徳島県阿波市におけるトマト生産と加工を融合させた六次産業への試み

徳島県阿波市におけるトマト生産と加工を融合させた六次産業への試み
横畠康吉(NPO 法人 AUG)
・池本未希(同)・
池本有里(四国大学)
・山本耕司(同)
Keyword: 地域農業,六次産業化,地域活性化
【1 はじめに】
日本の農山村は解決しなければならない多くの問題を抱
集落維持問題,地域産業活性化問題など,社会経済的に解
えている.とくに中山間地域などの条件不利地域を対象に
決しなければならない多くの課題に直面している.加えて
した問題点は,小田切の指摘する人・土地・村の空洞化に
少子高齢による人口縮小社会の流れは,歯止めがかからず
集約される.
地域経営のベクトルが定まらない状況にある.地方自治体
人の問題は,人口の減少である.この減少は,高度経済
は個性豊かな地域経営施策を進め,地域産業活性化のため
成長期に見られた余剰労働力の域外流出によって引き起こ
の地域振興対策を推し進めなければならないと認識してい
された.これは過疎,過密問題として捉えられた.
る.
人口の域外流出の動きは緩やかになり,これまでの状況と
地域産業は、県総面積の 80.00%が山林面積という自然
質的に異なる状況に変化している.人口の社会減少化に比
環境を反映し成立した第一次産業に高いウエイトを占めて
べ,人口の自然減少が顕在化したことである.人口構成は
いる.この地域の風土条件から地域創生事業を展開すると
高齢者社会が進行し,人口の自然増は少なく,自然減少に
すれば,
「あるものはある」
「ないものはない」の基本的発
よる人の空洞化である.
想から生まれる六次産業でなければならない.一次産業の
農山村地域では人口減少にともなう農林業の担い手不足
生産物に付加価値を付ける商品開発と販売システムを構築
が顕在化した結果,耕作地の放棄,農地の潰廃,林地の荒
し,地域産業の新たな地平を求めようとする方向にある六
廃などにより,農地や林地の空洞化も広範囲に見られるよ
次産業が求められている.
うになり,農山村地域の社会問題として捉えられるように
なった.
人・土地の空洞化は,人の自然増が伸び悩み,自然減少
が増加している農山村地域で顕在化している.このような
地域産業の地平に出現している六次産業化は,活力ある
地方自治体(農村)の再生に必要不可欠な存在となってい
る.本報告はトマトの生産と加工・販売によって地域経済
活性化に取り組む農家の事例を報告する.
地域にある集落は,集落維持機能が保たれず,村の空洞化
につながる.村を構成する集落は機能が失われ限界集落化
し,臨界集落となっていくことで,村の空洞化はさけられ
【3 地域の性格】
ない問題である.このような社会的問題に対応するために
平成の大合併により,徳島県阿波市は 2005 年 4 月 1 日に
は,農山村地域の空洞化の実態と課題を知り,地域住民・
板野郡吉野町・土成町,阿波郡市場町・阿波町4町の合併
行政・産業組織に属する人達が組織的に農山村地域の再生
により成立した自治体である.阿波市の面積は,190.97 ㎞
は現実のものとならない.
平方メートルで,可住地面積は市域面積の 47.0%に当たる
地域再生の糸口となるかも知れない農山村地域において
89.78k㎡である.徳島県の平均可住地面積比率が 24.80%
小さな六次産業を成立,発展させ地域振興に取り組んでい
であるのと対比すると,阿波市は平野部の占める比率の高
る事業実態を見ることで,地域再生の支援が現実になるも
い地域である.
のと思われる.
2010 年の人口は,39,255 人,世帯数は,13,248 世帯で
ある.2005 年と比較すると,人口は 1,820 人の減少である
のに対し,世帯数では 242 世帯の増加となって,少子高齢
【2 問題・目的背景】
社会の一般的性格を示している.
全国的傾向を反映するかのごとく,徳島県内中山間地域
阿波市は吉野川の下流左岸に位置し,温暖で比較的降雨
を抱える多くの自治体は,少子高齢問題,医療福祉問題,
量に恵まれている.地形的には吉野川左岸を東西にのびる
讃岐山脈から吉野川に向かって南に傾斜する複合扇状地の
ンは日本たばこ産業からの転作指導で,葉たばこに替わ
広がる地域である.
る作物として導入された.1880 年半ばにはアムスメロン
この地形上の制約によって社会経済活動が支配されると
の生産団地が形成された.アムスメロンの生産が軌道に
いう特色が見られた.扇状地の扇頂,扇側,扇端部は,水
乗りはじめると,県からアムスメロン生産団地の指定を
利条件の恵まれた部分であり,主要な社会経済活動が行わ
受けた.産地指定を受けたことでハウス経営農家は安定
れてきた.扇央部は,水が欠乏するため,比較的乾燥に強
した収益をあげるようになった.
い葉たばこ栽培を中心に,いも・麦類,果樹の栽培に特化
した畑作商品作物で農家経済を成立させた.
県からのハウス園芸作物生産団地の指定は,原田氏の
経営内容を葉たばこ栽培からハウス経営に移行させた.
25a の畑地に 9 棟のハウスを設け,アムスメロンときゅう
りの年二毛作をハウス経営に取り入れ,安定的経営維持
【4 研究方法・研究内容】
してきた.出荷先は系統出荷を中心に大阪市場に出荷さ
徳島県内の六次産業は,行政の支援を受けながら商工
れ,一部個人業者の手による販売が行われた.ハウス経
会経営指導員が火付け役となり成立したもの.農業経営
営は 1880 年から 2005 年まで 25 年続けられた.2000 年頃
者が個人として六次産業化に取り組み成功したもの.農
から連作障害の発生による収益性の低下が顕在化した.
協職員が舵取り役となり農協婦人部の活動で加工.販売
この解決策として2003年にアムスメロンとキュウリに替
を組織化したものなどである.規模的には零細であるが
わる作物として,日本たばこ産業の勧める糖度の高いト
販売網を全国に広げる事業所もある.これらの事業所の
マトの栽培に切り替えた.試験栽培は,9 棟のハウスの内
実態把握するために,臨地調査を中心に,ヒアリングに
2 棟で始めた.収穫した完熟トマトは糖度も高く消費者か
よる資料収集を行い,データの蓄積から事例内容を分析
ら好評を博した.これが引き金となり本格的トマト栽培
する方法を用いた.
を始めるようになった.完熟トマトは,2004 年に完熟フ
ここでは,阿波市土成町のトマト栽培農家である個人
ルーツトマト「星のしずく」として商標登録を申請した.
営農者が糖度の高いトマトの付加価値を付けるために加
さらに,
「星のしずく」は、徳島県有機減農薬栽培作物の
工食品化を進め,六次産業化と結びついた事業を展開す
認定である「とくしま安全安心農産物」を取得した.さ
るに至った事例から六次産業の成立するメカニズムを明
らに,認定条件の厳しい「とくしま安2農産物(安 2GAP)
」
らかにしている.
として 2011 年 11 月に登録されると,
市場価値は上昇し,
販売は好調となり,売り上げも順調に推移している.
【5 研究内容・一般的性格】
阿波市のハウストマト栽培農家である原田氏は,糖度
【6 研究内容・食品加工】
の高いトマトの生産販売を行っていた.この生産された
原田氏は,完熟トマトの高付加価値を目指す目的で,
トマトと食品加工と販売が一体化され六次産業が成立し
加工食品の製造に取り組むことになり,トマト生産者だ
た.
からできる加工品であるケチャップをつくることになっ
六次産業成立の過程で,社会的・経済的要因が農業経
た.取り組みの要因は,市販されているケチャップは人
営を大きく転換させた.戦前・戦後期を通じて農家の現
工的に作られた味であることを教えられ,トマト農家だ
金収入は葉たばこに傾斜していた.1980 年代になると外
からできるトマト本来の味でケチャップを作りたいとの
国産葉たばこの輸入が始まり,阿波葉(黄色種)との競
思いから加工食品づくりに取り組んだ.製品化への道は
合に押され,収益が減収しはじめた.危機感をもった葉
生やさしいものでなかったが,レストランオナーシェフ,
たばこ栽培農家は,葉たばこ阿波葉に替わる作物の導入
料理研究家,ホテル支配人などの支援や助言などもあり,
を検討しはじめた.
完熟トマトのケチャップ「ルナロッサ」の製品化と販売
時代は地方の時代といわれる時代となり,阿波市の農
が行われるようになった.ケチャップ「ルナロッサ」の
業活性化を図る目的で,新たな農業地域の形成を目指す
商品化に続いて,ドレッシング「エトワール」
,トマトソ
方向としてハウス園芸団地の形成を進めることになった.
ース「阿波のアラビアータ」
,トマトコンポート「赤い宝
園芸団地に導入されたのは,メロンであった.このメロ
石」
,生ドレシング「とまとのきもち」
,とまとジャム「ご
ちそうジャム」などの加工食品が開発され販売されてい
る.
流通市場で最も重要な要素は、製品のネーミングであ
る.商品のネーミングは家族で名称を考え,提案しあう
2005 年からトマト加工品の製造にかかり,2006 年 12
中で考案された.完熟トマトを見て,赤い宝石のように
月に製品化し販売している.試作品づくりは吉野川市の
見え,星のような輝きがあり,完熟トマトから果汁が滴
食品加工業者に依頼し商品化を行った.2009 年 11 月に自
のようにしたたるイメージから商品名として「星のしず
社工場が完成し,
「ルナロッサ」
「アラビアータ」を自社
く」と名付けられた.
工場で製造が始まる.工場の完成後は,商品開発が容易
トマトピューレー「ルナロッサ」の商品化は,自分の
になり,
「赤い宝石」
「とまとのきもち」
「ごちそうジャム」
子たちに安心して食べさせてやりたい.生産者の顔が見
など,新商品を続けざまに開発し製品化している.
える安心できる商品を求める人達が大勢いるという思い
完熟トマトの食品加工製品は6種類ある.2006 年フル
から商品化したとのことであった.
ーツトマトピューレー「ルナロッサ」の商品化を皮切り
「ルナロッサ」は,完熟トマト「星のしずく」と「黒
に,2007 年フルーツトマトドレッシング「エトワール」
潮源流塩」を調味料としてつくられた製品で,添加物を
2009 年地域連携を図った製品美馬市美馬交流館製造の青
一切使用しないで商品化したものである.生産者こだわ
唐辛子「みまから」との地域連携を図った製品,トマト
り商品である原田トマトのつくる製品は,原材料の生産
ソース「阿波のアラビアータ」が製品化された.2011 年
→原材料の加工(製造商品)→販売の連携システムによ
には,フルーツトマトコンポート「赤い宝石」生ドレシ
り成立している.いわゆる食の自給という農業単体でな
ング「とまとのきもち」トマトジャム「ごちそうジャム」
く加工・流通・販売の一体化による付加価値の拡大を図
の製品を世に送り出した.続いて,洋菓子作りが計画さ
るという六次産業の基本的な考え方に従った雇用の場を
れている.多くの人の支援で生まれた商品は,各種のコ
創出し,地域の活性化につなげるという事業を起業した
ンクールに出品し受賞している.2008 年開催の特選阿波
ものである.
の逸品に「エトワール」
「ルナロッサ」が選出された.こ
販売先は,2010 年 10 月 1 日より,東京都にある西部渋
の2品は 2008 年 11 月社団法人徳島県物産協会第一回
「特
谷店 A館地下一階「ザ・ガーデンプラス渋谷」にて「エ
選阿波の逸品認定商品」に選定された 8 品に数えられて
トワール」
「ルナロッサ」
「阿波のアラビアータ」が販売
いる.
される.2011 年お中元商品として,徳島そごうにおいて
トマトピューレー「ルナロッサ」は,2009 年優良ふる
販売が開始された.同年全国の西武,そごうのお歳暮商
さと食品中央コンクール「新製品開発部門農林水産省総
品カタログにも採用された.原田トマトでは,計画的販
合食料局長賞」を受賞.2009 年から 3 年間「明治神宮の
売戦略を実践している.結果として,原田トマトの名と
秋の大祭」に奉納している.原田トマトの加工食品は,
星のしずくの名が全国に知られるようになった.
多くの受賞を通じて商品としての知名度も上がり,出荷
も順調で,売る上げも伸びている.
今後は,限定された一次産品量と販売量とののバラン
スをいかに均衡あるもとするかが課題となる.現在の原
原田トマトの売り上げは次の通りである.
原田トマト売り上げの推移
田トマト販売戦略は,多品種少量生産方式であり,これ
から先もこの方式は変わることなく、商品のブランド力
を強化することが求められる.
2006 年度
約 50 万円
【7 研究内容・商品開発】
2007 年度
約 100 万円
商品開発は,商品加工に係わる多方面の方々の支援が
あったという.完熟トマトケチャップの商品開発では,
2008 年度
約 200 万円
東京世田谷のイタリアレストラン「フォルツァナポリ」
のオーナーである須藤氏に力添えを請い,4 ヶ月間に及ん
2009 年度
約 450 万円
だ試作品のやりとりの後に,レストランオーナーの厨房
への招待で,ハウスもぎたてトマトの味が再現されたソ
2010 年度
約 850 万円
ースの作り方を伝授されるなどした後,半年かけて今の
フルーツトマトと塩だけのピューレーを完成品にした.
ピューレー製品は,須藤オーナーが名付けた「ルナロ
ようになったことで,産業化の方向が見いだせている.
ッサ」として販売されている.販売では,鳴門市にある
5 経営は家族を中心である.加工部門には地元女性を
ルネッサンスホテルの支配人の目にとまりルネッサンス
雇用し,製品づくりに従事させている.原料生産量と生
の売店で販売された.
産期間が限定されるので大量生産できない状況下にある.
6 家族経営であるが,家族それぞれが部門の責任を果
【8 分析結果】
たしている.トマト生産管理部門は主人が,新商品開発,
ここでは,農村振興を目的とする一次産業の六次産業
加工管理は妻が,商標マーク・包装及び,ネット販売に
化の起業実態について検討したものである.六次産業の
ついては長女夫婦がそれぞれ主に担当している.
概念は,一次産業+二次産業+三次産業によって起業さ
れる産業を示している.1990 年代に今村氏によって提唱
され使用される.最近になって一次産業×二次産業×三
【10 今後の展開】
次産業と掛け算で考えられるようになった.徳島県では
現状は家族と少数の雇用者により,農場,自家工場で
六次産業化法 1911 年 3 月 1 日より六次産業化法が施行さ
生産したトマトの加工品を大手百貨店,ホテル売店,徳
れた.
島マルシェ,ネット販売を行うなど,堅実な販売を行っ
徳島県では,中山間地域農業の維持・振興に努めてお
ている.生産,商品の企画開発,販売は家族の機能分担
り,中山間地域への直接支払い等を活用し,中山間地域
で対応している.多品種少量生産方式に対応した経営で
の持つ多面的機能の維持や耕作放棄地の発生防止し,地
あり,今後もこの方式を継続することになろうが,周年
域特産物の加工・販売による就業機会の増大や新規就農
製造販売への問題点がのこる.
者等の担い手確保,地域に応じた事業の推進や取り組み
を支援している.
地域農業のブランド化を推進した原田トマトの六次産
加工原料のトマト生産量が増加すれば,生産稼働の長
期化につながるが,現在のところトマト生産農家のつな
がり意欲が乏しく,組織づくりが進んでいない.
業産品は,農商工等連携促進法や六次産業化法を活用し
地方創生という大型の地域活性につながるものではな
た農産物の付加価値を高め,消費者と直結した販売によ
いにしろ,地域やふるさと創生事業につなげる方向を指
り,規模に経済が重視された時代にはなかった新しい地
向させるという問題がのこる.
域活性化の取り組みを支援している.
【引用・参考文献】
1.小田切徳美(2009)
:
「農山村再生-限界集落問題を
【9 考察】
この研究調査を通じてトマトの生産,加工,販売を手
がける六次産業の成立は次の要因による.
1 六次産業化は,農家収入の低下による新たな作物の導
入を図ることを余儀なくされた環境から出発したトマト
生産に始まる.
2 トマトの付加価値を付ける方向として食品加工によ
る道を選択した.トマト加工食品の市場が一般家庭,レ
ストラン,贈答品分野など,比較的広範囲に及んだこと
が,起業活動に影響して事業が成立している.
3 製造された商品のネーミングが個性的で印象深く,市
場にうまく溶け込んだものとなり,原田トマトの知名度
を上げている.
4 トマト原料を食品に加工・販売する六次産業は,小
規模であり,規模の経済に程遠いものであるが,多品種
少量生産産業の育成に係わる公的機関の支援が行われる
越えて」岩波ブックレット No.768
2.斎藤修著(2007)
:
「食品産業クラスターと地域ブ
ランド」農文協.
3.坂本世津夫(2007) :「
『地域開発』土佐三原どぶろく」
日本地域開発センター.P.35-36.