家族の闇をさぐる

KALS 大学院入試対策講座 受講生の皆様
心理系チュートリアル通信 番外編⑭
大学院入試に役立つ本
斉藤 学 著『家族の闇をさぐる』
(小学館)
これまでのチュートリアル通信では、発達障害やうつ病、人格障害といった精神疾患を扱う書籍を
紹介してきました。
これらの本を読んでみると、どの精神疾患においても「家族関係」がその病理の発症、あるいは治
療において極めて重要な要因になることを改めて実感させられます(もちろん発達障害は器質的要因
による病理であり家族関係といった環境要因が原因ではありませんが、家族のあり方はその後の社会
適応に大きく影響します)
。
家族とは、生まれてから青年期まで誰よりも密に生活を共にする集団です。私たちは家族との言語的、あるいは非言語的コ
ミュニケーションを通して人格を形成していきます。成長し、学校や職場など行動範囲が広がるにつれ、家族以外の人々との
交流が価値観に影響を与えるようにはなるものの、やはり家族とは自分を形成する核となる集団であることに変わりありませ
ん。
今回紹介する『家族の闇をさぐる』の著者である斉藤学氏は、依存症や児童虐待の治療の第一人者であり、嗜癖行動の根源
には機能不全家族の存在があることに早くから気づいた精神科医の一人です。アダルトチルドレンという用語を日本に紹介し
たことでも有名です。
本書では、DV、児童虐待、アルコール依存、摂食障害といった事例を取り上げ、これらの病理の温床となる家族関係を分
析していますが、著者は、こういった現代の若者を取り巻く問題は、一見すると「健全な」家族関係の中で生じると論じます。
「日本の青少年たちには、いわゆる「良い子」と呼ばれるような過度な規範尊重と従順さ、そして過剰適応的な態度が蔓延
している。
」
(13 ページ)
学歴信仰にとらわれた親の元で、期待に応えようと頑張り続けた「良い子」が、大きな挫折体験と不幸な偶然に見舞われた
結果、問題行動を引き起こすのだ、と著者は主張します。ここで問題なのは、子供たちの非行や逸脱行動ではなく、親によっ
て叩き込まれた規範至上主義と過剰適応であり、親からの「世間並みであれ、そして人より優位であれ」という相矛盾するメ
ッセージが子どもを混乱させ、その混乱が心を悩ませるのです。
この本が書かれたのは 10 年前ですので、その当時に比べれば、家庭における学歴偏重主義や過保護な家庭教育は緩和され
たようにも思えますが、少子化傾向の続く日本では、子どもに対する過剰な期待は形を変えて現在もなお子どもたちを悩ませ
続けているように思われます。
筆者によると、このような家族の元で育ち成人になってから精神疾患や逸脱行動に悩まされるようになったクライエントに
は、自己について語ることが症状の回復につながるそうです。
「自己とは自己の語る記憶のことだと気づくとき、その人の生育家族への見方は、劇的に変化する。自己を過去の心の傷か
ら解放しようという野心が芽生えたとき、その人はすでに過去から開放の途についている。回復とは自動車の運転免許を取る
ようなものである。それを取ろうと決めるまでが大変なのであって、そうと決めたときには、すでにそれは七割がた手元に届
いている。このことを称して、私は「家族の闇を照らす」という。
」
(266 ページ)
著者の言葉を借りれば、臨床心理学はクライエントの家族の闇を照らす学問だと言えるでしょう。そしてまた、子どもたち
が家族の闇の犠牲になる前に、その闇の部分を減らすことも臨床心理学に課せられた重要な課題ではないでしょうか。
名駅校:舘有紀子先生