忍術武芸帖 巻之四 さてお立ち会い! 今回はます、前回では説明が洩れた忍刀から書くことにしましょう。 映画などに出てくる忍刀は、なぜか判で捺したように、大きな四角い鍔のつい た長めの直刀で、よく右肩に背負って登場します。いかにも忍者でございとばか りの演出ですが、そこはそれ、映画は描写とイメージの一致が要求されますから 仕方がありません。そもそも忍者の道具だと一目でわかるものを持ち歩くはずは ないからです。 まず、忍刀は背負うということはありません。背負ったのでは忍び込む時に邪 魔になるし、咄嗟に鞘ごと抜いて使うことが出来なくなります。それと、これも 実際にやってみればわかりますが、刀を右肩に担いだのでは抜刀がしにくく、 たとえ抜刀出来ても表袈裟に斬る動きしか出来ないので実戦には不向きであり、 また納刀も出来ません。忍刀は武器のみならず様々な使い方をしますから、腰に 差していないと機能を存分に活用することが出来ません。またあまり長い刀では 小回りが利かず、室内などの狭い場所での戦闘には不向きです。 では本当の忍刀とはどんなものだったのでしょうか。実物の忍刀は外見はごく 普通の脇差で、鍔も普通の大きさです。しかし普通の脇差と決定的に異なる点が 幾つかあります。 まず刀身。これは大体に於いて一尺五寸位の、身幅の広く重ねの厚い頑丈な作 りのものを使います。拵えは黒一色で装飾はほとんどなく、鞘は武器としても使 こじり えるように丈夫な麻糸や皮で巻き締め、先の尖った鉄 鐺 と鉄環をはめ、防水のた こじり めに黒漆が塗られています。鉄 鐺 は取り外しが出来るようになっていて、水中に 忍んだ場合の呼吸用や聞き筒(壁に当てて隣室の会話を盗み聞くのに用いる)と しても使えるようになっていました。下げ緒は普通の物より長く(全長約九尺、通 常は二つ折りにして鞘に結び付ける)、状況に応じて外して使うなど、多目的に使 えるようになっています。 この下げ緒の用法は、「下げ緒七術」としてまとめられていますが。それは次 のようなものです。 1、吊刀 これは忍刀を登器として使う方法で、塀を登る時に忍刀を鞘ごと抜き、下げ緒 の先端を咥え、塀に忍刀を立てかけ、鍔に足をかけて登り、下げ緒を引いて忍刀 を手元に戻す。比較的良く知られた方法。 2、旅枕 忍者は眠る時は大小を下げ緒で結び、その下げ緒を背中に敷いて寝る。 こうすると刀を奪われることがなく、いざという時は下げ緒を首に引っ掛けて活 動できる。 3、座探し これは闇夜に屋内で敵に襲撃された時に用いる。まず忍刀を鞘ごと抜き、鞘を こじり 剣尖一寸位のところに引っ掛け、下げ緒の先端を口に咥える。こうして 鐺 の先を こじり センサーにして半円を描くようにしながら前方を探りつつ足を進め、 鐺 が敵に当 たった瞬間、素早く鞘を落として突き込む。 4、野中の陣張り これは野宿をする時の心得。木が密生しているところを選び、下げ緒を外して 立木を三角または四角に結び、上から布を被せる。 5、用心縄 これは旅先で寝る時の心得。下げ緒を外して、部屋の入口に膝の高さに横に張 って括り付け、灯火を消して寝る。こうすれば曲者が侵入しても、足をとられて 転倒するのですぐわかる。また、同じ仕掛けを出口にしておけば、危機を脱する 時に便利。 6、槍留め 敵が槍で襲ってきた時の心得。忍刀を鞘ごと抜き、右手に抜き身と下げ緒の先 を、左手に鞘を持ち、下げ緒を横に張って構える。敵が槍で突いてきた刹那、素 早く体を開き、下げ緒を槍に巻きつけて自由を奪い、すかさず突き込む。 7、捕縛 これは文字通り敵を捕縛する方法であり、後ろ手にした敵の親指を十文字に重 ねて縛り、一方を髷に結びつける。この他にも血止めにも使う。 以上が「下げ緒七術」ですが、よく考えたものだと思います。もちろんこれ以 外にも必要に応じて色々な使い方をしたことでしょう。4、5、7は鉤縄でも同 様に使ったと思われます。特に5と7は現代でも防犯の心得として役に立ちそう です。 (まだまだ続きます)
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