前号作品短評 〈慈子〉 ●降る雨に剝がれ落ちたる漆喰の蔵壁は縄目を新たに見せり 池田桂一 連作なので、大地震による被害だとわかる。一年半たったのに修復できない蔵の壁は、 雨によって少しずつ漆喰が剝がれていく。新しい傷をさらす壁は、 時間の経過をあらわす。 実景なのだろうが、さまざまなことを思わせる、ずしりとくる歌である。 「放射能数値を 朝毎記録する借り受けし線量計七日ばかりを」では、放射性物質の値を測るという具体的 な行為をよんでいる。線量計は自治体などが貸しているのだろうか。空間線量はもちろん だが、食べ物などの内部被曝にも気をつけるべき時期にあることを思いながら読んだ。 ●花 筏 い く つ の 橋 を く ぐ り き し 岩田都女 ハナイカダはミズキ科の落葉低木で、葉の上に花が咲くのでこの名がある。一連は花に 関する句が多かった。掲出句は、ひとつ前の「遡る事を知らずや花筏」とセットになって おり、語りかけるような優しさがある。作者の特徴としてキリッとした句があるが、こん な素直な句もいいものだ。「御移りや漆の器にさくらんぼ」の「御移り」は、物をもらい 返礼としてその容器に入れて返す品のこと。漆の器に何を差し上げたのだろうか、さくら んぼがお返しに入っていたという。近所付き合いなのか人間関係を感じさせる句だ。 なお、 「さくらんぼう」の旧かな表記は「さくらんばう」だが、ここではあえて「さくらんぼ」 と現 代 的 な 表 記 に し て い る 。 ●生れこん仔犬もらってとその母はティーカッププードル父ダックスロング 小野澤繁雄 読み方は「生れこん仔犬もらってと」でいったん切る。犬の種類に「ダックスロング」 という言い方があることを初めて知った。小型のいかにも可愛らしいプードルと胴長短足 の体型であるダックスフントの子どもは、どんなふうになるのか自分にはちょっと想像で きない。顔は? 脚は? 胴の長さは? 頭の中がぐるぐるするが結論には至らない。ま あ、それなりのバランスをもって生まれてくるのだろう。まじめに考えると、なかなか悩 ましい内容の歌だ。「『昨日より晴れず上らず強まらず』女性キャスター少し遊んで」は、 日差しと気温と風をおもしろく言った一瞬を見逃さなかった。 ●訪ねこし卯月なかばの昼さがり 山ざくら花咲き満ちており 河村郁子 練馬区の指定名木である山ざくらについての一連。散歩などでよく通っていたようで、 しっかり観察している。四首目までは山ざくらの概要がわかるような構成になっていて、 ひら 掲出歌は五首目にある。作者と山ざくらとの交感の場、一種の磁場を感じさせるような、 は、 ふくらみのある歌である。「開花より十日余りの山ざくら散りて広ごる片のかがよう」 散ってもなお生命体である桜の花びらが輝いているさまをうまく表現した。 20 展景 No. 67 B
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