【相談 11】患者さんが「自殺したい」と言うのですが… キーワード:守秘義務、精神医療、自己決定権、精神保健福祉法、医療倫理 内科開業医です。 気管支喘息で通院中の A 子さん(20 代、無職、女性)について、ご相談したいことがあります。A 子さん は、同居している両親との関係が、以前からよくなかったようですが、 「最近、両親とのことで、自殺した いと思うことがあります。先生以外に信頼できる人がいないので、他の誰にも言えませんが、先生に聞い てもらえるので、ずいぶん気持ちが楽になります。このことは、両親には絶対に言わないでください。両 親に知られると、さらに関係が悪くなりますから。もしも、両親に言ったら、私は自殺することになると 思います。自殺しなかったとしても、先生を守秘義務違反で訴えます。 」と言います。A 子さんに精神科受 診を勧めても、聞き入れてくれません。 A 子さんの自殺の危険が著しく高まった場合には、本人の意思には反しますが両親に伝えようと思って います。しかし、それほど危険は高くないが、自殺の可能性が否定できないと判断したときにどうするべ きか悩んでいますが、私としては、この場合でも、両親には伝えない方が、A 子さんのためだと判断して います。なぜならば、両親に伝えて監視下におかれたとしても、その時点の危機は回避できるでしょうが、 ずっと監視できるはずもなく、いつか自殺を遂げてしまうと予想できますし、また私に話しているうちに 自殺したい気持ちがやわらいでいく可能性が十分あると思うからです。 しかし、そうだとしても、もしも A 子さんが自殺すると、私は両親から損害賠償請求されるのでしょう か?なお、A 子さんは一人っ子で、頼りになる親類の人もいません。 【回答】 結論から申し上げますと、医師であるあなたが A さんとの会話内容をご両親に報告しないまま、将来 A さんが自殺したとしても、ご両親から損害賠償を請求されることはないと考えられます。また、かりに請 求されたとしても、そのような請求には法的根拠がないと評価できます。 【説明】 その理由は次のとおりです。医師であるあなたが A さんとの契約によって負担するのは、内科医として 適切な診療行為をなす義務に限られます。通常の内科医は、患者の精神状態を適切に診断する能力を有し ているわけではなく、そもそも専門家として適切な医療行為を行えないからです。したがって、内科医と しては、A さんの精神状態を医学的に評価して適切な措置をとる契約上の義務を負っていません。また、 契約以外で医師がそのような義務を負っているとも言えません。したがって、医師が本件で何らかの義務 違反に基づいて責任を問われる余地は存在しないと考えられます。 逆に、A さんの意思に反して、ご両親に A さんの自殺願望を連絡した場合には、A さんから損害賠償を請 求される可能性があります。医師として、A さんとの契約に基づき守秘義務を負っているからです。 1 Medical-Legal Network Newsletter Vol.11, 2011, Nov. Kyoto Comparative Law Center 【対応】 もちろん、医師であるあなたが指摘されるように、客観的に見て自殺の危険が著しく高まったとみられ る場合にまで A さんを放置するのは、少なくとも倫理的に不適切であるといえます。このような場合のジ レンマに対応する方法として、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第 23 条に基づく申請が考えられ ます。同条第 1 項は、 「精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は、誰でも、その者について指定医の 診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる。 」と規定していますので、この規定に基づい て、A さんの診察と保護を都道府県知事宛に申請することができます。この規定に該当する限りで、A さん は守秘義務を免れると解すべきでしょう。なお、この申請は義務ではありませんので、報告しなかったか らといって何らかの責任を問われる訳ではないことにも注意して下さい。 (回答者:高嶌英弘 京都産業大学大学院法務研究科教授) 2 Medical-Legal Network Newsletter Vol.11, 2011, Nov. Kyoto Comparative Law Center
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