月刊 金融ジャーナル 2000年7月 特集 検証:メガバンク メガバンク成功への提言②人事 秀逸な人材の確保と有効活用が急務 エスペランサ・ビジネス・コンサルティング 代表取締役 梅田 岳志 ▉ メガバンク化で加速する人材流出 人材に対する考えにおいて、工業化社会から情報化社会への急速な変化により、付加価値 の高い、いわゆる「知的労働者」をいかに保有し効果的に活用しているかが企業にとって最も 重要なテーマとなっていると言っても過言ではあるまい。 金融ではこの事は極めて顕著で、米国の各金融機関が、金融技術(Financial Engineering)の みならず、デリバティブ等の発達により難易度を増した経営のかじ取りとも言えるリスクマネジ メント、メガバンクの死命を制する IT(Information Technology)、ひいては一般個人を中心と するマス・カスタマーに対するマス・カスタマーに対するマーケティング、その定量的分析・管 理分野等に高い付加価値を有する人材を配置し、その優劣において激烈な競争に打ち勝っ てきた事は記憶に新しい。 日本においてメガバンク化の動きが、1990 年以降続いている日系金融機関のグローバルな 尺度での存在感、ビジネス展開上での質感が相対的に低下している事を主因とする、貴重な 知的労働者の外資系金融機関及び他産業への流出をかえって加速させている。 ピーター・ドラッカー教授がその著書「明日を支配する者」(Management Challenges for the 21st Century)で、「現実の企業経営上、又、経済学も肉体労働者をコストとして扱うが、知的 労働者は生産的存在であり資本財として扱わねばならない。コストは管理し減らさなければ ならないが、資本財は増やさねばならない。」と述べている通り、貴重な資本財である各分野 の専門家達がメガバンク化の動きの中で急激に社外流出しているという事実は、将来という 見地より、1 年、2 年後の近視眼的視野でも日本におけるメガバンクの状況に危惧を抱かせ る。 ▉ 異なる日本と欧米の流出要因 ここ 1 年程の知的労働者の社外流出における注目される例を以下に示したい。 ① 長信銀本体及びその証券子会社、アセットマネジメント会社等から、戦略的分野である証 券化、M&A、ファンドマネージャー、キャピタルマーケットの専門家等の貴重な人材が数十 名単位で、外資系金融機関、コンサルティングファーム等へ流出した。(むろん、公的管 理下の長信銀からも大量の人材が外部流出した。) ② メガバンク化を指向する銀行との関係を強化し、ホールセ ールビジネス特化の分社に銀行より各種の人材を導入し た大手証券会社より、IPO(新規株式公開)部門、証券化 部門、あるいは各部門にまたがるクオンツ等の理科系バ ックグラウンドを持つ専門家の大量転職。 ③ メガバンク化の為、2∼3 行統合を決定している都市銀行 から、各分野の中心となっている専門家が他のメガバンク グループの核となる銀行に複数名転職。 このような事象は、バブル崩壊前後から脈々と続いていた日 系金融機関から外資系金融機関等への知的労働者の流出が、 「信用力が補完され、グローバルな観点からも規模、圧倒的 顧客層を基に十分な競争力を有する」総合グループのトップ が主張するメガバンク化の動きによって、かえって加速してい る状況を端的に表している。 梅田 岳志(うめだ たかし) 1962.1.31 生 神奈川県出身 86.3 慶應義塾大学卒 同.4 日本債券信用銀行入行 キ ダー・ピーボディ証券を経て、 ラッセル・レイノルズ・アソシエ イツ、エグゼクティブ・ディレク ター 99.11 エスペランサ・ビ ジネス・コンサルティング設 立、同代表 むろん、このような人材の企業間の異動は、欧米金融機関に おいては日常茶飯事であり、各社のおかれている状況の微妙 な風向きの変化によって一早く大量の人材が他社に移る事もある。また、最近、ドイツ銀行と ドレスナー銀行の合併交渉とその破談により、ドレスナー銀行のインベストメントバンク部門で あるドレスナー・クラインオート・ベンソンの人材が、その存続を危惧される程大量流出した事 など、グローバルな観点からとらえれば日系金融機関からの人材流出は一般的事象に過ぎ ないともとれる。 しかし、本質的に日本と欧米で起こっている事象には決定的な差異が存在する。 それは欧米金融機関で一般化している人材の企業間異動は、極めて高度な技術・実力を背 景にして、十分な報酬、専門分野組織においての権限を持つ金融プロフェッショナルの移籍 であるのに対して、この1年程の日系金融機関で起こっている事象はこれまでプロフェッショ ナル指向が強かった人々の転職を否定的にとらえていた人々が、メガバンク化の動きの中で 日系メガバンク及びそのグループの金融機関に従事していて自分自身の将来像のイメージ を描くことができなくなった事を主因としている。 このような流れを放置すれば近い将来、資本財たる知的労働者の決定的不足が顕在化する のは明白であろう。 2∼3 年前に、勝ち組と称されている複数の有力都市銀行、長信銀のコーポレートプランニン グの中核にあり、頭取の懐刀とも称された 30 才代後半の人材が外資系インベストメントバン ク、コンサルティングファーム等に転職した事は、日系から外資系金融機関への人材流出に おけるエポックメイキングな事象としてとらえられ、秀逸な人材の流出が進んでいる典型例と された。 しかし、その人たちが外資系金融機関で目覚ましい活躍をしている、もしくはその人材を失っ た事によりマネジメントに大きな支障をきたしたという話は聞かない。又、日系金融機関にお いてそのような職務にあり、評価を受けている人材が続々と流出している事もない。 ここで重要なのは、金融機関にとって資本財たる知的労働者とは何かという事である。企業 における人材をあえて以下の 2 種類に分けたい。 (1) マネジメントの決定に基づき、それを実現しようとする人材。 (2) 特別の能力を持った人材。 実は前者の人材は優秀であれば誰でも良いが、後者はその存在が企業価値そのものである 人材ととらえねばなるまい。これがいわゆる資本財たる知的労働者と定義できるのである。 ▉ 人材確保を経営の最重要責務に それでは、不足しつつある知的労働者の確保、効果的活用の為何をすべきか。 前述したここ1年の人材流出例のうち③は、上記目的の一方法論ともなり得うると考えられる。 2∼3 行の統合が行われる際、同じ分野にて知的労働者が重複し、同分野に限れば余剰感 が予測されるとき、統合後の組織よりも不足感がある組織で能力を発揮する方が得策との判 断から転職の動機が生まれる。このような人材を自行又はその銀行の属すメガバンクで必要 とするならば、その獲得は効率的な手段となる。又、一度流出した人材を、更に付加価値を増 した知的労働者ととらえ、比較的組織になじみ易い人材として呼び戻す事も、昨今銀行及び 証券会社等、日系金融機関で散見され、対症療法としては有効である。 流動化する人材マーケットの下、知的労働者の流出を防止しその確保を図る事にマネジメン トが重点を置かないならば、組織の衰退は明白である。昨今、上記のように、一部金融機関 で、外部からの人材導入を積極的に行い、優秀な人材が入社する例も増え、弊社もその手助 けをさせて頂く事も多くなってきたが、実際、戦略的分野のみならず、経営遂行上絶対に必要 とされる管理・運営分野においても知的労働者の不足感は否めず、その流出に確保が追い 付いていないのが現状である。 知的労働者の確保の為には、以下の人材に対する考え方の実行が必須となる。 ① マネジメントの最重要責務を、知的労働者の確保とその能力を発揮する環境の整備とす る。 ② 企業風土、その企業ならではの価値感を人事評価に反映させない。 ③ 企業独自の序列を作らず、フラットな組織体系の中で能力発揮の範囲を広げる。 この上で、現在保有する人材の棚卸しを行い、他社の人材の情報を探り、社内外共通の評 価基準に基づき、積極的確保・活用を図る。 この経営上極めて重要なテーマに対して最大の阻害要因となっているのが、いわゆる総合職 制度と、実務に基づくビジネスでの成功・失敗体験を有しない由に意思決定能力に劣るマネ ジメント層と、実際はそれを補完し経営を行っているようにみられる、やはり実務経験に乏し いプランニング部門の存在ではなかろうか。 昨今、各金融機関がプロフェッショナル職、特別専門職、ファイナンシャル・エキスパート職等 の名称の職種を作り、知的労働者の確保に乗り出している事は、知的労働者の価値認識の 高まりを示している。 しかし常に採用の際、いわゆる総合職採用とするか、上記職種で遇するかの議論が常になさ れ、総合職の場合、人事部等の良い意味でジェネラルな、しかし、知的労働者の価値を個別 企業風土に基づく評価で行う事がしばしばある。又、総合職以外であれば、その判断は現場 に一任されるが、採用された人材の権限、活躍範囲が著しく限定される場合も多い。このよう な方法では知的労働者の確保と有効な活用の困難さは解消しない。 ▉ 秀逸な人材による邦銀の復活・発展を期待 日本経済同様、各金融機関にとっても、停滞という意味で 90 年代は失われた 10 年となった 事と再認識したい。 外圧ともとれる G7 等の要請の結果、バブルの発生により、本来競争原理が働かないばかり でなく、その機能の必要性が失われ、行き詰まりを迎えていたいくつかの形態、もしくは個別 の金融機関の体力が維持増強され、その構造、体制が温存、肥大化した事は衆目の一致す るところである。 本誌でテーマとする、日本でのメガバンク化の動きは、欧・米金融機関が多くの試行錯誤、体 験の蓄積の結果として指向する十分な資本・インフラ、顧客層に基づく規模の利益享受の必 要性に基づいたメガバンク化とは動機を全く異なっているように感じてならない。 それは本来、根本的変革を迫られた過去の体制・構造が、メガバンク化を指向、実行する事 により自己防衛され、存在感を増している状況に証明される。先を憂う当事者の問題意識か ら、カンパニー制の導入、各種権限の現場への移譲も行われつつあるが、今度は各カンパニ ーにおいてプランニング部が設けられ、マネジメントを行う例もあり、予断を許さない。 戦う事によって生き残り、発展する為のメガバンク指向が大義名分となり、いわゆる総論賛 成・各論反対の衆愚的傾向を示し、保身を図ろうとする組織の支持をバックとして、過去の遺 物となるべき体制が必要な改革の統制を強めてはならない。 次世代を担う志あるプランニング部門の知的労働者確保・活用プロセスを契機として、欧米に 比較し圧倒的に秀逸な人材が集まってきた日本の商業銀行の復活・発展を願ってやまない。 ◆◆◆
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