1)建造物文化財に使用されている木材量の推定

1.木造建造物文化財の修理用資材の資材調査および需要予測
1)建造物文化財に使用されている木材量の推定
山本博一
建造物文化財の修理用資材の確保という研究課題に取組むに当り、必要な資材の量と品
質という文化財サイド(需要側)の情報と文化財用資材としての要件を満たす木材をどの
程度供給できるか、また、持続的に育成ができるのかという森林サイドの問題について、
これまで、こうした需要サイドと供給サイドの情報交換が十分になされていない。建造物
文化財の維持管理にどんな材がどれぐらい必要なのかという質問になかなか答えられない。
まず、年間にどれくらいの需要量があるのかを推計することにする。清水真一氏による
昭和 51 年度から平成 12 年度までの 25 年間の整理によれば、この間の国宝・重要文化財の
建造物文化財修理における実績報告書所載の購入木材内訳書から、年間使用量の平均値は
517m3 である。しかし、修理対象により建造物の規模、破損状況など個別性が強いことか
ら、今後の見通しにそのまま適用する訳には不確定な要素が消去しきれていない。そこで、
別の観点から修理用資材の需要量予測を試みる。村田健一氏による 65 件の修理実績報告書
の解析から、寺院、神社、城郭、住宅、民家に使用されている資材量の平均値を求め、こ
れに国宝・重要文化財のそれぞれの指定棟数を乗じることによって、建造物文化財の総資
材量を求めたところ表-1 のとおり、約 30 万m3 という数値が得られた。少々荒っぽい手法
であるが、現時点で我々の得られる情報からはこのような方法しか考えられない。したが
って、真実の値はこの 50%∼200%の間にあると考えておくのが妥当なところであろうが、
この桁数の数字になることは間違いのないところである。
表-1 建造物文化財の総資材量
棟数 平均材積(m3) 総材積(m3)
神社
1,183
22
26,026
寺院
1,253
187
234,311
城郭
250
40
10,000
住宅
168
44
7,392
民家
680
28
19,040
3,534
84
296,769
計
表-2 一棟あたり資材量に化粧材の占める割合
材積(m3)
化粧材
神社平均
16.3
寺院平均
104.0
民家平均
18.0
(%)
野物材
5.8
合計
化粧材率
22.1
73.8
83.1 187.2
55.6
12.5
63.8
28.2
表-3 軒面積(民家は平面積)あたり資材量と取替率
軒面積あたり材積(m3)
取替率(%)
化粧材
化粧材
野物材
合計
野物材
全体
神社平均
0.290
0.103 0.393
52.2
90.8
62.3
寺院平均
0.389
0.311 0.700
31.1
52.7
40.7
民家平均
0.107
0.060 0.199
55.1
42.0
50.4
次に、年間需要量の予測であるが、解体修理の間隔は建物の規模により、環境条件によ
り大きな幅を持つが、使用資材量の大半を占める寺院の事例を調べてみると、およそ、1300
年の歴史を持つ法隆寺においても、これまでおよそ 300 年の間隔をおいて大規模な修理を
繰返して、建造物の維持がなされている。そこで本研究では解体修理の間隔を 200 年と想
定することにする。また、村田健一氏による 65 件の修理実績から部材の取替率を寺院の平
均値である 40%とすることにする。この数値も建造物の規模、破損状況などによりかなり
の幅を持つ値であり、神社建築では 60%を超える。また、大径長尺材の多い化粧材では 30%
程度であるのに対して、並材の多い野物材では 50%を超えているが、現時点で入手可能な
資料から得られる割合はこの 40%という値である。また、長さが5mを超える材もしくは
36cm 以上の角材がこのうちの 40%程度と見込まれる。単位面積あたりの資材量を比較す
ると、寺院では 0.7m3、神社 0.4m3、民家 0.2m3 となっているが、今後、データを増やし
て建物種類別の単位面積あたり資材量の推定値の精度を向上させる必要がある。
30 万m3 の総資材量を修理間隔の 200 年で割り、これに 40%の取替率を乗じると年間の
需要量は 600m3 となる。ただし、この値は最終使用量であるため、森林現場の必要資材に
割り戻す必要がある。まず、第一段階として修理現場における加工段階の「削りしろ」と
して 3 割程度を見込む必要があるので納入する製材品の量は 1.3 倍になる。第二段階は製材
品に加工する際の「製材歩留まり」は並材よりも効率が落ちるため 50%と見込まれる。し
たがって、必要な製材品の 2 倍の丸太が必要になる。この削りしろや製材歩留まりの見込
みは、製材業者からの聞き取りによる数値である。第三段階は森林の立木とまる他との間
の歩留まりを見る必要があり、これは一般に 70%と見込まれている。こうして、使用部材
から割り戻すと、実際に森林で必要な立木材積は建物に使われている資材量の 3.7 倍になる。
したがって、年間 600m3 の修理用資材を確保するためには 2220m3 の立木材積が必要にな
る。しかし、実際に求められる資材の樹種や品質に合致させるためには、2220m3 の森林が
あれば足りるわけではなく、多様な樹木の中から厳選するので、これより遙かに多くの森
林資源を確保する必要がある。また、これは国指定分のみであり、地方自治体が指定する
文化財の分も考慮しなければならない。
しかも、求められる資材の中には大径材や長尺材があるため、単に材積だけの問題では
なく資材の太さや長さについての制約条件についても吟味しなければならない。今回、奈
良時代以前の文化財建造物 22 棟を構成する 278 種の部材について、その長さと径について
文献調査を行った結果、長さでは法隆寺五重塔心柱の 32m が最大で、二番目は薬師寺東塔
の心柱の 16.6mであった。10mを超える部材は全部で 18 種であった。径では東大寺本坊
の扉板に使われた部材で最大 1.3mのものがあり、1mを超えるものが5種であった。こう
した大径長尺材について幅広く調査を行い、森林資源の調達可能性を検討する必要がある。
以上、量的な観点から需要量の推計を行ったが、さらに質的な面について考察を加える。
清水真一氏による昭和 51 年度から平成 12 年度までの 25 年間の実績報告書整理によれば、
樹種別にみるとヒノキが 27%、スギ 21%、マツ 19%で上位3種の針葉樹が修理に使われ
た資材の2/3以上を占めている。このほかヒバ、ツガが上位を占めている。マツについ
ては国内のマツ林がマツザイセンチュウ病の激害に遭い、大径材の確保が困難な状況であ
る。また、この間、昭和期に台湾ヒノキを使用した実績があり、2%程度を占めているが、
台湾ヒノキは現在禁伐となっており、ヒノキ大径材の確保についても検討が必要である。
このうち、消費量の多い3樹種について品等別に見てみると、無節・上小節の占める割
合がヒノキ 27%、スギ 23%、マツ 25%となっており、一般の建築用材に比べて高品質材の
割合が極めて高い。平成 16 年に実施した法隆寺の部材調査によれば、調査対象の当初部材
41 のうち 20 の部材で無節・上小節の材料が使われていた。また、芯去り材が 13 点認めら
れた。芯去り材の場合、必要な丸太の径は使用する部材の径の2倍以上になるので、採材
の方法についても解析しておく必要がある。今回の法隆寺部材調査では採材方法について
も調査を行った。
これまでの修理について昭和5年以降、1600 以上の修理報告書が作成されているが、必
ずしも様式が決まっているわけではなく、建物の総資材量が明らかになっていない事例が
多い。国宝の東大寺南大門は昭和5年に修理がなされており、最も古い修理報告書である
がここには使用木材すべての規格と本数が記録され、建物を構成する木材の総量が 1044m3
で、18 本の柱が2割を占め、このとき補足された資材量が 112m3 であることなどが判る。
取替率は 10.6%と低いのは大径材の使用割合が高いためと思われる。この建物は高さが
25.5mと高いため単位面積あたりの木材使用量は寺院の平均値の2倍ほどになっている。
重要文化財には指定されていないが、東本願寺御影堂には 6660m3 の原木丸太がつぎ込
まれ、およそ 3000m3 の木材が使用されている。南大門のおよそ3倍である。このうち、
内陣の柱に使われているケヤキが 19%であるのに対して、小屋組に使用されているマツが
79.5%と大半を占め、ヒノキは僅かに1%強である。この建物も高さが 36m あり、屋根の
部分に多くの木材を使用しているが、今後マツ材を確保することが問題となりそうである。
単位面積あたりの木材使用量は寺院の平均値とほぼ同じである。
現在、解体修理中の唐招提寺金堂には 621m3 の資材が使われているが、単位面積あたり
の木材使用量は寺院の平均値の6割程度である。法隆寺西院伽藍を構成する建物について、
資材量を推定したところ、回廊 289m3、金堂 251m3、大講堂 252m3 であった。
前述の単位面積あたり使用資材量をもとに推定すると、木造文化財建造物が1m2 あたりに
使用する木材の平均値は 0.5m3 程度と推定される。これを 1ha に換算すると 5000m3 にな
り、普通の森林と比べると 10 倍程度の炭素を数百年以上にわたり蓄えていることになる。