同一性保持権の研究

松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
同一性保持権の研究
―自 由 権 的 著 作 権 思 想 と同 一 性 保 持 権 の行 為 規 範 性 に基 づく
著 作 権 市 場 における著 作 者 の人 権 ・人 格 権 の保 障 ―
松田
要
政行
旨
1
本論文の構成
本論文は,大きくは,序章,本章,まとめで構成されており,序章において本論文の
基本的思想を示し,まとめでは本章における論証を要約している。本章の各章の内容は
以下のとおりである。
第1章 同一性保持権の法的性格 において同一性保持権の法的性格を検討している。
ここでは現行法制の立法過程・立法時の制度選択の事実を踏まえ,条約・外国法制との
比較法的検討を行っている。ここにおいて,序章で示した著作権法の基本的原理である
自由主義的著作権思想と行為規範としての同一性保持権に関する考え方を説明し,立法
時における立法者意思,一般的人格権との整合性及び比較法的検討を踏まえたうえで,
具体的規範的意義に結びつけている。
第2章 著作権法20条の規範的内容の分析 において,この自由主義的著作権思想と
行為規範性が,現行著作権法20条の具体的規範としてどう適用されるのかを検討して
いる。
第3章 具体的事例の分析・主要判例 において,20条の規範的分析を踏まえて,
具体的事例の分析を行っている。同一性保持権に関する主要判例であり同一性保持権の
法的性格をどう捉えるかによって評釈が大きく分かれる判例として,次の2つのものを
検討している。
「パロディー・モンタージュ事件」最高裁昭和55年3月22日判決
「ときめきメモリアル事件」最高裁平成13年2月13日判決
後者は,著作物のデジタル・コンテンツとしての利用につき,限界を示した最初の最高
裁判決であり,多発しつつあった同種事例に対する判断を示すことによって下級審の判
断を統一した判例である。発展するテクノロジーとデジタル・コンテンツの同一性につ
き重要な論点を示す事案であるということができる。自由主義的著作権思想と同一性保
持権の行為規範性が今後,同一性保持権と利用(特に発展するテクノロジーにおける利
用)の調整原理として機能しうるか,妥当な結論を導き出すことができるかについて検
証すべき判例である。この議論の多くは,現行法の20条1項の要件に関する検討,2
0条2項4項が利用との調整機能を果たしうるかという問題であって,現在の通説・判
例と諸説を検討している。特に学説を詳細に解説し,その論拠と問題点を示したところ
は , 他 に 類 例 を 見 な い ( 第 3 章 , 第 2 , 3 , イ , (ア)か ら (カ ))。
第4に,近時学界で議論されている利益衡量説を示し,これを2つの基本的法的性質
と の 整 合 性 を 保 ち つ つ 修 正 し た 筆 者 の 見 解 を 第 3 章 ,第 3 2 0 条 2 項 4 号 に お け る 利 益
衡量説 において,規範的評価概念構成による利益衡量説として論じている。
本論文の構成は,以下に示す目次のとおりである。
1
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
序
章
1
テ ク ノ ロ ジ ー の 発 展 に 伴 う 著 作 者 と 利 用 者 の 対 峙 ・・・・・・・・・・・・・・・・P-1 頁
2
本 論 文 の 基 本 的 思 想 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・P-1 頁
3
本 論 文 の 方 法 論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P-2 頁
4 自 由 権 的 著 作 権 思 想 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P-3 頁
(1)著作権市場と著作者
(2)精神的自由権としての同一性保持権
(3)制度的保障としての同一性保持権
(4)テクノロジーの発展と同一性保持権の調整機能
5 同 一 性 保 持 権 の 行 為 規 範 性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P-5 頁
(1)テクノロジーの発展と同一性保持権
(2)同一性保持権の要件と裁判規範性・行為規範性
(3)行為規範性の優位
第1章
同一性保持権の法的性格
第1
同 一 性 保 持 権 の 意 義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 頁
第2
1
2
頁
頁
頁
立 法 の 経 緯 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
現 行 法 以 前 の 同 一 性 保 持 権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
旧 法 の 問 題 点 と 改 正 の 要 点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
(1)立法時の考え方
(2)著作権法の行為規範性を重視した立法政策
(3)著作権法の自由主義的原理
3 2 0 条 2 項 3 号 ( 旧 2 号 ) の 改 正 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
4 2 0 条 2 項 1 号 の 改 正 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
頁
頁
第3
1
条 約 と の 関 係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 頁
ベ ル ヌ 条 約 ( Berne Convention for the Protection of Literary and Artistic
Works) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 頁
2 万 国 著 作 権 条 約 ( Universal Copyright Convention : UCC)・・・・・・・・・12 頁
3 実演家,レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(隣接権条約:
Rome Convention) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 頁
4 許諾を得ないレコードの複製からのレコード製作者の保護に関する条約(レコー
ド 保 護 条 約 : Geneva Convention) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 頁
5 世界貿易機関を設立するマラケシュ協定,附属書1C 知的所有権の貿易関連の
側 面 に 関 す る 協 定 ( TRIPS 協 定 ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 頁
6 WIPO 著 作 権 条 約 ( WIPO Copyright Treaty: WCT)・・・・・・・・・・・・・13 頁
7
WIPO 実 演 ・ レ コ ー ド 条 約 ( WIPO Performances and Phonograms Treaty:
WPPT) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 頁
第4
1
2
3
外 国 の 立 法 例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
現 行 昭 和 4 5 年 法 の 立 法 時 に お け る 外 国 立 法 例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・15
イ ギ リ ス 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
フ ラ ン ス 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
頁
頁
頁
頁
2
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
4 ド イ ツ 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
5 カ ナ ダ 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
6 ス イ ス 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
7 イ タ リ ア 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
8 韓 国 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
9 オ ー ス ト リ ア 連 邦 共 和 国 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
1 0 オ ー ス ト ラ リ ア 著 作 権 法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
頁
頁
頁
頁
頁
頁
頁
第5
1
米 国 に お け る 「 同 一 性 保 持 権 」 の 保 護 の 状 況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 頁
米 国 ベ ル ヌ 条 約 加 盟 ま で の 経 緯 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 頁
(1)米国著作権法の特質(1909年法,1976年法)
(2)ベルヌ条約加盟(1988年改正,1990年改正)
2 米 国 法 制 に よ る 「 同 一 性 保 持 権 」 の 保 護 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 頁
(1)概要
(2)契約法上の改変禁止特約
(3)不正競争法上の虚偽出所表示
(4)名誉毀損法上の改変による名誉毀損責任
(5)連邦法による視覚芸術著作物に関する人格権
(6)州法による美術的著作物に関する人格権
第2章
著作権法20条の規範的内容の分析
第1
1
2
3
4
5
2 0 条 1 項 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 頁
著 作 者 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 頁
著 作 物 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 頁
題 号 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 頁
同 一 性 を 保 持 す る 権 利 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 頁
著 作 者 の 意 に 反 し て ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 頁
( 1 )「 名 誉 又 は 声 望 」 と 「 著 作 者 の 意 」
ア 文理による分類
イ 「 名 誉 又 は 声 望 を 害 す る 」改 変 ,
「 名 誉 又 は 声 望 を 害 す る お そ れ の あ る 」改 変
の実質的差異
ウ 「 名 誉 又 は 声 望 を 害 す る お そ れ の あ る 」改 変 ,
「 著 作 者 の 意 に 反 す る 」改 変 の
実質的差異
エ 「著作者の意に反する」改変,改変の実質的差異
オ 「著作者の意」の機能
( 2 )「 名 誉 毀 損 」 と 「 著 作 者 の 意 」( 一 般 的 人 格 権 と 著 作 者 人 格 権 )
ア 一般的人格権
イ 一般的人格権と著作者人格権の関係
ウ ドイツにおける一体説と分離説
エ 確立された判例理論
オ 名誉権と同一性保持権
( 3 )「 著 作 者 の 意 」 と 同 一 性 保 持 権 不 行 使 の 合 意 ( 不 行 使 特 約 )
ア 不行使の合意(不行使特約)の有効性
イ 有効性の範囲
ウ 実務上の「撤回」の意味
6 変 更 , 切 除 そ の 他 の 改 変 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63 頁
(1)著作権法の原則と類似概念
(2)内面的表現形式・外面的表現形式と同一性保持権
(3)私見
3
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
第2
1
2
第3
1
2
2 0 条 2 項 柱 書 き ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76 頁
適 用 し な い ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76 頁
厳 格 解 釈 に つ い て ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76 頁
2 0 条 2 項 1 号 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79 頁
学 校 教 育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79 頁
学校教育における公共の利益と同一性保持権の関係(1号と4号の関
係 ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80 頁
3 通 知 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82 頁
第 4 2 0 条 2 項 2 号 ( 建 築 物 の 増 改 築 等 の 改 変 ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・85 頁
1 建 築 物 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・85 頁
(1)建築,建築物,建築の著作物
(2)芸術性との関係
(3)設計図面との関係
2 増 築 , 改 築 , 修 繕 又 は 模 様 替 え ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・87 頁
3 増 改 築 と 著 作 者 ( 設 計 者 ) の 表 示 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・88 頁
第 5 2 0 条 2 項 3 号 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91 頁
1 プ ロ グ ラ ム の 著 作 物 に 関 す る 改 正 と 本 号 の 意 義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・91 頁
(1)改正
(2)47条の2第1項との関係
2 電 子 計 算 機 に お け る プ ロ グ ラ ム の 利 用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・93 頁
(1)電子計算機
(2)プログラム
(3)利用
3 効 果 的 に 利 用 し 得 る よ う に す る た め の 必 要 な 改 変 ・・・・・・・・・・・・・・・94 頁
(1)効果的利用
(2)必要性
第 6 2 0 条 2 項 4 号 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・97 頁
1 本 号 の 意 義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・97 頁
(1)本号の位置付け
(2)具体的適用例
(3)私見
(4)名誉又は声望との関係
2 著 作 物 の 性 質 , 並 び に そ の 利 用 の 目 的 及 び 態 様 ・・・・・・・・・・・・・・・・・100 頁
(1)著作物の性質
(2)著作物の利用の目的及び態様
ア 著作物の利用
イ 利用の目的と態様
ウ やむを得ないと認められる
第3章
第1
1
具体的事例の分析・主要判例
パ ロ デ ィ ー と 同 一 性 保 持 権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107 頁
パ ロ デ ィ ー ・ モ ン タ ー ジ ュ 事 件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107 頁
(1)事件の概要
(2)判決の概要
ア 第一審(東京地裁昭和47・11・20判時689号57頁)
イ 第1次控訴審(東京高判昭和51・5・19判時815号20頁)
ウ 第1次上告審(最判昭和55・3・28判時967号45頁,判タ415号
100頁)
エ 第2次控訴審(東京高判昭和58・2・23判時1069号21頁,判タ4
4
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
90号49頁)
オ 第2次上告審(最判昭和61・5・30判時1199号26頁)
カ 第3次控訴審(東京高裁和解昭和62・6・16)
(3)判決の総括
ア 論点
イ パロディーの文芸作品分野における存在意義
ウ 思想,感情を異にする別個の著作物
(ア)思想,感情に対する裁判所の判例のあり方
(イ)第1次控訴審の考え方
エ 外面的表現形式の感得
オ 憲法20条1項表現の自由との関係
カ 正当な範囲内の節録引用(旧著作権法30条1項2号)
キ 現著作権法20条2項4号に相当する抗弁
2 パ ロ デ ィ ー の 意 義 と 2 0 条 2 項 4 号 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121 頁
(1)通説的見解に立った20条2項4号の適用
(2)パロディー・モンタージュ事件におけるパロディーの目的
(3)社会諷刺と著作物の利用・改変
3 パ ロ デ ィ ー の 外 国 立 法 例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・124 頁
第 2 ゲ ー ム 改 変 ソ フ ト と 同 一 性 保 持 権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・133 頁
1 ゲ ー ム 改 変 ソ フ ト の 問 題 の 所 在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・133 頁
(1)市場
(2)基本的法律構成
(3)論点
2 「 と き め き メ モ リ ア ル 事 件 」 最 高 裁 判 決 形 成 ま で の 経 緯 ・・・・・・・・136 頁
3 「 と き め き メ モ リ ア ル 事 件 」 最 高 裁 判 決 の 評 論 ・・・・・・・・・・・・・・・・140 頁
(1)著作物性(ゲームのストーリー)
(2)同一性保持権侵害の成否
ア ゲームのストーリーとこの範囲を超える改変
(ア)最高裁判所の判断
(イ)岡村弁護士の評釈
(ウ)ゲームにおける思想・感情と同一性
(エ)ゲーム展開の許容範囲と同一性
(オ)ゲームストーリー概念と同一性
イ ユーザーの私的領域における改変
(ア)最高裁判所の判断
(イ)作花教授の評釈(20条2項3号等を総合的に判断して実質的違法性を
欠くとする見解)
(ウ)岡弁護士の評釈(43条1項準用する見解)
(エ)岡村弁護士の評釈(20条1項に該当しないとする見解)
(オ)田村,上野教授の評釈(20条2項4号を適用する見解)
(カ)例示された私的領域における改変の私見に基づく整理
(3)侵害行為の主体
ア 最高裁判所の判断
イ 最高裁判所の判断に対する評釈
ウ カラオケ等の事件に見る演奏権等侵害に関する判例の理論
(ア)判例の経緯
(イ)判例理論
エ デジタル・コンテンツに関する近時の判例
( ア )「 N E O ・ G E O 事 件 」
( イ )「 ス タ ー デ ジ オ 事 件 」
5
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
( ウ )「 フ ァ イ ル ロ ー グ 事 件 」
( エ )「 選 撮 見 録 マ ン シ ョ ン サ ー バ ー 事 件 」
( オ )「 録 画 ネ ッ ト 事 件 」
(カ)デジタル・コンテンツに関する判例理論
( キ )「 と き め き メ モ リ ア ル 事 件 」 最 高 裁 判 所 判 決 の 評 価
( ク )「 と き め き メ モ リ ア ル 事 件 」 と 差 止 請 求
4 変 更 ツ ー ル に よ る ゲ ー ム 翻 案 に 関 す る 米 国 判 例 ・・・・・・・・・・・・・・・・178
(1)ガルーブ事件
(2)マイクロ・スター事件
第 3 2 0 条 2 項 4 号 に お け る 利 益 衡 量 説 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・217
1 厳 格 説 等 の 問 題 点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・217
2 上 野 教 授 の 利 益 衡 量 説 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・218
3 上 野 論 文 の 検 討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・220
4 私 見 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・222
(1)一般条項としての「やむを得ない」
(2)規範的評価概念としての「やむを得ない」
頁
頁
頁
頁
頁
頁
ま と め
1
同 一 性 保 持 権 に 求 め ら れ る 機 能 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E-1 頁
2 2 0 条 1 項 「 著 作 者 の 意 に 反 す る 」 の 法 的 意 義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・E-1 頁
(1)一般的人格権との関係
(2)行為規範としての機能
(3)著作物の評価と改変後の評価
3
2 0 条 2 項 の 法 的 意 義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E-3 頁
4
同 一 性 保 持 権 に 関 す る 事 案 分 析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E-4 頁
5
発 展 す る テ ク ノ ロ ジ ー と 同 一 性 保 持 権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E-4 頁
6
残 さ れ た 問 題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E-6 頁
6
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
2 本論文の主題
(1)本論文の目的
発展するテクノロジー特にインターネット上におけるデジタル・コンテンツとしての
著作物の利用関係において,著作者と著作物の利用者は,対峙しており,学説の対立も
ここに生じている。情報を自由に送信・加工・蓄積するテクノロジーの発展に対し,著
作者は,権利侵害が増大するという危険性を指摘し,利用者は著作物を情報と捉えて,
その利用を促進することによってテクノロジーの発展がさらに遂げられるという。この
対峙は,財産権的利用の面だけではない。利用において人格の侵害がないように著作権
法上の要請として定められている著作者人格権の機能に関しても顕著に対峙している。
特に,同一性保持権は,デジタル・コンテンツの改変を禁止する機能を有するところか
ら,利用者側からは「規制」であると指摘され,テクノロジーの発展のためには,同一
性 保 持 権 を 縮 小 さ せ て 情 報「 共 有 」の 形 を 問 う べ き だ と い う 短 絡 的 な 考 え が 生 じ て い る 。
本論文は,この状況で両者が対立することを止揚させて,著作者が発展するテクノロ
ジーによって形成される市場に著作物を供給し続けられる社会システムを構築するため
に,同一性保持権のあり方を研究するものである。
(2)本論文の基本的思想
同一性保持権は,著作者がに対する人格権の侵害を防止することによって,新しい著
作権市場に著作物を供給する機能を有する。本論文は,この権利を機能させるために,
2つの基本原理が重要であることを指摘している。自由権的著作権思想と同一性保持権
の行為規範性である。本論文は,この2つの原理に立脚して,現行法制の同一性保持権
の性質を明らかにし,発展するテクノロジーにおける著作者と利用者の利益の最大化を
検討するものである。
本論文に示された2つの原理の概要は以下のとおりである。
(自由権的著作権思想)
著作権法は,自由な市場における著作者の権利を2つ設けた。1つは経済的自由権思
想から発し,自由な市場において著作物を利用(著作権を行使)する地位であり,これ
を実効あらしめるために私法上の準物権的権利という形を取ることとした。他は,精神
的自由権思想に由来し,著作者に著作物を介した人格的権利を保障することであった。
著作権法は著作者の人格権を保障する権利として,同一性保持権を規定した(20条
1 項 )。社 会 的 に 影 響 力 の 大 き い 文 芸 ,学 術 分 野 に 限 ら ず す べ て の 著 作 物 は ,権 力 又 は 社
会的な勢力によって変様を受け,同一性を侵害されかねない危険を有している。著作者
の思想・良心・学問の自由を実質的に保障するためには,著作物を介した著作者の名誉
を確保する権利の保障が必須である。表出した人格を如何様にも変様して利用しうると
いうことが許されるのであれば,著作者はその思想・良心・学問を表現することができ
な く な る 。著 作 者 人 格 権 ,特 に こ の 中 核 は ,精 神 的 自 由 権 を 内 包 し た「 憲 法 上 の 人 格 権 」
(「 個 人 の 尊 重 ,自 由 ,幸 福 追 求 権 」憲 法 1 3 条 )に よ っ て 保 障 さ れ て い る と い う べ き で
ある。
著作権法はすべての著作物を保護対象とする。文芸・学術的な評価において低いもの
であろうと,それが反社会的な思想・感情を表現するものであろうとすべて保護の対象
とする。これは,国家権力によって何を是とし,何を非とするのかの専横を排除すると
こ ろ に あ っ た 。著 作 者 人 格 権 の 侵 害 要 件 を 現 行 法 の「 著 作 者 の 意 に 反 す る 改 変 」か ら「 名
誉又は声望を害する改変」に改正すべきだという議論があり,この意図は名誉又は声望
を害するに至らない改変は自由に行わせることによって著作物の改変の促進を企ろうと
するものである。この考えをこのまま具体的な紛争に適用することになると,何をもっ
て名誉又は声望を害したのかの判断を裁判官に委ねることになりかねない。法は著作物
の社会的評価を公権力によって判断させないという大原則を制度として保障しなければ
ならない。司法裁判所の制度的限界がここにあり,これは表現をする国民にとって著作
7
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
物の価値を公権力によって評価させない制度的保障ということができる。
テクノロジーの発展にともない情報の受け手すなわち著作物を利用する側が新しい勢
力として顕在化しつつある。これらが私法上の取引の当事者として現れ,経済的な対立
関係において対峙する。著作者の精神的自由が侵害される可能性は,益々大きくなって
い る と い う こ と が で き る 。著 作 者 人 格 権 は 前 掲「 憲 法 上 の 人 格 権 」に 由 来 す る と と も に ,
司法裁判所の制度的限界によって保障されている。
以上が著作権法に対する私の自由権的著作権思想であり,テクノロジーの発展におい
ても同一性保障権のこの基本思想が重要である。
(同一性保持権の行為規範性)
著作物の利用は,著作者から離れ,最終的には個人的利用者のところにおいて行われ
ることが通常である。利用者側が第一次的に自らの判断で利用の適法性を判断すること
を許容することになると結果的には利用者側にとって有利な緩やか判断の下に利用され
てしまう。これが特定しえない多数の利用者によって行われれば,もはや著作者がこれ
を回復することは不可能と言わざるを得ない。
こ れ ら の 著 作 権 法 が 求 め る 機 能 を い か な る 方 法( 同 一 性 保 持 権 の 要 件 を ど う 定 め る か )
によって担保するかは,立法政策上の重要な問題であったし,発展するテクノロジーと
の関係でこれからも重要な問題であり続ける。立法政策としては,改変の範囲に関する
適法性の判断を事後において客観的に行う裁判所に委ねる方法と事前に著作者の意思に
か か ら し め る 方 法 と が あ る 。 前 者 は ,「 名 誉 又 は 声 望 を 害 す る ( 又 は 害 す る お そ れ )」 を
構成要件とするもので,利用者が適法な利用であると第一次的に判断し,これが後に裁
判所によって判断される。同一性保持権をより裁判規範として捉えることになる。後者
は,
「 著 作 者 の 意 に 反 す る 」を 構 成 要 件 と す る も の で ,改 変 の 許 容 が 明 確 で な い 場 合 に は ,
利用者は改変につき著作者の意思を確認することが求められることになるから,この規
定は利用者に向けられ,より行為規範として機能する。
発展するテクノロジーは,デジタル・コンテンツとしての著作物(複製物)の同時,
大量,同一の利用を可能とし,また改変を可能にする。このテクノロジーの発展は,世
界的規模で大量の著作物の利用を同時に又は最終利用者の需要に応じて生ぜしめる。こ
のシステムを構築する主体に又はこのシステムに参加して送信等を行う者に対し,事前
に著作者の意思に沿わざる改変が生じないかを検討し,自己の行為の適法性を確認すべ
き義務を負わせること以外に,著作者の人権・人格権を保護する法的システムを構築す
ることはできない。
現 行 法 上 の「 著 作 者 の 意 に 反 す る 」改 変 を 同 一 性 保 持 権 の 要 件 と し て 選 択 し た 法 意 は ,
発展するテクノロジーに対応する同一性保持権の要件としても相当の理由が存在しつづ
けていると言うべきである。
3 本論文の内容
(1)同一性保持権の法的性格に関する論証
著作物を市場に供給することによってのみインセンティブを取得する著作者は,自由
な評論等の新たな著作物の創作との関係において,人格権の侵害を事前に防止する保障
を要求する。評論等著作物の利用において,著作者の人格権を侵害する状況が生ずるな
らば,著作者は人格の表出である著作物を自由市場に供給することができなくなるから
である。これが同一性保持権であって,著作物の自由市場への供給から必然的に保障さ
れるべき権利ということができる。
著作権法は,同一性保持権の保障を20条1項に定め,その要件として「著作者の意
に反する」を選択した。この選択は,第1章 同一性保持権の法的性格 で論証すると
ころであって,第1 同一性保持権の意義 において,同一性保持権の機能を示し,第
2 立法の経緯 において,旧法からの経緯,現行法改正時の議論を論証している。こ
れによって,同一性保持権の行為規範性を監視した立法政策を示している。第3 条約
との関係 において,条約との関係,第4 外国の立法例(第5 米国における「同一
8
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
性 保 持 権 」の 保 護 の 状 況 ,を 含 む 。)に お い て 比 較 法 的 研 究 を 行 い ,第 2 に 示 し た 立 法 政
策が,条約・比較法の視点からも充分承認されうる立法であることを解説している。
次に第2章において著作権法上の規範性を20条各項を解説する内で,国内法におけ
る整合性を検討している。一般的人格権の判例理論によって承認されて来た理論と同一
保持権の関係を検討し,特に,一般的人格権としての名誉権と同一性保持権の関係を分
析し,国内法制上の同一性保持権の要件と効果が,判例法理として構築されてきた一般
的 人 格 権 の そ れ と 整 合 性 を 有 す る こ と を 論 証 し て い る 。こ の 詳 細 な 分 析 と 平 易 な 解 説 は ,
この論点を示すものとして他に類例を見ない。また,利用と著作者の人格の保障との調
整機能は,20条2項に定められており,特に,同項4号による一般的事案(1号から
3号に規定された以外の事案)における調整機能が求められており,発展するテクノロ
ジーと著作物の利用・改変との関係において具体的妥当性を有する調整が行われなけれ
ばならないという問題を提起し,筆者の私見につなげている。下記の重要部分は以下の
とおりである。
(2)20条1項「著作者の意に反する」の規範的意義の論証
ア 一般的人格権との関係
一般的人格権としての名誉権は,社会的評価すなわち「名誉又は声望」を害されるこ
とを要件として,その法的効果として現在の侵害に対し差止請求権を肯定し,名誉の回
復 に つ き 謝 罪 広 告 請 求 権 を 肯 定 す る( 民 法 7 2 3 条 )。社 会 的 評 価 の 侵 害 に 至 ら ざ る 名 誉
の 侵 害 に 対 し て は ,損 害 賠 償 請 求 権 に 止 め る( 民 法 7 1 0 条 )。著 作 権 法 の 同 一 性 保 持 権
の侵害は,その要件を「著作者の意に反する」としたことによって,著作者に一般的人
格権の侵害を超えた保護を与えたことになる。すなわち,名誉又は声望を害するに至ら
ざる侵害であっても,損害賠償請求権は勿論,差止請求権が肯定される。
謝罪広告請求権については,一般的人格権と同じ範囲での保護に止まるが,これは謝
罪広告が侵害者の良心に反する広告を強制することから被侵害者の名誉又は声望を回復
に必要不可欠の場合にのみこれを許容するという判例法理によるものである。
この一般的人格権との差異をもって,整合性を欠く又は過重な保護であるとして,2
0条1項の要件を一般的人格権の要件に付合させるべきであるという説が存在する。し
かし,本論文は,立法の経緯,条約,比較法的検討を踏まえ,著作権法は,一般的人格
権に止まらない保護をあえて選択したものであり,著作物の自由市場への供給に伴う人
格的侵害を防止する機能を考慮して,事前の侵害防止機能を著作者に付与したというべ
き立場に立ち,著作権法上の同一性保持権の要件とその効果は,一般的人格権のそれと
整合性を有しつつ,上記立場を堅持する。この一般的人格権との関係についても充分な
考察がなされている。また判例法理と本論文の見解の正当性及び他の学説の不当性につ
いて充分な論証がなされている。
イ 行為規範としての機能
以上の立法による選択によって,20条1項は利用者に対する行為規範として機能す
ることとなり,著作者人格権の侵害を事前に防止する機能を有することを導き出してい
る。利用者には,改変が「著作者の意に反しない」という場合にその改変を伴う利用を
行 う こ と が 求 め ら れ る 。著 作 権 者 が 利 用 を 許 諾 す る 場 合 に も 著 作 者 の 意 を 確 認 す る 又 は ,
20条2項の各号特に4号による抗弁の存在を自ら確認できる場合に改変を伴う利用を
許諾することが求められるなど,利用者,利用を許諾する著作権者の行為規範性が示さ
れている。この考え方が,発展するテクノロジーとの関係においてその発展の障害にな
るか,調整が可能かの論証に進んでいる。
これに対し本論文は,著作権法20条1項が「著作者の意に反する」を要件とした
ことによって,著作者は,裁判所における著作物の社会的評価と改変後のその評価に曝
されることから免れることを示している。
「 名 誉 又 は 声 望 」要 件 を 導 入 す る 法 制 に よ る 場
合,著作物の社会的評価を減殺したか否かの争点を裁判所が判断せざるを得なくなり,
これは当該著作物及びこの改変によって生じた二次的著作物に対する文芸,学術上の社
会的評価を行うことになるのであって,司法裁判所の権能としての限界を超えるという
9
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
視点を示し,さらなる調整原理を論証している。著作権法上の同一性保持権は,著作物
とその改変に関する社会的評価を裁判所に行わせる必要がないものとしたことの意義は
大 き い と 言 わ ざ る を 得 な い 。こ の 点 も 一 般 的 人 格 権 の 侵 害 の 有 無 と 異 な る と こ ろ で あ る 。
これを著作者の立場から考察すれば,著作物の社会的評価は,自由な評論等の場面にお
いて行われるものであって,公権力による評価,公権力による保護の要否に関する決定
を受けないという自由主義的原理による制度的保障に依拠して同一性保持権が存在しう
るということを意味するという。この原理は,文芸・学術の思想を表現する著作物の保
護につき一般に存在しうるところであり,学説において反対するところはない。この原
理の具体的適用例として,
「 パ ロ デ ィ・モ ン タ ー ジ ュ 事 件 」を 検 討 し ,第 一 次 上 告 審 判 決
がこの原理に沿う立場を取ること,この立場が本論文の支持する見解であることを示し
ている。
(3)20条2項の規範的意義と本論文の新提言
上記の2原理によると,利用との調整がいかなる方法で行うべきかの問題が提起され
る。これにつき本論文は,以下のように論証している。
20条2項は,同一性保持権侵害に該当する改変に対する抗弁と認められ,1項の構
成要件と抗弁としての要件が整合的に解釈されなければならない。特に,一般的事案に
おける抗弁として機能する4号は,その規定の仕方,各号との整合性を考慮して,判例
理論として形成されて来た厳格解釈説を一応肯定しなければならないことを論証してい
る。これに反対する著作権者による許諾がある場合にこの範囲の改変を許容するという
翻案許容説や名誉又は声望を害することのない場合には4号が適用になるという説など
はいずれも1項と2項4号との整合性を欠き,著作権法上の明文規定(50条)に反す
る結果にもなるという。しかし,この反対説によって示されるところの4号の活用にも
相当の理由があることを示している。特に,4号が厳格に解されていたことによって,
改変を真に許容すべき事案の解決が権利濫用等一般法理によって対処されて来たことが
認められるからである。また,著作物のデジタル・コンテンツとしての利用に伴う新し
い特性に対応した柔軟な解釈が求められていることからも,著作権法固有の条項による
抗弁によって具体的解決を計れるよう解釈することが求められるという。
そこで,20条2項4号を著作者側の改変を禁止する諸事情と利用者側の改変を伴う
利用の必要性等の諸事情をすべて主張立証させうる規定と考え,この総合評価によって
改変の許否を裁判所が決しうるという利益衡量説に立ちつつ1号から3号までの規定と
の整合性,4号が「やむを得ない」場合のみ改変を許容するという明文をもって規定さ
れていること等を考慮すると,総合的評価をドイツ著作権法上の「正当なる」改変とパ
ラレルに解釈することはできないことを論証した。明文上の「やむを得ない」に該当す
る程度,すなわち権利濫用に該当する程度に改変の禁止に不当性が肯定される場合にこ
れを許容するという見解を示し,同号の法的構成は,改変が「やむを得ない」ものであ
ることを規範的評価概念とし,利用者側の利用・改変を求める諸事情を白紙の構成要件
(評価根拠事実)として,これを利用者側の抗弁としてその立証責任を負担させる法的
構成を提言している。このことによって,著作者側は,改変の不当性,著作者側の諸事
情のすべてを「やむを得ない」改変に関する評価障害事実(再抗弁)として主張するこ
とができることになる。それぞれに挙証責任を負担させることができる点において公平
性を担保させたうえで,著作者の同一性保持権と利用の調整原理とすることを提言する
ものである。
(4)同一性保持権に関する事案分析(パロディとの関係)
同一性保持権と改変の許容範囲が争点となった事案として,主に「パロディー・モン
タージュ事件」と「ときめきメモリアル事件」を検討している。前者は,これまで論じ
て来た同一性保持権の本質,判例法理と20条1項の要件及び20条2項4号の抗弁の
要件から第一次上告審判決が示した判断が支持されるべきことを示している(これは学
会における通説であるが,これまでの評釈等文献をすべて引用し外国立法例を踏まえ,
10
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
通 説 の 見 解 を 充 分 論 証 し て い る と こ ろ は 他 に 類 例 を 見 な い 。)。
さらに,本論文は,自由権的著作権思想から,裁判所は著作物と改変後の二次的著作
物に関する社会的評価に立入るべきではなく,いかなる目的の改変であっても,また文
芸・学術分野における確立された手法であっても,改変の客観的存在を認定し,20条
2項4号において「やむを得ない」改変であることを立証しえない場合には抗弁が成立
し得ないという立場を堅持すべきであることを論証している。
「 パ ロ デ ィ ー・モ ン タ ー ジ
ュ 事 件 」に お い て 示 さ れ た 改 変 の 必 要 性 は ,被 改 変 著 作 物 で あ る 原 著 作 物 に 対 す る 批 判 ,
諷刺,揶揄に該当するものではない。この点からも原著作物の著作者が20条2項4号
によって改変を受忍しなければならない理由はないという新しい見解を示している。ま
た,パロディ事案の解決にあたって,同一性保持権の本質に関する本論文の見解(自由
権的著作権思想と行為規範性)と20条2項4号の適用される範囲に関する本論文の見
解(「 や む を 得 な い 」を 規 範 的 評 価 概 念 と す る 利 益 衡 量 説 )に よ っ て ,整 合 性 を も っ て 解
決がはかれるという結論に導いている。
(5)同一性保持権に関する事案分析(ゲーム改変ソフトの関係)
発展するテクノロジーと同一性保持権の関係については,自由権的著作権思想,同一
性保持権の行為規範性,20条2項4号の適用範囲を検討したうえ,具体的事例の分析
としては,主に「ときめきメモリアル事件」第一審から上告審判決を検討している。こ
の事案は,ゲームソフトに関する改変ソフトの販売の事案であるが,同種争点は,イン
ターネットで送信される各種コンテンツの改変サービス,改変ソフトの提供等に関わる
事案と共通することが想定される。コンテンツの改変という点において発展するテクノ
ロジーと同一性保持権の範囲を考察する判例と見ることができるので,参考になるとい
う考えによる。
この事案の争点は,
「 ゲ ー ム 影 像・音 声 出 力 に 関 す る 著 作 物 性 」,
「改変ソフトによる同
一 性 保 持 権 の 侵 害 の 成 否 」,「 侵 害 の 主 体 性 」 の 3 点 で あ る 。 本 論 文 は , こ れ ま で 同 最 高
裁判決の論証及びこの評釈が不十分であったことを解明したといえよう。本件は,改変
ソフトの供給をプレイヤーの改変行為に対する幇助行為と認め,損害賠償を肯定した事
案と考えている。これによれば,プレイヤーの私的領域における改変が同一性保持権の
侵害を構成するかという論点を考察しなければならないことになる。しかし,私的領域
であっても改変の客観的行為が認められる以上,20条1項の要件は充足されていると
い う べ き で あ る こ と を 論 証 し て い る 。こ れ を 私 的 領 域 に お け る 改 変 に と ど ま る も の は「 名
誉又は声望」を害するに至らないという理由から,構成要件該当性を欠くとか,20条
2項4号によって違法性が阻却されるという説は,実定法の明文規定に反することとな
り,取り得べき説とはならないと思料し,上告審判決を支持するものであることを示し
ている。
本件の特徴は,これから生ずるテクノロジーの発展にともなう同種の争点に内在する
問 題 を 提 起 し て い る こ と で あ る 。そ れ は ,大 量 商 品( コ ン テ ン ツ )に 対 す る 大 量 改 変( 改
変ソフト,サービスの提供)という問題である。この点で,私的領域における個人的な
一つの改変に関する事案とは,法的評価を異にするとの見解を示している。大量改変の
事 実 を 承 知 す る プ レ イ ヤ ー に よ る 改 変 は ,一 つ の 改 変 を 行 う プ レ イ ヤ ー の 事 案 と 異 な り ,
20条2項4号による「やむを得ない」を改変には該当しないと見るべきで,プレイヤ
ーによる抗弁は成立せず,然るが故に,これらに改変ソフトを供給する大量改変の本来
の元凶を幇助として違法とすることはやむを得ない結論というべきであることを論証し
て い る 。「 と き め き メ モ リ ア ル 事 件 」 を 介 し て , 同 一 性 保 持 権 の 基 本 原 理 , 2 0 条 1 項 ,
20条2項4号に関する本論文の見解は一貫して解釈されうるものであることを論証し
ている。
「 と き め き メ モ リ ア ル 事 件 」の よ う に 大 量 商 品 に 大 量 の 改 変 を 生 じ さ せ る 改 変 ソ
フトの販売が,当該ゲームに「専ら」使用され,改変「のみ」の目的を有するという要
件が具わっている場合に,違法性を肯定しえないというのでは結論としての妥当性を欠
くというのが一般的法感情からも指示されることを示している。
発展するテクノロジーとコンテンツの同一性保持権との関係は「
,ときめきメモリアル
11
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.
松田政行
「同一性保持権の研究」要旨
事件」で想定したところではあるが,これを超えていかなる事案が生じるか不明といわ
ざるを得ないところがある。本論文では20条1項に定める同一性保持権侵害の要件を
そのまま改変事案に適用すべきであることを示す。これに対し,テクノロジーの発展に
資するためインターネット上における利用の許諾は著作者の同一性保持権に関する同意
と見なすべきであるとか,デジタル・コンテンツとして利用することを許諾された著作
物は,同一性保持権を放棄したものと見るべきだという議論があるが,むしろ,発展す
るテクノロジーの提供者は,大量コンテンツ・大量改変の危険性が有ることを知り,2
0条1項の構成要件に沿った法の適用がありうべきことを承認することがテクノロジー
と文化の発展に不可欠であるとして,本論文は,現行著作権法の解釈と立法政策の視点
を示すところとなっている。
以上
12
ⓒ 2006 Masayuki Matsuda, All rights reserved.