心臓血管手術後の不整脈予防の観点から

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.
(
.
): ∼ シンポジウム Ⅲ
<心房細動とアミオダロン>
心臓血管手術後の不整脈予防の観点から
新 田 隆*
いて,電気生理学的評価,炎症の定量化,不均一伝導
はじめに
と炎症の相関に関する検討,および組織学的検討が行
心臓血管手術後にはおよそ3
0∼50%の頻度で心房細
われた.
動(AF)の合併がみられる.このようなAFの影響は頻
電気生理学的評価における有効不応期(ERP)の推移
脈の発生のみにとどまらず,一時的ペーシングを必要
を図2に示す.コントロール群では麻酔施行後にERP
とする徐脈や低血圧,心不全,脳梗塞などの問題を生
の短縮が示されたのに対し,心膜切開群では手術前後
じ得る.また,入院期間の延長や医療費の増加につな
で有意な変化が認められていない.一方,心臓手術の
がることも指摘されている.
シミュレーションに相当する右房切開の施行群では,
術後のAF発生頻度は手術内容によって異なり,通
術後のERP延長が認められたが,この変化はプレドニ
常の冠動脈バイパス術
(CABG)では約3割,人工心肺
ゾロン投与により減弱した.
非使用下のCABGでも約2割とされる.大動脈弁ない
誘発試験におけるAF発生頻度をみると,コント
し僧帽弁疾患の手術では発生率がさらに上昇し,複数
ロール群では約半数に持続時間の短いAFを認めるの
手術の同時施行では6割前後に達する(図1)
.一方,
みであったが,心膜切開群では持続性のAFが約6
0%
その発生は術後2日目に最も多く,以降は徐々に減少
で誘発された.心房切開群では持続性AFの比率がさ
1)
らに高く,非持続性AFの発生も認められている.これ
することが報告されている .
に対し,プレドニゾロン群ではAFの発生と持続がと
術後の心房細動発生に対する炎症の関与
もに抑制された.
心臓手術後のAF発生機序としては,心房の外傷や
その機序を明らかにするため,右房側壁のマッピン
機械的伸展の影響に加え,心外膜における炎症の関与
グにより各群の興奮伝導パターンを評価した検討では,
が重要な要因として注目されている.その他,低酸素
心膜切開群で軽度の伝導遅延,心房切開群で著明な伝
血症やアシドーシス,電解質異常,交感神経系の亢進
導遅延がみられたのに対し,プレドニゾロン群では伝
による電気生理学的変化など,AFの発症に関与する
導遅延が抑制された.また,右房における不均一伝導
因子は多数に及ぶ.
を定量化した検討では,右房切開による不均一性の増
このうち炎症に関しては,興奮伝導とAF発生への
2)
大,およびプレドニゾロン投与による均一性の回復が
影響を検討した研究 が報告されている.この研究で
確認されている(図3)
.心房切開群における興奮伝導
は24頭の雑種成犬が対象とされ,麻酔のみを行ったコ
の阻害要因としては,心房筋の病理組織学的検討によ
ントロール群,麻酔に加えて心膜切開を施行した心膜
り好中球の浸潤が観察されており,プレドニゾロン群
切開群,麻酔+心膜切開+右房切開の心房切開群,さ
ではその抑制が示された.
らにステロイド投与を追加したプレドニゾロン群にお
以上の結果から,心膜切開,心房切開などの手術操
作は炎症を引き起こすことが明らかにされた.炎症を
*
T. Nitta:日本医科大学心臓血管外科
生じた心房筋では,その程度に相関して興奮伝導の不
―
(
718)―
第1
3回アミオダロン研究会講演集
心房細動発生頻度(%)
100
80
60
40
20
0
Non−cardiac
OPCABG
CABG
AVR
MVR
AVR+MVR MVR+CABG
図1 術後心房細動発生頻度
CABG:冠動脈バイパス術,OPCABG:人工心肺非使用下CABG,AVR:大動脈弁置換術,MVR:僧帽弁置換術.
C 160
120
ERP
(ms)
PreOP
140
ERP
(ms)
P
p=0.004
PostOP
100
160
PreOP
120
PostOP
100
80
80
60
100
150
200
S1S1
(ms)
60
100
300
250
A 160
PostOP
200
S1S1
(ms)
PreOP
100
300
250
p=0.004
140
ERP
(ms)
120
150
PRE 160
p=0.004
140
ERP
(ms)
p=0.092
140
PostOP
120
PreOP
100
80
80
60
100
150
200
S1S1
(ms)
60
100
300
250
150
200
S1S1
(ms)
250
300
図2 有効不応期の術前後変化
C:コントロール群,P:心膜切開群,A:心房切開群,PRE:プレドニゾロン群.(文献2より引用)
p=0.921
均一性が高まり,AFの基質形成に至る.したがって,
p=0.019
このような病態を改善する抗炎症治療は,AFの発生
Inhomoçeneity index of
RA conduction
p<0.001
2.5
p=0.003
を抑制し得ると考えられる.
p=0.004
p<0.001
2
臨床試験にみるアミオダロンの
術後心房細動抑制効果
1.5
1
術後のAF予防におけるアミオダロンの有効性は,
0.5
多数の臨床試験で確認されている.合計1
9の無作為化
試験に基づく20
06年のメタ解析3)では,全試験におい
0
C
P
A
PRE
てアミオダロンによる術後AF発症率の低下が認めら
図3 右心房の不均一伝導
C:コントロール群,P:心膜切開群,A:心房切開群,PRE:
プレドニゾロン群.
(文献2より引用) れたことを示しており,メタ解析によるオッズ比は
05
. 0と有意に低値であった.また,入院期間もアミオダ
―
(
719)―
. p<0.01
Amiodarone
Placebo
40
p<0.0001
30
p<0.001
20
10
0
Any AF
(%)
Symptomatic AF
(%)
Duration of AF
(h)
図4 術後心房細動発生頻度および持続時間に対するアミオダロンの効果
(AFIST試験)
(文献4より引用) p<0.05
(%)
p<0.05
40
Placebo
Amiodarone
Placebo+Pacinç
Amiodarone+Pacinç
30
20
10
0
Any AF
Symptomatic AF
Recurrent AF
図5 術後心房細動発生頻度に対するアミオダロンとペーシングの効果
(AFISTⅡ試験)
(文献5より引用) ロンにより全試験で短縮されており,オッズ比は06
. 日
された.この試験では術直後にアミオダロンの静注を
と有意であった.
開始し,引き続き経口投与へと継続する治療の有効性
開心術後例に対するアミオダロンの効果を本格的に
が検証されている.静注では10
, 50 mgの1日投与,経
検討した最初の研究は,2
0
0
1年に報告された無作為化
口では12
, 00mg/日×4日の投与が行われており,アミ
4)
二重盲検試験のAFIST である.この試験では,CABG
オダロンの投与量は非常に多い.また,AF予防におけ
などの開心術が施行された2
2
0例をアミオダロン群と
る心房ペーシングの効果を同時に検討していることが
プラセボ群に割り付け,術前5日・術後4日の投与を
本試験の特徴である.
行った結果,アミオダロン群において術後AFの有意
術後のAF発生率は,アミオダロンとペーシングの
な減少,およびAF持続時間の有意な短縮を認めた(図
併用群で最も低かった.しかし,ペーシングを施行さ
.アミオダロンは有症候性のAFも著明に抑制して
4)
れたプラセボ投与群ではAFの増加を認めており,心
おり,AF再発の予防効果も有意であった.ただし,退
房ペーシングのAF予防効果は疑問視される.一方,ア
院時における洞調律維持例とAF症例の比率について
ミオダロンの非投与群ではAFの発生が著明に多く,
は,両群間に有意差が認められていない.一方,冠動
静注+経口投与のアミオダロンがAFの発生を抑制す
脈疾患の有無や年齢によるサブグループ別の解析では,
ることは明らかである
(図5)
.
AF発生のハイリスク群とされるβ遮断薬非投与例に
最後に,アミオダロンの予防的投与による術後の
おいて,特に高いAF抑制効果が認められた.また,AF
AF抑制効果を検討したPAPABEAR試験6)を紹介する.
以外の臨床徴候として,脳血管障害と心室頻拍の有意
この試験ではCABGおよび弁膜症手術の施行患者601
な抑制も示されている.
例が対象とされ,術前6日と術当日,および術後6日
5)
200
3年には同グループからAFISTⅡ の結果が報告
の計1
3日間にわたり,アミオダロンもしくはプラセボ
―
(
720)―
Atrial tachyarrhythmia
(%)
第1
3回アミオダロン研究会講演集
30
表1 心臓血管手術後心房細動に対するアミオダロンの
効果
Placebo
20
Amiodarone
10
Loç−rank p<0.001
0
0
1
2
3
4
5
6
199
238
138
169
Postoperative day
No. at risk
Placebo
301
Amiodarone 299
295
298
284
291
249
278
223
260
・アミオダロン術前予防的投与
1.術後心房細動の発生を抑制
2.心室頻拍の発生も抑制
3.β遮断薬併用は有効
4.術後血行動態に及ぼす影響は軽微
5.心房細動が発生しても心拍数の上昇を抑える
6.脳血管合併症の発生を抑制,入院期間を短縮
・術後投与(静注+経口)
1.術後心房細動の発生を抑制
2.至適投与量,投与法など検討が必要
図6 術後心房細動発生頻度に対するアミオダロンの効果
(PAPABEAR試験)
(文献6より引用) AF再発予防を目的とする静注+経口のアミオダロン
投与についても,至適投与量や投与期間は確立されて
の経口投与が行われた.その結果,プラセボ群では術
いない.こうしたデータは欧米にも乏しく,わが国に
後2日目以降に多数のAF発生を認めたが,アミオダ
おける研究の発展が期待される.AF抑制を目的とす
ロン群ではAF発生率が有意に低値であった(図6)
.ま
るMaze手術後の再発についても,さらなる検討が必
た,AF発生時の心室における心拍数は,プラセボ群で
要であろう.
1
31回/分と上昇を呈したのに対し,アミオダロン群で
は105回/分と有意に抑制されており,アミオダロンに
はレートコントロールの効果も認められた.さらにサ
ブグループの解析でも,年齢,手術内容,術前β遮断
薬投与の有無により対象を二分した検討の結果,アミ
オダロンのAF抑制効果はすべての群で有意とされて
いる.
おわりに
心臓血管手術後のAFに対するアミオダロンの効果
を表1にまとめた.術前の予防的投与では,術後のAF
および心室頻拍の抑制に加え,AF発生時における心
拍数上昇の抑制(レートコントロール)
,脳血管障害の
抑制,入院期間の短縮といった効果が報告されている.
また,議論の分かれるところではあるが,β遮断薬と
の併用についてもAFの予防効果を認めている報告が
多い.一方,術後の血行動態に及ぼす影響は比較的軽
微と考えられる.
今後の課題としては,高齢者や左房拡大例,発作性
AF既往例などの高リスク群を層別化し,術前の予防
的経口投与を施行すべく,至適投与量および投与期間
を明らかにすることが重要である.また,術中および
術直後のAF発生時には,通常β遮断薬などを用いた
文 献
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cet 2
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Ⅱ200―Ⅱ20
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05;29
4:30
93―31
レートコントロールが行われ,循環動態の悪化した症
例では直流除細動も併用されるが,このような症例の
―
(
721)―