影響をまとめ,その原因としてモルフォロジーの変化や発
泡の影響を指摘しているが,推測にとどまり,やはり根拠
となるデータは示されていない.パージ剤ではなく,通常
の成形用樹脂による色替えでは,岩脇ら5)が,円管内で同
種の樹脂が置き換わる様子を実験的に観察し,内壁に接す
る樹脂はスティックスリップ的にすべって置換されるのだ
と推測している.Rauwendaal6)は,同種の樹脂の置換のさ
れ方に対する粘度特性の影響などを計算で求めている.一
般に,射出成形における色替え,材料替えでは,パージの
対象となる樹脂(前材)よりも高粘度の樹脂でパージする
*
18
Wakita, Naoki
ダイセルポリマー
技術開発センター
1
2
3)
姫路市広畑区富士町12(〒67
1―1
[email protected]
2
01
1.
8.
8受理
と効率的であることが知られている7)が,粘度差と低減で
きる樹脂量の関係など,定量的な比較が紹介されることは
ない.
伊藤は,パージ剤メーカーの立場から,成形機内の「洗
浄」の考え方をまとめており8),その中で,パージする樹
脂とパージされる樹脂の組み合わせによって,置換速度に
大きな差異があることを指摘し,その原因を,樹脂の成形
温度の違いや「金属接着性」に求めている.しかし,本来
固体に対して用いる「接着」という用語を,液体である溶
融樹脂に対して用いるなど,経験的な理解の範囲にとど
まっている.
液体と固体の界面においては,「ぬれ」の考え方を適用
することが一般的であり,洗浄,あるいは界面活性剤を取
り扱う専門分野においては,界面活性剤により界面張力が
変化し,対象物のぬれやすさが変化する,といった考え方
が広く受け入れられている9)が,成形加工機用洗浄剤に関
しては,「洗浄」という言葉が使用されているにもかかわ
らず,何故かぬれの考え方で議論されることはなかった.
そこで本稿では,プラスチック成形加工時の材料置換の
挙動をより工学的に理解することを目的として,このぬれ
の考え方を導入することを提案する.具体的には,ポリプ
ロピレンとアクリロニトリル・スチレン共重合体を用いた
材料替えにおいて,材料を入れ替えた場合にパージの挙動
が異なるという実験結果を示し,ぬれの考え方を適用する
ことで,この実験結果を説明できることを示す.
2.実 験 方 法
2.
1 材料
樹脂としては,ポリプロピレン(サンアロマー株式会社
製 PL4
0
0A,以下 PP と略す)とスチレン―アクリロニ
トリル共重合体(ダイセルポリマー株式会社製0
5
0SF,
以下 SAN と略す)を使用した.図 1,2 に,東洋精機
製キャピログラフ1B を用いて,L/D=4
0/1のキャピラ
リーで測定したみかけのせん断粘度を示す.PP は SAN
と比べて温度依存性が小さいが,2
3
0℃ での粘度曲線はほ
ぼ一致した.
パージの対象となる樹脂,いわゆる前材として使用する
場合にはカーボンブラック0.
5% で黒に着色し,パージす
成形加工 第 24 巻 第 1 号 2012
表1 樹脂/界面活性剤ブレンドの配合
SAN/界面活性剤
SAN
PP
界面活性剤
PP/界面活性剤
9
7
9
7
3
3
表2 TEM 観察に使用したブレンドの配合比
サンプル
1
SAN
PP
界面活性剤
9
0 9
0 1
0 1
0
1
0 1
0 9
0 9
0
3
3
2
3
4
図1 SAN のみかけのせん断粘度
3.実験結果および考察
図2 PP のみかけのせん断粘度
る樹脂として使用する場合には無着色で使用した.
界面活性剤の効果を検証する実験においては,界面活性
剤としては,α―オレフィン(C1
4―C1
8)スルホン酸ナト
1
0)
リウム(ライオン株式会社製リポラン PB―8
0
0)
を使用し,
東芝機械製同方向回転型二軸スクリュー押出機 TEM―3
5
B を用いて,表1の比率,シリンダー温度2
3
0℃ の設定で
これらを溶融混合したものを使用した.
2.
2 パージ実験
パージ(材料替え)の実験には,三菱重工業製射出成形
機 IS―1
0
0を用いた.黒に着色した前材で1
2
0×1
2
0×2mm
の平板を1
0枚成形し,ノズルを金型から離して前材を十
分に排出した後,パージ用の樹脂を投入して,ノズルを金
型から離したまま樹脂を排出する,いわゆるエアショット
の方法で,計量と射出の操作を繰り返した.パージ(エア
ショット)の際の機械の条件は,シリンダー温度2
3
0℃,
スクリュー回転数6
0%,背圧1
0%,計量3
0mm,射出圧,
射出速度は共に9
9% に設定した.前材の黒色が出なくなっ
た時点を目視で判断し,それをパージの終了点とした.
2.
3 混合実験とブレンド中の分散性の評価
界面活性剤による界面張力の低下効果を確認する目的で,
SAN と PP を溶融混合したブレンドと,これに界面活性
剤を添加したものの分散粒径を比較した.溶融混合は,表
2に示した混合比で,東芝機械製同方向回転型二軸スク
リュー押出機 TEM―3
5B を用いて,設定温度2
3
0℃ で行っ
た.得られた溶融混合物を2
3
0℃ でプレス成形し,超薄切
片を切り出して,JEOL 社製 JEM―1
2
0
0EX を用いて無染
色での TEM 画像を得,各ブレンドの分散状態を観察した.
Seikei―Kakou Vol. 24
No. 1
2012
3.
1 SANによるPPのパージ,PPによるSANのパージ
まず,SAN による PP のパージと,PP による SAN の
パージを行った.
SAN で PP をパージする場合は,1
6ショットでパージ
が終了し,排出された樹脂量は48
0g であった.図3に,
排出された SAN の様子を示す(左上から右へ順番に,排
出された樹脂を並べた様子,1塊は2ショット分)
.
これに対し,PP で SAN をパージする場合には,排出
される PP は6
0ショット程度でほぼ透明になったが,中
央 部 に 黒 ス ジ が 残 る と い う 結 果 を 得 た.そ の ま ま1
2
1
ショットまでパージを継続しても,この黒スジは消えな
かったので,ここでパージ作業を中止した.1
2
0ショット
までに排出された樹脂量は2
8
8
0g であった.図4に,12
1
ショット目に排出された PP 樹脂の中央部に黒スジが残っ
ている様子を,図5に,1
2
0ショットまでの排出された PP
を示す(図3と同様に左上から右へ順番に,排出された樹
脂を並べた様子,ただし一塊は3ショット分)
.
図5で,PP で1
2
0ショットまでパージした後,SAN に
切り替えてパージを継続すると,排出される SAN が黒く
なったことから,黒色の SAN が成形機内に残留している
ことが確認された.また,図5と全く同じ手順で,PP で
SAN をパージした後にスクリューを抜いて様子を観察し
たところ,スクリューのメータリング・ゾーンに黒い樹脂
が残留していること,また,ホッパー下や圧縮ゾーンなど
には残留はないことが確認された.一方,同様に,PP を
SAN でパージした後に PP に切り替えてパージを継続し
ても黒色は排出されず,またスクリューを抜いても黒色樹
脂の残留は観察されなかった.
以上の結果,PP と SAN とでは,互いにパージする場
合の排出力に大きな差があることがわかった.すなわち,
PP を SAN でパージする場合には,少量の SAN でパージ
が終了したのに対し,SAN を PP でパージする場合は,
多量の PP を使用しても SAN を完全に排出することがで
きなかった.
ここでの,樹脂による排出性の違いは,2種の樹脂の粘
度特性が2
3
0℃ を中心にしてほぼ同等であることから,流
動性に起因するものでないといえる.
あるいは,SAN と金属間に共有結合などの化学結合が
生じるために PP で SAN が排出できないという可能性が
考えられる.樹脂と金属間に生じる強固な化学結合につい
19
ては,酸塩基反応に基づいたメカニズムなどが研究されて
いるが11),それらは特殊な環境下で発生する化学反応であ
り,溶融状態の SAN が金属に接触しただけで強固な化学
結合が生じるとは考えにくい.SAN―金属間に化学結合が
生じて,PP が SAN を排出できない,という可能性は排
除してよいと考える.
3.
2 ぬれの考え方の適用
そこで,スクリューやバレルを構成している金属と,
2種
の樹脂との間に存在する界面張力に着目して説明を試みる.
固体 表面上に液体 を置き,その周囲に液体 が存在
する場合の界面張力において,固体表面に平行な成分のバ
ランスは,式 の Young の式で表現されることが知られ
ている12).図6に,この Young の式を図で表現した模式
図を示す.
γ2,3 cosθ = γ3,1− γ1,2
ここで, γ i,j は,固体または液体(i)
―(j)
間の界面張力, θ
は接触角(1―2界面と2―3界面とが形成する角度)である.
液体 が空気の場合, γ2,3 は液体 の表面張力と呼ばれ,
接触角が小さいほど固体 と液体 はぬれやすい,接触角
が大きいほどぬれにくいと判断される.
PP および SAN のパージ実験においても,両樹脂が十
分に溶融している状態であれば,シリンダーやバレル表面
近傍では,式 の関係は成立するはずである.PP で SAN
をパージする場合は,初めは SAN がスクリューやバレル
に接触しているので,液体 を SAN,液体 を PP と置
くことができる.SAN で PP をパージする場合には,こ
れが逆になる.
ここで,式 を cosθ に関して整理しなおすと,式 を
得る.
図3 SAN でパージした PP の樹脂塊(1塊は2ショット
分)
/ γ2,3
cosθ =( γ3,1− γ1,2)
式 において, γ i,j= γ j,i であるので, γ3,1≠ γ1,2 であれば,
液体 , を入れ替えると,左辺の cosθ の正負が逆転す
図4 排出された PP 塊中の黒スジ
図6 Young の式の模式図
図5 PP でパージした SAN の樹脂塊(1塊は3ショット分)
20
成形加工 第 24 巻 第 1 号 2012
ることがわかる.つまり,パージする樹脂とパージされる
樹脂とで,樹脂が入れ替わるとぬれやすさが逆転すること
になる.
PP は極性基を全く持たない非極性の樹脂であり,SAN
はアクリロニトリル基を有し極性を持つ樹脂である13).金
属と樹脂との間の界面張力を正確に求めることは非常に困
難だが,金属表面は親水的(hydrophilic)に振舞うため14),
定性的には, γ SAN,1< γ PP,1 であることはあきらかである.
以上より,固体表面に存在する SAN と PP の関係は,
図7に示すように,PP の周りに SAN が存在する場合に
は cosθ <0
( θ >9
0°
)
,SAN の周りに PP が存在する場合
には cosθ >0
( θ <9
0°
)
,となる. θ >9
0°は付着ぬれの状
態であり,SAN に取り囲まれた PP は金属表面に広がる
ことはなく,容易に除去できるが, θ <9
0°の場合は浸透
ぬれの状態であり,PP に取り囲まれた SAN は容易に除
去できない.この結果として,SAN は PP を排出しやす
く PP は SAN を排出しにくい,という排出性の違いが生
じたものと考えられる.
3.
3 界面活性剤の作用
次に,パージする樹脂に界面活性剤が配合された場合,
パージの性能がどのように変化するかについて検討した.
まず,界面活性剤の界面活性効果を確認するため,SAN
/PP ブレンドと,これに界面活性剤を加えたものの,分散
状態を比較した.図8には,SAN/PP ブレンドの分散状
態を,図9には,それに界面活性剤を 3% 添加したもの
の分散状態を示す.図8と図9とを比較すると,図9の方
が分散が細かくなっていることがわかる.
(a) SAN で PP をパージする場合
ポリマーブレンドの分散粒径は,界面張力,構成する各
樹脂の粘度,系に加えられるせん断力で決定される.もし
分散粒径の変化が粘度の変化によるものであるなら,構成
樹脂のドメイン/マトリクスを逆転させれば,一方では分
散は細かくなり,一方では分散は粗くなるはずである.図
8,9 では,PP,SAN いずれがマトリクスの場合におい
ても,分散が細かくなっているので,界面活性剤が SAN
と PP の間の界面張力を小さくしたために分散も細かく
なったと判断できる.
SAN および PP に,界面活性剤をそれぞれ 3% 添加し
た樹脂を用いてパージの実験を行った.SAN/界面活性剤
ブレンドで PP をパージする場合は,1
2ショットでパージ
が終了し,排出された樹脂量は3
6
0g だった.PP/界面活
性剤ブレンドで SAN をパージする場合は,4
5ショットで
パージした樹脂は白くなり,それまでに排出された樹脂量
は1
1
6
0g だった.ただし,PP/界面活性剤ブレンドは,PP
単体とは異なり白色で不透明だったため,これで SAN を
パージした場合,中央部に黒スジが残っているかどうかは
目視では確認できなかった.また,PP でのパージ終了後
に SAN を,SAN でのパージ終了後に PP を流したところ,
界面活性剤無添加の場合と同様,PP でのパージ終了後に
SAN を流した場合は黒色が排出され,SAN でのパージ終
了後に PP を流した場合には黒色は出てこなかった.排出
した樹脂の様子を図1
0,1
1に示す(図 3,5 と同様に左
上から右へ順番に,排出された樹脂を並べた様子,ただし
図1
0は一塊は2ショット分で図1
1は3ショット分)
.
パージ終了までに必要としたショット数と排出した樹脂
(b) PP で SAN をパージする場合
図7 SAN,PP,金属間の界面張力のバランスを示した模式図
(a) SAN/PP=9
0/1
0
(b) SAN/PP=1
0/9
0
図8 SAN/PP ブレンドの TEM 観察像
Seikei―Kakou Vol. 24
No. 1
2012
21
(a) SAN/PP/界面活性剤=9
0/1
0/3
(b) SAN/PP/界面活性剤=1
0/9
0/3
図9 SAN/PP/界面活性剤ブレンドの TEM 観察像
の重量,パージ後の残留の有無を表3にまとめる.SAN
に界面活性剤を添加すると,添加しない場合よりも,少な
いショット数,樹脂量でパージが終了し,PP に界面活性
剤を添加すると,添加しない場合より少ない量で全体が白
くはなったが,添加する場合,しない場合,いずれも完全
に SAN を排出することができない,という結果を得た.
この結果も,ぬれの考え方を適用することで説明できる.
図7 SAN で PP をパージする場合に対し,SAN に界面
活性剤を添加すると,γ metal,SAN,γ PP,SAN が小さくなるが,γ metal,pp
は変化しない.このため,3つの力がバランスを保つため
には,接触角 θ が大きくならなければならず,この結果
として,PP は,界面活性剤を添加しない場合よりも金属
から取れやすくなることになる.
一方,図7 PP で SAN をパージする場合,PP に界面
活性剤を添加すると,同様に, γ metal,PP と γ PP,SAN が小さくな
り, γ metal,SAN は変化しない.接 触 角 θ は, γ metal,PP と γ PP,SAN
の変化の仕方により大きくも小さくもなりうるが,少なく
とも,金属―PP 間の界面張力が γ metal,SAN よりも小さくな
らないと,9
0°を超えることはないことがわかる.今回使
用した界面活性剤では,金属―PP 間の界面張力をそこま
で低下させる力はなかったため,界面活性剤を添加しない
場合と変わらず,金属表面に SAN が残っている,という
結果が得られたと考えられる.
3.
4 考察
以上,SAN と PP,およびそれらに界面活性剤を加えた
もので相互にパージ実験を行い,PP を SAN でパージす
る場合と SAN を PP でパージする場合とで,パージの性
能が大きく異なるという結果を得,その原因を Young の
式を用いて説明できることを示した.定性的な解釈にとど
まっており,パージという作業の中で発生する複雑な現象
をこれだけですべて説明できるものではないが,それでも,
これまでうまく説明できなかった現象の理解に大きく役立
つと考える.
大事なことは,パージされる樹脂(前材)の排出されや
すさが,これまで考えられてきたように,パージする樹脂
の粘性や排出される樹脂の「接着性」など,樹脂の個別の
22
図1
0 SAN/界面活性剤ブレンドでパージした PP の樹脂
塊(1塊は2ショット分)
図1
1 PP/界面活性剤ブレンドでパージした SAN の樹脂
塊(1塊は3ショット分)
成形加工 第 24 巻 第 1 号 2012
表3 パージ実験まとめ
パージ用樹脂
SAN
SAN/
界面活性剤
PP
PP/
界面活性剤
1
2
3
6
0
無
〉
1
2
0
〉
2
8
8
0
有
4
5
1
1
6
0
有
必要としたショット数 1
6
排出した樹脂量
(g)
4
8
0
黒色残りの有無
無
特性だけで決定されるものではなく,固体(シリンダーや
バレルなどの金属表面)
,排出される樹脂(前材)
,排出す
る樹脂(パージ剤)の三者のバランスで決まる相対的なも
のであるということである.
そして,三者のバランスにおいては,樹脂の極性が重要
である.樹脂の色替えや材料替えには,一般に,安価なポ
リプロピレンやポリスチレンなどの樹脂が使用されること
も多いが,たとえ高粘度の樹脂を選択しても,非常に多量
の樹脂を必要とすることが多い.これは,これらの樹脂は
極性が低く,極性の高い樹脂を完全に排出するのが困難で
あるためと説明することができる.今回実験的に示した PP
と SAN のパージ能力の非対称性は,実際の成形現場では
しばしば経験されているものである.
また,日常的に接している「洗浄」では水を使用するた
め,洗剤の設計に際しては,溶媒は水に固定し,対象とな
る汚れの特性だけに着眼すればよい.しかし,樹脂の色替
え,材料替えにおいては樹脂が水の役割を果たすため,
パー
ジ剤の設計の際には,溶媒の役割を果たすパージする樹脂
と,パージされる樹脂の両方の特性を考慮する必要がある.
界面活性剤の効果を図7を用いて説明したが,界面活性
剤は,パージの対象となる樹脂と金属表面の界面に直接作
用するのではなく,パージする樹脂と金属との界面および
パージする樹脂とパージされる樹脂との界面に作用する.
パージする樹脂と金属との間の界面張力が,パージされる
樹脂と金属表面との間の界面張力よりも低くならないと,
パージされる樹脂は効率的に排出されない.
例えば PP と SAN の場合では,極性が大きく異なるの
で,共に同じ界面活性剤で γ metal,PP と γ metal,SAN の両方を低下
させるのは難しい.つまり,パージ剤の設計に際しては,
まずベース樹脂を選択した後,その系の特性に合わせて,
最適な界面活性剤を選択する必要がある,ということがわ
かる.
4.結
形機を用いて,SAN と PP の相互のパージの実験を行い,
SAN は PP を容易に排出できるが,PP は SAN を排出でき
ないことを示し,ヤングの式を用いてその原因を説明した.
材料置換のしやすさは,粘性など排出する材料の特性だ
けで決まるものではなく,パージされる材料とパージする
材料,シリンダーやバレルなどの金属表面の三者間の界面
張力のバランスにより決定されるものであり,重要な因子
は樹脂の極性であることを示した.
また,パージする樹脂に界面活性剤を添加した場合,
パー
ジする樹脂と金属間の界面張力が,パージされる樹脂と金
属間の界面張力よりも低くなると,パージされる樹脂が効
率的に排出されることを説明した.
成形現場ではしばしば経験されてきた樹脂のパージ性能
の非対称性を,ぬれの考え方の導入することで説明できた
が,パージというプロセスは非常に複雑であり,まだまだ
説明できないことが多い.今後,多くの研究者が本分野を
研究対象とし,さらに現象の理解が進み,成形現場での材
料置換や色替え作業の効率化が進むことを期待する.
参 考 文 献
1)Brockscmidt, A.:Plast. Technol .,2
8
(5)
,3
5
(1
9
8
2)
2)鈴木七郎:ポリマーの友,2
0
(1
1)
,7
4
4
(1
9
8
3)
3)Botros, M. G.:J. Plastic Film & Sheeting, 1
2
(3)
,2
1
2
(1
9
9
6)
4)Schmiederer, D., Sriseubsai, W., and Schott N. R.:J.
Macromol. Sci. A,4
3
(1
2)
,2
0
1
9
(2
0
0
6)
5)岩脇章,新谷定彦,川端浩太郎,深瀬久彦,野村昭博:
石川島播磨技報,2
1
(4)
,3
1
4
(1
9
8
1)
6)Rauwendaal, C.:Plast. Technol .,5
6
(9)
,3
4
(2
0
1
0)
7)坂本一郎,佐藤雄司:成形加工,7
(1
1)
,6
8
3
(1
9
9
5)
8)伊藤幹彦:成形加工,7
(1
1)
,6
9
8
(1
9
9
5)
9)大和田薫,角田光雄:成形加工,1
8
(4)
,2
5
3
(2
0
0
6)
1
0)片山昌広,辻岡邦夫,特許第3
9
8
8
0
5
7
1
1)前田重義:色材,7
0
(8)
,5
2
6
(1
9
9
7)
1
2)藤本武彦:界面活性剤入門,2
2
(2
0
0
7)
,三洋化成工業
株式会社
1
3)中村元一,井上隆:高分子論文集,4
7
(5)
,4
0
9
(1
9
9
0)
1
4)Wu, S.:Polymer Interface and Adhesion, Marcel Dekker,
Inc.2
1
5
(1
9
8
2)
,
言
成形加工時の材料置換の挙動を理解する目的で,射出成
Seikei―Kakou Vol. 24
No. 1
2012
23