自他同形漢語動詞から見る再帰構文の他動性について The transitivity

予稿集原稿
研究発表:日本語教育
自他同形漢語動詞から見る再帰構文の他動性について
The transitivity of the reflexive constructions through Chinese-loan-word verbs
which can operate as both intransitive and transitive verbs
山田勇人(京都外国語大学院生)
要旨
本発表は、再帰構文の他動性の低さを自他同形漢語動詞における「する」「させる」
の使用の違いを通して明らかにするものである。
今回の調査において明らかになったのは、他動詞よりの自他同形漢語動詞であっても
再帰構文になると、「させる」を使用する傾向が強いことが分かった。これは、再帰構文
の他動性の低さを証明するものである。
キーワード: 再帰構文; 他動性; 漢語動詞; 自他同形 ; 日本語
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1.はじめに
本発表は、再帰構文の他動性について考察を行うものである。これまで再帰構文の他動
性については、高橋(1975)、仁田(1982)などが、自動詞文に近いものだと説明している。
しかし、これらの先行研究では、主体から対格への働きかけが弱いという説明にとどまり、
再帰構文の他動性の低さを実証的に説明しているとは言い難い。実証的にとは、具体的に
目に見える数字などで再帰構文の他動性の程度を示すということである。そこで本発表で
は、自他同形漢語動詞 iの「する」「させる」の使い分けを通して、この点を明らかにした
いと考える。
2.先行研究
仁田(1982)は、「(水を)浴びる」「(帽子を)かぶる」「(靴を)履く」のような
動詞を再帰動詞とし、この動詞は「動作主の働きかけが、ほかの存在ではなく、常に動作
主自身に及ぶことによって、動作を終結する」と述べている。また、「相手を叩く/(自
分の)手を叩く」「旗を振る/(自分の手)を振る」「相手を噛んだ/(自分の)舌を噛
んだ」のように、普通の他動詞としての用法(各動詞の左側)を持つ一方で、再帰的に使
われる場合(各動詞の右側)を再帰用法と呼んでいる。そして、再帰動詞を含む構文およ
び、再帰用法の文を総称して再帰構文としている。また、仁田は、再帰動詞は自動詞に近
くなると述べている。その根拠として、再帰動詞や再帰用法の文からは直接受け身iiが作
れないことを挙げている。
高橋(1975)は次のような文iiiを再帰構文として挙げている。
(1)一人の男が猫のように身を縮めている。
(2)とんぼが羽を垂れて動かずにいる。
(3)局員の一人が窓から首を出していた。
高橋は上記の文について、「対格名詞と他動詞の関係を連語的にみれば、ものに対す
るはたらきかけをあらわしている。しかし、構文のレベルで主語との関係をみると、他に
対するはたらきかけをあらわしているのではなく、主体である自分の状態をかえることを
あらわしている」と説明し、これを再帰構文としている。そして、再帰構文は自動詞に近
い性格を持っているとしている。その理由として、高橋は再帰構文が形式上は他動詞の形
をとっているものの、「~ている」をつけて結果状態を表すことができることから、再帰
構文は自動詞相当であるとしている。
このように仁田や高橋は、再帰構文を典型的な他動詞とは異なり、自動詞に近い存在
と捉えている。つまり、仁田や高橋は他動性という言葉で言い表せば、再帰構文は他動性
が低いと述べているのであるiv。
2
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3.自他同形漢語動詞からみる再帰構文の他動性について
再 帰 構 文 に つ い て 、 仁 田 (1982) は こ れ ら の 文 か ら 直 接 受 身 が 作 れ な い こ と 、 高 橋
(1975)は「ている」と接続したときの意味が結果状態になることから、再帰構文は自動
詞文に近いものだと説明している。しかし、これら先行研究では、再帰構文の他動性の低
さを実証的に説明しているとは言い難い。そこで、本発表では、自他同形漢語動詞が述部
にある再帰構文の「する」「させる」の使用の違いを通して、再帰構文の他動性の低さを
示したいと考える。
3.1 自他同形漢語動詞の使用例から見た 3 分類
本発表では、自他同形漢語動詞を、「漢語スル」の形で自動詞と他動詞の両方の機能を
もつ漢語動詞と定義する。漢語動詞にはこの自他同形漢語動詞が多く存在する。森田
(1990)は漢語サ変動詞 573 語のうち自他同形漢語動詞が 274 語あるとし、楊(2009)は、
国語辞典において自他同形漢語動詞と分類されているものは、『岩波国語辞典』で 411 語、
『学研現代新国語辞典』578 語、『明鏡国語辞典』686 語にのぼると述べている。
しかし、自他同形漢語動詞は個々の漢語動詞ごとに自動詞または他動詞としての使用
頻度に差異が見られる。例えば、山田(2009)によれば、「完成する」は、『明鏡国語辞
典』『岩波国語大辞典第 4 版』『角川新国語辞典』において自他同形漢語動詞と記され
ている。しかし、その使用例を見ると「ビルが完成する」のように自動詞としての使用頻
度が非常に高いとしている。筆者が、朝日新聞オンライン記事データベース聞蔵Ⅱ v(以下、
聞蔵)を用い、1985 年以降の朝日新聞の記事をもとに、使用頻度を調査したところ、「完
成する」が自動詞として使用されているのが 30,805 件に対し、他動詞として使用されて
いるのはわずか 818 件に過ぎなかった。割合を示せば、自動詞としての使用が 98%に対し、
他動詞としての使用が 2%となっているvi。つまり、「完成する」は自他同形漢語動詞では
あるが、その使用は自動詞の場合がきわめて高い「自動詞よりの自他同形漢語動詞」と言
えそうである。
表 1 は、「完成する」と同様に聞蔵を用いて、個々の自他同形漢語動詞の自他の使用
頻度の違いを調査した結果である。この結果から、自他同形漢語動詞であってもその使用
には、かなりのばらつきが見られることが分かる。筆者は、自他同形漢語動詞を自他の使
用頻度の違いから「自動詞より」「他動詞より」「中立的」の 3 タイプに自他同形漢語
動詞を分類した。自動詞よりか他動詞よりかは、連続性のものであり、境界線を引くこと
は難しい。
表1
「自他同形漢語動詞の使用例からみる自他の差異」
自動詞(~が漢語す
他動詞(~を漢語す
る)として使われてい る)として使われてい
他動詞より
た件数
た件数vii
緩和する
271
3%
8160
97%
軽減する
180
3%
5497
97%
固定する
454
10%
4191
90%
停止する
3702
22%
13492
78%
開閉する
129
26%
368
74%
3
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自動詞より
縮小する
加速する
一変する
完成する
減少する
2715
5707
3234
30805
10219
32%
74%
89%
98%
99%
5787
2048
380
818
66
68%
26%
11%
2%
1%
*左の黒色が濃くなればなるほど、他動詞よりであることを示している。
4.自他同形漢語動詞が用いられた再帰構文
次に、自他同形漢語動詞が用いられた再帰構文について述べる。用例(4)~(7)は自他
同形漢語動詞(太字)を含んだ再帰構文viiiである。
(4)自律神経のなせる業なのか、人は緊張状態に陥った時、その緊張を緩和させるべく、
反射的に顔を緩ませるという。(1986.1.25 全国版夕刊)
(5)働く側は自らの不安を軽減させるためにやりがいに頼る。企業は激しい競争にさらさ
れているので、サービスを向上させ、賃金を下げるしかない。そのために、働く側の
やりがいを利用する。いわば「やりがいの搾取」です。(2012.4.10 全国版朝刊)
(6)「今の日本人は不安を抱え、自信を失い、思考を停止させている部分がある。大人た
ちが『日本の未来を若者に託す』などと言って問題を先送りしていては、未来はあり
ません」(2012.1.2 アエラ)
(7)ヒオウギガイは、ヒトデなどの外敵に出会って危険を察知すると、カスタネットみた
いに貝殻をパクパクと開閉させ、その反動で体が水中に浮き上がったり、沈んだりと
リズミカルな泳ぎを披露。(2010.4.2 静岡版朝刊)
ここで注目すべきことは、用例中の「緩和する」「軽減する」「停止する」「開閉す
る」である。これらは、自他同形漢語動詞である以上、その形で他動詞文を作ることがで
きる。しかも、これらの漢語動詞は聞蔵を用いた調査の結果において、いずれも「他動詞
より」と判定されたものばかりである。他動詞よりの自他同形漢語動詞であることを考え
れば、「させる」を付加せずとも、明確に他動詞文 ix を形成できるはずである。にもかか
わらず、あえて「させる」を付加するのはどのような理由によるものなのだろうか。
山田は、自他同形漢語動詞が「させる」を付加して他動詞文を形成するのは、「その文
における他動性が低いため、他動詞文であることをより明確にするために、あえて付加さ
れたもの x 」としている。言い換えれば、他動詞文でありながら、「させる」が付加され
るのは、その文における他動性が低いためであると言える。つまり、上記のような自他同
形漢語動詞を含む再帰構文が「させる」の形をとるのは、再帰構文そのものの他動性の低
さを示している。であるとするならば、再帰構文の述部となる自他同形動詞は、他動詞よ
りであっても「させる」を付加する傾向が見られるのではないだろうか。そして、このこ
とは再帰構文自体の他動性の低さを実証的に証明するものではないだろうか。
このような考えのもと以下の実験を行った。
5.再帰構文の他動性を検証する実験
5.1 実験の目的及び手法
4
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本実験は、再帰構文の他動性の低さを実証するものである。
実験の手法は以下のとおりである。自他同形漢語動詞を用いて他動詞文を形成している
再帰構文と自他同形漢語動詞を用いて他動詞文を形成している非再帰構文を被験者に提示
する。提示した文は再帰構文が 7 文と非再帰構文が 5 文である。被験者には、それぞれ
の文において「する」「させる」のどちらの形がより自然かを聞いた。被験者は、日本語
を母語とする 20 代から 60 代の男女 11 名である。
本調査では、他動詞よりの自他同形漢語動詞「緩和する」「軽減する」「停止する」
「開閉する」を述部とする再帰構文を使用した。資料1は調査用紙の一部抜粋である。①
③は再帰構文、②④非再帰構文となっている。同じ語を使用したのは、再帰と非再帰のみ
の違いで差異が見られるか判断するためであるxi。
資料1
次の文章を読み、(
)の「する」「させる」のうち、より自然なほうを選んでください。
必ずどちらか一方を選んでください。
① 人は緊張状態に陥った時、その緊張を(緩和する・緩和させる)べく、反射的に顔
を緩ませるという。
② 菅内閣は、治療や健診が目的の外国人の来日を促進するため、「医療滞在査証(ビ
ザ)」を新設することを決めた。渡航回数や滞在期間、同伴者の制限などを(緩和
する・緩和させる)という。
③ 働く側は自らの不安を(軽減する・軽減させる)ためにやりがいに頼る。企業は激
しい競争にさらされているので、サービスを向上させ、賃金を下げるしかない。
④ 大田原市は、保護者の負担を(軽減する・軽減させる)ため、2011年度から小
中学校給食費の無料化を始めた
5.2 調査結果及び考察
表 2 は、調査結果をまとめたものである。この結果から、2 つの点が言える。第1点は、
自他同形漢語動詞で他動詞文が作られる場合、「する」「させる」の選択に何らの要因が
存在し、それによって「する」「させる」の使用に差異が見られるということである。今
回の結果で言えば、「する」が用いられた割合が高いのは、調査用紙中の文 3,5,8,9,12
である。一方、「させる」の使用の割合が高いのは調査用紙中の文 1,2,4,6,7,10,11 で
ある。同じ語において使用の差異があることを考えれば、それぞれの語が持つ意味が原因
ではないことは推測できよう。
第2点は、その違いがどこにあるかという点である。今回の調査で使用した例文に関し
て言えば、その要因が再帰構文にあると言える。先ほど述べた「する」使用群のはいずれ
も非再帰構文であり、「させる」使用群は再帰構文である。その割合も、再帰構文の「さ
せる」選択率がいずれも 7~8 割を超えるのに対し、非再帰構文の「させる」選択率は 3
割に満たないものがほとんどである。
5
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今回の自他同形漢語動詞が極めて「他動詞より」であることを考えれば、非再帰構文
において「する」を選択するのは当然の結果であろう。しかし、再帰構文になると、その
漢語動詞自体が「他動詞より」であっても、あえて「させる」をする傾向が高いのは、再
帰構文の他動性が低いことが要因となっていると結論付けたい。
表2
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
再帰構文の他動性を測る実験結果
緩和
軽減
停止
開閉
被験者
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
年代
再帰
再帰
非再帰
再帰
非再帰
再帰
再帰
非再帰
非再帰
再帰
再帰
非再帰
60代
させる
させる
する
する
する
させる
する
する
する
する
させる
する
40代
させる
させる
する
させる
する
させる
させる
する
する
させる
させる
する
30代
させる
させる
する
させる
する
させる
させる
する
する
する
させる
する
20代
させる
させる
させる
させる
する
する
させる
する
する
させる
する
する
30代
させる
する
する
させる
する
させる
させる
させる
する
させる
する
する
50代
する
させる
させる
する
する
させる
させる
する
する
する
させる
する
50代
させる
させる
する
させる
する
させる
させる
する
する
させる
する
させる
40代
する
させる
する
させる
させる
させる
させる
する
する
させる
させる
する
40代
させる
させる
させる
させる
する
させる
させる
する
する
させる
させる
させる
20代
させる
させる
する
させる
させる
する
させる
する
する
させる
させる
する
11
合計
「させる」
選択率
30代 する させる
させる
2
9
させる
1
10
させる
7
4
させる
2
9
する
9
2
させる
2
9
させる
1
10
させる
9
2
させる
10
1
させる
3
8
させる
3
8
させる
8
3
82%
91%
36%
82%
22%
82%
91%
22%
9%
73%
73%
27%
6.まとめ
本検証によって、再帰構文は、連語的にはいわゆる他動詞文と形を同じにするものの、
他動性は低いという点が数字的に立証できたのではないかと考える。また、本発表では、
再帰構文における他動性の低さというのがテーマであったが、今回の調査結果は日本語
において数多く存在する自他同形漢語動詞の「する」「させる」の選択の問題にも寄与
するものだと考える。
【参考文献】
小泉保・船城道雄・本田畠治・仁田義雄・塚本秀樹編(1980)『日本語基本動詞用法辞典』
155
国語学会編(1980)『国語学大辞典』「使役表現」, 455-456
高橋太郎 (1975)「文中にあらわれる所属関係の種々相」『国語学』103 , 1-17
角田太作 (1991)『世界の言語と日本語』くろしお出版, 63-88
仁田義雄 (1982)「再帰動詞、再帰用法−Lexico-Syntax の姿勢から−」『日本語教育』47
日本語教育学会, 79-80
森田良行(1990)「自他同形動詞の諸問題」『国文学研究』102,331-341
森田良行(2000)「自他両用動詞から自他同形動詞へ」『早稲田日本語研究』8,74-63
ヤコブセン(2001)「他動性とプロトタイプ論」『動詞の自他』ひつじ書房, 166-178
山田一美・山田勇人(2009)「漢語サセル動詞に関する一考察」『大阪女学院大学・短期大
学紀要』39,19-29
楊高郎(2009)「国語辞典における自他認定について―自他両用の二字漢語動詞を中心に」
『筑波日本語研究(14)』,75-95
6
予稿集原稿
研究発表:日本語教育
i
本発表でいう自他同形漢語動詞とは、同一の形で自動詞と他動詞の両方の働きを有する
漢語動詞を指す。楊(2009)などが言う自他両用動詞の漢語がこれにあたる。
ii
仁田は「まともな受動」と述べている。
iii
例文は高橋のものを一部変えている。
iv
この認識は、ヤコブセン(1989)も同様であり、再帰構文は二つの独立した実体が係わっ
ている真の自動性の、ちょうど間に位置するものであると述べている。
v
このデータベースを用いて、1985 年から 2012 年 8 月までの朝日新聞・週刊朝日・AERA
の記事検索を行った。
vi
「完成する」が他動詞として用いられる場合の多くは、「~を完成させる」と「させ
る」を付けた形になる。
vii
他動詞は「~を漢語する」の形のときだけの数字であり、「~を漢語させる」は含んで
いない。
viii
筆者が収集した再帰構文は、高橋の定義に基づいている。
ix
筆者は、使役文と他動詞文の違いを次のように考える。使役文にはその行為を遂行する
有情物としての被使役者がいる。しかし、他動詞文の場合、有情物としての被使役者はお
らず、働きかけを受ける非情物があるのみである。日本語基本動詞用法辞典の「完成す
る」の項には、使役として次の 2 文があるが本発表においては、a は使役文であるが、b
は他動詞文として考える。
a.真一は弟にプラモデルを完成させた。
b.やっとのことでプラモデルを完成させた。
x
山田は、自他同形漢語動詞が「させる」を付加して他動詞文を形成する例として、無生
物主語や動作に主体の意志がない場合を挙げている。
xi
自他同形漢語動詞が他動詞文を形成する場合、「する」または「させる」が用いられる
が、その選択には今回の調査目的である再帰構文という要因のほかに、様々な要因が存在
する。そこで、調査に使用した例文はできるだけ他の要因が存在しないような文を選び出
した。さらに、再帰構文であることを被験者に意識させるために、出典の文に多少言葉を
付け加えている。
7